【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
手首から鮮血が噴き出し、美しく手入れされた庭園の芝生を汚していく。反応の遅れた帝国兵たちが、慌ててテイザー銃を発射。激しい電撃を受けたラングレー卿は、悶絶しながらその場に昏倒した。
ビュートは剣を軽く振り、刃に付着した血糊を払ってから鞘へと納める。重量のあるバスタードソードをこの至近距離で抜き放ち、一撃で断ち切った。それは、ビュートという男が積み上げてきた凄絶な修練の証だ。
「早急に止血してやってくれ」
「はっ!」
「まだ別の暗器を隠し持っている可能性がある。ボディチェックを徹底しろ」
「わ、分かりました!」
兵士たちは、昏倒した領主の体を止血しながら恐る恐る調べ始めた。ビュートはその様子を横目で見やりながら、別の兵士に指示を飛ばす。
「あれを持ってきてくれ」
兵士から差し出されたのは、小型のクーラーボックスだった。ビュートは落ちていた手首を拾い上げると、ビニール袋に密閉し、氷の詰まったボックスの中へと収めた。
「これを情報部に届けろ。執務室の奥の部屋……あそこは静脈認証システムでロックされている。無理にこじ開けようとすれば部屋ごと爆発する設計だ。これを使わせろ」
「はっ!」
兵士は重々しくボックスを受け取り、専門の技術員を連れて館内へと消えていった。
「待て。落ちているその刃には猛毒が塗ってある。素手で触るな」
手首と共に切断された隠し刃を不用意に拾おうとした兵士を制する。警告を受けた兵士は顔を青くし、厚手の布を用意して慎重に回収した。
「あ、ありがとうございます、アーガイル大尉!」
「ああ」
ラングレー家は、連邦の闇で暗殺を家業としてきた血筋だ。本人に自覚はないが、ユースティアの異常なまでの剣才も、元を辿ればアサシンの技に由来する。当主が全身に暗器を仕込んでいることなど、ビュートにとっては想定の範囲内であった。
この惨劇を、ビュートは復讐だとは思っていない。両親を亡くした自分を引き取ってくれたのは事実であり、厄介払いのためとはいえ軍学校への道を開いてくれた恩もある。恩義を感じていたからこそ、愛娘であるティアを帝国側へ引き込んだことに、彼は今も深い罪悪感を抱いていた。真実を暴くためとはいえ、結果的にかつての恩人をその手で裁く形となったことに、胸が焼けるような思いがする。
ビュートは軍帽を深く被り直し、その苦悶を顔から消す。
「これで……12貴族の暗殺の歴史が白日の下に晒されるだろう。私の両親の死の真相もな……」
――
皇帝は機動要塞の司令室で、地上のビュートから報告を受けていた。
「そうか。大儀であったな、ビュート。今回の制圧戦、見事な采配であったぞ」
『勿体なきお言葉です。帝国兵たちが優秀であった、それだけのことです』
「相変わらず謙虚な男よ。まあよい。事後処理は情報部に任せ、一度身体を休めよ。次に任せる任務について、追って通達する」
『はっ!』
通信が切れると、皇帝は傍らに控える要塞司令へと向き直る。
「さて、要塞の備蓄状況はどうなっている?」
「はっ、残り三割といったところです」
「そうか。そろそろ限界だな」
「各惑星の民衆に食料を大盤振る舞いしましたからね。……よろしいのですか? まだ12貴族の残党が残っておりますが」
連邦領へ突入以来、北東部から南西部にかけて計27の星系州を蹂躙。その過程で、12貴族であるラムシュタインとラングレーを失脚させた。さらにエクス教の中枢を12貴族から引き剥がし、連邦軍の主力戦力を半減させることに成功している。この短期間での戦果としては、十分すぎるものと言えた。
「楔は十分に打ち込んだ。ここからは政治の仕事だ。それより、フランクス方面の状況が懸念される。ローマリアまで皇国に抑えられれば、帝国本国との補給線が完全に断たれることになる。獅子公ハインリヒでは、いささか頼りにならんな」
「相手は大八洲皇国ですから。一度、引き返しますか?」
「うむ。まずは補給線を盤石なものにせよ。連邦への再侵攻はそのあとでよい。正直なところ、連邦軍の弱さには拍子抜けした。皇国軍の方が、よほど戦い甲斐がありそうではないか」
皇帝の口角が、獰猛な期待を込めて釣り上がった。