TS妖精さんは百合の華を咲かせられない   作:ちぇんそー娘

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5.刺殺に百合は血滲む

 

 

 

 

 

 

『くそっ、射手型(サジタリウス)か! 何処に潜んでいやがったんだ……。おい、《聖娼(ファムルーナ)》……リリィ! 応答しろ!』

 

 

 羽根を射抜かれ地面に墜落した《聖娼(ファムルーナ)》。

 拡張魔導装甲はこの程度で行動不能になる作りはしていない。だが、拡張魔導装甲は搭乗する華人形(ガラテイア)がいて初めて起動できる。

 

 逆に言えば、何らかの要因で搭乗者の意識が奪われれば、その瞬間拡張魔導装甲は巨大な鉄の棺桶へと成り果てしまうということでもある。

 

 

 

「……ぅ、づぅ」

『リリィ! 生きてるか?』

「体は無事だ。痛みのショックで意識が飛んだだけ」

 

 油断していた。いや、油断させられた。

 今回の悪獣(マリス)の侵攻自体、華人形の長時間稼働による集中力の低下が狙いだったのかもしれない。

 

 大量の猟犬型の中に潜むことで魔力を隠していたのだろう。

 (わたし)の視線の先には、巨大な弓の形状をしたかのような腕を持つ人型の悪獣(マリス)が空を舞っていた。

 

 特異個体。

 拡張魔導装甲やそれに類する兵器軍を吸収し、急激に成長した悪獣(マリス)を指す。

 他の個体には見られない容姿と能力を持ち、単体で華人形と戦闘が可能な程の高い戦闘力を持つ。

 

 人類と悪獣(マリス)が戦っているのだとしたら、華人形はその中でもこの特異個体を倒すことが一番大きな役割だろう。

 

 

 ──────だからこそ、(わたし)は役立たずの華人形なのだ。

 

 

「近接武装、届けられる?」

『やってみるが期待するなよ。この状況、逃げろとは言えないが戦うなとも言えん』

 

 特異個体はその強大さ故に数も位置も、基本的には『予言』で確認できている。華人形の配置の殆どは特異個体に合わせたものだ。

 今回の作戦も、後方に展開された特異個体をネムが叩き、前方の部隊は(わたし)と人間の皆さんで片付ける。

 

 そういう方針だったからこそ、ここまで(わたし)達の誰にも発見されず接近されるというのは想定外だ。

 

 予言はあくまで大雑把な数と位置の特定しか出来ないし、普段なら魔力探査の設備が生きている。

 幾つもの偶然、或いは敵の作戦。加えて不運と疲労と不注意が重なった、危機的状況。

 

 

「──────キ、キキキキキキキキキ?」

 

 

 射手型の全身を走る亀裂が開き、幾つもの眼球が(わたし)を捉えた。

 同時に蟋蟀(コオロギ)の断末魔のような奇声が周囲に響き渡り、射手型は弓を引き絞る。

 

 核の位置は頭部。

 次の攻撃が来る前に(わたし)は素早く大口径の対悪獣(マリス)砲の一撃を放つ。

 

 もちろん外すなんてことはありえない。

 当然のように目標の頭部に命中した弾は───これまた当然のように、核を破壊しきることなく防がれてしまう。

 

 特異個体の装甲は、現代兵器の出力じゃ抜くことは出来ない。

 だからこそ華人形の持つ異能が鍵となるのだが、生憎(わたし)の異能は傷を癒すことしか出来ない。

 

『次弾、来るぞ!』

「わからいでか!」

 

 矢と言うよりは槍と言うべき射手型の攻撃を、ブースターを無理やり吹かして地面を滑るようにして避ける。

 そのまま再び飛翔し、旋回しながら機銃掃射で今度は核ではなく腕を狙う。

 

 豆鉄砲なんて意に介することなく、射手型は次弾を装填し放つが、今度の一撃は明後日の方向へと飛んでいく。

 

『腕を攻撃して照準を外したか。やるじゃねぇか』

「有効手段がない以上、時間を稼ぐしかないからな。それより、そろそろか?」

『ああ、今コンテナを射出した。中身はブレードだ。アンタ、得意だろ?』

 

 (わたし)の拡張魔導装甲である《聖娼(ファムルーナ)》は、元々特異個体との戦闘を想定しておらず、奴の装甲を撃ち抜く術がない。

 

 故に、まずはそれだけの武器を手に入れる。

 後方から飛んでくるコンテナの存在をこちらでも認識した。あとはあれの中身をどうにかして回収すれば、まずは勝負の土台には立てる。

 

 そう考えた瞬間、射手型が動いた。

 右腕の弓に矢を番えることなく、左腕で地面を抉りとり、そのままそれを空へと投擲してくる。

 

 石礫程度では拡張魔導装甲にダメージを負わせることは出来ない。だから直ぐに狙いはコンテナの方だとわかった。

 

「やらせたくねぇ、けど!」

 

 (わたし)は直ぐに、コンテナの回収を諦めた。

 もちろんブレードがあれば事態が好転するが、コンテナを狙い、わざわざ弓を使う大振りの一撃ではなくコンテナだけなら投石で十分と判断できる個体相手に回収は難しい。

 

 かと言ってそれではこちらに相手を突破する方法はない。

 

 

 故に、()()()()()()

 

 

『待て、何をするつもりだ《聖娼(ファムルーナ)》!』

「レガン、同調出力のリミッター外せ。至近距離で最大出力をぶち込む」

『馬鹿が! 不許可だ!』

「もう突っ込んでんのはわかるだろ。無駄死にさせたくないなら、やって」

『……クソが。だからアンタは嫌いなんだよ』

 

 

 拡張魔導装甲の一番の利点は、機械群を自らの肉体とすることだ。

 華人形は素の肉体を魔力で強化することが出来る。人間にも普及している技術だが、華人形のそれは人間のそれの効率を遥かに上回る。

 

 そして、自分の肉体であるならば。

 

 拡張魔導装甲に搭載された兵器群にも、この強化は可能である。

 

 だが魔力による強化を行う為には神経一本一本を頭の中でトレースするかのような集中力と、自らの体であるという認識が必要。

 

 つまりは拡張症候群が加速度的に進行する。

 

「っ、ぅ……」

 

 接続されている自身の右腕が、ゆっくりと周囲の機械と同じ色になっていく。

 これが(わたし)の拡張症候群、境界喪失。

 徐々に肉体が自分と拡張魔導装甲の境界を見失い、体組織を鉄に置換し始めてしまう。

 

 症状の進行と共鳴するように、対悪獣(マリス)砲は光を帯びて形状を変化させる。

 可能な限り接近して、最大威力を至近距離でぶっぱなして、一撃で仕留める。

 

 

「───キキ、キキキ」

 

 

 そんな(わたし)の思考を読んだかのように、射手型は嗤った。

 

 わかっている。

 (わたし)は今、敵の掌の上で踊っている。あの射手型は次の一撃を確実に避けて、隙を晒したこちらを仕留める気でいる。そうせざるを得ないように、盤面を操作して。

 

 かと言って他に取れる手段はない。

 ならば相手の予想通りに動いた上で想定を超える。現状の突破手段はこれだけだ。

 

 ここで引いても、被害こそ甚大になれど恐らくは戻ってきたネムがこの個体自体は速攻で片付ける。

 だから(わたし)もここは引くか、可能な限り時間を稼ぐべきかもしれない。

 

 

 けれど、そうしたらこの個体は間違いなく沢山の人間を殺す。

 距離を取り過ぎれば標的を人間に変更してこちらの接近を誘うだろう。もちろん撤退を選べば現在の戦線をこの個体が蹂躙し尽くす。

 

 それは多くの人が殺されてしまう道だ。

 華人形である以前に、(わたし)はそんな道を選ぶことは出来ない。

 

 

 射手型の腕が変形し、枝分かれした矢を一度に数十本番え、こちらへ放たれる。

 威力よりも命中率重視。少しでもこちらに思考を働かせて、本命の一撃を当てるための。

 だから回避しない。全弾、致命になる攻撃以外は一切回避しない。そもそも最初からこんな風に矢を複数かつ分割される方式で放たなかったのは、そうしないとこちらの装甲を貫けないからだ。

 

「火力不足はお互い様。でも、こっちは臆したりしない」

 

 今の攻撃に意味が無いことを悟ったのか。

 射手型は先程までと同じような、槍と形容すべき矢を生成した。そしてそれを弓に番えるのではなく、左腕で構えて(わたし)を迎え撃つ。

 

 なるほど、槍のように見えたのはそもそも槍として使う前提だったからということか。

 

 しかし遠距離で撃ち落とされる心配は減った。

 有効射程に入るまであと数秒。外せば間違いなく貫かれるが、当てたとしても最後の力でやられるかもしれない。

 まぁ、相打ちならば問題は無いだろう。躊躇うことなく(わたし)はブースターの出力を更に上げ、有効射程へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

物質固有時波形、観測完了(テルミナス・クリア)

 

 

 

 

 引き金を押すその瞬間、突然目の前で射手型が()()した。

 こちらには熱は一切感知できなかった。だが、何をどう見ても炭化したとしか言いようがない変化を受け、それが核まで到達したのか、射手型は(わたし)が横をすり抜ける衝撃で吹き飛び、塵となって消えた。

 

 そして次に目に入ったのは、上空からゆっくりとこちらへと降りてくるもう一機の拡張魔導装甲。

 

 飛龍のような様相をしたそれは、華人形の中でも最高戦力である《星刻(アーカイブ)》と呼ばれる華人形、ネム・アーカイブの搭乗機だった。

 

「……ネム、か。助かっ……りました。あと、すいません。この程度の敵に、手こずって」

『いいわ。特異個体を見逃したのは私の落ち度。他の特異個体は片付けたから、ここからは私が戦闘は引き継ぐ。貴方は一度帰投して、体を休めなさい』

 

 ネムの声色は酷く平坦なものだった。

 てっきり怒られるかと思ったから拍子抜けすると共に、ふと考える。

 

 

 何について怒られると俺は思ったのだろうか。

 

 この程度の敵を倒せなかったこと? 

 それとも弱いくせに無茶をして危うく死ぬところだったこと? 

 レガンを脅して同調出力を上げたこと? 

 

 

「なぁ、ネム」

『《聖娼(ファムルーナ)》、まだ作戦中よ。識別コードで呼びなさい』

 

「あの日、お前なんで『死んじゃえばいいのに』なんて言ったんだ?」

 

 

 通信は繋がっていた。

 けれどネムからの返答はなかった。

 

 

 レーダーに映る悪獣(マリス)の反応が急速に消滅していく。

 ネムが現れれば通常の悪獣(マリス)は戦闘にすらならないし、特異個体であろうとも一方的に有利な戦闘を行える。

 

 ネムは強いが、拡張魔導装甲に乗る華人形にとってはこれが当たり前の戦果。今回の結果は、(わたし)が特別弱い故の事態だ。

 

 弱いから選択肢がない。

 弱いから無茶をしなくちゃいけない。

 弱いから、嫌われてしまう。

 

 こと戦場に置いては当たり前のことだ。

 ネムの事なんか考えるのはやめて、さっさと次のことを考えよう。

 

 帰投したら流石に数分は寝かせてもらえるだろうか。

 その後は休む暇もなく負傷者の治療を魔力が切れるまで。いや、その前に同化してしまった体をコクピットから引き剥がさなくてはならない。

 

 この後待っている激痛に憂鬱になりながら、帰投しようとした(わたし)に、去り際に一つのメッセージが届いた。

 

 

 

『私の目の前から消えてよ。それだけで、いいんだから』

 

 

 

 それだけは出来ないんだよ、と。

 面と向かって言えるほど、(わたし)は強い華人形ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「リリィ〜! ロッテが、ロッテがわたしのかみ、ひっぱった!」

「やってない! そんなことやってないから! だって三つ編みにしてって言われたけどアタシそういうの得意じゃなくて……」

 

 泣きついてくるネムを宥めるため、俺は読んでいた途中の本に栞を挟み、同年代と比べても一際小さいネムの頭をゆっくりと撫でる。

 さっきまで大泣きしていたくせに、これだけでいつの間にか笑顔になっているのだから可愛いものだ。

 

 

 西国歴104年。

 まだ俺が(わたし)なんて一人称を使う前で、《聖娼(ファムルーナ)》なんて名前をつけられていなかった、ただのリリィだった頃。

 

 

「と言うか、できないならやるなよロッテ。ネムだってできないって言えば俺なりルリさんに頼むなりするんだから」

「だって……アタシもリリィみたいにネムに頼られたかったんだもん。リリィばっかずるい」

 

 華人形だとかいう種族に生まれ変わって6年。

 未だに自分が女の子のような妖精になったことや、魔力とか色々あるこの世界に生まれ変わったことには戸惑うこともあるが、もう随分と慣れてしまった。

 

 まぁ前世では190cmのムキムキのおっさんだったのに、今では薄い桃色の髪の毛の少女になってしまったという事実には未だに慣れないが。

 

 それでも結構楽しく暮らしている。

 何せ、少なくとも華人形というのは生まれついて結構強い。外には悪獣(マリス)とかいうバケモノがいるらしいが、それでもある程度平和に暮らせる人がいるなら、軍は頑張っている方だろう。

 

 そもそもあの頃は、全部俺がどうにかしてやろうとか考えていた頃だ。

 

 拡張魔導装甲とか異能とか、そんなことはよく分からずに訓練をしている年長組の銃をこっそり使って、腕が前世から落ちてないことを確認したりして。

 

 俺が頑張ってこの平和を守るんだって。

 

 

 

「たーだーいーまー! 私の可愛い妹達は元気にしてるー!? おーい、リリィー! お姉ちゃんが帰ってきたよー!」

 

 

 

 喧しいのに、何故か心地よいと感じてしまう声が響いた。

 声の先には、軍服に身を包んだ桜色の髪をした美しい女性の姿。

 

 その女性を形容するなら正しく花という言葉がピッタリだろう。

 そこに在るだけで空気が柔らかくなる。笑顔を見るだけで心が和らぐ。そう言った数字や感情を無視した天性の美貌。

 俺がいた戦場のような場所ですら、彼女がいれば誰もが武器を握るのをやめてしまいそうなほどに、その女性は美しかった。

 

「あ、ルリだ! ルリィー! みつあみ! みつあみやってぇー!」

「おーよしよしネム久しぶりだねぇ! よーし、お姉ちゃんが三つ編みどころか六つ編みやってあげるからねぇ〜!」

「ルリ姉、まだ帰ってくるには早いんじゃないの?」

「なんだロッテ、嬉しいくせに〜! みんなに会いたくてぱぱっと任務こなしてきちゃっただけだよ。嬉しいだろ〜」

「……まぁ、嬉しく無いわけじゃないけど」

 

 ネムもロッテも、それぞれの表現で彼女に親愛を示していた。

 それから、『花園』中の華人形達が彼女の帰還に気付いて集まり出す。それを受けてより一層の彼女も嬉しそうに笑い、様々な髪色の少女達が楽しそうに笑い合うその姿は、まさに『花園』と呼ぶのが相応しかっただろう。

 

「って、リリィー? なんで貴方だけそんな離れたところにいるの?」

「いや、俺はいいよ。みんなルリさんのこと大好きなんだから……」

「私はリリィのことも大好きなんだけどなぁ〜? お姉ちゃん寂しいなぁ。同じ髪色の妹だけ、おかえりのハグしてくれないなんて」

 

 下手くそな泣き真似を始める彼女を見てるとなんだかアホくさくなってきて、読書の続きでも決め込んでやろうとしたが、それを見たネムが同情してしまったのか、泣き出しそうな顔でこっちを見ていた。

 

 ……あの人はともかく、ネムを泣かせるのは良くないからな。仕方ない。

 

 

 

「……おかえり、ルリさん」

「ただいま、リリィ!」

 

 

 

 彼女の名前はルリ・テンペスト。

 歴代でも最強の華人形と謳われた少女。西国歴106年、散華によりこの世界から消滅した、守りたかった人。

 

 

 (わたし)の姉にあたる華人形だ。

 

 

 

 

 

 

 

 







『花園』
華人形が産まれる土地と、華人形を育てるための施設の総称。ネム、リリィ、ロッテの三人は同じ花園の出身。
6歳前後から戦闘用の訓練が始まり、10歳になる頃には華人形は戦闘に駆り出される。


『姉妹』
華人形には血縁という概念は無いが、リリィの出身の花園では髪の色が似ている華人形を姉妹として扱っていた。桃色の髪はルリとリリィ以外にいなかった為、ルリは唯一の妹として大層かわいがっていた。

ロッテなどの黒髪は非常に珍しく、似た髪色が居ない華人形は大雑把に全員姉妹と考えたり、そもそも華人形同士は全員姉妹関係だと考えていたりする者も多い為、リリィのいた花園独自の考えらしい。



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