【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
Part-A
「ああ、あそこよ」
リンが指さした先に、白亜の塔がそびえ立っているのが見えた。
まだ距離はあるが、周囲の建物が低層の平屋ばかりであるため、否応なしに人目を引く。塔の頂にはエクス教の象徴である、巨大なⅩの文字が掲げられていた。
「あそこかー!」
「あ、シュユ、走ったら危ないわよ」
元気に駆け出していくシュユを見送り、リンとアラヤは並んで歩調を合わせた。
「しかし、意外だったな」
「なにが?」
「リンがエクス教の信者だったことさ」
「そう?」
ワイキキの街並みは穏やかだ。観光産業が盛んで治安もよく、ゆったりとした時間が流れている。
「だって、皇国の巫術ってシントウ教がベースだろ? なんでエクス教なんだ?」
「そうね。エクス教を知ったのは母からだけど、別にシントウ教を捨てたわけじゃないわよ」
「そうなのか?」
シントウ教は皇国の国教であり、皇族、特に帝はその祭祀王としての側面も持つ。いわば皇帝と教皇を兼任しているような存在だ。
「うーん、私見だけど、エクス教の
「そんなもんか」
「そんなもんよ。だいたい、皇国の宗教観っていい加減でしょう? 正月は神社にお参りして、年末にはエクスマスで盛り上がって、お寺で除夜の鐘を突く」
「確かに節操ないな」
「そうそう。結婚式だって神前とか仏前とか、あるいは教会とか……」
ふと、リンは自分のウェディングドレス姿を想像した。その隣に立つのは――。
チラリと隣のアラヤを盗み見る。
「ん? なんだ?」
「……なんでもない。あ、もう着いたわよ」
――
エクス教会の正面には、礼拝堂へと続く重厚な両開きの扉があった。先に到着していたシュユが、扉を少しだけ開けて中を覗き込んでいる。
「シュユ、入らないのか?」
「なんか人がいっぱいだよ」
中を覗くと、礼拝堂の長椅子には大勢の信徒たちが座っていた。子供や老人の姿が目立つ。
正面の祭壇には数名の女性が並んでいた。全員がウィンプルと呼ばれる頭巾を被った修道服姿だ。周囲の修道女たちは黒を基調とした服だが、中央に立つ女性だけは全身純白の修道服を纏っており、ひと際目を引いた。
その「白い修道女」は、演台に置かれた大きな聖典を読み聞かせているようだ。
「講話の時間みたいね。邪魔にならないよう、静かに入りましょう」
リンに倣い、3人は音を立てないよう最後列の席に腰を下ろした。そのまま静かに、白い修道女の話に耳を傾ける。
「……そのとき、巨大な赤い悪魔が襲いかかってきました」
「聖女さまー! どのくらい大きかったの?」
子供が無邪気に白い修道女へ問いかける。
「神聖書によると、お空一杯を覆うほどだったそうよ」
「えー、まっさかー」
「ふふ、そうね。当時の映像記録は残っていないから、少し大げさに伝わっているのかもしれないわね」
子供の茶々にも、彼女は微笑みを絶やさず優しく答える。慈愛に満ちた空気を纏った人だ。
「そんな赤い悪魔に地球が覆われてしまうと、人々が次々に消えてしまいました」
「「「えー!」」」
子供たちが驚きの声を上げ、中には怖がって泣き出しそうな子もいる。
「そんなとき、人々の前に一人の少年が現れました。その少年は人々に問いました。『会いたい人はいますか?』と」
子供たちだけではない。礼拝堂にいるすべての人が、白い修道女の語りに引き込まれていた。
「すると少年は微笑んで、こう言いました。『さあ、会いたい人を思い浮かべて。お父さんやお母さん、子供や友達、大切な人の顔を。会いたい人を、強く思い浮かべて』」
礼拝堂の人々もそっと目を閉じ、それぞれの大切な人を心に描く。
「『さあ帰ろう。皆のところへ』。少年がそう言うと、人々は元の体に戻っていったのです。消されたはずの人々は生き返り、赤い悪魔も消え去りました」
子供たちが、わーっと歓声を上げる。よかった、よかったと安堵の声が漏れた。
「人々は戻っただけでなく、体が以前より丈夫になっていました。病の人も怪我をしていた人も、健やかな体になっていたのです。元に戻る寸前、少年に何かを貰ったような気がしましたが、それが何だったのかは誰にもわかりません。ただ人々は少年に感謝しました。『神の祝福をありがとう』と」
話が一段落すると、聞き入っていた人々の間に、温かな空気が満ちた。
「聖女さまー、どんな少年だったの?」
「それがね、誰にもわからないのよ」
「えー?」
少し砕けた口調で、子供の素朴な疑問に答える。
「顔も、髪の色も、背丈も、声も、人種さえも、誰も覚えていなかったの。もちろん名前もね。人々は彼を、
礼拝堂の人々が、右手で右肩、左胸、左肩、右胸へと触れ、Ⅹの字を切って祈り始める。子供たちも見よう見まねで、小さな手で祈りを捧げていた。
「本日の礼拝は以上です。皆様に
白い修道女がそっと手を掲げると、青く淡い光の粒子が礼拝堂へと降り注いだ。
「わー! 聖女さまの祝福だ!」
「きれいー!」
扉が開かれ、人々が笑顔で帰路に就く。皆、心満たされた穏やかな表情であった。