『いいかリリィ。お前がやることは単純で変わらない。
作戦概要は単純明快。
使っていいものは《
それで作戦が成功するならば、命を投げ出すことすらも許可されている。
『《
「失敗したら人類の最後、ってことだろ?」
人類の命運を背負っている、という事柄に不思議と重さは感じていなかった。
元々、華人形なんてみんな自分が死んだら人類が終わるくらいの気持ちで戦っていたし、それ以上に嬉しさが勝っている。
こんな重要な引き金を握れていること。自分が今日まで生きてきたことが無駄じゃなかったのだと。
『やることも単純だ。限界高度ギリギリから急降下。落ちながら
「単純ってか、それ丸投げ……」
『仕方ねーだろ。解析する時間がねぇ以上、唯一
「そうだけどさぁ……。なんか、ねぇ?」
元々華人形という極めて個人戦力に近い代物で護られている世界だが、ここまで個人で世界を救えてしまうというのも危な過ぎる。
1人の行動で救えてしまうということは、言い換えれば1人の行動で滅ぼせてしまえるということ。
それは世界の在り方としてあまりに不確かなものだ。
数え切れない程の人々の願いが集まりできている世界が、1人の手でどうにかできてしまうなんて、上手く言えないが健全とは言えない。
『文句言いてぇ気持ちは分かる。だが素直に喜んどけよ。ずっと世界を救いたかったんだろ?』
「なぁ……お互い心が読める状況だから仕方ないんだけどさ。一々
『そこは我慢してくれ。こちとら意識が朦朧としていて、話したことなのか考えたことなのかの区別がつかなくなってきてるんだよ』
それを言ったら
それでも、感覚だけはやけに冴えている。
まるで
『一度、お前の感覚器を全部シャットアウトする。それから自由落下で目標に接近。有効射程に入った瞬間に狙撃だ。最低限の照準合わせはこちらでやるが……とりあえず俺が保つのは3秒だ』
つまりレガンは、3秒で自由落下の状態から相手の小さな核を射抜く狙撃の準備を行なえと言っているのだ。
レガン以外からの命令だったら頭に
「無茶言う度に謝らないでくれ。
『おい……俺は今心の中で思っただけで口に出してないぞ?』
「お互い様だろ」
『……無駄話は終わりだ。さぁ、行くぞ』
照れ隠しなのが心を通して伝わってくる。
それが少しおかしくて笑いそうになった次の瞬間、
時間にして数秒。
だが、永遠に思えるような落下が始まる。
あれは、ルリさんと最後に話した時のことだ。
あの時の
人を殺してしまった、ネムに拒絶された、役立たずの異能に覚醒してしまった。
色々な要因が重なって、他のことを考える余裕がなかったんだ。
「リリィ。多分、これで最後になるだろうからよく聞いてね」
ルリさんがそう言っていたことすら、
或いは忘れたかった、聞きたくなかったのかもしれない。ルリさんまでいなくなってしまうなんて、そんなこと考えたくもなかったから。
「リリィが何をしたのか、何を思っていたのか。事細かに聞く時間は無い。だからごめんね。伝えなきゃいけないことだけを伝える」
髪の色が抜けて白になり、体の至る所に痛々しい包帯が見え隠れしていたのに、ルリさんはいつもと変わらない笑みを浮かべ、俺と目線を合わせて話しかけてくれた。
「私はみんなに幸せになって欲しい。ネムやロッテにリリィはもちろん、他の姉妹のみんなや、人間達にも。でもね、1人が幸せにできる限界は、結局1人だけなんだよ」
そんなことない、と否定することも出来ずに、
思えば、ルリさんが弱音を吐いたことなんてこの1回だけだった。本当はもっと、ちゃんと聞くべきだったんだ。
「この前友達が1人死んじゃってさ。私を庇ったんだ。痛くて苦しかったろうに、何故かその子の死に顔は幸せそうなものだったんだよ。……満足、したんだろうね。自分の命の使い方に」
死ぬということの苦しさは
死は恐ろしいものだ。
不可逆の自己の喪失。身体機能の喪失に伴う危険信号が苦しみを産み、それでも避けられないからこそ全身は悲鳴を上げながら意識が消えていく。
だからこそ、その人は幸せだったと言えると思った。
死の瞬間に、安らかな顔を浮かべられるのはとても幸せな事だと。
「でも、私は悲しかったよ」
けれどルリさんは、首を縦に振らなかった。
「私は悲しかった。行きたい場所、食べたい物、将来の夢。それを語ってくれた友達が、夢を叶えられなくてもそれを『幸せだった』と名付けて目を閉じることが」
それは理想だ。
綺麗なだけで、眩しいだけで届かない星のような理想。
あの時の
ルリさんは次の戦闘で死ぬ。それがわかってるからこんな話をしている。でもなんで、そんな届かない話をしたのだろう。なんで
理由が、あったんだ。
それを忘れてしまっている。思い出したくないと、心の奥にしまっていた。
あの時、あの時ルリさんは
「生きていれば、夢は何度でも見られる」
きっとそれはロッテにも話したのだろう。
「伸ばし続ければ、星にだって手が届く」
ネムにだって話したはずだ。
2人はちゃんと聞いて、今でも覚えているのだろうか。
「私達は1人しか幸せに出来ない。自分か、自分じゃない誰かか。だって、私が幸せに死んでも、私がいなくなったら悲しむ誰かがいてくれるんだから」
だとしたら2人はやっぱり
「だから、リリィ。どんなに辛くても生きて欲しい。生きることだけは諦めないで欲しい。これは夢想で、理想で、届かないものだってわかっている。それでもね、誰かに生きて欲しいって、その人達と一緒に生きていたいって、その願いだけは絶対に捨てちゃダメだ。───だってリリィは、私の可愛い妹なんだから! リリィが死んだらみんなが悲しいし、いつかみんなが幸せになれる理想に、貴方の手ならきっと届くんだから!」
あの時耳を塞いでしまった後悔を振り切って、
生きることを諦めないこと、生きることを肯定すること。簡単な事だけど、出来ないとわかってしまっていた。自分が命を大切にできない人間だって知っていたから、
なんとも子供じみた、或いは大人になりすぎた後悔だ。
美しい理想に触れることが怖くて怖くて仕方ないなんて、それは子供なのか大人なのか。
どの道、
でもルリさんはその理想を見続けていた。
ネムも、ロッテも、きっと2人は最初から諦めていない。
レガンだってそうだ。この戦場で戦い続ける人達はきっと、大切な人を、そして彼らと生きる時間を、彼らが残した世界を愛している。
世界を愛するほどの大きな愛なんて持っていないし、綺麗な理想を見続けられるほど
けれどそんな理想を守ることくらいは、
「レガン! 同調は40%までにしろ! 拡張症候群の進行によっては同調負荷でそっちが死ぬ!」
『却下! 狙撃の成功率を1%でも上げるために同調率は最大まで上げる!』
「……死んでも責任、取れないからなぁ!」
『やれるもんならやってみろ! 感覚再起及び狙撃地点到着まで三、二、一……』
だが、拡張症候群で重要器官が変化すれば狙撃失敗どころか即死のリスクもある。
成功確率はどれくらいだろうか。生存確率はどれくらいだろうか。それでも、みんなが見ようとしている星との距離と比べたら。
そんな確率、手を伸ばしてしまえば届くちんけなモノのはずだから。
『───感覚、戻るぞ! リリィ!』
視界が戻り、
後悔と罪悪感で手が震える。レガンがどれくらい負荷を受けてくれているか分からないが、気を抜けば意識が持っていかれそうだ。
唇を噛み切り、痛みで正気を保ちながら照準を合わせる。
魔力が迸り、同時に拡張症候群の症状が表に出始めた。肉体が末端から鈍色に覆われ、鋼鉄に置換されていく。機械と自分の違いを精神が見失い、己の体を機械と勘違いして変えてしまう。
確かに
でもそれが失われる痛みと悲しみはわかる。
ならば、
「
◆
空から降り注いだ一条の光が、
その巨体が音を立てて崩れ、融解を始める。
ならば、影響が抜けきっておらず衰弱しているうちにトドメを刺す。
『───ネム! 照準は合わせてるわ! ぶっぱなせ!』
「……了解!」
そうして動こうとした
ネムの体は未だに悪影響が抜けきっておらず、万全とは言い難い。
それでも負荷の半分をオペレーターに預けることで、無理やりに体を動かしていた。
『ネム、体の調子は? 気分は? 私は最悪。多分、5分が限界!』
「同調率あげてくれなきゃまともに動けないわよ。くそっ」
『その割には随分開幕から派手な一撃じゃない?』
強がっているわけでも、無理をした訳でもない。
ただ、ネムもまた後悔の中で懐かしい夢を見た。そして夢から覚める瞬間、空に星が見えた気がしたのだ。
流れ星に願い事を込めると願いが叶うなんて、昔リリィから聞いたことがあった。
「星が、綺麗だったからね」
『随分詩的な言い回し。気合十分ってことかしらね』
ネムが再起動すると共に、ロッテも復活していた。
オペレーターとの回線を取り戻し、傷付いたエンジンに無理を言わせて爆発するように戦場を駆け抜ける《
転がり、傷つき、それでもその機体は前に進む。
既に目標地点は、己の墓標の位置は見えていた。
『《
全体通信で宣言される、ロッテのオペレーターであるカドラエーナの叫び声。血に濁ったその声は、彼女も華人形との同調により激しい負荷を受けている証拠。
それでも彼女の叫び声には痛みも恐怖も混じっていなかった。
その通信が全体に届くよりも一瞬速く、《
淡い光に包まれながら幾つもの機関が回転をし、周囲の魔力を吸引し始める。
華人形の『散華』の効率を極限まで高めるため、拡張魔道装甲ら巨大な魔力の爆弾と化す。その為に、周囲全ての魔力をかき集めると同時に、搭載された華人形の肉体を燃料に魔力を捻出する。
その巨大な魔力のうねりに、周囲の
意識を失い落下していた《
残った特異個体全てと戦闘していた《
各戦線で
それらに向けられていた
なんなのかは分からない。理由なんて理解できない。
だがこの魔力の原因を放っておけば、自分達にとって大きな不利益となる。そんな本能が彼らを突き動かす。
『周囲の
『予想通りだ! 《
それに対して華人形達も動く。
この後動けなくなっても、この3分だけロッテを守る。ここまで犠牲になってきたもの全てを無駄にしない為、
「───レガン、
『…………』
「……そっ、か。じゃあ、頼むよ」
地面に叩きつけられようとしていた《
最後の戦いが、始まった。