【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
「あれが、俺のターゲットか……」
メインスクリーンに強調表示されているのは、一機の赤いHF。本来なら皇帝直属の親衛隊機であるはずだが、その機種は連邦製のストライクイーグルであった。装備も帝国の伝統的な両手斧ではなく、騎士盾と片手剣というスタイルだ。
おそらくは『黒鷲部隊』と呼ばれる、連邦軍からの亡命者だろう。この短期間に皇帝の側近まで昇り詰めたのであれば、その実力は計り知れない。
春日ツクモは久々の実戦に、心地よい緊張を感じていた。HFと意識を同調させ、近接武器の柄を静かに握り込む。
向こうもこちらを認識したらしい。赤いイーグルが鋭い機動でこちらへと向かってきた。
「さあ、相棒。よろしく頼むぞ。……力を貸してくれ、長曽祢虎徹!」
――
月面上空では、無数の光の筋が交錯していた。あるものは直線を描き、あるものは優雅な曲線を描く。時折、虚空で激しい光の爆発が起きる。その一つひとつが一機のHFの終焉であり、パイロットが脱出できていることを願うしかなかった。
全軍がユイのために命を懸けて時間を稼いでくれている。仲間のためにも、一刻も早くコアへと向かいたい。だが。
『HFの不調で出遅れたけれど、結果的にこうしてユイと会えてよかったわ。……紹介するわね。彼こそが、私の愛する夫であるジークよ。私たち二人で、君たちのアリスタルコス・ベース突破を阻止させてもらうわ。今こそ、愛の力を見せ……』
通信を繋いできたヒルダの口は、滑らかに回り続けて止まらない。
「だあああああ!! のんびりお喋りしてる暇なんてないのよ! レイ、もう一機をお願い!」
『了解した』
ユイは薙刀を構え、ヒルダと対峙した。レイも敵のもう一機を引き連れて、手際よく距離を取ってくれる。ヒルダの言葉から察するに、帝国軍はこちらの目的地を『アリスタルコス・クレーター』だと思い込んでいるようだ。アダムズ・クレーターの存在には、まだ気づいていないらしい。
ヒルダたちを迅速に撃退し、一刻も早く反対方向のアダムズ・クレーターへと向かわねばならない。
「ヒルダ! 今度こそ決着をつけるわよ!」
『望むところよ、ユイ!』
――
レイは激しく火花を散らすユイたちの戦場から離れ、もう一機のHFを先導するように移動していた。相手もそれを望んでいるのか、誘いに乗って後を追ってくる。
敵の機種は、駆逐戦士型HF『ヤークトティーガー』と表示された。一般兵のティーガーとは一線を画す、エース専用の重戦闘機だ。
ユイたちから十分に距離を置いた場所で対峙すると、相手から通信が繋がれた。
『私は
「ボクは401飛行隊の星菱レイ2等武尉。……ユイの邪魔はさせない」
『ああ。私も、妻であるヒルダの邪魔はさせないよ』
初撃はレイから放たれた。太刀による袈裟斬りを、敵は巨大な両手剣でいとも容易く防いでみせる。
数合ほど切り結んだだけで、相手の並外れた実力が理解できた。その巨剣を力任せに振り回すのではなく、極めて高い技量を持って、まるで片手剣のように軽やかに、かつ精密に操っているのだ。
(強い……!)
――
時間をかけるわけにはいかない。最初から全力で、最短で終わらせる。ユイはそう決意した。
短く持った薙刀を鮮やかに回転させ、背後へ回す。そして、空いた片手を相手へ向ける独特の構えをとった。
『はっは! ユイ、その構えは前にも見たわよ!』
ヒルダはそう笑うと、
『その構えは、相手を誘い込んでカウンターを狙う技ね! 手のひらは間合いを正確に測るためのガイドでしょう? ……そう何度も同じ手は食らわない!』
その言葉と共に、強烈な突きが繰り出された。大気があれば、空気を穿つ凄まじい音が響いていただろう。
ユイは構えを解き、大きく一歩退いた。
「くっ!」
ただの突きではない。魔術の炎を纏った穂先は、触れるものすべてを容易に貫通する。ただでさえ今は低重力下。回避行動に制限がかかっている今、一撃でも掠めればそれが致命傷となる。
『そらそら! どうしたの、ユイ!』
月の六分の一という不慣れな重力では足元がおぼつかず、機動がどうしてもフワフワと浮いてしまう。
それでも何とかステップを駆使して致命圏を外すが、ヒルダの槍捌きは勢いを増して加速していく。槍の軌道は柄のしなりを利用し、変幻自在にユイへと襲いかかった。
(だめ、捌ききれない……!)
薙刀で辛うじて防いではいるが、ブルーリボン01の装甲表面を鋭い穂先が掠め始める。
『これで決める!
目にも留まらぬ高速の五連撃。ブルーリボン01は装甲貫通こそ免れたものの、いくつかの追加装甲が飛散し、小破を喫した。
そして。
きらきらと光を反射する破片が回転しながら、後方へと虚しく落ちていく。
「薙刀の、刀身が……!?」
――
(テン・シント流極意、ミカヅキの小太刀)
レイはジークフリートの両手剣を、小太刀で鮮やかに受け流す。一瞬でもバランスを崩してくれればと願ったが、敵は見事な足捌きで姿勢を維持したまま、流れるように後退した。
(つ、強い。……師範の次くらいに)
それは、レイにとって最大級の賛辞であった。
太刀術も両刀術も、そして極意の小太刀術までも試したが、相手の防御を崩すには至らない。
ジークフリートは月面の重力下にあっても、身体の重心が驚くほど安定している。こちらの打ち込みを軽くいなし、受け流しきれないほど鋭い斬撃を正確に放ってくるのだ。
剛の技と柔の技、その双方が極致に達した剣術で、彼は巨大な両手剣を自在に操っていた。
突破口を見出せずにいると、再びジークフリートから通信が入る。
『貴公の実力は本物だ。……敬意を払い、私の最高の技を持って応えよう』
彼は静かに告げると、両手剣を正中線に高く掲げた。
『魔剣グラムよ。主神ヴォーダンの怒りを宿し、巨大な魔竜ファフニールを屠りし力を示せ!』
「魔術攻撃……!?」
純粋な剣士だと思い込んでいたレイの表情に、驚愕が走る。
両手剣が眩く輝き始め、光の刀身が急速に伸長する。それはやがて、200mにも達する巨大な光の剣へと変貌した。
『これで、終わりにさせてもらう!』