【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
新星系を祝う祭りも終わり、『かが』乗組員たちは束の間の休暇を楽しんだ後、次なる任務へと就いた。
それは、多国籍合同演習――「環局所泡合同演習」への参加である。
環局所泡合同演習(Rim of the Local bubbles Exercise)、通称『リムロック』。
これは「局所泡」と呼ばれる宙域の周辺諸国が参加する大規模な国際合同訓練だ。主催の地球自由連邦をはじめ、大八洲皇国、フランクス王国など多数の国家が参加し、共同作戦能力の向上のみならず、国家間の親善交流においても極めて大きな役割を担っていた。
『かが』を擁する第04護衛隊群第04護衛隊は、遠路はるばる地球自由連邦のポリネシア州星系、第5惑星ワイキキへと到着していた。
演習はこの周辺星域で実施されるが、それに先立ち、惑星上での交流行事が予定されている。本番を前に『かが』乗員には半舷上陸が許可され、飛行隊の面々も色めき立って惑星へと降り立っていた。
惑星ワイキキは観光を主産業としており、至る所が多くの観光客で賑わっている。特に首都周辺は温暖な亜熱帯気候に恵まれ、美しい海での海水浴も楽しめる世界屈指のリゾート地であった。
「レイ! こっちこっち、早く!」
「ああ、もう……そんなに走るなよ、ユイ」
レイとユイは、自由時間を利用して買い物へと繰り出していた。主にユイの買い物である。よほど楽しみにしていたのか、彼女のテンションは朝から高い。
ユイは爽やかな水色のワンピースに白い鍔広帽子を合わせ、レイは半袖シャツの制服姿だ。何度かこの惑星を訪れたことがあるというユイは、お気に入りの店を迷いなく回り、レイは完全に彼女の荷物持ちと化していた。
「次はねー、この先にお気にのブティックがあってね」
「ちょっと待って、荷物のバランスが……」
ユイが小走りで路地から表通りへと飛び出そうとした、その時だった。
「あ、ユイ危ない!」
「え? きゃっ!」
出会い頭に人影と接触してしまう。相手はびくともしなかったようだが、ユイの方は勢い余って尻もちをついてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あいたた……。あ、すみません」
ぶつかった相手が、慌ててユイに手を差し伸べる。
それは、彼女らと同年代の少年だった。短く切りそろえた金髪に、澄んだ青い瞳。白い半袖シャツに白のスラックスという連邦軍の制服を着崩し、背はレイよりも高く、がっしりとした体格をしていた。
「ありがとうございます」
ユイはその手を取って立ち上がり、服に付いた埃を払った。
しかし、手は繋がれたままだ。相手が不思議なほど力を込めて、離そうとしない。
「あの、手を……離していただけますか?」
「結婚してください」
「は?」
開口一番、とんでもない言葉が飛び出した。
ユイが呆気に取られていると、背後から現れた同年代の女性が少年の襟首を掴み、強引に引き剥がした。
「ビリー、やめなさい。所かまわず求婚するのは悪い癖よ」
その女性は、艶やかな長い黒髪に青い瞳、そしてなぜか完璧な着こなしのメイド服を纏っていた。
「失礼いたしました。彼はビリー・エドワーズ。見ての通り連邦軍人です。私も同じく連邦軍人のミリィ・メイポート。あなた方は皇国軍の方とお見受けしますが?」
ミリィが丁寧にお辞儀をして自己紹介を添えた。レイの制服を見て所属を判断したのだろう。
そして彼女は、レイが両手に抱えた大量の買い物袋を一瞥すると、深い共感の眼差しを向けてきた。
「そちらも、なかなか苦労されているようですね」
「……ええ、まったく」
「ちょっとレイ、どういう意味よそれ」
ユイが頬を膨らませている間に、レイとミリィが挨拶を交わす。
「ボクは星菱レイ。彼女は横田ユイ。お察しの通り、大八洲皇国の軍人です」
「ユイ・ヨコタ……どこかで聞いた名ですね」
「おお、あなたがかの有名な『青い稲妻』でいらっしゃいますか!」
ビリーが弾かれたように会話に割り込んできた。ユイはその二つ名が苦手なのか、露骨に顔をしかめる。
「エドワーズさん、その名で呼ばれるのはあまり……」
「これは失礼。では、オレのことは親しみを持ってビリーとお呼びください」
ビリーは慇懃に、それでいて芝居がかった騎士のような礼を見せた。
ユイの記憶が確かならば、エドワーズ家は連邦でも指折りの名門貴族だったはずだ。目の前の少年は、そこの令息といったところか。従事者(メイド)を連れている時点で、その身分は疑いようもなかった。
「ビリーぼっちゃま。そろそろ時間ですよ」
「ぼっちゃまと呼ぶな。もうそんな時間か。Ms.ユイ、リムロック交流会での再会を心より祈っております。それでは!」
嵐のように言いたいことだけ残して、彼らは去っていった。残されたユイとレイは、ただ呆然とその背中を見送る。レイが荷物を持ち直して歩き出すと、ユイも慌ててその後に続く。
「なんか……すごい人だったね、ユイ」
「うん。突然プロポーズされて、心臓が止まるかと思ったわよ」
「……嬉しかった?」
「そんなわけないじゃない! バカ!」
「あいたっ!」
ユイに脛を軽く蹴飛ばされ、両手が塞がっているレイは派手によろめいた。不機嫌になったユイは、ぷいっと顔を背けてずかずかと先へ進んでいく。
「ちょっと待って、ユイ!」
「ふんだ!」
「――待て。こっちはダメだ」
「きゃんっ!」
細い路地裏へと入り込もうとしたユイの襟首を、レイが強引に引き止めた。
路地の先は、華やかな表通りとは空気がまるで違っていた。薄暗く淀み、鼻を突くような不快な異臭が漂い出している。
「この先はスラム街だ。不用心に近づいちゃだめだよ」
「あ……うん」
その迫りくるような気配に圧され、ユイは呆けた返事をした。何度もこの惑星を訪れていた彼女だったが、スラム街に足を踏み入れそうになったのは初めてだったのだろう。煌びやかな観光地のすぐ裏側に、これほど暗い世界が広がっていようとは。
地球自由連邦は、極端な貧富の差を抱えている。
貴族階級が支配するこの国では、金こそがすべてだ。
宇宙空間での出産によって特殊な能力を得る
一方、金のない庶民は、旧来の人類である
かつての敵・赤壁連合とは、まさに鏡合わせの構造だ。あちらが「普遍人至上主義」なら、こちらは「開魂者の支配」によって普遍人が虐げられる社会であった。
「言っただろう? どこにでも、こういう格差はあるよ」
「……そうね。でも、私はもう目を逸らさないわ。いつか自分にできることを、ちゃんと考えるから」
「うん」
二人は気を取り直すと、再び表通りへと歩き出す。もはやブティックに寄る気力は失せたようで、そのまま帰路に就くことになった。
「交流会かぁ。さっきの人に会わないといいんだけど」
「そう? 悪い人じゃなさそうだったけどね」
「なんて言うか……嫌な予感がするのよ」
リムロックの交流会は2日後。
そして、ユイのその予感は、最悪の形で的中することになる。
続く