【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
刀身部分を無残に切断され、ただの「棒」と化した薙刀を、ユイは呆然と見つめた。
『ユイ。降参して、私と一緒に亡命しなさい。帝国も案外いいところよ。私を快く迎え入れてくれたんだから』
武器を失ったユイへ、ヒルダからの降伏勧告が告げられる。
「……そうね。それも一つの道かもしれない。でも、帝国に蹂躙されたフランクス王国の人たちの顔を思い出すと、そうも言ってられないわ。……お断りよ」
ユイは棒となった薙刀の柄をバトンのようにくるくると回転させ、その重心と感触を確かめつつ、祖父であるテン・シント流師範、横田ムゲンの言葉を反芻していた。
――
「お嬢。ちょっといいか?」
「何? おじいさま」
それは、初等部の頃の修行中のことだった。ムゲンは薙刀の腕を上げ始めていたユイに、ふと教えの手を止めて語りかけた。
「薙刀術以外も学んでみんか?」
「ええー、なんで? 薙刀はリーチも長くて強いもの。レイにだって勝てるんだから」
「確かに薙刀の上達は目覚ましい。じゃが、一つの得物に固執しすぎるのも考えものじゃ。……もし戦場でお主から薙刀が奪われたら、どうする? 他の武術も試してもよいだろう。太刀とかどうじゃ」
「やだ! 太刀とかレイに負けちゃう」
当時のレイは太刀、両刀、そして小太刀を既に極めつつあった。ユイが彼に対抗できるのは、偏に薙刀があったからだった。
「あのな、お嬢。一つを極めるのも良いが、いざという時に手ぶらでは困るじゃろう? あの小僧のように、技の選択肢を増やした方が、結果として強く、しぶとくなれるぞ」
「うーん……。じゃあ、次は何がいいの?」
「そうさのぅ。同じ長柄の武器ならば……」
――
『そうか。ならば、ここで決着をつけるしかないわね』
「ええ、その通りよ」
ユイは棒の回転を止め、それを垂直に構えた。片脚の膝を高く上げ、静止する。
『……何、その奇妙な構えは?』
「テン・シント流
『……棒術!?』
(地の虎の型!)
伏せた虎が獲物を狙うが如く、ユイは独特の歩法を用いて、超低空からヒルダを急襲する。
ヒルダは咄嗟に長槍を叩きつけるが、槍の先端が先に地面を叩いてしまい、ユイの懐への潜入を許してしまう。
『しまった!』
地面すれすれの位置からヒルダの足元へ飛び込み、棒で豪快に薙ぎ払うと同時に、力強い足払いを叩き込む。テン・シント流棒術は、武器だけでなく全身を用いた体術をも駆使する戦法だ。
しかし、棒と足は空を切る。ヒルダのHFは、寸前で垂直ジャンプを敢行し、これを回避。
浮いた状態で長槍を真下に向け、苛烈な連撃刺突を繰り出すヒルダ。ユイはレゴリスの砂煙を撒き散らしながら、月面を転がるようにしてそれを避けた。
すべての刺突を躱し切り、鮮やかなバク転で距離を取ると、再び最初の構えへと戻る。
『流石ね、ユイ! まだそんな隠し持っていたなんて! ……けれど、二度は通じないわよ!』
「……」
ユイは無言のまま、再び動き出した。
先ほどと全く同じく、超低空からの強襲。
『それはもう見たと言ってるでしょう!』
ヒルダは長槍の穂先を、迎撃のために真下へと向けた。
(地の虎の型。――からの、天の竜の型!)
ユイは手にした棒を力一杯地面へと突き刺した。そして、棒高跳びの要領で超低空から一気に高空へと跳ね上がる。
『何っ!?』
完全に不意を突かれたヒルダは、咄嗟に長槍を薙ぎ払うが、そこには切断された棒が虚しく残されているだけだ。
『どこへ行ったの!』
急激な縦の機動に、ヒルダはユイを見失う。次の瞬間、HFの肩にズシリとした重みが走る。
いつの間にか、アードヴァークの肩の上に、ユイの零式が跨るようにして乗っていた。両脚でがっちりと首を固定したユイは、背中のハードポイントから予備の短い刀、HF用
「お行儀が悪くて、ごめんね!」
その匕首を、アードヴァークの首の装甲の隙間へと深く突き立て、一気に真横へと引き裂いた。
――
巨大な光の刃が、驚異的な剣技をもってレイへと襲いかかる。
そのリーチは絶望的なまでに長く、魔術を帯びた刃は防御することすら許されない。レイの零式は防戦一方に追い込まれた。懐に飛び込もうとしても、敵は鉄壁の守りで隙を見せない。
ジークフリートはレイの攻め手が尽きたことを察したのか、わずかに身を引き、刃を水平にしてこちらへと向けた。
『これで、終わりにする』
彼は静かに告げると、必殺の間合いから光の剣を神速の突きで放った。
左右に避けても薙ぎ払われ、胴体を真っ二つにされるだろう。下方には地面があり、逃げ場はない。上方に跳躍しても、空中で無防備を晒すだけだ。完全な、詰み。
しかし、レイは
(テン・シント流極意――キョウカスイゲツの小太刀!)
光の剣が機体を貫く直前、軽く跳ねる。零式の足元を巨大な光の刃が通過した瞬間、彼はあろうことか両手剣の刀身そのものに着地した。ちょうど『竜殺し』のルーン文字が刻まれている、魔術の刃が及ばぬ死角の領域に。
『……馬鹿なっ!?』
初めて、ジークフリートから驚愕の混じった声が漏れた。
刻まれたルーンを蹴って、さらに前へ。小太刀を逆手に構え、両手剣を保持する敵の腕を狙い定める。
ジークフリートは振り払おうとしたが、その動作よりも早く、レイの小太刀が一閃した。
(浅い……!)
手応えはあった。しかし、腕の切断にまでは至らない。ヤークトティーガーのガントレットに深い傷を残すに留まった。
レイは即座に距離を取ったが、敵は追撃してこない。
『……見事だ。私の負けだ』
まだ戦えるはずだというのに、ジークフリートは潔く敗北を認めた。彼のHFは、ユイとヒルダが戦っている場所へと視線を向けた。
「しまった!」
ヒルダの援護に向かうのかとレイは焦ったが、その時には既に、ヒルダのHFの首元から眩い光が漏れ出していた。ユイが首の切断に成功し、勝利を収めたのだ。
流石はユイだと誇らしく思うと同時に、自らの戦闘の最中にヒルダの状況までをも冷静に把握していたジークフリートの余裕に、レイは戦慄した。自分はそこまで気が回っていなかった。さらなる高みへ至ることを、彼は心に誓った。
ヒルダの機体から
『君たちの勝利だ。……また、どこかで会おう』
そう言い残すと、ジークフリートは月面を蹴って撤退していった。
「いや、もう勘弁してほしいな……」
極限まで磨り減った精神で、レイはポツリと独り言を漏らしたが、既に通信は途絶えていた。
続く