【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
アラスは当初、戦姫の機体を迅速に制圧し、この戦闘を早期に終結させるつもりでいた。
目の前の青い機体は、ドレス状のエレガントな外装を持ち、部分的に装甲が施されているものの、明らかに防御力そのものは脆弱に見えた。あの布状の外装には霊銀が編み込まれており、通常は魔女用の高出力機などに採用されるものだ。物理的な堅牢さは極めて低いはず。
ゆえに、実戦用ではなく儀典用に近いものと高を括っていたのだ。
だが、現実は違った。扱いが極めて難しい長槍を驚異的な精度で操り、寸分の狂いもない鋭撃を次々と突き込んでくる。徹底的に武道を嗜んでいるのは明白であり、その実力は一級品だ。
敵の間合いが広く、その俊敏な機動力に阻まれて、こちらの重い一撃をクリーンヒットさせられない。
(……ならば、これを試すか。『剣墓』)
自機の大剣を地面へと突き刺す。狙い通り、相手の動きに一瞬の戸惑いが生じた。
間髪入れずに柄を握り、ブレードを蹴り上げて大量の土砂をぶちまける。
HFを用いた近接格闘戦においては、パイロットが機体と同化する。それゆえに生身の肉体と同様、急な襲撃に対しては、脳が反射的に回避行動を取ってしまうものだ。
この戦術も、土砂で一時的に目隠しし、敵が反射的に身を翻したその隙を突いて一撃で仕留める――そのはずだった。
「何だと――!?」
だが、戦姫の機体は、激しい土砂の直撃を受けるのも構わず、真っ直ぐ前方へと鋭く踏み込んできた。向こうの視線は、微塵も揺らいでいない。
こちらの驚愕の一瞬を突き、限界まで間合いを詰めた戦姫は、頭部へ向けて鋭利な槍の一撃を放った。
アラスは超直感のままに頭部を激しく傾け、寸前でそれを回避する。ストライクイーグルの頭部装甲を槍の穂先がかすめ、強烈な火花が散った。
だが、踏み込んできたということは、今度はこちらの間合いだ。大剣の制空圏内に飛び込んできた敵機に向け、アラスは渾身の力で横殴りの薙ぎ払いを繰り出す。
しかし――その必殺の一撃は、虚しく空を斬る。
戦姫は突進の勢いを一切殺すことなく、ストライクイーグルの胴体装甲を驚異的なバランスで駆け上がり、その肩を強く踏みつけて後方へと跳躍した。
「な!? 俺を踏み台に!?」
両手をしなやかに広げ、空中での美しい後方伸身宙返りをする青い機体。ドレス状の裾が戦火の風に美しくはためき、兜の後方から流れる髪の毛を模した金色の鋼線が、鮮やかに広がっていく。
アラスは思わず、その光景に見惚れてしまっていた。
まるで戦場に舞い降りた美麗な女神像のような敵機は、完璧な着地で十分な距離を確保すると、再び隙なく槍を構え直す。頭部の白い仮面に付着した泥を左手で乱暴に拭うが、完全には取り切れていない。しかし、その泥に汚れた姿すら、どこか神聖な美しさを放っている。
一瞬の恍惚から我に返ったアラスが、小さく呟く。
「なるほど。……俺が完全に、見誤っていたようだ」
決して手を抜いていたつもりはなかったが、相手がうら若い女性であるという事実に対して、無意識のうちに手加減という枷を自らに課してしまっていたのだ。
「これでは、ビリーを笑えんな……」
己の騎士道に従い、女性を守ると公言して憚らない純粋な後輩の姿が脳裏をよぎる。
ここのところ、非道な任務に心が沈んでいたアラスだったが、この瞬間、武道家としての純粋な矜持が激しく奮い立ち、歓喜の炎が燃え上がった。
「マクドネル・ダグラス流、アラス・エルメンドルフ――参る!」
ストライクイーグルの剛腕で大剣を肩へと担ぎ、威風堂々たる構えを取る。
「Eagle claw(鷲の爪)!」
一歩で戦姫との距離を詰め、大剣を肩でかち上げた。その上昇の勢いをそのまま殺さず、大上段から、上空の猛禽が獲物を襲うが如き全力の唐竹割りを振り下ろす。
凄まじい衝撃波を伴った一撃は、紙一重で身をかわした敵機には直撃しなかったものの、その破壊エネルギーはそのまま地表へと叩きつけられた。隕石の衝突を思わせる巨大なクレーターが瞬時に形成され、えぐられた土砂が爆発的な圧力で周囲へと飛散する。
先ほどの目潰しとは比較にならない、文字通りの土煙の壁が戦姫を襲い、その視界を完全に遮断した。
だが、アラスの連撃はそこでは終わらない。
「――Eagle beak(鷲の嘴)!」
そのまま深く踏み込み、地面に深く突き刺さっていた大剣を、自機の足甲を用いて力任せに蹴り上げた。
跳ね上がった鋭利な剣先は、正確に相手HFの眼前へと突き上がる。踏み込みの慣性エネルギーをすべて乗せ、完全に視界を奪われた敵の頭部目掛け、大剣の切っ先を渾身の力で突き放つ。
「手応え、あり――!」