【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
Part-A
「月が綺麗ですね」
「そうだな」
満月を見上げて呟いたミリィ・メイポートだったが、ビリー・エドワーズの気の抜けた返答に小さく溜息をつく。もちろん『月が綺麗ですね』という言葉が皇国語でどのような情愛を意味するのか、ビリーが知るはずもない。場所が軍施設の無機質なベランダというのも、およそ情緒とは無縁であった。
まだ会議室に誰もいなかったので、暇つぶしにベランダへ出てみたものの、5階の夜風は思いのほか強く肌寒い。体が冷え切る前に戻ろうとすると、誰かが会議室に入ってくるのが見えた。
「ぼっちゃま、ホワイトマン様とエルスワース様がお見えになりました」
「ぼっちゃまはやめろ。……そうか、ジョージとソフィアが来たか。部屋に戻ろう」
入室してきたのは、白地に青のラインが映える制服を纏った男女二人。ジョージ・ホワイトマンとソフィア・エルスワースは連邦軍人であると同時に、エクス教中央協議会直属の「聖騎士団」に所属する騎士でもあった。
聖騎士団は教団聖職者の警護を主任務とし、連邦軍の指揮系統とは独立した私兵組織だ。彼らはHFF-8D クルセイダーという、旧式ながらも教団独自のカスタマイズが施されたHFを駆ることから、そのパイロットは敬意を込めて「聖騎士」と呼ばれている。
「久しぶりだな、ジョージ!」
「おう! 元気にしてたか、ビリー」
挨拶と同時に拳を突き合わせた二人は、同い年の同期。性格の相性も良く、気の置けない親友同士だ。
ビリーは帯剣していないが、ジョージの背には巨大な両手棍が背負われていた。聖騎士は「不殺」の戒律を重んじ、剣などの刃物を装備しないのが伝統となっている。
「お久しぶりです、エルスワース様」
「ソフィアでいいと言ったでしょ、ミリィ。久しぶりね」
「はい、ソフィア」
オレンジ色のショートカットを揺らし、ソフィアが笑顔でミリィに応じる。彼女の腰には櫛状の峰を持つ「ソードブレイカー」が佩かれていたが、これもやはり刃は潰されていた。
今日は
和やかに挨拶を交わしていたが、扉の向こうにまだ他の団員の気配がないことを確認すると、ジョージの表情がにわかに引き締まった。
「なあビリー。12貴族当主会議の内容、何か聞いているか?」
「ん? いや、何も?」
「そうか。うちの爺さまが当主会議で不満をぶちまけ、かなり紛糾したらしいぞ」
地球自由連邦を影から操る12貴族。その最高意思決定機関である当主会議だが、近頃はかつてないほど荒れているという。そもそも12貴族は利害を共にする集団に過ぎず、決して一枚岩ではない。帝国の侵攻を許し、領土を奪われて以来、その足並みは目に見えて乱れ始めていた。
奪われた領地の即時奪回を叫ぶ貴族と、本土防衛を最優先すべきと主張する貴族。さらには侵攻に伴う辺境州の治安悪化により、各地で貴族支配に反発するデモやテロが頻発している。
「そうなのか? 親父からは何も聞いていないし、うちの領地は平和そのものだが」
「まあ、お前のところはそうだろうな」
ビリーの実家であるエドワーズ家は代々軍人の家系であり、質実剛健を旨とする統治を行っているため、民衆からの支持は極めて高い。連邦という組織は各州を統治する貴族の裁量に委ねられている部分が大きく、市民の自治を尊重する州もあれば、貴族が私欲を貪る圧政を強いる州もあるのが実態だった。
「とにかく、今後の政情には注意しておいたほうがよさそうだ。12貴族の不和は、そのまま連邦の機能不全に繋がるからな」
「なるほど。よく分からんが、気をつけることにするよ」
「本当に大丈夫か、ビリー……」
「ホワイトマン様。状況は私が把握しておりますので、ご安心ください」
「そうか。ミリィに任せておけば間違いなさそうだな」
「……なんだか不本意なんだが」
ビリーのぼやきに四人の間に笑いがこぼれる。緊迫した情勢の中にあっても空気が柔らかくなるのは、ひとえにビリーの裏表のない人柄ゆえだろう。