【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
激戦が続く戦場の中心で、ひときわ目を引くマントを翻す二機が切り結んでいた。
一機はフランクス国王機、ラファールM剣士型HF。もう一機は帝国皇帝機、カイザー・ティーゲル。
両者は時に足を止めて刃を交わし、時に超高速機動で宇宙を翔ける。絡み合う彗燐光の軌跡が、虚空に光の螺旋を描き出していた。
「がっはっはっ! 楽しい! 楽しいぞ、若き王よ!」
帝国皇帝フリードリヒⅣ世は、剥き出しの歓喜を上げ続けていた。
カイザー・ティーゲルは、二振りの巨大な両手斧『グレートアクス』を、その剛力をもって自在に操る。並大抵のHFならば防御ごと一両断にするであろう猛攻だが、フランクス国王はそれを許さない。
王は斧の重量を乗せた重い一撃を、細身のサーベルで滑らかに受け流す。あたかも風をいなすかのような流麗な身捌き。それだけでなく、皇帝が体勢を崩したわずかな隙を逃さず、鋭い刺突を叩き込んでくる。
心からこの戦いを享受している皇帝の脳裏には、若き日の記憶が蘇っていた。
――
「フリッツは、剛の技だな」
連邦の大学に留学中だったフリッツ……後の皇帝フリードリヒⅣ世は、時折寮を抜け出しては遊びに興じていた。
その遊び相手は、皇国の
二人は共に講義をサボっては街へ繰り出し、買い食いを楽しみ、公園で昼寝を貪り、お目付け役たちを困らせていた。
そして何より、同じ武を志す者として、剣を交えることが常であった。
ある日の稽古を終えた休憩中、キミヒトが漏らした言葉に、フリッツは首を傾げる。
「ゴウ……とは何だ、キミヒト?」
「共通語で言えば『hardness』だな。要するに、硬く力強い技のことだ」
「がっはっは! その通りだ! 儂は力が自慢だからな!」
フリッツは上機嫌に、逞しい上腕に力瘤を作ってみせた。
「だが、剛一辺倒では、いつか痛い目を見るぞ」
「ぬ?」
「『
「ふん、そんなものは、さらなる剛力で叩き潰してくれるわ! がっはっは!」
「……まあ、貴様ならそうだろうな。単純な男だ」
キミヒトは大笑いするフリッツを眺め、深く嘆息する。
「何か言ったか? それで、キミヒト。お前がその『柔』を極めた者なのか?」
「いや、私の修めているテン・シント流は、剛と柔をバランス良く修行する。どちらかに偏ることはない」
「そうか。では、もう一度勝負だ! 戦績は儂の方が一勝多かったはずだな?」
「間違えるな。七勝六敗で、私が勝ち越している」
「そうだったか? まあ、今回勝った方が真の勝ちということで!」
「適当な男だな、相変わらず……」
呆れながらも木刀を構え、二人は再び対峙する。
公的には面識すらないことになっている二人だが、その実、彼らは誰よりも固い絆で結ばれた親友だった。
――
「これが、お前の言った『柔を極めた者』の力か! キミヒト!」
かつての親友の言葉を反芻しながら、皇帝は戦い続ける。
「だが、そう簡単には負けんぞ!」
フリードリヒは、その笑みをさらに深く刻んだ。
――
一方、フランクス国王シャルルⅢ世は、心中で焦燥を募らせていた。
現在はなんとか攻撃を捌けているものの、皇帝の繰り出す剛力の一撃一撃が、確実に自身の余裕を削り取っていく。受け流すたびにサーベルの耐久限界が脳裏をよぎり、火花が散る。
「これが、『剛よく柔を断つ』ということかい? 星菱レイ君」
トロワと名乗り、皇軍と共に行動していたとき、彼はよくレイやゴウガと模擬戦を繰り返していた。
その折、レイから教わったのが『剛よく柔を断つ』という言葉。
トロワの剣技は、本来『柔』に重きを置いたものだ。しかし、柔一辺倒では、いつか圧倒的な『剛』に屈してしまう。事実、以前に皇居でレイと試合をした際、彼はそれを痛感していた。渾身の受け流しを力で弾き飛ばされ、最後には剣を叩き落とされて敗北したのだ。
レイの使う流派は剛柔を併せ持つ。対してトロワの剣は受け流しを起点に構成されており、その根底を覆すには修行の時間が足りなかった。
ゆえに、レイとゴウガの協力を得て、彼はただ一つの『技』を練り上げてきた。
今はただ、その一撃を繰り出すための、唯一無二の隙を伺い続けている。
――
皇帝が戦いの中に至福を感じていたその時、機動要塞から強烈な霊子的余波が戦場へ放たれた。
「……グンテルか?」
不審に思った瞬間、脳の深部を灼かれるような激痛が彼を襲う。
「がっ……!」
――
皇帝機カイザー・ティーゲルの動きが、一瞬だけ、完全に停止した。
「今だ……っ!」
トロワは、身に付けたばかりの唯一の『剛』を解き放つ。
得意とする柔の機動で、機体の全身を弓のように極限まで引き絞る。レイから教わった、力の流れを増幅させる螺旋の動き。
細身のサーベルの先端。ただその一点に、トロワが持てるすべての『剛』を凝縮させる。武器強化のための膨大な霊子が光子として溢れ出し、白銀の輝きを放つ。
限界まで蓄積された力が解放され、全力の刺突が放たれた。
「
隙を突かれたカイザー・ティーゲルは回避が間に合わず、二振りの斧を交差させて防御を試みる。
しかし、その全力の穿孔は止められなかった。光の矢と化したサーベルは、重厚な斧を二枚同時に砕き散らし、HFの胸部装甲を深々と貫く。
「手応えあり!」
トロワは確信した。先ほど月の方角から届いた霊波……きっとユイたちが成し遂げてくれたのだ。そのもたらした一瞬の隙が、勝利を呼び込んだ。
『……見事だ、若き王よ。そなたの勝ちだ』
皇帝から通信が届く。
『……ああそうだな。キミヒトの言う通りだったな……』
その掠れた声を最後に、通信は途絶した。
サーベルをゆっくりと引き抜くと、カイザー・ティーゲルの装甲の隙間から眩い光が溢れ出す。ラファールを後退させると同時に、皇帝機は宇宙に巨大な火花を散らし、爆散する。
――
「レイ! 急いで!」
ユイとレイは球状空間を脱出し、斜め通路を月面へ向かって急ぐ。
背後からは迫りくる爆炎と、それをさらに飲み込もうとする漆黒の空隙が迫っていた。あの闇に触れれば終わりだと、本能が警鐘を鳴らし続ける。
「もう……少し……!」
ついに爆炎すらも漆黒の影に呑み込まれた。二機のHFのすぐ背後まで、その影が迫る。
「行っけぇぇぇーー!!」
足元を影が掠める寸前、二機はアダムズ・クレーターの出口へと躍り出た。月面から宙へと舞い上がると同時に
十分な距離を確保したところで、二人はようやく落ち着いて背後の機動要塞を振り返った。
まず、帝国軍の拠点であったアリスタルコス・ベースが大爆発を起こした。続いて、月面全体に凄まじい地割れが走り、亀裂の奥から眩い光が漏れ出す。
分断された月面の地殻が、内側へ向かってボコりと凹み始めた。その奥には、すべてを無に帰すような黒い影。
地殻が次々と消失し、ついに月そのものが自らの重力で爆縮を開始した。最後には極小の黒い点が残り、それもまた、瞬時に虚空へと消え去る。
帝国軍の
――
その光景を目撃したすべての将兵は、敵味方の別なく、完全に動きを止めていた。
戦域の全通信周波数を用い、フランクス国王シャルルⅢ世の勝利宣言が響き渡る。
『帝国皇帝は討ち取った! 機動要塞は消滅した! 我々の勝利だ!!』
続く