【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
完全に現地の民間人だと思っていたが、見覚えのある顔だった。ロードンのホテルで一夜を共にした女性。峯岡山フジコと名乗っていたが、その正体は皇国軍情報本部第一作戦部第三課に属すると明かしたスパイ――いや、クノイチだ。
「な、なんでこんなところに?」
「あら? ニンジャなのよ? どこにだって現れるわ」
「それで、何の用だ」
「言った通りよ。『ナイトメア』の正体、知りたくない?」
「……何故そのことを」
「言ったでしょ? あなたの知りたい情報を提供するって」
あの情熱的な夜。それをネタに脅迫でもされるかと身構えていたが、今日まで何もなかった。ついさっきまで忘れていたほどだ。
「確かにそう言っていた気がするが……で、何故知っている? ANU軍の最機密のはずだ」
「そこは蛇の道は蛇ってことで。で、どうするの?」
「……聞くだけは聞こう。俺の知っている人物かは分からんが」
フジコは手をちょいちょいと動かし、屈むようにジェスチャーした。シロウは黙って従い、わずかに腰を落として耳を寄せる。彼女は密やかな囁きを交わすため、その唇を近づけてきた。覚えのある、香水の良い香りが鼻をくすぐる。
「……アラス・エルメンドルフよ」
フジコは、言葉の最後にふっと耳元へ息を吹きかけた。
「うお! ってお前! ふざけんなよ! アラスのわけがないだろ!」
不意の吐息に驚きながらも、シロウは即座に反論した。あの『ナイトメア』が親友のアラスであるはずがない。初めて黒い動甲冑の『ナイトメア』に会ったとき、同じ場にアラスもいたのだ。彼であるはずがない。
「信じるも信じないも、あなた次第よ」
「お前、やっぱり連邦を混乱させるために……」
「さて? どうかしらね。まあ、パンの代わりにこれをあげるわ」
そう言って、彼女は小さな白い立方体を差し出した。
「データキューブ?」
ナノボットによって構成された、情報の圧縮格納体だ。ネットワークを介さず情報を手渡す際、隠密性の高い情報伝達手段として用いられる。
「今日は忙しいから、これでお暇するわね。あの夜は素敵だったわよっ」
投げキッスを残し、フジコは人混みの中へと消えていった。
「お、おい!」
後を追おうとするが、既に姿を晦ませている。本当に忍者のようだ。シロウの手にはナノボットのキューブだけが残された。
「なんなんだよ。くそっ」
データキューブを握りしめ、念のために人目のない場所へと移動する。
周囲に誰もいないことを確認し、キューブをタップした。空中にウィンドウが展開され、映像が映し出される。
誰かの主観映像のようだ。HFから降りたばかりの者が、何かを必死に主張している。正面には、一機のイーグル。その胸部装甲が展開し、
『ナイトメア』は機体から降り立つと、カメラに向かって歩み寄ってくる。
『地球条約に則り、捕虜としての適正な扱いを要求する』
映像の主が規範通りに告げるが、『ナイトメア』は背負っていた大剣を静かに握り直した。
『すまんな』
ボソリと呟き、大剣を一閃させる。カメラが激しく傾き、地面へと落ちた。首を飛ばされたのだろうか。
シロウは戦慄した。首を落とす凶行そのものにではない。
最後に響いたその声に、聞き覚えがあったからだ。
「……アラス?」
続く