気の遠くなるような3分。
全てを無視してただただロッテを喰らうことだけを目的に動く肉の津波。対するは拡張魔導装甲3機。
駆けつけた《
各華人形も己の異能の全てを行使して
『あとのことなんて考えるな! ありったけぶち込め!』
『ネム! 神経系がオーバーヒート起こしてる! ちょっとセーブしなきゃ死ぬわよ!』
『セーブして死ぬか戦って死ぬかなら戦って死ぬわよ! 負荷、預けるわよ! 一緒に死んで! あと《
『ッ、不可! 可能な限り対処するが、こんな
『無茶をしろって言ってんのよ!』
『でも死なないでくださいね。嫌ですよ、また仲間の死体回収するの』
『縁起でもないこと言わないでくれない《
『さっき戦って死ぬって言ってましたよね。なんなんですか意味不明。だから貴方のこと嫌いなんですよわたくし』
『共有回線で口喧嘩するな気が散る!』
仲間達の口喧嘩を他人事のように聴きながら、ロッテはおかしくて笑ってしまい、悲しくて泣いてしまいそうになった。
誰も彼も限界、お互いに声をかけあって奮い立たせなければいつ意識が途切れてもおかしくは無い。
それでも、状況は優勢だった。
何匹か食い止めきれなかった
3分だけ。
その時間さえ稼げるならばこっちの勝ち。そして、そのゴールは既にあと数秒まで迫っていた。
あと数秒で自分は死ぬ。
けれどそれは無意味な死なんかじゃない。みんながその死に意味と理由をくれた。みんながこの死を無意味なものになんてするはずがない。
きっとみんな自分の名前を忘れることは無いだろう。
なんて言ったって、初めて
「結局、逃げてはくれないか。そりゃそうだろうけど」
ネムの方は元気に戦っている。
リリィの方も、回線に応答は無いがバイタルは生存を示している。
そうだ、リリィにはお礼を言わなければ。
リリィが
そういえば、リリィに借りていたお金って全部ちゃんと返したっけ。
貸し借りの話で言えばネムに前に貸した雑誌、返して貰ったけ。
そういえば部屋の花、もう八つ当たりすることもないんだし最後くらい水を上げてから来た方が良かったかな。きっと枯れちゃうよね。
「……やっぱり死にたくはないなぁ」
死にたくなんてないに決まっている。
でもどうせ死ぬならばその死には意味があって欲しい。それだけの話だ。
後悔なく死ねるなんて思ってはいなかった。
そしてこんなに後悔があるだなんてことも思っていなかった。
思ったよりもアタシはずっと、生きたかったらしい。
それはきっと、幸福なことだろう。
死ぬ時に「死にたくない」って思えるのなら、それだけ生きてきた時間が幸福だったということだ。
魔力量が予定の値に到達する。
あとは起爆剤となる異能の持ち主の華人形が死ねば良い。華人形の死が、大量の魔力と不安定になった異能と結び付いて爆発的な異能現象───『散華』を引き起こす。
大きく息を吸って、吐いて。
最期に自分が生きていたことを深く、深く刻んで。
「───なに、これ。なんで、なんでアタシ、生きてるの?」
頭の中で引き金を引いた。
それだけで、拡張魔導装甲はロッテの命を奪い『散華』を実行する。そうなるように調整済みなのに。
その機能が停止している。
何時だ?
だが機能が落ちていても要は拡張魔導装甲と繋がってるこの状態で自分が死ねばいい。
片腕の接続を解いて、万が一に備えて作っておいた手動でのスイッチに手を───。
「ッ、く、そ……。体、が」
ただ手を伸ばし、スイッチを押す。
それだけの行為が、今のロッテには行うことが出来なかった。
原因は、すぐにわかった。
拡張魔導装甲が
本来なら精神への侵食ならばオペレーターが負担をしてくれることで防げる代物。逆に言えば、防げていないということは、だ。
「カドラエーナ! 何が起きてるの!?」
『ロッ、テ……ごめん、なさい。私、もう、げんか……み、たいです』
その限界が先に来てしまった。
今から別のオペレータを呼ぶか? そもそも同調は相性や適性が極めて激しく、専用に
舌を噛み切れば死ねるかもしれないが、即死はできない。即死しなければ、死ぬまでの間に要らぬ犠牲者が増えるし、何よりも最悪
この作戦にとっての最悪は、自分が
『ロッテ……どうにか、自決を。それまでの時間は、絶対に貴方を守り、ます』
カドラエーナは口の中に水を含んでいるかのようなたどたどしい口調でそう話すが、ロッテが無理に自決をしようとすれば同調しているカドラエーナにもその痛みが送られる。
恐らく今の彼女は耐えきれない。まず間違いなく死ぬ。かと言って同調解除は
理想は機能の復活。
その次は同調を切って直ぐにロッテが自決できる方法の確保。
考えろ、考えろ考えろ考えろ考えろ!
下手に異能で防御を固めたせいで味方に殺して貰う難易度が上がっている。そもそも、華人形の火力ではロッテどころか機体も壊してしまう。
拡張魔導装甲が無ければ『散華』の規模は目標に達しない。
だがこの戦場で生身でロッテのコクピットにまで辿り着き、ロッテだけを殺すことが出来る人間なんているわけが無い。
そんな人間なんて、いるわけが無いとわかっていた。
『ロッテ、待ってて。今会いに行く』
それでも、彼女がいる。
いつだって自分達の前に立っていて、どんな時だって無理やり作った笑みを浮かべていた、不器用だけど頼りになる姉妹。
不可能を可能にする華人形が。
◆
「始末書書くのは手伝ってくれよ、レガン!」
『ああ、くそ、わかったよ! わかったから、何があっても死ぬこと選ぶんじゃねぇぞ馬鹿野郎!』
その通信を最後に、レガンとの同調が切れる。
同時に、レガンが負担していた肉体及び精神の負担の全てがリリィの体を襲う。
意識が途切れそうになるのを舌を噛んで耐え、傷はすぐに異能を使って治す。それでも手の痙攣が収まらず、体の各所の感覚がない。
神経、精神、肉体、機体。その全てが既に限界に近い。加えてオペレーターの補佐もなくなり、魔力も切れかけている。
治癒が使えるのもあと数回が限度。
つまり魔力粒子拡張圧縮砲はあと数回しか使えない。
ならいっそ、
『ッ!? リリィ、アンタ何しようとしてるの!?』
その魔力の反応に気がついたネムからの応答を無視して、リリィは砲身に魔力を貯めながらロッテの元へと駆け抜ける。
魔力粒子拡張圧縮砲は、散華を参考にして作られた武装。
空気中の魔力を吸い上げて、拡張した意識で無理やりその魔力を纏めあげる。大量の魔力を扱うのには凄まじい集中と巨大な意識が必要という問題を、使用者に負担を押し付けることで叶えた悪魔の兵器だ。
『アンタ……バカなの!? そのままじゃ爆発するわよ!?』
「うん。するから少し離れて……いや、やっぱ近づいて」
『これが噂の《
リリィは魔力の吸収、圧縮の工程を限界を超えて行い続けた。
大量の魔力の塊がもう一つ、戦場に咲こうとしている。それは『散華』と似た機構によって生み出される魔力の渦。それが2つあるというのならば、
自身の異能で防御を固めた《
『《
そう通信で伝えようとして、ネムのオペレーターであるナハトはリリィの目論見に気がつく。そんな馬鹿な方法を実行する華人形なんて信じられないが、こんな破天荒なことを許可しそうな先輩ならば知っている。
『全華人形、一度《
ナハトの最低限の号令で、華人形達はリリィのやることを理解した。
溜息を吐き、眉をひそめ、唇を噛み締めながら。
彼女達は言われた通りに動き、
それでもリリィはとにかくロッテを目指して飛行を続ける。
あと1秒、あと1秒。拡張魔導装甲に乗っていられる時間が長ければ長いほど、この作戦の成功率は高くなる。
あと1秒。
あと1秒。
あと……。
「今までありがとう、《
その言葉と共に、《
魔力の収束の限界値に達し、支配下に置けなくなった魔力から連鎖的に誘爆。周囲一体の
大量の
だが、《
だからこれは、道を切り開くための手段。
爆煙の中から、小さな円柱が射出される。
そしてその中から現れるのは。
『嘘、ですよね。本当にやるつもりなんですかあの方?』
『だがこれに賭けるしかない、か』
小さな人影がその中から地面に飛び降り、五点着地を器用に使ってなんとか地面に降り立つ。
明らかに足が折れて変な方向に曲がったが、数秒後にはそれが見間違いであったかのように立ち上がり、《
『全華人形! リリィ・ファムルーナを《
距離は600m程度。かなり近くまで飛んでこれたのは幸運だが、その距離にもかなりの数の
『ファムルーナさん。私、誰かだけを避けたりとか苦手なんで貴方の異能を信じますからね?』
既に拡張魔導装甲を降りたリリィ、通信は届かない。
だからその声は上空から拡声器を使って届けられた。
超巨大拡張魔導装甲、《
積載量が全ての華人形で最大であるからこそできる質量兵器、槍の雨。
加速を以て降り注ぐ槍の雨は、掠めただけで
隙間なく降り注ぐそれは当然リリィにも影響を与える、リリィは魔力による感覚強化で直撃だけは避けながら、破片や爆風で傷つく体を治癒で治して無理やり走り続けた。
体力も魔力も限界を迎えて尚、文字通り脚がちぎれても走り続ける。
その場にいる誰もがその行いを責めることなんて出来るわけが無い。
たとえ拡張魔導装甲を一つ破壊したとしても、戦場を駆けるその華人形を助けることしかできない。作戦成功の為にはそれが最善だった。
例え、その華人形の目的が作戦の成功じゃなかったとしても。
弾丸が降り注ぎ、焦熱が吹き荒れ、血肉が飛ぶ。
その600mをリリィは駆け抜けた。ロッテの異能によって生み出された硬質結晶の上を駆け上り、その上に立つ。
背後から追ってくる
リリィはその場に蹲って、全身全霊を込めて硬質結晶に拳を叩きつけた。
「ロッテ。会いに来たよ」
硬質結晶に穴が開き、その中にリリィが落ちていく。
「……遅かったじゃん、リリィ」
「悪いな。これでも全力で走ってきたんだが」
お互い息も絶え絶えで、死人のように青い血相だった。
魔力の過剰使用に拡張魔導装甲の長期使用による精神の負担。意識を保つことさえ苦しい中でも、お互いの顔を見て2人は思わず笑顔を浮かべ。
「それじゃあ、できるだけ苦しまずに頼むよ」
「任せな。銃の腕にだけは自信があるんだよ」
リリィ・ファムルーナは、ロッテ・アダマスの額に銃を向けた。