「ちっ……」
隣から一切不機嫌を隠そうとしない舌打ちが聞こえてきて、
一応仕事というわけで軍の制服で来たのだが、隣でずっと舌打ちしているネムはパンツルックの私服だし、そもそも第二結界内の人間の街のど真ん中でこの格好というのはかなり目立つ。
「リリィ」
「えっ、な、なんですか……ネ、じゃなくて、《
「今日一日、私に敬語使ったり識別コードで呼んだりしたらぶっ飛ばすからね」
「……うっす」
「あと、今日は、その……いや、なんでもないわ」
どうしてこんなことになってしまったのか。
話は数日前に遡ることになる。
「お久しぶりですリリィ・ファムルーナさん。私はロッテのオペレーターを務めています、カドラエーナです」
腕の治癒が完了し、次の戦闘計画に目を通しながらリハビリをしていた
華人形は性質上みんな若い故に、軍の内部で自分たちより歳下の相手なんて見たことがなかったが故に、ロッテのオペレーターがこんな幼い子だったことにはそれなりに衝撃を受けたし、ロッテのオペレーターがわざわざ会いに来るなんて一体どんな要件なのかと不安にもなった。
「ポイント9奪還作戦と、それに伴うロッテの『調整』が一段落しました。それで、ロッテの方から貴方達に依頼があります」
「依頼……?」
あのロッテが『依頼』なんて話を
「『散華』の承諾の代わりに獲得した特殊休暇と特権を行使し、第二結界内のある都市での一日間の作戦行動を希望しています」
「えっと……」
「貴方には一日の間ロッテの指揮下に入ってもらい、ロッテの護衛をしながら特殊任務の補佐を行ってもらいます。拒否権はありません」
「はぁ」
「あと、当日は全身全霊で自身を飾り立てる必要があると思います」
「それは、命令ですか?」
「いえ。個人的なアドバイスです。それでは」
何かおかしいとは思いつつ、とりあえず一応任務らしいし、式典用の時に一回だけ使ったやつを引っ張り出して来たのだが。
「…………ねぇ。なんでリリィ軍服で来てるの?」
「知らないわよ。馬鹿だからじゃないの」
「えぇ……だって、これは
「いやありえないでしょ。なんで街に遊びに来るのに軍服着てくるの?」
ロッテのオペレーターさんの伝え方が婉曲し過ぎというか。
要はこれ任務でもなんでもなく、ロッテの休暇に付き合えってことだよな? なんて最初からそう言ってくれないんだよ。
「せっかく久々の休暇なのに、軍服に隣に歩かれたらテンション下がっちゃうじゃんか」
「じゃあコイツだけ家に返す? 私は構わないけど」
「いやいやそこまでしなくていいから。うーん、じゃあ予定変えてまずはリリィの服買いに行かない? せっかく顔がいいのに変な服しか持ってないじゃん」
「変な服……あれはルリさんからのお下がりで」
「それが変だって言ってるのよ。あの人センスは最悪だったじゃない。姉妹らしく似たセンス発揮されても私が恥ずかしいし、適当な店で着替えさせましょう」
ネムは
「ちょっとー? 今日の主役はアタシなんだけどなぁ」
その後をロッテが小走りで追いかける。
そして、最後に残された
そういえば、この街には随分前にも一度訪れたことがあった。
あの時はルリさんがいて、その後ろを俺が着いていって、ロッテがさらにその後ろで、ネムの手を引いてくれていたんだ。
逆転した並び順に何となく寂しさと嬉しさを感じながら、華人形の休日が始まった。
◆
「ねぇこれ、なんかフリフリ多くない?」
「チビなんだから適当にフリフリした衣装着せとけばいいでしょ」
「えー……でも
「知らないのリリィ? 15歳って世間一般的にはまだ子供なんだぞ? それはそうとリリィはもうちょっと大人っぽい感じの……あ、こっちの服とかどう?」
適当な衣服店に入るや否や、
ただ、服に関しては小さい頃はルリさんになされるがままだったし、配属されてからはずっと支給されたものを着てばかり。
だから
正直渡された服は何着か着方が分からなくてロッテに助けて貰ったりしながら、改めて鏡に目を向ける。
そこには桃色の髪をした、少し大人びた目をした少女が映っていた。
華人形の年齢からすれば、15歳というのはもう既に死が見え始める年齢だ。この年齢で死ぬ華人形も少なくはない。
だが、人間としてみてみればまだまだ子供。
前世での
「──────」
「どうしたリリィ? まさか自分に見惚れてたかー?」
「あ、あぁ……って、そんなんじゃないよ。ただ、こういう衣装を着るのってなんだか新鮮で」
「アタシ達だって女の子なんだから、オシャレはやってみなくちゃね。気に入ったのあったらそれ買ったげるから」
「いやお金は自分で払うよ」
「いーのいーの! アタシ、散財したくて今日ここに来ているみたいなもんなんだから!」
拡張症候群による、ギャンブル依存症の延長線の話だろう。
そういうことなら、無理に我慢させるのも良くないしここは言う通りにするのが吉か。
「そういうことなら、ここの会計は任せようかな」
「いえーい! じゃあネムがさっき選んでたやつにしちゃおう!」
「は? 待ちなさいよ。今真面目にリリィに一番似合う服を選んでるんだから。そうねぇ……胸はあまり大きくないけどスタイルはいいから……」
「さっきのヒラヒラのは真面目に選んでなかったんだな……」
大真面目に服を選んでくれているネムを待ちながら、もう一度鏡に目を向ける。
そして今度は少し服を捲り、腹部を映す。
そうして目に映るのは、傷、傷、傷。墜落した衝撃で破片が刺さった時の傷、同化が進んだ内臓を摘出するために切り開いた傷、昔
普通の女の子に見えることはある。
それでも、
そういう風に在ることが
「リリィー。ちょっとこっち来てくれなーい? 服のサイズ再確認したいから」
「あぁ。今行くよ」
今の
けれど、あの兵器を使いこなせるようになれば──────。
そんな事を考えながら更衣室から出た直後。
「ちょ、リリィ!? え、なんでずっこけたの!?」
「あ、そっちリリィにサイズ合うと思って置いておいたヒール入のシューズよ」
「ひ、ひーる……?」
そう言えばヒールなんてものを履いたことは、一度もなかった。
式典と言ってもドレスを着て参加するようなのには出てないし、基本的におめかしとは軍服でするものだったから、履く機会そのものがなかったのだ。
「……ぷっ、あはははは! ヒールですっ転ぶって! 15歳にもなってヒールで!? 子供じゃないんだから!」
「……だっさい。もっと低いシューズ探してくる」
「い、いや待て。意識してなかったから転んだだけで、別に普通に立てるから!」
ロッテとネムは、まるで『花園』にいた頃に歳下の妹を見るような目で
別にこれくらい恥ずかしくもなんともないはずなのに、何故か
「いやごめんって。リリィがこんなしっぱいするなんて、あんまりにも
「そうね。リリィらしくないから、面白かったのかも」
「お前らなぁ……」
今この瞬間だけは
ただのリリィと、ロッテと、ネムでいられる。そんな最後の時間なんだ。
◆
「いやー、散財した散財した。おかげでアタシは一文無しだよ。特にネム、アタシの奢りだって言った瞬間高いのばっか頼んでなかった?」
「そりゃあ奢りなら一番高いの頼むに決まってるじゃない」
「決まってないでしょ。リリィなんてちんまいお口でいっちゃん安いのを小動物みたいにちまちま食べてたのにアンタと来たら!」
「いや
「そう言うのは言わぬが花ってやつでしょうが。なんだよ二人とも優しくない!」
街を一望できる高台に身を乗り出してはしゃいでいるロッテ。
夕焼けに照らされて赤く染る景色は、まるで世界の終わりのようで。
「改めて、今日はありがとね二人とも。ネムとリリィって最近仲悪そうだったのに、今日は喧嘩しないで最後までいてくれて」
いきなりデリケートな部分に突っ込まれて、
「そりゃあリリィのことは嫌いよ。でも、ロッテとの最後の休日にまで喧嘩するほど、空気が読めない女になったつもりは無いってだけ」
「なるほどねぇ。リリィの方は?」
「
「真似しないでよ気持ち悪い」
今日は喧嘩しないって言ったのに。
「あはは。まぁ一朝一夕でどうにかなる問題じゃないか。最後に2人が仲直りするきっかけになればなぁって思ってたんだけど」
最後、という言葉がロッテの口から出てきて、
この休暇は、人類の為に『散華』することを選んだからこそ、ロッテに与えられたもの。
明日からは本格的にポイント9奪還計画の為の動きが始まり、もうこんな風に羽根を伸ばせる時間は来ないだろう。
最後の休暇まで
「そんな顔しないでよリリィ。これは全部アタシがやりたくてやってる事なの。だから2人が何かを思うことなんてない」
「そうね。あのカフェのケーキ美味しかったわよ。ご馳走様」
「……ネム、さすがにそれは空気読めてないぞ」
「何よ。そっちが読めてないだけでこれが最近のトレンドなのよ」
「あはは。まぁアタシはこれはこれで好きだけどねぇ」
ロッテは世界の全てを吸い込んでしまうかのように、大きく大きく息を吸って、吐き出した。
残された全てを噛み締めるように、この世界に少しでも自分を刻みつけるように。
「うん。今日は楽しかった。これで安心して死ねるってもの。だから、最後に二人に聞きたいんだけどさ」
なんてことの無い、『花園』での日常の1ページのように。
「二人ともさ。人類も何もかも見捨てて、アタシと一緒に逃げちゃわない?」
「──────え?」
ロッテは、これまでの時間の全てを否定した。