【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
赤壁連合から脱退を表明したクライーナ国においても、各地で激しい戦闘が頻発していた。現在は赤壁連合軍と、軍事介入を開始した汎ペルセウス帝国軍が真っ向から対立している。
砲火によって荒れ果てた大地には、無数の塹壕が刻まれていた。連合軍が構築したそれは、まるで蟻の巣のように複雑に張り巡らされ、最前線で帝国軍の進撃を待ち構えている。
その塹壕の一つで連合軍歩兵が哨戒にあたっていた際、彼は腕にチクリとした鋭い痛みを感じた。
「いてっ」
周囲に耳を澄ませると、微かな羽音が聞こえた。目を凝らせば、小さな虫のような影が宙を舞っているのが見えた。
「なんだ、虫か……いや、違う! みんな、ドローンが侵入して――」
その言葉が最期となった。虫に見えたものは生物ではなく、精密な機械であった。蜂を模した極小ドローン――それは、猛毒を仕込んだ針を持つ暗殺用兵器だったのである。
その戦線から1km離れた後方では、帝国軍の戦車部隊が待機していた。帝国の
戦車はHFが台頭するまでは陸の王者であった。HFが投入されるようになった今も、その絶対数の少なさから、依然として地上戦の主力を担い続けている。
「車長。『
「了解した。装填手、弾種選択――広域貫通雷撃弾」
砲塔内に座座する装填手が、背後の弾薬庫を開放して重厚な砲弾を取り出す。その弾頭の中心部には、特定の術式を一時的に封じ込めることができる
「雷神トールよ。愚かな敵に鉄槌を」
装填手が低く呟きながら霊力を込めると、弾頭に青白いルーン文字が浮かび上がる。彼はその砲弾を、慣れた手付きで120mm滑腔砲へと装填した。
「装填よし!」
「目標、敵塹壕。――撃て!」
車長の号令一下、砲手が主砲を放つ。砲弾は1km先の塹壕上空へと吸い込まれ、空中で激しく炸裂した。
刹那、周囲500mにわたって落雷に似た強烈な放電現象が発生し、一帯を白銀の奔流が薙ぎ払う。魔術的な雷は土壌を貫通して塹壕内へと伝播し、潜んでいた兵士たちを瞬時に黒焦げに変えた。放置されていた爆薬にも引火したのか、次々と凄まじい誘爆が巻き起こる。
砲弾が期待通りの効果を発揮したことに、砲手が満足げに笑った。
「やった! 今時、塹壕なんて何の役にも立ちませんね。でしょう、車長?」
「そうでもないぞ。結果として我々をこれだけ足止めできたのだからな。連中を排除しなければ、後方の歩兵が危険に晒されていた。いつの時代も、最後は歩兵が戦場を制するのだ。よし、戦線を2km押し上げる。
地上戦は一足飛びには進まない。じわり、じわりと、血で陣地を塗り替えながら進んでいく。戦火が止む気配は、未だになかった。
――
『かが』艦内の訓練場では、星菱レイと海田ガイが木刀を交えていた。壁際で休憩していた信太山ケイがそれを眺めていると、横田ユイがペットボトルを手に歩み寄ってきた。
「お疲れ様、ケイ。はい、お水」
「あ、ありがとう。ユイ」
レイとガイの打ち合いはまだ続いている。レイから剣術の稽古を受けているガイの表情は、真剣そのものだ。その様子をじっと見つめるケイに、ユイが微笑みながら話しかける。
「ガイ、頑張っているね」
「うん。星間機動戦のシミュレーションや射撃訓練も、最近は進んでこなしているみたい」
「そうなんだ」
「あの時からかな……こんなに真剣に打ち込み始めたのは。改めて、ありがとうね、ユイ」
「もう、助けるのは当たり前でしょ。それより、HFの修理が間に合ってよかったね」
「うん。切断された素体の腕や足がすぐに見つかったから。繋ぎ合わせることは可能なようね」
HFの中核は機械的な構造ではなく、
物質光子とは、本来は力を伝達するゲージ粒子である光子が、物質を構成するフェルミ粒子のように振る舞う特殊な状態を指す。この物質光子によって人間の構成物質を精緻に再現し、巨大な人型を保っているのだ。
ユイとケイがシャワーを浴びるために訓練場を後にした頃、ようやくレイとガイも稽古を切り上げた。
「ほら、タオル」
「サンキュ」
汗だくのガイが、涼しい顔をしたレイからタオルを受け取り、顔を拭う。
「……頑張っているな、ガイ」
「ああ。二度と、あんな無様な姿は御免だからな。――で、俺の剣術はどうだ?」
「基礎は固まってきたと思う。あとは実戦での応用かな。フェイントなども織り交ぜていくといいよ」
「そっか」
「格闘戦の方では、既にできているじゃないか」
「ゴウカラテ道を基本から見直しているからな。どうも俺は、複雑な駆け引きは苦手だ」
「それも一つの形さ。あとは反復練習で、理屈ではなく体に覚え込ませるだけだよ」
「……それは、俺の最も得意とするところだ」
「うん」
ガイは、新星系戦で武将型HFに人質として拘束されたことが、よほど屈辱だったのだろう。人が変わったかのように訓練を重ねるその姿からは、戦士として一皮剥けたような気迫が漂っていた。
「そういえばレイ。先の戦いで、お前も五機以上落としているんだから『エース』だろう。機体の色は変えないのか?」
ガイは照れ隠しか、不意に話題を変えた。新星系戦において、ユイには及ばないもののレイも五機を撃墜していた。ブルーリボン01と02だけで、敵の約半数を葬り去った計算になる。
撃墜数によってエース判定を受けた場合、機体の塗装を変更することが慣習となっていた。あくまで慣例であり強制ではないが、変更しない者も少なくない。中隊長であるユイは、既に自身のパーソナルカラーである空色に塗装を済ませている。
「いや、別に興味はな――」
「ん?」
(……ユイが光なら、ボクは影だ。けれど、もしボクが目立つ色になれば、敵の注意をユイから逸らすことができるかもしれない)
「……少し、考えてみようかな」
「お、いいじゃん! 色はどうするんだ?」
「どうしようかな……」
レイは考え込むように、自身の赤い髪を指先で弄った。
続く