【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
サンは以前、連邦の魔術学園で教鞭を執っていたという。
連邦のケンブリッジ州にある惑星全体が、『魔女の森』と呼ばれる組織によって管理されている。その中枢に位置するのが、名門たる魔術学園であった。
『魔女の森』は通称であり、正式名称は『ノーフォーク魔術同盟』。ノーフォーク家を中心とし、魔術に関するあらゆる事象を管理・運営している巨大な組織だ。
なぜ「森」と呼ばれるのかといえば、魔導書の作成に不可欠な「紙」を生産するため、広大な原生林の中に拠点を構えたことに由来する。
現代において書類といえば電子媒体やナノボットが主流であるが、惑星規模で樹木を育てて生産される本物の紙は、今や高級品として扱われている。
サンが学園で教授を務めていた頃、組織内には既に権威主義が蔓延しており、彼女はそれに深く辟易としていた。
同盟の魔術師は実力によって厳格にランク分けされる。サン教授は能力が極めて高く、最高位である
嫌気が差したサンは教授職を辞し、このポリネシア州星系第5惑星ワイキキまで隠居しにやってきた。
教授は退いたものの魔術同盟には籍が残っており、様々な伝手で個人教授を請け負っていたところへ現れたのが、シュユとアラヤであった。
二人は当初、生意気盛りで大いに手を焼かせたが、魔術を基礎から徹底的に叩き込んだところ、憑き物が落ちたように素直になったという。
シュユの実家である舞鶴家と、アラヤの佐世保家は皇国の五大術家であり、彼らは生まれた時から魔術の英才教育を受けている。
二人とも相応の自負を抱いていたが、サンの指導は彼らの常識を根底から覆すものであった。結果、二人はこれまでの知識を捨てて学び直し、サンを師として心から慕うようになったのだ。
リンは三人の昔話を興味深く聞いていた。
「そうなんだ。シュユはともかくアラヤは意外ね」
「まあな。実家で教わったのは古代陰陽術がベースだったからさ。先生の魔術理論をゼロから学べたのは本当に良かったと思ってる。目から鱗ってやつだ。今の皇国の魔術も、西洋魔術を取り込んで発展させたものだからな」
「そうなんだ」
「ボクも実家で巫術を習ってたけど、ししょーの教えは全然違ってたよ、リンちゃん」
「シュユの霊電子技術は、サンさんから学んだものなんだね」
「うん!」
昔話と弟子たちのベタ褒めに少々照れくさくなったサンは、本来の用件を思い出した。
「そんで、何の用なのさ、シュユ」
ゆるりとお茶を啜っていたシュユが、はっとした顔になる。
「そうだった、そうだった!」
手首のリングをタップし、ウィンドウを表示させる。操作に合わせて、空中にポコンと白い立方体が実体化した。一辺3cmほどのそれは、ナノボットが凝固して形成されたものである。
「データキューブか」
「うん、ちょっとししょーに見てもらいたくて」
「どれどれ」
ナノボット・データキューブとは、圧縮した大容量情報をナノボットそのものに記録させた物理メディアだ。手渡しすることでネットワークを介さず、極めて高い機密性を保持できる。
サンは浮遊するキューブを手元に引き寄せると、軽く二回タップした。
立方体がパラパラと展開され、空中に幾つものウィンドウが広がる。そこには膨大な数字の羅列が表示されていた。
「ふむ……連邦軍の
「さすがししょー! 皇国軍に向けられた霊電子攻撃のログだよ」
「見ていいのかい?」
「もちろん。ちゃんと許可は取ってきたよ」
「なるほど。ではリバースエンジニアリングしてみるか。シュユ、おいで」
「はーい!」
椅子を持ってサンの隣へ移動するシュユを眺めながら、リンはアラヤに耳打ちする。
「リバースエンジニアリングって?」
「ああ、
「そんなことができるんだ」
「そう簡単にはできないさ。難読化や暗号化も厳重に施されているからな。でも先生なら、データを解析してアルゴリズムを特定したり、プログラマーの癖まで読み取ってデコードできるんだ」
「すごいわね……」
「ああ。先生が
「へー」
「連邦の四大魔女と呼ばれるのは、先生と、『双子の魔女』リブルとラブル、『赤髪の魔女』スージー・アツギ、そして『導師』カロリナ・ノーフォークだな」
「四大なのに5人いるじゃない。で、なんであんたがドヤ顔なのよ」
「ふふん、それだけ先生はすごい人なのさ」
サンとシュユの作業を邪魔しないよう、小声でこそこそと話す二人。
「てか、霊電子技術って横須賀家じゃ習わないのか?」
「うーん……皇国の巫術は霊子技術では連邦に引けを取らないけど、電子技術との融合についてはまだ一歩譲るわね。呉家あたりで研究が進んでいるらしいけど」
「なるほどな。古代陰陽術と西洋魔術を融合させて発展中の、皇国魔術の現状と同じか」
「皇国の技術基盤は地球時代のものだからね。現代に合わせてアップデートしていかないと」
小声で話すには少々重すぎる話題だ。ふとお互いの目が合った時、その状況がおかしくて二人は微笑んでしまった。