引きずり引きずり。
雪の道を歩きます。
微かに照らされた彼女の灯火を追い。
なにかもわからないニモツを背負いながら歩きます。
冷たい。痛い。
肺が凍りそう。
吸い込んだ息が。
僅かな水気を冷やして肺へ。
内側からゆっくりと凍らされたみたい。
でも不思議と。
わたしは凍らず。
歩みは止まらず。
大切なニモツを落とさないように。
手は決して緩めずに。
「大丈夫〜?あと少しよ、がんばって?」
前を歩く彼女が声をかけてくれました。
どうやら目的の場所まであと少しのようです。
あと少しですね。
あと少しなら。
頑張らないと。
「意識あるかしら?真っ直ぐ歩くだけでいいのよ?
ほら。灯りはこっちよ?」
灯りは彼女の手元でユラユラと揺れます。
ああ。あまりに寒いからでしょうか。
その赤色に目が奪われます。
暖かなその色に涙がでます。
「くすくす。泣いちゃったの?
健気で可愛いわね。
そんなに大事に背負って。
おもしろいわ〜 かわいそう」
涙が。視界が。だめ。だめ。
前が見えなくなっちゃう。
涙で歪んだ視界でどうにか前へ。
歩みを進めようと足を伸ばし。
「ん〜。ホントにあとちょっとなのにー」
転んだ。
みたいです。
前のめりに。
なんだか温もりを感じるような。
それに眠いような。とても眠いです。
「もー。しょうがないわね。
手加減できないから許してね~?」
ザクザクと近づく音。
誰かいるのでしょうか。
どなたでしょうか。
よかった。
このニモツ。
大切なこのニモツ。
受け取ってください。
大切なモノなのです。
「よいしょ〜。
て…あら?あらあら?」
身体が持ち上げられたのでしょうか。
浮遊感がありました。
でもすぐ手は離されたみたいです。
「そんなにギュッとして。離したくないの?
かわいいわ。よっぽど大切な人なのね?
手から血が出るまで握るなんて」
甘い声が頭上で響きます。
わたし。血が出ているようですね。
感覚はありません。
わたし。ニモツを手離せないようです。
感覚はありません。
このニモツ。
大切なヒトなのでしょうか。
だってこんなに冷たいのです。
まるで氷像のようで。
手を緩め。
離せないのは。
わたしの手が凍りついているからでしょうか。
「ごめんね〜?
一人ならまだしも二人も持てないわ。
私ホント力加減が下手なの」
凍りついているなら。
仕方ありませんね。
手放せないなら。
仕方ありませんね。
わたしが持っていかないと。
わたしが進まないと。
「…すごい。
立ち上がるのね。まだ歩こうとするのね。
かわいいわ。かわいそうだわ。
ホントおもしろいわ。つまらない」
そうだ。
確か。
このヒトをあの場所まで送り届けるのが。
わたしの役目でした。
あの暖かな場所へ。
赤髪のあの人のもとへ。
すごく眠たいけれど
眠りにつくのはそのあとでもいいでしょう
「…もう。しょうがないわね。
ホントに加減なんてできないんだから。
怒らないでね?」
「…うっ!?」
お腹に衝撃が走ります。
大きな何かに持ち上げられたようです。
背中のニモツとともに。
足が宙へ。
担がれているのでしょうか。
ザクザクと雪の踏む音。
運ばれているようです。
遠のきそうな意識を痛みで引き止めます。
やがて木の軋む音が聞こえ。
「到っ着〜」
「…ッ!」
衝撃が。全身に。
全身が。痛い。痛いです。
先程までの眠気が。
飛んでいきました。
都合がいいです。
でも痛いです。
ここは?ここはどこでしょう。
目が開きません。
凍っているようです。
床?木の床でしょうか?
建物?家?ここが目的の場所でしょうか?
「ちょ〜っと待ってね〜」
金属の擦れる音。
次第にパチパチと音がなり。
あたたかい?
「ノエール。これどーぞ?」
なにか目元に。
温もりが…
!?
「熱っ!??」
「あら?熱かった~?
温くしといたつもりだけれど。
でも目は開けた見たいね?」
「あ、開いてます」
「大丈夫〜?意識は戻った?
あなたの手、血だらけよ?
早く手当しないと〜」
イヴ様に言われ手を見ます。
何かを掴んでいるようです。
手?腕?あれ?誰か背に?
「ノエール?手は離せそう?」
「イヴ様…手が動きません」
「あらら。血が凍っちゃったの?
溶けるのを待つしかないわね〜」
これ使って~と渡されたのは温められた布。
手にかけ温め。凍った血を溶かします。
手が真っ赤です。
いつの間に。
歩いている時。
力を入れすぎてしまったのでしょうか。
「ねぇノエール?」
「はい。イヴ様」
「あなた何処まで覚えてる?」
尋ねられてはじめて。
不思議に思います。
あれ?わたしなんでここにいるのでしょう?
なんの為に歩いていたのでしょう?
「それのこと覚えてるかしら?」
わたしの背後を指差し訪ねます。
わたしには見えないコレはなんだったか。
思い出せません。
「あ〜思い出せないのねぇ?
でもしょうがないわね。
そうゆうものだもの。
でもあなたは頑張ったわ。
ちゃんとここまで連れてきたもの」
「はあ…?」
「大丈夫よ。外に出れたらちゃ〜んと思い出せるわ」
イヴ様はそう言って部屋の奥へ。
暖炉の火はパチパチと音を奏でます。
じんわり。ゆっくり。
身体が温められていきます。
繋がれた手が離せないので。
床に寝転んだままですが。
身をよじって火の元へ。
なんとなく部屋の中を見渡します。
木製の床。
丸太の壁。
剥製の獣。
扉は一つ。
窓はありません。
「くすくす。ほんと健気ね〜かわいいわ」
イヴ様が戻ってきました。
健気?
「自分を温めたらいいのに~
忘れても、身体は覚えてるってやつかしら?」
ああ。部屋を見渡そうと。
背中を暖炉へ向けていましたね。
これを健気だと指摘されたみたいです。
イヴ様の手には。
薪木でしょうか。
奥の部屋へそれを取りに行っていたのですね。
イヴ様は暖炉へ薪木を焚べ。
あっ。と声を漏らすと。
「そうだわ、うっかりしてた。
あなたお名前は〜?
わたしのことは覚えてるみたいだったけど。
お名前ちゃ〜んと言えるかしら?」
「はい。わたしは。
わたしの名前は…」
あれ?ついさっき。
イヴ様に名前を呼ばれていたはずなのに。
名前。わたしに名前がありましたっけ?
「ん〜?ダメそうね?
流石に無理そうね?
仕方ないわ。そうゆうものだもの。
あなたの名前はユシャ・ノエール
私はイヴ。
ほら覚えてね?」
ユシャ・ノエール?
ユシャ。ノエール。
名前が2つもあったなんて。
どこかの貴族だったのでしょうか?
それとも旅をしていたのでしょうか?
きっと後者ですね。
貴族と言われてもピンとこないですから。
「ああ。あなたが背負ってるソレは〜
えーと。ユーシャ?ユシャ?だったかしら?
多分ユシャね。
兄妹かしら?思い出せそう?」
「…いえ。何も」
「そう。仕方ないわね。そうゆうものだから」
何度目かの。その言葉。
「…イヴ様?その。
仕方ない。そうゆうものだからって。
…理由があるのですか?」
「…?
ええ。ええ。ここは暗いから。
皆忘れちゃうのよ。
忘れやすいの」
聞きたかったことと少し違うような。
「だいたいはね。
痛みで思い出すのよ。
恐怖で思い出すのよ。
それなのに私が見つけちゃったから…
運が悪いわねぇ?
まぁ。あなたは随分と痛みに強いみたいだし。
どちらにしてもって感じね~?」
痛み?恐怖?
なんだか野蛮な言葉です。
痛みに強い。
わたしは強いのでしょうか。
痛いのはイヤです。
恐ろしいのも。怖いのも。
「そろそろ。溶けたかしら?」
「え?」
手を見ると。流れる赤い液体が。
持っていた温かな布は真っ赤に染まり。
耐えられない液は床へ伝っていました。
「溶けたみたいです」
「そー?なら手当をしましょう?」
解けた赤い手指。
身体を起こすと。
イヴ様が近寄って手当をしてくれました。
「ありがとうございます」
「…いいのよ。そんなこと言わなくて」
「ありがとうございます」
「…ほんと、かわいい子ね?」
塗り薬をぬり。包帯を巻いてくださいました。
手だけでなく。首や足など。
全身傷だらけだったみたいです。
すべての手当てが終わって。
手を開いたり閉じたり。
一本ずつ指の動きも確認していきます。
血も滴っていましたし。
まだ少し痛い気もしますが。
問題なく使えるようになりました。
ふと背後にいるその人を見ます。
「どう?思い出せそう?」
背後に横たわるのは男性。
黒い髪。白っぽい肌。
兄妹と言うには似ていないような。
視界に覗くわたしの髪は浅い茶色で。
こんなに綺麗な髪ではありません。
「ダメそうね?」
「えぇ。思い出せないです」
「あなたの大切な人みたいよ?」
「えぇ。思い出せないです。
…思い出せないですが」
「?」
「それだけはなんとなく。
なんとなくわかります」
??? ユシャ?ユーシャ?
大切なニモツ 大切なモノ 大切なヒト
そばにいれれば それだけで
ユシャ ユシャ・ノエール
浅茶色の髪をもつ
旅をしていたらしい?
イヴ 黒髪黒目白い肌 絶世の美女
こめかみの部分白髪が特徴的
忘れるのは彼女も例外じゃない?