ポイント9奪還作戦の開始まで、二ヶ月。
あれからロッテともネムとも合っていない。二人とも調整や他の防衛作戦だってあるし、何よりお互い会いたいとも思えない。
レガンの持ってきた『新兵器』の試験運用に朝から晩まで付きっきり。加えてこの『新兵器』が予想以上のじゃじゃ馬。
一発試しに撃ってみたら、自分が
比較的、拡張魔導装甲への耐性が高い
現在は性能の代わりにデメリットを極力減らしているらしいが、出来るなら最初からそうして欲しかった。こちとら危うく試験運用で死にかけたのだから。
「どうだ調子は?」
「ぼちぼち。制御術式での負担も減ってるし、本当に間に合うかもね」
「間に合わなきゃ作戦の成功率は20%だ。気合い入れろよ」
「間に合ったら?」
「25%」
変わんねぇだろ、という言葉はレガンから受け取った水と一緒に、喉の奥に流し込む。
結局、
ロッテの願いも、ネムの言葉も、自身の理想すらからも目を瞑って。
「25%の作戦に、華人形の散華を使うなんてな。イカれたのか?」
「25%の賭けに勝てば、将来人類が生き延びる確率が1%増える。それに、この作戦の提案者はロッテ・アダマスとそのオペレーターだよ」
元々ロッテは拡張症候群の進行は味方への攻撃未遂、命令無視、作戦中の行動不能などの不安要素が最近増えていたらしい。
そんなこと知らなかった。知らされていなかった。ロッテは、一言も
そうして、ロッテのオペレーターは彼女の望みを叶える為にこの作戦を立てた。
ロッテ・アダマスが彼女でいられるうちに、その死を最も効率的に使える作戦。
それこそがポイント9奪還作戦。
「嘘ばっかだ」
「これは嘘じゃねぇよ」
「お前じゃねぇよ。ロッテの話」
死にたくないというのも、
そんな彼女に対して、
自分がやるべきことはわかっていても、それが正解だという確証がない。
正解を選べるような人間は、前世の最後に背後から仲間に頭を撃ち抜かれたりはしないのだ。
「レガン。人類って滅んでいいと思うか?」
「ダメに決まってんだろ何言ってんだ?」
「だよなぁ」
それは良くないことだってわかっている。
でも、今の戦況から考えてどれだけ頑張っても、
最後はロッテと同じように散華と言う名の自爆だろうか?
ネムだったら、きっと最後の瞬間まで
大切な人を守りたいのが戦う理由ならば、確かにこれ以上戦う理由なんてない。
ロッテの言う通りネムと一緒に何処かに逃げてしまえばいい。拡張魔導装甲には逃亡、反逆防止用の機能が何重にも仕込まれてはいるが、それの対処法を思いついているからこそロッテだってあんなことを言ったはずだ。
前世から傭兵をやっていたが、戦いそのものが楽しかった瞬間なんて、残念ながら一度だってなかったしね。
……それでも、やっぱり無しなんだよな。
「やっぱり、見捨てるのは気分が悪いし、なんか悪いことしてる気がする」
「1度見捨てたやつの言うことは違うな」
「……性格悪いなお前。その通りだけど」
「悪いんじゃねぇ、アンタが嫌いなんだよ。それで、今度は何を見捨てることにしたんだ?」
次の作戦で
そもそもがロッテの犠牲を前提にした作戦。
まず先行させたロッテとネムが特異個体を撃破し、ロッテの散華までネムが防衛。
散華後、予測される効果を元に展開していた部隊で
極めてシンプルで、だからこそ入り込む余地がない。
この作戦はそもそもロッテが死ぬ事がスタートライン。
何をするにしても、もう何もかも手遅れだった。
何かをするならば、ロッテの拡張症候群が侵攻する前にやるべきだったんだ。或いはこの作戦が立案される前。
時間は巻き戻らず、何もかも手遅れ。
だから出来ることだって限られてくる。
「レガン、お願いがあるんだけど」
「俺が聞くと思うか?」
「まぁ聞けって」
レガンのことは好きでは無いが、
聡明で、物事を冷静に見ることが出来て、自分の感情を抑えることも、感情のままに動くことも出来る。
レガンの持つ
「次の作戦で
ロッテの為にこの作戦は絶対に成功させる。
ネムの為にこの作戦は絶対に成功させる。
そして、その為に
もうここにしか選択肢はなく、これでしか成すことは出来ない。
「はぁ……貴重な華人形を使い潰せと?」
「試験運用中の『新兵器』のデータ。これが完成すれば、拡張魔導装甲の最低運用ラインの魔力が下がり現在適正者なしで凍結中の拡張魔導装甲が使えるようになるし、強力な異能じゃなくても十分戦えるようになる」
その分寿命を削るような戦い方になる可能性が高いが、そこは口を噤む。
「……実戦で使う予定はあるが、だがなぁ」
「十分なデータが取れるだけ踏ん張るさ。どうせ
ポイント9奪還計画が成功すれば、人類は
新兵器が完成すれば、よりその勝率は増してこれから先ネムが
そして
「そしてアンタは、一人満足してくたばれるってか?」
「あぁ、そうだよ。……そうだよ」
「じゃあお断りだ。自殺なんかに華人形の命を使えるか」
「自殺じゃねぇよ。命を使うことなんて、お前らだって誰だって、この世界じゃ当たり前のことだろ!」
故郷から1cmでも遠のかせる為に死んだ兵士がいた。
この生存競争を生き残る為に、誰だって自分の命をチップにしてきたんだ。
最強と言われていた華人形であるルリさんだって、己の命の使い道を決めて、しっかりと使い切ったんだ。
「
頭に血が上り、気が付けばレガンの胸ぐらを掴んで叫んでいた。
こいつの言葉を今否定しなければ、今まで犠牲になってきた人の死が、自殺だなんて言葉で貶められるような気がしたから。
「死ぬつもりで戦うようなバカに、死ぬだけの楽な仕事なんて与えねぇって言ってんだよ。バカが」
「っ、何が、言いてぇんだよ」
けれど、冷静になったあたまで考えてみれば、この怒りの理由がそんなものでは無いということに気づいてしまう。
これが怒りということすら烏滸がましい、独りよがりな苛立ちでしかないということに。
「命を懸けたヤツらは、死ぬ気だったけど死ぬつもりなんてなかっただろうよ。でもアンタは死にたいだけだ。死にさえすれば、何かやりきった気分になれるから。だからアンタは死ぬかもしれないってなったら、きっと
そんなことわかってんだよ。
じゃあ、なんだ?
このまま大して役にも立てず、ちまちま微妙な成果を上げつつ仲間が死んでいくのを後ろで眺めていろって言うのかよ。
確かに
「大抵の人間の死に意味なんてねぇよ。結果的に意味がつくだけでな。アンタは自分が華人形だからって、死に特別な意味が付けられると無意識に思ってんだよ。今じゃ落ちこぼれの役立たずのくせに、どこかで自分は他の奴らとは違う特別な存在だって思ってる」
「思えるわけ、無いだろ! こんな誰も救えないやつが───」
その言葉を口にした瞬間、レガンの口端が釣り上がる。
弱い所を見つけたと言わんばかりに、
「普通のやつは、誰も救えないんだよ」
「そう言うことを言ってるんじゃ……」
「人並み以上になんでも出来て、天才と持て囃された軍人でも、唯一の家族である娘が
「おいテメェ。
胸倉を掴む手に力が籠ってしまう。
華人形の身体能力を以てすれば、人間の成人男性を一人殺すことは容易い。
「ったく、これだから冗談の通じないガキは。でもわかっただろ。アンタは自分のことを卑下しながら、特別だと思っている。だから現実と理想が噛み合わなくて苦しんでるだけだ。お前以外は、みんな折り合いつけてるんだよ」
そりゃあ、命を懸けるだけで何かを成せるならば。
みんなが命を賭けて
そして現実がそうでは無いことなんてわかっている。
「それでも、
「……まだわかんねぇのか?」
「わかってるんだよ。だから、やる。必要なデータを言え。全部取ってくる。死んでもデータだけは回収するし、作戦途中で死んだりもしない」
「口で言うのは簡単だな。だが、実際に出来るかは別だろ」
「出来るなら、いいんだな?」
「……確証を持てるだけのデータが、あるならな」
それでもだ。
現実がそうじゃないから、夢というものは綺麗だった。だからみんな憧れて、みんなを憧れさせてしまった。
ならば
どんな無茶をしても、無理をしてでも、一瞬だけでもこの体に色彩を宿せならば。
ようやく
◆
「マジかよ……」
7度目の『新兵器』試験運用。
レガンが予定が合わず参加出来ないそ
結果を見て、レガンはそんな声を漏らしてしまった。
リリィが何かを試すと言っていた今回、終了時の彼女の拡張症候群の影響が、新兵器の方の改良を考えても明らかに
リリィの拡張症候群───機械との境界喪失、それに伴う同化は目に見える形で症状が現れる稀有な例。だからこそ、彼女は新兵器の華人形への負担を測るテストパイロットとして最適であった。
そして見えてしまうからこそ、彼女が何かをしたというのが明らかであった。
今更彼女に払えるものなんてあるはずがない。
切れる札は全て切ったはずなのに、結果を出してしまった。
ルリ・テンペストを越えるかもしれないと言われてきた才媛、リリィ・ファムルーナはまだ死んでいないと言うように。
彼女は自分達ですら気づかない何かを犠牲にして、新しい手札を作り出したんだ。
「なんで、諦めねぇんだよアンタは……」
諦めてくれれば、もう許してしまっていたのに。
確かにレガンはリリィのことが嫌いだった。
殺してやりたかったし、可能な限り苦しんで欲しいとも思った。
でも、彼女の選択もその後の後悔も、何も責められないことくらいわかる程度には、レガンは冷静に物事を見れてしまう男だった。
己の感情すら無視した平等で冷徹な視点。
そこから何もかも見下ろせるからこそ、レガンはリリィを許すことは出来なかった。
リリィ・ファムルーナは己を許していない。
誰も彼女を責めてなんか居ない。この世界の不条理を背負わせてなんかいないのに、全てを背負って血反吐を吐きながら戦えてしまう、強い華人形が彼女だ。
娘を殺したアンタが。
この世界で、俺よりも娘の死を背負ってくれている。
誰にも責められてなんかいないのに、アンタが己を許さなかったら、それこそ死んだってきっとアンタは救われない。
だからせめて俺だけはアンタを憎み続ける。
憎んで、憎んで憎んで憎んで。アンタが死んだ時にざまぁみろと笑って、そして許してやるから。
地獄にだって一緒に行ってやる。
それでもまだ己を許せないなら、死んだ後でも憎んでやるから。
だから、もう。
「いいかげん、現実を見やがれよ。リリィ」
それでもあの華人形は、その名が示すように美しく咲き誇ろうとした。
花弁の下で悲鳴をあげる根や茎の、何もかもを犠牲にして。