TS妖精さんは百合の華を咲かせられない   作:ちぇんそー娘

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12.百合は諦観を引き裂き

 

 

 

 

 華人形の名前は、先輩である華人形が付けることになっている。

 

「この子はロッテがいいんじゃないかな」

「それどういう意味?」

「前に読んだお話の登場人物から取ったの。あんまりハッピーなお話じゃなかったけど、美しく育って欲しいって意味でね」

「私はカラスがいいと思うよ。ほら、この髪の色とか……」

「カラスは可愛くないかな……」

 

 

 生まれた時から、彼女達は誰かのために戦って死ぬ運命が決まっている。

 苦しみに満ちた生。それでも、彼女達はここに生まれ落ちることを選択した。その選択に応えるように、華人形達は祈りを込める。

 

 

「ネム。なんかねむねむしてそうだもん」

「ちょっとわかる。なんかずっとウトウトしてるもんね」

「この子はネム一択だわ」

 

 

 自分達と出会うことを選んでくれた後輩に、せめてもの祝福を残す為に。

 

 

 

「この子は──────リリィなんてどうかな。お揃いの髪色だし、ルリとリリィで、姉妹みたいじゃない?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ! 

 

 脳を引き裂く破壊の衝動に意識が奪われる。

 

 自分は誰だ? 知るかそんなこと。

 

 今は何時でここは何処だ? そんなことも知ったことでは無い。

 

 自分は生きている。生きていることは、何かを壊すことだ。

 そうとしか思えない。そうとしか感じられない。そうでしか、自分の存在を知覚できない。

 

 殴って殴って、また殴る。

 石が砕けて、鋼が砕けて、皮が裂けて、血が滴って。そんな何もかもが気持ちいい。

 

 壊れてる、壊してる。その何もかもが愛おしい。

 そうだ、あと少しだ。あと少しで何もかも壊して、そして私の何もかも──────。

 

 

 

「───ロッテ! 応答して、ロッテ!」

「……え、あれ、わたし……?」

 

 ふと、オペレーターの声でロッテは現実に引き戻される。

 

 同時に鼻腔を刺激する血の臭い。

 血塗れの自らの手を見て、脳に走る恐怖と後悔のままに彼女は己の首を引き裂こうとした。

 

「落ち着いて。全部貴方の血です。手の皮が裂けて、そこから流れた血です」

「エーナ、ほんとうに、私、誰も?」

「ええ。周期も安定しています。何も心配しないでください」

 

 強化ガラス越しにロッテを宥める彼女のオペレーター、カドラエーナの声を聞き、ロッテは一度平静を取り戻す。

 

 既にロッテは自身の拡張症候群を、制御できなくなりつつあった。

 

 自他ともに向けられる破壊衝動。

 部屋のあちこちにはぐちゃぐちゃにひしゃげた鋼鉄製の人形が転がっている。手が血まみれになるまであれを殴っていたなんて、自分でも信じられない。

 

「治療を行う為に部屋に入りますが、大丈夫ですか?」

「……怖いけど。お願いするよ」

「傷の早期治療のために《聖娼(ファムルーナ)》を呼ぶという手も……」

「それは、いいかな」

「そうですか」

 

 治療を受けながら、ロッテはぼんやりとリリィとネムのことを考える。

 

 予想通りではあったが、二人とも話には乗ってくれなかった。

 まぁ、逃げたところで最後に自分の死に方を選べるくらいで魅力がない選択肢だとは思う。それでも、ロッテは二人に死に方を選べるくらいの自由は与えたかった。

 

「お二人が納得してくれなかったこと、やはり悲しいのですか?」

「悲しくないよ。ただ、寂しいだけ」

「違うのですか?」

「うん。むしろ嬉しいよ。寂しいけれどさ」

 

 ネムもリリィも、自分とは違う。

 

 勇敢で、無謀で、眩しくて、狂っている。

 そんな特別な存在になりたかったけれど、なれなかった。

 

 大嫌いで妬ましい。けれどそれと同じくらい大好きな家族だ。

 

 拡張症候群の症状が進行してから、ロッテは日に日に自分が自分じゃなくなっているのを感じていた。

 

 花や蝶、慈しむべき人の営みをふと壊したくなる。

 いつも自分に寄り添ってくれる、自分よりも年下の小さなオペレーターを縊り殺したくなる。大切に思う家族の脳漿をぶちまけて、それで絵でも描いてみたいなどと妄想する。

 

 自分ではない、けれど確かに自分である思考。

 

 そんなものに日夜思考を犯されながら、周りでは自分を如何に効率よく殺すかの作戦が展開されている。

 

 はっきりいってイカれてしまいそうだった。

 拡張症候群のこともあり、専用の部屋に閉じ込められて、死刑執行の日を待つ囚人みたい。

 

 狂ってしまいたい、逃げ出してしまいたい、早く楽になりたい。

 

 でもそれ以上に、こんな思いをあの二人にさせたくない。

 

「ロッテ。辛かったらいつでも言ってください。私は、貴方がやれと言えばなんでもやります」

「エーナ、私は大丈夫だから、気にしないで」

 

 ロッテのオペレーター、カドラエーナは先代のロッテのオペレーターからその役割を、14歳の若さで引き継いだ天才だった。

 

 軍人であった両親は既に悪獣(マリス)に殺され、幼い頃に悪獣(マリス)の侵攻で故郷を失って殺されかけた所を華人形に救われた。

 

 助けたのはロッテ本人ではない。

 それでも、同じ華人形だという理由だけでカドラエーナはロッテを、彼女の役割の領分を越えて助けようとする。

 

 優しい人だ。

 だからこそ、ロッテは彼女にだって死んで欲しくは無い。

 

「……意思なんて問わずとも、無理やりにでも二人だけ逃がすことは十分可能かと私は思います」

「それはきっと無理だよ。あの二人、すごく頑固だから」

「そういう問題でしょうか」

「そういう問題なの」

 

 ネムはわがままで意地っ張りだから、きっと最後まで認めようとはしない。

 

 でもリリィが居てくれるなら安心だ。

 諦めが悪いけれど、彼女は自分達の中で一番よく現実を見ている。本当の本当に、もうどうしようも無くなったとわかってくれれば、きっと理解してくれる。

 

 

 どうにかしてそう思うしか、ロッテにはもう逃げ場はない。

 

 死んでしまえばこんな思いをすることすらなくなるのだろうか。

 

 それならば、それはきっととても──────。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、気まずくないの?」

「何がですか?」

「私と話すこと」

(わたし)に一々そんなこと気にしている余裕は無いですし、一人じゃ怖くてお風呂にも入れなかったネムとずっと一緒にお風呂に入っていたのは(わたし)なんですから、今更気まずいも何も……」

「わかった。喋るな。ぶっ飛ばすわよ。あと任務中でもないのに敬語はやめて」

 

 そういうものでもない気がするが、部隊長の命令とあればそうしておくのが懸命だろう。

 

「それで、なんの用よ。私だって忙しいんだけど」

「今日は魔導装甲の方の調整中だし、オペレーターに聞いたけど休養入れているだろ」

「ちっ、ナハトのやつ、後で殺す」

 

 多分この後割と本気でネムに殴られるであろう、ネムのオペレーターに黙祷しつつ、そんなことよりも今は優先しなければならないことがある。

 

「ネム、異能の発動のコツを教えてくれ」

「は? 知らないわよそんなの」

「そこをなんとか」

 

 華人形の異能は、魔力と呼ばれるエネルギーを消費する。

 魔力自体は人間も多少もちあわせているが、異能を持たないため兵器などのエネルギーとして利用されるのが専ら。

 

 対して華人形は異能を使う為に魔力を溜め込む体質があり、それもあって強大な異能を持つ華人形ほど大量の魔力を扱えるようになる。

 

 ネムの保有する魔力量は、歴代でも最大だったルリさんに次ぐ量だ。

 

「だいたい、異能の発動って。使用時間だけならアンタは歴代でも随一でしょうよ」

「回数や時間じゃなくて、出力のコツを聞いているんだよ」

「それなんの意味があるのよ」

 

 ネムの異能は、魔力を使用しこの世界の全てが刻まれていると言われる根源的領域に一時接続し、時空間のあれこれをどうにかして、どうこうして……最終的に『過去にその座標で起きた現象を再現する』という出力になる。

 

 強力な分、工程が複雑であり一回一回の発動でも相当の魔力を必要とする。

 

 対して(わたし)の治癒は、せいぜい人一人の怪我を治す程度の現象しか引き起こせない。時間や空間に概念的に干渉しているネムと比べればやっていることはしょうもないが、その分コスパが良い。

 

 それと言うのも、(わたし)の治癒は相手の体力に依存した治癒能力の促進と言った代物。

 瀕死の重傷は治せる可能性があっても、瀕死の人間を元気にすることが出来る訳では無い。

 

 しかしだからこそ、魔力も出力も低くても今までどうにかなってきたし、これ以外の使い道がなかった。

 

「リリィの異能の出力を上げたって、治せる怪我の範囲が広がったりするわけじゃないでしょう。教えることになんの意味があるって言うの?」

「もしかしたら、世界を救えるかもしれない」

「はっ、私にできないことをリリィが出来るわけないでしょ」

 

 ネムが片手間に倒すような敵を、(わたし)は命をかけて倒せるかどうかという現状。

 そりゃあ鼻で笑いたくもなる。それでもこれくらいしかもうできることは残されていないから、縋り付くのも仕方ないだろう。

 

「そうだな。でも、(わたし)が死んだ後で、ネムが少しでも楽を出来たなら。それは意味がある事だ」

「リリィ。あんたが死んで、誰が喜ぶのよ」

「少なくとも、(わたし)のオペレーターが喜ぶ」

「……ナハトに聞きなさい」

「え?」

「私のオペレーター。几帳面なやつだから、私のデータは全部纏めてあるはず。感覚派の私に聞くよりは、データを数値で見た方がわかることもあるでしょ」

「……いや、出力を高める感覚を知りたいから出来ればネムのその感覚を」

「うるさい! 知らないわよそんなよ! さっさと出てきなさい!」

 

 これ以上は本当に殴られそうなので、(わたし)はさっさとネムの部屋を立ち去る。

 

 出来ればネムから話を聞きたかったが、まぁ情報が得られるならこれでいいだろう。

 

 着々と、手札が揃ってきている。

 自分の命を賭けたとしても、誰にも損をさせずに済むだけの手札。それさえ揃えられれば、(わたし)の命を散らしたとて、何も問題は無い。

 

 

「ねぇ、リリィ」

「なんだ、ネム」

「死ぬだけよ。やめときなさい」

「意味がある死だ。それに、ネムがいるならきっとこの死の上に道が作られる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リリィにはもう戦って欲しくなかった。

 

 弱くて邪魔だから、きっといつか死んでしまうから。

 わかっていたから何度も彼女を戦場から遠ざけようとした。それなのに、彼女はずっと戦場に立ち続けた。

 

 もっと強く言ってやれば、行動に移せば本当はもっとやり方があったとわかっていた。それでも、それは出来なかった。

 

 

 だって、それ以上に嬉しかったんだ。

 

 

 リリィと一緒に戦えること。

 この戦場にリリィがいるということ。

 

 このままではリリィは本当に死ぬ。

 自らの命を賭けて、昔のような強くてかっこいい、みんなの憧れのリリィが戻ってくる。

 

 ……それが、ほんの少しだけ嬉しくて。

 

 

 私はまた、間違えてしまうのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 異能の出力調整と、それ専用の機体調整。

 元々、生身でしかほとんど異能を使わない(わたし)の拡張魔導装甲にそれが搭載されていないのは当然だった。なにせ搭乗者への負担はかなり増えるらしい。

 

 ロッテの不壊(アダマス)なら、一度の硬質結晶の生成量を上げることができる。ネムならば出力までの時間の短縮と範囲の広域化。

 

 (わたし)の場合ならば、治癒速度の向上が出力増加による恩恵になるようだ。

 

 

『あの、これやっていいんですかね?』

「気にしないでください。オペレーターからは許可は取っています」

 

 

 不安そうに聞いてくる通信機越しの声に、(わたし)は営業スマイルで答える。

 

 やれるもんならやってみろ、と言った感じだったが嘘は言っていない。本当に死にそうになったらちゃんとストップがかかるようになっている。

 

 作戦までに、レガンが(わたし)の命を使い潰して得られるものが大きいと判断できるほどに、『新兵器』を使いこなす。

 

 この兵器の弱点は、威力こそ魅力的だが使うとしたら華人形の方が使い捨てになる、搭乗者のことを一切考えていない親切設計。

 度重なる実験により、現在は効果もコストも廉価版が製造中らしいが、(わたし)がそれを使っても意味が無い。

 

『それでは───実験を開始します』

「了解。《聖娼(ファムルーナ)》、実験を開始します」

 

 搭載されている火器に接続するだけで、爪の先が僅かに鋼鉄に置換される。

 

 本当に最初にこれを考えたやつは馬鹿としか言いようがない。

 本当に華人形を使い捨てにでもするつもりだったのだろうか? しかし、これのおかげで今光明が見えているのも事実なのであまり強くは言えない。

 

 少なくとも、この兵器の起動実験を(わたし)以外に回していたら、そいつとレガンだけは殺していたと言えるくらいに、欠陥兵器だ。

 

「第一、第二接続完了。意識拡張率……基準値な」

 

 基準値内、と言おうとした瞬間、自分が掻き消される不快感が脳を劈く。

 

 引き金を引こうとしただけでこれとは、本当にどうしようもないじゃじゃ馬だ。

 けれど、来てくれたおかげで(わたし)も試したいことが試せる。

 

 直接拡張魔導装甲と接続している手足、及び神経接続部に意識を集中させる。

 

 イメージはそう、背骨を引き抜くかのようなイメージだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『───、《聖娼(ファムルーナ)》! 聞こえていますか!?』

「ん……あぁ、悪いちょっと、意識が飛んで、ました」

『意識が……? バイタル数値は問題はありませんでしたが、念の為検査しておきましょう』

「了解しました」

『しかし……本当に拡張症候群の進行率が、前回までの半分以下になっているなんて……これなら高出力砲の実戦使用も目処が経つでしょう』

「ぜひ(わたし)のパイロットに進言してみてください。あの方は少し過保護な面があるので」

 

 研究者達の嬉しそうな声と、送られてくる今回の数値を見て(わたし)は確かな手応えを感じた。

 これならば、レガンも納得せざるを得ない。(わたし)を使うことに、(わたし)だけを使い潰すことに確かに意味が生まれたのだから。

 

 

『しかし……《聖娼(ファムルーナ)》。一つ聞いていいですか?』

「なんでしょうか?」

『実験中、一瞬ですが全てのバイタル数値が消滅したのですが……そちらで何か違和感等はありませんでしたか?』

「……少し、鼻血が出たりはしましたね。ですが機械の不調ではないでしょうか?」

『そうですか。ではこの後はバイタルチェックと、機体の状況調査になりますので、引き続きよろしくお願いします』

 

 

 通信が切れたのを確認してから、(わたし)はコクピットを見渡した。

 

 あらゆるところが血塗れで、特に接続部は何十年も処刑に使われ続けた処刑台のように、黒鉄の黒が血錆に覆われてしまっている。

 

 どう考えても失血死する量。

 (わたし)をコクピットから出しに来た人達はこれを見たら大層驚くことだろう。

 

 だが、数値上は問題ないことがさっきまでのやり取りで確認できた。

 

 これは使える。

 いや、何がなんでも使わせる。

 

 

 

 

 

 

 ──────ポイント9奪還作戦は、この命に代えてでも成功させる。

 

 

 

 

 

 

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