TS妖精さんは百合の華を咲かせられない   作:ちぇんそー娘

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19.散華

 

 

 

 なんの為にここまで頑張ってきたんだろう、と思わなくもない。

 

 本当に死ぬかと思ったし、きっとそれはみんなも同じ。

 そうやって命を懸けて頑張った結果が、仲間をこの手で撃ち殺す今この瞬間なんだとしたら、こんな世界は間違っていると本気で思う。

 

 努力が報われないのは当然のことだけど、間違っている。

 そういう間違いが起きないように世界は良くなっていくべきなのに、(わたし)達はいつも弱くて、何かを間違えてしまう。

 

 そういうものが積み重なっていくのならば。

 

 

「ロッテ」

「なに? 普通に銃を向けられるのは怖いからさ、早くやって欲しいんだけど──────」

「一緒にさ、逃げちゃわない?」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「今更……今更そんなこと言っても遅いでしょ! それならもっと早く言ってよ!」

 

 ロッテの胸に湧いてきたのは、怒りではなかった。

 

 嬉しかった。

 あのリリィが、何もかも投げ捨ててそんな自分勝手なセリフを言ってくれたことが。その相手が自分であることが嬉しくて堪らなくて。

 

 そんな歪んだ喜びを抱いた自分があんまりにも醜くて、喉から飛び出したのは怒声だった。

 

「もっと早く諦めてれば、投げ捨ててれば! こんなに苦しい思いなんてしなかった……何もかも終わって、楽になれたのに……」

「……ごめん」

「なんで、なんでリリィが謝るんだよ……悪いのは全部敵じゃんかよぉ……」

 

 自分達が幸せになれない理由は、個人に存在するものでは無い。

 それなら世界は一人の努力で救えてしまう。逆に、一人の絶望で世界を閉じてしまうことも出来る。そうでないから誰もが苦しんでいるのだから。

 

「きっと、何も語らず引き金を引けば、ロッテは苦しまずに死ねた。自分の仕事に満足して死ねた。でも、(わたし)にはそれは出来なかった」

 

 ここの語らいになんの意味もない。

 今からどれだけ語っても、リリィはロッテを殺して散華を実行させる。この場の2人の意思がそれ以外に傾くことは無い。

 

「だって、ここでロッテを撃ち殺したら、ロッテはきっと死んで良かったって、そう思いながら死んでいくことになる。そんなの……()()()()から」

 

 許せない、という言葉がリリィの口から零れたのを、ロッテは心底意外に思った。

 だって、その言葉は華人形らしくない。他人の痛みと苦しみに寄り添う自分達が、他人の幸福に大してそんな言葉を送るなんて。

 

(わたし)は、死んで欲しくなんかない。これ以外なくて、これしかなくて、どうしようもなくても、こんなのが正解だったなんて、認めたくない。何もかも終わってたとえロッテが望んだような平和が訪れても、ロッテの犠牲を『正しかった』なんて肯定して作られる平和が、正しくなんてあるものか!」

 

 リリィの瞳から大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。

 必死に抑えようとして顔を歪めるが、そんなこと関係なしに涙は頬を伝い、床に落ちていく。

 

「……子供みたい」

「昔を思い出してな。あの時泣かなかった分、今泣いておこうと思ったんだ」

 

 強がりまで子供みたいで、本当にあの頃のリリィを見ているようだった。

 本当に全部を幸せにできると、本気で思い込んでいたあの頃。そう出来ない自分には価値が無いと本気で思っていそうだったあの頃。

 

 リリィも、ネムも、ロッテも、あの頃から随分と変わってしまった。

 でも変わらないものだってあったみたいだ。リリィが馬鹿で、優しくて、諦められない奴だって事のように。

 

 

「───もう一回くらい、みんなで遊んでおきたかったかも」

 

 

 この子はきっと、自分を許せない。

 自分達がどれだけ許したとしても、きっと自分を許さない。

 

 だからこの道を選んだんだろう。

 

「妹達にもみんなで名付けとかしてみたかったな。あとさ、時間が巻き戻るなら訓練とかせずに、ずっとみんなで遊んだりもしたかった。海を見に行きたかった、何も考えずみんなで空を飛んでみたかった、普通の女の子みたいに、着飾ってみたかった」

 

 一度心の堰を開けてしまえば、自分で思っていたよりも沢山の未練が口から溢れていく。

 一つ口にする度に、決意が揺らぐ。だからこそ胸の奥に封じこめていた。これと向き合ってしまえば、決意が揺らぐ。こうすることが最善だって思い込んだこの気持ちが嘘になる。死にたくないという思いが止められなくなる。

 

 このままじゃ、不幸のままに死んでいく。

 死にたくないって脅えながら、涙で顔をぐちゃぐちゃにして死ぬことになる。

 

「もっと、みんなと一緒に、生きていたいよ……」

 

 でもこれが本当のアタシだった。

 強がって、カッコつけて、それでもアタシはリリィやネムみたいにはなれない。かっこよくなりたかったけど強くはなりたくない、そんな華人形、それがアタシ。

 

「忘れないよ。ロッテが優しかったこと、臆病だったこと、それでも戦い続けたこと。忘れない。絶対に忘れない。ロッテが、死にたくなんてなかったこと」

「……そうだね。アタシは死にたくないんだ。それなのに、これから死ぬ。それはきっと、とても不幸なこと。これで満足なんてできるわけが無い」

 

 悪獣(マリス)の侵食が進んできている。

 ロッテに残された時間はもう少ない。ゆっくりと目を閉じて、少しでも銃を向けられる恐怖から彼女は逃げようとした。

 

 それでも怖かった。

 体が震えて、涙が溢れてしまう。色々な思い出が蘇って、心の底から死にたくないと思ってしまう。

 

 ──────それでも、その想いが本物だったんだ。

 死にたくない。けれど、皆にはこんな想いは味わって欲しくない。どうにか幸せになって欲しい。

 生きて、生きて、生きて、自分が届かなかった場所に、辿り着いて欲しい。

 

「連れてってくれるんだね、リリィ」

「分からない。でも、(わたし)は忘れない」

「ありがとう。最後に、アタシをアタシで居させてくれて」

 

 そうして辿り着いた場所に、自分は存在しないと思っていた。

 全てを押し殺して、皆に託して、そうして幸せだったと思って消えていく。

 

 でも今この最後に、リリィが本当のアタシを覚えていてくれると約束してくれた。

 

 死ぬ時に満足して死ぬことと、まだ死にたくないと後悔して死ぬことはどっちが幸せなんだろうか。

 

 答えなんて出ないと思う。

 けれど、アタシは幸せなんだと思う。だってリリィは絶対に忘れない。アタシが弱いくせに見栄っ張りだったことを、そういう性格の幼馴染だったことを忘れずに、ずっと生きてくれる。

 

 捨てた選択肢と比較することは出来ない。

 でも、アタシはこれで良かったと思う。だって、死にたくないと思えることがこんなにも悲しくて、こんなにも満たされるなんて。

 

 

 

 

「大好きだよ。幸せになってね」

「さようなら、ロッテ」

 

 

 

 

 

 

 銃声が轟き、一つの命が散る。

 死と同時に、華人形の肉体は魔力の粒子となって解けるように世界から消えていく。同時に、拡張魔道装甲から汽笛のような、悲鳴のような駆動音が鳴り響く。

 

 制御を失った大量の魔力と、消えゆく異能が結び付いて起きる超常現象。

 

 

 散華が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

『散華確認! 予測より硬質結晶の発生は四割増、周囲の悪獣(マリス)は三割が衝撃で消滅しました!』

 

『結界の範囲の変更を開始! これより148秒、第一結界が消滅する! 各員この148秒を死ぬ気で防衛しろ! そうすれば勝利だ!』

 

 

 頭の中に声が響いてくる。

 拡張魔導装甲との接続は切ってあるのに、何故か通信回線が繋がっている。

 

 不思議だが、悪いことばかりではない。

 どうやらロッテの散華は成功し、今現在外では結界の範囲変更が行われている。これさえ行えれば人類の勝ち、初めて悪獣(マリス)から領土を取り戻す歴史的快挙が成し遂げられる。

 

「最後まで、世話になっちゃったなぁ……」

 

 本当ならこのコクピットは散華の衝撃で消し飛ぶはずだったのに、こうして(わたし)が生きているのは、ロッテが最期の最期に上手く調整してくれたからに他ならない。

 

 死ぬつもりはなかったから、全力で防御するつもりだったが多分それでも死ぬか瀕死になっていたのでありがたいと言うしかない。

 

 既に肉体が霧散し、誰も居なくなったコクピットに腰をかける。

 僅かに残った熱も、ゆっくりと消えていく。それが寂しくて、少しでもその温もりを感じようとすればするほど、(わたし)の体温がその熱をかき消していく。

 

 本当に、これでよかったんだろうか。

 ロッテが自分を押し殺して死んでいくのを許せなかった。ロッテが何を思って戦い、死んでいったのかを忘れたくなかった。

 

 それは全て(わたし)のエゴ。

 そうすることで自分が幸せになれるからと選んだ結果だ。

 

 押し殺して、満足して死ぬほうがロッテにとっては幸せだったかもしれない。わかっていても我慢できなかった。ロッテの想いだけでも未来に持っていかないと、(わたし)が辛くて泣いてしまいそうだったから。

 

 

『リミッター解除! もう後先考えるな!』

 

『どの道結界内に悪獣(マリス)は残すべきじゃないんです。もう出し尽くしますよ』

 

『拝承。広域音波兵器の使用を申請! 他華人形、振動障壁の展開を推奨!』

 

 

 多分、この戦いは人類が勝つ。

 ここまでやったんだから勝って貰わないと困るし、もしも負けたら(わたし)が人類を滅ぼしてやる。

 

 勝ったとしても、ロッテの犠牲が正しいものであってはならない。

 犠牲はいつかそんな道を選ばなくていいように、それでもそのいつかを守る為に在る。それを選んだことを(わたし)達は永遠に悔いなければならない。

 

 そういう未来を作れるように、(わたし)は彼女のことを忘れない。

 

 大きく大きく、息を吸い込む。

 世界に解けてしまった彼女を探すように世界を吸い込み、吐き出す。

 

 拡張魔導装甲を失って、魔力も体ももう限界。コクピットに座り込んでしまったら急に意識が朦朧としてきた。

 こんなところで寝たらロッテに怒られる気しかしないけれど、さすがに意識が限界だ。

 

 

『もうちょっとだけ頑張れる? リリィ』

 

「限界だって、言ってるんだけどなぁ……」

 

 

 体を動かそうとする。

 けれどピクリとも動かない。指先の感覚が凍傷にでもなったかのようにじんわりと広がり、霧散してしまう。

 

 ……あぁ、そうか。

 

 それなら、仕方がない。

 もう少しだけ頑張るのは、義務というものだろう。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ロッテの『散華』の効果は想像以上の物だった。

 

 ネムの視線の遥か先には、硬質結晶が地面からせり上がって出来た『壁』があった。

 悪獣(マリス)の多くは飛行能力を持たない。破壊できないロッテの硬質結晶を前にしては迂回せざるを得ないだろうが、その範囲が全長数kmともなれば迂回するのにも一苦労。

 

 新しく侵攻してくる悪獣(マリス)の数が著しく減ったおかげで、殲滅は非常に効率よく進んだ。

 各地の防衛も滞りなく進み、これまでのギリギリの戦闘が嘘であるかのように、148秒はあっという間に過ぎていった。

 

『ネム───ちょっとネム! 聞こえてる!? もう結界は再展開終わった! 悪獣(マリス)の残りも残存戦力でどうにでもなる数でしかないから、もう休んでいいって!』

「……あ、そう、なの? 終わった、の?」

 

 終わった、おわった。

 作戦終了は新第一結界内の悪獣(マリス)の一次掃討を以てしてだろうが、少なくとももう勝利は揺るぎない。

 

 現在の第一結界の脆弱点はロッテが生み出した硬質結晶の壁に沿うように貼られており、悪獣(マリス)は侵入することが出来ない。

 

『というかこれ以上動いたら死ぬからもう動くな! とりあえず色々いいたい事はあるけど、今は聞くのもしんどいでしょうから一つだけ。……お疲れ様、ネム』

 

 リリィはどうなったんだろう、ロッテは……『散華』が起きたのだから、確認しなくてもわかる。

 

 ロッテが散華したということは、やはりリリィが殺したのだろうか。

 ネムの口の中に血の味が広がる。それが逆流してきた吐血なのか、噛み締めた唇を噛みきった血なのかも判断が付かない。

 

 なんとか生きていたセンサーからの視覚情報では、巨大な『樹』のような形になった硬質結晶の根元に埋もれる形で、ロッテの乗機であった《不壊(アダマス)》の一部が見えている。

 

 あの結晶の発生点がコクピットであるならば、その中に居たであろうリリィは……。

 

「……勝ったんだ。勝ったんだから、笑わないと」

 

 望んだはずの勝利。

 たとえこれしかなくても、いつかこれ以外の道が選べて。いつか悪獣(マリス)に勝つ為ならと受け入れたはずなのに。

 

 上手く笑うことが出来ない。自分がどんな顔をしているかも分からない。必死にセンサーを稼働させて、もう居ないはずの幼馴染の痕跡を探す。

 

 センサーで捉えられなくても、どこかに居るかもしれない。居て欲しいと縋り付くように、ネムは全神経を使って幼馴染を探そうと……。

 

 

 

 その過程で、ネムの第六感が何か、氷柱のような冷たく鋭いモノを感じ取った。

 

 

「……ナハト。周囲に特異個体の反応は?」

『無いけど……まさか、目視で確認した!?』

「いや、そうじゃないんだけど……」

 

 

 人類の開発した魔力探知は優秀だ。

 かなり遠方でも悪獣(マリス)の凡その数と位置は把握出来るし、今の有効範囲ならば結界のかなり外までも探知できる。

 

 特異個体はその強力さの代わりに魔力の反応も大きい。

 小さな個体だったり、隠密性に優れた個体もいなくは無いが、その警戒は十分にされている。

 

 だからこの嫌な予感は杞憂であると判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 同時に、魔弾が放たれる。

 

 新第一結界の外側、視界、魔力探知共に範囲外であるその位置から結界越しにネムの姿を捉えた何者かの攻撃。

 

 全長数百mはくだらない巨体。

 その全ての身体構造を『狙撃』に費やした、もはや生物と呼ぶことすら疑わしい『砲台』とも呼ぶべき巨大な悪獣(マリス)

 

 

『ッ、何この反応……! ネム、避け───』

「え……」

 

 

 超高速で放たれた魔力放射は結界を貫通し、一直線にコクピットのネムを寸分違わず捉えていた。

 予期せぬ一撃にネムは拡張魔導装甲を動かすことすら考えられなかった。それよりも早く攻撃がコクピットを穿ち、ネムの存在を焼き払う。

 

 

 ───そのはず、だったのだ。

 

 

 

「───……あれ、私……?」

 

 絶対に助からないと本能で理解していたはずなのに、ネムは自分がまだしんでいない事実に驚きながら、状況を確認する。

 

 避けられない、防げない一撃だった。

 探知範囲外からの結界を貫通する超高威力狙撃。そんなもの、誰も予測なんて出来ていなかった。

 

 結界の空いた穴は小さいものならすぐさま塞がるが、それでも貫通していたならばネムは今の一撃で死んでいなければおかしい。

 

 ではなぜ、ネムは生きているんだろうか。

 

 その答えは、彼女の目の前に立ち塞がるように存在する、一機の拡張魔導装甲にあった。

 

 硬質結晶を盾のように展開して、結界を貫通するほどの一撃にも耐えられる拡張魔導装甲は、それが出来る華人形は1人しかいない。

 

 機体コードは《不壊(アダマス)》。搭乗している華人形の名前は──────。

 

 

「……ロッテ?」

『いや、違うよ』

 

 

 帰ってきたのは聞きなれた、けれど予想外の声。

 

 

『狙撃地点の特定完了……こんな遠距離から!? 該当特異個体は高速で後退を開始! 魔力の上昇も感じられない為撤退と思われます!』

 

 

 その通信を聞いて安堵したのか、《不壊(アダマス)》はその場に崩れ落ちる。

 

 硬質結晶と半ば同化していた機体をちぎって無理やり動き、今の狙撃の盾となったのだ。幾らその異能である硬質結晶は破壊できないという特性があろうが、機体本体は衝撃で破壊され尽くしている。

 

 沈黙したその機体に、ネムは通信を試みる。

 

「なんなのよ。なんで、いつも私を置いて、ほんとさぁ……」

『…………ごめん、もう、意識が切れる』

「ロッテは、なんて言ってた?」

『幸せに、なって。だって』

 

 通信が終了し、一人になったコクピットでネムは全ての回線切った。

 

 それから、もう泣かないと決めていたのに我慢出来ず、子供みたいに泣きじゃくった。

 

 

 

 

 

 

 西国歴113年。

 この日、人類は初めて悪獣(マリス)に勝利した。

 

 戦死者及び負傷者数は現在不明。

 喪失拡張魔導装甲は1機。

 

 未帰還華人形、1名。

 

 

 

 

 

 

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