問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
果てなき
今頃、格納庫は若者たちでにぎわっている頃だろう。ベルフトゥーロは小さく笑った後、端末に送られてきた図面に視線を落とした。
図面に描かれている機体は、ノブレスが手掛けている新型機――トリニティ兄妹の専用機となる3体のガンダムだ。前回の戦いで修理したとはいえ、旧型機のスローネシリーズではそろそろ限界なのだろう。今は搦め手で応戦しているが、真っ向勝負となると力負けしてしまうのだ。
スローネシリーズが大破に追い込まれ、その修理をした際に搭載したESP-Psyonドライヴであるが、元々スローネたちはESP-Psyonドライヴを搭載することを前提にして設計された機体ではない。半ば無理矢理積んでいるようなものなので、そのツケが、機体性能やその他諸々に回りつつある。
この図面に描かれた機体はスローネシリーズの発展形だ。パイロットたちの希望や要望をできる限り具現化しつつ、当人の才能に合う武装を作り出すため試行錯誤を繰り返している。そのせいか、ここ最近、設計者のノブレスは第3次デスマーチに体を突っ込んでいた。
同じ技術者として、ノブレスの気持ちはよくわかる。ベルフトゥーロは図面を見つめながら、うんうんと頷いた。
「どの武装を追加するか、本当に悩むよねー。ビットやノルンもつけたいし、クロッシングも追加したいし、オーラコンバーターも載せたいし、ドリルもつけたいし、ドルイドシステムや月光蝶も搭載したい。ツインサテライトキャノンとかツインバスターライフルも欲しい。無限拳も欲しい。てか全部やりたい」
思いつく武装を、思いつくままに口に出す。
それを聞いた面々が、いっせいに顔を顰めた。
「そんな無茶苦茶な……」
ノーヴルが天を仰ぐ。
「お前は何を作るつもりなんだ……」
エルガンは額に手を当ててため息をつく。
「……貴女らしいよ、マザー」
リボンズが遠い目をした。
己の発言が、採算を度外視した発言であることはわかっていた。でも、口に出しただけで顔を顰められるのは酷くないか。ベルフトゥーロは口を尖らせながら端末を見直す。
ガンダムデュナメスをベースにして作り出された機体の調子もいい。パイロットであるロックオンも、己の持つ力――
本人の得意分野と能力の特性が不一致を起こすという事態も、よくあることだ。
そこら辺は慣れである。とにかく慣れしかない。ロックオンには辛いかもしれないが。
「そういえば、彼、搭載された武装に変なデジャウを感じてるらしいよ」
「貧乏くじ同盟の絆は伊達じゃない、か」
「スラオシャに搭載された武装の元ネタは、“揺れる天秤”と“悪魔の伯爵又は侯爵”の折衷系だったかな? そういえば“揺れる天秤”、天獄事変後も借金漬けだったらしいね」
「え、そうだったの? 知らなかったわ。……というか、天獄事変の
リボンズとベルフトゥーロが会話を始めたとき、視界の端にいたエルガンの表情が曇った。ベルフトゥーロはちらりと彼へ視線を向ける。彼は逃げるように視線を逸らし、目を閉じた。
最近、エルガンは沈痛な面持ちでいることが多い。何かに怯えているように見えるし、憤っているようにも思うし、諦めているようにも思うし、戦おうとしているようにも見える。長年幼馴染をやっているが、こんなことは初めてだ。
昔から、彼は何も言わない男だった。綿密に計画を立て、それを実行に移す際、人の心の動きまで予想して策謀を張り巡らせていた。計画の成就のためなら、味方すら嵌めるような男であった。
彼の作戦で不利益を被ったことがある。逆に、大きな利益を得たこともある。それでも――恨めしいことはあるが、彼の判断は間違っていなかった。
エルガン・ローディックは参謀役として優秀だった。気難しくて頑固で融通が利かなくて突拍子のないことを相談なしにやってのける男だが、決して悪人ではなかった。
だから、ベルフトゥーロにとって、心を赦して愚痴――暴言に近い部類だと他人は言う――を零せる気安い相手だった。
それは『世界で2番目に愛してほしい』事件が起きる以前も、起きた後も、何も変わらない。今も、昔も、これからも、その在り方を変えるつもりは毛頭なかった。
ベルフトゥーロの答えが、表情を曇らせるほどショックだったのだろうか。いや、エルガン・ローディックに限って、傷心で元気をなくすなんて馬鹿な話はあり得ない。
「マザー? どうかしたのかい? エルガン代表が気になるの?」
リボンズに指摘され、初めてベルフトゥーロは自分の状況――エルガンを目で追っていることに気づいた。はて、これは一体どういうことだろう。浮気なんてするつもりはない。ベルフトゥーロにとって、1番愛する人間はイオリアだけなのだ。一生、それは不変である。
声を聞いていたエルガンが、酷く驚いたような顔でベルフトゥーロを見た。何度か瞬きをした後、普段通りの鉄仮面に戻る。
何かを取り繕うかのような様子に、胸が酷くざわついたのは何故だろう。自分が今、決定的な何かを見落としたような気がしたのは何故だろう。
あんまりにもエルガンを凝視したためか、彼は眉間に皺を寄せてこちらに歩み寄ってきた。
「お前が惚けるなんて珍しいな」
「私はいつでも絶好調ですよー。ってか、おかしいのはアンタの方でしょ? エルガン」
百面相、と言いながら、ベルフトゥーロはエルガンの眉間のしわに触れた。それを無理矢理伸ばそうと引っ張る。余計に彼は困惑したような表情を浮かべた。
何も言いたくないと言わんばかりに、奴の口は閉ざされている。こうなってしまえば、テコでも彼は口を開かない。ベルフトゥーロは大きくため気をついた。
「アンタは昔からそうだったわね。1人で何でもかんでも抱え込んじゃってさ」
「…………」
「責めてるわけじゃないのよ。だから、そんな風にどんよりとしたオーラを背負わないでくれる?」
「……すまない」
「いいのよ。必要になったら、言ってくれればいいから」
「アンタのことは分かってる」とベルフトゥーロは笑った。それを見たエルガンも、安心したように口元を緩ませる。壮年の男が浮かべるにしては、どこか幼い笑い方だった。
背後で誰かが噴き出した。振り返れば、リボンズが笑いをこらえていた。「エルガン代表、わかりやすい」と、言葉の端々に草を生やしている。エルガンのこめかみがひくついた。
ノーヴルは生温かい目つきでエルガンを見ていた。別方向には、松葉杖をついていたリチャードが目を丸くしている。ひまりが目を輝かせ、征十郎はきょとんと首を傾げていた。
一鷹とアリス、悠凪とハルノらが顔を見合わせてひそひそ話を始める。聞き耳が間違っていなければ、『未亡人』という不穏な単語が聞こえてきたような気がしなくもない。
スオルとグライフも、ノーヴルと同じように目を細めてエルガンを見守っていた。別任務から帰還したエイミーらも、昼のドラマを品定めするような目を向けてきている。
エルガンが目に見えて狼狽し始めた。居たたまれなくなったのだろう。彼は即座に踵を返す。この場から逃げるようにして、彼の姿は掻き消えた。
その様子を目の当たりにした面々は、がっかりしたように肩をすくめた。天を仰いだり、頭を抱える者もいた。程なくして、蜘蛛の子を散らすように面々は去っていく。
得体のしれない空間に放り込まれたような心地になってリボンズを見れば、彼はひいひい言いながら大爆笑していた。今の状況に、笑える要素なんてあっただろうか?
「ね、マザーは、再婚とか考えてるのかい?」
藪から棒に向けられたリボンズの発言に、ベルフトゥーロは目を真ん丸に見開いた。息子の言葉に頭を殴打されたような心地になる。
「そんな話とは無縁だけど」
「エルガン代表とマザーはお似合いだと思うけどね」
「……リボンズ」
ジト目で息子を睨めば、彼は苦笑しながら言葉を続ける。
「あの人は、全部わかってるよ。わかってて、それでもマザーのことが好きなんだよ。……イオリアが後を託す相手にあの人を選んだのも、それを知っていたからだと思う。それを信頼していたからだと思うんだ」
「――“世界で2番目に愛されたい”?」
「そう、それ」
だとしても、ベルフトゥーロが選ぶのはただ1人だ。今も、昔も、これからも、イオリア・シュヘンベルグを愛し続ける。この愛と共に、生き続ける。
ベルフトゥーロの決意を知っているからか、リボンズは少し寂しそうに微笑んだ。どうして、そんな哀しそうな顔をするのだろう。ベルフトゥーロにはわからない。
不意に、懐かしい気配を感じた。愛する人のものだ。反射的に振り返れば、イオリアの幻が《視えた》。彼も、どこか哀しそうにベルフトゥーロを見つめている。
どうして、イオリアまでもが、そんな顔をするのだろう。頭をひねっても、ベルフトゥーロには分からない。
いつの間にか、彼の幻は消えうせていた。哀しそうな顔をさせたままだったということが、心にちくりと痛みを残す。
「あの人は大義を1番にしてるけど、それ以上に、“貴女が生きて結末を見届ける”ことを優先しているんだよ。文字通り、“貴女を罠にはめて、自らが悪役になろうとも”」
「それだけは覚えておいてあげてね」とリボンズは苦笑した。「並大抵のことではできることじゃないから」とも。
「用事があるから」と言い残して、リボンズは転移する。ヴェーダを駆使した情報収集と、最近連絡が滞りがちで約束をすっぽかしてばかりの“アニューの恋人”の動向を探るためだろう。またロックオンが重傷で医務室送りになる未来が《視えた》ような気がした。
件の人物は何度も転職を繰り返しているようだ。自分に合う職業を探すというのは結構だが、このままだと彼は完全に“アニューのヒモ”になってしまうのではなかろうか。息子(長男坊)が妹(末娘)を不安に思う気持ちは分からんでもない。
アプロディアを筆頭とした面々も頑張ってくれているようだ。情報収集に勤しんでいた面々の努力の結晶を、端末越しに確認する。
独立治安維持部隊の活動や行動、連邦政府の動き、そして――敵が抱え込んでいる最強の
特に、コンピュータは強敵だ。スペックはヴェーダやアプロディアとほぼ互角だし、S.D.体制の技術を汲んだネットワーク回路と対人洗脳を得意としているタイプである。
(グランドマザー……)
忌々しい存在の名前。尊敬する
ベルフトゥーロが目にしたのは破壊された後だったけれど、怨敵を忘れたことは一度もなかった。
ベルフトゥーロが世界で1番嫌いな相手である。因みに、2番手は、グランドマザーのネットワーク回路と人類の監視およびミュウや反思想持ちたちの処分を担当していた端末――テラズ・ナンバーたちだ。奴らが形成したプログラムによって、多くのミュウが命を落とした。
あれは、ヒトの営みに
イオリアの理想を壊す存在であるし、ベルフトゥーロの理想を阻む宿敵でもある。グランドマザーの系譜を継ぐモノは、ここで絶たねばなるまい。
“嘗てグラン・パが対峙した相手に、今度はベルフトゥーロたちが立ち向かう”ってヤツか。……彼のように、ベルフトゥーロ1人で何とかできればよかったのだが。
……いや、違う。
彼は、最高の
ベルフトゥーロにはイオリアがいた。彼はもうここにいないけれど、ベルフトゥーロの心の中で生き続けている。
彼だけではない。エルガンやリボンズを筆頭とした仲間たちや、イデアのような後継者、クーゴのような希望の子も存在している。
だから、大丈夫。ベルフトゥーロには、恐れるものなど何もない。
「……グラン・パ、見守っててね。私、頑張るから」
静かに決意を固めて、ベルフトゥーロは
満天の星の向う側に、青く輝く
ベルフトゥーロが決意を新たに固めたとき、そのタイミングを待っていたかのように端末が鳴り響く。連絡主はマリナ・イスマイール王女だ。おそらく、用事は技術支援に関する話し合いの日程についてだろう。
果たして、ベルフトゥーロの予想は的中した。自分の予定を確認しながら、都合の言い日時を設定する。その旨を連絡すれば、相手方も納得してくれた様子だった。「では、そのときに」というメッセージが返ってきた。
そうと決まれば、アザディスタンへ提供する技術を纏めておかなくては。端末を操作していたとき、アプロディアからメールが届いた。『アロウズの動向がきな臭くなってきたので注意してほしい』という内容だった。
アロウズが悪の組織を快く思っていないことは把握していた。スターダスト・トラベラーのことは目の敵にしていることも察知している。幸運なことに、相手方には、2つの団体がイコールで結べるということは知られていない。
(エルガンも水面下でアロウズと派手にやり合っているみたいだし、アイツにも注意を入れておかなくちゃ)
ベルフトゥーロはエルガンに連絡しようとして、止まる。端末の電源が着られていた。じゃあ思念波で連絡を取ろうとしたが、完全にシャットアウトされている。
まるで、すべてを完全に拒絶しているかのように、エルガンの動向がつかめない。彼の思念を掴めない。あまりの事態に、ベルフトゥーロは眉間に皺を寄せた。
こういうときのエルガンは、良い意味でも悪い意味でも、何か恐ろしいことを計画している。しかも、連絡不能になるということは“他者の行動――特にベルフトゥーロ――が計画成就/作戦成功の妨げになる”と感じ、単身で動こうとしているときのものだ。
「――っ」
だから先程、エルガンは変な顔をしていたのだ。あのときの彼の表情は、何かに怯えているように見えたし、憤っているようにも思えたし、諦めているようにも思えたし、戦おうとしているようにも見えた。
おそらく、彼は相当悩んでいたに違いない。相当葛藤したに違いない。行動を起こすのに、途方もない勇気と決断が必要だったのだ。最悪なことに、ベルフトゥーロはエルガンの背中を押してしまったらしい。
自分の行動を悔いても、何もかもが遅かった。エルガン・ローディックは、もう既に行動を起こしているのだろう。やると決めたらとことんやり遂げる男だ。ベルフトゥーロは、そんなエルガンのことを信頼している。
しかし、今は。
その信頼が、かえって嫌な予感を湧き立たせる原因になってしまっていた。
◇◇◇
今日のシミュレーターは豪華である。
自分たちを殺しにかかる勢いで、絢爛である。
雁首揃えて自分たちを見据える機影を確認したクーゴが真っ先に思ったことだった。
「ハロ、サイコハロ、サイコロガンダム、マスターガンダム、デビルガンダム、金属生命体付リーブラ……」
「マークニヒトが2体、ヴァーダント、プリテンダー、飛影、零影、オウカオー、ナナジン……」
戦慄くクーゴの言葉を引き継ぎ、ロックオンは口の端をひくつかせる。
前者はジェネレーションシステム関連の
悪夢と言えば、『続.女の敵護衛任務 -お前が言うな篇-』――“シャアの護衛をしていたらアムロ、シン、カミーユが増援でシャア襲い掛かってきた。3人を撃退したら、フォウ、ファ、ルナマリア、ステラ、チェーンが追加で出現し、男たちに襲い掛かってきた。護衛対象に件の3人が瀕死状態で追加され、彼女たちと戦う”というシミュレーターも酷かった。
勿論、追加出現した女性たち+ベルトーチカのヤジ付きである。本当に凄まじかった。
このシミュレーターを攻略したのちに、『続々.女の敵護衛任務 -地獄篇-』が出現した。
まだやってはいないが、もっと阿鼻叫喚の光景が広がっているのだろう。嫌な予感が拭えない。
因みに、かなり以前にこのシミュレーターをクリアしたことのあるノブレスとその親友曰く、『女性が全員集合して男どもに攻撃を仕掛ける図は壮観である』という。地獄の名は伊達ではないらしい。
「……どうやら、俺たちはシミュレーターに嫌われているようだな」
クーゴは乾いた笑いを零した。はやぶさも、クーゴの気持ちに同意するようにカメラアイの光が力なく瞬く。
「ふざけんのもいい加減にしろよ!? こんなモン、狙い撃つなんて無茶だっつの!」
ロックオンは今にも泣き出してしまいそうな声色で叫んでいた。心なしか、彼の新しい愛機――ガンダムスラオシャも、スナイパーライフルを投げ出してしまいそうだった。
スラオシャはゾロアスター教に登場する天使の1つで、聴取と従順を守護するという。他にも、死者の魂が渡らねばならない判決の橋の守護者の1人で、死者の魂を導く者としての側面も併せ持っているとのことだ。
ベルフトゥーロ曰く、『ソレスタルビーイング製のガンダムは、ある世代以降から天使の名前で統一されている』という話を聞いたが、ロックオンの新型機が天使由来になったのは『古巣に帰りたい』という彼の意志が理由なのかもしれない。
元々彼はスナイパー型のガンダム乗りのため、新型機も“遠距離からの狙撃”を重視した機体となっている。ただ、嘗て苦い経験をしたことがあるらしく、技術部に対して『なりふり構っていられない』と零した結果、“鈍器や実体系の武器としても使える”タイプのスナイパーライフルが搭載されることになった。
サイオン波の使い方や適性が違えば――破壊力特化型の
最近はファンネルやビット系の操作に慣れてきたらしく、所謂『追い込み漁』や『囲い込み漁』の真似事をしながら、遠距離から一方的に敵をスナイピングしているようだ。……最も、今回出てきた連中にそれが通じるかと問われれば、無言のまま首を振らねばならないだろうが。
「IB-MA-HAS型や、奴が生み出したIB-HAS-Pluma型の軍団が出てこないだけ楽かもしれませんねぇ」
<ビーム兵器どころか、GN粒子の利点を軒並み無効化するヤツだもんね。私たちにはサイオン波があるからまだマシだろうけど……>
イデアは相変わらずのほほんとしているが、自分の実力だと即刻撃墜されてしまいかねないと自覚しているらしい。御空色の瞳はそっと逸らされていた。
彼女の相方である疑似人格搭載型AIのアメリアスも、眉間の皴を深くする。イデア同様、名指しした相手に対していい思い出が無さそうであった。
2人の心境を繁栄したためか、つい先日にロールアウトしたばかりの新型専用機――ハホヤーの後継機である白い機体――ガンダムパハリアも、どこか遠い場所を見つめている。
パハリアは救いの守護天使と呼ばれており、“神学と道徳を支配し、知恵、決意、知識を与える”と言われている。彼女の新型機も、ソレスタルビーイングの機体命名に基づいた名前であった。イデアは“もう二度と古巣には『還れない』”と思っているけれど、仲間たちへの想いは今も胸に抱いているのだろう。
パハリアは中距離~遠距離戦闘を想定した機体だ。12基の自律兵装は、中~遠距離からのビーム攻撃や、機体と適宜合体することで所持している武装や機体の運動性能を強化するために使われる。接近戦闘はヴォワチュール・リュミエールを纏った状態での体当たりと、自立兵装を盾の形に展開させてからのシールドバッシュ、アームの先に装備された星形の実体系武装。
武装面はハホヤーとほぼ同一であるが、武器の小型化や性能面が強化されていた。特に、イデアの
『ナノラミネート装甲は、GN粒子の天敵みたいなものですからね』
『“ソレスタルビーイングが設立理念を忘れ、人類にとって有害なものに成り果てた”場合のカウンターとして開発を進めてたんです』
『完全に再現するところまでは至っていませんが、圧をかけるには充分だと思いますよ。“本家本元と比較すると非常にはがれやすい”という問題点もありますけど』
IB-MA-HAS型を始めとした機体に搭載されている特殊装甲と、現時点での開発状況を語るノブレスの声がフラッシュバックしたのと、シミュレーターが戦闘開始のアナウンスを流したのはほぼ同時。
対戦相手のラインナップに気圧されて動くのが遅れたクーゴたちの事情など切って捨てるかのように、敵チームが一斉に動き出した。白い影/飛影が一気に迫る!!
「うおおおおおおおお!? 忍者早ぇ! こっちくんなぁぁぁぁ!!」
顔を真っ青にしたミハエルの悲鳴が反響した。パイロットの恐怖を反映するかのように、こちらもロールアウトほやほやの新型機――ガンダムラグエル-フォルスが全速力で離脱を図ろうと奮闘していた。
トリニティ兄妹の新型機シリーズは、「光の世界に復讐する者」という名の天使/新たな堕天使が生まれないようチェックする光の監視官の名を冠している。機体の開発者がフランス語のコードネームを名乗っていたことが影響しているようで、専用機の名前が微妙に違っていた。
ラグエル-フォルスはミハエルの能力――
最近は、ファングにもピンポイントバリアやノルン等を応用した攻撃手段を搭載したという。今回はその追加新武装の披露式なのだが、湧いて出てきた敵がアレのため、お披露目よりも逃走を選んだのだろう。普通に考えて、彼の行動は間違いではない。
「怖くなんか……怖くなんか、ないんだから! こ、怖くなんかぁぁぁうわああああん!!」
「ネーナ、ミハエル! 最後まで泣くんじゃない!!」
大泣きするネーナを叱咤しながら、ヨハンが涙目で敵に向き合う。
兄としての矜持が、今のヨハンを奮い立たせているのだろう。
大泣きするパイロットとは対照的に、ネーナの機体であるガンダムラグエル-フルーレは花を模したバトンやレーザービット兵器を展開し、攻撃の雨あられを振らせていた。但し、その攻撃はしっちゃかめっちゃかで、まともに狙いを定めていない。
ヨハンの機体であるガンダムラグエル-フィオリテは、バスターモードに切り替えたツインライフルを構えた。月が出ていればツインサテライトキャノンを撃てたのだが、今回のシミュレーターの条件では、サテライトキャノンを撃つことはできなかった。
2機の攻撃を軽々とさけて、忍者たちが迫って来る。アホみたいな速さだ。1対1の戦いでは光明なんて見えないし、チームプレイをするには自分たちの連携経験が浅すぎる。正直、逃走した方が確実に生き残れそうだ。逃走が赦されないのが悲しいことである。
世の中には逃走不能に陥ることだってあるのだ。その訓練だと思えば、なんとか腹を括ることができそうだった。心境はアレだが。
絶望に心が折れそうになりながらも、面々は敵と戦うことを選んだようだ。拙いながらも連携を取ろうと行動を開始する。対して、敵は連携し慣れているようで、迷うことなく攻撃を始めた。
プリテンダーは縦横無尽に駆け巡りながらこちらを翻弄し、その隙をついてヴァーダントが太刀を振るう。オウカオーとナナジンは、入れ代わり立ち代わりでオーラを纏った太刀を振るった。これだけも大変だというのに、ハロ・ビットやハロ・バブル等が飛んでくるのだ。嘆きを叫びたくもなろう。
(最早涙しか出ないぞ)
爆音が轟き、あっという間に味方機が沈黙していく。クーゴのはやぶさが撃墜されたのも、間もなくのことであった。
*
「おーおー、今日も派手にやられたのねー」
「今日のヤツも恐ろしい難易度ですから、気持ちはわかりますけど……」
シミュレーターを終えてぐったりしていた自分たちに話しかけてきたのは、ベルフトゥーロとノブレスであった。前者は外行き用のビジネススーツを身に纏い、後者は普通の服を身に纏っていた。
「あれ? 教官、どこか行くんですか?」
「はい。ちょっと気になることがありまして」
滅多に見れぬノブレスの私服姿に有頂天になりながらも、ネーナは己の疑問を口にした。
ノブレスは普段と変わらぬ笑みで応対したが、何か憂いを抱えているらしい。ほんの少しだけ、影があった。
恋する乙女は、彼が纏う空気の変化に目ざとく気付いた。ノブレスの憂いに心を痛め、ネーナの表情が曇る。
それに気づいたノブレスは、心配はいらないとばかりに首を振る。
「エルガン代表が仰っていたことを思い返していただけですよ。『備えあれば患いなし』、『石橋は叩いて渡れ』って」
「本当に?」
「ええ。……もしかしたら、近々、大変なことになるかもしれません。それに備えておいてくださいね」
ノブレスはベルフトゥーロに視線を向けた後、小声でネーナに囁いた。普段の彼女であれば変な声を上げてひっくり返っていそうな予感がしたが、今回は真面目な顔で頷き返していた。
ヨハンとミハエルは何か言いたげにノブエスとネーナのやり取りを見ていたが、どこかピリピリした空気を感じ取ったらしい。神妙な面持ちになった後、ノブレスの元へ歩み寄って行った。
彼ら――特にノブレスの様子からして、“ベルフトゥーロには聞かれたくない”話題らしい。彼はしきりにベルフトゥーロの様子を気にしていた。尚、ベルフトゥーロがノブレスたちの様子を注視していたのは最初のうちだけだった。
「前髪よーし、寝ぐせよーし、ファンデーションのノリよーし、アイシャドーの色合いよーし、チークの色合いよーし、口紅の色合いよーし! うん、今日も私は完璧っ!!」
どこかわざとらしい調子でポケットミラーを取り出したベルフトゥーロは、睨めっこを始める。マリナ・イスマイールとの話し合いがあるため、その身支度を念入りに行っているようだ。くせ毛から化粧のノリ具合まで、綿密に確認している。それを見たノブレスはあからさまに安堵した後、トリニティ兄妹を伴ってこの場から去って行った。
彼女を見るたび、エルガンが天を仰いでいたことは昨日のことのように思いだせる。最後に会ったのは数か月前で、以降は悪の組織に戻っていない。連絡も入れていない様子だった。エルガンの行動力は破界事変から天獄戦争までの
エルガン・ローディックは、世界平和のそのまた向う側を見ているような男だった。彼の見つめる視線の先はどこまでも遠く、人類の明日を見つめていた。そのための犠牲は止むを得まいと考えていながらも、自分が認めた相手のことを大切に想っていた。
(あの人は、希望を繋げるためだったら、己が悪役になろうとも気にしなかったな)
クーゴがそんなことを考えたのと、ベルフトゥーロが己の具合に満足したのは同じだった。車椅子をターンさせて転移しようとし――彼女はこちらに向き直った。
「近々、でかいことが起こりそうって話を聞いたの。……もしかしたら、キミたちの願いが前倒しになるかもしれない。準備だけは、しっかりね」
これでもかってくらい、真面目な顔だった。鋭い眼差しは、ミュウの
ベルフトゥーロは静かな面持ちでクーゴの方へ車椅子を進める。ちょっと、と、真面目な空気を崩さずに声をかけてきた。何事かと身を固めるクーゴを見た彼女は、鞄の中からソレを取り出した。
仮面だった。
いや、仮面と言うよりは、顔全体を覆うお面と言った方がいいような形のものだ。
白くて丸いお面には、目の部分だけを見せるようにしてV字の穴が開いていた。
視界は良好どころか最悪そうな仮面である。実用性には程遠い。
2世紀ほど前のゲームのキャラクターに、同じような仮面をつけていた奴がいた。
確かそのキャラクター、“世界一カッコいい一頭身”とか呼ばれていたような気がする。
しかもこの仮面、OEの
脱線した思考のまま顔を上げれば、ベルフトゥーロが期待に満ちた眼差しを向けてきた。
「身バレを避けるためには、やっぱり顔を覆う必要があると思うんだ」
「使いませんからねそんな仮面!!?」
間髪入れず、手元にあった仮面を投げつけたクーゴは、何も悪くないはずである。
◇◇◇
アニュー・リターナーは、悪の組織に所属する技術者の1人。得意分野は宇宙物理学、MS工学、再生医療、操舵、料理――主に裏方系のお仕事に特化した、情報収集型のイノベイドだ。
現在、アニューは仲間たち――筆頭は、仲が良い後輩であるクロスロード夫妻――たちと一緒に、軌道エレベーターの整備に関連する仕事に精を出している。
職業柄、アニューのような技術者が軌道エレベーターの一般利用者から声をかけられることは少ない。一般人が知りたいと望む
実際、宇宙技術者の制服を着ているアニューやクロスロード夫妻に声をかける一般人は殆どいない。悪意無く人や荷物と接触してしまった際の謝罪や、迷子になっていた子どもや人たちを見かけた際にサービスカウンターへ案内や、一般人利用者として来訪した友人知人が声をかけてきたりするくらいか。
「――こんにちわ」
――だから、“誰かに呼び止められる”のは、とても珍しいことなのだ。
アニューは足を止めて振り返る。そこにいたのは、豪奢な着物――知人曰く『振袖』といい、未婚女性が身に纏う正装~準正装らしい――を身に纏った、黒髪黒目の東洋人女性だった。
キラキラしている白地に、どこか古風な雰囲気漂う特徴的な柄が目を惹く。格好からして、富裕層か由緒正しい一族なのかもしれない。故に、余計に、アニューは訝しんだ。
自分の知り合いに、ああいうタイプの女性はいない。もっと言えば、ああいう女性に声をかけられるような狼藉を働いた覚えもない。半ば困惑しながらも、アニューは対応する。
「こんにちわ」
愛想よく返事をしつつ、アニューは女性の姿を目視する。
失礼にならないように気を付けつつ、相手の出方を窺った。
……彼女の顔立ちに既視感を覚えたのは何故だろう。
アニューは元々、情報収集型のイノベイドである。こういうときは即座にデータをヴェーダに送信しているのだが、長兄が『最近のヴェーダはキナ臭いから、思念波でアプロディアや僕らに《聲》をかけるように』と声をかけられて以後はそうしていた。
だから、今回もアニューはそうしようとした。思念波を介して、アプロディアと長兄に女性の画像データを送ろうと試みる。より正確な情報を送るため、アニューは彼女の顔をまじまじと見つめた。女性は綺麗な笑みを浮かべている。まるで、精巧なガラス細工のようだ。
(――え?)
黒の双瞼がアニューを映している。気づくと、アニューの視線は女性の瞳に釘付けになっていた。目を逸らそうとしたが、逸らせない。強い力で固定されたような、瞳の奥底の闇へと引きずり込まれてしまいそうな心地になる。
女性は笑みを深くした。アニューの背中に凄まじい悪寒が走る。今すぐ、彼女から離れなければ。今すぐ逃げなければ――本能は必死になって訴えている。アニューもまた、この女性から逃れようとした。
だが、アニューの意志や思考回路などお構いなしに、アニューはこの場から動けなかった。女性はニコニコ笑いながら、どんどん距離を詰めてくる。だめだ。逃げなければ。アニューの体はピクリとも動かない。
(――!!)
ついに、女性はアニューの眼前に立った。黒い瞳が、どこまでも不気味な金色に光る。その瞬間、アニューの頭が割れんばかりに痛み始めた。
痛みに耐えられずに目を閉じようとするが、瞼すら動かない。アニューの視界は、取りつかれたかのように女性だけを映していた。
頭をぐちゃぐちゃにされるような感覚。悲鳴を上げて悶え苦しんでいてもおかしくないのに、身体は一切動かなかった。喉が蓋をされてしまったかのように、声を出すことができない。
<嫌、嫌! 助けて、誰か!!>
アニューは必死に叫ぶが、誰も返事を返してくれなかった。いつもならすぐに対応してくれるはずのアプロディアも、飛んできてくれるはずのリボンズたちやベルフトゥーロも反応しない。
彼らは自身のやるべきことを果たすため、真剣に話し合いをしているところだった。アニューの《聲》が《聴こえた》様子はない。こんなに訴えているのに、どうして《聴こえない》のだろう。
金色の瞳は、アニューのすべてを見透かしているようだ。見透かしたうえで、アニューという存在を侵そうとしている。自分なのに、自分ではなくなっていく。
自分は自分のはずなのに、自分じゃない“何か”を植え付けられる。得体の知れぬ何かが、アニューと言う存在の中で蠢いているのだ。
怖い。怖い。気持ち悪い。
誰か、誰か――!!
頭の奥底で、何かが弾けた。スイッチが切り替わるような音が響く。
それを最後に、アニューの意識は断線した。
*
「リターナーさん、休憩時間もうすぐ終わっちゃいますよ!」
声が聞こえた。アニューははっとして振り返る。そこにいたのは、心配そうな顔をしていたクロスロード夫妻である。
時間を確認すれば、2人の言葉通り、休憩時間は終わる直前だ。そろそろ持ち場に戻らねばならない。
アニューは2つ返事で夫婦の元へ駆け寄ろうとし――ふと、足を止めた。何の気なしに振り返る。当たり前だが、そこには誰もいなかった。
(……あれ?)
頭の片隅によぎった違和感は、一体なんだったのだろう。
考えても思い出せないということは、大して重要なことではなさそうだ。
アニューはそう結論付けて、クロスロード夫妻の後に続いた。
◇◇◆
「だーかーらー! どうしてお前は無駄撃ちばかりするんだ!? もう少し考えて攻撃しろよ!」
「兄さんこそ! 俺は大丈夫だって言ってるのに、どうしていつも庇おうとするんだよ!?」
隣の部隊に所属する初代と2代目ロックオン兄弟は、今日も喧嘩で忙しい。
同部隊に所属するトリニティ兄妹やフロスト兄弟とはえらい違いである。
傍から見れば、ロックオン・ストラトスたちはミラーコントをしているように見えるだろう。さもありなん、2人は
兄の初代ロックオンが一撃必中の精密射撃を得意とするなら、弟の2代目ストラトスは手数で翻弄する早打ちやバラ撃ちを主体にした戦いを得意としている。指揮官のイデアがときたま乗せ換え企画で2人の乗る機体を入れ替えるのだが、お互いの機体の違いに戸惑う姿を見かけた。
性格の違いも大きい。兄がオレンジハロとピンクの髪の少女が大好きで立派な兄貴分なら、弟は薄紫の髪の女性が大好きで煙草を嗜む色男だ。両名に共通しているのは“ブラザーコンプレックスをいい感じにこじらせている”という点だろう。現在進行形で、だ。
なんてことはない、単純なことだ。
兄は弟が心配だから口出しするし、弟は兄に認めてほしいと思っているから反発する。
弟は兄が心配だから口出しするし、兄は弟を守れるような存在であろうとするから無理をする。
兄弟のミラーコントを眺めていたクーゴは、互いを思いあうが故にすれ違う双子を見つめていた。
グラハムと刹那の色恋沙汰から逃げてきた先でこんな光景を見ることになるとは。クーゴにとっては、複雑な光景である。
そこへ近づいてくる足音。振り返れば、そこにいたのはフロスト兄弟だった。
「お互いにとってお互いが、大切な存在なのにね。こんなにも簡単なことなのに、どうして彼らは仲が悪いのかな? 兄さん」
「それがなかなか難しいところなんだろうよ、オルバ。あの2人は素直になれないだけなのさ」
そう言いながら、彼らは生温かい眼差しでロックオン兄弟を見つめていた。フロスト兄弟はロックオン兄弟とは違い、素直に互いへの思いを表現している。
「……いいな」
彼らの後ろ姿を見つめながら、クーゴはぽつりと呟いた。
自分もロックオン兄弟のように、感情をぶつけられたらよかったのに。自分もフロスト兄弟のように、仲良くできたらよかったのに。
もしかしたら、存在したかもしれない可能性へと思いを馳せる。どこにでもある家族の、どこにでもいるような『きょうだい』の姿を。
無意味だと知っていながらも尚、想像せずにはいられない。考えれば考えるほど、心に陰りが出てきそうだ。
「俺もあんな風に、喧嘩したり、仲良くしてみたかったな」
自分の傷に触れると知っていても、呟かずにはいられなかった。
兄弟たちの背中がやけに遠い。元々別の部隊に所属しているというのもあるけれど。
ここにいると、かえって気分が重くなってきそうだ。グラハムと刹那の色恋を見ている方が、よっぽど元気になれそうな気がする。
2人が時折繰り広げるバイオレンスなやり取りを思い出し、ひどく恋しくなる。大人しく自分の部隊に戻った方がよさそうだ。別部隊の人々とシミュレーションや模擬戦をやってみたかったのだが、今はそんな気分になれなかった。
踵を返して元来た道を戻る。仲間たちの行き来は活発で、どこかで誰かが何らかの問題を引き起こしていた。似たような特性を持つ人々が遊びを通して腹の探り合いをしていたり、先の乗り換え企画の感想を述べ合っていたり、艦長に自分の機体をせびっていたりしている。
自分たちの部隊がよく使う休憩室へ戻れば、相変わらずの光景が繰り広げられていた。グラハムが刹那にちょっかいをかけ、彼女がその手を振り払う。彼女の顔は真っ赤だ。それを見たグラハムはますます嬉しそうにする。奴は意外と悪趣味なのかもしれない、とクーゴは思った。
グラハム曰く「これが我々の愛」らしい。あながち間違っていないところが怖い。
周囲の面々も、中心となる2人に対して生温かい視線を向けていた。
「羨ましいですか?」
不意に声を掛けられ、振り返る。我らが指揮官――イデア・クピディターズが、悪戯っぽさそうに笑っていた。
「難しいな。割を食うのがいつも俺だと考えると」
「それを差し引いたら?」
「ちょっとだけ」
クーゴは苦笑し、付け加える。
「でも、いいんだ。俺にだって、そういう相手がいることは知ってるから」
自分にも心配したいと思う相手がいる。自分のことを心配してくれる相手がいる。思いの丈をぶつけ合える相手がいる。
そう、心の底から言える相手がいる。だから大丈夫だ、とクーゴは笑った。指揮官はしばらく目を瞬かせた後、嬉しそうに頷く。
彼女は「あ」と間抜けな声を出し、急な思い付きを口走るように言った。
「その相手の中に、私はいますか?」
「…………そんなの、訊くまでもないだろ」
いい言葉が見つかりそうにないので、そうやってごまかした。
もっとも、彼女はすべて察しているのだろうが。ばつが悪くなって目をそらせば、指揮官がくすくす笑う声が聞こえてきた。
自分たちにはこれくらいがお似合いだろう。クーゴはグラハムたちのほうへ視線を戻す。刹那に足を踏まれたグラハムが、くぐもった悲鳴を上げていた。
***
本日のおやつは和菓子である。
海外勢に和菓子は人気であるが、それと同じくらい不評なものでもあった。特に餡子系列は『甘い豆を受け入れることが出来ない』、『甘すぎて口に合わない』という意見が多かった。
他にも、餅や煎餅などの米に由来する系列も好き嫌いが激しい。『硬くて嚙み切れない』、『甘じょっぱい味が受け入れられない』、『米の風味を好ましく思えない』という意見が見られた。
この世に100%万人受けするものはない。念のため『無理して食べなくていい』と通達したし、和菓子がダメな面々用の洋菓子も用意しておいた。その上で、今回の和菓子を選んだのだ。
「何だこりゃあ!? 馬糞かよ!?」
「何だこれ!? 動物の糞か!?」
仰天して後ずさりしたのは、ロックオン・ストラトス兄弟であった。
若干の言葉の違いは有れど、言いたいことは双方共通である。
彼らがやべえものを見るような目つきで凝視している本日の和菓子は2種類――1つはおはぎ、もう1つはかりんとうである。
前者は『和菓子の王様とは何か』という議題にちょくちょく挙げられる程ポピュラーなものだし、後者は関東地方では『元々上流階級が食べる菓子』として扱われていた系譜がある。どちらも由緒正しき和菓子店での取り扱いは勿論、家庭でも作ることが出来る親しみやすい和菓子であった。
食べてみて味が気に入らないのなら仕方がない。見た目が受け付けないのも仕方がない。……けれど、食べ物が並んでいる場所で“汚いものを指す言葉”――『馬糞』や『動物の糞』――を例にして叫ぶと言うのはいかがなものか。納得がいかない。
「さ、流石に糞呼ばわりは酷いんじゃ……」
「いやいやいや。これ、どっからどう見ても馬糞だろ!? 食えたもんじゃねえって!」
「日本人は動物の糞を食べるのか……!?」
おろおろした様子で止めに入った者がいたが、ストラトス兄弟は青白い顔で首を振る。拒否反応が凄い。あまりの様子にクーゴは苦笑する。
「別に、無理して食べなくていいよ」
「「ひゅっ」」
なるべく穏やかな調子で声をかけたのだが、ストラトス兄弟の顔から余計に生気が消えた。青を通り越して白になっている。
2人は互いの手に縋りつくような体勢を取りつつ、クーゴのことを見上げていた。何故そんなに怯えられるのか分からない。
<怒ってる……!>
<めちゃめちゃに怒ってる……!>
「怒ってないよ」
部屋中に満ち溢れた数々の《聲》に応えれば、この部屋にいた面々の大半が後ずさりした。そんな中、何の躊躇いもなくおはぎやかりんとうに手を伸ばす者がいた。イデアとグラハムである。
おはぎを一口大に切り分けて口に運び、「おいひいれす」を連呼するイデア。
バリバリガリガリと音を立てながらかりんとうを絶賛するグラハム。どちらもいい食べっぷりだ。
「刹那もどうだ?」
「……貰おう」
グラハムが差し出したかりんとうを受け取り、刹那も口へと放り込む。かりんとうの甘味は彼女の好みに合致したようで、普段よりワントーン雰囲気が柔らかくなったように見えた。
ロックオンが何か言いたげに口を開いたが、イデアがサイオン波を展開したことで遮られた。もがもが呻くロックオンなど気にも留めず、2人はかりんとうを食べながら談笑を始める。
<お父さんは許しませんよォ!>と叫ぶ思念波が飛び交っていたが、クーゴと視線が合った瞬間、彼は<ヒエッ>と小さな悲鳴を上げて沈黙した。怯えられる覚えはないのだが、どうしてだろう。
「餡子の他にも味があるんですね!」
「ああ。小豆でもこし餡や粒餡があるし、きな粉と青きな粉、黒や白の胡麻、東北地方でメジャーなずんだ、西日本では人気がある青のりなんかもあるんだ。今回はこし餡、粒餡、きな粉、青きな粉、黒胡麻の5種類にしてみたよ」
「わー、他のも美味しそうですね! 他の味も是非お願いします! そうだ、折角だし“オペレーター次女枠”も食べよう!」
「えっ!?」
イデアの傍でおはぎを眺めていた少女は、驚いたように目を丸くする。途端にロックオンが再び口を開こうとしたが、やっぱりイデアのサイオン波に遮られていた。
ぎいぎい呻く彼を尻目に、“オペレーター次女枠”は暫し熟考する。程なくして、彼女は青きな粉をまぶしたおはぎに手を伸ばした。
<緑はロックオンの色だものね>
<――――>
何かを言わんと抵抗するロックオンに対し、イデアはニマニマしながら思念波を送った。“オペレーター次女枠”が「おいしい」と零して目を輝かせたのと、ロックオンが凍り付いたのはほぼ同時。
尚、彼の隣にいたストラトスがやべえものを見るような眼差しを向けていた。『海外ではロリコンやショタコンに対する反応が日本よりキツイ』という話題を思い出したのは何故だろう。閑話休題。
青きな粉を食べ終えた後、きな粉のおはぎを食べ終えた“オペレーター次女枠”であったが、神妙な顔をして頷く。彼女はきな粉をまぶしたおはぎを皿に取り分けると、楊枝で一口サイズに切り分けた。
くるりと踵を返してロックオンの元に歩み寄る。そうして彼女は、一口分のおはぎを楊枝に突き刺し、彼の口元へと差し出した。
ロックオン・ストラトス兄弟とその周辺の空気が凍り付く。
そんなことなどお構いなしに、“オペレーター次女枠”は言った。
「これ、美味しいよ。ロックオンにも食べて欲しいな」
「――――」
ロックオンは一瞬真顔になった後、それはそれは綺麗に微笑んだ。何かを覚悟したような目をしていた。差し出されたおはぎを一口食べて――
「――うっま」
とても小さな声で返答した。それを聞いた“オペレーター次女枠”も嬉しそうに口元を綻ばせる。
おはぎの味に満足頂けたらしく、ロックオンと“オペレーター次女枠”はそれを肴にして談笑を楽しみ始めた。
――尚、彼の背後では、アニューと共にかりんとうを食べながら雑談に興じているストラトスの姿があったりする。
◆◆◇
冷蔵庫を開ける。3時間前に入れた純白のレアチーズケーキは、綺麗に固まっていた。
クーゴはそれを確認し、冷蔵庫からそれを取り出す。チーズとレモンの爽やかな香りが鼻をくすぐった。これだけでも充分美味しそうだが、もう少し盛り付けてみてもよさそうだ。
どうしようかと思案していたとき、キッチンの扉が開いた。姿を現したのは、宙継である。彼の姿を見つけたクーゴが振り返って微笑めば、宙継も嬉しそうにはにかんだ。
「あれ? その手に持っているのは?」
「ミントです。ジョミーくんやキースくんとハーブを育てていて、ミントはぼくが育てたものです。ジョミーくんがエルダー、キースくんがアーティチョークを育ててるんですよ」
「へぇ……」
宙継が、手の中に抱え込んだミントの山を差し出した。
どれもみずみずしく育っており、ハッカ特有の香りが鼻をくすぐる。
宙継が丹精込めて育てたのだろう。クーゴはゆるりと目を細めた。
「ペパーミント、スペアミント、アップルミント、ラベンダーミント……どれも、立派に育てられてるな」
「クーゴさんに褒められるの、嬉しいです」
照れたように微笑む宙継は、本当に嬉しそうだった。年相応に笑う少年の姿に、クーゴはひっそりと安堵する。戦場で対峙した宙継は、いつも苦しそうにしていた。あどけない笑みを見ていると、込み上げてくるものがあった。
あ、と、宙継が目を瞬かせた。彼の視線はチーズケーキに釘付けになっている。クーゴは微笑んで見せた後、宙継が持ってきたアップルミントを摘んで、チーズケーキの上に乗せた。包丁でチーズケーキを切り分け、皿に盛りつける。
皿の端に、ラベンダーミントを添える。ペパーミント、スペアミント、アップルミントは食用だが、ラベンダーミントは食用に向かない。専ら、観賞用とポプリ用に使われる。食べないようにと注釈しておけば、栄える盛り付けになるだろう。
「できた」とクーゴが言えば、宙継が嬉しそうにこちらを見返した。黒曜石のような瞳をきらきら輝かせている。
自分が育てたハーブが料理に使われる――育て主として、これ程嬉しいことはないだろう。なんだか微笑ましい。
「ちょっと手伝ってくれないか」と声をかければ、宙継はふたつ返事で了承した。お膳に皿を乗せていく。
キッチンを出た2人は、ブリーフィングルームに足を踏み入れた。
イデアとロックオンが書類と睨めっこをしながら何かを話し合っている。真剣な面持ちからして、戦術関係のことだろう。だが、途中から顔を真っ赤にしたロックオンがイデアを止めようと立ち上がって追いかけっこを始めていた。フェルトという女性の名前が頻繁に飛び交っている。
少し離れたところにある別の机では、高笑いしながら「いあいあくとぅるふ」等と呪文を唱えるネーナをヨハン、ミハエル、エイフマンらが羽交い絞めにして止めようとしていた。タブレットを抱えたノブレスが困惑気味に首を傾げている。
(今日も賑やかだなぁ)
クーゴは生温かい眼差しで、日常となった光景を見守る。暫し日常を堪能した後、クーゴはイデアのいるテーブルに歩み寄り、チーズケーキの皿を置いた。
イデアとロックオンが追いかけっこをやめ、クーゴとチーズケーキを見比べた。途端に、イデアはぱっと表情を輝かせる。ラベンダーミントは食べられないことを伝えて皿を差し出せば、イデアは即座にフォークを手に取った。チーズケーキを口に運び、幸せそうに頬を緩ませる。
「おいひいです」というイデアの声を引き金に、呪文を完成させる一歩手前だったネーナの動きが止まった。チーズケーキを視界にとらえた彼女は、目を爛々と輝かせる。彼女は甘いものが大好きだった。ネーナが止まったことを確認し、羽交い絞めにしていた3人が安堵の息を吐いた。
面々は作業を止めて、チーズケーキに舌鼓を打つ。宙継にも食べるようにと促せば、彼も椅子に座って行儀よくケーキを食べ始めた。幸せそうに綻ぶ少年の姿を見ていると、やはり、心がじんわりと温かくなった。
「未だにアンタがこれを“趣味の範囲内”って言ってるのが信じられないんだよな。すげえ美味いし」
「褒められたっておかわりしか出てこないよ。趣味って言う程の腕前じゃないし、独り暮らしの嗜み程度だ」
「おかわりが出てくるだけで充分だっての。嗜んでコレとか、軍人より料理人の方が向いてたんじゃないのか」
「だろう? わしも同じことを考えていたんじゃよ」
ロックオンやエイフマンと談笑しつつ、クーゴもチーズケーキを口に運んだ。チーズのなめらかな口当たりと甘さ、レモンの爽やかな風味が絶妙だ。
後から椅子に座ってチーズケーキに舌鼓を打ったノブレスが、何かを納得したように頷いていた。
「レイフのランチボックスが様変わりした理由がよく分かります。こういう料理が当たり前になったら、アレを人前で広げるのは大分しんどいかと」
「あまり言わんでくれ。彼がワシのランチボックスを初めて見たとき、無体を働かれる直前の生娘みたいな悲鳴を上げたことを思い出すからの」
「ランチボックスを見て世界の終わりを悟ったのはアレが初めてでした」
ノブレス、エイフマン、クーゴの脳裏には今、同じものが浮かんでいるのだろう。
大き目のランチボックス。左側には肉とベーコンとチーズが何重にも挟まれたハンバーガー、右側には無造作に詰められたチキンナゲット、油ものに挟まれる形でそのまま突っ込まれた缶コーラ、隙間には乱雑に敷き詰められたフライドポテト――油と肉とカロリーの暴力だ。何より見た目が大分アレである。
ノブレスはいいところのお坊ちゃんだったはずだが、エイフマン教授のランチボックスを見ても負のリアクションを示さなかった。エイフマンも、油ものだらけのランチボックスを持ち歩くことに関して特に抵抗を持たない環境で育ったのであろう。勿論、クーゴには“それが悪いか否か”を論じるつもりはないのだ。
「でも、少し寂しいんですよね。レイフといえばあのランチボックスだったし」
「逆に、おにーさんのはボイル野菜とライ麦パンとオートミールクッキーしか入ってなかったのう」
「オートミールクッキー、イングリットがよく作ってくれたんですよ」
思い出話で盛り上がるノブレスとエイフマンの会話に聞き耳を立てていたネーナが目を剥く。
彼女は暫し剣呑な面持ちでノブレスとエイフマンの会話を盗み聞きしていたが、意を決したように顔を上げた。
『イングリットのオートミールクッキー』について語らう2人の会話に割って入る。
「教官! そのイングリットって人は誰?」
「亡くなった妹です。お菓子作りが趣味で、特にオートミールクッキーは美味しかったなぁ」
懐かしそうに――寂しそうに遠くを見つめるノブレスの姿に、ネーナはひゅっと息を飲む。狼狽するように視線を彷徨わせる彼女は、何を言えばいいのかを必死に考えている様子だった。
妹の失言を咎めようとした長男と次男であったが、妹の反応を見てフォローする言葉に詰まっていた。おろおろするトリニティ3兄妹が視界に入らないくらい、今のノブレスは過去に想いを馳せているらしい。
「最後に食べたのは60年程前。ミュウとしての体感時間は瞬きの間でしかないはずなのに、どんな味だったか忘れてしまう程度には、時間が過ぎ去ってしまったんだなぁ」
ノブレスの過去に関しては、あまり詳しいことは知らない。エイフマン教授が零した話――“60年前に彼を除くライヒヴァイン家の人々が火事で命を落とし、彼も麻薬中毒者に襲われた後、不本意ながらも自分を死んだことにして潜伏・暗躍していた”らしい――程度。
現在、ライヒヴァイン家の跡地は『大きな駐車場になっている』と聞く。時間の流れは残酷で、ライヒヴァイン家の事件はほぼ風化してしまい、当時のことを覚えている人間はごくわずか。街の風景にも、当時の面影は殆ど残っていないそうだ。
燃え落ちたのは家財の一切合切だけではなかったのだろう。ノブレスの家族に関する思い出や絆も、一緒に燃やされてしまった。その中には、ノブレスの妹――イングリットの作っていたオートミールクッキーのレシピも含まれていた。
嘗てのノブレス――テオドアは、妹との思い出や絆がこれからもずっと続くと信じていた。
そうして、それを失うことなんて考えられなかった。ましてや、第3者の悪意によって奪われてしまうとも。
(亡くしたくも、忘れたくもなかった。ましてや、離れたくなんて――?)
そこまで考えて、クーゴは気づく。
いつかどこかで、自分は確かに、強くそう思った。誰かに何かを
でも、自分ではどうにもできなかった。義務教育を終えていない子どもは、あらゆる意味で立場が弱かったのだ。我を通すだけの、通せるだけのものがなかった。
『だれか、たすけて』
たまらずそう叫んだ後、
何があったのかは、霧がかかったみたいに思い出せないけれど。
いつかどこかで、自分は、何かを亡くしてしまったのだ。
(――でも、何を?)
<――お願い>
――りぃん、と、澄み渡った音がした。
<――
ずきりと頭が痛んだ。
もう何も、思い出せない。
――そのことが、苦しくて悲しくて仕方なかった。
<なあ>
だから、だろう。
クーゴは反射的に、《聲》を上げた。
<どうして、そんなことするんだ>
目を覆っていた“何か”が、ぎくりと身をすくませた。若干の動揺と怯えが混じったような気配が漂う。
しかし、“何か”は無言のまま、クーゴの傍から離れていった。
“何か”の気配を探るが、全く掴めない。……どうやら、逃げられてしまったようだ。
クーゴが“何か”の気配を探っている間に、教官と教え子たちの妙な空気は解消されていたらしい。
<なあ、ノブレス>
「何です? フェニックス」
<オレ、ちょーっと、嬢ちゃんと話したいことがあるんだ。いいか?>
「構いませんよ」
暫し顎に手を当てていた男性のホログラム――フェニックスが悪戯っぽく笑いながら、ノブレスに声をかける。
相棒からの許しを得た疑似人格AIはネーナの端末へノータイムで移動し、ネーナに耳打ちした。
<実はな、嬢ちゃん。オレ、ノブレスの家族から“アイツの嫁さんになるであろう女性宛”のメッセージを預かってるんだ>
「えっ!?」
<どわぁ、声が大きい!>
思わず声を上げてしまったネーナに反応し、フェニックスは苦言を呈す。首を傾げるノブレスであったが、兄たちがエイフマンを巻き込んで話題を逸らしにかかった。
ノブレスが気づいていないことを確認した後、フェニックスがネーナに内緒話を始める。その中には、“ノブレスがカクテルに詳しくなった経緯”や“イングリットが作っていたオートミールクッキーのレシピ”もあった。
真剣な面持ちでフェニックスの話に聞き入るネーナとは対照的に、クーゴは敢えて2人の会話から意識を逸らす。フェニックスがネーナに伝えている話は、クーゴのような第3者が聞き耳を立てていいものではない。そういうのを無粋と言うのだ。
<間違っても、異物混入や黒魔術はやめろよ>と言い聞かせるフェニックスの言葉を聞かないようにしつつ、クーゴはノブレスたちがいる方向に視線を動かす。彼らは和気藹々と談笑に耽っていた。話題には統一性がなく、ころころと変わっていった。
「そういえば、この前作った武装は使えそうですかね?」
「ロングレンジ・フィン・ファンネルか? 本来の使い方という意味では、一番適性高かったのはおにーさん自身だろう。逆に、クーゴくんはそれ以外の自律兵器の扱いは団栗の背比べ状態だったな」
「火力は申し分ないのですが、何分、武装自体が大型ですからね。私の未熟さもあってか、体のいい的になりがちです」
「兄貴の機体にアレ積む余地はないよなァ。ツインサテライトバスターキャノンにハイメガキャノン追加するようなもんだし……」
「折角作ったんだから、使ってあげたいのが世の情けなんですけどね……」
この場にいる誰もが、クーゴと宙継が作ったチーズケーキを肴にして談笑していた。
自分たちの作った料理――菓子が、楽しい時間を彩ることができて何よりである。
「……次は何を作ろうかな」
「和菓子! 和菓子を所望しますっ! 練り切りとか、白玉ぜんざいとか、おはぎとか!」
「お、いいなおはぎ! きな粉と胡麻を頼むぜ!」
「合点招致」
イデアのリクエストに乗っかったロックオンであるが、おはぎを初めて見たときに『馬糞』呼ばわりして敬遠していたのだ。和菓子の王様に対して失礼極まりない発言である。
紆余曲折あったものの、今では立派におはぎのファンをやっていた。いつか――そんな日が来たらいいと思うが――彼には伝統ある和菓子店の高級おはぎを食べて貰いたいものだ。
『いやいやいや。これ、どっからどう見ても馬糞だろ!? 食えたもんじゃねえって!』
『別に、無理して食べなくていいよ』
『ひゅっ』
……そういえば、おはぎを拒絶していたときのロックオンへ声をかけたら異様に怯えられた。
最終的におはぎを好きになってくれたようなのでもういいのだが、怯えられる理由だけが未だに分からない。
当人に聞いても『オレガワルインデス』や『モウシワケアリマセン』と謝られるだけで終わってしまうためだ。閑話休題。
「ぼくもお手伝いします!」
「ありがとう、宙継」
いつもと変わらない日常が続く。『始まりの
遠くの方から足音が聞こえる。ざわめく声が《聴こえてきた》。何事かと振り返ったとき、同じタイミングで、ブリーフィングルームの扉が開かれた。開けた人物は、日焼けした肌に金髪の髪が特徴的な少女――シャッテ・ジュードヴェステンだ。
彼女は酷く焦っている。シャッテに続くような形で、オレンジ色のツンツン頭と顔に張られた絆創膏が特徴的な青年――乾朝陽が部屋に飛び込んできた。気が動転しているせいで、彼らの言葉は要領を得られなかった。
首を傾げるクーゴたちと何も伝えられない己に憤慨したようで、2人はテレビジョンを付けた。ニュース画面が映し出される。そこには、大きな見出しで『エルガン・ローディックが、反政府組織スターダスト・トラベラーの内通者だった』と書かれていた。
あまりのことに目を見開いていると、ニュース画面が切り替わる。アザディスタンが解体され、王女であるマリナがソレスタルビーイングの内通者として身柄を拘束されたというニュースであった。しかし、マリナに関するニュースはすぐに切り替わる。
『連邦政府は悪の組織を戦争幇助企業と認定し、独立治安維持部隊による鎮圧を行うことを決定しました。これにより、旧アザディスタンを訪れていた悪の組織代表取締であるベルフトゥーロ・ティアエラ・シェイド氏の身柄を拘束し……』
「なんてこった……!!」
クーゴの口元が引きつった。他の面々もぎょっと目を剥く。誰も彼も、視線は映像に釘付けだ。
出かける前に見たベルフトゥーロの表情が脳裏によぎる。酷く真面目な眼差しは、この未来を見据えていたとでもいうのだろうか。
追い打ちと言わんばかりに、「悪の組織の技術者も拘束の対象になる」と、ニュースキャスターが補足を入れた。
「こりゃあまずいぞ!」
「大変……! グラン・マが、グラン・マが……!! 機動エレベーターの整備に駆り出されてるみんなも危ない!!」
ロックオンとイデアが顔を青くした。
「嘘でしょう!? あの人が……」
「あのときと同じ……ッ、完全に濡れ衣じゃねえか!」
「政府の奴ら、本気でこちらを潰しにかかるつもりか……!」
「…………」
ネーナが口元を覆い、ヨハンとミハエルが憤る。
エイフマンは険しい顔のまま、テレビ画面を睨みつけていた。
宙継は不安そうに映像を見ていたが、はっとした様子で立ち上がった。彼はベルフトゥーロを慕う親友たち――ジョミーとキースのことが心配になったようだ。
ミュウの力を使い、宙継は親友たちの元へと転移したらしい。あちこちからざわめく思念が《聴こえて》くる。指導者と参謀がまとめて捕まったということが、大きな衝撃だった。
不意に、端末が鳴り響いた。クーゴたちは端末を起動させ、送られてきたと思しきメッセージを確認する。その内容を読み終えたタイミングで、慌てふためくクルーたちの思念が止まった。
差出人はベルフトゥーロとエルガン。2人は最初から『こうなる』ことを予期し、予め作戦プランを練っていたらしい。それに従うように、クルーの面々たちが動き始める。
この場にいた面々は顔を見合わせて、頷いた。
これが『始まりの
――『還る』ための旅路は、ここから始まる。
◇
このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。
「キミ、大丈夫かい!?」
「ぁ、ああ……」
「……あれ? キミは……」
「もしかして、刹那?」
「お前たちは……沙慈・クロスロードとルイス・ハレヴィか?」
「違うわ。私はルイス・クロスロード。沙慈のお嫁さんよ!」
「そうだね。僕は沙慈・クロスロード。ルイスのお婿さんだよ!」
「…………そ、そう、なの、……か……!?」
とあるコロニーで、バカップルと元バカップルの片割れ(注:本人は無自覚)が邂逅することを。
「わ、私、こんなことしたくないッ!」
「やめて、みんなを傷つけないで!」
「あ、ああ……あああ……!」
「お願い、ライル……!」
「殺して……! ――私を殺して! ライルゥゥゥゥ!!」
悪意に塗れた
<――だって>
<――だって本当のこと言ったら、くーちゃん泣いちゃうでしょう?>
クーゴの問いかけに対し、“誰か”がばつが悪そうに答えることを。
「イオリア! イニス! エルガン! アラン! アルテラ! 大グラン・パに、グラン・パまで! ――ああ、みんなもいるんだね!?」
「さあ、行こう」
「そして、『還ろう』」
「――
すべてを見届けた『はじまりの女』が、
クーゴ・ハガネの明日探しは、ここから始まった。