【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
「セイヤー!!!」
海田ガイが裂帛の気合と共に、渾身の正拳突きを繰り出した。
ここは艦内の一角に設けられた、畳敷きの格闘場である。シミュレータによるHFのフォーメーション確認や戦術立案といった座学訓練の合間を縫って、彼らパイロットにはこうした生身での肉体訓練も課せられていた。
ガイが修めているのは、剛力と速さを重んじる『ゴウカラテ道』。立ち技における突きや蹴りといった当身技を主軸に据えた武道だ。
身体強化を伴って放たれる正拳突きは、まともに受ければ骨折すら免れない破壊力を秘めている。だが、今回の対戦相手は一枚上手だった。
「はっ!」
ガイの突きを最小限の動きでいなし、その袖を掴んで前進の勢いをそのまま利用して投げる。力には抗わず、相手のベクトルの流れを完璧に転換させた、鮮やかな円の動き。
ガイの巨体は空中で一回転し、無防備に畳へと叩きつけられた。
「ぐはっ……!」
「一本!!」
審判役を買って出たユイの鋭い宣言が響き、ガイの敗北が確定する。勝者はガイのウィングマン、信太山ケイ。これで彼女の三連勝だ。
ケイの流派は『ジュウジツ道』。ガイの『剛』とは正反対に、投げや関節技を得意とし、相手の力の流れを読み取って利用する『柔』に長けた武術である。
「まさに『柔よく剛を制す』ね!」
「……『剛よく柔を断つ』って言葉もあるけどね」
ユイが感嘆の声を上げる傍らで、見守っていたレイが小さく嘆息して付け加えた。ガイの実力は決して低くないが、その猪突猛進な性格ゆえに、ケイのような技巧派には翻弄されがちだ。
「ガイ、あなたの攻撃は単調すぎるのよ。もっとフェイントを織り交ぜなさいな」
「そんな卑怯なマネができるか! もう一本だ!」
「……卑怯って、あなたね。そこへ座りなさい!」
小柄な黒髪おさげの少女に、大柄な短髪茶髪の少年が畳の上で正座させられ、こんこんと説教を受ける。嵐の前の、穏やかな日常の光景であった。
――
だが、その日の『かが』の乗員たち、延いては新星系警護統合任務部隊の全員が、言い知れぬ「モヤモヤ」とした焦燥感を抱えている。
激しい訓練で汗を流しても、その胸中の霧が晴れることはなかった。
解禁日前日になっても、赤壁連合艦隊の所在は依然として不明のまま。新星系の近傍宙域をいくら精査しても、敵影一つ捉えられない。その沈黙こそが、かえって不気味な予感を加速させていた。
統合任務部隊は、既に連合が潜伏していることを前提に動き始めていた。
計画では、解禁時刻と同時に先遣隊を
その直後に『かが』を送り込み、DDが敵を捕捉し次第、即座にHF隊を展開する手筈だ。
敵が不在であればそのまま哨戒へ。敵がいれば、即座に殲滅戦へと移行する。
――
重苦しい沈黙を孕んだまま、ついに「解禁日」が訪れた。
予定通り、第04護衛隊のDD三隻が先行して次元の彼方へと消える。わずかな時間差を置いて、巨艦『かが』もまた次元弾道跳躍を開始した。
次元跳躍中、艦はあらゆる外部通信から遮断される。着空の瞬間に何が待ち受けているか、誰にも予測はできない。今回の跳躍時間は約三十分。その空白の時間が、乗員たちの神経をじりじりと磨り潰していく。
『……着空五分前。着空後、船務および機関科は直ちに艦内状況を確認。砲雷科は即座に雷撃戦用意。飛行科はHF発艦準備に取り掛かれ』
艦内放送が、静まり返った艦内に着空直前の号令を告げた。
全科の隊員たちが、自らの持ち場で固唾を呑んでモニターを見守る。スピーカーから、運命のカウントダウンが響き渡った。
『着空まで、あと、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1――
跳躍の閃光が晴れたその先。
そこは、既に「地獄」という名の戦場であった。