【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
Part-A
ユイは決断した。……が、未だ一歩も前に進めていない。
レイと二人きりで話したいのに、肝心の時間が全く取れないのだ。
隙を見て話しかけようとしても、必ずと言っていいほど誰かが側にいたり、折角二人きりになれたと思えば帝国軍がちょっかいを出しに来てスクランブルが発生したりと、とにかくタイミングが悪い。
中隊長としての執務もこなさなければならない状況で、あまりの間の悪さに焦りばかりが募っていく。
今日も、昼食の時間を少し早めて第二食堂へ足を運んでみた。そこでレイを見つけ、ようやく声をかけたのだが。
「あ、レイ! あのね!」
「ユイ。……ユイも、お蕎麦食べる?」
「へ?」
レイの手元を見れば、お盆に二つの器が乗っていた。そこからは、食欲をそそるホカホカとした湯気が立ち上がっている。
「お蕎麦……?」
「うん。師匠……給養員の浜松アキト1等武曹から、そば粉を分けてもらったんだ。もうすぐ年末だろ? 年越し蕎麦用に仕入れたそうなんだけど、試しに打ってみろって言われて、自分で作ってみたんだ」
「蕎麦を打ったの!? 自分で!?」
「粉からね。……お待ちどうさま」
お盆に乗った蕎麦は、テーブルで待っていた二人の分だった。レイは二人の前に、出来立ての手打ち蕎麦を置いていく。
「おー! 来た来た! 美味そうだな!」
「良い香りですわね」
蕎麦の上には、カラリと揚がった大ぶりの海老天が鎮座していた。待っていたのは、三沢ゴウガとデルフィーヌ・ランディヴィジオ。たまたま食堂に居合わせたらしい。
「手打ち蕎麦なんて久々だぜ! よく打てたな、レイ」
「師匠に教わりながらだけどね。天ぷらは流石に冷凍ものだけど。……ユイ、座って待ってて。すぐに君の分も持ってくるから」
「う、うん」
そう言って再び調理場へと引っ込んでいくレイ。呆気に取られたユイは、促されるままデルフィーヌの隣にストンと腰を下ろした。
デルフィーヌは本来、自由フランクス艦隊の所属だが、現在は連絡員として『かが』に乗船している。
「では早速、いただきまーす!」
「ゴウガ、レイさんを待たなくてよろしいのですか?」
「熱いうちに食わねえとな。麺が伸びちまった方が、作ったやつに申し訳ねえ」
豪快にズルズルッ、と蕎麦を啜るゴウガ。隣のデルフィーヌは、その音に少し顔をしかめた。
「……少し、食べ方が汚いですわよ」
「これが正式な蕎麦の食い方なんでい! てやんでぃ、べらぼうめ!」
「べ、べら……? なんですの、その呪文は」
二人がいつもの漫才を繰り広げている間に、レイが新しいお盆を持って戻ってきた。ユイの前に器を置き、自分の分を並べながら腰を下ろす。
「「「いただきます」」」
ゴウガを除く三人も、静かに蕎麦を食べ始める。デルフィーヌは最近、ようやく箸の扱いに慣れてきたようで、優雅な手つきで蕎麦を口元へと運ぶ。
「あら、美味しい。パスタとは随分と趣が違いますのね。口の中に爽やかな香りが広がりますわ」
「蕎麦粉の風味だね。粉の割合は、蕎麦粉が八割、小麦粉が二割で打っているんだ。二八そばっていうんだけど」
「ほうほう。このスープも絶品ですわ。……コク? というのかしら、深い味わいを感じますわね」
器を持ち上げて豪快に汁を啜るゴウガを横目に、彼女は木製のお玉で丁寧に汁を味わう。
「それは出汁に含まれる『うま味』だね。鰹節から取っているんだ」
「なるほど。フランクスのフォンドボーに近いものかしら」
レイとデルフィーヌの会話を、ユイはどこか呆然と聞きながら蕎麦を口にした。
「どうしたのユイ? ……美味しくなかった?」
レイがユイの異変に気づき、心配そうに顔を覗き込んできた。
「え? あ、ううん! すごく美味しいよ!」
「……よかった」
いつもの優しい笑顔に戻るレイ。ユイは自分を案じてくれたその温かさに、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。ふと見れば、隣のデルフィーヌも穏やかな微笑みを湛えていた。
「ふふふ。ユイさんとレイさんは、本当に仲がよろしいんですのね」
「え? あ、あははは。……そ、そういえば、デルフィーヌさんは、トロワさんと離れて寂しくないんですか?」
ユイは照れ隠しに、強引に話題を転換した。
「そうですわね……。寂しくないと言えば嘘になりますけれど」
現在、自由フランクス艦隊と皇軍は、破竹の勢いで各星系州の解放を進めている。帝国領邦軍の抵抗は脆く、戦闘はほぼ無傷で進捗していた。
ただ、予定されていた進軍速度に比べると、わずかに遅れが生じている。惑星から帝国軍を駆逐して降下するたび、民衆から熱烈な大歓迎を受けるのだ。その都度、大規模な祝勝パレードが催されるため、移動に思わぬ時間を取られていた。
民衆の歓喜を無下にするわけにもいかず、トロワもまた、パレードの主役として笑顔で手を振り続けている。
「毎度毎度、パレードに参列するために大変な準備が必要だそうですの。同行している同僚たちが悲鳴を上げていましたわ。陛下が大変な時ですのに、側にいられないのは……やはり残念ですわね」
デルフィーヌが小さく溜息をつく。その仕草が少しだけ等身大の少女らしく見えて、ユイは彼女ともっと思いを共有したいと感じた。
「ねぇ、デルフィーヌさん。……フィー、ってお呼びしてもいいかしら?」
「ええ、もちろん良くってよ。私も、ユイって呼ぶわね」
二人の少女は微笑み合う。レイは何も言わず、ただ満足そうに頷いていた。
「「「ご馳走様でした」」」
「お粗末さまでした」
食事を終えた四人は、それぞれの持ち場へと動き出す。ゴウガがデルフィーヌを、いつものように訓練に誘う。
「さあ、デルフィーヌ。シミュレーターで勝負だ!」
「食べたばかりですのよ?」
「敵は食休みなんて待ってくれないぜ。なんだ? 俺に負けるのが怖いのか」
「そんなわけないでしょ! ギッタンギッタンにして差し上げますわ!」
「さすが悪役令嬢、その意気だ」
「そのアクヤクレイジョウというのが何を指すのか分かりませんが、馬鹿にされていることだけは理解できましたわ!」
「んじゃ、とっとと行くぞ」
「もう……しょうがないですわね……」
連絡員としてのデルフィーヌだが、その実力は折り紙付きだ。遊ばせておくのは勿体ないと、ゴウガの僚機を務めてもらっている。本来の僚機であるナユが中隊指揮に専念するためだ。
以前は顔を合わせれば喧嘩ばかりしていたが、随分と打ち解けたものだ。賑やかに言い合いながら、二人は食堂を後にした。レイもお盆をまとめ、後片付けのために調理場へと戻っていく。
またしても、一人取り残されたユイ。
「はっ! ……しまった! レイに大事なことを言うタイミング、また逃した!」