TS妖精さんは百合の華を咲かせられない   作:ちぇんそー娘

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2.博打に金剛は煤汚れ

 

 

 

 先日の悪獣(マリス)掃討作戦で、結界付近の東部戦線にはだいぶ余裕が出来たということを、(わたし)は後方基地のベッドの上で知った。

 

 あの後、何度も何度も悪獣(マリス)が攻めてきてはそれを押し返し、その度に負傷者が山ほど出て気絶するまで治療を続け……そこから先はよく覚えていない。

 

 だが、結果として少なくとも『勝利』と呼べる程度の戦果は得られたようで何よりだった。

 まぁ、現存する拡張魔導装甲を扱える華人形(ガラテイア)9体のうち、3体が投入されたのだ。それくらいの戦果は上げられなければ人類はとっくの昔に滅んでいるだろう。

 

 

 ベッドの上でぼんやりと、誰かが剥いて置いていったであろうリンゴを口に運ぼうとすると、そのうちの一つが別の手によって取られて行った。

 

「よ、相変わらずお寝坊さんだね。リリィ」

「……他の皆より体力がないの、気にしてんだけど」

「ありゃ、戦場の女神様モードはお休み?」

「そっちがお望みなら、そのように接しますよ。ロッテ」

「いいよ。変に優しいリリィとか見てて気持ち悪いもん」

 

 ケラケラと明朗な笑顔を浮かべながら、誰もいない隣のベッドに腰をかけていたのは、濡れ羽色のショートカットの少女。

 

 彼女の名前はロッテ。

 俺の同期であり、幼なじみ。俺とネムとロッテ、この3人は同じ『花園』出身の幼なじみかつ同期であり、そういう縁もあってか未だによく組むことが多い腐れ縁と言うやつである。

 

「ネムは?」

「今日一旦帰還するって。しかし、一番魔力量が多いとは言え、燃費は良くないはずなんだけどねぇ」

 

 魔力と言うのはこの世界において生物が持つエネルギーのこと。

 華人形もそれを持ち合わせ、異能のエネルギー源として消費する。使い過ぎると神経に負担がかかって、(わたし)のようにぶっ倒れてしまう。

 

「ネムがこっちに下がるってことは、もう暫くは安全ってことでいいのかな」

「さぁね? 今の戦線で良い状況なんて聞いたことないし。補給終わり次第アタシ達ももっかい同じ戦場か、別の戦場かでしょ」

 

 この100年で人類が悪獣(マリス)に勝ったことは一度としてない。

 焦土作戦によって土地の侵食を免れた例や、大規模侵攻に対して迎撃を成功させた例はある。

 だが、悪獣(マリス)によって奪われた土地の奪還に成功したことは、一度だってない。

 

 人類はじわじわと滅んでいる。

 その事実は、最前線で戦い続ける(わたし)達が一番よく分かっている。

 

 その事を考えると、胸の奥から針が生えてきたかのような苦しみが生まれる。

 華人形という種族は共感性が高く、同時に献身的な性質を持つ。元々、別の世界で人間として生きていた記憶を持っていても、誰かが死んでいると考えるだけで酷い不安と苦しみが生じてくるのだ。

 

「あー……いやいや! ここはプラスに考えよう! リリィのおかげで相変わらず死者負傷者の数は減少傾向にあるんだから!」

「……悪い。表情に出てた?」

「何年一緒に居ると思ってるの? ま、仕事中じゃなきゃ注意する理由もないし、アタシの前だけならどんな変顔晒そうが爆笑するだけで済ますから」

 

 一応生まれとしてはロッテの方が姉に当たるが、精神年齢上は自分の年齢の半分の女の子に励まされてしまった。

 

 ロッテは同世代で一番早生まれであり、本人も常に周りをよく見ている。下の子達もロッテのことは姉と言うよりも母親のように慕っているし、俺達の『花園』のお母さんポジションが彼女なのだ。

 

「まぁ気にしなくてもいいんだけど……もしもちょーっとでも恩義に感じているのなら、手を貸してくれないかな?」

「今度は何をするつもり?」

「やらないように手を貸して欲しいというか……」

 

 ネムも(わたし)も、ロッテのことは信用しているし頼りにしている。

 

 戦場において彼女の識別コード、《不壊(アダマス)》は勇敢なる盾であり矛を示す。

 土から超高硬度の結晶体を生成するその力と、勇猛果敢な彼女の戦いぶりにケチをつける者なんて一人だって居はしない。

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃ! ロイヤルストレートフラッ」

「はい今異能使ってカードの表面を結晶でコーティングしましたね。触って見ればわかりますよ」

「この女またイカサマしやがったぞ!!!」

「やらねぇって言うから賭けに乗ってやったのに!!! どうしてそんなに人の心を踏み躙られるんだ!」

「なんで言っちゃうんだよリリィィィィ!!!」

 

 軍の男衆に詰め寄られているロッテを見て、さすがに溜め息が漏れてしまった。

 

 ロッテはすごく良い奴なのだが、一つだけ欠点を上げるとしたらギャンブルが大好きな事だろう。

 

 もっと具体的に言うなら、金を賭けたギャンブルをやらないと興奮できない。依存症なんて言葉も生温い生粋の中毒症状患者なのだ。

 しかもギャンブルをするのは好きだがお金が無くなるのは嫌なので徹底的にイカサマをするのでタチが悪い。

 

「イカサマしないように見張っててって頼んだの、ロッテの方ですよね?」

 

 他の人の目があるので(わたし)はちゃんと外行きの口調でロッテに話しかけるが、本当なら普通に「なんでイカサマしてんのバカなの?」くらい言ってやりたい。

 

「だって……リリィが見張っててくれないと絶対イカサマするからって、誰もアタシとギャンブルしてくれないんだもん! 仕方ないじゃん!」

「イカサマ本当にするからだろイカサマフェアリー! 何被害者ぶってんだよ!」

「頭までお花畑になってやがんのか!?」

「んだとヒューマン共! よっしゃもっかいだ! 今度こそ金を巻き上げてやる! リリィ、お金貸して!」

「嫌だよ……」

「リリィー!」

 

 反則負けの連続で既に懐が寂しくなっているロッテは、泣きながら俺に縋りついてくる。

 戦場で弱音を吐いたところなんて一度も見たことない鋼の華人形(ガラテイア)が、恥も外聞もなく泣きわめきながら同僚に金を縋る姿は、市民の皆様には絶対に見せられない。

 

 兵士相手にも偶像(アイドル)売りをしている(わたし)がやったら、まず上官に死ぬほど怒られて、次にネムに顔の形が変わるまで殴られることだろう。絶対やらないけど。

 

「リリィちゃん……なんだか見てて可哀想になってきたから、金貸してやってあげてくれよ……」

「イカサマするのは擁護しようがないカスだとは思うが、俺達のことを何度も戦場で助けてくれたあの《不壊(アダマス)》がこんな情けない姿を晒してると、心が苦しくなるからよぉ……」

「貴方達が貸してあげたらいいんじゃないんですか?」

 

 (わたし)がそう言うと兵士達は皆目を逸らして下手くそな口笛を吹き始める。

 

 ギャンブル癖は最悪であるが、戦場におけるロッテの活躍を知っている兵士たちからすれば、ロッテは戦場の花であり同時に命の恩人。邪険には扱えないだろうが、まさかここまで親バカ、いや兵器バカ? 或いは華人形バカだろうか。ここまで甘やかされているとは思っていなかった。

 

「はぁ……しょうがないですね。絶対に後で返してくださいよ」

「やったー! リリィ大好き!」

「さすが《聖娼(ファムルーナ)》のリリィちゃんだ。まるで女神の如き優しさだな……」

「言っておきますが、後で全員賭け事に夢中になっていたことは上官に報告しますからね?」

「「…………」」

 

 (わたし)がそうつけ加えると、ロッテ達は黙ってしまい、それからディーラー役からカードを受け取った。やめはしないんだね。

 

 

 本当に、ロッテは昔はこうでは無かったのだが。

 とは言え変わってしまったことはあれど、本質的には変わってないところもあるのかもしれない。

 

 ロッテはギャンブルでスった結果、定期的に(わたし)やネムからすらお金を借りているが、約束の期限までには絶対に返すし返していないお金がある時は絶対に追加で借りようとはしてこない。

 

 当たり前のことと言われれば当たり前のことなのだが、ロッテはギャンブルに対して明らかに依存に近い何かがあるのに、自制がギリギリで効いている、ように思えなくもないのだ。

 

 加えて彼女とギャンブルをして、最終的に怒っている人を(わたし)は見たことがない。

 そりゃあイカサマがバレた瞬間はえげつないくらいキレられているが、最終的に終わった時は何故かみんな笑顔で解散しているし。

 

 ロッテはいつもどんな時も、誰かを笑顔にできる才能がある華人形だ。

 俺や、ネムにだって無い才能。その上で強くて頼れると来たら、多少の欠点くらい目を瞑れるというもの。

 

 まぁ、それはそれとして。

 

「そいつまた表面コーティングイカサマしてますよ」

「こいつ! 俺たちの純情を弄びやがって!」

「なんで同じ手が二度通じると思ったんたんだ!? 新手の煽りかこの煽り上手め!」

「娘くらいの年齢の女の子に賭けポーカーでイカサマされるオッサンの気持ちを考えろ! 心が痛ぇんだよ!」

「リリィィィィ!!!」

 

 

 イカサマしないかの監視役として連れてこられたので、(わたし)の役目はちゃんと果たすのだが。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ふぅ……何とか収支プラスで納まったぁ」

「最後の方めちゃくちゃ接待プレイされてたじゃん」

「まぁアタシ可愛いからね」

 

 財布の中身を数えながら、ロッテは笑顔でそう答えた。

 確かにロッテはというか、華人形は全員美形ではあるが(わたし)の価値観として大手振って自分の可愛さを主張するのはどうかと思わなくもない。

 

「これで『花園』の妹達に今月もプレゼント買ってやれるな〜。何買ってあげようかな〜」

「最初からそう言えば、(わたし)だってネムだって普通に一緒にお金出すのに」

「ダメダメ! みんなでお金出したら帰った時に『ロッテお姉ちゃん大好き〜』って言いまくってもらえなくなっちゃうじゃん! 愛嬌で二人に勝てないのはわかってるからね」

 

 ギャンブル大好きのくせに、自分のお金は全て『花園』の妹達が少しでもいい暮らしを出来るように使ってしまう。

 本当に、ギャンブル依存症さえなければ完璧と言ってもいいだろう。

 

「……ねぇ、ロッテ」

「なに、リリィ?」

「それ、『拡張症候群』でしょ? そう言ってくれれば、こっちだって向こうだって……」

「アハハ、違うって。アタシのはそう言うのじゃないから。なんて言うかなぁ、死ぬって分かったら楽しく生きなきゃってなって、その結果ギャンブルにハマっちゃっただけ。見下してくれていいから」

 

 拡張症候群。

 華人形が戦闘時に乗り込む、鉄の龍のような魔導機械、拡張魔導装甲。搭乗者の意識を拡張し、鉄の塊を己の手足のように動かして空を飛び、敵を殲滅する華人形が最強の兵器である一因。

 

 だが、本来ならば小さな体に収まる意識を無理やり巨大兵器の操縦に組み込むことは大きな負荷となる。

 人間ならば廃人に、自己の定義が人間などの生物と比べて曖昧で薄く、良く言えばゆとりのある妖精族ですら、その長期使用は精神に悪影響を及ぼす。

 

 奇妙な趣味嗜好が現れたり、好悪が反転したり、記憶や人格、或いは肉体そのものに影響が出たり。それが拡張症候群だ。

 

「ロッテ程の出撃回数で何も出ないなんておかしい。ちゃんと申請さえしてくれるなら、軍から相応の補填が……」

「だから違うって言ってるじゃん。アタシはギャンブルが好きなの。リリィの方こそ、拡張症候群の申請してないでしょ?」

「それは……」

 

 (わたし)は前世がある影響で自己意識が拡張される感覚に耐性があるのか、或いはそういう体質なのか。何故か拡張症候群の症状が一切出ていない。

 けれど、ロッテは(わたし)のように別世界の前世の記憶なんてないだろうし、そうでなくても(わたし)なんかよりもロッテの方が負担は大きいはず。

 

「それでも、(わたし)はロッテが心配だよ。(わたし)の異能は治すことしか出来ないから、いざって時にロッテを守ってあげられない。だから、今ここでくらい心配できるだけさせて欲しい」

「……そう言われちゃうと弱いねぇ。でも、ほんとに心配する必要は、()()()()()()()

 

 そう言って、ロッテは懐から赤色の紙を取り出した。

 

 それを見て、(わたし)は思わず言葉を失ってしまった。

 

 赤色の紙は(わたし)達華人形にとって特別な意味を持つ。そう言えば、前世でも似たような風習が昔どこかの国にあったはずだ。

 

 

「次に『散華』するのはアタシだから。今更リリィが心配するべきことなんて、何もないんだよ」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 リリィは昔から面倒見が良かった。

 それがロッテから見たリリィという幼なじみの姿だ。

 

 なんと言うか、妙に大人びていたのだ。

 同い年のはずなのに、こちらを年下のように見ている。見下しているのではなく、見守ってくれている。

 

 それでいて色々なことを知っているし、訓練が始まってからは何をやらせても一番だった。特に射撃訓練なんて、リリィが外しているところをロッテは見た事がなかった。

 

 

 でも、そんなみんなの憧れのリリィは、ある日を境に居なくなってしまった。

 だからロッテはリリィになろうとした。リリィみたいにみんなを後ろから見守って、いざと言う時は前に出てなんでも解決する。

 

 そんなカッコイイお姉ちゃんになりたかった。

 でも不器用な自分にはそれが出来なかった。だからせめてずっと前に立って、ただ不格好にまっすぐ進んで、せめてみんなの前に立つことで頼りになる誰かになりたかった。

 

 

「はは……。ちょっと前に、進みすぎちゃったかな。でも」

 

 

 届いた赤紙は、一言で言えば死刑宣告。

 けれど、ロッテの胸にあったのは不安や悲しみよりも安堵だった。

 

「これなら胸を張って先輩面できるし、もう何も壊さなくていいもんね」

 

 部屋の隅に飾ってあった一輪の花。

 指先で愛でるようにその花に触れ、次の瞬間彼女の手は無造作にそれを握り潰した。

 

 手が開かれれば、そこにあるのはくしゃくしゃに丸められた花であったモノ。

 それを見るロッテの表情は、今日一日のどの瞬間よりも輝いていた。

 

 

 

 

 

 







『拡張魔導装甲』
華人形を核として起動する巨大兵器の総称。過去の魔道遺産と現代の技術を融合した不格好な鉄の塊。核となる華人形の能力に合わせて改造、調整する為量産は出来ないが、文字通りに一騎当千の戦闘力を秘めている。

自身の肉体を機械によって物理的、能力的に強制拡張させる技術であり、通常の人間は使用した時点で自己の喪失による廃人化は免れない。華人形も長時間の使用や連続使用によってはそのリスクがある為、彼女達には定期的に休息をとることが義務付けられている。

とは言えいくら気をつけても華人形は人類の最大戦力であるためどうしても高負荷下での戦闘は避けられず、精神負荷による後遺症、『拡張症候群』が確認されている。
拡張症候群は魔導装甲の長時間使用が原因とされているが、それ以外は不明な点が多く、症状は主になんらかへの依存症、記憶障害、精神の不安定化、非接続時の肉体機能の喪失、人格汚染などが挙げられる。


『ロッテ・アダマス』
リリィの同期の華人形。リリィ、ネムとは幼なじみであり、同じ『花園』の出身。明朗快活で頼れる人物だがギャンブル依存症。
リリィのことが好き。
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