ロッテが何を言っているのか、
人類も何もかも見捨てて、一緒に逃げる?
そんなことをロッテが言い出すなんてことが信じられない。己の耳がおかしくなったんじゃないかって考える方がまだ現実的だ。
ロッテは演技でしか上手く人と接することが出来ない
この前だって、あんなに楽しそうにポーカーをやっていたじゃないか。
「冗談……」
「リリィの知ってるアタシはこんなにつまらない冗談を言う女だった?」
「少なくとも、言うことが面白くない女ではあったわよ」
動揺して言葉に詰まる
「聞き直すわよ。冗談よね?」
「そんな銃が脅しになると思ってるの? アタシは《
「言い方を変えてあげるわ。まだこんなチンケな銃程度の脅しの間に、冗談だって言った方がいいわよ」
肌に刺すような痛みが発せられ、ネムが異能を起動しようとしていることに気付く。
ネムの異能───
指定した座標にかつて起きた『現象』だけを再現する。かつてそこで誰かが剣を振ったのならば空間に斬撃だけが現れるし、そこに爆発が起きていれば爆発が起きる。
彼女が本気でその能力を行使すれば、限定的であるが
だがロッテの
二人がここで戦闘を始めれば相当な被害が街に出る。
「二人とも落ち着け! ……まずは、ロッテの話を聞こう。銃を向けるのは、それからでいい」
「……じゃあ聞いてあげようかしら。そんな馬鹿で大胆な自殺が、どういう思考回路で叩き出されたのか」
それはロッテもおなじであり、わかっているようであったが、彼女の方は肩の力を抜き柵に寄りかかった。
「今日、楽しかったよね。アタシは楽しかったよ。昔みたいにみんなで遊べてさ。リリィとネムが話してるの見るだけでも、なんか楽しかったし、ルリさんのこともなんとなーく思い出せてさ」
そこから一体何を語り出すのか、どうして逃げるなんてことを言い出したのかの理由が語られる。
……そう思い身構えるも、いつまで経ってもロッテはその続きを語ろうとはしない。
「早く続き、話しなさいよ」
「ん? もう理由は話し終わったけど?」
「は? 何言って……」
「今日が楽しかった。世界を滅ぼす理由にそれ以上のものなんて必要?」
理解ができないと言うよりは、納得が出来ない。
今日一日共に過ごして、ロッテはロッテであるという確信が
拡張症候群による人格汚染は真っ先に考えたが、それを選択肢に入れるには今日のロッテは普段通り過ぎた。
他の者ならまだしも、ネムと
「もっと分かりやすく言うならさ、もうこんな楽しい今日が二度と来ないから、かなぁ。だってアタシ、この後死ぬんだよ」
「…………」
「顔も名前も知らない誰かの為に、アタシは死ぬ。アタシが死んだ後に生きているのは、アタシが知らない誰か」
まぁそれはいいんだけどね、と。
ロッテは懐から写真を取りだして、それを指先で撫でた。
同時に、表情から笑みが消える。
「死んじゃったんだ」
「誰がよ」
「リリィなら知ってるでしょ。一緒にポーカーした人達。みんな死んじゃったの。この前戦線が突破された時に、時間を稼ぐ為に特攻したんだって」
そう言いながらロッテがこちらに向けた写真には、もう何処にもいない彼らと楽しそうに肩を組んで笑っているロッテの姿が映されていた。
「みんなそう。アタシ達はいつだって誰かの為に戦っている。それはいいの。華人形の本能だし、誰かの為に戦うことはアタシだって望んだことだ。───でもさ」
華人形は誰かの苦しみを許容できない。
誰かの死や絶望を自分の事のように感じ取り、そうさせない為に戦う心優しい妖精。
じゃあ、
「アタシが本当に守りたいのって、自分が好きな人や大切な仲間達だけなのに。そういうものからなくなって、顔も知らない誰かの為に死ぬのなんて、別に全然楽しくないじゃん」
それは、華人形として根本的に間違っている言葉。
華人形は、人を守る為に存在している。そこに優先順位はあったとしても、人を守るという根本的な存在理由を放棄してまでの思考は有り得ない。
華人形はそういう存在だから、それを間違っているとか悲しい運命だとかそういう話ですらない大前提。そのはずなのに。
「
「……頭から否定してくるんだ」
「そういう訳じゃない、けれど。少なくともルリさんならそういうことは言わない」
「アタシはルリ姉じゃないけれど?」
間違っているとか断言することが出来ない。
説得するための言葉が不思議と出てこない。ただ笑顔を浮かべるだけのロッテの、本当の表情がどうしても見えてこない。
「それでも、
「……」
「だから、
「アタシはそんなこと言ってないよ」
「え?」
言葉を遮り、ロッテがこちらへと歩み寄ってくる。
向けられた銃口なんて気にすることも無く、そしてネムもその引き金を引くことが出来ず、ロッテの歩みを誰求めることが出来なかった。
「アタシは、アタシが死んだ後にその屍の上に作るのに恥じない未来を作って欲しいなんて、言わない」
「ロッテ……?」
「人が死ぬ時のセリフはね、『俺達の屍の上に未来を築いてくれ』なんて高尚なものじゃない。──────死にたくない、だよ。誰だって死にたくない、痛いのも苦しいのも嫌に決まってる! それでも彼らは死ぬしか無かった! それでも、死ぬしか無かったとしても、せめてこんな苦しい思いを大切な人にして欲しくないから戦ったんだ! そうするしかなかった犠牲に、適当なラベル貼っつけて自分が戦う理由にするなよ、リリィ!」
カツン、と銃が地面に落ちる音がした。
ロッテが怒っているところなんて、
「嫌いだよ、アンタのそういうところ大っ嫌い! アタシが死んだ後も、そうやってアタシの死に適当な理由つけて、自分が命を賭ける理由にするつもりなんでしょ!?」
「ち、違う! そういう意味で言ったんじゃない! 戦い続ければ、いつかは……」
「そのいつかにアタシはいない! アタシが守りたい人もいない! ……ねぇ、リリィ。あんたがアタシ達に教えてくれたんだよ」
動悸が激しい。
呼吸が上手くできない。
目を背けたくて仕方がない。
それを言われたら、
華人形として生まれて、大切な人達に囲まれて育って。
何があっても彼女たちを守ると。皆を守って、たとえ死んだとしてもそれを誇りにして死ぬ事ができると、喜んだのだから。
「アタシは、大切な人達が生きてくれるなら他の奴らなんてどうでもいい。リリィとネムに、生きて欲しいんだよ。逃げ場なんてなくたって、生きていれば、もしかしたら何かあるかもしれない。少なくとも、夢を見続けられる。でも死んじゃったら、終わりなんだよ……」
それは、かつて
ネムと人間の女の子の命を天秤にかけた時、そこに最後にあったのは合理的な理由なんかじゃなかった。
ネムに生きて欲しい。
ネムの友人なんかよりも、ネム本人に生きて欲しい。
それが
そして今も、
何も反論なんて出来ない。
ロッテが泣いているのも、怒っているのも、苦しいのも、全部
幼い日から語っていた夢が、今の彼女の全てを苦しめている。
「アタシ達は今も、あの頃みたいに変わらず居られた。でも、夢だけはそうじゃない。結局あの頃見ていた、全部守れるなんて理想だけは、夢幻だったんだ」
「……違う!」
「何が違うんだよ、ネム!」
銃を拾い上げ、ネムはロッテを否定するかのように叫んだ。
「それはロッテが勝手に絶望しているだけ。あの日、私達が夢見た理想は、いつかきっと、形にできる」
「そのいつかはいつ来るの? アタシ達が死んだ後かなぁ? それで満足だってんなら、アタシはあんたとは気が合わないよ!」
「私が創る!」
予想外の返答だったのだろう。
捲し立てるようなロッテの怒声は止まり、世界の終わりかのような静寂が空間を支配した。
その静寂の中で、ネムはロッテから目を逸らさずに宣言する。
「私が創る。私にはその責任があるから、私が何もかもを守って、救って、こんな時代をここで終わらせる」
「……じゃあアタシは死ぬよ。何もなせずに死ぬ。最後まで死にたくないって言って死ぬ。アタシの死なんてどうでもいいから、二人にだけは生きて欲しいと思いながら死ぬ。そのあと適当なラベルを貼られて戦い続ける理由にされようとも文句も言うこと出来ずに死ぬ。そうやって、この世界から消えるよ」
「……」
「いい加減にしてよ。あんたくらいだよ、まだあの頃のリリィの夢を見てるのは」
「───違、う。私は、これは私が!」
日が沈み、時間は夜になる。
世界が切り替わるように、いつの間にかロッテの顔には笑みが貼り付けられていた。
「はーい、冗談冗談! いやぁ二人ともマジになるもんだからキリどころが分からなくてさぁ。ごめんね? でも最後に、腹を割って話せてよかったよ」
本当に、さっきまでのは黄昏時の夢幻であったかのように、ロッテは平然としていた。けれど胸に走る痛みは、確かにそれは現実であったと告げている。
「それじゃ帰ろうか。迎えの人たちもそろそろ心配してるはずだし。あぁそれと──────気が変わったら言ってね。二人だけでも絶対逃がすから」
去っていくロッテの背中を追いかけることも出来ず、
だって、これは
「ごめんね、リリィ」
昔みたいに、ネムが
「やっぱり私、貴方みたいに強くなれない」
幼い日に語った夢。
私には出来ないと、それでも強く憧れた。
貴方なら出来ると、本気で信じていた。
けれどあの頃から、
その夢を叶える為には何もかもが足りていない。未だに夢は夢のまま、現実の中で藻掻き続けている。
そうしていつか夢は呪いに成り果てた。
それを断ち切ることが出来るのは、最初にその夢を見てしまった
──────もう引き返すことは出来ない。
たとえ誰もそれを望まなくとも、
リリィは
-
ロッテの願いを叶えるべき
-
ネムの願いを支えるべき
-
自分がやるべきことを果たすべき