「リリィってどんな異能が欲しい?」
それは訓練中、ロッテからの何気ない一言だった。
異能というものは、華人形が10歳前後に目覚める特殊な力。
既存の魔法技術の法則を無視した強大な力。拡張魔導装甲には、この力を補佐する目的も大きい。
また、強大な異能に目覚めれば目覚めるほど、それを扱う為の魔力量も成長する。つまりは強力な華人形になれるかは、目覚める異能にかかっていると言ってもいい。
「ルリさんほどのものじゃないにしろ、やっぱ汎用性が高くて強いやつがいいな。俺は射撃が得意だし、出来るならそれと併せやすい感じで」
「なんかふわっとしてるなぁ。アタシはやっぱり派手にドカーンと、何も考えずぶっぱなせるのがいいな」
「派手にドカーンとするやつを何も考えずにぶっぱなすのは、戦略的にまずくないか?」
「……例えだって。そんな真面目に取らないでよ」
しかしロッテの言うことにも一理ある。
小細工を弄せずとも強い異能が発現すれば、それだけで人類にかかる負担も減るしわかりやすい攻撃は他と組ませやすい。
ルリさんクラスにもなると強すぎて逆に味方と組ませづらいらしいし、それほどではなくてもそこそこ強い異能は身につけたい。
とは言っても、どんな異能が発現するかの法則はまだほとんど解明出来ていない。しかしそれでもこれだけが、
「あー、強いて言うなら欲しい異能があるな」
「なになに? 聞きたい聞きたい」
「硬質の物質生成」
「……なんか地味じゃない。アタシはもっと派手なのがいいな」
便利で強いと思うんだけどなぁ。
◆
「どんな異能が欲しいか、かぁ」
「そうそう。ロッテに聞かれてさ。ネムは欲しいのある?」
いつものように、林の真ん中の空き地でアーデリアちゃんを待つネムに、何となくその話を持ちかけた。
「私は……どうせならみんなを守れるような力がいいかな。私は弱いけど、リリィやロッテ、ルリを守れたら、便利だし」
なんともネムらしい優しい回答だった。
「でも華人形は一人で敵を殲滅できてなんぼだからなぁ。欲しがるならもっと攻撃的な感じじゃないと」
「じゃ、じゃあ……盾を出して、それで、押しつぶす」
「思ったよりえぐいの来たな」
そんな他愛のない話をしていた時。
地平線の向こう側で、戦線に何か「異常」が起きたことに、華人形である俺達は半ば本能に近い形でそれを悟った。
だが、戦線で予想外のことが起きるなんていつもの事。
たまにその気配を感じ取っても、それは戦線で戦う先輩達も同じこと。すぐに対処すべく動き出すし、そもそも
──────
後にそう名付けられたその特異個体は、上空で己の体を自爆させ、広範囲に
結局、ばら撒いた
「リリィ……あれ……」
「っ、伏せろネム!」
ネムを庇うようにして俺達は地面に伏せる。
直後、近くに隕石でも落ちてきたかのような大きな揺れと、
「ネム、大丈夫か?」
「私は大丈夫。で、でも、今の悲鳴……」
「わかってる。急ぐぞ」
悲鳴は間違いなくアーデリアちゃんのものだ。恐らく降ってきた『何か』の近くにいたのだろう。
視界の遠くに移る小さな村から火の手が上がっている。だが何が原因かはすぐに判別がつかない。
十中八九、原因は
あまりに情報が不足している。
今はとにかく、アーデリアちゃんを見つけて直ぐに『花園』に戻るのがベストだ。あそこなら、相当の防衛設備が整っていて少なくとも助けが来るまでの時間は稼げる。
「アーデリアちゃ───」
「リリィさん! ネムちゃん!」
アーデリアちゃんの姿はすぐに見つかった。
衝撃の発生源を辿っていけば、彼女はそのすぐ近くにいたのだから。
だが、同時にそれは衝撃の発生源そのものにも近づいてしまったことを意味する。
「───
生まれて初めて直接見た
生物の肉を腐らせてから無理やり糸で繋ぎ、その上からタールでもかけたかのような不細工で不快な姿。
対して瞳は何も映していない。なんのために人に、華人形に攻撃するのか。自分自身ですら理解していないかのような虚空。
「り、りりぃ……」
俺の後ろに立っていたネムが、腰を抜かしてその場に座り込んでしまう。アーデリアちゃんの方は……木片が足に刺さっていて、そのせいで上手く立ち上がれない様子。
「二人とも───大丈夫。俺に任せろ」
懐から護身用の銃を取り出して、即座に放つ。
猟犬型ならば、だいたいその位置は頭部にある。
訓練でやった魔力とやらの流れを見るように意識を集中させれば、透視でもするかのようにその位置を把握し、そこを狙って射撃を行うことが出来た。
「キ、キキ、キキキ、キ?」
「ちっ、弾が小さいか」
だが、銃弾はタールのような液体と肉に阻まれて核に届かない。
とりあえずはアーデリアちゃんではなく俺の方に意識を集中してくれて、奇声を上げながらこちらへと向かってきてくれているが、そうなってくると今度はネムが危ない。
───決めるしか、無い。
俺は走り出して、狙いを定める。
先程と同じく頭部。だが今度は至近距離でぶち込む。
猟犬型の牙や爪は、家屋を容易く砕く威力がある。
捕まったら即死。そもそも俺が死んだらアーデリアちゃんもネムも死ぬ。
そう考えたら、失敗する理由はなかった。
衝突の1歩手前で跳躍し、大きく開かれた口の中に突っ込むような形を取る。
鋭い牙が目に入って、この口が閉じられたら俺は死ぬんだろうなぁと他人事のような思考が頭を過った。
猟犬型の核の位置は頭部。大体が脳のような場所にある。そして口内は、外殻がない分銃弾の威力が減衰せずに核へと届く。
引き金を引くのと、顎がギロチンのように閉じられようとしたのはほぼ同時。
俺の足が食いちぎられるよりも早く、
「あ、あ、うわぁぁぁぁぁぁん! り、リリィ! なんで、なんであんな危ないことしたの!?」
「悪い。あれ以外方法が思いつかなかった」
「心臓止まると思ったよぉぉぉぉ!!!」
「俺なんかよりもアーデリアちゃんだ。俺はちょっと汚れてるから、ネムが見てやってくれ」
「うぅ……ぐすっ。うん、ありがとう、リリィ」
アーデリアちゃんの脚は大事にはいたってなかったが、それでも今すぐ走り出すのは少し難しそうであった。
人体に有害な
「ネム、大丈夫そうか?」
「ごめんねネムちゃん。重くない?」
「大丈夫大丈夫! それよりも、早く花園に……」
なんとか笑顔を作ろうとしていたネムの表情が、一瞬硬直した。
それから徐々に、その表情は青ざめて俺の背後にいる何かを見つめていることに気付いた。
「キ、キキキ、キィ」
「キキキキ、キキ」
「キ、キキキ、キキキ」
猟犬型が三体。
今の装備でどうにかなる相手では無いとか、そんなことを考えるよりも先に叫んでいた。
「走れ!」
俺達が走り出すのと、猟犬型が走り出したのはほぼ同時。
だがこれはあまりにどうしようもない。一体ならともかく、三体。さっきの方法で仕留めようとしてもその間にネムとアーデリアちゃんが殺される。
「リリィ、リリィ、リリィ! どうしようどうしようどうしよう!」
ネムもパニックを起こして、呼吸が明らかに乱れている。アーデリアちゃんも同じく顔を真っ青にして必死に涙を堪えている。
俺が何とかしなくちゃ。
このままでは三人とも喰われて死ぬ。最悪を想定し、最善を想定し、打開策を考える。
誰かが助けに来てくれる? いや、さすがにまだ時間がかかるはず。そもそもみんな状況把握でいっぱいいっぱいのはず。そんなものに期待しても、あと1分もかからず全員死ぬのに希望は持つだけ無駄。
武器は、口の中からぶち込んでやらないと意味の無い役立たずの銃だけ。一体の動きならこれで止められるが、残り二体にそのうちに俺達が殺される。
あれ? これ詰んでないか?
どれだけ思考を回しても三人助かる道がない。三人で助かる方法が俺の頭では思いつかない。俺の能力では実行できない。
だったら、仕方ないな。
「ネム、アーデリアちゃんは俺が背負う」
ネムも体力的にも精神的にも限界なのだろう。特に抵抗することなく、アーデリアちゃんを抱えていた腕の力を弛めて、それでも彼女が落ちないように丁寧に俺の方に体重を移動させた。
俺は
そして、俺はアーデリアちゃんの体を横へと放り投げた。
「──────え?」
万が一がないように、彼女の足に一発銃弾を撃ち込み、走れないようにする。
予想通り、銃声が轟いた瞬間にはもう彼らの意識が俺達ではなくアーデリアちゃんに向いたのがわかった。
「リリィ?」
「今のうちに逃げるぞネム」
このままでは三人とも死ぬ。
しかしこの方法なら二人は生き残れる。
「え、リリィ?」
「ほら早く、小さいからすぐに殺されて、こっちを追ってくる」
俺がその役割を引き受けられればよかったが、華人形より人間を優先する可能性があった。一体引きつけるだけでは、結局生き残るのが俺一人になってしまう。
「……」
「早く逃げるぞネム。耳は、塞いだ方がいいかもしれない」
人間を見捨てることに、華人形としての精神が悲鳴を上げる。
苦しくて、立っているのも辛い。わざわざ足を撃ったのも響くし、アーデリアちゃんの口から放たれている俺への憎悪と疑問の声。
なんで、どうして。
そんな声はやがて、
けれどこれが最善だ。
人間一人の命で、華人形二人。友達の友達と、友達の命。天秤にかけてしまえばあまりに簡単に答えは出た。
なんでこの天秤を使うのを躊躇っていたのか、自分でも不思議なくらいにあっさりと出た答え。
「リリィ───なに、してるの?」
聞いた事のないくらい低いネムの声で、俺の思考はようやく現世に戻ってくる。
ネムを助けたかった。ちゃんと守ってやりたかった。その為に、俺は最善の策を打ったはずだった。
けれど、その選択ができてしまう時点で。
俺は、誰かを守る側の存在になんてなれなかったのかもしれない。
「ひとごろし───」
路傍の石でも見るかのような、冷たいネムの瞳に俺が固まってしまった一瞬の隙。
ネムがアーデリアちゃんの方へと駆け寄る。
三体の
結局この時どうすればよかったのか。
その答えは、未だに出てこない。
◆
「ネム……いき、てる?」
「…………」
その後のことはよく覚えていない。
必死にネムだけでも引き離そうとしたけどできなくて、仕方なく
左腕の感覚がなくて、右目が開かない。
ネムの方は全身血まみれで体のサイズが2/3くらいになってしまっている。
アーデリアちゃんは、確認するまでもなかった。
今にも消えてしまいそうな浅い呼吸のネムを抱えて、俺は何とか『花園』へと辿り着いた。
何があったかを説明する余裕もなく、直ぐに治療が開始された。
とりあえず助かった、と思ったけれど。悪い事をしたバチでも当たったのか、まだ周囲が静かになってはくれなかった。
「……これは、もう手遅れね」
「……ぇ」
「ネムちゃんの方は傷が深すぎる。体の末端の崩壊も始まっているわ」
ネムの体が端から薄く透け始めている。
それは華人形にとっての死。肉体を維持することが出来なくなり、魔力となって霧散してしまう、死体すら残らない終わり。
「やだ……やだやだやだやだ! 頼む! 俺は、俺はどうなってもいいからネムを───」
先輩は俺の顔を見て、辛そうに目を逸らした。
手の施しようがない。暗にそう言っているのだ。
俺は人を殺した。
ネムの大切な友人を殺した。その挙句にこのザマ。ネムも守れず、自分も死にかけて、本当にどうしようもないクズだ。
これで誰かを守れるなんて本気で思っていたのだから救いようがない。
俺にはそんなもの、過ぎた願いだったんだ。周りの人達があんまりにもいい人達だったから、自分まで同じようになれたんだと勘違いしてしまった。
「ネム、ごめんな」
だから、俺はこの時心の底から願ったんだ。
せめてネムだけは守らせて欲しい。
それ以上のものなんて俺には望む資格もなければ、力があってもどうせまた間違えてしまう。
だから今だけ、ネムを助けさせて欲しいって。
この日、俺は《