アイシールド21 Reset the game   作:アリスとウサギ

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ヒーローは、誰だ?

「YAーーHAーー!!」

 

 タッチダウンを決めたことにより、泥門に6点が追加され、点差は18対14。逆転に成功した。

 

「やっべぇーー!! なんだ今の走り!!」

「鳥肌が立った! オリンピックを生で見た気分っ!」

「アイシールドくん! すごいよ〜」

 

 泥門のメンバーがこぞって僕の方に駆け寄ってくる。それに応えようと、僕も立ち上がろうとして……

 

「ぐっ……」

 

 その場で倒れ込んでしまった。脚が、動かない?

 

「タイムアウトォ!」

 

 異変に気づいたヒル魔さんが時計を止めた。栗田さんに背負われ、僕はフィードの外へと運び込まれる。

 

「せ……っ、アイシールドくん!?」

「糞マネ、アイシングの用意だッ!」

 

 ベンチから血相を変えたまもり姉ちゃんが近寄ってきて、ヒル魔さんが指示を出す。

 脚の骨に異常がないのを確認した後、僕は膝にアイシングを当て、熱を冷ますように冷却を始めた。

 

「大丈夫なの? 痛くない?」

「大丈夫だよ、まもりねぇ……マネージャーさん。少しよろけただけだから」

 

 嘘だ。デビルバットゴーストからの光速ラン。

 未来ではこれぐらいの無茶をしてもまだまだ走ることができたが、過去に来て、身体も鍛えていない今の状態では、さすがに無理がたたったようだ。

 

「糞チビ、進を抜いたあの走りはなんだ?」

 

 座って脚を休ませている僕に、ヒル魔さんが問いかける。

 

「あれはデビルバットゴーストと言って……その、一応僕の必殺技みたいな感じの技です」

「……デビルバットゴースト、か。なかなか悪かねえネーミングセンスだ」

 

 いえ、名付けたのは僕じゃありません。

 

「こんな土壇場まで隠していやがったのには、文句のひとつも言ってやりてえところではあるが……どうやら相当、諸刃の剣みてーだな」

「……はい」

 

 隠しきるのは無理そうなので、素直にうなずく。今もまだ脚が思うように動かない。

 試合が始まってから、ずっと動き続けてきたのだ。思っていた以上に、自分の身体に無理をさせてしまっていたらしい。

 

「……交代だな、糞チビ」

「……え?」

 

 え? 今なんて? 交代?

 

「待ってください! まだ走れます!」

「ダメよ! 無理をしちゃ!」

「やっと進さんと勝負ができるんです! こんなところで……」

 

 まもり姉ちゃんに心配をかけているのはわかっている。でも、今だけはやらせて欲しい。

 そう思って前を見ると、ヒル魔さんの顔は──笑っていた?

 

「勘違いすんな、糞チビ。誰もあきらめちゃいねーよ」

「え? それってどういう?」

「何か作戦でもあるの、ヒル魔?」

 

 僕と栗田さんは同じ疑問を口にする。

 

「第三クォーター丸々、テメーをベンチで休ませる。勝負所はラスト、第四クォーターからだ。それまではオレたちに任せろ」

「……任せる?」

 

 周りを見渡す。ヒル魔さん、栗田さん、石丸さん、泥門の助っ人のみんな。みんな泥だらけになりながらも、あきらめの表情なんて浮かべていなかった。

 そうだ。何も僕ひとりで頑張る必要はないんだ。僕たちはみんなで闘っているんだから。

 

「はい、みんなを信じます!」

 

 僕の言葉に、全員が任せろと応えてくれた。

 

▪︎

 

 王城ベンチは現在、お通夜ムードと化していた。

 前半二回のタッチダウン、あれは自分たちが実力を出し切れていなかったから。そういう言い訳ができなくもなかった。だが、今のタッチダウンは違う。王城は間違いなく、実力勝負で泥門に押し負けたのだ。

 全員の頭にはっきりと浮かぶ、敗北の二文字。

 

「うろたえるなッ!!」

 

 それを跳ね返したのは、庄司監督だった。

 

「点差は18対14。まだたったの4点差だ。タッチダウン一本取れば逆転できる」

 

 その通りだ。互いの総合力を冷静に分析すれば、逆転できない方がおかしい点差である。

 しかし、王城メンバーが懸念している箇所はそこではなかった。

 

「で、ですが、また泥門にボールが渡った時、誰があのアイシールドを止めるんですか?」

「進を正面から抜き去っていく奴ですよ? あんなのオレたちじゃどうしようも……」

「確かに! だが、あのアイシールド、どうやってお前のスピアを躱したんだ?」

 

 すがるように問いかける面々の中、唯一元気の有り余っている大田原さんが訊ねてきた。

 

「……わかりません。初めて体験する感覚でした。自分は確かに奴を捕らえた、否。捕らえたつもりでいた」

 

 だが、気づいた時には既に遅かった。もしあの走りを自在に操れるのであれば、まさに悪魔の走りと評する他ない。

 

「お前たち、プロの走りを目の前で見たことがあるか?」

 

 突如投げつけられたその質問に、全員が否定の反応を浮かべる。そんな自分たちに庄司監督は続けて言った。

 

「本当に、煙のように──消えるんだ」

 

 全員の喉元から唾を飲み込む音が聞こえた。

 ああ、それだ。実際に体験した自分だからこそわかる。奴の、アイシールドの走りはまさにそれだった。

 

「…………」

 

 掠らせることすらできなかった己の手のひらを見つめる。恐ろしい。手の届かない相手とは、こんなにも恐ろしいものなのか。だが、それと同じぐらい、いや、それ以上に気持ちが昂っている自分がいることを、進は明瞭に自覚していた。

 何を考えている。自分の失態で点を決められておきながら、いったい何を……

 

「進」

「……ッ!?」

 

 ハッとなって前を向く。庄司監督が自分の名前を呼んでいた。

 

「進、お前も少しは大田原を見習え」

「ん?」

 

 大田原さんを見習う? もっと声を出せということか。

 

「……念のために言っておくが、試合中に尻をかきながら鼻くそをほじれと言ってるんじゃないぞ。もっとお前もバカになれと、そう言ってるのだ」

「バカに?」

 

 己の理解力が足りないせいか、監督の言いたいことがよく飲み込めなかった。すると、それを察した庄司監督が継いで話す。

 

「余計なことは考えるな! この試合、もし、またあのアイシールドが出てくることがあれば、お前は奴を止めることだけに集中しろ。他のことは、他の奴に任せてしまえ」

「……!」

「闘いたいのだろ? 奴と」

「……はい」

 

 思考もなくうなずいていた。

 

「猫山、中脇(なかわき)、お前たちは進のサポートに徹しろ!」

「「はい!」」

 

 二人が監督指示に了承を返す。

 

「いいかお前たち! 今この場で認識を改めろ。泥門はただの弱小校ではない。王城の優勝を阻まんとする歴然たる難敵だ! 一秒たりとも気を許すな。試合が終わるその時まで、全力で押し潰せッ!」

「「「はい!」」」

 

 気合いの入った返事にうむと首を縦に動かしつつ、庄司監督は自分(こちら)に顔を向ける。

 

「長年、アメフトの監督を続けてきたが、あれほどの人材を見るのは初めてだ。あれは論ずるまでもなく、高校最強のランニングバック(RB)。いや、数年後には日本最強になっていてもおかしくはない。才能もさることながら、よき指導者にも恵まれたのだろう」

「…………」

「だが、もう一人、それに並ぶ選手がここにいる。お前だ、進ッ!」

「──はい」

「奴を、アイシールド21を、その手で仕留めてこい!」

「はい!」

 

▪︎

 

「いいかテメーら! 死ぬ気で王城に食らいつくぞォ!」

「「「おおォ!!」」」

 

 第三クォーターが始まり、王城の攻撃からスタート。僕は脚を休ませながら、まもり姉ちゃんの隣でみんなの応援に参加する。

 

「頑張って、みんなーー!!」

 

 まもり姉ちゃんが声を張りあげる。泥門のみんなは本当に頑張っていた。ベンチでプレーを見るなんて、ほとんど初めてに近い経験だったけど、選手たちの気迫がここまで肌で感じることができるほどすごかった。泥門のみんなも、あの王城相手に、本当に必死で食らいついていて……

 でも、気迫だけでは実力差をひっくり返すことはできず、ついにタッチダウンを決められ。さらに第三クォーター終了間際にキックによる3点も追加された。

 点差は泥門が18点、王城が24点となり、再逆転を決められた形となる。

 けど、みんなが頑張ってくれたおかげで、奇跡的に一本タッチダウンを決めれば、追いつくことが可能な点差だった。僕も十分に脚を休ませることができた。

 だから……

 

「行くのね、セナ?」

 

 そう問いかけるまもり姉ちゃんに、僕は言った。

 

「うん、行ってくるよ」

 

 第四クォーター。僕は再びフィールドに降り立つ。

 すると……

 

「さあ、お待たせしました! ついに泥門のエース、アイシールド選手の復活です!」

「行けーー! アイシールドォォ!!」

「逆転劇を見せてくれっ!!」

「あきらめるなよ、泥門デビルバッツ!!」

 

 球場がアイシールド()の登場に沸いた。

 もちろん、桜庭さんと比べるなんて烏滸がましい数だけど、試合が開始した直後の泥門に対するアウェーな感じは、いずこともなく消え去っていた。

 

「うわー、すごい人気だね〜。泥門(うち)が声援を浴びるなんて、初めてかも」

「ケケケ、球場にいる糞観客どもも、ようやく理解し始めやがったんだ」

 

 感動を口にする栗田さんに、ヒル魔さんが応える。

 

「何もスポーツに限った話じゃねーが、極めた一芸ってヤツは玄人素人関係なく、人間の心を揺り動かす。つまり、奴らの闘いはそういう次元に達してるってこった。なんせ今から見れんのは……下手すりゃ、日本最強走者(ランナー)を決める闘いだからな」

 

 進さんと視線がぶつかる。雑音が消え、遠くにいるはずの進さんの声だけが耳に届く。

 

「ようやく出てきたか、アイシールド」

「進さん……」

 

 両者の間に、目に映らない闘志の渦が巻き起こる。

 

「お前のあの悪魔の走り、オレが必ず止めてみせる」

「はい、僕も全力で進さんにぶつかっていきます」

「受けて立とう」

 

 相対する進さんの視線を真っ向から受け止め、僕は泥門の輪に加わった。

 

「待ってました、アイシールドさん!」

「まだ点差は6点差、タッチダウン一本で逆転できる。行けるな? 糞チビ」

 

 ヒル魔さんの問いかけに、僕はまっすぐに応えた。

 

「行けます!」

 

 そして、試合の行方を決める第四クォーターが開始した。

 蹴られたボールを石丸さんがキャッチして、進さんに止められたところから、泥門の攻撃が始まる。

 

「SET! HUT!」

 

 ヒル魔さんのハットコールから、栗田さんがボールをスナップし、そのボールが僕へと手渡される。第四クォーター最初の攻撃は、僕のランプレーで口火を切った。

 中央からの突破は厳しい。定石通り、外からの(ラン)で攻める。だが、そのルートは当然向こうにも読まれていた。進さんが来る。

 

「日本史上最強のラインバッカー、進選手に立ち向かうのは、この球場に突如として現れた謎のスピードスター、アイシールド選手! 試合の命運はこの二人の手に握られたと言っても過言ではありません!」

 

 観客たちが、固唾を呑んで勝負の行方を見守る。そうだ。パスが使えない今、僕が進さんを抜くしかないんだ。でも、力勝負じゃ勝ち目はない。詰め寄られる前に躱すんだ!

 上体を傾ける。スピアの間合いを見極め、最後の一歩で踏み切る。今度は右に作ったゴーストを囮に、左側から走り抜けた。いや、走り抜けたつもりでいた。

 しかし、地面に倒されたのは僕の方だった。

 

「「はぁ、はぁ、はぁ」」

 

 僕を止めたのは、猫山くんともう一人の王城の選手。進さんの陰から現れた彼らは、デビルバットゴースト発動後の隙を突いて、僕が走り切る前に止めたのだ。

 

「1ヤード前進(ゲイン)!」

 

 進さんを躱して少しだけ進むことはできたが、その距離は微々たるもの。

 

「チッ、王城の奴ら、早くも対策を練ってきたってわけか」

 

 舌打ちを鳴らしながら、ヒル魔さんが状況を冷静に分別する。僕の(ラン)に集中警戒する。王城からすれば、取って当然の策だった。

 二度目の攻撃、泥門はもう一度ランプレーで攻める。先ほどとは逆の方向から、先ほどと同じ左側から抜きにかかる。が、またしても後ろに備えていた二人の選手に僕の(ラン)は潰された。

 本来なら猫山くんたちを、泥門の誰かがブロックしてくれれば抜き去ることは可能なのだが、そうすれば今度は(ライン)が崩壊して、ランプレーどころの話じゃなくなってしまう。ここにきて、両チームの自力の差が大きく出始めた。

 

「SET! HUT HUT!」

 

 そして、三度目の攻撃。ヒル魔さんからボールを受け取った僕は、もう一度外からのルートを選択。

 (ライン)のみんなは、ほとんど助っ人メンバーばかりなのに、それでもなんとか頑張ってくれているんだ。無茶でもなんでも僕が得点を決めなくちゃ。

 

「抜くんだ、進さんを! 何度でも!」

 

 片腕から繰り出される、進さんのスピアタックル。

 しかし、僕はそれよりも一瞬だけ早くデビルバットゴーストのステップに入っていた。左に作ったゴーストを囮に、今度は右サイドから抜いていく。

 否、抜いたつもりでいた。されど……

 

「捕らえたぞ、悪魔の走り」

「!」

 

 言い知れぬ震えが背筋を凍えさせた。が、気づいた時には遅かった。

 進さんのもう片方の腕が伸びてくる。スピアタックルを囮に、もう一度スピアタックル! 先ほどの片腕は囮だったのだ。

 

「あがっ……!」

 

 痛みが身体を襲う。見切られた。完全に見切られた。

 進さんの射程の長さは知っていた。だから、僕もそれに合わせてデビルバットゴーストのステップを踏み込んでいた。それでも捕らえられたということは──成長したということだ。進さんが。闘いの中で。恐るべき早さで。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 激昂が球場を破裂させる。

 そんな進さんの姿を眺めながら、僕は「やっぱり進さんはすごいや」と、場違いな感想を抱いていた。

 

▪︎

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 オレはその激昂をベンチから聞いていた。

 

「あの冷静沈着な進が……」

 

 初めて見た、進のあんな姿。あれほどまでに感情を表にする姿は。

 

「いいぞ、進! よく止めた!」

 

 鬼監督として有名な庄司監督が、手放しで進に声援を送る。ああ、初めてではないが、これも珍しい光景だ。でも、監督の気持ちは自分──桜庭にも理解できた。それほどまでに、今の闘いはすごかった。そして思った。

 

「やっぱり次元が違う」

 

 顔をうつむける。オレだって練習はいっぱいしてきた。そりゃあ、進ほどストイックにはなれなかったけど、それでもやれることはやってきたつもりだ。

 小さい頃から運動はよくできた方だった。だからアメフト部に入った時も、なんの根拠もなく自分はすごい選手になれると、そう信じて疑わなかった。

 

「けど、現実は違った」

 

 いたんだ、本物の天才が。自分とは違う、本物の才能を持つ男が。その上、その男は誰よりも努力した。勝てるわけがない。いつからそう思うようになったのだろう? いつから、相手はあの進なのだから勝てなくても仕方ないと、自分に嘘を吐きはじめたのだろう?

 でも、そんな言い訳は、今日の試合で完膚なきまでに打ち壊された。いたのだ、あの進と闘える選手が。そして思った。

 

「なんでオレじゃないんだ……」

 

 進だから勝てなくても仕方ない? はは、本当に嘘ばっかりだ。アイドルを始めたのだって、本当は言い訳からのただの逃避だ。

 

「あ……」

 

 考え事をしていたら、ヘルメットに貼っていたアメリカンバーガーのシールが剥がれて落ちた。

 桜庭の所属するアイドル事務所、ジャリプロが契約している飲食店のひとつで、このシールは常に身につけておけと、プロデューサーからも指示されていた。

 

「拾わなきゃ……」

 

 身体を乗り出し、無意識に手を伸ばす。

 すると……

 

「いいいい!?」

「え?」

 

 自分のところに、進と熾烈な激闘を繰り広げていたはずのアイシールドが突っ込んできた。

 ぶつかる! と思った瞬間、目にも止まらぬ超スピードでアイシールドがフィールドの外に出て、事なきを得る。

 

「何をやっているんだ桜庭ァァ!!」

「ひぃ……!?」

 

 庄司監督に怒鳴られた。そして気づく、今、自分がいる場所に。

 

「あ、オレ……」

 

 ベンチにいるはずのオレは、フィールドの中に脚を踏み入れていた。アイシールドが来たんじゃない、オレが試合に割り込んでしまったんだ。

 

「すまない。プレーの邪魔をしてしまった」

 

 あの庄司監督が、アイシールドに向かって頭を下げる。

 

「ええええ!? いえ、大丈夫ですから、気にしないでください」

「大丈夫なわけあるか、糞チビ!」

 

 慌てふためくアイシールドの後ろから、泥門のクォーターバックが駆け寄ってくる。

 マズい、オレはとんでもないことをしでかしてしまった。そう認識した瞬間、足元に黄色い布(イエロー)が投げ込まれた。

 

「アンスポーツマンライクコンダクト。王城ホワイトナイツ。18番。15ヤード後退」

 

 審判からの反則を告げるコール。反則? 誰が? オレが?

 

「す、すみませんっ!」

 

 慌てて頭を下げる。向こうのクォーターバックも、審判とやり合うつもりはなかったのか、舌打ちひとつ残してその場を去っていった。

 罪悪感に苛まれながら、オレはベンチに戻る。

 

「監督、オレ……」

「…………」

 

 怒られると身構えたのだが、監督は何も言わずオレの隣に座った。

 

「…………」

 

 ああ、何をやっているんだ、オレは。

 

「ついに、アイシールド選手をその手に捕らえた進選手! だが、アイシールド選手も負けじと突っ込む! 激しく動くシーソーゲームを制するのは、いったいどちらなのか!?」

 

 実況が二人の闘いに入れ込む。客席にいる人たちも同様だ。

 ここにいるみんなはジャリプロのアイドル、桜庭春人を応援しに来たはずなのに、いつの間にやら関心は進とアイシールドの二人に移ってしまった。

 わかってる、自分でもそうする。オレだって客席にいたら、オレなんかより、あの二人を応援するに決まっている。わかってるんだ、そんなこと。なのに、なんでこんなに悔しいんだ。

 こんな顔、ファンの人たちには見せられない。

 

「……自分がみじめだと思うか、桜庭?」

「……はい」

 

 消えそうな声で、監督の問いに返事をする。

 

「涙のひとつも流せない男に、強くなる資格など存在しない」

 

 オレは反則までしてチームの脚を引っ張ってしまった。なのに監督の声は、かつて聞いたことがないほど穏やかなものだった。

 

「なぜ、お前を王城のレシーバーに選んだか。わかるか、桜庭?」

「…………」

「アイドルだから? いや違う。身長が高いから? いやそれも違う。お前が王城のレシーバーの中で、一番強くなれるからだ」

「!?」

「前を見ろ、桜庭。今は遠くに感じてしまうだろう。だが、あそこがいずれ、お前の闘う場所だ」

 

 その言葉に釣られ、前を見た。進とアイシールド。二人が競い合う場所を。

 目が霞む、視界がぼやけて前が見えにくい。それでもオレは、その場所から目を背けることができなかった。

 

▪︎

 

 王城がペナルティーを食らった後、しばらく泥門の攻撃が続くも、守備の王城が名の通りその貫禄を見せつけ、こちらの攻撃を防ぎきり、タッチダウンを決めることは叶わなかった。

 そして、攻守交代。そこからの流れは止めようがなかった。王城の基本に忠実な攻撃に、来るとわかっていても対応することができず、泥門は得点を許してしまう。

 点差は試合終盤、泥門が18点。王城が30点。追いつくどころか、逆に引き離される形となってしまった。

 その後、再び攻撃権は泥門に移るも、じりじりと時間を稼がれ、試合時間は残り二分に迫っていた。

 

「あー、くそ! やっぱ王城つえー」

「途中勝てるかもって思ったけど、さすがにオレらじゃ厳しいよな」

 

 泥門のメンバーから、あきらめの声がちらほらと聞こえ始める。僕自身、このままじゃ負けてしまうと考えていた。

 ゴールまで残り42ヤード。普段なら軽く走れる距離が、途方もなく遠く感じてしまう。さらに絶望的なのが、泥門は既に攻撃を三回失敗していることだ。事実上、次がラストチャンスということだった。

 

「大会、終わっちゃうのかな……」

 

 栗田さんの口から、悲しい声が漏れる。

 いやだ、こんなところで終わりたくない。そう思って周りを見渡すと、ヒル魔さんと目が合った。思考が重なる。

 

「糞チビ、状況はわかってるな?」

「……はい」

 

 僕たちの会話に、みんなの視線が集まる。

 

「できるできないは関係ねえ! やるしか勝つ道はねーんだ! もう一度、高校最強のラインバッカー、進清十郎を抜いて来い!」

「はい!」

 

 決意を秘めて、返事を返した。

 

「いいか糞ガキども。ここが最後の勝負所だ! 向こうに作戦がバレていようと構やしねえ! アイシールドで行く。テメーら全員、死ぬ気で王城の壁に食らいつきやがれ!!」

「「「おう!」」」

 

 配置につく。心臓が高鳴る。ここで決めなきゃ試合が終わる。だから勝つんだ、王城に、進さんに。

 

「SET! HUT」

 

 進さんと目が合う。

 

「HUT HUT」

 

 言葉にしなくてもわかる。必ず止めるという意思が伝わってくる。

 

「HUT HUT HUT」

 

 作戦はバレバレだ。それでも行くしかないんだ。

 

「HUTーーッ!!」

 

 七回目のハットコールで試合が動き出した。

 フェイクもなし、直球勝負でヒル魔さんからボールを受け取る。

 

「通させんぞ、栗田ァ!」

「僕だって負けるわけにはいかないんだ!」

 

 ラインマン同士が、中央で激しい衝突を繰り広げる。僕はその隙を突いて大外から回り込んだ。

 しかし、そのスピードに進さんだけがついてくる。時間をかければかけるほど、他のディフェンスに囲まれて、捕まる確率が高まっていく。

 この一瞬で勝負を決めるしかない。

 

「勝つんだ! 進さんに!」

「来い! アイシールド21!」

 

 瞬間。加速する。40ヤード4秒2。光速の世界。

 

「うおおおお!」

 

 来る! 進さんのスピアタックル! ここでステップに入るしかない。姿勢を屈め、トップスピードの状態からクロスオーバーステップに入った。

 急に歩幅を変えて、最後の一歩で踏み切る。

 

「…………!」

 

 左のゴーストを囮に、狙い通りスピアタックルを誘発させて回避する。だが、まだ決着はついていない。

 右サイドから抜けようとする僕に、進さんのもう片方の腕から、本命のスピアタックルが穿たれる。

 

「これで終わりだ」

 

 指先が僕の身体を掠めた。ここだ。ここしかない。

 

「──抜く」

 

 デビルバットゴーストの正体。それはトップスピードを維持したまま、まったく減速しないブレーキを用いて敵を抜き去っていく超高校級のクロスオーバーステップ。

 しかし、この技にはまだ続きがあった。仮に敵に捕まったとしても、それを回転抜きで弾き返して突き進む、デビルバットゴーストからの連続技。

 

 ──デビルバットハリケーン。

 

「!?」

 

 パワー勝負になったら、天地がひっくり返っても進さんには勝てない。アメフト選手としての総合力なら、僕は圧倒的に進さんに劣っている。

 けれど、時代の最強ランナーは──アイシールド21()だ! それだけは、たとえ相手が進さんでも譲るわけにはいかない。

 

「勝つんだ! 試合の後ぶっ倒れてもいい。でも、この脚だけは絶対に止めない!」

 

 進さんのスピアタックルを、デビルバットハリケーンで弾き飛ばした──次の瞬間、人間の限界値、40ヤード4秒2の超スピードでフィールドをねじ伏せる。

 走る、走る、走る。芝を蹴り、エンドゾーン目掛けて駆け抜ける。

 

「くっ、行かせん!」

 

 だが、そうは問屋が卸さない。急転換からの猛烈な全力疾走で、進さんが追いかけて来た。

 もう脚はボロボロだ。いつ止まってもおかしくない。でも、止まるわけにはいかない。進さんが後ろにいる。目で見なくてもわかる。だから絶対にスピードを緩めるわけにはいかない。

 最後まで、光速の世界(このスピード)を維持し続けたまま走り抜けるんだ!

 

「おおおおおっ!!」

 

 ゴールが見えた。無我夢中だった。ダイブする勢いでエンドゾーンにボールを叩き込む。

 審判が駆け寄ってきて、両手を上に掲げた。

 

「タッチダーーゥゥン!!」

「うああああああああああああっ!!」

 

 ありったけの想いで球場に叫んだ。

 

「YAーーHAーー!!」

「「「YAーーHAーー!!」」」

 

 後方から、無言の蹴りと称賛の嵐が飛んできた。僕もみんなと一緒になって笑みを浮かべる。

 やった、やったんだ! 試合はまだ終わってなんかいないんだ!

 今のタッチダウンで互いの点差は、24対30に詰め寄った。か細い光だけど、まだ泥門にも勝てる可能性が残ってる。

 

「見えますでしょうか? 無名チームの掲げた小さなナイフが、ついに城塞の喉元にまで届きました! 泥門デビルバッツ、王城ホワイトナイツに鍔迫り合うーー!!」

「いいぞー、アイシールド!!」

「進さまー、負けないでー!!」

 

 球場全体が声援の中に包まれる。まだ二回戦にもかかわらず、その盛り上がり方は決勝戦にも負けないほどだった。

 

「ケケケ、なんとか首の皮一枚繋がったな」

 

 口角をあげてそう言ったヒル魔さんの眼には、微かだが勝算の展望があった。

 

「どうするの、ヒル魔?」

ボーナスゲーム(トライフォーポイント)じゃ、どうやったって追いつかねえ。いくぞ、オンサイドキック」

 

 栗田さんの疑問に、ヒル魔さんが応える。だが、周りの助っ人たちには意味が伝わらなかったようだ。

 

「ヒル魔、そのオンサイドキックって、なんだ?」

「普通にボールを蹴ったら、次はそのまま王城に攻撃権が移る。だが、そうなったら作戦会議(ハドル)で時間を潰されて負けてる泥門(うち)は詰みだ。だからわざと近くにボールを蹴って、乱戦に持ち込み、無理やり攻撃権を奪うギャンブルキック。それがオンサイドキックだ」

「……なるほど。つまり上手くそのボールを取れば、こっちがもう一度攻撃できるというわけか」

「ケケケ、飲み込みが早えじゃねーか、陸上部」

 

 助っ人代表として質問した石丸さんに、ヒル魔さんが説明を入れる。

 要は作戦もクソもない。泥門と王城の二チームで、近くに蹴られたボールを先にどちらが確保するかという勝負だ。

 ただ、オンサイドキックの成功率は低く、おそらく今の条件だと泥門が取れる確率は、甘く見積もっても10%がいいところだろう。

 

「リスクは承知! 相手に取られたら即試合終了のデスゲームだ! 糞ガキどもォ、身体中の穴から、最後の一滴まで活力を絞り出しやがれ!!」

「「「おお!!」」」

 

 全員が声を張り上げる。

 そして、向こうから王城の選手たちが出てきた。大田原さん、桜庭さん、猫山くん、進さん。守備も攻撃も関係ない。王城のベストメンバーが戦場に出揃う。

 

「ケケケケ、もしこれで泥門(うち)がボールを確保すれば、王城(テメーら)の春大会はここで終了だな?」

 

 最後の最後まで、相手にプレッシャーを与えようとするヒル魔さん。まあ、少しでも勝率を上げるためだろうけど。

 しかし、そんなヒル魔さんの口撃(こうげき)に、王城のメンバーは毅然とした対応で反論してきた。

 

「そんな揺さぶりは王城(うち)には通用しない。たとえ、万が一の確率でボールを取られたとしても、その時はオレがアイシールドを止めるだけだ」

 

 僕の方を見ながら、進さんが宣言する。その言葉を信頼しているのか、王城のメンバーからは不安の感情は窺えなかった。

 

「……ケッ、ならこっからは、暗中模索の大乱戦と洒落込もうか」

 

 このワンプレーで勝敗が決まる。

 泥門と王城。

 戦場に立つすべての選手が、己が胸にそれぞれの想いを宿しつつ、互いが決められた通りの配置についた。

 

「…………」

 

 音が消失する。

 これで試合が決まる。この場にいる誰もが、そう確信していた。

 

「……キック、か……」

 

 小さく呟きながら、ヒル魔さんがボールの向きを変えた。

 本来であれば蹴りにくい縫い目を内側に。ボールに不規則な動きをつけ、軌道を読みにくくするためだ。

 ──数呼吸後。

 

「YAーHAー!!」

 

 運命のボールが蹴り込まれた。

 

「「「取れーー!!」」」

 

 泥門と王城。互いのメンバー、総勢二十二人がひとつのボールを求めて、一斉に駆け出した。

 

「最後の勝負だ、栗田!!」

「絶対に負けない!!」

 

 フィールドの中央で、栗田さんと大田原さんが激突する。いや、激突はそこらかしこで起こっている。

 けれど、今はそこに意識を向けない。今大事なのは、相手チームより先にボールを掴むことだ。

 

「取らなきゃ、ボール!」

 

 僕はボールを追って走り出す。

 しかし……

 

「言ったはずだ、アイシールド21。お前の相手はこのオレだと!」

「進さん!?」

 

 まさかのボールを無視して、進さんが僕のことを完全マーク。

 なんとか抜きにかかるが、先ほどの爆走で脚を使い切ってしまったせいか、上手く踏み込むことができない。これじゃ、ボールを追いかけるなんて無理だ。

 ……無理? いや、違う。それじゃあダメだ。モン太がいない分、キャッチも僕がやるんだ! 

 ──と、そこで。

 

「王城ボール!!」

 

 頭が真っ白になった。

 王城ボール?

 ここでボールを取られたら、泥門は……

 ふと視線を泳がせる。乱戦の中、ひとり地べたにうずくまっている選手がいた。桜庭さんだ。桜庭さんは涙を流しながら──その手にボールを抱えていた。

 

「……ああっ、やった。取れたっ、取れたよ、オレっ……う、ぁぁぁぁ」

 

 最後のワンプレー。僕はボールに触れることすらなく、試合を終えてしまった。

 

 春大会の二回戦。泥門デビルバッツは──王城ホワイトナイツに負けた。

 





 アメフトクリニック。
Q.トライフォーポイントってなに?
A.トライフォーポイントってのは、タッチダウン後のボーナスゲームのことだ。タッチダウンで6点取れるのは、もう覚えてくれただろうが、実はそのタッチダウンの後に、もう一度点をもぎ取るチャンスがあるんだぜ!
 ゴール前からキックが入れば、プラス1点!
 ゴール前からさらにボールをねじ込めば、プラス2点!
 いいキッカーがいれば、タッチダウン後のプラス1点は、ほぼ確実にゲットできるし、ライン陣に自信があるのなら、2点も狙える。どちらでも好きな方を選べ! Yaーhaー!
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