アイシールド21 Reset the game 作:アリスとウサギ
聖泉球技場。今日その会場は、日本ではまだそれほどメジャーなスポーツではないアメフトの、しかも地区大会の二回戦目が行われるだけなのにもかかわらず、席が埋め尽くされるほどの大歓声に恵まれていた。
取りわけ黄色い声援が大半を占め、まるでアイドルの応援団がこぞって集まったような状態だった。グラウンドの端では、テレビに映すカメラすら回っている。
「な、何よこれ?」
動揺を隠せないまもり姉ちゃんが、周囲の異様な光景を見渡す。
「桜庭くんの応援だね。ほら、今人気アイドルの」
栗田さんの説明に、まもり姉ちゃんは再度周囲を見渡した。まあ、決勝とか強豪同士の対決ならいざ知らず、二回戦でこの集まりは異常と捉えても仕方ない。
それほどまでに、現在進行形でカメラを独占している王城の選手、桜庭さんの人気が凄まじいということだ。
「聞こえますか? このすごい歓声! み〜んな、エース桜庭さん率いる、王城ホワイトナイツの応援ですよ!」
「……別にオレが率いてるわけじゃ……
「またまた、謙遜しちゃって。可愛いんだから!」
まあ、桜庭さん自身はあまり嬉しくなさそうなのだが……
これだけの声援を浴びて……とは思うが、でも、僕には桜庭さんの気持ちが痛いほどわかった。
実力がないのに勝手に担ぎ上げられ、必死に応えようとしても急に強くなれるはずもなく空回りばかりして。
でも……
「…………」
進さんを見る。それじゃダメなんだ。応えなくちゃいけないんだ。仲間の期待に。応援しに来てくれるみんなの想いに。
それがアメリカンフットボールの選手なのだから。
「よーし、いいかテメーら! 今日の試合は前回とはわけが違う。あんなママゴトフットボールじゃねぇ、戦争だ!」
ヒル魔さんの激に、僕と栗田さん以外の面々が一同にうつむく。
僕が泥門に入部する前のことなので、詳しくは知らないが、以前、王城と対戦した時は99対0というほとんどコールドゲームレベルの大差で負けたとか。
そんなみんなの不安を打ち消すように、ヒル魔さんが語る。
「安心しろ。今回、ボールを持つのはアイシールドだ。進のタックル含めて、王城の狙いは奴に向く」
不安は打ち消されたのではなく、押しつけられただけだった。僕に。なのに、周りの面々は「よかったー」とか、「それなら怪我することもねーか」などと好き放題言っていて……
けれど、僕はそれに続く。みんなの期待に応えるように。
「はい、僕が走ります!」
力強く告げた。すると……
「おおーー!!」
「マジか! いやでもいけんじゃね?」
「ああ、だってノートルダム大だもんな!」
みんなが口々に自信を取り戻す。もちろん、ノートルダム大のエースなんてのは真っ赤な嘘だ。ヒル魔さん
デビルバッツの悪くない雰囲気に、ヒル魔さんと栗田さんも笑みを浮かべる。
「ケッ! 王城相手に言ってくれるじゃねーか」
「頼もしいよ、セナ……アイシールドくん〜」
「あはははは……」
中身はただのインチキヒーローだけど、それでも勝つんだ! あの王城ホワイトナイツに!
「間もなく試合開始です」
アナウンスが入り、両チームが円陣を組む。向こうは大田原さんを中心にして。こちらはヒル魔さんを中心にして。
「騎士の誇りにかけて、勝利を誓う。そう、我々は敵と闘いに来たのではない──倒しに来たんだ!」
「オレらは敵を倒しに来たんじゃねえ──殺しに来たんだ!」
「「「
「「「ぶっ殺す! YAーーHAーー!!」」」
かけ声とともに、両陣営が一斉に駆け出した。
「さあ、いよいよキックオフです! 我らが王城ホワイトナイツが、果たして何点差をつけるのか!」
完全に王城贔屓の実況が入る。まあ、無理もない。それほどまでに両チームの間には、実力にも知名度にも大きな差が存在するのだ。でも……
──残り、十人。
「行かせるか!」
さすが守備の王城。ディフェンダーの一人一人がまさしく壁のように迫ってくる。
それでも脚は止めない。続く二人目を
「泥門ごときにどこまでリターンさせるつもりだ! 早くそいつを外に寄せろ!」
泥門ごとき? いや、違う。泥門デビルバッツはそんなチームじゃない。いくら王城でもなめてかかっていいチームじゃないんだ!
王城の監督指示を振り払う勢いで、さらに加速する。残り、六人。
「く、くそ」
「コイツら、止めらんねぇぞ」
助っ人のみんなが、頑張って王城ディフェンスを止めようとしてくれているが、やはり厳しいみたいだ。ほんの一瞬、十分の一秒程度で押し潰され、走行ルートの確保が困難を極めていた。
けれど問題ない。その一瞬さえ稼げれば、十分だった。
加速する。加速する。もっとだ。もっと。もっと。
「ゴールまで、残り40ヤード」
瞬間。
「ぶっち切れ!! アイシールド21!」
ヒル魔さんが最後のディフェンスをブロックする。一番厄介な大田原さんは、その巨体で栗田さんが止めてくれていた。もう止まらない。誰にも止められない。
「止めろ! そのアイシールドを止めろォ!」
王城ベンチから指示が飛ぶ。後ろから進さんの次に、王城で俊足の名を馳せている
「30ヤード、20ヤード! 10ヤードっ!」
守備の王城、日本高校最強の城塞を
会場全体が沈黙に包まれる中、審判は両手を上げた。
「た、タッチダーーゥゥンッ!!」
泥門デビルバッツのエースランニングバック。アイシールド21だった。
「YAーーHAーー!!」
「オレたち、王城相手に先制点決めちゃったよ!」
「さすがノートルダム大のエース!」
後ろから、歓喜に満ちた叫びが飛んできた。
恋ヶ浜戦に続き、二試合連続キックオフリターンタッチダウンを決め、泥門デビルバッツは聖泉球技場に鬨の声を上げた。
▪︎
「会場にいる誰もが、予想し得なかったことが起こりました。試合開始ゼロ分、王者王城ホワイトナイツに先取点を決めたのは……無名のチーム。泥門デビルバッツです!」
会場全体が困惑と熱狂の、相反する反応で盛り上がる。だが、進の耳にその歓声が届くことはなかった。
己の瞳に映るのは、ただひとり。相手チームの21番。たった今、王城相手に試合早々タッチダウンを決めた選手だった。
40ヤード走4秒4。それが自分のタイムだ。それはこれまで高校最速と呼ばれ、音速の脚という評価を得ていた。だがしかし……21番が見せた最後のあの走りは……
「あれが、光速の世界……」
ベンチから見ていてもわかった。奴は、間違いなく自分より速かった。隣に佇む庄司監督も、呆然とした様子であの21番を見つめている。
「監督、自分を出してください」
気づけば呟いていた。しかし。
「ダメだ」
厳かな声で庄司監督が否定する。
「こちらにも
「……あの21番は、そんな程度の低い相手ではありません。奴は、王城の脅威となり得る存在です」
普段、監督の指示に逆らうような真似は絶対にしない進だが、今回ばかりは違った。何より、庄司監督自身が、自分の発言に自信を持てていないように感じられた。
「……お前の言いたいことはわかっている。もし、次に王城がピンチに陥る事態がくれば、その時はお前を出す」
「…………」
それではダメだ。その油断は、間違いなく次の失点に繋がる緩みとなる。あの21番は、一瞬の隙すら逃しはしないだろう。
「…………」
自分はこんなところで何をやっている。そう思いながらも、進には耐えることしかできなかった。
▪︎
6対0で泥門が王城にリード。タッチダウンの後の
キッカーがいない上に、
と──
王城の攻撃となった瞬間、会場が溢れんばかりの大狂乱に包まれた。
「さあ! いよいよです! ジャリプロのアイドルにして、王城のエース桜庭春人くんの登場です!!」
「「「きゃ〜〜!! 桜庭くん〜〜!!」」」
声援だけじゃない。桜庭さんの顔が映った手作りうちわから、手作りボードまで掲げられ、球技場はさながらライブ会場へと早変わりだ。それはもう、審判たちがお手上げするほどに。
「うるせええええ!」
「何が桜庭だっ!
客席とは裏腹に、デビルバッツの助っ人たちからは大不評のようだった。初條さんの時以上に、殺意の波動を滲ませている。
「いいか、よく聞けテメーら。
桜庭さんの応援で、試合が一時中断した貴重な時間を利用して、ヒル魔さんが僕たちに指示を出す。
作戦内容は至ってシンプル。わざと隙を作って王城からのパスを誘い、チャンスがきたら僕の超スピードでカットするというもの。
「アメフトに偶然はねえ。ラッキーパンチは狙って出すもんだ!」
ラッキーパンチ。確かにその通りかもしれない。この作戦は、相手がこちらの戦力を計り違えるか、ミスをするかにかかっている。運の要素が絡んだ作戦だ。
でも、ただの運任せじゃない。そのチャンスは、常に狙っていなければ自分のものにはできないのだから。
続けてヒル魔さんが指示を出す。
「それからテメーら、ちゃんとブロックしやがれ!」
「で、でも王城相手だとパワーが違いすぎるし……」
石丸さんが、控えめな口調で意見を述べる。周りの面々もうんうんと首を縦に揺らした。
「誰も完璧なブロックなんざ期待しちゃいねーよ」
しかし、ヒル魔さんは手のひらを開き、助っ人メンバーに告げた。
「0.5秒だ。各々オレが指示したターゲットを0.5秒足止めしろ。それだけ稼げれば、あとはアイシールドがぶち抜く」
その言葉に僕もうなずく。
「お願いします。王城のディフェンスを抜くには、みんなの助けが必要です」
と言うと、周りの面々は互いに顔を見合わせてから、全員がこくりとうなずいてくれた。
「わかった。それぐらいなら、オレたちでもなんとかなりそうだ」
「任せてください! その代わり、王城の奴らに目にもの見せてやってくださいよ!」
士気が高まったところで、試合が再開となる。王城が攻撃、泥門が守備の陣形を取った。すると……
「何!? いきなりゴールラインディフェンスだと?」
泥門の展開したフォーメーションに、知的な眼鏡をかけた王城のクォーターバック、
ゴールラインディフェンスとは、ディフェンス
「……なるほどね。守備を
「ばっはっはっ。思い通りにはさせんぞ、栗田ァ。先ほどの借りはきっちりと返させてもらう!」
高見さんと大田原さんが、気を引きしめながらスナップ体勢に入った。
「SET! HUT!」
ボールが高見さんの手に渡った瞬間、両チームのラインマンが激突する。王城は完全にパスプレーで攻めてきていた。
僕は作戦で指示された通り、桜庭さんのマークにつく。けれど高見さんの安定感のあるパスは、吸い込まれるように王城の
だが、それ以上は進ませない。着地と同時に桜庭さんを取り押さえる。
「パス成功! 8ヤード
「「「きゃぁあ〜〜!! 桜庭くん〜〜!!」」」
会場が黄色い声援に満たされる。
「さすがエース桜庭くん! 先ほど先制点を決めた泥門のエース、アイシールド選手も、王城のエースには一歩届かないようです!」
実況の内容がやはり王城贔屓に感じられる。ただ、王城の強さは本物だ。堅実で、確実なプレー。
大田原さんが栗田さんを止めて、高見さんが的確なターゲットにパスを出す。教科書通りの、基本に忠実なプレーだが、自力が違いすぎる泥門には、当たり前のプレーをされるだけで防ぎようがなかった。
その後もパスが通り、
「さあ、桜庭くんの大活躍により、王城の快進撃が止まりません!」
大田原さんがスナップし、ボールが高見さんの手に渡る。パスターゲットは、やはり桜庭さんのようだ。
が、そこで。ゴールが目の前に来たことで功を焦ったのか、高見さんの正確無比なパスが僅かに、ほんの僅かに甘いタイミングで投げられた。
いくら僕の脚が速くても、このボールは取れないだろう。そんな小さな油断を孕んだパス。
これなら取れる。確信した僕は一気に加速した。
「え?」
「「「桜庭くんの邪魔をしないで〜〜!!」」」
桜庭さんからは緩んだ声。観客席からはブーイングが。けれどどちらも関係ない。このパスは絶対に取る。
両手の親指をつけて、ボールの軌道に手をかざした。
「ケケケ、詰めが甘ぇんだよ糞メガネ。アイシールド21をなめた時、テメーら王城が死ぬ時だ」
アイシールド21vs桜庭春人。競り勝ったのは──
インターセプト。パスをカットして、敵から攻撃権を奪取する。アメフトの試合でたまに観ることができるビッグプレーが成立する。
「ま、待てっ!」
力ない手を伸ばす桜庭さんを振り切り、王城陣地へ直進する。
「た、
「みんなっ! アイシールドくんの道を開けて開けて!」
高見さんと栗田さんが声を張り上げる。ゴールラインまで、残り90ヤード。いくら脚に自信がある僕でも、王城のディフェンスを全て躱しながら進むのには、あまりにも無謀すぎる距離。
そう、ひとりでは無謀な距離だ。
「僕たちを盾に使って!」
「みんなでアイシールドさんをカバーするんだ!」
栗田さんや助っ人のみんなが、ヒル魔さんの指示通り走行ルートを切り拓いていく。これだけのブロックがあれば……行ける!
「来たーー!! アイシールド21!!」
「行けェー、糞チビ!!」
仲間のブロックに合わせて
50ヤード。フィールドの半分を越えたところで、ついに爆走ランが始まった。
「止めろォ! 猫山ァ!!」
後方から猫山くんが追ってくる。だがその走りに先ほどの切れはなく、追いつけないとわかっていながら、選手としての義務感だけで追いかけてきているのがありありと感じ取れた。
そんな相手に捕まるわけにはいかない。当然のように引きちぎる。
「ご、ゴールまで残り30ヤード!」
こんな展開、想像すらしていなかったのか、実況に戸惑いと狼狽が乗る。
「残り、10ヤード!」
次の瞬間。
「タッチダーゥン! YAーーHAーー!!」
空に向かってヒル魔さんが拳を突き上げた。泥門のスコアボードに、12の数字が刻まれる。
泥門デビルバッツが、王城ホワイトナイツを相手に二本目のタッチダウンを決めたのだ。
「なんで〜〜。桜庭くんの見せ場だったのにぃ」
「でしゃばるんじゃないわよ!」
「味方の連中がだらしないのよ! きっとそうよ!」
客席から飛んでくる不平不満の嵐。
「……あらら、オレたち完全に悪者扱いだな」
「まったくだ。こっちは一生懸命スポーツに勤しんでるだけだっつーの。ジャリプロと違って」
それに泥門のメンバーが皮肉を漏らす。ただセリフとは裏腹に、その表情はどこか晴れ晴れとしていた。
「悪役上等! ここにいる奴ら、オレたちを除いた球場にいる全員が王城が勝って当然……そう思い込んでやがる」
悪魔の笑みを携えて、
「悪役が負けると決まってんのは、絵本の
「「「おおーー!!」」」
12対0。泥門の圧倒的な優勢に、チームの心がひとつになる。
その後、例のごとく
大番狂わせが起きるのでは? 誰もがそう思い始めた時だった。
「…………!」
背筋に悪寒が走った。咄嗟に後ろを振り返る。
王城のベンチから、ひとりの選手がフィールドに出てきた。
「……進」
「はい」
「終止符を打ってこい」
「──はい」
ついに出てきた。日本史上最強の
「ケケ、ライバル様のご登場か。いけるか、アイシールド?」
「──はい」
“決勝で待つ”
僕は結局、進さんとの約束を果たすことができなかった。秋大会では西部に負けて。関東大会では神龍寺に……
でも、だからこそ!
「今度こそ負けません」
「抜かせはしない」
決戦の火蓋は、時を超えて切られた。
アメフトクリニック。
Q.進さんのポジション、ラインバッカーってなに?
A.ラインバッカー(LB)ってのは、守備の司令塔だ。チームの真ん中で、敵からのありとあらゆる攻撃に対応するディフェンスの要だぜ!
ディフェンスと聞いちまったら、誰もが防御よりのイメージをしてしまうかもだが、一流のラインバッカーはちっとばかし違う。走りも、捕球も、投球も、全部止めちまうラインバッカーの守りは、まさに敵を倒す攻撃だ! ヒット&タックルで、敵をねじ伏せろ! Yaーhaー!