【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
『では、また会える日を。愛しているぞ、ヒルダ』
「私もよ。愛してるわ、ジーク」
名残惜しそうに、通信の途絶えたナノボットのウィンドウを眺め続けるヒルダ――ヒルデガルド・ビルケンフェルト。夫であるジークフリートと離れて以来、ようやく叶った束の間の交信であった。
「ヒルダぁ、今の誰? 誰と話してたの?」
「ティアか」
ユースティア・ラングレーが、断りもなく部屋に飛び込んできた。周囲に女性兵士が少ない環境を慮り、ヒルダは彼女にだけは入室の許可を出していたのだ。
「ああ、
「そっかぁ。離れてると寂しいもんね。私もお兄ちゃんと離れちゃって、すごく寂しいよ」
ヒルダとティアの二人は、帝国軍第4機動隊群の旗艦、空母『グナイゼナウ』に身を置いていた。現在、第4機動隊群は連邦領を離れ、ローマリア領内へと急行している。
太陽系で皇国艦隊を取り逃がしてから、既にかなりの時間が経過していた。追撃は伏撃の懸念から断念。帝国支配下の航路を通って移動を開始したが、そこで深刻な問題が持ち上がったのだ。
第4機動隊群に組み込まれていた「連合義勇機動隊」――すなわち、旧フランクス義勇軍のシャルルマーニュ艦隊とローマリア共和国軍の一部部隊が、あわや反乱という事態を引き起こしたのである。
引き金となったのは、銀河ネットを駆け巡った元フランクス国王の演説だ。
帝国は徹底した情報統制を敷いていたが、情報の漏洩を完全に防ぐことはできなかった。国王帰還の報に接したフランクス兵たちは、ローマリア側と密かに示し合わせ、本国への強行帰還を画策。これを事前に察知した第4機動隊群上層部は、武力鎮圧による共倒れを回避するため、交渉による「条件付き解放」という苦肉の策を選択した。
一万人近い兵士を強引に拘束し続けるには、今の帝国には場所も人手も足りなかったのである。
ただし、空母やHFといった強力な兵器はすべて帝国が接収。非武装に近い駆逐艦やフリゲートへの乗艦を条件に、彼らの本国帰還を許した。
フランクス王が放った演説という名の「矢」は、帝国の内部まで深く突き刺さっている。
主力戦力の欠落を余儀なくされた第4機動隊群は、現在、第3機動隊群との合流を急いでいた。ローマリアを経由し、皇国軍の手にあるフランクスへ再侵攻するためだ。
「ティア、朗報だ。機動要塞が連邦での任務を切り上げ、こちらへ合流するらしい。ジークも、お前の『お兄ちゃん』も一緒だ」
「えっ!? 本当!? やったぁ! お兄ちゃんに会えるんだね!」
先ほどの通信の主眼はその報告であった。ヒルダの結婚をきっかけに、亡命者同士であるティアやビュートとも家族同然の付き合いが始まっていた。特にジークとビュートは実直な性格が合うのか、公私ともに良き相棒となっている。
だが、届いた情報は明るいものばかりではない。ヒルダの実家であるラムシュタイン家は帝国に制圧され、父は爵位と地位をすべて剥奪された。帝国での新生活に身を投じたヒルダにとって、それは過去との完全な決別を意味していたが、夫のジークは彼女の心中を慮り、すまなそうに言葉を濁していた。
そして、ティアの実家もまた、同じ末路を辿っている。ラングレー家からは12貴族による暗殺の記録が膨大な資料として発見されたという。この過酷な真実はビュートが直接伝えると聞き、ヒルダは今は黙っておくことに決めた。
「ええ。……だがティア、要塞が着く前に、私たちは皇国軍と対峙することになるだろう。彼女たちは……大八洲の戦士たちは、強いぞ。覚悟しておきなさい」
「うん! あの赤い機体、今度会ったら絶対に切り刻んでやるんだから!」
「赤い零式か……。合同訓練リムロックで、あのビリーを圧倒した男だ。油断するなよ」
「えっ? あいつなの? ビリーはバカだけど、剣の腕だけは本物だったのに……。分かった、気をつける! でも、勝つのは私だよ! お兄ちゃんにカッコいいところ、見せなきゃいけないもん!」
ユイ自身もまた、
「そうだ。絶対に勝たなければならない。……私たちの、新しい未来のために」
亡命者という不安定な立場で生きていくためには、戦場での実績こそが唯一の証明となる。ジークという最愛の夫を支えるためにも、彼女は退くわけにはいかなかった。
(戦いの結末を決めるのは、最後に心を支える力の強さだ。……ユイ。私は真実の愛を手に入れた。貴女の方はどう?)
ヒルダは決戦の予感に、静かに瞳を閉じた。
続く