問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
クーゴとグラハムの
何を言っているのかわからないと思うが、クーゴたちも何が起こったのか全然わからない。
愕然と佇むグラハムの背中を叩いたのは、2つのゼロを冠するガンダムを駆っていた“革新者”――グラハムが愛してやまない少女の面影と同じ名を持つ女性――刹那であった。彼女は『訳の分からない世界に放り出されて四面楚歌状態だったクーゴとグラハムを助け、この部隊に迎え入れてくれた恩人』の片割れでもある。
刹那の表情も晴れない。何とも言い難そうな表情を浮かべて、彼女はふるふると首を振った。その様子からして、どうやら彼女の愛機も似たような被害に合ったらしい。恩人の片割れたる総司令官――イデアは何を考えているのだろう。『幾らパイロットがいても、機体が無ければ意味がない』ことは、彼女が一番わかっていそうなことなのに。
グラハムはぼんやりと格納庫を見上げていたが、変わらぬ現実に打ちのめされてしまったようだ。愛機の名前を呼びながら、がっくりと膝をつく。気のせいでなければ、彼の肩がプルプルと震えていた。その様子があまりにも不憫で――同時に、酷く物珍しいものに見えて、クーゴは思わずグラハムに問う。
「泣いてるのか?」
「泣いてなどいない!」
キッ! とグラハムはクーゴを睨む。普段は彼を見上げているのだが、彼を見下ろす構図は珍しかった。
言葉とは裏腹に、グラハムは泣きそうなのを耐えている。口はへの字に歪み、新緑の瞳にじわりと涙がにじんでいた。
自分が大切にしていた愛機がなくなってしまったのだ、無理もない。落ち込む気持ちはよくわかる。
クーゴの場合は、諦め半分で達観していた。普段からグラハムに振り回されてきたのだ。多少のことなら動じないでいられる。
ただ、今回はかなり斜めにかっ飛んだ状況に置かれていた。人間、想定外のことに遭遇すると茫然とすることしかできないとは、本当のことらしい。
刹那はグラハムの肩を叩いた。彼女は口数が少ないが、相手を思いやれる優しさを持っている。
「大事な機体だったんだな。その気持ちはよく分かる」
彼女はうんうんと頷く。
そうして、重々しくため息をついた。
「これは、イデアからの提案なんだ」
「提案?」
クーゴの問いかけに対し、刹那はどこか遠くに視線を向けた。
今までの出来事――戦いの日々を思い返しているかのように。
「今までずっと戦い続きだったろう。ワールドシグナルを止めるため、偽りの歴史を生み出す“呪われた黒い不死鳥”を追いかけてきた」
「最初の頃は大変だったな。俺とグラハム、キミと指揮官の4人でどうにか遣り繰りしてさ。人員や戦艦、機体とかに余裕が出来たの、最近になってからだっけ」
「ああ。そんな状況を見ていたイデアが、今までの慰労を兼ねて企画したようだ。……突発的な“シャッフル乗せ替え”をな」
その単語にグラハムとクーゴは顔を見合わせた。首を傾げた自分たちに、女性は訥々と説明を始める。
どうやらこれは、イデアの思い付きで企画された“お遊び企画”らしい。曰く、『戦い詰めである自分たちの気分を紛らわせるためには、このような娯楽が必要なのだ』という。確かについ最近まで、クーゴたちはジェネレーション・システムの異変を解決するために奔走しっぱなしだった。小休止はあれど、殆どが戦場を飛び回っていたように思う。
指揮官の考え――常に戦い続けてばかりでは心を病んでしまうため、定期的に娯楽でガス抜きをする必要がある――は間違ってはいない。前線で戦い続けているクーゴたちを労わろうと思った結果なのだろう。……最も、そのために講じた手段については、お茶目と言えばいいのか、悪質だと言えばいいのかは分からなかったが。
向う側から悲鳴が聞こえた。喧騒はあちこちに広がっていく。他の部隊も似たような被害にあったようだ。どこもかしこも、悲喜こもごもの大騒ぎ。自分の機体の行方を問う者もいれば、今回の“シャッフル乗せ替え”で搭乗することになった一時の相棒に対して感想を零す《聲》が《聴こえて》くる。
背後の扉が開き、メカニックたちがやって来た。乗せ換え用の機体が用意できたことを伝えに来たようだ。
誰も彼もが苦笑を浮かべている。端末に、今回自分たちが乗ることになる機体の名前が表示された。
(……ガンダムアストレイ・レッドフレームか。確か、コズミック・イラの機体だったな)
端末をスクロールし、情報を確認する。この機体は誕生間際に遺伝子改造を施された人種・コーディネーター
この機体の弱点を挙げるとするなら、『空中適性が無いため、空中ステージでは戦闘が行えない』という部分だろうか。空を愛するフラッグファイターにとっては致命的だと言えよう。クーゴは思わず落胆したが、頭を切り替える。この機体――アストレイ・レッドフレームでどう戦うか、作戦を練らなければ。
何より、グラハムや他の仲間たちとの連携についても考えなくてはならないだろう。
そのためには、まずグラハムの機体について把握しなければならない。
クーゴは端末を操作し、機体情報を確認する。機体名はゴッドガンダム。
名前を見た瞬間、何の脈絡もなくぞっとした。恐る恐るグラハムへと視線を向ければ、奴は子どものようにキラキラと目を輝かせている。
「クーゴ、刹那! 我々はガンダムタイプの機体で戦えるようだぞ!」
「一度、隅々まで眺めてみたいと思っていたんだ!」なんて奴は笑っていた。その言葉は、クーゴとグラハムがこの部隊に加わることが決まった際、刹那のガンダムに対して向けた発言と同じである。
そもそもこのゴッドガンダムは、クーゴたちの世界でブイブイ言わせているガンダムとは似て非なるものだ。ソレスタルビーイング製ガンダムの性能の大部分を賄う太陽炉――GNドライヴは使われていないし、この機体に使われているモビルトレースシステムは、クーゴたちの世界では実用化されていない。だというのに、グラハムのはしゃぎ様。余程ガンダムが好きなのか。
子どものように大喜びするグラハムを見て、刹那は静かに目を細める。何かを懐かしむような瞳の奥から、深い慈しみと悲しみが滲み出ていた。彼女の過去に何があったかは知らないが、彼女自身が決して語ろうとしないだろう――そんな予感がした。
『ジェネレーション・システム起動。ステージを再現します』
無機質なシステムアナウンスが響く。戦闘が始まる合図である。
自分たちはメカニックに挨拶し、戦闘準備に入った。パイロットスーツに着替え、指定された機体へ飛び乗る。
『みなさん、出撃してください! イデア・クピディターズ、行きます!』
イデアの指示が飛んだ。パイロットたちは頷き、次々に
「ウイングガンダムゼロ。刹那・F・セイエイ、未来を切り開く!」
「ゴッドガンダム! グラハム・エーカー、出るぞ!」
「ガンダムアストレイ・レッドフレーム。クーゴ・ハガネ、出る!」
刹那に続いてグラハムが、グラハムに続いてクーゴが、宇宙へと飛び出した。
*
「ゴッド・グラハムフィンガー! ヒート・エンド!!」
奴の拳が
まともに一撃を喰らった機体は、耐えきれずに爆発四散。視覚的にも威力的にも、ゴッドフィンガーはオーバーキル過ぎるのだ。
文字通りの一騎当千である。「もうこいつ1人でいいんじゃないかな」と言いたくなるような光景であった。
これはひどい。とにかくひどい。べらぼうにひどい。
(始末書どころか裁判沙汰だ)
ゴッドガンダムの持ち主――ドモンからは、何か言いたげな視線が突き刺さってくる。彼の場合、始末書や裁判よりもガンダムファイトを所望するのか。
いずれにしろ、ロクなことになりゃしない。胃がキリキリと痛むのを感じながら、クーゴはため息をついたのだった。
◆◆◆
「イデア総司令。フラッグ、もしくはフラッグの系譜を継ぐ機体はまだか?」
「ごめんなさいグラハムさん。フラッグ系の機体は出てきていないんですよ。開発もできないみたいで……」
「……そうか」
イデアの言葉に、グラハムはがっくりと項垂れた。クーゴは肩をすくめて天を仰ぐ。
謎の侵略者たちと戦うことになってから、もうこれで30回目のやり取りである。突如現れた
限られた機体数および種類をやりくりし、敵のリーダーを最優先で潰して機体を捕獲する作業と力を磨いて、どうにか戦力も整ってきた。しかし、自分たちの愛機は一向に開発できる見込みはない。現在攻略中の場所が「フラッグ関連の機体が出てくるステージではない」から当然であるが。
先日、戦場に現れたのはアヘッド・スマルトロン。自分たちの世界の機体ではあったものの、フラッグ関連にはかすりもしない。アヘッドと言えば、戦場に何の脈絡もなしに現れたミスター・ブシドーも搭乗していたか。フラッグよりも、そちらの開発ができてしまいそうだ。
いや、フラッグ系の機体が開発/捕獲できたとしても、搭乗できるかどうかは別問題だ。現在、グラハムはゴッドガンダムに搭乗し、切り込み隊長として大暴れしていた。機体とパイロットの相性が良かったためである。何発ゴッドフィンガーを撃ったか、全然思い出せない程に。
というか、そもそも、このクルーの中で、自分の愛機に搭乗できている人間は殆どいない。例としては、百式に搭乗する羽目になったロックオン(兄)や
「戦力も随分揃ってきたな」
「そうですね。でも、まだまだですよ」
機体とクルーの面々を確認しながら、イデアは首を振った。最初の頃、ボロボロになりながら戦場を潜り抜けた地獄を思い返しているのだろう。
クーゴには、イデアの気持ちがよくわかる。戦力や自身の力を研鑽するためには戦いが必要不可欠だ。だが、その度に、撃墜される危険性とも戦わねばならない。
ただでさえ機体数と種類が限られていたのだ。現在では幅広く(?)開発/生産できるようになったものの、生産費用はタダではない。資金稼ぎも楽ではなかった。
もっとも、開発できる機体数はまだまだ少なかったのだが。
「刹那が体調不良だから、代わりにサブシート付のアヘッド・スマルトロン……もとい、ルイスと沙慈に頑張ってもらうとして……うー……」
イデアは難しい顔をして、端末とミッションを睨めっこしている。スメラギに報告や相談をする前に、色々と考えることがあるのだろう。
しかし、根詰めてもうまくいかない。人間、たまにはガス抜きも必要だ。クーゴは暫し考えて、行動を起こすことにした。
おいしいものは人を元気にしてくれる、とは、クーゴの座右の銘である。何かないかとキッチンに足を踏み入れれば、そこは地獄絵図が広がっていた。
「うわぁーッ!?」
あまりの惨状に、クーゴは思わず悲鳴を上げた。
黒い。黒すぎる。鼻を突くような墨の匂いに、クーゴは思わず顔を顰めた。目の前には、さめざめと泣き崩れるマリーを励ますルイスに、おろおろする沙慈とセルゲイの姿があった。
キッチンには変形した調理道具が散乱している。どこまで乱雑にすればこうなるのだと問いたくなるような有様に、反射的に天を仰いだクーゴは悪くないはずである。
やべえメシはジョシュアで見慣れていた――但し、視界に入る度に正気度は減る――が、調理器具がやべえ有様になっているのを目の当たりにしたのは今回が初めてだった。
「こ、これは一体……」
聞こえてきた声に振り返れば、大量のフルーツを抱えたグラハムが表情を引きつらせている。
「お前、そのフルーツ、どうしたんだ?」
「日用品を買い出しに行ったときに、丁度安売りしていてな。刹那が具合悪そうにしていたから、キミに協力してもらおうと思って買い込んだのだが……」
黒い煙を吐き出す調理器具を見ていると、彼らが正常に動いてくれるとは到底思えなかった。むしろ、メカニックたちの手による修理が必要なレベルであろう。
彼らは船や機体の修理はお茶の子さいさいだが、日用品についてはどうだろうか。MSと同じノリで大改造を施されたら――嫌な予感しかしない。システムに相談してみるか。
調理器具が無事だったなら、もっと手の込んだ料理が作れたのだが。無いものねだりをしても仕方がない。頭の中で思い描いた料理計画を方向変換させて、クーゴは小さく頷いた。
料理を作るためにも、まずは色々と散乱した厨房を片付けなくてはならない。凹んでしまったマリーと励まし続けるルイス、そうして右往左往する男性2人にその旨を伝えれば、面々は顔を見合わせた。
「汚名返上」或いは「名誉挽回」と言うマリーの声が聞こえた。そんな彼女をルイスが激励していたが、男たちは心配そうに彼女たちを見つめる。特にセルゲイの憂いが尽きない。
「何を作るのかね?」
どこか戦々恐々とした笑みを浮かべて、セルゲイが問いかけてきた。
彼の気持ちは分からなくはない。下手に凝ったものを作ろうとすれば、キッチンが2次災厄によって崩壊することは目に見えている。
これ以上キッチンが崩壊してしまえば、暫く外食に頼らざるを得なくなる。機体の生産やパーツの補充等で資金はカツカツなのだ。
「マチェドニア」
「マチェドニア?」
「イタリア版フルーツポンチ。フルーツ切って、それにレモン汁と砂糖を混ぜて、冷蔵庫で寝かすだけの簡単スイーツ。お好みで白ワインやスパークリングワインなんかを入れてもいい」
ルイスとマリーの問いに、クーゴは簡単に答えた。流し台を使えるほどに片付けて、無事な包丁とまな板をどうにか引っ張り出す。どちらとも万全な状態だとはいえないが、真っ二つに折れたり、包丁の刃が曲がっていたり、包丁の刃がまな板に突き刺さっていたり、まな板が真っ二つになっているよりはマシだろう。
うんうんうなっていたイデアの顔を思い浮かべる。なるべく早く休憩してもらいたい。マチェドニアは冷やさなくても食べることはできるが、冷やした方がより一層おいしくなるのだ。どうせ食べてもらうなら、より一層おいしい方がいい。冷蔵庫を漁ってワインや炭酸飲料を見つける。未成年用には炭酸飲料を入れるつもりであった。
大量のフルーツを一口大にカットする――料理について疎いマリーでも何とかなりそうだと思ったらしい。かろうじて無事だった包丁とまな板を回収し、意気揚々とフルーツを切っていく。ルイスはサポート役に入り、沙慈とセルゲイはハラハラした表情で乙女2人の調理を見守っていた。「そこまで心配せずとも」と思いかけ――先程の参事が鎌首をもたげる。
先程の二の舞を踏む危険性が無きにしも非ずである。いくら火を使わない調理法だとはいえ、ひしゃげた包丁や裂けるように割れたまな板の姿が頭から離れない。
クーゴと共にフルーツカットに勤しむグラハムも、ちらちらとマリーへ視線を向けていた。無事に作業が終わってくれれば万々歳である。
*
憂いだらけの料理作りだったが、どうにかうまくいったようだ。小奇麗に盛り付けられたマチェドニアを見て、クーゴは満足げに頷いた。
ルイスは意気揚々と沙慈にマチェドニアを食べさせている。俗にいう「あーん」だ。沙慈はデレデレしながらスプーンに乗ったフルーツを咀嚼し、そのおいしさを絶賛していた。
対して、マリーはマチェドニアを可愛くラッピングしている。花が咲いたような笑顔は、マチェドニアを貰って喜ぶ婿殿の姿を思い浮かべているが故だろう。セルゲイが複雑そうにしていた。
白ワインとスパークリングワインを注いだマチェドニアは、光源によってきらきらと輝いている。まるで宝石箱のようだ。この見た目なら、イデアの目を楽しませることはできるだろう。喜んでくれたらよいのだが。
グラハムも自分の作ったマチェドニアに満足したようで、いそいそとお膳に乗っけていた。奴はそのまま、刹那の部屋に直行するのだろう。体調が悪そうにしていたのだから、少し休ませてやればいいのではないかとクーゴは思ったが、首を振る。
おそらくグラハムだってそのことは分かっているのだろう。わかっているから、傍にいたいのではなかろうか。大切な人が弱っていたら、何か力になりたいと考えるのが人間の――特に、面倒見のいいお人よしの性というものだ。
できる限りキッチンを片付け、システムに連絡する。後の処理はシステムが頑張ってくれるであろう。
でなければ困る。いろんな意味で困る。節約云々の意味で、だ。イデアとスメラギが頭を抱える図が浮かんでは消える。
「大佐と一緒に複座MSで戦いたかった……」
「教官と相乗りしてみたかった……」
廊下の途中で、燃え尽きたボクサーみたいな気配を背負ったコーラサワーとネーナが項垂れていた。結構最初の頃から2人は同じことを所望していたようだが、作戦や大人の事情的な方面で却下されていたらしい。
ネーナの兄たちも「どうしたもんか」と言いたげに顔を見合わせている。クーゴはお膳の上に載せていたマチェドニアに目を向けた。いざというときのために、と、余分に作っておいて正解だった。
「元気がないときはおいしいものを食べるといいらしいぞ」
クーゴがそう言ってお膳を指し示せば、ネーナとコーラサワーが弾かれたように顔を上げた。
2人はわ、と、目を輝かせる。全員にマチェドニアをあげれば、興味津々にスプーンでフルーツを咀嚼した。
「うまいな、これ!」
「おいしい!」
絶賛の嵐がクーゴに直撃した。相変わらず、べた褒めされると萎縮してしまう。長らく褒められ慣れていないためだろう。けなされたり嫌がらせされたりするのは慣れていたが。
賑やかさを取り戻した面々と別れ、クーゴはブリーフィングルームへ足を踏み入れた。相変わらず、イデアは頭を抱えて唸っている。切羽詰った横顔は、彼女が相当追いつめられていることを意味していた。
「元気がないときはおいしいものを食べるといいらしいぞ」――先程ネーナやコーラサワーにかけた言葉を繰り返し、クーゴはマチェドニアをテーブルへ置いた。突如伸びてきたてとマチェドニアにつられるような形で、イデアは顔を上げる。
御空色の瞳がマチェドニアを捉える。何も視えぬはずの目は、宝石のように輝くスイーツを《視た》らしい。ぱあっと表情を綻ばせ、クーゴに礼を述べた。マチェドニアに舌鼓を打つイデアを見ていると、なんだか心の中が温かいもので満たされていくような気がする。
「おいしいです。やっぱり、クーゴさんは料理上手ですね」
「褒めても料理しか出ないぞ?」
「おいしい料理が出てくるから充分です」
イデアはホクホク顔でマチェドニアを食べ進めた。白ワイン入りのものも、スパークリング入りのものも、ソフトドリンク入りのものも、彼女のお眼鏡/味覚にかなったらしい。
やはり、イデアは笑った顔が良く似合う。クーゴはゆるりと目を細め、フルーツを咀嚼するイデアを見守っていた。
◆◆◇
『還る』ために、悪の組織及びスターダスト・トラベラーに身を寄せることにしてから、月日が過ぎ去るのは早い。テストパイロットの仕事が忙しすぎて日付を数える暇もなかった。カレンダーの日付が進んでも、技術開発や任務の進退で響く悲喜こもごもの悲鳴は変わらない。だから、慣れてしまったのだろう。
ロックオンが弟の身代わりになって重傷を負うというやり取りも、雑務係の女性――ラ・ミラ・ルナが「こんな仕事なんて聞いてない」という悲鳴を残してMSに乗せられ出撃させられるというやり取りも、ネーナがノブレスに既成事実で迫ろうとして失敗するというやり取りも、クーゴの中では『日常』になってしまっていた。
パイロットスーツを着ずに、コックピットに座る。
ミュウの中でも、サイオン能力が高い者や、最強と謳われる
テストパイロットになる前は、
「クーゴさん。余計なこと考えてますね?」
どこか拗ねたような声がした。目を瞬かせれば、鼻先がくっつく寸前程の至近距離にイデアの顔が現れる。声同様、彼女は不満げな面持ちである。髪につけられた桜の簪がきらきらと輝いた。
「すまない。ここに世話になってから、結構な時間が過ぎたなと思って」
「……もしかして、焦ってますか?」
「なるべく早く『還りたい』というのが本音だな。しかし、姉さんが関わっている以上、万全の態勢でなければ勝ち目はないだろう」
心配そうにこちらを見上げたイデアに、クーゴは微笑んで首を振った。彼女の言葉通り、どこか焦りのようなものを感じていたことは確かである。
しかし、速さに固執して敗北してしまったら意味がない。誰1人欠けることなく、仲間たちと一緒に、青い空の元へと『還る』のだから。
イデアは目を瞬かせた後、慈しむように目を細めた。どことなく羨望が見え隠れしているように思ったのは、クーゴの気のせいではなさそうだ。
「私も、微力ながらお手伝いさせてください」
「イデアは充分手伝ってくれてるよ。キミにだって、やらなければいけないことがあるだろうに」
「私はやりたいことをしているだけです。……それに、私は『帰れない』から」
「だから、貴方が『還る』ための手伝いをさせてほしい」――イデアの双瞼は訴える。
仲間たちから化け物と言われたからだと思うが、イデアはソレスタルビーイングに戻ろうとしない。でも、ソレスタルビーイングの動向は気になって仕方がなさそうだった。
アプロディアというスーパーコンピュータに『ソレスタルビーイングの動向について』調べてもらっていることは知っている。彼女も本当は、仲間たちの元へ『還りたい』のだろう。
なんとかしてやりたいとは思う。だがしかし、残念ながら、今のクーゴがどうこうできるようなものではなかった。
現在、クーゴはサイオン能力を駆使した宇宙空間探索の特訓をしている。今回は、小惑星に思念を使って干渉するそうだ。
上手く干渉できるようになれば、思念波を使った攻撃や防御に使えるようになるという。下手したら、他者の精神も操れるそうだ。
サイオン能力も道具に過ぎない。使い方を間違えれば、大変なことが起こる。それを懸念した人々の疑心暗鬼が何を引き起こしたかは察して余りあった。
「こんな凄い能力を手にしたら、色々と勘違いしてしまう奴もいるんだろうな。驕り高ぶって、害悪をまき散らすだけの存在になり下がるだろう」
「確かにそうですね。S.D.体制時のグランドマザーや多くの人類も、ミュウの持つ力を恐れました。特に
「なかなかに強大だな」
イデアの言葉に、思わずクーゴは視線を逸らした。クーゴも
ベルフトゥーロがこの世界に残ることにしたのは、彼女の考案する人型ロボット――MSのさきがけとなるものが存在していたという点もあったに違いない。1番の理由は、やはり愛おしい相手――イオリア・シュヘンベルグの傍にいたかったからだろうが。
「クーゴさん」
「わかった」
イデアがおかんむりになられた。クーゴは苦笑し、小惑星に向き直る。惑星、と言っても、MSより2回り程小さい程度のものだ。周囲には星になれなかった欠片が漂っている。
呼吸を整え、手をかざす。クーゴを包んでいた青い光が、より一層輝きを増した。小惑星の周辺が青く発光し、ぐらりと傾く。少しづつ、少しづつ、クーゴは力を加えた。
時計回りに動かしたり、反時計回りに動かしたり、別の小惑星をぶつけてみたり等、小惑星に干渉した。こめかみを汗が伝う。は、と、クーゴは大きく息を吐いた。
どうやら、他のものに干渉する――特に、ものを自分の意のままに動かす――のには、自身を防御したり他者へ攻撃したりするのは繊細なコントロールが必要らしい。在るものの在り方を強引に捻じ曲げようとするわけだから、相手も全力で抵抗する。意思の有り無しに関わらず、どんなものであろうとも同じようだ。
そう考えると、何の気なしに小惑星を消し飛ばすイデアやノブレスたちは、相当の手練れであることは明らかだ。戦艦を百数十艦沈めたベルフトゥーロに至っては、文句なしの最強だろう。
強大な力が使えるとはいえ、ミュウも無敵ではない。『Toward the Terra』の人類軍は、サイオン波に対抗する訓練をした兵士やサイオン波を無効化して攻撃できる兵器を開発し、実戦投入している。
「今日はこれくらいにしましょう」
「……だな」
イデアの申し出に頷き、クーゴは小惑星の干渉をやめた。彼女に促され、自分たちの拠点へ戻るため
程なくして、大きな白鯨が姿を現した。ここが悪の組織の旗本艦・ザナドゥ。古のミュウもまた、この艦とよく似た白い艦だった。悪の組織本部の方がはるかに巨大だが。
MSの発着場に視線を向ければ、ノブレスが設計開発に関わったと思しきガンダムが放り出されるようにして出撃していた。ルナの悲鳴がドップラー効果を残して消えていく。今日も通常運転だ。
「あ、お帰りなさい!」
「午前中のノルマ、達成ですね。お疲れ様です」
それと入れ替わりで発着場に降り立ち、母艦内へ足を踏み入れた。クーゴの気配を察したのか、管制室のすぐ脇にあった休憩室から宙継が飛び出してきた。
彼の後に続いて、ノブレスが顔をのぞかせる。休憩室の奥の方で、何やら作業をしているトリニティ兄妹とはらはらしているエイフマンの背中が見えた。
確か、エイフマンは『以前約束した紅茶のパウンドケーキを作る』と言っていた。朝の時点では、トリニティ兄妹たちは関与していなかったはずだ。
おそらく、3兄妹はエイフマンの作業に便乗したのだろう。特にネーナは、ノブレスを墜とそうと奮闘していた。
……食べ物に媚薬を盛るとかしてなければいいのだが。
やったとしても、効果がないというのは予想できている。
「エイフマン教授が、紅茶のパウンドケーキを作ってくれたんです!」
「ソラくんも手伝っていたんですよ。レイフたちのパウンドケーキは完成したんですが、後から加わった教え子たちの方が難航しているようで……」
宙継が皿を差し出した。ふんわりと漂うミルクティーの香りが鼻をくすぐる。ノブレスが補足を入れながら苦笑したのと同じタイミングで、部屋の奥から爆発音が響いた。
「「「ぎゃああああああああああああああ!!」」」
キッチンにいた4人が悲鳴を上げた。オーブンが火を噴いている。もうもうと黒煙が溢れ、辺り一面、墨の臭いが充満する。
宙継が慌てた様子でキッチンへ駈け込んだ。間髪入れず、換気扇を回す。程なくして、炭の臭いは消えうせた。げほげほと4人が急き込んでいた。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。なんとか……」
エイフマンはクーゴにそう返して、ちらりとトリニティ兄妹――厳密に言えば、ネーナ――へ視線を向けた。
オーブンの中にある消し炭を見て嘆きを叫んだ彼女の隣で、兄2人がオロオロと右往左往している。
「どうして!? なんでレシピ通り作ってるのに、あたしがやると大爆発するのよォォォ!!? 惚れ薬以外何も入れてないのにィィィィィ!!」
「ね、ネーナおねえさん、落ち着いてください! 今回がダメだっただけで、次は大丈夫ですよっ」
「そうだぜネーナ! 俺たちも手伝うから! なっ? なっ!」
「ああ! 失敗は恥ずべきことではない! 成功のための糧になるからな!!」
「だから自信を失わないで」と宙継、ヨハン、ミハエルが必死になって励ましていた。何やら危険な単語が出てきたように思ったけど、気のせいと言うことにしておく。
エイフマンは額に手を当ててため息をつき、ノブレスは苦笑しながら4人の元へ歩み寄った。ぐずるネーナに肩を叩き、何やら会話を始める。途端に、ネーナは目を輝かせて頷いた。
会話の内容は不明だが、どうやらネーナは立ち直れたようだ。ヨハンとミハエルも安心したように表情を緩ませる。仲の良い兄弟とは羨ましい。クーゴには得られないものだった。
とりあえず、クーゴは椅子に座った。ネーナとトリニティ兄たちはもう1度パウンドケーキに挑戦するつもりらしい。
宙継も手伝おうとしたが、ネーナは首を横に振った。「ソラはおじさまと一緒にケーキを食べるんでしょう? あたしは大丈夫だから」と言い、宙継の背をぽんと叩いた。
おいでおいでと、エイフマンが宙継を手招きする。少年はぱちくりと目を瞬かせた後、クーゴを伺うように視線を向ける。クーゴはふっと笑みを浮かべた。
「それじゃあ、一緒に食べようか」
「! はいっ!!」
宙継は目を輝かせ、パウンドケーキが乗った皿を手渡す。クーゴはそれを受け取り、椅子に座った。宙継も、いそいそと椅子に座る。エイフマンも目を細め、パウンドケーキを切り分けて皿に乗せた。宙継の分だろう。
「まだたくさんあるから」と、エイフマンはイデアに皿を手渡した。イデアも口元をほころばせて、嬉しそうに椅子に座った。ノブレスも椅子に座り、奮闘する教え子たちの背中を見守る。今日もまた、いつもの日常が過ぎていくのであった。
***
サイオン波の訓練と、専用ドライヴの調整作業――その一環としてのテストパイロットとしての訓練及びリハビリをこなす日々が続く。そんな中でも、日常はめまぐるしく変化を繰り返していた。
「お父さん、普通の食事が取れるようになったんです!」
「それで、何かを作って持っていこうと思ってて……」
嬉しそうに微笑んだサヤとアユルは、何かを伺うようにしてクーゴを見上げる。彼女たちに頼まれて鶴の折り方を教えたのは昨日のことのように覚えているが、実際は昨日どころの話ではない。リチャードが医療用カプセルに放り込まれてから1年近くの時間が経過したし、彼が意識を取り戻してからは数か月の時間が経過している。
ミュウとして『目覚めた』弊害か、時間経過が緩やかに感じてしまうのだ。『Toward the Terra』の作中内で若い世代と長老たちが揉めるシーンがあり、後者が300年前の地獄絵図――アルタミラで行われたミュウの殲滅作戦、及び、メギドシステムの照射を語っていたが、彼らの悲しみを癒すには300年という時間は短すぎたのだろう。
最も、ジョミーと同じ若い世代のミュウたちにとって、300年前に行われたミュウ殲滅作戦とメギドシステムの照射は“遠い昔に起こったこと”でしかないのだけれど。世代間の断絶を生むには、300年という時間の流れは充分過ぎたらしい。“大昔の出来事を記した本に触れても、どこか他人事”なのは人間と一緒のようだった。閑話休題。
「ハガネ少佐なら、こういうのに詳しいと思ったんです」
「ユニオン時代に色々ご馳走になりましたからね」
2人に同伴していたアニエスとジンも、彼女たちと同じ気持ちらしい。期待するような眼差しでクーゴを見上げていた。
丁度クーゴは手持無沙汰だったし、期待されると応えたくなる性分である。4人の申し出を断る理由はなかった。
二つ返事で頷けば、4人はぱああと表情を輝かせた。彼と彼女らを伴い、厨房へ足を運ぶ。
「リチャード少佐に関する情報はあるか? 好きなものとか、苦手なものとか、アレルギーとか、最近の食事に関する愚痴とか」
「『提供される食事じゃ物足りない』とか、『食事の時間が来る前に、どうしても小腹が減って口寂しい』ってぼやいてたのを聞いたかな……」
「『ちょっとジャンキーなものが食べたくなる』とも言ってたっけ」
「『お母さんが差し入れてくれるお菓子が癒し』って零してましたね」
「お母さんが作ったバタークリームを使ったお菓子、お父さんの大好物ですから」
クーゴの問いかけを聞き、アニエスとジンが顔を見合わせて唸る。補足を入れたのは、リチャードの娘たちだ。
彼女たちから流れてきた思念に触れると、ブッセをつまみ食いしたのがノーヴルにバレて叱り飛ばされるリチャードのヴィジョンが流れてくる。
普通に食事をとれるようになったとはいえ、健康管理は大切だ。特に、バタークリームは軽い口当たりに対してカロリー爆弾としての側面も併せ持つ。
バタークリームは“普通の生クリームよりも日持ちしやすい”という特徴があり、生クリームが台頭してくる前までは『ケーキのクリーム』の主流だったこともある。
夫婦ではあるが別行動で動き回ることが多い2人にとって、ある程度保存がきく料理――伴侶の好物を作り置きできるというのは、色々な意味で嬉しいことなのかもしれない。
尚、“『Toward the Terra』の挿絵で登場した盲目の占い師・フィシスからバタークリームを使ったお菓子を貰って喜ぶ茶髪の少年を、じっとりとした目で睨みつける金髪碧眼の少女”のヴィジョンには見て見ぬふりをした。閑話休題。
「ノーヴル博士が作るバタークリーム、レシピ分かる?」
「はい! お母さんが作る様子を傍で見てました!」
「片手で数える程ですが、作ったことがあります!」
『――サヤ、アユル。好きな人ができたら、その人に作ってあげなさいね』
元気よく返事をしたサヤとアユルに呼応するように、ノーヴルの《聲》が《聴こえた》。在りし日の記憶であり、母が娘に託す希望。或いは、ノーヴルがサヤとアユルに受け継いでほしいと願った、彼女からの愛の証だ。
次の瞬間、断片的にフラッシュバックする。バタークリームでデコレーションしたケーキを振舞うサヤとアユルに対し、ケーキを食べてはぞれを絶賛するアニエスとジンの姿が浮かんだ。何とも微笑ましい光景であった。
彼女たちは“母から受け継いだレシピを再現する”だけでなく、“伴侶が好む味に合わせてアレンジを試みている”らしい。未だ試行錯誤の真っ最中のようだ。
(『美味しいごはんは心と体を元気にしてくれる』、だっけ――?)
クーゴが座右の銘を思い返していたときだった。
『『美味しいごはんは心と体を元気にしてくれる』んだって!』
不意に、誰かの《聲》が《聴こえた》。か細い少女のものだった。
『くーちゃんがはやく元気になれるように、もっと美味しいお料理いっぱい作るからね!!』
『くーちゃんが食べたいもの、なんでも作ってあげる!』
――とても、大切なことだった。
誰かが常日頃から、笑顔で言っていた。『美味しいごはんは心と体を元気にしてくれる』と。
誰かが座右の銘にして、それを実践していた。並んだ料理はどれも美味しくて、心に沁みる一品ばかりだった。
誰かが作った料理には、食べる相手への愛と祈りで満ちていた。どんな料理よりも美味しくて、冷え切っていた心を温かくしてくれた。
もしも元気になれたなら。もしも大人になれたなら。
自分も、そんな誰かのようになれたらいいと、思ったのだ。
(――そうだ)
ノイズ塗れのフラッシュバック。快活に笑う誰かの姿。か弱い少年の願いを叶えるためならばと、胸を張って頷く誰かに、クーゴはずっと救われていた。
いつか、元気になれたなら。いつか、大人になれたなら。そうやって尽くしてくれた誰かから手渡された分を、きちんと返したいと願っていた。
(俺は――)
<――だめ>
りぃん、と、澄み渡る音がした。誰かに目を隠される。青い光が瞬いた。
「少佐?」
「具合でも悪いんですか?」
「あ、ああ。何でもないよ」
アニエスとジンの声によって、クーゴは現実に引き戻された。心配そうに見上げる面々に微笑み返し、料理の準備を始める。
今回作るのは、ノーヴル直伝バタークリームを使ったお菓子だ。医療フロアに缶詰状態でも食べやすいよう、一口サイズのものを考える。4人と議論を重ねた結果、クッキーサンドに決定した。
バタークリーム以外余計なものを挟まないプレーン味、各種果物のジャムを挟んだ果物味、ラム酒に漬けていたレーズンを挟んだラムレーズン味を作ることにする。
『効率よく作業を進めるための下準備として、今のうちにグラム数やリットルなんかを全部揃えておこうか』
『作りながら調節するのでもいいのではないか?』
『『目分量と味で判断する一般料理と一緒くたにすると失敗の遠因になる』らしい。『菓子作りは化学反応が絡んでるから、使う材料の種類だけじゃなく、材料の量・調理時の温度・調理時間にも重要な意味がある』って聞いたな』
『成程。心得た!』
『この場にいる面々の殆どが初心者の食べ専だ。よって、今回は“レシピに忠実に作る”方針で行こう。余計なアレンジは絶対にしないこと!』
『その旨を良しとする!』
『『『了解!』』』
いつかの日常が脳裏をよぎる。クーゴがまだ“グラハムの相棒”をしていた頃の、大切な日常の1つ。『刹那から貰った手作り菓子の返礼品を作りたい』と主張した相方の無茶を叶えるために、一肌脱いだときのことだ。
“ユニオンのトップガンと、彼の部下である屈強な男たちが菓子作りという細かい作業をしている”という絵面は、今思い返しても微笑ましい光景である。懐かしさに口元が緩んだのは致し方ない話だろう。
あの日、ワイワイガヤガヤしながらパウンドケーキ作りに勤しんでいた面々――グラハム、ビリー、ハワード、ダリルはどうしているだろう。あの場にいなかったアキラは? この一件のずっと後に加わったジョシュアは?
グラハムは何らかの理由で独立治安維持部隊アロウズに所属し、道化――即ち、何者かの
元・
ビリーに関しては詳細は知らないものの、グラハム経由では『なんだか大変なことになっている』くらいの話しか聞けなかった。
(……状況は最悪。ろくでもないことになっているのは確定。――だとしても、俺の答えは変わらない)
自身の方針は固まった。目的地は最初から1つで、そこに至るまでの点は未だ引けていない。
でも、諦めずに模索し続ければ、点を増やすことが出来る。点と点を繋げば線になり、飛んでいけるのだ。
菓子作り作業の手を休めることなく、アニエスたちのサポートに精を出しつつ、クーゴが決意を新たにした。
「――よし、完成!」
「美味しそう……!」
「お父さん、喜んでくれるかなぁ」
アユルとサヤが目を輝かせ、出来上がったクッキーサンドを見つめる。味見は既に終わっており、4人とも満足のいく出来栄えだったらしい。勿論クーゴも食べており、味は保証できるものだった。
それらを綺麗にラッピングして、クーゴとアニエスたちは医療フロアへ向かった。良くも悪くも医療フロアは今日も賑わっている。健康診断から長期入院まで、出入りする人数は絶えない。
その一角に、リチャード・クルーガーはいた。見舞客として彼の妻――ノーヴルも居合わせており、2人は何やら議論を交わしていたようだ。
「「お父さん!」」
「サヤ、アユル!」
「「リチャード少佐!」」
「アニエス! それにジンも! 見舞いに来てくれたのか!」
来訪者――娘と教え子たちの乱入と、彼女や彼らが持ってきた差し入れによって、リチャードはノーヴルとの議論を中断した。差し入れであるクッキーサンドの話を聞いた彼は、意気揚々と手を伸ばす。
クッキーサンドに舌鼓を打ちつつ、リチャードは娘や教え子たちと談笑を始めた。彼らの様子を目を細めて眺めていたクーゴだが、ふとした拍子に、同じように目を細めていたノーヴルと視線が合った。
彼女とは国連軍との最終決戦以来の再会である。その旨を言いながら頭を下げれば、ノーヴルは「流石は山羊座B型。乙女座のA型同様、律儀で真面目なのはあの頃のままね」と微笑んだ。
「そういえば、聞きそびれていたことがあるんですが」
「何かしら?」
「俺のGNフラッグに追加した、棒状の武装のことです」
暫し他愛のない談笑をした後で、クーゴはノーヴルに問いかけた。
国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦が行われる直前、ノーヴルはクーゴのGNフラッグに武装を追加している。武装提供をされた側には一切用途が開示されなかった棒状の、よく分からない武装だ。
クーゴがその武装を使った回数は――蒼海が駆るMAの攻撃に対し、咄嗟に振りかざした際のたった1回。直後にクーゴ/GNフラッグが撃墜されたため、クーゴ自身は武装の用途を理解できないままだった。
最終決戦が終わった直後から悪の組織がユニオンから撤退するまで、多少のタイムラグがあったことは知っている。彼女の部下兼技術者としてユニオンに在籍していたアニエスたちから聞いていたから。
そのため、ノーヴルが件の武装に関するデータを把握していてもおかしくない。
クーゴの問いかけに対し、ノーヴルは静かに頷き返して口を開いた。
「あの武装は、貴方の
何やら不穏な補足を付けながら、ノーヴルは苦笑する。彼女は当時のデータを指し示しつつ、クーゴに説明してくれた。
「この武装を開発したときに我々が有していたデータでは、貴方が
「そうだったんですか……」
「でも、あちらで貴方の顛末や残されたデータを確認した結果、あの武装は問題なく作動していたことが分かったわ」
ノーヴルの指示した端末に、映像が流れる。クーゴのGNフラッグを見上げるような位置から録画された映像だ。位置的に、グラハムのGNフラッグから見たものだろう。
クーゴのGNフラッグが武装を掲げたとき、青い光が舞い上がった。それはグラハムのGNフラッグと刹那のガンダムに降り注ぐはずだった砲撃を防ぎきっている。
目覚める直前に顔を合わせたグラハムは何も語らなかったけれど、謎の武装が問題なく使えたことで彼らは生き延びることが出来たのだろう。クーゴは安堵の息を吐く。
「あれからここでサイオン波の訓練やドライヴ調整のために色々やってますけど、データは充分集まりましたよね?」
「ええ。あの武装についてのデータ関係は、ノブレスに引き継がれたわ。『未だ未知数な部分はあれど、武装の改良は順調』だそうよ。後は力と武装を使い込みながらデータを集め、調節することになるでしょう」
「未だに未知数なのか……」
静かに微笑むノーヴルに、クーゴは思わず眉間の皴を深める。一時期ノブレスが缶詰め徹夜デスマーチを強行していたのは、件の武装を調整しようとしていた部分もあったのか。
実際、サイオン波の扱いは非常にデリケートだ。力が強ければ強いほど、繊細なコントロールが必要となる。感情的に力を行使すれば最後、力を暴走させて何もかもを破壊しつくすだけになってしまうだろう。『Toward the Terra』にもサイオン波を暴走させた場合に待ち受ける最悪の結末が描写されていた。
キースがナスカ及びシャングリラから脱出しようとした際、彼は自分を強襲してきたトォニィを返り討ちにしている。その際にトォニィは仮死状態となってしまうが、彼女の母親であるカリナは“トォニィが死んでしまった”と誤解し、力を暴発・暴走させてしまった。
『どうして私の大切な人たちは、みんな私を置いて逝ってしまうの!?』
『ユウイ、トォニィ! 私を独りにしないで!!』
血涙を流してシャングリラ内部を練り歩いたカリナは、ジョミーの制止を無視して力を暴走させ続けた。その果てに、愛する男と結ばれた――人生で一番幸せだった
息子が生きていることを知らぬまま、成長した息子の顔を見ることなく、力尽きてしまったのだ。彼女の遺体は、夫であるユウイの隣に埋葬された。そして――ナスカの崩壊とともに、夫婦の墓標は滅んでいる。
他にも――時間軸的に少し前の話になるが――、ジョミーがサムと再会したときに“力を暴走させた”と思しき描写がなされている。マザーの思考プログラムによって“ジョミーを殺す”という命令を忠実に実行するだけの傀儡となったサムをジョミーが拒絶した際、サムが乗っていた宇宙船が木っ端微塵に吹き飛んでいた。
人類篇では、キースから“ミュウと接触したことが理由で、サムが幼児退行を引き起こしてしまった”と認識されていた場面もあったか。実際、幼児退行したサムはステーションE-1077でキースと過ごした日々を完全に忘却し、アタラクシアでジョミーと共に過ごした記憶と精神状態だけが残っていたためだ。
破壊力の描写としては、トォニィの件もだ。セルジュによってアルテラが殺された瞬間に居合わせたトォニィは、彼女の死体を抱きかかえて絶叫した。
その際に、人類側の戦闘機や戦艦を一瞬で消し飛ばすほどのサイオン波を発生させている。作中では『砲撃』という言葉で描写されていたか。
ジョミーがトォニィを静止しなければ、彼も母親と同じ轍を踏んでいたかもしれない。
(3代目の
最早その先を《識れない》と理解していながらも、クーゴはそんなことを考えた。考えないではいられなかった。
ベルフトゥーロ一派と別れた楽園の指導者は、今でもどこかの宇宙を旅しているのだろうか。
「――うん、美味い!」
「「やったぁ!」」
そんなことを考えていたとき、不意に声が聞こえた。声の方に視線を向ければ、娘が作ったクッキーサンドをべた褒めするリチャードと、褒められて喜ぶサヤとアユルの姿があった。ノーヴルも楽しそうに目を細めている。
「この調子なら、サヤもアユルも問題なくお嫁に行けるわね」
「は???」
のほほんとした調子のノーヴルに対して、リチャードは鬼気迫った表情を浮かべる。
妻の言葉を受け入れられないのか――暫しの沈黙を経て、夫は叫ぶ。
「待て待て待て! おおおおおお、お嫁に行くだとォ!? よよよよ嫁入りなんて、サヤとアユルにはまだ早い!!」
「でも貴方、教え子たちに『娘を頼む』って言ったじゃない」
「ばばばばばば、ちちちち違ァう! お、俺はそんなつもりで言ったんじゃない!!」
顔を赤くしたり青くしたりと忙しそうにしていたリチャードだが、ノーヴルの言葉から“教え子”という単語を拾い上げる程度の理性や理解力はまだ残っていたようだ。
師匠の反応に目を丸くしていたアニエスとジンに向き直ったリチャードの目は座っている。あまりの気迫に、2人はびくりと肩をすくませ後ずさった。
しかし、そんな教え子たちの肩を掴んで揺さぶりながら、リチャードは何度も彼らに念を押す。鳶色の瞳は異様に鬼気迫っていた。
「アニエス、ジン! お前、サヤやアユルに変なことしたら許さないからな……! 地獄の轟きを聞かせてやる!!」
「「あばばばばばば」」
「お父さん! アーニーを放してください!」
「やめて! ジンを放して!!」
「やめなさい、みっともない」
「うああああーッ! フィシス様、こういうときどうすればいいんだよォォ!?」
「は???」
暴走寸前のリチャードを止める側に回った母娘であったが、次の瞬間、母親が凍り付く。今度はリチャードがノーヴルに胸倉を掴まれ、がくがく揺すられる側になっていた。
ノーヴルの思念波を通じて流れ込んできたのは、金髪の美女にデレデレしている茶髪の少年の姿だった。心なしか、リチャードと雰囲気が似ている。
そんな彼に絶対零度の眼差しを浮かべていたのは金髪碧眼の少女だった。眉間の皴は数割増し、滲み出る感情の色合いを一言で例えるなら、嫉妬であろう。
尚、リチャードと思しき少年は、金髪の女性のことを『フィシス様』と呼んで慕っていた。……数時間前に《視た》ヴィジョンと似ているように感じたのは気のせいではない。
「あの日
「「お、お母さーん!?」」
「ストップ、ストップ! 怪我人! 怪我人だから!」
そうこうしている間に、ノーヴルは笑顔でリチャードを絞め堕としにかかっていた。
圧のある笑顔と締め技に気圧されながらも、クーゴとサヤたちが慌てて止めに入る。
騒ぎを聞いて駆けつけてきた医者によって全員が叩き出されたのは、それからすぐのことだった。
◇◇◇
「――これで、最後」
指定された標的を、ガーベラストレートで一刀両断する。惚れ惚れとするくらい、素晴らしい切れ味だ。
視界の端に表示された時間が止まる。目標時間内に、すべての標的を破壊し終えた。これでノルマは達成である。
「おお! 良い数値が出ましたね! 出力も安定しているようですし、これなら……!」
「ふむ。これで、ESP-Psyonドライヴの調整は完了じゃな。よかったのう、おにーさん。徹夜デスマーチから解放されて」
「……あれ? そういえば今日は地球歴で何日でしたっけ?」
「お、おにーさん……」
通信越しから聞こえてきたノブレスとエイフマンの会話に、クーゴは思わず遠い目をした。“クーゴの全面バックアップ”というベルフトゥーロの方針が原因で、ノブレスを筆頭とした技術班が駆り出されていたためである。
彼女たちは“同族に対して甘い傾向がある”らしい。特にベルフトゥーロは、S.D.体制――“人類は敵、味方は同胞のみ”という極限状態を生き抜いてきた“最古参のミュウ”なのだ。いくら後世になって人類と手を取れるようになったとはいえ、思うところがあるのだろう。
ノブレスもそれを了承して、地球歴がわからなくなる程の徹夜デスマーチをやってのけた。後で差し入れを持っていこう。彼
見た目にもこだわるという話を小耳に挟んだので、和菓子で勝負してみようかと思っている。
「ガンダムアストレイ・レッドフレーム、帰還してください」
「了解」
ノブレスたちとの会話をそこそこに、クーゴは操縦桿を動かした。クーゴ用のESP-Psyonドライヴを調整するために持ち寄られたのが、ガンダムアストレイ・レッドフレームと呼ばれる機体だった。
クーゴは以前、
正直、アストレイ・レッドフレームの性能は、グラハムがやらかしたことの方が印象が強すぎて覚えていない。ドモン・カッシュの愛機の必殺技を無断で改名していた奴だ。
終いにはヒート・エンドまできっちり言いきった。パクリというよりは、「本歌取りして魔改造した結果、本家以上のインパクトを持つシロモノになった」ようなノリである。
あの後、グラハムに技を奪われたドモンはどうしたのだろうか。思い出そうとしたが、凄まじい頭痛に襲われてしまう。思い出してはいけないと警告するかのようだった。
程なくして、大きな白鯨が姿を現した。MSの発着場へ降り立ち、機体を格納庫へ収納する。ハッチを開いて機体から降りれば、そこには技術者たちが待ち受けていた。
ノブレスが指示を飛ばし、それに合わせて技術者たちが慌ただしく作業を始めた。徹夜デスマーチから解放されたという喜びが、テンションを高くする理由なのかもしれない。
あまりの熱気に耐えられなくなって、クーゴはそそくさと格納庫から撤退した。廊下を通り抜け、中庭へ向かう。以前は地図を頼りにしなければ迷子になっていたのだから、慣れたものだ。
中庭へ足を踏み入れれば、遊具で遊んでいた宙継と子どもたちがこちらを振り向いた。
金髪碧眼の少年――ジョミーと、黒髪に青い瞳の少年――キースだ。2人とも、宙継と同年代の子どもたちである。
『Toward the Terra』の主人公にして、両陣営の指導者と瓜二つであること以外は、どこにでもいる普通の子どもだ。
「クーゴさん!」
「グラン・マ! クーゴさんが来たよ!」
クーゴの存在に反応した宙継に続いて、ジョミーがベルフトゥーロに声をかけた。彼女は花が咲くように破顔すると、大きく手を振った。
「よっ、若造! 今日も来てくれたのかー」
「約束ですからね」
「誠実な人は好きよ。関心関心」
ベルフトゥーロはうんうん頷いた。彼女に促され、クーゴは椅子に腰かける。ベルフトゥーロとの談笑もまた、クーゴにとっての日常であった。端末越しか、直接本人と顔を合わせるかの差異はあったが、どちらだろうとあまり変わらない。
視界の端にいた宙継たちは、何かを確認するかのように顔を見合わせ、人差し指を口に当てた。そして、そそくさと遊具から離れ、1番端のベンチスペースに腰かける。クーゴとベルフトゥーロの邪魔にならないよう、遊びを変えることにしたようだ。
なんともいじらしい子どもたちである。見ているだけで微笑ましい。
視線を感じて向き直れば、慈しむように目を細めたベルフトゥーロがいた。
彼女もクーゴと同じような心境だったようだ。ふ、と、クーゴは小さく噴き出した。
「そういえば、キミ専用のESP-Psyonドライヴ、良い感じに調整進んでるんだってね」
談笑の皮切りと言うかのように、ベルフトゥーロが話題を提供してくれた。クーゴは頷く。すると、ベルフトゥーロは子どものようにはしゃいだ様子で問いかけてきた。
「ね、どうかな?」
「何がですか?」
「フラッグよりも、はや」
「言いませんよ!? 俺はフラッグ一筋なので」
「……つれないねェ」
「今日こそ言ってもらえると思ったんだけどなー」と、ベルフトゥーロは苦笑しながら肩をすくめる。クーゴ専用のドライヴを調整するための機体――ガンダムアストレイ・レッドフレームに登場することになって以来、彼女はずっとそんな話ばかり振ってくるのだ。
確かに、フラッグとガンダムの性能差は明らかだった。疑似太陽炉が普及してからは、ジンクスおよびアヘッド系列の機体が主流となっており、フラッグの系譜は絶たれてしまったと言っていい。どうしようもないことは、クーゴとて認めている。
それでも、クーゴにとっては、フラッグは思い入れのある機体だった。クーゴが空を目指した理由の1つであり、クーゴと友人たちを繋ぐ絆そのものでもある。フラッグを捨てるということは、自分が憧れたものや積み上げてきたすべてを捨てるということを意味しているのだ。
ガンダムに対して強い思い入れのあるベルフトゥーロも、そういう意味ではクーゴのご同輩であった。彼女にとってガンダムは、イオリアと育んだ愛そのものを指している。
ソレスタルビーイングにあるガンダムたちも、悪の組織が所有するガンダムたちも、ベルフトゥーロとイオリアの愛の結晶――子どもたちなのだ。
フラッグという単語から何か思い出したようで、ベルフトゥーロがぽんと手を叩いた。
「キミ用の新型機、ラストスパートに入ったから。エイフマンが張り切ってたよ。ノブレスにも頑張ってもらわなきゃ」
「ノブレスはやっとひと段落ついて、徹夜デスマーチから解放されたばかりなんです。休ませてやってください」
無茶ぶりにゴーサインを出そうとするベルフトゥーロを諌める。彼女は目をぱちくりさせた後、苦笑した。「もう少し我儘になっていいのに」と彼女は呟く。
クーゴからしてみれば、自分は充分すぎるほど我儘を言っているのだ。自分のために頑張ってくれている人たちに気を使うのは当然である。
「キミのために無茶をしてくれる人間がいるってことは、とても幸せなことなんだよ。若造はその人の想いを大切にしてほしいねぇ。……キミ自身も、誰かのために無茶をするタイプだろうに」
「……肝に銘じておきます」
「なんて屁理屈だ」という言葉を飲み干した。
おそらく、ベルフトゥーロはクーゴの気持ちを察しているだろう。年の功と
彼女が傍若無人な面を惜しげもなく見せるのは、相手を心から信用し、信頼しているためだ。その人物ならやってくれるだろうと確信しているためだ。
そしてその分、自身もまた無茶を惜しまない。相手を信じているからこそ、自分も相手に応えようとする。全身全霊、そして己の持ちうるものすべてを使ってだ。
今は遠いユニオンの空が脳裏に浮かんだ。グラハムは今、ミスター・ブシドーとして、どこかの戦場に立っているのだろうか。姉によって鳥籠に閉じ込められ、羽をもがれた鳥のように、身動きできずにいるのだろうか。
彼から無茶なことを要求されたことは何度もあった。戦場でも、日常でも、刹那とのアレコレでも、無茶を要求されなかったことなんてなかったと思う。むしろグラハムは、期待されたら全力でそれに答える代わりに、相手にも同等あるいはそれ以上の無茶を(本人は意識せずに)求めるようなタイプだった。
グラハムを厄介者呼ばわりし疎む相手がいた一方、グラハムの味方になり、彼の無茶ぶりに応えようとした人間がいたのも事実だ。かくいうクーゴも後者に当たる。それ程の人間的魅力が、彼にはあった。
「貴女と話していると、友人のことを思い出します。無茶ばっかりやらかすし、そのせいでしょっちゅう迷惑を被るけど、どうしてだか放っておけない……あいつはそんな奴です」
「そうか。大切な友達なんだね」
ベルフトゥーロは静かに目を細めた。まるで、クーゴの姿に誰かを重ねて見ているかのようだ。
しかしそれも一瞬のこと。彼女はすぐに朗らかな表情を浮かべ、新しい話題を切り出した。
「日本が新しく人工衛星打ち上げるらしいね。何号機かは忘れちゃったけど、名前は覚えてるよ。はやぶさ、だったかな? キミが好きな人工衛星の名前も、はやぶさだったよね」
「あ、はい」
いきなり、どうしてそんな話題が出てくるのだろう。クーゴは思わず首を傾げ、ベルフトゥーロはますます笑みを深くした。
「『還る』ための旅路。使命を果たし、はやぶさは『還ってきた』。まるで、キミが向かう旅路のようだよ」
ベルフトゥーロの言葉はどこか重々しかった。彼女もまた、
『還る』という言葉の意味や重さも、ベルフトゥーロは知っているのだ。それこそが、彼女の人生だったから。だから、『還る』という言葉に反応する。
クーゴの願い――仲間たちと共に、大切な場所へ『還りたい』――を叶えるために、全力でサポートしてくれる。嘗ての自分や同胞たちを支え、励まそうとするかのように。
相槌を打ち、クーゴは
***
エイフマンから呼び出されたのは、専用ドライヴの調整が終わってから暫く後のことだった。
格納庫の2階にある休憩室には、完全燃焼したと思しきノブレスが死んだように眠っている。彼の背中には毛布が掛けられており、目元には凄まじいクマがあった。他にも、多くの技術者がグロッキー状態になっている。
休憩室の中を観察するのをやめて、クーゴはエイフマンに続いた。閉まっていた扉が開く。逆光のせいか、扉の先にある機影がよく見えない。しばし目を凝らして、ようやくその全体像を見ることができた。機体の面影を、クーゴは知っている。
「悪の組織は、技術者にとって天国であり、楽園であり、己を磨くのに相応しい環境が整っている場所だと思う。そのおかげで、大破したキミのフラッグをベースにし、思う存分改修することができた」
エイフマンはそう言って、ゆっくりと振り返った。
「これは……!?」
「フラッグの系譜に悪の組織の技術を合わせた物じゃ。ミュウ由来の技術の結晶を組み込んだからな。事実上の、『キミのためだけにチューンされた機体』となる」
彼の言葉は、クーゴの予想を肯定した。
クーゴの機体は、フラッグの系譜を継ぐ機体。
「俺のためだけに作られた、フラッグの後継機……」
これが、クーゴの翼。仲間たちと共に、青い空の元へ『還る』ための力。
国連軍との戦いで大破した相棒が、新たな力と姿を手に入れて生まれ変わった機体なのだ。
もう一度、相棒と一緒に空を飛べる――その事実が、じわじわとクーゴの心に沁みていく。
口元が歓喜に震えたクーゴとは対照的に、エイフマンは困ったように苦笑した。
「そう。ただな、機体は完成したのだが、まだ完全ではないのだよ」
「どういうことですか?」
「――機体の名前が、まだ決まっておらんのだ。キミに、名付けてもらおうと思っていたからな」
エイフマンは静かに微笑み、じっとクーゴを見返す。クーゴの言葉を待っているかの様子だった。
名づけなんてやったためしがない。ネーミングセンスも皆無である。いきなりの難題に、クーゴは思わず生唾を飲み干した。これから苦楽を共にする戦友に、変な名前をつけることはできない。
この翼は、『還る』ためのものだ。嘗て、クーゴが空を目指すきっかけになったフラッグの系譜を引き継ぐものだ。この御旗を目印に、クーゴは仲間たちの待つ空へとたどり着いた。そうして今、そこへ向かって『還ろう』としている。仲間たちと一緒に、空の元へと。
脳裏に浮かんだのは、幼い頃に夢見た
『還る』ための旅路を征く機体の名前は、『還るべき場所』へとたどり着いて見せた伝説の人工衛星にあやかろうと思ったのだ。
無茶苦茶な願掛けだとはわかっている。確認するように相棒を見れば、その名前がいいと言わんばかりにカメラアイが輝いた。
クーゴはふっと表情を緩め、エイフマンへと向き直る。新しい相棒に魂をふき込むため、その名を口にした。
「――“はやぶさ”」
◇
このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。
「ユニオンよ、俺は『還って』来た!!」
「……ダメだ、ものすごくこっ恥ずかしい……! いくら約束とはいえ、この台詞言うのに何の意味があるんだ……!?」
本格的な初陣で、開口1番にこんなセリフを言わされる羽目になることを。
「とくと見るがいい! いきり立て! 私の――」
『なあグラハム』
『俺の親戚に、官能小説家がいてさ』
『そいつが頻繁に使う隠語というか、表現で、“益荒男”っていうのがよく出てくるんだ』
『そりゃあ、海外進出する程メジャーではないよ。寧ろマイナーだし、全くもって一般的な表現ではないよ。……ないんだけど、さ』
『そこで言い淀むくらいなら、ハッキリ言ったらどうだ?』
『…………した、…………』
『何だって? 聞こえないぞ、クーゴ』
『“
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………とくと見るがいい! 盟友が作りし、我がマスラオの奥義を!!」
「おいちょっと待て。何だこの異常な間は!? いや、そもそも何故言い直した!?」
「そこは突っ込んではいけない! それ以上突っ込まれたら、その……私が破廉恥なことになってしまう!!」
「待ってくれ! あんたは一体何を思い至ったんだ!!?」
「ナニ!? ナニって、キミ……っ、キミも相当破廉恥だな少女!!?」
「おい待て! 字面がおかしいぞ!? あんた本当にどうしたんだ!? 大丈夫なのか!?」
「えっ? 何? 何が起きてるんだこれ?」
御旗の元から分かたれた機体と対峙することを。
「人工衛星のはやぶさは、自分が燃え尽きても、ちゃんと役目を果たしてくれたそうだ」
「……ありがとう。俺を、俺たちを、ここまで送り届けてくれて」
『還る』ための翼は、己の役目を果たすことを。
「……随分、遠くまで来たもんだ」
「あの日、崩れゆく鳥籠の中で無残に死ぬはずだったカナリアが、自力でここまで飛んだんだ。――感嘆することはあれど、後悔するようなことは無いな」
「――そうね」
「なんてったって、最愛の貴方が一緒なんだから」
カナリアの番が、何処かへ飛び立ってくことを。
クーゴ・ハガネの明日は