TS妖精さんは百合の華を咲かせられない   作:ちぇんそー娘

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9.聖娼と星刻と不壊と

 

 

 

 

 

「ちっ……」

 

 隣から一切不機嫌を隠そうとしない舌打ちが聞こえてきて、(わたし)は思わず身を縮こまらせてしまう。

 

 一応仕事というわけで軍の制服で来たのだが、隣でずっと舌打ちしているネムはパンツルックの私服だし、そもそも第二結界内の人間の街のど真ん中でこの格好というのはかなり目立つ。

 

「リリィ」

「えっ、な、なんですか……ネ、じゃなくて、《星刻(アーカイブ)》、さん……はいらないか」

「今日一日、私に敬語使ったり識別コードで呼んだりしたらぶっ飛ばすからね」

「……うっす」

「あと、今日は、その……いや、なんでもないわ」

 

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 話は数日前に遡ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりですリリィ・ファムルーナさん。私はロッテのオペレーターを務めています、カドラエーナです」

 

 腕の治癒が完了し、次の戦闘計画に目を通しながらリハビリをしていた(わたし)の目の前に現れたのは、10代前半に見える人間の……男か女かも判別のつかない子だった。

 

 華人形は性質上みんな若い故に、軍の内部で自分たちより歳下の相手なんて見たことがなかったが故に、ロッテのオペレーターがこんな幼い子だったことにはそれなりに衝撃を受けたし、ロッテのオペレーターがわざわざ会いに来るなんて一体どんな要件なのかと不安にもなった。

 

「ポイント9奪還作戦と、それに伴うロッテの『調整』が一段落しました。それで、ロッテの方から貴方達に依頼があります」

「依頼……?」

 

 あのロッテが『依頼』なんて話を(わたし)達に持ってくるなんて、一体どういうことなのだろうか? 

 

「『散華』の承諾の代わりに獲得した特殊休暇と特権を行使し、第二結界内のある都市での一日間の作戦行動を希望しています」

「えっと……」

「貴方には一日の間ロッテの指揮下に入ってもらい、ロッテの護衛をしながら特殊任務の補佐を行ってもらいます。拒否権はありません」

「はぁ」

「あと、当日は全身全霊で自身を飾り立てる必要があると思います」

「それは、命令ですか?」

「いえ。個人的なアドバイスです。それでは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かおかしいとは思いつつ、とりあえず一応任務らしいし、式典用の時に一回だけ使ったやつを引っ張り出して来たのだが。

 

「…………ねぇ。なんでリリィ軍服で来てるの?」

「知らないわよ。馬鹿だからじゃないの」

「えぇ……だって、これは(わたし)悪くなくない?」

「いやありえないでしょ。なんで街に遊びに来るのに軍服着てくるの?」

 

 ロッテのオペレーターさんの伝え方が婉曲し過ぎというか。

 要はこれ任務でもなんでもなく、ロッテの休暇に付き合えってことだよな? なんて最初からそう言ってくれないんだよ。

 

「せっかく久々の休暇なのに、軍服に隣に歩かれたらテンション下がっちゃうじゃんか」

「じゃあコイツだけ家に返す? 私は構わないけど」

「いやいやそこまでしなくていいから。うーん、じゃあ予定変えてまずはリリィの服買いに行かない? せっかく顔がいいのに変な服しか持ってないじゃん」

「変な服……あれはルリさんからのお下がりで」

「それが変だって言ってるのよ。あの人センスは最悪だったじゃない。姉妹らしく似たセンス発揮されても私が恥ずかしいし、適当な店で着替えさせましょう」

 

 ネムは(わたし)ともロッテとも目を合わせず、少し早めに歩き出してしまう。

 

「ちょっとー? 今日の主役はアタシなんだけどなぁ」

 

 その後をロッテが小走りで追いかける。

 そして、最後に残された(わたし)は二人に追いつくために軽く走り出す。

 

 

 そういえば、この街には随分前にも一度訪れたことがあった。

 あの時はルリさんがいて、その後ろを俺が着いていって、ロッテがさらにその後ろで、ネムの手を引いてくれていたんだ。

 

 

 逆転した並び順に何となく寂しさと嬉しさを感じながら、華人形の休日が始まった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「ねぇこれ、なんかフリフリ多くない?」

「チビなんだから適当にフリフリした衣装着せとけばいいでしょ」

「えー……でも(わたし)15歳だぞ?」

「知らないのリリィ? 15歳って世間一般的にはまだ子供なんだぞ? それはそうとリリィはもうちょっと大人っぽい感じの……あ、こっちの服とかどう?」

 

 適当な衣服店に入るや否や、(わたし)はネムとロッテが持ってくる服を着せられては脱がされ、脱がされては着せられを繰り返していた。

 

 (わたし)の仕事として士気の高揚があり、その為に見た目にはそれなりに気を使っていた。さすがに戦場にまでメイクを持っていったりなんてことは出来なかったが、式典の時とかはちゃんとしてたし、実はケアにも結構気を使っている。

 

 ただ、服に関しては小さい頃はルリさんになされるがままだったし、配属されてからはずっと支給されたものを着てばかり。

 

 だから(わたし)は、女の子の衣装というものに疎かった。

 正直渡された服は何着か着方が分からなくてロッテに助けて貰ったりしながら、改めて鏡に目を向ける。

 

 そこには桃色の髪をした、少し大人びた目をした少女が映っていた。

 

 

 華人形の年齢からすれば、15歳というのはもう既に死が見え始める年齢だ。この年齢で死ぬ華人形も少なくはない。

 

 だが、人間としてみてみればまだまだ子供。

 前世での(わたし)だったら、戦場でこんな子供を見たら引き金を引くことを躊躇って───

 

 

 

「ひとごろし」

 

 

 

「──────」

「どうしたリリィ? まさか自分に見惚れてたかー?」

「あ、あぁ……って、そんなんじゃないよ。ただ、こういう衣装を着るのってなんだか新鮮で」

「アタシ達だって女の子なんだから、オシャレはやってみなくちゃね。気に入ったのあったらそれ買ったげるから」

「いやお金は自分で払うよ」

「いーのいーの! アタシ、散財したくて今日ここに来ているみたいなもんなんだから!」

 

 拡張症候群による、ギャンブル依存症の延長線の話だろう。

 そういうことなら、無理に我慢させるのも良くないしここは言う通りにするのが吉か。

 

「そういうことなら、ここの会計は任せようかな」

「いえーい! じゃあネムがさっき選んでたやつにしちゃおう!」

「は? 待ちなさいよ。今真面目にリリィに一番似合う服を選んでるんだから。そうねぇ……胸はあまり大きくないけどスタイルはいいから……」

「さっきのヒラヒラのは真面目に選んでなかったんだな……」

 

 大真面目に服を選んでくれているネムを待ちながら、もう一度鏡に目を向ける。

 

 そして今度は少し服を捲り、腹部を映す。

 そうして目に映るのは、傷、傷、傷。墜落した衝撃で破片が刺さった時の傷、同化が進んだ内臓を摘出するために切り開いた傷、昔悪獣(マリス)の爪で切り裂かれた時の傷。

 

 (わたし)と同じような傷が、ネムやロッテの体にも刻まれていることだろう。この仕事をしていたら、幾ら強くても怪我は避けられない。ルリさんの体にですら幾つか目立つ傷はあったのだ。

 

 普通の女の子に見えることはある。

 それでも、(わたし)達は兵器なのだ。特に(わたし)は中身だって女の子でもなんでもない。多くの敵を殺して、仲間を守るための兵器。

 

 そういう風に在ることが(わたし)達の使命であり、(わたし)の望み。

 

「リリィー。ちょっとこっち来てくれなーい? 服のサイズ再確認したいから」

「あぁ。今行くよ」

 

 今の(わたし)は何も守れていない。

 けれど、あの兵器を使いこなせるようになれば──────。

 

 

 そんな事を考えながら更衣室から出た直後。

 (わたし)は突然バランスを全く取れずに無様に地面に転がってしまった。

 

「ちょ、リリィ!? え、なんでずっこけたの!?」

「あ、そっちリリィにサイズ合うと思って置いておいたヒール入のシューズよ」

「ひ、ひーる……?」

 

 そう言えばヒールなんてものを履いたことは、一度もなかった。

 式典と言ってもドレスを着て参加するようなのには出てないし、基本的におめかしとは軍服でするものだったから、履く機会そのものがなかったのだ。

 

「……ぷっ、あはははは! ヒールですっ転ぶって! 15歳にもなってヒールで!? 子供じゃないんだから!」

「……だっさい。もっと低いシューズ探してくる」

「い、いや待て。意識してなかったから転んだだけで、別に普通に立てるから!」

 

 ロッテとネムは、まるで『花園』にいた頃に歳下の妹を見るような目で(わたし)を見ながらも、幼なじみ特有の距離感で容赦なく笑いものにしてくる。

 別にこれくらい恥ずかしくもなんともないはずなのに、何故か(わたし)の方も顔が赤くなってちょっと泣きながら更衣室に閉じこもってしまう。

 

「いやごめんって。リリィがこんなしっぱいするなんて、あんまりにも()()()()()()、おかしくって……」

「そうね。リリィらしくないから、面白かったのかも」

「お前らなぁ……」

 

 (わたし)らしく、って、今の(わたし)はいつだって失敗ばかりで役立たずの、出来損ないの華人形なのに。

 

 今この瞬間だけは(わたし)達は《聖娼(ファムルーナ)》でも、《不壊(アダマス)》でも、《星刻(アーカイブ)》でもない。

 ただのリリィと、ロッテと、ネムでいられる。そんな最後の時間なんだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「いやー、散財した散財した。おかげでアタシは一文無しだよ。特にネム、アタシの奢りだって言った瞬間高いのばっか頼んでなかった?」

「そりゃあ奢りなら一番高いの頼むに決まってるじゃない」

「決まってないでしょ。リリィなんてちんまいお口でいっちゃん安いのを小動物みたいにちまちま食べてたのにアンタと来たら!」

「いや(わたし)はあんまりお腹減ってなかっただけで、別に遠慮したわけじゃないよ」

「そう言うのは言わぬが花ってやつでしょうが。なんだよ二人とも優しくない!」

 

 街を一望できる高台に身を乗り出してはしゃいでいるロッテ。

 夕焼けに照らされて赤く染る景色は、まるで世界の終わりのようで。

 

「改めて、今日はありがとね二人とも。ネムとリリィって最近仲悪そうだったのに、今日は喧嘩しないで最後までいてくれて」

 

 いきなりデリケートな部分に突っ込まれて、(わたし)はなんて返せばいいのか分からず、ネムの方にバレないように視線向けて、彼女の様子を伺ってしまう。

 

「そりゃあリリィのことは嫌いよ。でも、ロッテとの最後の休日にまで喧嘩するほど、空気が読めない女になったつもりは無いってだけ」

「なるほどねぇ。リリィの方は?」

(わたし)も、まぁ。そんな感じかな」

「真似しないでよ気持ち悪い」

 

 今日は喧嘩しないって言ったのに。

 

「あはは。まぁ一朝一夕でどうにかなる問題じゃないか。最後に2人が仲直りするきっかけになればなぁって思ってたんだけど」

 

 最後、という言葉がロッテの口から出てきて、(わたし)は唇を噛み締めてしまう。

 

 この休暇は、人類の為に『散華』することを選んだからこそ、ロッテに与えられたもの。

 明日からは本格的にポイント9奪還計画の為の動きが始まり、もうこんな風に羽根を伸ばせる時間は来ないだろう。

 

 最後の休暇まで(わたし)とネムのことを案じているなんて、ロッテらしいとも思えてそれが嬉しくも、少し悲しくもある。

 

「そんな顔しないでよリリィ。これは全部アタシがやりたくてやってる事なの。だから2人が何かを思うことなんてない」

「そうね。あのカフェのケーキ美味しかったわよ。ご馳走様」

「……ネム、さすがにそれは空気読めてないぞ」

「何よ。そっちが読めてないだけでこれが最近のトレンドなのよ」

「あはは。まぁアタシはこれはこれで好きだけどねぇ」

 

 ロッテは世界の全てを吸い込んでしまうかのように、大きく大きく息を吸って、吐き出した。

 残された全てを噛み締めるように、この世界に少しでも自分を刻みつけるように。

 

「うん。今日は楽しかった。これで安心して死ねるってもの。だから、最後に二人に聞きたいんだけどさ」

 

 なんてことの無い、『花園』での日常の1ページのように。

 

 

 

「二人ともさ。人類も何もかも見捨てて、アタシと一緒に逃げちゃわない?」

「──────え?」

 

 

 

 ロッテは、これまでの時間の全てを否定した。

 

 

 

 

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