【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
ホーロー国でも解放が進み、今や首都以外の残党連合軍はほぼ駆逐されていた。追い詰められた残党たちは、首都の中央連合軍基地に全戦力を集結させ、市街を盾にするようにして占領を続けている。
ホーロー国軍は皇軍第7師団と緊密に連携し、首都を完全包囲。最終的な解放に向けて、慎重に作戦を継続していた。
その中央連合軍基地の地下、湿った冷気が漂う牢屋に、7歳くらいの子供が一人、力なくうずくまっている。かつては他にも多くの子供が収容されていたようだが、その姿はもうない。次々と牢屋から出され、どこかへ連れ去られていったからだ。
「おい、145番。出ろ」
兵士の無機質な声に促され、子供は重い体を引きずるようにして牢屋の外へ出た。
兵士は子供の細い腕を乱暴に掴むと、早歩きで移動を開始した。未発達な子供の歩幅では、その速度についていくのが精一杯だった。
「ど、どこにいくの……?」
「黙って付いてこい」
短く突き放されると、それ以上言葉を重ねることは許されなかった。子供は、首にずっと嵌められたままの『首輪』に、不安げに手を触れた。
赤壁連合において、過酷な宇宙空間での作業はすべて開魂者が担わされてきた。普遍人では宇宙放射線の被曝による健康被害を無視できなかったからだ。
ホーロー国星系では、外惑星の衛星における鉱物資源の採取が主産業であった。その労働力として開魂者を使い潰すことでコストを大幅に削減し、安価な資源を輸出することで富を築いてきたのである。
開魂者が宇宙空間で妊娠した場合は、その子供を親から強制的に取り上げ、一人の人間としての感情を殺し、ただ従順な歯車となるよう徹底的に教育する。そうして育てられた「消耗品」を、再び労働者として暗黒の宇宙空間に送り出す。
赤壁連合は、そんな非人道的な営みを建国から300年もの間、続けてきたのである。
この牢屋に入れられていたのは、親が体制に反抗したなどの理由によるものだった。親の「罪」は、そのまま子供の「罪」として波及する。
「……お前には、これからHFに乗ってもらう」
「え……?」
兵士が沈黙に耐えかねたのか、ぼそりと話し始めた。子供は一瞬、その意味が理解できなかった。HFという存在は知っている。だが、自分はその機体を操るための訓練など、一切受けていない。
「でも、ぼく……」
「ただ乗ればいい。適当に暴れまわれ。時間を稼ぐだけでいいんだ」
兵士が再び口を閉ざすと、子供もそれ以上の問いを飲み込んだ。そうあるべきだと、骨の髄まで教育されてきたからだ。
――
首都解放戦は、ホーロー国軍が主体となって着実に進められていた。
皇軍第7師団隷下の第72戦車連隊は、後方で機動待機を維持。要請があれば即座に突入できるよう、万全の態勢を整えている。
可能な限り首都の建造物を損壊させないよう、国軍の歩兵部隊が心血を注いでいる。一棟ごと、一部屋ごとの緻密な攻防が続いており、現段階で機甲部隊の出番はまだ訪れていなかった。
首都南側で待機していた皇軍の主力戦車である90式戦車の車内で、砲手が退屈そうに愚痴をこぼす。
「砲撃で敵の潜んでるビルごとぶっ飛ばしちゃえば、すぐ終わるのになぁ」
「バカ言え。これから自分たちが使うことになる建物を破壊してどうするんだ」
車長から即座にツッコミが入る。歩兵の消耗を鑑みれば一理あるが、残党連合軍は既に完全な守勢に回っており、ホーロー国軍側が圧倒している。制圧が時間の問題であることは明白だった。
敵の機甲部隊は緒戦の攻防で既に壊滅しており、このまま戦車の出番はないかもしれない。車長がそう考えを巡らせていた矢先、緊急の無線が飛び込んできた。
『中隊長より全車へ! 新たな霊波反応を感知した! 各車、周囲を警戒せよ!』
「723号車、了解」
霊波反応があるということは、まだ開魂者が残っており、何らかの兵器を起動させたことを意味する。その正体は装甲車か、戦車か、あるいは――。
「車長! 左前方、建物の下! 大型コンテナのハッチが開放されました!」
周囲を注視していた砲手が叫んだ。車長は瞬時に車外カメラの映像を切り替え、対象をズームする。
「HFだ……」
モニタに映し出されたのは、赤壁連合のHF、ミコヤ21兵士型『フィッシュベッド』。
『全車後退! 直ちに退避せよ!』
「操縦手、重力制御起動! 全速で後退しろ!」
中隊長からの緊急指示を受け、車長も叫ぶように操縦手に伝えた。
操縦手はギアを後退に入れ、叩きつけるようにアクセルペダルを踏み抜いた。急激な加速の衝撃を吸収しきれず、車内が激しく揺れる。多脚ユニットでエビのように跳躍し、イオンドライブスラスターを全開にして距離を取る。
「車長! なんで戦わないんですか! 今なら確実に狙い撃てますよ!」
「無駄だ。当てたところで、何も起きん」
車長が答えると同時に、隣を後退中だった724号車が主砲を発射。砲口の前に、赤く輝くリング状の霊符が展開される。砲口初速7,000m/sを超える、大気圏内における最大出力の射撃。
放たれた砲弾は衝撃波で周囲の土を吹き飛ばし、一瞬でHFへと到達。その胴体へ真っ向から激突した。
しかし、土煙の中から現れたHFには、傷一つ付いていなかった。まるで何事もなかったかのように平然と佇んでいる。
「そんな……」
砲手が呆然と呟く。
「だから無駄だと言ったろう。これが、戦車とHFの越えられない壁だ」
そう口にした車長だったが、どこか違和感を覚えていた。HFの様子がおかしい。小銃を構える気配もなく、ただ呆然と立ち尽くしているように見えるのだ。疑問を抱く彼の元に、再び中隊長から連絡が入った。
『後退後、エリア26に集結。第04護衛隊には既に連絡済みだ。HFはあちらに任せる。以上だ』
餅は餅屋、ということだ。
惑星上空で既に制空権を確保していた『かが』が、この特異な敵機へ対応することとなった。