【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ   作:ガルカンテツ

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Part-D

 ユイの荒い息遣いが、仮想コックピットの静寂に反響する。

 

(落ち着け……! 訓練通りにやればいい。これまでやったことを繰り返すだけ!)

 

 正面。敵機アルファ1が、逃げ場のない一直線の弾道で迫る。減速の気配はない。

 

 宇宙空間における三次元機動戦闘、皇国が定義する『星間機動戦』の鉄則は、敵機の背後を奪い死角から致命打を浴びせることだ。相対速度が極限に達する正面対決では、攻撃のチャンスは刹那の瞬きほども残されていない。

 

(弾丸は装填済み。あとはトリガーを……待って、先に霊子を籠めなきゃ!)

 

 零式の主兵装、HF用89式200mm小銃――アサルトライフルには、対HF用の霊銀徹甲弾(Mithril Armor Piercing)が装填されている。

 

 HFが戦場の覇者たる所以は、あらゆる物理打撃やビーム兵器を無効化する霊力場(Aether Force Field)にある。これを貫く唯一の手段は、霊銀(Mithril)の弾頭に「霊子」を充填しなければならない。

 

 だが、霊子は通常空間において極めて揮発しやすい。発射の直前に充填せねばならず、その有効射程はわずか1,000m。亜光速戦闘において、それは刹那で通り過ぎる超至近距離を意味していた。

 

 アルファ1が、ユイの視界を塗り潰すほどに巨大化する。

 

(3、2、1……今ッ!)

 

 衝突の恐怖を意志でねじ伏せ、限界まで引き付けてトリガーを絞る。同時に、溢れんばかりの霊子を弾丸へと流し込んだ。

 

 交差は、一瞬。

 

 激しい閃光と共に敵機の影が過ぎ去る。確かな手応えが指先に残った。

 放たれた霊銀弾は、敵HFの頭部と右腕を跡形もなく粉砕していた。こちらへの被弾を知らせる警報は鳴らない。敵の放火は、零式の機体を掠めることすら叶わなかったのだ。

 

 戦術システムが『敵機撃墜』を非情な機械音声で告げる。

 

 初の実戦。そして、初めての戦果。

 

 直後、撃墜された残骸から鋭い救難信号が発信された。機体は大破したものの、操魂球(Cockpit Sphere)を切り離して脱出に成功したらしい。HFパイロットの生存率は高い。機体が鉄屑になろうとも、魂を収める球体さえ無事ならば、回収され再び戦場へ戻ることができる。

 

 ユイは深く、重い息を吐き出す。

 

 仮想の体でありながら、指先が微かに震えている。昂る心情が、神経同調を介して忠実に再現されていた。

 

(……もし外していたら。でも、レイがフォローしてくれたはず)

 

 いつまでも余韻に浸ってはいられない。ユイは震えを抑え、次の目標であるアルファ3を索敵する。

 

 アルファ3は少し離れた空域で転進し、アルファ2の援護に向かおうとしていた。そうなれば、交戦中のブルーリボン03が窮地に陥る。ユイは即座に加速して、戦域を横断した。

 

――

 

 一方、ブルーリボン03の海田ガイは、焦燥に駆られていた。

 

 先頭のアルファ1が瞬く間に撃墜されたことで、残されたアルファ2が徹底した回避行動に切り替えた。逃げに徹したHFを背後から捉えるのは、至難の業である。

 二機のHFが青い燐光を曳きながら、漆黒のキャンバスに複雑な螺旋を描いて追いかけっこを繰り返す。

 

「だあぁっ! チョロチョロと、うぜえんだよ!!!」

 

 ガイは突如、あろうことか小銃を投げ出し、強引にアルファ2に掴みかかった。

 

 その挙動に敵が動揺した瞬間、敵機を鷲掴みにし、右の拳を真っ直ぐに叩き込む。正拳突きが、敵HFの頭部を豪快に吹き飛ばした。

 

「おっしゃあ!」

『バカ! 何やってるのよ!!』

 

 僚機であるブルーリボン04、信太山ケイの悲鳴に近い通信が飛び込む。

 

 今の格闘戦によって、ガイの機体は停止に近い状態に陥っていた。その致命的な隙を逃さず、援護に現れたアルファ3が照準を合わせる。

 

「しまった……!」

 

 星間機動戦において足を止めることは、すなわち死を意味する。運動エネルギーを失ったHFは、ただの標的でしかない。

 

 だが、アルファ3が引き金を引くよりも早く、ケイの放った牽制射撃が敵の姿勢を乱し、ガイを窮地から救い出す。

 

「サンキュー! 助かったぜ、ケイ!」

『……星間機動戦の基本、忘れたわけじゃないわよね? 艦に戻ったら徹底的に復習だから!』

「へーい……」

 

 ガイはケイに頭が上がらない。文字通り尻に敷かれた状態だが、その連携には一点の曇りもない。

 

 逃げ場を失い退避しようとしたアルファ3は、背後から急行したユイの精密な一撃によって、静かに爆散した。

 

 敵HFと、最新鋭機「零式」。その性能差はもはや残酷なほどだ。機動力、霊子出力、センサー精度――すべてが次元を異にしている。ユイは改めて、自らが預かる機体の強大さを肌で感じていた。

 

 中隊の状況を確認すると、敵戦力は既にほぼ沈黙している。

 

 第三小隊が取り逃しかけた一機も、バックアップに控えていた第四小隊が確実に仕留め、宙域に静寂が戻る。

 

 第401人型機動戦闘飛行隊・第一中隊の初陣は、敵機9機撃墜、味方損害ゼロ。

 まさに完封勝利であった。

 

――

 

 『かが』の艦橋を、安堵の溜息が包み込む。

 

 出撃させたのは、まだあどけなさを残す15歳の少年少女たち。固唾を呑んで見守っていた大人たちを他所に、彼らは完璧な勝利を母艦へ持ち帰ろうとしていた。

 

「ふう……なんとかなったわね。霊電子戦を解除。敵駆逐艦に降伏勧告を……」

「艦長! 敵駆逐艦が転進、急加速を開始! 次元弾道跳躍(Dimension Ballistic Leap)のための予備加速と思われます!」

「え? 味方のHFを置いて逃げるつもり!?」

 

 戦力を失ったとはいえ、貴重なHFパイロットを見捨てて逃亡を図るとは。ナナの予想を裏切る、冷酷かつ卑屈な判断だった。

 

「どうしますか? このままでは逃げ切られますが……」

「そうね。――砲雷長」

『はっ!』

「拿捕は諦めたわ。配置済みの魚雷で、敵駆逐艦を沈めなさい」

『了解いたしました! ……しかし、ちょうど敵の転進先に配置されていますね。よく逃走経路がわかりましたね』

「勘よ。……いえ、逃げ出すなら母星の方向だと踏んだだけ」

『心理戦の勝利ですね。雷撃、開始します!』

 

 この時代の魚雷は、自律型AIを搭載した「自爆型無人機」そのものだ。

 普段は哨戒を担うが、一度解き放たれれば重力子干渉によって敵の防御を剥ぎ取り、最後には自らの全質量を純粋なエネルギーへと変換、対象を消滅させる。HFを除けば、宇宙最強の矛である。

 

 数分後。

 

 配置されていた重力子魚雷が、逃走を図る三隻の駆逐艦へと正確に吸い込まれた。爆発の輝きが網膜を焼き、海賊たちの船は宇宙の塵へと帰した。生存者は、絶望的だろう。

 一方で、戦場に取り残された敵HFパイロットたちは、漂流する9個の操魂球ごと、皇国軍によって回収された。

 

 これが正規軍同士の衝突であれば国際法に基づき「捕虜」として遇されるが、今回は海賊行為に対する治安維持活動である。彼らを待つのは、過酷な裁きだろう。

 

 戦史には「NGS 6633宙域遭遇戦」として記録された。

 

 それは広大な銀河においては、さして語られることもない小規模な記録に過ぎない。

 

 だが、横田ユイと星菱レイにとっては、忘れることのない「初陣」であり、「初勝利」の記憶となった。

 

 後に銀河国家群史に名を残す少女と、歴史の闇に消える少年。

 

 これは、そんな二人の運命が静かに、だが力強く動き出した、最初の一歩であった。

 

続く

 




【完結】NGチルドレン もよろしくお願いします
https://syosetu.org/novel/323311/
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