そんな言い訳がまかり通ると思うなよ!!――――九十九由基
星漿体護衛任務から約一年夏。夏油傑は揺れていた。
一年経とうとしても忘れる事の出来ない記憶。純白の部屋の中央で人形のように雑に置かれた護るべき存在とそれを囲う様に集まり、万雷の拍手をする非術師達の姿。もう一つはある敗北の記憶。その光景を思い出す度に夏油傑の中にある芯がブレる気配を感じる。
そんな夏油だが、自身を慕ってくれる後輩の存在は淀んだ心を癒やしてくれる。
そんな夏油に近づく人影が一つ。
「君が夏油君だね。
ねえ、君はどんな女が
突然、意味の分からない質問を受けた夏油は警戒を示すが、そんな夏油の警戒など知らないとばかりに後輩である灰原は由基の質問に答える。
そんな灰原に夏油は呆れと僅かな微笑ましさを覚える。そんな二人のやり取りを由基もまた笑いながら見守り、灰原に一声掛け席を外して貰い、改めて二人で椅子に座る。
「良い後輩じゃないか」
「どうですかね。
術師としてはもっと人を疑うべきかと」
「ハハ!!
君は真面目だね」
灰原を心配する夏油の言葉に由基は夏油を真面目と評する。ひとしきり笑った由基は改めて夏油に好みを聞くが、逆に夏油は誰なのかと問う。
「まー自己紹介が先だね。
特級術師 九十九由基って言えば分かるかな?」
由基の名前に聞き覚えがあった夏油の反応に由基は気をよくするが続けて聞かされた内容に由基のテンションが駄々下がり拗ねてしまう。そんな由基の姿に夏油は若干ひいてしまう。
しかしこのままでは話が進まないと夏油が改めて由基に此処に来た理由を問う。
「う~ん、まあ高専に来たのは最終確認みたいなものさ…まあ、無駄骨だったけどね。
相変わらず、私の目的と彼らの目的は噛み合わない。此処まで来るといっそ清々しささえあるy…いや無いな。うん、無い無い。
その帰りに噂の特級術師である君を見かけてね。少し話を聞こうと思ってね」
「目的?」
独白に近い由基の言葉から気になる点があった夏油は思わず聞き返す。夏油の興味をひけたのが良かったのか由基は目的を口にする。
【呪霊の居ない世界】それは全く考えもしなかった世界。その言葉に夏油はのめり込むように由基の言葉に耳を傾ける。
由基もまた、自分の夢に興味を持って貰えて嬉しいのか授業という形で話を進めていく。
「現状で呪霊を生まない世界を作る方法はいくつかプランはあるけど、資金も技術も人手も足りなくてね。まあその前に二つの前提の内どちらかを達成しないといけない」
「前提?」
「そ。
①全人類から呪力をなくす。
②全人類に呪力のコントロールを可能にさせるかな。
私としては①を押しているんだ。モデルケースもあるしね。呪術を深く知れば可能だと思うんだよね」
「モデルケース?」
「君も会ったことのある人物さ。
…だから、超人である彼に負けたことを恥じることは無い。そもそも噂だと彼一人じゃ無かったんだろ?
負けても仕方ないといえるさ」
由基から告げられた名前に夏油の表情が曇ったの見た彼女は慰める言葉を告げる。しかし夏油の表情は晴れない。これは仕方が無いと由基は敢えて話題を変える。
「②の方も案外面白いんだよ。
知ってる?術師からは呪霊が生まれにくいんだ」
「っ!!?」
「フフ。まあ、死後呪霊に転じる場合は除くという前提があるけどね。
呪力を操作できるからこそ、負の感情が外部に漏れにくい。
だから、②を大雑把に突き詰めると、全人類が術師に成れば呪霊はほぼ生まれないと言って良い」
その言葉を聞いた瞬間、夏油の腹の裡より湧き上がったのは、どす黒さと純白さを混ぜ合わせたような感情と脳裏に浮かんだ忘れる事の出来ない二つの記憶。
故にその言葉がこぼれ落ちた。
「じゃあ。非術師を皆殺しにすればいいじゃないですか」
「――――夏油君」
自分が何を言っているのか理解した夏油が慌てた顔を見せる。しかし由基は責める事なく話し始める。
「極限的に突き詰めれば、それは“アリ”になる。
寧ろ一番
「えっ。いや…」
由基の言葉に逆に夏油が慌てるが、由基はそれを手で制して最後まで聞けと告げる。
「生存戦略として術師として覚醒を促す。それはある意味で自然の摂理と言える。
だが、それを選択してしまえば私たちは
それは私はゴメンだね。君もそうだろう?」
由基の言葉に夏油もまた力なく頷く。焦燥の表情を隠さない夏油に由基は優しく問いかける。
「君は非術師は嫌いなのかい?」
「…分からないんです。
術師とは非術師を守る為にあるのだと考えてきました。
でも最近、私の中で非術師を守る…価値のようなものが揺らいでいます。
それに…」
「それに?」
「いえ。此方は関係ありません」
「そうかい。
成る程…君は本音が分からなくなっているんだね」
「そうかもしれません。
弱者故の尊さが弱者故の醜悪さで塗りつぶされていくような…非術師を見下す自分とそれを否定する自分が両立してしまっている」
「それはどちらも本音じゃ無いよ。
君は今、その前段階。選ぶところにいる。
二つの思考は只の可能性でしか無い。
どちらを選ぶかどうかはこの先の君が選ぶんだよ」
重く由基の言葉がのし掛かる。片側を選んだ自分がどうなるか想像できてしまうため余計にその重さは増す。そんな葛藤を読み切った由基はバシバシと夏油の背を強く叩く。
「なあに!!そんなに重く考える必要はないよ。
どちらを選んでも大丈夫さ」
「いや、でも…」
「だって、君たちは最強なんだろ?
一人じゃ無いならきっと大丈夫さ」
夏油の下がっていた視界が由基に向けられる。夏油の視線を受けた由基はウィンクを一つ行う。
「さて話し合いは此処までにしよう。
私も次の予定があるんでね」
そう言って由基は立ち上がり、手をフラフラと振りながらその場から歩き始める。慌てて夏油が追いかけようとするが、それを制する。
「初めて来た場所じゃない。一人で問題ないよ。
それより夏油君。君は一度寝た方が良い。
…それと星漿体については気にしなくて良いよ。
忌々しい事だけど、一年経とうとも天元に異常が起きていない以上、星漿体の予備が生まれたんだろ。
君は悪くない」
立場上、真実を言えない由基の背一杯の嘘。それを告げて夏油の前から由基は姿を消した。
◆
由基は高専の外に停めていたバイクに跨がる。エンジンを掛けて動き出そうとした瞬間、その手が止まる。視線を逸らした先、居たのは最強のもう片割れ。
「はーい!
五条悟君!君はどんな女が
「はあ?
いきなり何?つか、アンタ一体だれだよ?」
いきなりとんできたトンチンカンな質問に五条はその端正な顔を歪めながら由基の方を振り向いた。
そこからは夏油に話した内容とほぼ同じ話が行われた。
ただ明確に一つ大きな違いがあるとすれば、由基の目的を五条が腹を抱えて笑ったぐらいだろう。大笑いする五条の姿に怒りマークを覚えるが、まあ仕方ないと割り切り、その場を後にしようとする。が、その足が止まる。脳裏に浮かんだのは、先程話した少年の顔。
その顔が余りにも自分が知る二人の【さいきょう】と違ったため、そんなお節介を焼くことにした。
「帰る前に一ついいかい?」
「あん?何だよ、また笑わしてくれんの?」
「いや。残念ながらそうじゃ無い。
夏油君の事
それだけ言うと今度こそ由基はバイクを発進させてその場を立ち去る。そんな由基の後ろ姿を見つめながら五条は
「はあ?
何言ってんだあいつ」
その言葉の意図が分からず首を傾げ、何処か馬鹿にするような目で由基を見ていた。
◆
由基との話し合いを終えた五条が寮へと戻る。すると丁度そこに部屋から出てきた親友の姿を見つける。久しく会って居なかった事もあり五条は、親友の名前を呼ぶ。
「よう、傑!
サボり?」
「ああ、悟。帰ってきたのかい。
いや、任務が終わって少し仮眠を取っていた所だよ。
この頃忙しいからね」
「それな分かる。
たっく、上層部は少しは俺らを労れってんだ」
話すのはいつものように下らない会話。だが、やはり五条にとっては何物にも代えがたい大切な時間。
「そう言えばさ、さっき俺ら以外の特級術師に会ったんだけどさ」
「ああ。由基さんのことかい?
悟も会えたんだね」
「あん。傑も会ってたのかよ。
ならさ。あいつの目的も聞いたか?」
五条からもその言葉が出た事で夏油の表情が更に明るくなる。しかしそれは一瞬の事だった。
「ウケるよな!
呪霊が生まれない世界を作りたいとか!一体何の意味があるってんだか!!」
「え」
「出来もしねぇ事をセコセコやるなんてよ、意味なんてねぇだろ。
そんな事よりもだ!あの野郎共に繋がる仲介屋がもうちょいで分かりそうなんだよ!
繁忙期が終われば、今度こそリベンジしに行くぞ!!傑!!」
「…ああ、そうだな」
「そうだ。任務先で美味そうな土産買ってきたんだ!
一緒に食べる?」
「…いや、まだ眠いからもう一眠りさせて貰うよ。
土産は硝子達とでも分けてくれ」
「ちぇ。分かったよ。
後で後悔しても知らないからな!」
そう言って五条は食堂の方へと走っていく。その背を見続ける夏油の顔からは表情は全て抜け落ちたような能面の様な顔になっていた。
――――夏油君の事
この日、その言葉の意味をきちんと理解しなかった事を五条悟は生涯後悔する。
「…これは一体なんですか?」
「■■■■■」
「違います」
「■■■■■■■■」
「原因は既に私が取り除きました。」
「■■■!!
■■■■!!」
―――――非術師を見下す自分
――――それを否定する自分
――――どちらを本音にするかは君がこれから選択するんだよ。
「――――皆さん。一度、外に出ましょうか」
君たちは最強なんだろ?
一人じゃ無いならきっと大丈夫さ
俺たちは最強だし、なんとかなるでしょ
最強の癖に分からないとか、センス無いな~
ウケるよな!
呪霊が生まれない世界を作りたいとか!一体何の意味があるってんだか!!
夏油さん!!
もう…あの人だけで良くないですか
パチパチパチパチパチパチ
前に
諦めて、
俺たちは最強だし、なんとかなるでしょ
「ああ。済まない、悟」――――私たちは最強なんだ
「■■■■■?」
「いえ。何でもありませんよ」―私は
―――最初に聞かれた質問の答えは、もう分かった?