【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
帝国が指定した開戦時刻まで、残り二時間。パイロットたちは、各々のやり方で最後となるかもしれない休息を過ごしていた。
ユイも自室で仮眠を取ろうとしたが、神経が昂ぶって一向に眠気が訪れない。
どう過ごすべきかと思案していたユイの目に、机の上に置いてあった紙袋が留まった。
「そうだわ、これがあった!」
――
レイの個室のドアを、ユイが控えめにノックする。
「レイ、いるー?」
ほどなくして自動ドアが開き、レイが姿を現した。
「どうしたの、ユイ」
レイは肩にタオルを掛け、髪が濡れそぼっていた。先ほどまで型稽古を行い、シャワーを浴びてきたばかりだという。
「そっか、ちょうどよかった。髪、乾かす時間が必要でしょ?」
「え? いいよ、自然乾燥で」
「だーめ。髪が痛んじゃうじゃない。アタシがやってあげるから!」
「ええ……」
半ば強引にレイを押し、部屋の中へと入る。備え付けのレイアウトはユイの部屋と同じだが、私物が極端に少なく、殺風景なほどに整理されている。ある意味で、非常にレイらしい空間だった。
タオルを手に取り、レイの髪を拭こうとしたが、
「……そこに座って」
身長差で手が届きにくいため、椅子に座らせた。素直に従うレイの頭を、タオルでガシガシと拭き上げる。なんとなく、大型犬の世話をしているような気分になった。
続いて、ドライヤーで丁寧に乾かしていく。指先で髪を梳かしながら整える。レイの髪は短いため、あっという間に乾く。手入れに時間のかかる自分のロングヘアと比べると、少しだけ羨ましかった。
ドライヤーの唸るような音だけが、静かな部屋に響く。この穏やかな空間が、今は無性に心地よい。
レイも気持ちよさそうに目を閉じている。赤髪は少し癖があるが、驚くほど柔らかく、触り心地が良い。
この鮮やかな赤は、レイの母・カズミさんを思い出させた。ユイにとっても、もう一人の母親のような存在。物心ついた頃から彼女が母親代わりだったため、母という言葉から連想するのは、ユリアよりもカズミさんの方が強かったかもしれない。
そんな彼女も今はもういない。残された二人は、手を取り合ってここまでやってきたのだ。
「はい、終わり。……うん、カッコいいよ」
「ありがとう」
手鏡を見せ、その仕上がりにユイは満足げに頷いた。
「ところで……本当は何か用事があったんじゃないの?」
「はっ! そうだったわ!」
レイの言葉で、本来の目的を思い出す。ユイは持ってきた紙袋から、包装された大きめの箱を取り出した。
「はい! メリー・エクスマス!」
「ああ……そういえば、今日はイヴだったね」
エクス教の祭典『エクスマス』は、今や皇国でもポピュラーな祝祭だ。
「開けてもいいかな?」
「どうぞどうぞ」
レイは包装紙を丁寧に剥がし、箱を開いた。
「……コート?」
中に入っていたのは、シンプルなグレーのコートだった。仕立ての良さが一目で分かる、上質な品だ。
「以前、家に来た時に、ちょっと寒そうにしていたから。……似合うと思うわ」
「ありがとう、ユイ。大切にするよ」
パリーヌ星に降りた際、隙を見て購入しておいたのだ。パレードが終わったら渡すつもりだったが、騒動ですっかり忘れかけていた。
「あ、じゃあ、ボクからも……」
レイが机の引き出しから、小さな箱を取り出してきた。
「……これ、いつもの」
「うん、いつものね」
ユイが箱を開けると、そこには細く青いリボンのロールが収められていた。毎年欠かさぬ、恒例のプレゼント。ユイのポニーテールは、ずっとこのリボンで結わえられてきた。
「……じゃあ、お願いしてもいい?」
ユイはくるりと背を向け、今つけているリボンを解いた。髪はゴムで留めてあるため、形が崩れることはない。この髪型を美しく作るのは、案外手間のかかる作業なのだ。
レイはロールから新しいリボンを切り取り、背後から慣れた手つきで結び始めた。幼い頃は何度も失敗したが、今では職人のような手つきだ。
「できたよ」
「ありがとう!」
ユイは再びレイの方を向き、見上げるような形で彼を正面から捉えた。そして、ふいに言葉を失う。
「ん? どうしたの?」
ユイは無言のまま、レイの胸へと飛び込んだ。
「ユイ……?」
抱きしめたユイの肩が、微かに震えているのをレイは感じ取る。
「……怖い?」
シンプルな問い。これから全軍の矢面に立つ。怖くないはずがなかった。
「……ううん。『怖い』より……『重い』かな」
レイの胸に顔を埋めたまま、くぐもった声が返ってくる。フランクス王国、皇国、そして何億もの人々の期待と命運を背負う。その重圧は、計り知れない。
「ユイならできるよ。……それに、僚機のボクがその半分を背負う。少しは、軽くなったかな?」
微かな震えが、止まった。ユイは顔を上げ、レイを見つめた。
「レイは……アタシのこと、好き?」
「好きだよ。ずっとね」
迷いのない、真っ直ぐな言葉。
「アタシも、レイが大好き。……これって、もう『恋人』ってことでいいんだよね?」
「そうなんだと思うよ」
「じゃあ……力をちょうだい。僚機としてじゃなくて、恋人として」
「分かった」
ユイが目を閉じ、顔を近づける。レイは彼女の腰に手を回し、優しく抱き寄せた。
そのまま、十数秒の間。二人は深く、唇を重ねる。
やがて静かに離れると、絶好のタイミングを計ったかのように、非情な艦内放送が流れた。
『作戦開始30分前。第401飛行隊のパイロットは、直ちに搭乗準備を開始せよ』
二人は頷き合う。その瞳は既に、恋人のそれから「最高の相棒」のものへと切り替わっている。
「……じゃあ、行きましょうか」
「うん、行こう」
続く