勇者が病んだ!   作:氷華枦

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雪と少年

 

灰色の天井。薄く広がる雪の絨毯。

街の隙間から覗く白い光。

目に刺さる。眩しい。

 

雪は踏み潰されて。

黒い地面が見える。

歩けば後がはっきり残る。

 

サクサクと音を立てながら。

前を歩く男についていく。

 

 

 

「雪が積もってる」

 

「ああ、もう潮時なのさ」

 

「でていかないのか?」

 

「最期までいるさ」

 

 

 

静かな薄暗い街。

冷えきった静かな街。

人々の営みはどこへ消えたのか。

 

 

 

「なぁ、こんなことしたって意味ないだろ」

 

「そうかもな」

 

「兵隊。お前以外もういない」

 

「そうだな」

 

「毎日巡回したって報告するやつがいない。

偉いやつもみんないなくなった。

喧嘩がおきても、お前、弱いからとめられない」

 

「そうだな」

 

「給料でねぇし。無職と同じじゃねぇか」

 

「そうだな」

 

「…チッ」

 

「はは、キレるなよ」

 

 

 

ムカつく。

イライラする。

 

 

 

「なんでまだ兵隊やってんだよ。

さっさとやめて出てけばいいのに」

 

「そうだな、お前が大人になったらな」

 

「俺はもう大人だ」

 

「…ガキィ」

 

「クソがッ…!」

 

 

 

ムカつく。

ムカつく。

イライラする。

 

なんだよ。

この街はもうダメなのに。

 

 

 

「ハハハ」

 

 

 

男は楽しげに笑った。

楽しげそうに笑った。

 

胡散臭い。

相変わらず。

ふわふわと。

 

雪のような男だ。

柔らかいのに冷たい。

明るいのは声だけで。

表情は笑ってないんだろう。

俺は知っている。

 

 

 

「なぁ、まだコレがほしいのか」

 

「そうだ」

 

「…そうか」

 

 

 

歩みがとまった。

 

 

 

「なぁ」

 

「なんだよ」

 

「あの娘とどうなんだ?」

 

「はぁ?」

 

 

 

顔は見えない。

白い吐息だけが見える。

茶化しているのか。

わからない。

 

 

 

「…どうもこうもねぇよ」

 

「友達になれたか?」

 

「友達じゃない」

 

「そうか…もう恋人か、早いね」

 

「はあ!?」

 

「若いって素晴らしいなぁ」

 

「おい!ふざけんなッ!」

 

 

 

このふざけた男に文句をいってやる。

そう思って近寄ろうとした。

何発か殴ってやろうとした。

 

でも一歩だけだった。

一歩近づいて動けなくなった。

 

男が俺を見た。

 

視線が合う。

初めてのことだった。

 

男は俺を見た。

 

 

 

「………」

 

「な、なんだよ」

 

 

 

声が震えたのは恐いからじゃない。

 

 

 

「…あの娘のこと頼むよ」

 

「なんだよ急に」

 

「最後なんだ」

 

 

 

男が俺を見ていた。

その目から目が離せない。

 

その既視感から、目が離せない。

 

 

 

「お前達で最後なんだ

 

みんなで外に」

 

 

 

続いた筈の音は途切れた。

夢が終わるのだ。

 

 

 

あぁそうか。

 

夢だったのか。

 

 

 

生意気な少年は、目の前の男に何かを言って、怒鳴って、走っていく。

 

走っていく少年を、男は見ている。

 

俺はそれを見ていた。

 

 

 

奪われた記憶。

 

奪われたなら。

 

幸せだったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…起きたのか、テメェ」

 

 

 

目を開けるとわたしを見下ろすカイト様。

背に大きな荷物を背負っています。

 

 

 

「カイト様。おはようございます」

 

「オハヨウゴザイマス…?」

 

「あ。いえ。間違えました。

一晩泊めていただきました。感謝を」

 

「あぁ…外じゃそう言うのか。

礼はいらねぇ。気色悪い」

 

「ありがとうございました」

 

「いらねぇって言ってんだろバカ」

 

 

 

カイト様は小さく舌打ちをします。

機嫌を損ねてしまいました。

間違えてしまったようです。

 

カイト様は荷物を床へ置くと。

ユーシャ様に近づきます。

 

 

 

「テメェの弟?ユーシャサマ…

ユーシャだったか。

ずっと寝てるが廃人になってねぇだろうな」

 

 

 

カイト様は頬をペチペチと叩き。

ユーシャ様の覚醒を促します。

ですがユーシャ様は起きません。

 

 

 

「オイこいつ死んでねぇよな?」

 

「いえ生きています」

 

 

 

死んでいると言われたら信じてしまいそうですが。

私の目にはユーシャ様の呼吸が。

鼓動がしっかりと見えています。

 

カイト様は大きく息を吐くとわたしを見据え。

先程床に置いた荷物を指差します。

 

 

 

「ソレ。テメェの荷物だから」

 

「わたしの…?」

 

 

 

大きな荷物を見ます。

布やらなにやらがはみ出ていて。

わたしの持ち物だとしては少々大きすぎるような。

 

中身を確認します。

 

薬瓶。薬草。携帯食。

凍った水袋。煙筒。

包帯。銀のバレッタ。

 

 

 

「手紙だとか手記だとか、

そーゆー類いのモンは荷物になかった。

 

テメェが豆な性格ならな。

 

チッ…アテが外れた」

 

 

 

そう言ってカイト様は椅子へ座り。

大きなため息をつきます。

 

機嫌を損ね。呆れられて。

いたたまれません。

わたしはカイト様の正面に正座します。

 

 

 

「テメェ、寝る前はなにしてたんだ」

 

「アンナ様に沢山の記憶をいただきました」

 

「そうか、何か思い出したことはないのか」

 

「すみません。今のところは。何も」

 

「…チッ」

 

 

 

ああ。またカイト様。

大きなため息をついています。

もはや怒りを通り越して呆れられているのでしょうか。

このままでは部屋の空気がなくなってしまいます。

なんとか。

なんとかしなければ…!

 

 

 

愚かな頭で思考すること一時。

 

 

 

そうだ。

 

カイト様に聞きたいことがあったのでした。

 

 

 

「カイト様。お聞きしたいことがあります」

 

「…なんだ」

 

「カイト様はわたしを知っているのですか」

 

「…」

 

 

 

カイト様は私の名前を知っていました。

きっと過去のわたしを知っているのでしょう。

今のわたしよりは。

覚えているわたしを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い沈黙でした。

 

なにか。

不味いことを聞いてしまったのでしょうか。

 

今のわたしは。

自分自身のことを思い出せません。

 

名前を教えてくれたカイト様なら。

エッチャンがどんな人か。

ユーシャ様がどんな人か。

知っているかもしれません。

 

そう思って聞いたのですが。

 

重い。

重いです。

空気が重い。

 

カイト様はずっと黙っていて。

わたしを見続けています。

 

表情からして睨み続けている。が正解かもしれません。

 

わたしもカイト様の目から視線を離せず。

意図せず睨みあっているかのような状態に。

 

違うんです。

違うのです。

ただ空気を変えようと。

そう思っただけなんです。

 

カイト様の視線だけで。

身体に穴が空きそうです。

 

言いたくないのでしょうか。

言えない理由があるのでしょうか。

饒舌しがたいほど。

前のわたしは酷い人物だったのでしょうか。

 

沈黙は続きます。

 

やがてドタドタと足音がして。

 

 

 

「エッチャン!今日も記憶をつくりに行くわよ!

 

って!

 

なに睨みあってんのよ!!!

 

空気最悪ね!!!」

 

 

 

アンナ様が沈黙を破ってくれました。

 

眠りから覚め。

2階から降りてきたようです。

 

ありがとうございます。アンナ様。

空気に押し潰されるところでした。

アンナ様。ありがとうございます。

 

 

 

「なによ!人が寝てる間にどうすればこんな睨み合いになるのよ!」

 

「チッ」

 

「あ!いま舌打ちした!

 

お姉ちゃんに舌打ちした!!!

 

傷つくわ!アタシ傷ついたわ!

 

謝って!アタシに謝って!!!

 

起きてそうそう舌打ちしてごめんって言って!」

 

「…ごめんなサイ」

 

「気持ちがこもってない!」

 

「めんどくせぇ…」

 

「めんどくさくない!」

 

 

 

わーわーと。

先ほどまでの沈黙とは真逆に賑やかに。

 

カイト様の視線はわたしからアンナ様へ。

 

緊張していた身体の力が抜けます。

 

 

 

「ばか!バカイト!

エッチャンをいじめちゃだめでしょ!

カイトが睨むからエッチャンこんなに怯えてるじゃない!」

 

「睨んでねぇ!フツーに見てただけだ!」

 

「カイトは悪人面なのよ!

もっと優しい顔しないと!

ほらこうやって!眉間の皺をとるのよ!」

 

「やめろさわんな!

ベタベタすんじゃねぇ!!!

気色悪い!!!」

 

「あんたの眉間の皺ってば!

なんでそんなガンコなのよ!」

 

 

 

より深くなるカイト様の眉間の皺。

両手でガッチリとカイト様の顔を掴み。

ほぐそうとするアンナ様。

 

 

 

「うぜぇうるせぇ!チッ出かける!」

 

「あ!ちょっとカイト!」

 

 

 

アンナ様の手から離れ。

カイト様は外套を羽織直しわたしを見ます。

 

 

 

「おいエッチャン。

お前のこと、俺は知らねぇ。

名前を知ってたのはたまたまだ」

 

「そう、ですか」

 

「…テメェのことはテメェで思い出せ。

エッチャンにはやってもらわなきゃならねぇことがある」

 

 

 

やらなければならないこと?

それはいったい…

 

 

 

「ちょっとカイト!

あんたさっき帰ってきたばっかでしょ!!

少しは休みなさいよ!!」

 

「チッ」

 

「あ!こらカイトー!!!」

 

「話の続きは帰ったらする!

それまでにソレで何とかしとけよ!」

 

「お姉ちゃんを無視すんなばかー!!」

 

 

 

アンナ様の声を背に。

カイト様は部屋から出ていってしまいました。

アンナ様はカイト様の後を追わず。

立ち尽くしています。

 

 

 

「アンナ様…?」

 

「うぅ、うぇっエッチゃん~!」

 

 

 

ギョッとしました。

涙を流すアンナ様。

アンナ様はわたしに抱きつき。

 

 

 

「うわーん!カイトのばかー!バカイトぉ~!」

 

 

 

涙がおさまるまでわたしを濡らしました。

 

 

 





エッチャン ユシャ・ノエール?
      エッチャン?
      自分の一言でここまで
      空気が重くなるとは
      
カイト   焦げ茶の髪 瑠璃色の瞳
      粗っぽい口調
      かつて少年だった青年

アンナ   黒髪ツインテール 泣き虫
      華奢な体にあわず力がある
      お姉ちゃんなのに無視され
      エッチャンに泣きついた
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