この作品は氷陰様主催の『欠落杯』参加作品です。
戦況は最悪。
輸送部隊の壊滅から始まった物資不足。
予想外の
天候の悪化による援軍の遅れ。
様々な要因によって前線の様子は地獄と化し、誰も彼もが絶望して目の前に迫る自分の死をどう受け入れるかだけを考えている。
『そんなわけで、出撃の準備は出来た?』
「ちょっと待って。まだ髪型が決まらない」
『状況聞いてた?』
「逆に聞くけど、その状況で
絵に描いたような絶望を聞いても、少女は鏡に映る自分の姿以外に対して興味を見せる様子もなく、通信相手に軽口を叩いていた。
『
「そうは言ってもねぇ。
少女は鏡の前で何度か決めポーズをし、くるりと回って全体を見回して、それからようやく
『ようやく準備完了かな、お姫様?』
「そろそろ《
『まったく……アンタってほんと
「褒め言葉として受け取っておくよ。──────《
少女の声と共に、座席に埋め込んだ四肢が強化外装と接続。
魔力エンジンの駆動が開始され、まるで弾丸のように少女の体は無骨な機械と共に空へと打ち上げられる。
彼女はこの感覚が嫌いだった。
自分の何倍もある巨大な機械を無理やり『自分』として接続される不快感。
空へと打ち上げられる時に感じる強烈な重力。
聖娼とか言うあまりにも似合わないコードネームを自ら口にしないといけない羞恥。
そして、上空から見下ろす戦場の光景。
先に出撃した《
地上は突然巻き起こる爆発と降り注ぐ宝石の雨によって地獄絵図。しかしそれは先程までの人間にとってのモノではなく、
戦場の端々から歓声や雄叫びが巻き起こり、打ち漏らした
そんな光景を見て、少女が漏らしたのは小さな吐息。
戦況の変化を悟った歓喜。
戦場の惨状を見ての嗚咽。
そんな人間らしい感情を吐き出すことが出来たなら、彼女にとってはどんなに幸運だったろうか。
「今日は何時に上がれるかなぁ……」
漏れだしたのは、ただただこの後の仕事を考えた時の憂鬱な言葉。
◆
100年以上も前のこと、この大陸にまだ国が4つあった頃の話だ。
その頃人類の敵は、同じ人類だった。人類は同じ生き物、仲間であるはずの彼らを肌の色や文化の違い、所属の違いで敵とみなして殺しあっていた。
その領土は自分達のもの。
その利権は自分達のもの。
優れているのは自分達で、劣っているのはお前達。
そんな声を上げながら殺し合いを続ける人類を咎めるように、東の海からある時よく分からない生き物が現れたのだった。
それと最初に接触した東の国は、その性質を見て生物兵器として利用できないかと考えた。
それを知った北の国は、東の国よりも先にそれを利用しようと東の国への侵攻を激化した。
南の国は、東の国と北の国の争いを静観して漁夫の利を狙うことにした。
西の国は他の国々が動きを止めたのを良い事に独自の技術の開発に勤しんだ。
そして、この選択が人類の未来を分けることとなった。
まず最初に、東の国が滅ぼされた。
北の国は笑った。ざまぁみろと、これでやつらは自分たちのものだと。
それから北の国が滅ぼされた。
彼らは最後まで自分たちがそれを制御できると驕り続けた。だが、東の国が滅ぼされた時点で気がつくべきだったのだ。
西の国によって
東の海より現れて人類の生活圏に侵攻し、目に付くものをひたすらに破壊する性質を持つ。見た目はタールのような黒い粘液で肉体を構成し、何らかの既存の生物数匹を組みあわせたかのような異形であることが多い。
加えて、粘液で構成されたと言ったが肉体は非常に頑強であり、粘液でもあるため破壊しても飛び散った粘液から再生する。
最大の特徴はその増殖方法。彼らは他の生物、或いは人間が生み出した『文明』の副産物───例えば建物や道具、兵器をその粘液で取り込み、新しい
まるで文明を築き、数を増やし続けた人間に対する天敵のような生態だった。
もしも4つの国が協力して、最初の接触の時点でこの生物を葬ることをしていたならばこうはならなかったかもしれない。
だが、2つの国の命と文明を喰らった
南の国が彼らに攻め落とされて、最後に残った西の国は他の国が攻められている間に、自分達だけは生き残る為の策を練り続けた。
そうして完成したのが、人類の最終生存権である三重結界。
そして、人間でもなければ人類が生み出した文明でもない。それらに当てはまらない魔法の産物、『妖精』との契約だった。
──────『
それが西の国が生み出した最終兵器である
全員が人間の女の子のような見た目をしているが、生物ではない為正確には性別はない。しかしほぼ全員人間の女子と似たような思考回路を持つ。
その肉体は魔力によって構築された仮初の肉であり、死と同時に霧散して大気に溶ける。
繁殖方法は野菜よろしく、濃厚な魔力を持つ土地から生えてくる。産まれてくる瞬間は大層美しいらしく、華人形という名前の由来にもなっている。
そして生物でも文明の産物でも無い為、
加えて、彼女達は大なり小なり特別な異能を一つ持ち合わせる。
魔法とはまた違った異能力。既存の技術では考えられないような優れたエネルギー効率で敵を殲滅することの出来るそれらと拡張魔導装甲による機動力によって、華人形は現在の人類の生命線であり、最後の希望。
この世界の現状は、ざっとこんな感じ。
ちなみに華人形の先輩によると、華人形は世界の魔力から構成される都合上他の生物の記憶が混在することがあるらしい。
その話だとこことは全く違う世界……魔力なんてもののない地球という星の西暦という暦の上で生きていた男である
とにかくこの世界の人類は悪魔のような生物と生存競争の真っ最中。
土地の魔力を糧に生まれる華人形にしても、土地そのものを自身の体液で汚染してしまう
けれど
何せ
しかもこれでも
思っていたんですけどね。
どうやら
「だれか、だれか、たすけて……」
「治癒魔法持ちはいないのか! さっさと治癒しないと手遅れになるだろ!」
「いるにはいるが足りてねぇんだよ! くそっ、そんな傷治せるわけねぇだろ奥に運べ!」
「いでぇ、いでぇよ、いてぇいてぇいてぇ!」
「……ぁ、……ぅ、……ず」
野戦病院というのも烏滸がましい簡易テントの中は、腐った肉を無理やり押し込めた箱みたいな臭いだった。
華人形の到着で
人類は攻めてくる
物資も兵士も何もかも不足、不足、不足。かと言って人間の価値が高まることなんてなく、特攻同然に
「はーいどうもみんなこんにちは! 華人形隊所属のコードネーム、《
そんな地獄に、
帰ってくるのは呆然とした顔か、侮蔑の瞳。元気付けてあげようってのにこれは無いよ。そもそも好きでやってるんじゃなくて、このキャラも上からの命令でやってるのに。
人類の希望たる華人形のお仕事には、兵士の皆様の戦意高揚も含まれている。
「……《
「そうそう多分そのですよ。それじゃ、仕事を始めていくんで怪我人のところに案内していってくださいね」
「すいません。……既に、ここがそれです」
気まずそうに目を逸らす兵士の視線の先には、両足がちぎれてるのに止血だけされて寝転がされている青年がいた。
毎度の事ながら、こんな酷い怪我どんな状況で負って、どうやってここまで運んで来たのやら。
「病床どころか消毒液すら足りないのが現状で。もはや医師と治癒魔法使いだけでは……」
「ん、気にしないでいいですよ。それじゃ、片っ端から治していきますから」
「片っ端、から……?」
首を傾げる兵士を他所に、
そのイメージは段々と、まるで噴火直前の火山のようになり、遂には耐えきれなくなった何かが全身の血管を焼き尽くしながら駆け抜ける、そんな激痛。
正直毎回これをやるのはしんどい。
けれど、これが俺の仕事であり、その為にはこのイメージは必須なのだ。
「終わりましたよ」
「終わったって……まさか、彼はもう……」
「縁起でもない。よく見てくださいよ」
初めて見るのならば、そりゃあ信じられないだろうけど。
この世界には魔法がある。
火を出したり、傷を癒したり、そう言ったことに利用こそできるが万能ではない。火炎魔法の掃射はそこそこ強いが、それこそ火炎瓶でも似たようなことはできるし、治癒魔法だって擦り傷を塞いだり酷い傷だと化膿や腐敗を防いだり、治癒を促進するくらいしかできない。
だからこそ、俺の異能である《
「……あれ、俺の足……え、ちぎれて……?」
先程まで意識すらあやふやだった青年は、本来なら既にちぎれて戦場の塵になっていたはずの足で立ち上がり、何度か跳ねて、それでも現実への理解が追いつかずに固まってしまっている。
「こ、これが華人形……噂に聞いてはいたが、これは……」
「褒められるのは嬉しいですが、仕事なんですよね。手遅れになる前に他の方の治療も済ませていきましょう」
そうして俺は、いつも通り何人も怪我人を治療していく。
華人形としての俺の異能は、治癒の力。たとえ手足が失われていたりしようともそれを治すことだって出来るし、致命傷だって生きているのなら状況によるがひっくり返す。
一度その技を見せてしまえば、もう疑うものはいなくなる。
それくらいにこの異能の力はこの世界の基準では『奇跡』に近い技だった。
信頼さえ得られたのならあとは流れ作業。
転がされている怪我人たちに片っ端から触っていき、治していく。
異能の発動の度に発せられる激痛を除けば、この時間だけは勤務時間の中で比較的マシな時間だ。何せ目の前で人の怪我が治ると、自分の価値というものが実感できる。
だいたい衛生観念もへったくれもないこんな場所に転がされているので、治しても直ぐに反応してお礼とか言ってくれる訳では無いけれど、確かに命を救えたという喜びがある。
だからこそ、
「……どうしました?」
「この人、もう手遅れです」
「えっ……いや、待ってください。せめてその御手で触れてから……」
「異能も無限ではありません。そして、こうしてる間にも別の方が手遅れになるかもしれません」
「……そう、ですか」
結構キツいことを言ったはずなのに、手伝いをしてくれている兵士は文句も言わずに納得してくれる。
ただ先程まで
思わず漏れだしそうになる溜息を抑えながら、作業を続けて……。
「すいません! 華人形がここにいるって聞いて……コイツを、コイツを助けてやってください! 死にそうなんです!」
続けていこうとした時、野戦病院にそんな叫び声が木霊した。
声はまだ若く、戦場に立つ人間のものとは思えない青さのあるもの。そんな若者がこんな最前線にいることと、これから始まる面倒事を察して
「コイツ、俺を庇って、それで、それで……」
暗に無視していいと言うように、俺を隠すように前に出る兵士さんを押し退け、俺は叫び続ける若者の近くに寄る。
「っ、貴方が華人形……? お願いです! コイツを……」
「すいません。その人は手遅れです」
「…………え?」
「出血が多すぎるし、欠損が大き過ぎます。私の治癒は失ったものをそのまま補ってくれる訳ではありません。欠損を治すには相応に本人の体力が必要です」
「で、でも……」
「介錯が無理なら、
突き放すように、淡々と。
モノでも扱うようにそう告げながら、俺は懐から護身用の銃を取り出して若者に見せ付ける。
これくらいキツく当たらないと、取り付く島があると思って諦めてくれないことが何度もあった。だからって、この言い方は自分でも無いとは思うけど。
「…………わかり、ました。お時間を取らせてしまい、申し訳、ありません」
こんな酷い言い方に、青年は声を震わせながらであるが何とか自分を納得させ、既に呼吸の止まりかけた友人の体を安置所へと運んでいく。
触りもしないで何がわかるんだよとか、如何に彼が良い人間であったかとか。
そんな言葉を並べて激昂してくれた方が、幾らか気分が楽なものなのだが。
本日の仕事を終えた頃には、既に朝日が昇りかけて空が明るくなり始めていた。
今日は何人助けたのか、今日は何人見殺しにしたのか。
既に魔力がすっからかん。体に残ってるのは倦怠感と激痛くらいのもの。すぐにでも
「どうしたんですか、ネム。
「ここは戦場よ。戦場での華人形は識別コードで呼び合う規則。アタシのことは《
彼女の個体名はネム・アーカイブ。
華人形の一人で
エリートなだけあって、彼女も長い戦闘からの帰りのはずなのに宝石のような輝きの青い髪や、戦闘装束には一切汚れが無い。
先程までずっと忙しなく働き続け、死体の処理とかも手伝ったせいで全身汚れまみれの
不機嫌そうなままこちらへと歩み寄ってくるだけで、果実を思わせる爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、同時に汗と硝煙の臭いが自分に染み付いていることが少し恥ずかしくなった。
「聞いたわよ。アンタ、助けを求める人間を見殺しにしたそうね」
「そんな酷言い方しないでくださいよ。
パチン、という甲高い音と、頬に走った痛みが
「サイアク。ただでさえアンタは敵を殺せない華人形の落ちこぼれなのに、自分の仕事も満足に出来ないとか。アタシ達華人形全体の評判が下がるんだけど。向いてないんだから、さっさと消えてくれない?」
「……消えれるもんなら、消えてますよ」
ネムの言うことは全くその通りで、華人形でありながら殲滅系の異能を持たず、かと言って奇跡と呼べるほどの力では無い
「何いっちょ前に悩んだみたいな顔してるのよ。アンタは悩んでるんじゃなくてビビってるのよ。戦場で前に出ることも、戦場から去ることも。怯えて決断できてないだけのくせに、被害者ですって顔されるのが一番ムカつくの」
「さすが、部下のことはよく見ていますね」
「皮肉だけは一人前ね。……私達、同い年でしょう。なんで敬語使ってんのよ、気持ち悪い。そういうの、大嫌いなの」
それだけ言い残して立ち去っていくネムとのやり取りは、もう何度目か。頬だって何度叩かれたか覚えていない。昔は仲良しだったんだけどなぁ。
しかしネムの言うことは的を得ている発言だった。
華人形の価値とは、どれだけ多くの敵を殺すことが出来るかだ。その点で言えば、人の怪我を癒すことしか出来ない
幾ら
幾ら武装を上手く扱えても、華人形にとって最大の武器である異能が敵を殺すのに役に立たなければ何の意味も無い。
「……ネム、力強くなったなぁ」
訓練兵時代、ネムに力で負けたことは無かった。
むしろ同世代でも一番貧弱だった彼女の張り手がこんなに痛く感じるなんて、あの頃は思ってもいなかった。
気分的にはもう膝から崩れ落ちて泣き出してしまいたい。
でもそんなことしても何も解決しないし、何より今更泣き喚けるほど血の通ったフリは出来はしない。
西国歴113年。
明日のことなんて考えることも出来ず、今の痛みに苦しみ続ける人々の時代。
こんな記録を、「思えばあの頃は平和だった」と思い返すことになるなんて、冗談でも思いたくはなかった。
それでもこの記録を、
◆
掌にはもう熱は残っていない。
それなりに力を込めて叩いたと言うのに、全く痛まない己の掌を見つめて、ネム・アーカイブはなんとなく鉄を思い浮かべた。
冷たくて、硬くて、血の匂いばかりする鈍色の非生物。
今の自分とそれは、相違点より共通点の方が多いのかもしれない。
昔はこんなんじゃなかったのになぁ、と。ネムは自分の掌を他人の物のように見つめていた。
『いやぁ、俺ってかなり美少女だよなぁ。ネムもそう思わない?』
いつだってリリィは私の前にいてくれた。
『皿を割ったくらいでそんな落ち込むなって。ルリさんも手伝おうとしてくれたことくらいわかってるし、俺の次に可愛いネムが謝ったら、ルリさん顔デレデレにして許してくれるから』
私はリリィがいたから前を向けた。
臆病で、自信がなくて、不器用な私をいつもリリィは手を引いて、進むべき道を示してくれていたのに。
『……あー。ネム、さんって呼んだ方がいいんですかね。いや、《
なのに、なんで。
なんで私なんかに敬語を使うの。
なんで昔みたいに、男の子みたいな口調を使うのを辞めたの。
なんで、貴方が私の後ろに立っているの。
何をやっても一番だったのはリリィだった。
姉さん達の手伝いも、かけっこやかくれんぼも、戦闘訓練もテストの成績も、どんな時も一番だったのに。
そんな貴方がいたからこそ、私は頑張れてきたのに。
なんで、それを捨てしまったの?
なんで、あんなくだらないもの何かのために捨ててしまったの?
「……大嫌い」
いつの間にか口癖になってしまった、好きでも無い言葉を呟いて。
叩かれた頬を抑えて苦しむわけでも、悲しむわけでもなく、誰かに謝るような表情を浮かべるリリィの姿を、ネムは彼女が立ち去るまで遠くから見つめ続けていた。
『リリィ・ファムルーナ』
主人公。百合の花を咲かせられないTS妖精さん。前世は平和とは少し縁遠い国で傭兵をしていたらしい。傷を癒す異能を持つ。
『華人形』
妖精さん。拡張魔導装甲を乗りこなして
『悪獣』
人類を追い詰めているバケモノ。とても強い。
『ネム・アーカイブ』
リリィの幼なじみ。リリィのことが大好きだった。