【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
HF戦が火蓋を切った頃、『かが』及びDD3隻の艦隊は、第三惑星ケブラ3229cへと急行していた。
惑星上空の制空権を確保しておかなければ、いざHFが大気圏へ突入する際、致命的な妨害を許してしまう。敵艦隊も同様の意図を持っているはずであり、互いに惑星を目指して最短距離を突き進む形となった。
「惑星領域侵入準備」
「了! 惑星領域侵入準備! 針路そのまま、両舷前進最微速! 相対速度合わせ!」
艦長の鋭い指示を受け、航海長が淀みなく号令を飛ばす。
惑星は自転しつつ恒星を公転し、恒星は銀河の中心を周回し、さらに銀河そのものも宇宙空間を疾走している。その速度は秒速600kmにも達するため、高速で移動する天体に接近し、その軌道に乗るだけでも至難の業だ。
「HPフィン停止、イオンドライブ切替! 艦長操艦! お返しします!」
「艦長操艦、了解。イオンドライブスラスター起動」
惑星至近では
惑星の重力干渉下での繊細な操舵が求められるため、ここからは艦長が直接舵を取る。HFRによって艦体と意識を同調させているナナにとっては、この巨体を動かすのも自分の手足を動かすのと同義であった。
眼下には、生命の輝きを予感させる青い惑星が広がっている。ケブラ3229cには当初、海が存在しなかったが、惑星開発公社が数個の彗星を衝突させることで、強引に水をもたらしたという。テラフォーミングの手法は、あまりに豪快だ。
――
第04護衛隊の4隻は、『かが』を先頭とした単縦陣を形成し、惑星低軌道に沿って静かに移動を開始した。
この艦隊行動は、事前に四人の艦長による密な打ち合わせを経て決定されたものだ。『いなづま』艦長・佐世保フミ2等術佐を始め、『さみだれ』『さざなみ』の艦長も全員が女性である。
皇国において女性艦長は決して珍しい存在ではなく、むしろ一般的といえた。単純に、男性よりも女性の方が平均的な霊子出力が高いという、生物学的な特性に起因している。
敵艦隊は惑星の反対側に位置しており、主砲の射角に入った瞬間に先制攻撃を仕掛けてくるだろう。そのため、まずは惑星そのものを巨大な盾として利用しながら接近を試みる。
「このままの針路では、頭を抑えられますね」
「いわゆる『丁字戦法』を仕掛けられる形ね」
副長の冷静な指摘に、ナナもまた淡々と応じた。
艦橋のメインスクリーンには、惑星低軌道上で機動する自軍と敵軍の相対位置が投影されている。
単縦陣を敷く敵艦隊の方が先行しており、このままだと味方艦隊の先頭が敵の陣形に抑え込まれてしまう。その場合、敵艦6隻の全砲門が先頭の『かが』に向けられ、集中砲火を浴びることになる。
「艦長、危険です。コース変更を」
「大丈夫よ、副長。すべてはシミュレーションの予想通り。砲雷長」
『はっ!』
「砲戦準備。今から送信するデータを諸元として入力して」
『了解いたしました……。しかし、これは……?』
「砲撃タイミングはこちらで指示するわ」
副長と砲雷長が困惑の表情を浮かべる中、ナナは構わず各艦の艦長へ回線を繋いだ。
「こちら『かが』。当艦との操艦、および射撃管制の完全同調をお願い」
3隻のDDから即座に受諾の回答が届く。一定の静寂の後、ナナの号令が艦内に響き渡った。
「全艦回頭! 取舵90度! 単横陣へ移行!」
4隻の軍艦が一斉に左へと舵を切る。縦一列だった艦隊が、横一列の壁へと変貌を遂げた。
「全艦、主砲一斉射撃準備!」
惑星の湾曲に遮られ、まだ敵の姿は見えない。通常の計算であれば、今砲撃しても虚空を撃つだけだ。
「砲雷長! 5秒後に一斉射!」
『了! 3、2、1。撃て!!』
『かが』とDD3隻の前部砲塔が、一斉に火を噴いた。
通常ならば光速の90%にまで加速された砲弾が直線を描くが、今回の砲弾はそこまでの速度に達していない。計測された速度は約8km/s。それは、低軌道を周回する人工衛星の第一宇宙速度に相当した。
放たれた砲弾は、惑星の強大な重力に引かれ、直線ではなく惑星の丸みに沿って大きく弧を描く。重力に導かれた死の礫は、惑星の影を回り込み、無防備な敵艦隊の側面へと襲いかかった。
敵側も、まさか遮蔽物である惑星の背後から「曲射」が飛んでくるとは夢にも思わなかったのだろう。回避行動に移る余裕すら与えず、砲弾は次々と敵艦の舷側を直撃した。
「直撃弾、合計32! 敵艦6隻の大破を確認! 一部は軌道を維持できず、惑星へと落下していきます!」
霊測員の歓喜に満ちた報告に、艦橋が沸き立つ。
砲雷長が、信じられないものを見たという風に呟いた。
『いやはや……まさか宇宙空間で、惑星重力を利用した曲射砲撃を行うとは……』
「よく当ててくれたわ。砲雷長」
『艦長から頂いた正確な重力計算データのお陰です』
「砲術士たちを労ってあげて」
『了解いたしました!』
これによって、惑星の制空権は事実上確保された。
たとえ敵HFが強行降下を試みたとしても、この位置からならば艦隊による迎撃が可能だ。
「あとは、HF戦の状況次第ですね」
「ええ。霊探員、HF隊の状況は?」
「はい、艦長。HF隊はこちらが圧倒しています! 損害なし、敵HFは残数7!」
「了解。では惑星揚陸の準備を――」
「待ってください! 惑星表面に感あり! HFと思われます!」
霊測員の悲鳴に近い報告が、ナナの指示を遮った。
「霊紋解析中……。データベース照合、ミコヤ29兵士型! 敵HFです!」
「なんですって!?」
惑星開発公社の人間は、戦闘開始前に全員が退避を完了していたはずだ。しかし、地上にはまだ開発用の資材が残されており、巨大なコンテナ群が整然と並べられている。
その中の一つ。重厚な扉が内側から大きく震え、次の瞬間、扉が吹き飛んだ。コンテナの中から力任せに蹴り飛ばされたようだ。闇の中から一機のHFがゆっくりと姿を現し、纏っていた遮断用の黒いシートを、乱暴に投げ捨てた。
――
一方、衛星軌道上のHF戦でも、皇国側が圧倒的な優位を築いていた。中でも、ブルーリボン01。ユイのスコアは突出している。
小銃による精密射撃のみならず、接近しての銃剣や薙刀をも使い分け、見敵必殺を体現する。止まることなく前へ、前へ。レイに背後を預け、前方のみを凝視して敵を狩り続けた。現時点での撃墜数は11機。5機撃墜で称えられる「エース」の称号を、初陣にして軽く塗り替えていた。
『各リーダー。こちらホワイトアイ。敵HF、残り6機』
あと少し。今ユイが追っているのは、その内の一機だ。完全に戦意を喪失し、逃走を図っているようだが、零式とミコヤでは機動性に決定的な差がある。瞬時に間合いを詰め、残弾のすべてを叩き込んだ。
「ブルーリボン01、目標撃墜!」
これで12機目。銃剣は折れ、小銃の弾薬も底を突いた。残された武装は、薙刀のみ。
『各リーダー。敵HFより全周波降伏信号。レインボータワー、降伏受諾を確認』
敵の降伏により、ようやく戦闘が終息した。味方の被害状況は、大破2、中破4。大破した機体のパイロットも操魂球で無事に脱出しており、人的損害は皆無。対する敵は、大破23、中破5。文字通りの大勝利であった。
ユイは深く、長く、溜まっていた息を吐き出した。そしてようやく、ずっと後ろを守り続けてくれていたレイを確認する。
「02、こちら01。大丈夫だっ……」
言葉が、途中で喉に張り付いた。レイの乗るブルーリボン02の惨状を目にし、絶句する。
02の機体は、目に見えてボロボロだった。
判定こそ「小破」に留まっているものの、全身のモジュール装甲には数え切れないほどの弾痕と、無数の刃傷が刻み込まれていた。
戦闘中、背後からの脅威を一切感じることなく戦えた理由。それは、レイが文字通り身を挺して、迫り来るすべての攻撃を弾き返してくれていたからだった。
「レイ……! あなた、大丈夫なの!?」
『こちら02。問題ない。機体各部の機能にも支障はないよ』
思わずコールサインを忘れ、本名を叫んでしまう。だが、レイの声はどこまでも平穏であった。
「よかった……。ごめんなさい、アタシのために……」
『……謝罪じゃなくて、感謝の言葉が欲しいな』
「っ……! ふふっ、そうね。ありがとう、レイ!」
『うん。どういたしまして』