闇に溶けた黒い髪。
雪になじむ白い手。
無邪気にわたしの顔を覗き込む。
この人の顔はこんなに近いのに。
その顔は。表情は見えない。
「ちょ~っと失礼~?」
繫がれた手は前に引かれ。
体制を崩してしまいます。
ひざまずく様に地面へ。
「ん~。これじゃだめかぁ~」
座り込み動かないわたしを見る女性。
悩む素振りを見せた後。
「ちょっと痛いけど、我慢してねー?」
そう言ってわたしの背後にまわり。
カチャカチャとなにか擦れる音。
一体なにを。この人は。
何をしているのでしょう。
わたしは何をしているのでしょう。
何故動かないのでしょう。
何故逃げられないのでしょう。
こんなにもこの場から逃げたいと。
そう思っているのに。
身体は。
手足は。
震えるだけで。
いうことを聞いてはくれません。
痛いのはイヤです。
死ぬのなんてもっとイヤです。
カチャカチャと鳴る音も。
背後のこのヒトの気配も。
怖すぎて泣きそうです。
「はーいできた~。
ちょっぴり痛いけど、我慢してね?
びっくりしてちょうだい?」
ああ。勇者様。
わたしはここまでです。
愚かなわたしを許してください。
勇者様。ごめんなさい。
ごめんなさい。勇者様。
勇者様…!
「…どーお?大丈夫~?
動けるかしら?」
「………動けます。
わたし動けます。
喋れます」
「そ~?それはよかった~!」
恐怖で染まっていた心が。体が。思考が。
すっかり元に戻りました。
わたしは何をあんなに怖がっていたのでしょうか?
なにが怖かったのか。
なにが恐ろしかったのか。
思い出せません。
「あらあら。不思議~?
でもしょうがないのよ。
そういうヤツだから」
背後にいるその人を見あげます。
視界に納めます。
普通の。いえ。美しい女性がいました。
絶世の美女とはこの方を言うのでしょうか。
とても整った顔立ち。
吸い込まれてしまいそうな黒い瞳。
特徴的な蟀谷の白髪は翼のようで。
落ちる優しい光が神様の後光の様にみえます。
「なになにー?見蕩れちゃったの?
バカうけるー。
あなたお名前は?」
ハッとして。
顔が赤くなるのが分かります。
見惚れた。見惚れてた。
だってあまりにもこの方が美しくて。
それを指摘されて。からかわれて。
とても恥ずかしい。そう思います。
うぅ恥ずかしい恥ずかしい…
消えてしまいたい
そうだ。まだ名前を名乗っていませんでした。
恥ずかしがっている場合じゃありません。
はやく。はやく名乗らないと。
「わたしは癒者のエールです。
勇者様と勇者パーティーの皆様と魔王討伐のため、旅をしています」
「ふーん。ユシャ・ノエール?」
あれ。ちょっとちがう様な。
「ユシャ…ユシャね~?
じゃあ、あっちは?」
あっち?
彼女は身をそらし。
わたしの落ちた積もった雪を指さします。
「あら?気づいてなかったの?
かわいそ~」
そう言って彼女は積もった雪に近づき。
「ほら、コレあなたの知り合いじゃないの?」
勇者様を持ち上げました。
「勇者様っ!??」
慌てて勇者様の元へ。
なんで。どうして。
勇者様がここに。
一緒に落ちてきていたのですか?
でもどうして雪の中に。
「体が冷え切ってるわ~?
暖めたげるから、家にきなさい?
出口にいくのはその後でいいでしょ?」
「は、はいっ
ありがとうございます…!」
勇者様をわたしに投げやり。
彼女は歩き出しました。
わたしは冷たくなった勇者様を背負い。
彼女の後を追います。
「あ、そうそう。私の名前はイヴ。
イヴちゃんとか、イヴさま~とか好きに呼んでちょうだいね?」
「はい。イヴ様」
「…冗談のつもりだったのだけど。
ふふっ。面白い子ねー?」
クスクスと笑うイヴ様は。
まるでお茶目なあの人の様で。
…あれ?
誰でしたっけ?
「ノエール頑張ってね?
ちょ~と歩くし暗いし重いだろうけど」
「大丈夫です。イヴ様。
はやく行きましょう」
「…ふふ。そうねぇ急がないとねぇ?
ランプ、借りるわよぉ?
迷わないようにね?
はぐれちゃイヤよ」
クスクスと笑う声が響いていました。
懐かしく感じる先導の赤は。
どこか既視感があるだけで。
わたしの意識は目の前の美しい彼女。
それと背負ったこの人の冷たい体温だけ。
警告など。
警鐘など。
あの時。ともに消えてしまったのでしょう。
一歩。
一歩。
また一歩と。
進むたびに抜け落ちる記憶など気にもとめず。
わたしは歩みを進めました。
勇者 雪から発掘された
癒者 勇者様と勇者パーティーと
一緒に旅にしている
そうだっけ?
イヴ 黒髪黒目白い肌 絶世の美女
こめかみの部分白髪が特徴的
ユシャが喋ってから
ニヤニヤが止まらない