TS妖精さんは百合の華を咲かせられない   作:ちぇんそー娘

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6.回顧:リリィ

 

 

 

 

 ルリ・テンペスト。

 識別コードは《天帰(テンペスト)》。年齢は俺の11個上で、歴代でも最強の華人形(ガラテイア)だったらしい。

 

 らしい、というのは何せ俺は彼女が戦場に立つ姿を見たことがなかった。

 なんでも、彼女の異能は「空間そのものを捩じ切る」というものでありたった一撃で悪獣(マリス)の大群を仕留めてしまっていた。

 

 だが、その攻撃はあまりにも見た目がグロテスクである為妹達には何があっても見せたくない。

 ……と、生前口にしていたことを、俺は後で聞いた。

 

 勝利の女神とも、最強の兵器とも。

 彼女の事を示す大層な肩書きはいくつもあった。けれど、俺たちにとっての彼女は──────。

 

 

 

 

「リリィちゃ〜ん。ちょっとリリィ吸わせて〜」

「暑いうるさい気持ち悪いルリさん。……ちょ、マジで吸ってる!? 今汗かいてるから普通にやめろ!」

「いいなぁリリィ。アタシもルリ姉に吸われたい」

「安心しなロッテ。すぐにそっちも吸ってあげるからね〜」

「やーめーろー! マジで教育に悪い!」

 

 良く言えば愉快なお姉さん。

 悪く……と言うより正直に言えば喧しいし馬鹿だし抜けてるところがあるお姉ちゃんと言った感じだったろうか。

 

 黙っていれば美人なのに、花を愛でながら「この草食べれるかな。前にお腹壊したんだけど」とか言ってくるタイプの人だった。

 

「だってぇ……またしばらくみんなに会えなくなると思うと辛くて。できることならみんな食べてあげちゃいたいくらい可愛いんだけどなぁ」

「ぅぅ……ネム、リリィにならたべられてもいいよ……」

「あら可愛いこと言っちゃって。じゃあいただきますじゅじゅじゅじゅ」

「吸うな! ネムのほっぺちぎれるから!」

 

 キスと言うには音が汚すぎる吸引を受けたネムの頬は、いつも赤みがかっているのに吸われたことと本当に食べられるかもと思って彼女の涙腺が緩んだことで真っ赤になってしまっていた。

 

 こんな風に、本当に愉快な人だったことを覚えている。

 

「それじゃ、また近々帰ってくるから元気でね妹達〜。あとリリィ、私の部屋の掃除よろしく」

 

 

 今にして思えば、ルリさんは本当に良い姉だったと思う。

 華人形に与えられる休暇で、自分の『花園』に帰れるような暇は殆どない。俺やロッテ、ネムは自分達の花園には識別コードを受け取って以来一度も帰れていないのだ。

 

 理由は単純に時間が無い。

 絶え間なく続く悪獣(マリス)の襲撃に備えるため常に前線で警戒任務。ルリさんがどれだけ強くて、同時にどれだけ妹思いの姉だったか、彼女が居なくなってから知ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「リリィってさ、なんでそんなに射撃が上手いの? やっぱりルリさんの妹だから?」

 

 ロッテにそんな話をされたのは西国歴で106年、8歳の頃だったか。

 

「別に髪の色が似てるだけで関係は無いと思うぞ」

「実は裏でこっそり色々教えて貰ってたりとかするんじゃないのか〜? 教えろよこのこの〜」

 

 まさか「前世は別世界で傭兵として銃握っていたから」、なんて口が裂けても言えるわけが無いし、言ったら言ったで正気を疑われる。

 

 訓練が始まったのは7歳になる前くらいのときだったが、その内容は俺が思うよりずっと本格的で、華人形の体は存外スペックが高い。

 元々銃を扱うのは得意であったし、外すようなことは滅多になかった。

 だが、リリィの体で撃てば敵が弾を見てから避けられるようなバケモノでは無い限り外す気がしない。止まっている標的なんて、目を瞑っていても外す道理がないと言ったくらいに俺の射撃センスは高まっていた。

 

「まぁ、真面目にやるのが一番なのかねぇ。リリィ真面目だもんな」

「ロッテが不真面目なだけだ。座学だって大事なんだから寝るなよ」

「アタシ考えるの苦手だからさ。アタシなりに考えて考えないで動こうって考えたの」

「ちゃんと考えろ」

「そう言われてもさぁ。やっぱり戦いたいとはならないじゃんか」

「え?」

「逆にリリィは戦いたいの? アタシは嫌だよ。守るためとはいえ、やらなくていいなら戦いたくないかな」

 

 ロッテの言葉を聞いて、俺はそういう考え方があるのだと思い出した。

 

 何せ前世の俺はテロに巻き込まれて両親を失ってから、ずっと戦ってきた。

 平和というものが世界にあるのは知っていたが、自分とは縁遠いものだと思いずっと戦い続け、死んで、ここに居る。

 

 戦うことは当たり前のこと。

 だから当たり前のように受け入れていたが、そうだ。確かに戦えば死ぬし、やらなくていいならやる理由はない。

 

 

 ……でも。

 

 

「ルリさんは、戦ってるからさ」

 

 

 あの人がどれだけすごいかはまだ理解しきれていなかったけど、あの人がずっと戦っていることは知っていた。

 

 別にあの人にそんな気はなかっただろうけれど。

 俺はあの人のおかげで、平和というものがどういうものかを思い出せたのだ。

 

 ルリさんの周りにはいつも笑顔があった。

 ロッテも、ネムも、ほかの姉妹もみんなが笑っていた。

 

 それはきっといい事だろう。俺には自分のものとしてそれを享受する、という感覚が欠落してしまっていたけれど。みんなが笑っていることはきっと良い事だ。良い事を為せるのならば、それもきっと良い事だ。

 

 人間だった⬛︎⬛︎⬛︎には存在しなかった感情。

 何かになりたい、何かを為したいという欲望。

 

 皮肉なことに、人間じゃなくなったことで、俺は人間では無い華人形の皆に生きる目的というものを貰ったのだ。

 

「ルリさんが俺たちを守ってくれているように、俺も皆を守りたい。幸いにも、俺にはそれが出来るだけの技術があるからさ」

「……ぅあー! ずるいぞリリィ! そんなかっこいいこと言えたら人気者になるに決まってるじゃん!」

「別にそんなつもりじゃ。俺はただ、皆が幸せになれればそれが……」

「そういうとこだぞお前ー! ……はぁ、本当にそういうところ。……好きだけど、嫌い」

 

 最後にロッテが少し悲しそうに口にした言葉を、その時の俺はよく聞き取ることができなかった。

 

 それでも当時の俺は大丈夫だと思っていたんだ。

 いざとなれば俺が全てを守る。前世で身につけた知識もあるし、俺はルリさんと同じ髪色をしている華人形。きっと強力な『異能』を身につけて皆を守れる。

 

 そういう存在理由が自分にあるのだと。

 そうやって、ずっと不安を埋めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネムの様子がおかしい?」

「らしいんだよ。ネムの妹によると、最近ほとんど部屋に戻らずどっかをウロウロしてるらしくてな」

 

 ネムは俺とロッテと同い年、その中でも一番遅く生まれて一番背が小さい。

 性格も内気で引っ込み思案で、いつも俺やルリさんの後ろに隠れたり、些細なことで泣き出してしまう。果ては妹にまで宥められてしまうほど泣き虫だった。

 

 かと言って俺もロッテもネムが弱いだけのやつとは思っていない。人一倍優しいからこそ、人一倍涙脆いのがネムのいいところだ。

 

 ただ最近は、訓練で常に最下位の成績を出していて精神的に参ってしまっていそうなところがあったのだ。

 元から優しさ故に戦闘に向いていないと思っていたし、抱え込んでしまう子だ。

 

「けど、それがわかってるならロッテから何か言ってやれば良かったんじゃないか?」

「いやぁ──────アタシじゃ、ダメでしょ。こういうのはリリィの方が適任ってわかってるから!」

 

 ロッテだって妹達に頼られているしネムだってロッテのことを嫌っていることなんてないと思うのに。妙にロッテの反応はぎこちなかった。

 

 多分喧嘩でもしたのだろうと、深く考えず俺はネムについての相談を受けて、ある日こっそり休憩中にどこかへと抜け出していくネムを尾行することにした。

 

 俺たちの『花園』は第一結界から比較的近い場所にあった。

 と言ってももちろん戦線からは離れた場所にあったし、それもあって近くには人間の集落があり、そこで軍人以外とも交流する機会があった。

 

 強力な『異能』を育てる為に、未覚醒の華人形は訓練以外は基本的に自由に暮らすことが出来る。異能はストレスを受けて育つと強力なものが育ちにくい、らしい。

 

 とにかく、そういうわけで俺達は割と『花園』をこっそり抜け出したりしても怒られたりはしなかった。

 ただ、臆病なネムが『花園』の外に出ているということを意外に思いながら、森という程でもない林の奥に俺が足を踏み入れ、そこで見たものは。

 

 

「そ、それでね。お皿割っちゃった妹と一緒に、私はお姉ちゃんに謝りにいったの……」

「すごい! ネムちゃん、本当に優しいお姉さんなんだね!」

「え、えへへ……そうかな……」

「ネム、何やってんだ……?」

「…………あ、り、リリィ……これは、そのぉ」

「もしかしてその子、ネムちゃんの妹!? 綺麗な髪の毛、桃みたい!」

 

 

 結論から言えば、ネムは人間の女の子と遊んでいるだけだった。

 別にそれ自体は悪いことではない。人間と触れ合うことだって俺達は禁止されていないし。

 

 ただ良くないのは、ネムはその子に嘘を話していたことだ。

 俺やルリさんのエピソードを自分の事のように話して、その人間の女の子に自慢していた。

 

「リリィさんですね。私はアーデリア。アーデリア・シュロウって言います。ネムちゃんとお友達をやらせていただいています!」

 

 アーデリアちゃんは近くの集落に住んでいるが、同年代の子が居なくて一人でこの林で遊んでいたところをネムと出会い意気投合。

 ネムはこの子を喜ばす為に、つい内容を盛った自分の話をしてしまっていたようだ。

 

「ご、ごめんリリィ……。私、情けない話しか出来ないから、つい……」

「いや別に俺は気にしないからいいけど……嘘は良くないよなぁ」

「うぅ……」

 

 誰にどう思われようと、よっぽど酷い内容じゃない限り俺は気にしないが、仮にも友達に嘘ばかり話していたのは見過ごせない。

 引っ込み思案のネムに初めてできた、『花園』の外の友達なのだ。出来るならば末永く仲良くして欲しい。

 

「仲良くなりたいのはわかるけど、嘘を吐いていたらバレた時に大変なことになるし、何よりそれで仲良くなっても辛いのはネムだぞ?」

「わかってる、けど……私、いいところないし。私と一緒にいたって、誰も楽しくない。私がいたって、何も出来ないもん」

 

 聞けば、ネムは連日訓練の成績が最下位なのが実はかなり堪えていたらしい。

 引っ込み思案だが、承認欲求は結構強い子だ。ネムを積極的に褒めていたルリさんも最近は忙しくて帰って来れていなかった。

 

 もっと、ネムの顔を見てやるべきだったな。

 反省しながらも、俺は三角座りをして縮こまってしまっているネムの隣に座り込んだ。

 

「私、戦いたくなんかない……。どうせ何も出来ないもん。これ以上自分を嫌いになりたくない。嘘でも、自分のことは好きになりたいし好きになって欲しいもん」

「ネムは嘘なんか吐かない方が可愛いと思うけどなぁ。アーデリアちゃんとこれからも仲良くしたいなら尚更やめた方がいいぞ」

「じゃあやめる」

 

 うん、ちょっとネムの将来が心配になってきたな。

 

「リリィには嫌われたくないし、好かれたいもん。だから私、もう嘘吐かない」

「嬉しいけどもうちょっと自分の意思は持った方がいいぞ?」

「なんか私蚊帳の外にされてません? ネムちゃん、何かリリィさんの面白い話とかないの?」

「リリィはすっごく頼りになる、私の大切な人だからないよ。強いて言うならば……リリィがルリと一緒にお風呂に入ろうって言われて拒否したせいで、ルリが拗ねちゃってリリィもそれを慰めるしかなくなって、二人で2時間くらいお風呂場の前で裸で座り込んでたこととか……」

「めちゃくちゃ面白いじゃん!? それ聞かせてよネムちゃん!」

「ネムそれ話すなよ!? それは本当に話すな!」

「え、えぇ〜!? アーデリアちゃんは友達だし、リリィは姉妹だし、私どっちの言うことを聞けば……」

 

 

 結局その後もネムの成績が良くなることはなかったが、訓練には積極的に参加するようになったし、前より少しだけ明るくなった。

 

 ネム曰く、「華人形じゃなくて人間は、私が守らなきゃいけないから」との事。

 なんだか華人形側の立場としては複雑であったが、ネムが俺が思うよりずっとたくましく育ってくれていることが嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 射撃演習場で一人、俺はそんな日々を思い返していた。

 

 ロッテ、ネム、ルリさん、アーデリアちゃん、姉妹のみんな、軍の人。

 俺の周りには良い人ばかりで、俺は幸運にもそれを守る力がある。前世の俺が今の俺の気持ちを聴いたら、どんな顔をするだろうか。

 

 

 一発、銃弾が銃から放たれて的の中央を撃ち抜く。

 

 

 前世での俺に守りたいものなんてなかった。

 傭兵になったのは、最初は両親を奪ったテロリストへの復讐で、途中からそれ以外の生き方が分からなくなっていたから。

 

 何が幸せかなんて考える機能そのものが、当時の俺からは欠落してしまっていたんだ。

 

 

 また一発、銃弾が銃から放たれて的の中央へと吸い込まれていく。

 

 

 けれど今は違う。

 憧れた人がいる。隣に立ってくれる人がいる。守りたい人がいる。そして、その為に戦いたいと思える自分がいる。

 こんな形であの戦闘の日々が役に立つというのも少し複雑な気分であるが、とにかく嬉しかったんだ。

 

 俺は誰かを守れる。

 ロッテは俺を頼りにしてくれている。リリィも俺を頼りにしている。ルリさんも、俺を妹として大切にしてくれている。

 

 

 引き金が引かれる。

 弾丸は前に放たれた弾丸によって撃ち抜かれた穴を寸分違わず通り抜けていく。

 

 

 

 こんな風に、銃弾を外さない俺でいる限り。

 俺はここにいていいんだ。前みたいに、背中を預けたやつに後ろから頭を撃ち抜かれて死ぬなんてことは無い。

 

 俺はなんて幸福なんだろう。

 もうあんな怖い思いをしなくていい。たとえ死ぬ時でも、きっと今世は皆を守れることを誇りに思って死ねるだろう。

 

 

 腕に残った銃の反動。

 それを無理やりかき消すように、俺は無理やり歓喜に体を震わせた。

 

 

 

 








『リリィ(ロリ)』
今より男の口調を隠すつもりもなく、ちょっぴり自信過剰。ロッテとネムとルリと、皆のことが大好き。そうすれば嫌われないと思っている、


『ロッテ(ロリ)』
今より少しだけ影のある笑みを浮かべるが、ギャンブル依存症でもないし花壇を大事に手入れしている。リリィをどう思っているか、自分でも上手く口にできない。


『ネム(ロリ)』
今と全く違うすぐ泣くか弱い生き物。初めてコオロギを見かけた時ショックで丸一日寝込んだ話は『花園』では鉄板の笑い話。皆のことが好きだけど、自分をなかなか好きになれない。


『ルリ・テンペスト』
リリィの姉。血縁関係は無いので姉を名乗る人。
最強の華人形であり、誰よりも頼れる人。どんな時も笑顔で、その場にいるだけで場が和む人。

西国歴106年、ポイント14にて散華。その影響で周辺一帯は現在人間も悪獣も立ち入れない領域となっている。


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