【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
第1機動騎士団団長、アラス・エルメンドルフ中佐は、地球自由連邦首都ロードン星にある連邦軍機動騎士団統合本部を訪れていた。
目的の本部長室へ辿り着き、重厚なドアをノックする。
「アラス・エルメンドルフです」
『入れ』
短い返諾を受け、中へと入る。執務机で山積みの書類を捌いている男が一人いた。
「書類を提出しに来ました。兄さん……いえ、リチャード・エルメンドルフ少将」
「二人の時は『兄』で構わんと言っているだろう」
本部長室の主であるリチャードは、アラスより5歳上の実兄だ。機動騎士団を統括する統合本部の大騎士団長であり、首都防衛騎士団長も兼任している。『剣神』の異名を持つ現役最強の騎士の一人であった。
その剣技は、『剣聖』と称えられるアラスをも凌駕するという。
「では兄さん。異動届を持参しました。承認をお願いします」
現在、連邦軍は帝国による侵攻を受け、第2から第5艦隊までを喪失し、その戦力は半減していた。かつての栄光を誇ったナンバーフリートも、今は無惨な有様である。
残存艦隊による再編の真っ只中、機動騎士団もまた、大規模な配置転換を余儀なくされていた。
アラスはナノボットの書類を展開し、リチャードへと転送する。
「分かった。承認しよう。……今度は新設の第2艦隊か」
「ええ。ですが、情勢次第ではまた変更になるかもしれないとのことです」
「忙しないことだ。軍令部の艦隊編成部門も、極度の混乱に陥っているようだな」
帝国軍の機動要塞が連邦領内を蹂躙したことで、連邦制度そのものが根底から揺らいでいる。連邦軍は深刻な戦力不足に喘ぎ、さらに各地の貴族たちからの理不尽な防衛要請が、現場の混乱に拍車をかけていた。
「兄さんの首都防衛騎士団は、異動の予定はないのですか?」
「いや、それがな……。専門の防衛部隊という存在意義が、軍部内で疑問視され始めていてな。今回のような機動要塞が今後も投入される可能性を考慮し、定点防御ではなく、より柔軟な機動防御への移行が検討されている。煩わしい話だ」
「機動要塞、ですか……」
連邦軍艦隊を散々に嬲り倒したあの帝国軍要塞は、フランクスと皇国の連合軍によって破壊されたと聞いている。
いかなる手段であの怪物を沈めたのか、連邦情報部が血眼になって調査を進めているが、未だに詳細は不明なままだ。
「ふん。フランクスの田舎者や極東のヤビットごときに遅れを取るようでは、所詮は張り子の虎だったのだろう。連邦領内を逃げ回るばかりの海賊共が」
「……そうですかね」
実際にその威容を目にしたアラスは、兄の尊大な意見に諸手を挙げて賛同することはできない。事実として、連邦軍艦隊は手も足も出なかった。
「ともかく、蛮族共は消え失せたのだ。連邦領内の混乱を早急に平定せねばならん。お前も、平民どもの下らんデモの警備などに、いつまでも駆り出されていたくはあるまい?」
「はい」
帝国軍が撤退した後も、連邦領内の混乱が収まる気配はなかった。それどころか、各地でデモやテロが頻発し、平民による貴族階級への攻撃が激化している。
「大人しく貴族に従っておればよいものを、
「兄さん……」
リチャードは、エルメンドルフ家に代々伝わる「絶対貴族主義」の体現者であった。貴族以外は人間ではないと断じている節がある。むしろ、一族の中ではアラスの方が異端な存在といえた。
「いいか、アラス。我ら優秀なる貴族が、愚民どもを正しく導いてやらねばならんのだ。お前も、貴族としての義務を全うしろ」
「……はい」
――
首都ロードンにあるホテルの一室。男女が愛を確かめ合った後、甘いピロートークに興じるでもなく、男が一人、重い溜息を漏らしていた。
「参ったな。……ハニートラップかよ」
かつて局所泡合同演習『リムロック』で知り合った皇国軍の女性兵士から連絡があり、喜び勇んで密会に応じ、食事してそのままホテルまでしけこんだシロウ・カデナだったが、相手の女性はただの兵士ではなかった。
情事の余韻に浸ろうとした際、彼女がその豊かな胸の谷間に何かを挟んでいることに気づいた。つまみ上げてみれば、それは一枚の名刺であった。
名刺には『皇国軍情報本部第一作戦部第三課 峯岡山フジコ』と記されている。
皇国軍情報本部第一作戦部。連邦軍内部でも「ニンジャ部隊」として恐れられている組織だ。いわゆる
「あら、心外ね。関係を持ったのは、純粋な好意からよ?」
彼女はグラマラスな身体をシーツに包み、しどけない仕草でこちらを見つめる。
「じゃあ、なんで名刺なんて出すんだよ。というか、これ、どうせ偽名だろ?」
「さて、どうかしらね」
「とぼけやがって。……目的は何だ。俺は特に重要な機密なんて握ってないぞ、皇国のクノイチさん」
シロウが投げ捨てた名刺は、空中でナノボットへと霧散し、そのまま消失した。
「別に、貴方から何かを聞き出すつもりはないわ。ただ、こちらから情報を提示することはあるかもしれないけれど」
「提示……?」
「貴方も薄々気づいているでしょうけれど、これから連邦は二つに引き裂かれる。その混乱の果てに、内戦が勃発するわ。その時、貴方の知りたい情報を提供してあげる。……それは、貴方にとって極めて有益なはずよ」
「連邦をさらに混乱させるのが目的か?」
「逆よ。皇国は、連邦の混乱が長期化することは望んでいない」
シロウはしばし思案に耽る。室内にカメラが仕掛けられている様子はないが、皇国のナノボット技術は連邦の遥か先を行っている。脅迫の材料にするための映像など、既に押さえられていると考えるのが自然だ。
「……分かったよ。とりあえず、今は何もないんだな」
「ええ、そうね」
「なら……続きをしようか」
シロウは再び、彼女の身体に覆い被さった。
「きゃっ」
どうせ撮られているのなら、一回も二回も三回も変わるまい。開き直ったシロウは、再び情熱の渦へと身を投じた。