【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ   作:ガルカンテツ

44 / 292
Part-D

 新星系を祝う祭りも終わり、『かが』乗組員たちは束の間の休暇を楽しんだ後、次なる任務へと就いた。

 それは、多国籍合同演習――「環局所泡合同演習」への参加である。

 

 環局所泡合同演習(Rim of the Local bubbles Exercise)、通称『リムロック』。

 これは「局所泡」と呼ばれる宙域の周辺諸国が参加する大規模な国際合同訓練だ。主催の地球自由連邦をはじめ、大八洲皇国、フランクス王国など多数の国家が参加し、共同作戦能力の向上のみならず、国家間の親善交流においても極めて大きな役割を担っていた。

 

 『かが』を擁する第04護衛隊群第04護衛隊は、遠路はるばる地球自由連邦のポリネシア州星系、第5惑星ワイキキへと到着していた。

 

 演習はこの周辺星域で実施されるが、それに先立ち、惑星上での交流行事が予定されている。本番を前に『かが』乗員には半舷上陸が許可され、飛行隊の面々も色めき立って惑星へと降り立っていた。

 

 惑星ワイキキは観光を主産業としており、至る所が多くの観光客で賑わっている。特に首都周辺は温暖な亜熱帯気候に恵まれ、美しい海での海水浴も楽しめる世界屈指のリゾート地であった。

 

「レイ! こっちこっち、早く!」

「ああ、もう……そんなに走るなよ、ユイ」

 

 レイとユイは、自由時間を利用して買い物へと繰り出していた。主にユイの買い物である。よほど楽しみにしていたのか、彼女のテンションは朝から高い。

 ユイは爽やかな水色のワンピースに白い鍔広帽子を合わせ、レイは半袖シャツの制服姿だ。何度かこの惑星を訪れたことがあるというユイは、お気に入りの店を迷いなく回り、レイは完全に彼女の荷物持ちと化していた。

 

「次はねー、この先にお気にのブティックがあってね」

「ちょっと待って、荷物のバランスが……」

 

 ユイが小走りで路地から表通りへと飛び出そうとした、その時だった。

 

「あ、ユイ危ない!」

「え? きゃっ!」

 

 出会い頭に人影と接触してしまう。相手はびくともしなかったようだが、ユイの方は勢い余って尻もちをついてしまった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「あいたた……。あ、すみません」

 

 ぶつかった相手が、慌ててユイに手を差し伸べる。

 

 それは、彼女らと同年代の少年だった。短く切りそろえた金髪に、澄んだ青い瞳。白い半袖シャツに白のスラックスという連邦軍の制服を着崩し、背はレイよりも高く、がっしりとした体格をしていた。

 

「ありがとうございます」

 

 ユイはその手を取って立ち上がり、服に付いた埃を払った。

 しかし、手は繋がれたままだ。相手が不思議なほど力を込めて、離そうとしない。

 

「あの、手を……離していただけますか?」

「結婚してください」

「は?」

 

 開口一番、とんでもない言葉が飛び出した。

 

 ユイが呆気に取られていると、背後から現れた同年代の女性が少年の襟首を掴み、強引に引き剥がした。

 

「ビリー、やめなさい。所かまわず求婚するのは悪い癖よ」

 

 その女性は、艶やかな長い黒髪に青い瞳、そしてなぜか完璧な着こなしのメイド服を纏っていた。

 

「失礼いたしました。彼はビリー・エドワーズ。見ての通り連邦軍人です。私も同じく連邦軍人のミリィ・メイポート。あなた方は皇国軍の方とお見受けしますが?」

 

 ミリィが丁寧にお辞儀をして自己紹介を添えた。レイの制服を見て所属を判断したのだろう。

 そして彼女は、レイが両手に抱えた大量の買い物袋を一瞥すると、深い共感の眼差しを向けてきた。

 

「そちらも、なかなか苦労されているようですね」

「……ええ、まったく」

「ちょっとレイ、どういう意味よそれ」

 

 ユイが頬を膨らませている間に、レイとミリィが挨拶を交わす。

 

「ボクは星菱レイ。彼女は横田ユイ。お察しの通り、大八洲皇国の軍人です」

「ユイ・ヨコタ……どこかで聞いた名ですね」

「おお、あなたがかの有名な『青い稲妻』でいらっしゃいますか!」

 

 ビリーが弾かれたように会話に割り込んできた。ユイはその二つ名が苦手なのか、露骨に顔をしかめる。

 

「エドワーズさん、その名で呼ばれるのはあまり……」

「これは失礼。では、オレのことは親しみを持ってビリーとお呼びください」

 

 ビリーは慇懃に、それでいて芝居がかった騎士のような礼を見せた。

 

 ユイの記憶が確かならば、エドワーズ家は連邦でも指折りの名門貴族だったはずだ。目の前の少年は、そこの令息といったところか。従事者(メイド)を連れている時点で、その身分は疑いようもなかった。

 

「ビリーぼっちゃま。そろそろ時間ですよ」

「ぼっちゃまと呼ぶな。もうそんな時間か。Ms.ユイ、リムロック交流会での再会を心より祈っております。それでは!」

 

 嵐のように言いたいことだけ残して、彼らは去っていった。残されたユイとレイは、ただ呆然とその背中を見送る。レイが荷物を持ち直して歩き出すと、ユイも慌ててその後に続く。

 

「なんか……すごい人だったね、ユイ」

「うん。突然プロポーズされて、心臓が止まるかと思ったわよ」

「……嬉しかった?」

「そんなわけないじゃない! バカ!」

「あいたっ!」

 

 ユイに脛を軽く蹴飛ばされ、両手が塞がっているレイは派手によろめいた。不機嫌になったユイは、ぷいっと顔を背けてずかずかと先へ進んでいく。

 

「ちょっと待って、ユイ!」

「ふんだ!」

「――待て。こっちはダメだ」

「きゃんっ!」

 

 細い路地裏へと入り込もうとしたユイの襟首を、レイが強引に引き止めた。

 路地の先は、華やかな表通りとは空気がまるで違っていた。薄暗く淀み、鼻を突くような不快な異臭が漂い出している。

 

「この先はスラム街だ。不用心に近づいちゃだめだよ」

「あ……うん」

 

 その迫りくるような気配に圧され、ユイは呆けた返事をした。何度もこの惑星を訪れていた彼女だったが、スラム街に足を踏み入れそうになったのは初めてだったのだろう。煌びやかな観光地のすぐ裏側に、これほど暗い世界が広がっていようとは。

 

 地球自由連邦は、極端な貧富の差を抱えている。

 

 貴族階級が支配するこの国では、金こそがすべてだ。

 

 宇宙空間での出産によって特殊な能力を得る開魂者(Openian)。その能力を得るためには、多額の費用がかかる。貴族たちは例外なく開魂者として生を受け、最高の英才教育を約束される。

 一方、金のない庶民は、旧来の人類である普遍人(Normalian)として生まれる以外の選択肢がない。身体能力で劣り、教育格差に喘ぎ、就職においてさえ苛烈な差別の対象となる。

 

 かつての敵・赤壁連合とは、まさに鏡合わせの構造だ。あちらが「普遍人至上主義」なら、こちらは「開魂者の支配」によって普遍人が虐げられる社会であった。

 

「言っただろう? どこにでも、こういう格差はあるよ」

「……そうね。でも、私はもう目を逸らさないわ。いつか自分にできることを、ちゃんと考えるから」

「うん」

 

 二人は気を取り直すと、再び表通りへと歩き出す。もはやブティックに寄る気力は失せたようで、そのまま帰路に就くことになった。

 

「交流会かぁ。さっきの人に会わないといいんだけど」

「そう? 悪い人じゃなさそうだったけどね」

「なんて言うか……嫌な予感がするのよ」

 

 リムロックの交流会は2日後。

 そして、ユイのその予感は、最悪の形で的中することになる。

 

 

続く

 




【完結】NGチルドレン もよろしくお願いします
https://syosetu.org/novel/323311/

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。