【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ   作:ガルカンテツ

57 / 292
第十五話 聖女
Part-A


「ああ、あそこよ」

 

 リンが指さした先に、白亜の塔がそびえ立っているのが見えた。

 

 まだ距離はあるが、周囲の建物が低層の平屋ばかりであるため、否応なしに人目を引く。塔の頂にはエクス教の象徴である、巨大なⅩの文字が掲げられていた。

 

「あそこかー!」

「あ、シュユ、走ったら危ないわよ」

 

 元気に駆け出していくシュユを見送り、リンとアラヤは並んで歩調を合わせた。

 

「しかし、意外だったな」

「なにが?」

「リンがエクス教の信者だったことさ」

「そう?」

 

 ワイキキの街並みは穏やかだ。観光産業が盛んで治安もよく、ゆったりとした時間が流れている。

 

「だって、皇国の巫術ってシントウ教がベースだろ? なんでエクス教なんだ?」

「そうね。エクス教を知ったのは母からだけど、別にシントウ教を捨てたわけじゃないわよ」

「そうなのか?」

 

 シントウ教は皇国の国教であり、皇族、特に帝はその祭祀王としての側面も持つ。いわば皇帝と教皇を兼任しているような存在だ。

 

「うーん、私見だけど、エクス教の(God)とシントウ教の(Kami)は、意味合いが違うと思うの。エクス教はいわゆる唯一絶対の上位存在。対してシントウ教は精霊信仰に近いのかな。八百万の神、万物に魂が宿るという考え方。古い大木や巨岩、さらには偉人まで神様として祀るから、より身近な存在なのかもね。だから、それぞれを信仰することに矛盾はないと思うわ」

 

「そんなもんか」

「そんなもんよ。だいたい、皇国の宗教観っていい加減でしょう? 正月は神社にお参りして、年末にはエクスマスで盛り上がって、お寺で除夜の鐘を突く」

「確かに節操ないな」

「そうそう。結婚式だって神前とか仏前とか、あるいは教会とか……」

 

 ふと、リンは自分のウェディングドレス姿を想像した。その隣に立つのは――。

 チラリと隣のアラヤを盗み見る。

 

「ん? なんだ?」

「……なんでもない。あ、もう着いたわよ」

 

――

 

 エクス教会の正面には、礼拝堂へと続く重厚な両開きの扉があった。先に到着していたシュユが、扉を少しだけ開けて中を覗き込んでいる。

 

「シュユ、入らないのか?」

「なんか人がいっぱいだよ」

 

 中を覗くと、礼拝堂の長椅子には大勢の信徒たちが座っていた。子供や老人の姿が目立つ。

 

 正面の祭壇には数名の女性が並んでいた。全員がウィンプルと呼ばれる頭巾を被った修道服姿だ。周囲の修道女たちは黒を基調とした服だが、中央に立つ女性だけは全身純白の修道服を纏っており、ひと際目を引いた。

 

 その「白い修道女」は、演台に置かれた大きな聖典を読み聞かせているようだ。

 

「講話の時間みたいね。邪魔にならないよう、静かに入りましょう」

 

 リンに倣い、3人は音を立てないよう最後列の席に腰を下ろした。そのまま静かに、白い修道女の話に耳を傾ける。

 

「……そのとき、巨大な赤い悪魔が襲いかかってきました」

「聖女さまー! どのくらい大きかったの?」

 

 子供が無邪気に白い修道女へ問いかける。

 

「神聖書によると、お空一杯を覆うほどだったそうよ」

「えー、まっさかー」

「ふふ、そうね。当時の映像記録は残っていないから、少し大げさに伝わっているのかもしれないわね」

 

 子供の茶々にも、彼女は微笑みを絶やさず優しく答える。慈愛に満ちた空気を纏った人だ。

 

「そんな赤い悪魔に地球が覆われてしまうと、人々が次々に消えてしまいました」

「「「えー!」」」

 

 子供たちが驚きの声を上げ、中には怖がって泣き出しそうな子もいる。

 

「そんなとき、人々の前に一人の少年が現れました。その少年は人々に問いました。『会いたい人はいますか?』と」

 

 子供たちだけではない。礼拝堂にいるすべての人が、白い修道女の語りに引き込まれていた。

 

「すると少年は微笑んで、こう言いました。『さあ、会いたい人を思い浮かべて。お父さんやお母さん、子供や友達、大切な人の顔を。会いたい人を、強く思い浮かべて』」

 

 礼拝堂の人々もそっと目を閉じ、それぞれの大切な人を心に描く。

 

「『さあ帰ろう。皆のところへ』。少年がそう言うと、人々は元の体に戻っていったのです。消されたはずの人々は生き返り、赤い悪魔も消え去りました」

 

 子供たちが、わーっと歓声を上げる。よかった、よかったと安堵の声が漏れた。

 

「人々は戻っただけでなく、体が以前より丈夫になっていました。病の人も怪我をしていた人も、健やかな体になっていたのです。元に戻る寸前、少年に何かを貰ったような気がしましたが、それが何だったのかは誰にもわかりません。ただ人々は少年に感謝しました。『神の祝福をありがとう』と」

 

 話が一段落すると、聞き入っていた人々の間に、温かな空気が満ちた。

 

「聖女さまー、どんな少年だったの?」

「それがね、誰にもわからないのよ」

「えー?」

 

 少し砕けた口調で、子供の素朴な疑問に答える。

 

「顔も、髪の色も、背丈も、声も、人種さえも、誰も覚えていなかったの。もちろん名前もね。人々は彼を、福音をもたらす者(Evangelize)や、贈り物をする者(Gift Bringer)と呼びましたが、一番広まった呼び名は『少年Ⅹ』。二千年ぶりに現れた神の子として語り継がれ、少年は神話になりました。それがエクス教の始まりです」

 

 礼拝堂の人々が、右手で右肩、左胸、左肩、右胸へと触れ、Ⅹの字を切って祈り始める。子供たちも見よう見まねで、小さな手で祈りを捧げていた。

 

「本日の礼拝は以上です。皆様に祝福(Blessing)を」

 

 白い修道女がそっと手を掲げると、青く淡い光の粒子が礼拝堂へと降り注いだ。

 

「わー! 聖女さまの祝福だ!」

「きれいー!」

 

 扉が開かれ、人々が笑顔で帰路に就く。皆、心満たされた穏やかな表情であった。

 




【完結】NGチルドレン もよろしくお願いします
https://syosetu.org/novel/323311/
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。