【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
「これが、操魂球と同じものだというのか……」
皇帝はしゃがみ込み、つるりとした赤い床に掌を触れた。確かに、HFの心臓部であるあの赤い球体と全く同じ手触りだ。しかし、通常の操魂球は直径3m程度。目の前のそれは、桁外れの規模を誇っている。
「はい。このコアこそが月の本体であり、その周囲を岩石が覆っていたに過ぎません。46億年前のジャイアント・インパクト……原始地球と別の天体が激突して月ができた説があるのですが、その天体がこのコアだったのでしょうな」
「ふむ。それにしては、数十億年の歳月を経ても傷一つ付いておらぬな」
「HFの操魂球がそうであるように、これもまた通常の物理干渉を寄せ付けぬのです」
物理攻撃では傷付かず、霊子を乗せた特殊な武装でなければ干渉できない。その不壊の特性こそが、HFパイロットの生存率を支える鍵だ。皇帝はグンテルの説明に満足した様子で立ち上がった。
「で、解析の状況はどうだ? 半年の停戦期間で足りるのか」
「完全な解明には百年単位の時間が必要でしょうが……これを『動かす』程度であれば、6ヶ月で可能です。これも全て、ポーツマス大将殿が提供してくださった『S-Files』のおかげですな」
グンテルが、後ろに控えるポーツマス大将へ敬意を込めた視線を送る。
「私は先祖から受け継いだデータを差し出したに過ぎません。それを読み解くグンテル殿の智識こそが称賛に値します」
「謙遜を。S-Filesがなければ、解析の取っ掛かりすら掴めなかった。連邦の魔女たちが数十年にわたって匙を投げていたのも道理です」
「なるほど。帝国が我がポーツマス家の亡命を受け入れていなければ、私は12貴族に潰され、この記録も歴史の闇に葬られていたことでしょう」
ポーツマス家はもともと連邦の功臣、「始まりの四家」の一つだった。政治的権力を独占せんとする12貴族は、民衆の支持を集める四家を謀略によって次々と没落させていった。ポーツマス家もその標的となったが、先々代の当主が決死の覚悟で帝国へと亡命。その忠誠と能力を認められた結果、現在の艦隊司令官という地位を築くに至ったのだ。
ポーツマス大将は、改めて皇帝に向かって深く一礼した。
「当家は帝国に返しきれぬ恩義がございます。全ては陛下の寛大なる御心によるもの。改めて、永劫の忠誠を誓います」
「よい。その階級はそなた自身の実力で勝ち取ったものだ。帝国は有能な者を厚遇する、それだけのこと。まあ、S-Filesに記された航路情報には、今回の太陽系侵攻で大いに助けられたがな」
「恐れ入ります」
皇帝はグンテルに向き直り、核心に触れる質問を投じた。
「グンテル。S-Filesには、他に何が記されている?」
「まだ解析の初期段階ですが、霊子技術の根幹に関わる記述が目立ちますな。特に『魂からの霊子出力』に関する仮説や数式は驚嘆に値します。2千年前の記録とは思えぬ先見性です」
「ふむ、
「はい。これが完全に紐解かれれば、帝国の霊子技術は次元の違う発展を遂げるでしょう」
「ならば、全力で進めよ。半年で形にしてみせろ」
「御意。魔道艦隊群の総力を挙げ、基本的な機能の掌握を実現してみせましょう」
「うむ」
皇帝は再びポーツマス大将へと向き直る。
「ハンプシャ。この半年の猶予、軍はいかに動く?」
「左様ですな……。連邦北東部の制圧が予想以上に早まりましたので、現在は補給路の確立に重点を置いております。本国からの兵站ラインは完備しつつあり、物資に懸念はありません。捕虜交換による人員の補充も順調です」
「亡命した元連邦兵の捕虜たちも、戦力として組み込むのか?」
「いえ、現在は義勇軍として再編中ですが、急造の部隊ゆえ帝国軍との連携には不安が残ります。一度、実戦の火をくぐらせてみなければ何とも」
「ふむ。他に懸念はあるか?」
「本国の諸侯共が一枚噛ませろと喧々囂々です。特にアルブレヒト熊公から、参謀本部へ矢のような催促が届いております」
「熊公か……」
「ええ。アルブレヒト熊公は、ライバルのハインリヒ獅子公が兵站を担って手柄を立てたのが面白くないのでしょう。手柄に飢えておりますな」
「ふむ」
皇帝は腕を組み、深く思慮を巡らせる。武勇のみならず、その冷徹なまでの知略こそが彼を皇帝たらしめているのだ。
「ならば、こうしよう。フランクスの義勇軍がいたな?」
「シャルルマーニュ旅団ですか?」
「それだ。その旅団に元連邦兵の義勇兵を組み込め。そして、熊公の軍と合同で編成させるのだ」
「義勇軍としてまとめるのですな。……しかし、その軍をどこへ差し向けるおつもりで?」
「
「なっ……!?」
ポーツマス大将の顔に驚愕が走る。帝国と皇国の間には、現在、有効な不可侵条約が存在する。期間はあと1年5ヵ月残っているはずだ。
「義勇軍には実戦経験を、熊公には功績をな。星系州の一つでも切り取れれば御の字だ」
「……よろしいので? 条約を反故になさると」
「不可侵条約は先帝キミヒトと結んだものだ。奴が死んだ今、あのような約束に拘泥する理由はどこにもない。向こうの若き女帝とて、それくらいは織り込み済みであろうよ」
「御意。直ちに参謀本部で具体案を検討させます」
「うむ。皇国の麗しき女帝よ。そなたの真価、見せてもらうぞ」
続く