【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
Part-A
マンジュン国で激化している普遍党と平等党の内戦は、ついに首都を擁する星系にまで波及していた。
平等党の艦隊は駆逐艦6隻という小規模な戦力で、普遍党が支配する『リョジュン要塞』の攻略を試みていた。
首都星系リョウトウに座する『リョジュン要塞』は、先の『セバストポリ要塞』とは異なり、未だ一個艦隊を丸々温存している。
マンジュン国が保有する三個艦隊のうち、西海艦隊は新星系戦において全滅。東海艦隊は「懲罰艦隊」として各属国へ派遣されたきり、未だ音信が途絶えている。唯一健在なのは、首都防衛のために温存されていた北海艦隊であった。24隻の駆逐艦で編成されたその戦力は、未だに無傷のまま要塞に寄り添っている。
数で圧倒的に劣る平等党の艦隊は、巨大な要塞を前にして躊躇しているようにも見えた。
だが、平等党艦隊の背後には、さらなる別の影が潜んでいた。皇軍の第1霊電子戦隊群、第5霊電子戦隊に所属する4隻が、要塞側から完全にその存在を秘匿した状態で展開していたのである。
これまで皇国は、帝国の侵攻とは対照的に、戦闘の前面に出ることを避けてきた。マンジュン国との紛争においてはホーロー国軍やザフスタ国軍を主軸に据え、皇軍はあくまで要請に基づいた支援に徹していた。平等党に対しても、その方針は変わらないはずであった。
だが、今回に限っては別の理由が存在する。
第5霊電子戦隊旗艦、SS-5501『そうりゅう』。青赤のカバーが掛けられた艦長席に座る呉ナゴミ2等術佐は、挑戦的な笑みを浮かべた。
「ふん。この業界、舐められっぱなしでは終われないのよ。連邦のクソビッチどもは後でぶん殴るとして、まずは赤壁連合にきっちりと落とし前を付けさせてもらうわ。魔女の甘言に惑わされたことには同情してあげなくもないけれど、こちらに恥をかかせた分は、きっちり利息を付けて返してもらうわよ」
新星系戦の序盤、第1霊電子戦艦隊群は全力を傾けながらも、連邦の「魔女」たちの介入によって赤壁連合軍艦隊の捕捉に失敗するという屈辱を味わっていた。霊電子戦を専門とする彼女たちにとって、それは拭いがたい汚点であった。今回の作戦は、いわばその雪辱戦でもあった。
霊電子戦艦『そうりゅう』型は、全長400mの葉巻型船体を有し、船尾には「Ⅹ」の字形に配置されたHPフィンを備えている。
船体は霊波遮断塗料によって漆黒に染められ、さらに対霊探隠蔽霊符術が幾重にも施されている。霊電子戦艦には自衛用の魚雷以外の武装は存在せず、直接的な砲撃戦も想定されていない。そのため、敵の眼から逃れるための工夫が艦体の随所に凝らされていた。
霊電子戦艦の主戦場は、その名の通り「霊電子領域」そのものである。
「艦長、霊電子攻撃担当官の『
「艦橋へ上げるように」
「了解」
艦橋のオペレーターが報告する。艦橋のみならず、この艦に乗り込む約30名の乗員は、すべて十代の女性で構成されていた。
艦内には『禊』と呼ばれる、清水によって心身を清めるための厳粛な施設が備わっている。
身を清め、鮮やかな緋袴と白足袋に身を包んだ三人の霊電子攻撃担当官が艦橋へと姿を現した。彼女たちは艦長席の前面に設けられた、巫女神楽の舞台へと上がる。
少女たちの手には、多数の金鈴が房状に連なった
「『うんりゅう』、『はくりゅう』、『せきりゅう』の各艦の状況は?」
「全艦、準備完了しております」
「よろしい。では、敵要塞の『穢れ祓い』を開始する。巫女舞、行動開始」
静まり返った艦橋に、シャン、という清らかな鈴の音が鳴り響いた。
「「「祓えたまえ、清めたまえ、神ながら守りたまえ、
三人の担当官は祝詞を唱えながら、神楽鈴を手に流麗に舞い踊る。
巫女舞とは本来、祈祷や奉納のための儀式であり、舞うことで自らの身に神を降ろす神事である。
だが、今ここで行われているのは、巨大要塞に対する苛烈な霊電子攻撃であった。巫女舞によって一種のトランス状態へと突入し、敵の霊子網、および電子網の深層へとダイブする。そのままシステムの深部へと侵入し、超高速クラッキングを敢行するのだ。
三人の足元で、翠色に輝く霊符が幾何学模様を描いて発現した。
――
一方、『リョジュン要塞』の要塞司令は、一向に動きを見せない平等党の駆逐艦に対して業を煮やしていた。
「なぜ連中は攻撃してこんのだ」
「我らが要塞の威容を前に、恐れおののいているのでしょう」
「はん、臆病者め。何のためにここまで来たのだか。……もうよい、艦隊を出撃させて宇宙の藻屑にしてしまえ」
「はっ。北海艦隊に抜錨の準備を――」
副官の言葉が途切れるよりも早く、司令室のすべての明かりが消失した。メインモニタをはじめとするすべての端末も、沈黙する。
「な、何事だ? 停電か!?」
「不明です! 全システムが応答しません!」
「馬鹿な、予備電源はどうした! 復旧を急げ!」
オペレーターたちが懸命にコンソールを叩くが、システムは一切の反応を拒絶していた。司令室がパニックに陥る中、突如としてすべてのモニタに巫女装束を纏った少女の顔が映し出された。
『こちら大八洲皇国軍、護衛艦隊、第1霊電子戦隊群、第5霊電子戦隊の『そうりゅう』艦長・呉ナゴミ2等術佐です。リョジュン要塞の全システムは当艦が掌握いたしました。もはや貴方たちにできることは何もありません。無駄な抵抗はやめ、降伏勧告を受け入れることをお勧めします。賢明な判断を期待していますよ』
告げるだけ告げ、通信は一方的に断たれた。要塞司令は呆然と立ち尽くす。
「こ、降伏だと……?」
かろうじて司令室の照明だけは戻ったものの、モニタは復旧せず、オペレーターたちの努力は虚しく空転し続けていた。この事態は要塞のみならず、駐留していた北海艦隊の各艦も同様であった。
「おい! 祈祷師ども! 何とかせんか!!」
司令が怒声を浴びせる。祈祷師とは、赤壁連合において霊電子分野を担当する開魂者の俗称だ。だが、彼らもまた手の出しようがない絶望に直面していた。
「この無能どもが!」
激昂した司令が、懐から『首輪』の爆破スイッチを取り出した。苛立ちに任せてボタンを押し込む。祈祷師たちは反射的に身をすくめたが、何も起きなかった。
「あ……?」
スイッチを握りしめたまま、呆気にとられる要塞司令。すると、再びモニタに先ほどの少女が映し出された。
『あ、言い忘れていましたけれど、『首輪』の術式は既に解除済みです。ついでに、そちらの武器も一切使えませんので。では、ごきげんよう』
司令はスイッチを床に叩きつけ、腰のレーザー拳銃を引き抜いて構えた。だが、トリガーをどれほど強く引いても、銃が火を噴くことはなかった。
要塞内の武器使用権限は、ネットワークを介して厳格に管理されている。かつて開魂者の反乱を恐れて導入された「本人以外使用不可」という措置が、今、最悪の形で裏目に出たのである。
司令室の祈祷師たちがゆっくりと立ち上がると、その首から『首輪』が二つに割れて音を立てて落ちた。彼らは無言のまま、司令をはじめとする普遍党員たちにじり寄る。
祈祷師たちの顔や身体には、無数の痣が刻まれていた。それは日々の虐待が残した生々しい痕跡であった。
「や、やめろ……来るな、お前ら!」
その悲鳴が届くことはなかった。開魂者と普遍人の間にある、埋めようのない肉体的な力量差。普遍党員たちは、それを身をもって思い知らされることとなった。
――
『そうりゅう』の艦橋では、巫女舞を終えた三人のうち、両脇の二人が崩れ落ちそうになるところを、控えていた巫女たちが支えた。
二人は激しく消耗し、その肌は玉のような汗に濡れている。舞っていた時間はわずか3分ほどであったが、巫女舞による霊電子ダイブはそれほどまでに過酷な儀式なのだ。
だが、中央で舞っていた少女だけは、汗こそかいているものの、どこか平然としていた。彼女の名は呉ナトミ1等術尉。艦長であるナゴミの実の妹である。
「ナトミ、お疲れさま」
「ナゴミ姉さま……いえ、艦長。ありがとうございます。――すぐに二人を医務室へ」
疲弊した二人の担当官は、若い巫女たちに連れられて艦橋を後にした。ナトミは差し出されたタオルを受け取り、汗を拭う。激しい舞によって、セミロングの髪が白いうなじに張り付いていた。
「……手応えはどうだった?」
「要塞側の防壁は驚くほど脆く、対霊防御術式も単調なものでした。正直に言って、簡単すぎましたね」
「そう。やはり、あの『魔女』たちとはレベルが違うということね」
「はい。次こそは、あの魔女どもに一泡吹かせてやります」
一見しておとなしそうに見えるナトミだが、彼女もまた皇国五大術家の一つ、呉家の血を引く一員である。巫術に対する矜持は人一倍強く、先の連邦軍に苦杯をなめさせられたことは、彼女にとっても相当な悔恨であったようだ。
「必ず、次はあるわ。その時のために、さらなる修行を積まなくてはね」
「はい、姉さま」
それから間もなく、要塞側から降伏勧告受諾の連絡が入った。完全な無血とはいかなかったものの、リョジュン要塞と北海艦隊は、ほぼ無傷の状態で皇軍の手中に収まったのである。
あとの事後処理は、平等党の艦隊に委ねられることとなるだろう。