アイシールド21 Reset the game 作:アリスとウサギ
次の日。僕はアメフト部の部室へ向かった。扉を開けたら、そこはカジノと化していた。
「…………」
そういえば、前回もそうだったっけ? どんな手品を使ったのかわからないが、部室はとんでもない魔改造を施されていた。
外観はまだわかるが、部屋の面積までもが広がっているように見えるのは、どういった理屈なのだろう?
手品というより、魔法と言い換えた方がいいのかもしれない。
「おう、来たか」
ヒル魔さんに誘われ、部室の中へ入る。すると、何やらウキウキした表情のまもり姉ちゃんが近づいてきて、丸めたポスターを僕の目の前で広げて見せた。
──アメフトの名門。ノートルダム大のエースが泥門にやって来た!! キミもフィールドに立ち、一緒にアメフトやろうぜ!!
「どう? すごいでしょ、これ!」
うん。まもり姉ちゃん、絶対ヒル魔さんに毒されてるよね? というか、完璧超人に近いまもり姉ちゃんだけど、美術と複雑な機械操作は苦手だった記憶が……
どうやって作ったんだろうか。文字だけでなく、でかでかと僕の写真まで載ってある。アイシールドの姿だけど。
「あの……畏れ多いというか、嘘というか」
「正部員を募るためのポスターだ。こんくらい派手な方がいい」
あぁ、やっぱりヒル魔さんも絡んでいたんですよね。
これが今から校内に貼られるのだと思うと、申し訳なさで肩身が狭くなってきた。
「部員、来てくれるかな?」
「来てくれるかなじゃねえ、見つけるんだよ! 今のまま秋大会に出ても、ただ負けるだけだ」
「そうだね、せめてひとりでもレシーバーが見つかれば、攻撃パターンも増えるんだけど……」
レシーバー? そうだ、言わなくちゃ。
「あの、僕、レシーバーになってくれそうな人に、心当たりがあるんですけど」
「え? ほんとに!」
「どんな奴だ?」
栗田さんが期待の表情を浮かべ、ヒル魔さんは興味をしめす。
「その、名前はモン太で。今は野球部に所属してるんですけど、すごくキャッチが上手いんです」
「ほう……」
突如、ヒル魔さんがパソコンをカタカタと鳴らし始めた。
「モン太? こいつか? プロ野球チーム集英ベアーズのキャッチの名手、永遠の80番。
相変わらずの情報網。バナナ愛好会なんて、僕も聞いたことがなかった。まあ、バナナ好きなのは一目瞭然だったけど。
「野球部って確か今日、試合形式のテストがあるんじゃなかったかしら?」
「そういえば去年もやってたよね。
まもり姉ちゃんと栗田さんが、先輩にしかわからない会話を繰り広げる。ヒル魔さんがパソコンを閉じた。
「ま、糞チビのお墨つきだ。一度見てみる必要はあるが、今はとにかくポスターを貼んのが最優先だ。夕方に
よかった。上手く話を通すことができた。これでモン太の勧誘もスムーズに進むかも。
あとは、今度こそ僕が説得するだけだ。
「全員で四等分だ。場所はどこでも構わねえ、オレが許可する」
「私が許可を取りました!」
いつもの言い合いを聞きながら、僕たちは校内中にポスターを貼りに出た。
途中、グラウンドで野球部が入部テストを行なっているのを見かける。結果が出るのは明日だったっけ?
「頑張れ、モン太」
僕は一言だけ声援を送って、その場をあとにした。
▪︎
一時間後。ポスターを貼り終えた僕は、デビルバッツの部室へと帰還する。
「お疲れ様、セナ」
「おかえりセナくん」
「遅えーぞ糞チビ。試合が始まんぞ」
三者三様の出迎えを受けながら、僕は空いた席に着いた。
部屋の天井からスクリーンが落ちてくる。明かりを消せば、さながら小さな映画館の出来上がりだ。
「すごっ!」
「校長先生、大丈夫かな……」
驚きの感想もつかの間、大画面に映像が流れ始めた。
『高校アメリカンフットボール。王城ホワイトナイツvs泥門デビルバッツ。当初、王城の圧勝かと思われた試合ですが、まさかまさかの大接戦。両者ともに死力を尽くした激闘を繰り広げ、球場にいたファンたちを大いに沸かせました!』
ん?
『その中でも特に試合の流れを大きく握っていたのは、王城ホワイトナイツに所属する、現在高校生でありながらも、既に一部のアメフト関係者からは日本史上最強のラインバッカーと称される進選手』
大画面に進さんの顔が映る。改めて思う、やっぱり進さんはすごい。
『対するは、突如として球場に降り立った、本名、年齢、素顔。その全てが謎に包まれた日本最速のランニングバック、アイシールド選手』
「え?」
「すごいセナっ! テレビに映ってるじゃない!」
無邪気な顔で、まもり姉ちゃんが嬉しそうに声をあげる。いやいやいや、前はこんな紹介のされ方してなかったはずなのに。
スクリーンでは、僕と進さんの
『そして、試合の命運を決めたオンサイドキック。ここで最後にボールを掴み取ったのが、アイドル事務所ジャリプロに所属する桜庭選手です』
最後の最後で桜庭さんが画面に映る。
そうだ、最後のあの場面。あの時に泥門がボールを取れていたら、まだ試合はわからなかった。
だからこそ悔しい。ほとんど泥門に勝ち目がなかったのはわかってる。けど、それでもと考えてしまう。
『えー、ここで追加情報です。アイシールド選手から試合についてコメントが届きましたので読み上げますね』
「ん?」
コメントなんて書いた覚えはない。嫌な予感をひしひしと感じる中、テレビの映像は流れ続けた。
『オレの走りを見たか? 王城相手に4タッチダウン! これが世界最強の走りだ! 相手選手についての感想? お前たちは道端に生えてる雑草の名前をいちいち覚えているのか? オレと闘う資格があるのはかろうじて進清十郎ぐらいで、他の奴らはただの雑草に付着した犬のフンにすぎねぇ。アメフトを知りてえなら、オレの走りだけ見てな! YAーHAー! ……とのことです』
「「「…………」」」
空気が停止する。いやな汗が身体中から流れ出てくる。ついでに脚まで震えてきた。風邪でもひいたのかな。
「セ・ナ!!」
「ち、違うよ! 僕じゃなくて……これ、絶対ヒル魔さんですよね!?」
「おう、当たり前だ」
悪びれもなく肯定された。
「アメフトはビビらしたら勝ちだ。敵にはとことん悪になれ!」
いや、あれは悪というより、ただの悪目立ちじゃ……どうしよう、王城の皆さんに顔向けできない。
「ヒル魔くん! なんでこんなことするの!?」
「泥門の勝率を1%でも上げるためだ、糞マネ。やらねえで後悔するよか、やって後悔した方が百億倍マシだ」
ヒル魔さんの機関銃を相手に、まもり姉ちゃんが竹箒一本で応戦する。
「ま、まあ、宣伝効果はばっちりだろうし……」
「……そうかもしれませんね」
栗田さんの慰めが、せめて本当であることを祈るしかなかった。
▪︎
翌日。今日は泥門高校野球部の、入部テストの合格発表がある日だ。僕は放課後、すぐさま掲示板に脚を運んだ。
そこで、ひとりの生徒と鉢合わせる。モン太だ。
「三軍……」
モン太は、掲示板に記された自分の名前を見上げて、絶望に打ちひしがれていた。泥門高校野球部で三軍とは、野球部とは名ばかりの愛好会。つまり、試合どころか、部活の練習に参加することすら許されないのだ。
彼の気持ちを思えば、もしかしたら何も話しかけないのが、この場においての正解かもしれない。それでも、僕はモン太に話しかけることを選んだ。ここだけは曲がるわけにはいかないと思ったから。
「モン太……」
「お前はたしか、アメフト部の?」
「少し、場所を移さないかな?」
そう言って、僕らは校門の外に出た。もしかしたら会話を拒否されるかもと思ったけど、モン太は僕のことを突き放すような真似はしなかった。
しばらく脚を進めると、いつぞやの川沿いに到着する。二人はそこの地面に腰を下ろした。
「はは、カッコ悪いな、オレ」
「…………」
「小さい頃、本庄さんの試合を観に行ったことがあんだけどよ、その時にこのグローブを貰って。それからはキャッチ一筋よ。それこそ命を懸けて練習してきたんだ」
知ってる。モン太がどれだけ本庄さんに憧れているのかも。どれだけキャッチに自分の全てを注いできたのかも。僕は知っている。でも、黙って耳を傾けた。
「最初はフライひとつ捕れなかったけどよ、オレもいつか本庄さんみたいなヒーローになるんだって、心に誓って。雨の日も、風の日も、ひたすら練習し続けてきたんだ」
「…………」
「でも、待っていたのは、男なら誰もが通る人生の挫折ってヤツだ。誰もがある時、ふと気づくんだ」
「…………」
「自分は“プロ野球選手にはなれねえ”って」
その一言は、僕の胸に深く、深く突き刺さった。モン太がどれだけの努力を払ってきたのかがわかったから。けど、だからこそ言わなくちゃ。
「前にも少し話したよね。うちのチーム、レシーバーを、キャッチのできる選手を探してるんだ」
「…………」
「目指したものとは違うかもしれない。心に描いた夢とは違うかもしれない。だけど、僕は知ってる。モン太がどれだけキャッチに命を懸けてきたのかを」
「……お前」
「数合わせなんかじゃない。慰めなんかじゃない。モン太に来て欲しいんだ。泥門デビルバッツに!」
──今、一番好きなスポーツは。
知ってるんだ。モン太はアメフトでキャッチのヒーローになれることを。
「……悪い、誘ってくれたのはありがとよ。でも、引き返せないバカもいるんだ」
「待っ……」
まだ話は終わっていない。そう手を伸ばそうとしたその時、とてつもない何かが僕を目がけて突っ込んできた。
「
「ええええ!?」
ヒル魔さんの相棒にして、おそらく泥門のマスコットキャラ。ケルベロスだった。
一応犬の形をしてはいるが、フォークやナイフを使ったり、時にはカメラまで使い回して、明らかに人語を理解している超生物である。
「な、なんでケルベロスがここに!?」
「
服を噛みつかれ、そのままズルズルと引きずられていく。というか、なぜかケルベロスの言葉が理解できるような……
「
「ひいいいい!? なぜだかいつもより恐ろしい!」
こうして二度目の勧誘は、失敗に終わってしまった。
▪︎
さらに翌日。またしても僕はモン太と鉢合わせる。下駄箱の扉を開けた時、ちょうど隣にいた。
「おはよう、モン太」
「アメフト部……」
気軽に声をかけたつもりだが、モン太から発せられる空気の質は重かった。昨日の今日だ。簡単に切り替えられるわけがない。
どう話を切り出せばいいのか、考えを巡らした……その時だった。
突如、鋭い回転のかかったアメフトボールが、モン太を目がけて放たれる。
「うお!? あちちちち」
が、その摩擦の帯びたボールを、モン太はなんなく片手でキャッチしてみせた。
すごい。僕なら来るとわかっていても捕れたかどうか。などと心の中で思った次の瞬間。
「YAーHAー!!」
「むむむむむむ!?」
ロープで簀巻きにされたモン太が、そのまま檻の中へとぶち込まれる。本人に言ったら怒られるかもしれないが、動物愛護団体に見られたら、戦争が起こるような絵面だった。
「よーし、運べ、糞デブ」
「うん、わかったよ」
そうこうしている間に、襲撃者の二人……ヒル魔さんと栗田さんは、モン太の身柄を部室という名の密室現場に運び始めた。
ヒル魔さんが悪魔みたいな人なのは周知の事実だが、よくよく考えれば、共犯者の栗田さんもなかなかアレである。そして。
「ごめん、モン太」
二人を止めようとしない僕も、我ながらどうなのかと自問することになってしまった。
▪︎
数分後。アメフト部にたどり着く。
そこで僕たちを迎え打ったのは動物愛護団体の方々ではなく、まもり姉ちゃんだった。
「何してるの!」
「うちの入部希望者だ」
「明らかに拉致現場でしょ!」
一喝してから、まもり姉ちゃんはモン太を檻から解き放ち、ロープを紐解いていく。
「……チッ!」
それを見たヒル魔さんは、最終兵器である脅迫手帳を制服のポケットから取り出そうとしていた。さすがに、モン太のことを脅すのは反対なのだが……
「大丈夫? どこも怪我はない?」
「大丈夫っス。助けていただき、ありがとうございます」
「あ、手が擦りむけてるよ」
「え? いや、これぐらい……」
「ダメ! 小さい怪我だってバカにはできないんだから。絆創膏をあげるから、部室にきて」
「は、はひ……」
なぜか顔を赤くしたモン太が、しどろもどろに返事を返す。するとその様子を見たヒル魔さんは、何かを閃いた様相で脅迫手帳をしまった。
なぜだろう? 何かダメな予感がする。
だけど、止める手立てもなければ、何をするのかも正確には把握できていない僕には、そのまま事態の成り行きを見守るほか道はなかった。
「糞マネ、少し耳貸せ」
「……今度は何を企んでるの?」
「……あの糞猿を」
「……ダメよ、そんなこと」
「レシーバーが入ったら、糞チビの負担も……」
「……今回だけ……」
二人はこちらが聞き取れないほど小さな声で、何かを言い合っていた。僕と栗田さんは何をするでもなく、ただ部室に突っ立っている。
そして、犯行は白昼堂々と行われた。まもり姉ちゃんがモン太の隣に座る。
「モン太くんは、ボールをキャッチするのが上手なのよね?」
「え? は、はいっス! ってオレの名前は……」
「モン太くんよね?」
「…………はい、自分の名前はモン太です」
ものの数秒で、役所も通さず改名の書類が受理された。
「聞いたよ、野球部はモン太くんを見放したって」
「そ、それは……」
言い淀むモン太。
相対するまもり姉ちゃんも、なんだか少し様子が変だ。
「可哀想なモン太くん。今までキャッチに全てを賭けて、血の滲むような努力をして頑張ってきたのに……」
「……そ、そんなことは……」
やはり何か変だ。
いつもはこんなにずけずけとパーソナルスペースを踏み荒らすコミュニケーションの取り方、絶対にしないはずなのに。
「でも、私たちはわかってる。モン太くんは、本当はすごい男の子なんだって」
明らかに演技だとわかる耳が蕩けるような甘い声。
にもかかわらず……
「あ、ああああああああああ。優しくも温かい音色が、オレの脳みそをMAXフルーティーに!? これがうわさで聞いたことのある
モン太は全身を悶えさせ、瞳から人間が本来持つべき知性の色を消失させていく。
なんだか雲行きが怪しくなってきたような……
「私たちにはあなたが必要なの」
ついに定番のセリフまで出てきてしまった。
「お、オレが必要? でも、オレは野球……」
人のいいモン太が流されそうになる。僕は友人の将来が心配になった。高い壺とか買わされそうだ。
「モン太くん? あなたはここに何しに来たの?」
いや、自分の意思でここに来たわけじゃないよね?
「え? オレは何しにここに?」
しかしモン太は首をひねり、答えのない答えを考える。
「ここはどこ?」
「こ、ここはアメフト部の部室で……」
当然の回答。テストならこれ以上ない100点満点の答えだった。
「モン太くんは、アメフト部に入って何がしたいの?」
……今、何かズレたような?
「へ? オレ、オレはアメフト部に入って……?」
いつの間に自分の入部が決まったのか、ここにきてさすがのモン太も困惑の表情を浮かべる。
しかし、捕食者の張った糸は決してターゲットを逃しはしない。まもり姉ちゃんがにじり寄った。
「アメフト部に入って?」
美人の笑顔が圧をかける。怖い。
「へ……? いや、その……まもりさ……」
「アメフト部に入って?」
「…………」
「アメフト部に入って?」
「キャ、キャッチのヒーローになりましゅ……」
退路を塞がれた獲物は、自らの死期を悟ったように呟いた。捕食者の笑みが深まる。
「もう一度続けて言ってみて?」
慈悲の笑みを浮かべつつ、詐欺師の所業で言質を引き出しにかかる。
間違っても無理やりではないと。あなたは自分から入部したのよね。と、本人の口から言葉にさせる。
「お、オレ、オレはアメフト部に入って、キャッチのヒーローになるんだ!!」
ヤケクソ気味にモン太が立ち上がった。その手にアメフトボールを掴み取る。
「オレは今日からアメフト部に入って、本庄さんの名に恥じないキャッチのヒーローを目指します! みなさん、よろしくお願いします!」
「「「…………」」」
控えめにいって、ドン引きだった。頼んだはずのヒル魔さんまでもが、まもり姉ちゃんから一定の距離を取ろうとしている。
というか、ここ数日の僕の頑張りはいったい……
「……糞マネ、やりすぎだ」
「ひ、ヒル魔くんが頼んだのでしょ!」
怒りと羞恥で顔を赤く染めながら、まもり姉ちゃんが抗議を入れる。
僕にわかるのはただひとつだけ。まもり姉ちゃんが行ったアレ、アレはASMRなんて甘ちょろいものじゃない。洗脳だ。見ていただけで本当に怖かった。
モン太は大丈夫なのだろうか? いろんな意味で。
後日談になるのだが、モン太は次の日にはちゃんと正気に戻っていた。
弊害があったとすれば、しばらくの間はまもり姉ちゃんに近寄れなかったことぐらいで、それも数日後には元通りに片付いた。
かくして、泥門デビルバッツは新たな仲間を。
泥門のエースレシーバー、モン太を迎え入れることに成功したのであった。
アメフトクリニック。
Q.モン太くんのポジション、レシーバーってなに?
A.正確にはワイドレシーバー(WR)と呼ばれるポジションで、役割は空中戦を制し、投げられたパスをキャッチするのが仕事だぜ! オフェンス時はランニングバックと双璧を成し、敵陣に踏み込んでいけ!
基本的には身長が高く、キャッチングセンスがあり、脚の速い選手が好まれるポジションで、パスルートの知識や、自分以外の選手で攻める場合はブロックに回る必要も出てくるぜ!
この物語ではそうでもないが、プロのチームとかだと、レシーバーがチームの最速屋であることも珍しくはない。一気にフィールドを駆け抜け、大気を切り裂く超ロングパスを決めた時の疾走感はあらゆるものを凌駕する。空と陸、その両方を掴み取れ! Yaーhaー!