問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
6.帰還者疾駆
ジンクスが
5機のジンクスを先導するかのように、アヘッドが先陣を切った。対峙するブラストやティエレンたちからの攻撃を難なく躱し、ビームランスから攻撃を繰り出す。銃の要領で放たれた粒子の弾丸は、ブラストやティエレンたちをぶち抜いた。爆炎の花が咲き乱れる。
ジンクスたちも慣れた様子で敵を屠っていく。疑似太陽炉搭載型の新型にかかれば、旧型機を一網打尽にすることなど赤子の手をひねるようなものだ。嘗てのソレスタルビーイングのガンダムを操っていた者の気持ちが、今なら分かるような気がした。
ブラストたちが展開した機関銃の弾幕は、アヘッドの機体性能から見ればスローモーションに見えるレベルだ。
アヘッドは縫うようにしてそれを躱し、一気に距離を詰めた。ビームランスを振りかぶり、ブラストの胸部に突き立てる。
別のブラストが突っ込んできたが、アヘッドは振り向きざまに獲物を薙ぎ払った。また、爆発の花が咲く。
「作戦完了だ」
レーダーが完全に沈黙したことを確認し、アヘッドの操縦者――バラック・ジニンは息を吐いた。味方機を確認する。誰も撃墜されていなかった。部隊を指揮する者として、仲間たちの無事は何よりも安心することだ。
嘗てジニンは、大切な人を守り抜けなかった。燃え盛る街が脳裏を翔る。倒れたきり、動かない女性。瓦礫に身体を押しつぶされた彼女の目は、虚ろに天を見上げている。――ジニンの妻は、反政府組織カタロンのデモによって犠牲になったのだ。
(……エティ)
今は亡き妻を想う。懐から取り出した女性の写真。とある女性歌手ユニットのファングッズに身を包んだエティ・ジニンは、快晴を思わせるような笑顔を浮かべていた。
彼女の笑顔は、永遠に見れない。声を聞くことも、触れることさえ叶わないのだ。ジニンは静かに目を伏せた。妻の敵を取るために、ジニンはアロウズに身を置いている。
カタロンの奴らはいくら潰しても、害虫の如く湧いてくる。奴らのテロ行為で、何人もの無辜の人々が犠牲になった。奴らの存在を赦しておくことはできない。
脱線した思考回路を元に戻す。振り返れば、5機のジンクスのうち、4機が綺麗な隊列を組んでいた。
この4機のパイロットたちは、嘗てユニオン軍の
残りの1機は、綺麗な隊列の後ろを飛んでいる。同じ部隊で気心の知れた4人のパイロットたちは、強い絆で結ばれていた。その中に他人が加わるには難しいようだ。実際、ジニンも、4人のやり取りを見ていると疎外感を感じることがあった。
『う、うわあああああああ! メシマズテロだー!!』
『ま た お 前 か ! !』
『何をどうすれば、シチューが虹色になるんだよ!?』
『な、なんだよぅ! せっかく頑張って作ったってのに……!!』
4人の会話を思い出し――結果、連動的に副産物である虹色の料理を思い出してしまった。
それだけなら、まだいい。
ジニンの頭は、別なものまで思い出してしまった。
『お前、俺たちに何か恨みでもあるのか!?』
『なんだこれは……なんなんだこれは……!』
『怪しいレーザー光線を発してるんすけど!?』
『目を楽しませるために頑張ったんだ。暗いところではちゃんと光るんだぞ!』
『おいやめろ』
『ばかやめろ』
『食材に謝れ』
蛍光系の青に輝くパンケーキが鎮座していたのを目の当たりにしたときには、どうしてやろうかとジニンは思った。
暗がりに持ち込んだら本当に光っていた。作り手は何かに呪われてるのではなかろうか、と、心配になったのはここだけの話である。
そういえば、ジニンが口にして、医務室に運び込まれたのもこのパンケーキが原因だった。思い出すと涙が出そうになる。
それだけなら、まだいい。
ジニンの頭は、更に別なものまで思い出してしまった。
『なあ、どうしてだよ!? どうしてこんな神話生物が湧いて出てくるんだよ!?』
『ヒィ!? なんか変な触手が蠢いてる!』
『ああ、鍋が! 鍋が! しっかり蓋して紐で結んだってのにカタカタ言ってるぞ!!』
『そこまでする必要あるかよ!? ――あ、紐が切れた』
『『『う、うわああああああああああああああ!!!?』』』
彼らが和気あいあいと語り合う休憩室に足を踏み入れた刹那、ジニンは“何か”を見た。
それは、言葉にするには、あまりにも冒涜的なものだった。
笛の音が聞こえた。『てけり・てけり・り』という、不思議な響きを宿した音だった。
玉虫色の輝き。目がいっぱい湧いてて、触手みたいなものがゆらゆらと蠢いていた。
不気味な生き物と目があった。『てけり・り』という声が響いた。そこから先の記憶は曖昧だ。……玉虫色の“何か”は、あの後どこへ行ってしまったのだろう。
行方を尋ねたら、4人は曖昧な表情を浮かべて流し台を見つめていた。彼らの口は貝のように閉じられ、一言も発されることはなかった。閑話休題。
「ジニン隊へ。カタロンのテロ行為に関する情報を入手した。反政府テロ鎮圧のためコロニー・プラウドへ向かい、他の部隊と合流してくれ」
「了解」
脱線したジニンの思考回路を引きもどすが如く、アロウズ本部からの連絡が入った。忌々しい反政府組織が、またテロ行為を行おうとしているらしい。
コロニー・プラウドは反政府組織の連中が拘束されている牢獄である。妻のエティを手にかけた連中の仲間たちだ。操縦桿を握る手に力がこもる。
次の瞬間、叫ぶような声が聞こえた。ジニンには、聞き覚えのある歌詞のフレーズだった。妻が大好きだった女性歌手ユニットの歌だ。
「生き残りたい、生き残りたい!」
声の主は、綺麗に隊列が整った4機と距離を取っていた1機だった。ジンクスは突然、あらぬ方向に向けて進路を取った。アクロバティックな動きを繰り返し、ジニンの隊から逸れていく。
「ジニン隊長!
「
ジニンはため息をついた。
(以前のシミュレーターでも、突然『私とあなたのように、本来交わるはずのないもの達……』って叫んで、ガンダムに挑みかかっていったからな。大丈夫なのか……?)
アロウズでは、「国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦や、その他の戦場で入手したガンダムたち」のデータをベースにしたシミュレーターが流行している。
あらぬ方向へ迷走するパイロットは、しょっちゅうシミュレーターで問題を起こすのだ。内容は『奇行に走る』ものだが、場合によっては機械を破壊してしまうこともあった。
件の彼は、妻が大好きだった歌を熱唱(?)しながら変な方向へ飛んでいく。気のせいか、その声が妻の声にダブってきた。ジニンの正気度は夢の30代に突入したらしい。
彼は延々と「生き残りたい」というフレーズを熱唱していた。そのフレーズ自体が、彼自身の切実な叫びのように聞こえてくるのは何故だろう。しかも、他人事のように思えない。
同じ隊に所属する4機のパイロットに、迷走し続けるパイロットを迎えに行く旨を伝える。4人は了承の返事を返した。ジニンは迷走する機体の元へと向かう。
「お前はどこへ行くつもりだ、准尉!」
「頭に……響くんだよォ……! 叫んでばかりでぇ!!」
「准尉ィィィィィ! 本当にどこへ行くんだァァァァァァ!?」
明後日の方向へと飛んでいく機体を追いかける。
作戦開始までに、彼を連れ戻すことができればいいのだが。
ジニンは頭を抱えたい衝動に駆られていた。
◆
「ふたりのこの手が真っ赤に燃える!」
「幸せ掴めと轟き叫ぶ!」
「せきぃっ!」「はっ!」
「ラァァァッブラブゥゥゥッ! 天っ驚ぉぉぉ拳っっっ!!」
うら若き青年と乙女は手を取り合う。彼らの目には一切の迷いがない。2人の手が真っ赤に燃える。生きて幸せ掴むと轟き唸る。夫婦は同じ場所を見て、同じ未来を見ているのだ。
次の瞬間、凄まじい衝撃波と光が発生し、何もかもを吹き飛ばした。辺りには、粉々に砕け散ったオートマトンの残骸が転がっている。これ、本当に殺傷兵器だったのだろうか?
先程からずっと、エディ・ミヤサカのキャパシティを軽々超えた出来事が立て続けに発生している。目の前で石破ラブラブ天驚拳無双を繰り広げる夫婦とか、まさにそれだ。
「悪の組織の技術者をカタロンに引き込めたら」という下心で接していた連中が、こんな恐ろしい奴らだったなんて思わなかった。エディは1人身のためである。
そりゃあ、件の技術者――沙慈・クロスロードとルイス・クロスロードが仕事中にする会話も、常に花とハートが飛び交っていたように思う。うふふあははという笑い声が絶えなかったように思う。エディの僻みかもしれないが、そんな気がしてならなかった。
常世の春という言葉が良く似合う、脳内お花畑な夫婦だ。新婚ほやほやのバカップルだ。そんな奴らが、殺傷兵器を次々と薙ぎ倒していく人間兵器だなんて誰が予測できるか。しかも、2人の必殺技が、1人身の人間に容赦ないダメージを与える恐ろしい技だったとは。
「私もいつか、ライルと一緒に打ちたいなぁ」
クロスロード夫妻を援護しながら、もう1人の技術者――アニュー・リターナーが呟いた。
彼女の拳がほんのりと赤く光ったように見えたのは、エディの気のせいだと思いたい。
「爆発しろ……。リア充爆発しろ……」
「バカップルめ……」
エディの周囲は、白目を剥いた連中たちでいっぱいだ。彼らの共通点は、エディと同じ“1人身である”という部分だろう。
彼らはまるでゾンビのように、ふらふらとした足取りで、クロスロード夫妻やアニューの後を追いかけている。とんだバイオハザードだ。
もうクロスロード夫妻とアニューだけでいいんじゃないかな――飛びそうになる意識をどうにか奮い立たせながら、エディも足を進めた。
遠くで同胞の悲鳴が聞こえる。本来なら率先して助けに向かうべきなのだろうが、エディの精神は昏倒一歩手前の状況に陥っていた。体も精神もぼろぼろである。クロスロード夫妻やアニューに続くので手一杯だった。
そんなエディの代わりに、クロスロード夫妻やアニューは率先して人助けへ向かう。相手がカタロンの関係者であろうと、上層部から見捨てられたアロウズの兵士だろうと、貴賤も分け隔てもなく助けていた。そうして1人身どもを地獄へ突き落しているが、自覚がないって本当にタチが悪い。
銃撃音が響く。誰かがオートマトンと戦っているらしい。黒いパイロットスーツに身を包んだ、小柄で華奢な人影が見えた。その人物は手慣れた様子でオートマトンを駆除する。しかし、人影の死角から別のオートマトンが攻撃を仕掛けようとしていた。影が振り返るが、到底間に合わない。
「せきぃっ!」「はっ!」
「ラァァァッブラブゥゥゥッ! 天っ驚ぉぉぉ拳っっっ!!」
次の瞬間、人影に襲い掛かろうとしていたオートマトンが、木端微塵に爆発した。あまりのことに、人影が茫然と夫婦を見返す。
その人物はきっと、数刻前のエディと同じ顔をしていることだろう。なんだこれは。本当になんなんだこれは。安心しろ、俺も同志だ。
「キミ、大丈夫かい!?」
「ぁ、ああ……」
パイロットスーツを身に纏う人物に声をかけた沙慈が、目を見開いた。
「……あれ? キミは……」
「もしかして、刹那?」
沙慈の疑問を引き継いだルイスが、ぱっと表情を輝かせる。
2人の反応に何か思うところがあったのだろう。
「お前たちは……沙慈・クロスロードとルイス・ハレヴィか?」
どうやら、パイロットスーツに身を包んだ人物――刹那は、2人の知り合いだったらしい。何か、思い至ったように2人の名を呼んだ。沙慈とルイスは即答する。
「違うわ。私はルイス・クロスロード。沙慈のお嫁さんよ!」
「そうだね。僕は沙慈・クロスロード。ルイスのお婿さんだよ!」
「…………そ、そう、なの、……か……!?」
お花満開新婚バカップルの答えを聞いた刹那は、酷く困惑したような気配を漂わせた。周囲の人間に助けを求めるかのように、エディたちの方を向く。
縋るような眼差しでこちらを見られても、どうしようもない。もう手遅れだ、こっちを見ないでくれ――その意味を込めて、エディはパイロットスーツ姿の人影を見返した。
彼/彼女はしばし沈黙する。きっと、眉間には盛大にしわが刻まれていそうだった。数刻前のエディと同じ表情だろう。……本当に、可哀想だ。助けてやりたいが、無理である。
やっぱもうクロスロード夫妻とアニューだけでいいんじゃないかな――飛びそうになる意識をどうにか奮い立たせながら、エディはここに存在していた。存在するだけで、こんなにも命が削れてしまうことがあるなんて知らなかった。
遠くで爆発音が響いた。足音が聞こえる。ゆっくりと振り返れば、ユニオン、AEU、人革連と不揃いのパイロットスーツを身に纏った老若男女がエディたちの元へ駆け寄ってきた。
彼らはエディたちと同じ、カタロンの構成部隊であった。『近々プラウドで救出作戦が行われる』と言われていたが、その部隊の面々らしい。エディたちは助かったのだ。
「ああ、ああああああ!」
多くの同志たちが咽び泣く。あの悪夢のような技を見なくて済む。バカップルのきゃっきゃうふふを目にしなくて済むのだ。エディもガッツポーズを取った。
「お、おい! お前ら大丈夫なのか!?」
「アロウズの連中、酷いことしやがる……!」
カタロンの救出部隊が何かを勘違いしているような気がしたが、今のエディにしてみればどうでもいいことだった。バカップルのいちゃいちゃなんて、1人身の人間には完全な拷問であった。――成程、救出部隊の面々が言ったことは何も間違いではなかった。
エディは崩れ落ちる。構成員が慌てた様子で自分を支えてくれた。そのまま彼らに身を任せる。ようやく意識を落とすことができるのだ。もう、休んでいいのだ。エディはゴールテープを切ってもいいはずである。かくん、と、首が傾いた。
意識が暗闇に落ちていく。その視界の端に、何かが映った。刹那と呼ばれた人影が、構成員が来た場所とは別な方向に走って行く。クロスロード夫妻とアニューも、その人物と同じ通路へと消えて行った。歓声に紛れて、声が聞こえる。
「待ってくれ刹那! キミはカタロンじゃないのか!?」
「違う。俺は――」
少し低い、女性の声がした。
彼女の声をすべて聞く前に、エディの意識は闇へと刈り取られた。
◆
モニターに表示されていたオートマトンが、次々と稼働を止めていく。反応が消えて、最終的には全機が停止した。
一体全体、何が起こっているのだろう。ジニンはモニターを凝視した。他の面々もそれに気づいたようで、ジンクスやアヘッドたちがそわそわし始めた。
次の瞬間、プラウドの区画から“何か”が飛び出した。緑色の粒子が
(ガンダム……! まさか、ソレスタルビーイングだと!?)
白と青を基調にした機体――ガンダムが姿を現す。顔の半分は装甲が剥がれており、カメラアイの片方は違う機体から拝借および代用したものなのだろう。機体の右半分はマントに覆われている。
ガンダムは迷うことなく、アヘッドとジンクスの元へと飛び込んでいく。半分折れたブレードが収納され、現れたピストルが火を噴いた。ジニンは即座に反応し、アヘッドの操縦桿を動かす。アヘッドは難なく攻撃を躱した。
他の部隊のジンクスたちが動き始めた。旧時代の遺物を潰すために攻撃を繰り出す。ビームランスから放たれた攻撃を、ガンダムは軽やかに避けた。傷だらけだとは思えない動きだった。一部のジンクスの動きが鈍くなる。
その隙を、ガンダムは逃さなかった。再びブレードが展開し、ジンクスが一刀両断された。別のジンクスが慌てて攻撃しようとするが、ピストルでコックピットをぶち抜かれた。
白い天使は、4年前と変わらぬ殺戮ぶりを披露する。そうやって、再び奴らはジニンの同胞たちを刈り取っていくのだ。ジニンは強く操縦桿を握り締める。
ガンダムはピストルで攻撃を仕掛けてくる。アヘッドは距離を摘めようとし――真正面から弾丸が突っ込んでくる。盾で相殺した。爆発する。
ジニンのアヘッドは即座にビームサーベルを振りかぶった。
ガンダムはそれを、ブレードで受け止める。ばちばちと火花が散った。
「何故、今になって現れた!?」
「――破壊する」
火花に混じって、声が聞こえた。接触回線が開いたのだろう。
「ただ、破壊する……!」
少しだけ低い、女性の声だ。
「――こんな行いをする、貴様たちを!!」
女性の一喝が響く。旧式の
アヘッドが弾き飛ばされた。ガンダムは即座に刃を戻し、ピストルをこちらに向ける。
「この俺が、駆逐する!」
光弾が降り注いだ。慌てて盾で防いだが、また盾が吹き飛んだ。崩れかけた体制を整えて、ジニンのアヘッドはガンダムから距離を取る。
ガンダムとはいえ、5年前の機体だ。新型機――アヘッドの敵ではない。ジニンの想いに応えるように、アヘッドが飛び出した。
銃を構えて連射する。ガンダムは回避行動に移るが、逃がさない。ジニンの執念が、ついにガンダムの肩を捕らえた。
傷は与えられなかったものの、ガンダムの体勢が崩れた。そこを逃すほど、ジニンとアヘッドは甘くない。
足に一発。また、態勢が崩れる。このまま押せば、旧世代の遺物を撃ち落とせる。同胞たちの命を狩り続けた天使に、裁きを降すのだ。
他のジンクスたちも飛び出し、アヘッドの援護に回ろうとした。しかし、5機いるジニン隊のジンクスのうち、4機がぴたりと動きを止めた。
「何をやっている! 援護だ!!」
シミュレーターの問題児が叫ぶ。しかし、4機は困惑したかのように留まっていた。
何が起きたんだ、と、シミュレーターの問題児が問いかける。
「なあ、あの金髪の男……」
「大尉! 大尉じゃないか!」
「じゃあ、大尉に笑いかけられてる女の子は……」
「嘘だろ!? じゃあ、あの大尉殿が言ってた“運命の相手”って奴は――!」
何度呼びかけても、返事がない。彼らは彼らで、何か、とんでもない事実を掴んでしまった様子だった。そのショックが大きすぎて、身動きができないようだ。
これはこれで使い物にならなかった。彼らを当てにすることは不可能だろう。ジニンは舌打ちし、身動きがとれる者/ジンクスたちに援護を要請した。
銃弾の雨あられをもろに喰らったガンダムの動きが止まる。その隙を逃さず、アヘッドは一気にガンダムとの距離を詰めた。ビームサーベルを振りかぶる。
こいつらのせいで、多くの仲間たちが犠牲になった。その仇を、今ここで取る。
アヘッドのビームサーベルとガンダムのブレードがぶつかり合う。競り勝ったのは、ジニンのアヘッドだった。ビームサーベルがブレードを薙ぎ払う。
パイロットのうめき声が響いた。弾き飛ばされたガンダムとの距離を再び詰め、アヘッドは2本のビームサーベルを振りかぶった。また、刃同士がぶつかり合う。
「貴様らの時代は、もう終わったんだ!」
競り勝ったのは、アヘッドだ。ガンダムのブレードを、真っ二つに切り飛ばす。体制の崩れたガンダムへ、容赦なくビームサーベルを振り下ろした。
ガンダムの腕とマントを斬り飛ばした。これでもう、ブレードもピストルも使えまい。完全に無防備となったガンダムが晒される。
シミュレーターの問題児がとどめを刺そうと飛び出しかけ――今度は、彼が動きを止めた。チャンスだというのに、ジンクスがあらぬ方向を向く。
一体全体、今度は何が起こったというのだろう。
「おい、どうした!?」
「……歌?」
「は?」
「歌が聞こえる」
シミュレーターの問題児が、また問題を起こしたらしい。ガンダムを他の部隊のジンクスに任せ、ジニンは問題児の指示した方向にカメラアイを向けた。問題児の言葉を皮切りに、動きを止めていた4機も同じ方向を向く。
ジニンには何も聞こえない。けれど、パイロットたちは口々に告げる。「歌が聞こえる」と。そうして、しきりに明後日の方向を気にしていた。……やはり、ジニンには何も聞こえない。奴らは一体、どうしてしまったのか。
次の瞬間、自分たちの眼前で青い光が爆ぜた。地球を連想させるかのような、どこまでも透き通った
見覚えのあるシルエットが横ぎる。一拍おいて、ジニンはその機体が何の面影を宿していたかに気が付いた。――飛行形態のフラッグである。
(まさか、フラッグの後継機!? バカな……!)
次の瞬間、フラッグの後継機らしき機体は飛行形態からMS形態へと変形する。機体のベースになったであろうフラッグは飛行形態からMS形態、或いはその逆に変形することが出来るパイロットは非常に少ない。操縦技術の別名――その技術を初めて披露した人間の名前を冠したもの――が有名なのがその証拠であった。
同時に、フラッグは戦闘中に飛行形態からMS形態、或いはその逆に変形した場合、機体に多大な負荷がかかる。件の操縦技術を披露していた軍人たちの機体は常にオーバーホール確定で、技術者泣かせとして名を馳せていたと聞く。だが、目の前の機体はフラッグよりもシームレスに変形していた。
関節から火花が散っているような様子はなく、挙動も滑らかである。あの新型機はフラッグの問題点を改良し、“状況に応じてその場で可変することが可能”になったタイプだ。フラッグの生みの親が健在であったら――或いは、彼の跡を継いだ技術顧問が辿り着いたかもしれない、有り得たかもしれない進化の系譜。
新型機は何処からともなく、武装らしきものを掲げる。
傍から見ればただの棒にしか見えないソレに、ジニンは思わず身構える。
機体周辺に青い燐光が舞い上がった。光は棒に集い、収束し、姿を変える。そこにあったのは――
「――旗?」
刹那、世界が一変する。
そこは、どこまでもなだらかな草原だった。草の匂いが鼻をくすぐる。空は真っ青に染まっており、雲1つない晴天だった。吹き抜ける風はとても優しく、心地よい。ジニンが周囲を見回すと、そこには件の4人が佇んでいた。
彼らの眼差しは、ある一点に釘付けであった。4人の目は驚愕に見開かれている。まるで、
小高い丘に、誰かが佇んでいる。太陽の光が眩しいためか、逆光になっていてよく見えない。どこかで見覚えのある青い制服は、空の色に同化してしまいそうに見えた。
よく観察してみると、その服は見覚えがあった。旧ユニオンの軍服である。黒髪が風に弄ばれて揺れた。小さな背中が、ジニンの視界にはっきりと収まる。
風が吹いた。彼が被っていた帽子が吹き飛ばされる。それに呼応するかのように、その人物が振り返った。ジニンの位置では、丁度逆光が酷くて顔を伺うことができない。
しかし、この4人の位置からは、丘に佇む男の正体がわかったようだ。
「――ハガネ少佐?」
4人は大きく口を開けて、声にならぬ声を漏らした。ジニンが再びその人物の姿を捕らえたとき、不意に衝撃を感じた。
「――!?」
見渡すと、そこはなだらかな丘ではない。真っ青な空もなく、佇んでいた人影の姿もなかった。いつの間にか、視界の光景はコックピットに戻っていた。
先程からずっと怪現象に直面している。……そろそろ、ジニンの正気度が狂気の10代に突入しそうだ。一体全体、この場に何が起こっているのだろう。
瞬きをした刹那、青い光が再び舞った。フラッグの面影を色濃く残した機体は
その佇まいは、紛れもなく、フラッグの系譜を継ぐ新型MSだった。だが、ジニンは知っている。フラッグの後継機開発担当者は、必死になって図面と睨めっこしている真っ最中だった。思うように進まない、と言う話を耳にしたばかりなのである。
じゃあ、この機体は何だ。困惑するジニンたちをよそに、新型MSは静かに佇んでいる。攻撃をすることもなく、逃げることもなく、4機のジンクスを見つめていた。黄色い粒子がきらきらと舞う。あの光は、スターダスト・トラベラーの機体によく見られるものだった。
(まさか、こいつも――!)
次の瞬間、背後で爆発音が響いた。振り返れば、友軍機が何かによって真っ二つに切り裂かれたところだった。何事かと、ジンクスたちが慌てた様子で周囲を見回す。間髪入れず、輪を背負った白い機影がジンクスに体当たりを喰らわせ弾き飛ばした!!
緑色の粒子がきらきらと舞う。ソレスタルビーイングのガンダムが、また現れたのだ。ジニンは舌打ちする。
別のアヘッドが新手のガンダムと対峙する。また別の部隊が、満身創痍である白と青基調のガンダムへと迫った。
が、そんな友軍に、紫の光が降り注ぐ! 現れたのは――また、ガンダムだ。見たことのないタイプのものである。
「一体、何がどうなってるんだ!?」
ジニンの悲鳴に応えるかのように、
「ユニオンよ、俺は『還って』来た!!」
青年の高らかな声が、コロニー・プラウドの周囲に響き渡った。
◇◇◆
雷張ジョーはグラハム・エーカーとクーゴ・ハガネの部下
同じ日本人ということで、クーゴはジョーのことを気にかけていた。ジョーはグラハムを慕って敬愛していたし、その延長線として、“自分が慕う男が信頼を置く副隊長”であるクーゴにも礼を尽くしてくれた義理堅い男であった。
しかし彼は今、“機密情報を奪おうとして失敗し、そのまま逃げた連邦軍の脱走兵”として――得体の知れぬ無法者の一員・“エースのジョー”として暗躍を繰り返している。
けれど、今、無法者に対して刃を向けた彼の姿は――フラッグファイターとして共に空を駆けた頃の彼と、何も変わっていなかった。ジョーの心は固く閉ざされており、彼の真意は何一つとして伺えない。元上官である自分たちにも言えないことがあって、それが彼の決意に結びついているためだろうか。
今この場は、無法者を倒すために戦ってくれるらしい。フラッグやジンクス以外の機体に搭乗しているジョーの姿を見るのは慣れないが、動きを見る限り、パイロットとしての腕は劣っていない様子だった。そういう所も相変わらずで、あの頃に戻ったような気持になる。
だからこそ、知りたいと願うのだ。手を伸ばさずにはいられない。『機密情報を奪おうとして失敗し、そのまま逃げた脱走兵』という汚名を被ってでも、彼が成し遂げようとしていることを。
「行こうぜ、2人とも。連邦軍軍人として、無法者を放置しておくわけにはいかないからな」
「了解だ……!」
「勿論!」
思いを馳せていたクーゴを現実に引き戻したのは、からりとした笑みを浮かべたコーラサワーだった。本人はきっと「俺はバカだから空気なんて読めない」と言うだろうが、こうして声をかけてくれたことは非常にありがたい。
彼に続くような形で、2機の“勇者”は空を駆けた。連邦軍の援軍があって勢いに乗ったのか、無法者を撃退するのに時間はかからなかった。ソレスタルビーイングの面々やジョーと連携を図ったのは久しいものの、ブランクを感じるようなことはない。
敵の指揮官機は舞人とマイトガインによって一刀両断され、機体は大破。パイロットは情けない悲鳴を残して撤退していった。それを見届けたジョーは、舞人に対して「決着は別の機会に(意訳)」と言い残し、この場から離脱を図ろうとする。
「待て、ジョー」
グラハムから名前を呼ばれ、ジョーと彼の駆る機体が動きを止める。
軍を裏切り脱走兵になっても、彼の中に燻るものはあるらしい。
「嘗ての上官の言葉は聞く気があるようだな」
「……あなたは俺に、空を飛ぶことを教えてくれた……」
「そうだ。……そして、私は新たな部隊を編成するために、腕利きを集めようとした」
グラハムは訥々と、当時のことを語る。
紆余曲折あって『還って来た』グラハムとクーゴは、新たな部隊を結成するために動き始めた。アロウズに転属し、最終的には良識派と合流してクーデターに参加した旧オーバーフラッグス部隊――ハワード・メイスン、ダリル・ダッジ、アキラ・タケイ、ジョシュア・エドワーズらを中心に、戦乱を生き残ったフラッグやイナクト乗りの精鋭を集めていた。
そのとき、2人は旧オーバーフラッグス部隊の最年少だったジョー・ライバル――雷張ジョーにも声をかけようとしていた。が、2人が“のっぴきならない諸事情”でドタバタしている間に、彼は既に脱走兵となっていたのだ。彼の人柄を知る上官として、或いは1人の人間として、2人はどうしても“雷張ジョーがそんなことをする人間だとは思えなかった”。
「答えろ、ジョー。一体何のために、そんなことをした?」
「……あなたの命令でも、それはできない……」
嘗ての上官からの問いかけにも、ジョーは答えない。ただ、彼に応えたジョーの声は、酷く震えていた。
少し前、“空の護り手”の問いに対し、似たような調子で『できない』と答えた男の声色とよく似ている。
グラハムはミスター・ブシドー時代の自分を思い出したのだろう。大きく目を見開いた彼は、思わずと言った調子で声を荒げた。
「目を覚ませ、ジョー! 例え不本意だったとしても、あのようなアウトローと付き合えば、お前も闇に飲まれるぞ! 今ならまだ――」
「……昔の俺は、もう死んだんだ」
尊敬していた上官の言葉にさえ立ち止まらない。立ち止まろうとさえしない――それは、今、クーゴの前で繰り広げられたとおりだ。
勿論、“尊敬する上官が信頼している副官”でしかないこちらの言葉になど、ジョーが耳を貸すはずもない。……だとしても。
「ジョー」
クーゴは嘗ての僚友の名を呼び、武装を展開する。何の変哲もないただの棒を高らかに掲げて力を発現すれば、それは青い光を収束させた。青く輝く御旗が揺れ、澄み渡った音が響き渡った。
嘗ての日々を思い描く。ユニオンの精鋭部隊として空を駆けた日々を、或いは地上で語り合った日々を。仲間たちは最年少であったジョーを気にかけており、頻繁に世話を焼いていたか――
『うわぁーッ!? なんだこれはァ!?』
『スターゲイジーパエリアだよ! イギリス料理の伝統的なパイ料理を元ネタにした盛り付けにしたんだ!』
『うわあああああん! 何だかもの凄く生臭いよぉぉぉぉ! 前食べたハラワタ味のパエリアより酷い臭いするぅぅぅぅぅ!』
『どうして……どうして、こんなことに……?』
『こんなん人の食うもんじゃねぇよォ……!!』
(いかん、なんか変なの混じった)
「こんなん人の食うもんじゃねぇよォ……!!」
意図せず混入したスターゲイジーパエリア(ハラワタ味)を頭の隅に追いやりつつ、クーゴはジョーへのコンタクトを続ける。思念波による流れ弾を喰らったコーラサワーが当時の心境を思い出してしまったようで、さめざめと泣きだした。
コーラサワーも“あの現場に居合わせ、スターゲイジーパエリア(ハラワタ味)の餌食となった被害者”だ。美食と芸術の国に生まれた彼にとって、アレは耐えがたい地獄であったろう。直近の被害という点を差し引いてもトラウマになっている様子だった。
勿論、意図せず混入したスターゲイジーパエリア(ハラワタ味)のように、頭を抱えたくなるようなこともあった。けれど、そのどれもが“貴公子”・“護り手”にとってはかけがえのない思い出である。
心を閉じていたとしても、柔らかなところに響くはずだ。
だって、ジョーの本質は、あの頃と変わっていないのだから。
ある種の確信を抱きながら、クーゴは問いかける。
「――旗は、見えるか?」
「――――」
ジョーはこちらに背を向けたまま、何も言わずに立ち去った。
<――ああ、よく見える>
だけど、微かに《聲》が聞こえたのだ。
<今の俺には、眩しすぎるくらいに>
◆◆◆
ソレスタルビーイング及びディヴァイン・ドゥアーズと国連軍の最終決戦が集結してから、それなりの時間が経過した。世界は地球連邦という共同体を設立し、人類の意志は統一されようとしている。数多の宇宙を股にかけるディヴァイン・ドゥアーズであるが、この宇宙のメインとなる政府――地球連邦のやり方は好かないらしい。
“地球連邦を形成している国家や団体とは、対立関係にある団体や個人が所属している”というルーツも影響しているようだ。もしくは、嘗てのオーバーフラッグス部隊のように『
――何なら今、いるのだ。クーゴたちの眼前に。
諸々の事情で舞い戻って来たソレスタルビーイングやディヴァイン・ドゥアーズ、或いは独立治安維持部隊アロウズにとっても、クーゴたちの乱入は想定外だったのだろう。
いや、そもそもの話、クーゴの行動が意味不明であるが故の沈黙なのだ。残念ながら、クーゴ自身も“弁明の言葉も無ければ、自分の行動を正しく説明できる言葉もない”状況である。
クーゴ・ハガネ、現在の肩書は『悪の組織/スターダスト・トラベラーの客員MS乗り(居候)』。協力条件の一つが、“指定されたタイミングで、指定された台詞を言うこと”だった。
「……ダメだ、ものすごくこっ恥ずかしい……! いくら約束とはいえ、この台詞言うのに何の意味があるんだ……!?」
“宴会芸で滑ったときの心境”とは、こういうことを言うのだろう。条件を持ち出してきたベルフトゥーロが良い笑顔で親指をサムズアップしていたが、何故そういうリアクションが返って来るのかは分からなかった。
『副隊長、ちょっと休んだ方がいいんじゃないですか?』
『隊長のアレコレに関しては、俺が何とか頑張りますから……!』
フラッシュバックした
尚、この少し前にジョーは“元・隊長だったグラハムの発言に対して『気持ち悪い』と言ってドン引きしていた”ので、捌き切れるとは思えなかった。良くも悪くも、ジョーには荷が重すぎる。閑話休題。
<あの人、一体どうしたんだろう……?>
<それより、あの人の傍に居るガンダムって、イデアじゃない!?>
<本当だ! 生きてたんだ!!>
幸か不幸か、ディヴァイン・ドゥアーズの面々は、クーゴに対しての関心がそこまで強くなかった。理由は単純。クーゴ以上にディヴァイン・ドゥアーズと親しい人物がいたからだ。
彼や彼女たちは表情を輝かせ、イデアの生存を喜んでいる。対して、イデアはほんの一瞬喜色満面の笑みを浮かべたのだけれど、すぐにその表情を曇らせた。
ソレスタルビーイングやディヴァイン・ドゥアーズの面々から『化け物』と呼ばれて怖れられたことは、未だ、彼女の心の柔いところを抉っているらしい。
この宇宙で生きる人々や、数多の宇宙を飛び回っているディヴァイン・ドゥアーズにとって、この世界で経過した時間は“結構なもの”なのかもしれない。
けれど、“大切な人たちから『化け物』呼ばわりされた挙句、『こちらに危害を加えるのではないか』と認識されて怖れられた”というイデアの痛みを癒すには足りなさ過ぎた。
「この世界に平和を乱すテロリスト共は不要! アロウズの名の元に駆除する!」
アロウズの指揮官は、この場にいる全員――ソレスタルビーイングとディヴァイン・ドゥアーズ、そうしてスターダスト・トラベラーを全部ひとまとめにして相手することにしたらしい。
「おいおい、俺たちまでテロリスト呼ばわりかよ」
「奴らは嘗てのOZと同じだ。力で弱者を押さえつけ、世界の歪みを深めていく」
「そいつを倒せる手段があるだけ俺たちの世界よかマシだが……放ってはおけねえな」
アロウズにテロリスト認定されたことに対するディヴァイン・ドゥアーズの面々――代表して、キョウとヒイロ――の感想がこちらだ。
どこの宇宙にもアロウズと同じことを考え、実行する輩はいるらしい。更に言えば、キョウの発言からして“彼の住む宇宙では、アロウズのような行為に走る連中の蛮行を止める手立てが皆無”というS.D.体制並みのヤバさを匂わせている。
S.D.体制もまた、ミュウと人類代表者であるジョミーやキースが反旗を翻さない限り、存続し続けていたのであろう。
「各機、アロウズ機を迎撃せよ」
「あそこにいるスターダスト・トラベラーの機体や、イデアさんのガンダムについてはどうします?」
「こちらに仕掛けてこない限りは手出ししなくていいだろう」
今回この宇宙に派遣された“ディヴァイン・ドゥアーズの指揮官”・シマは――こちら側の事情を汲んでくれたのか、或いは作戦決行におけるアレコレ的な問題からなのかは分からないが――クーゴやイデアの機体を攻撃しないでくれるらしい。三つ巴の大混戦に陥らないだけありがたい。
アロウズが優先的に狙うのは、少し前までアヘッドに押されていた刹那のガンダムエクシア。新型のアヘッドとの力比べに競り負けていた様子から『確実に墜としやすい相手』と認識されたのだろう。勿論、ディヴァイン・ドゥアーズ側もそれを把握していたようで、エクシアを庇うような布陣を敷いた。
それを確認したイデアはあからさまに安堵の息を吐く。彼女は刹那とコンビを組んで動いていたことが多かったし、刹那がアヘッドに競り負けそうになったところへたまらず飛び出していったから、相棒のことを心配していたのだろう。
<よかった。……私はもう、一緒じゃなくても大丈夫みたいだ>
<イデア……>
<大丈夫だよ、アメリアス。最初から覚悟してたことだもの。――これで、クーゴさんのお手伝いに集中できる>
イデアを憂うのは、彼女の機体運用をサポートする疑似人格AI・アメリアスだ。少女のような外見をしているが、S.D.体制崩壊後の技術の粋を集めて作られた存在である。
アメリアスにとってイデアは姉妹のような存在なのだろう。外見と性格がイデアより年下に設定されているため、姉と妹ポジションが頻繁に入れ替わるのであろうが。
今の2人は“気丈に振舞う姉と、それを心配する妹”のようにも見えるし、“気丈に振舞う妹と、そんな妹を憂う姉”のようにも見えた。……どの道、イデアの表情は曇っていたが。
此度の戦場を乗り越えた後のことも、この世界の行く末も、暗躍する姉の思惑も、ソレスタルビーイングやディヴァイン・ドゥアーズの反抗も、自分たちの旅の
それでも賽は投げられた。良くも悪くも、微睡んでいた頃には戻れない。選ばなかった道には進めない。世界に存在を示すということの意味を、クーゴは知っている。だから今、こうして踏み出した。
(――グラハム)
この戦場には居合わせていなかった
姉の悪意に飲み込まれ、不本意な形で傀儡になった
闇の底で足掻き続けているであろう彼に、届いて欲しいと願いながら。
「――旗は、見えるか」
彼はいない。少なくとも、この
<――ああ、よく見える>
だけど、微かに《聲》が聞こえたのだ。
焦がれるような切なさを孕んだ、彼の《聲》が。
<今の私には、眩しすぎる程に>
◆◆◇
端末に送られてきた情報は、嘗ての
他にも、コロニー・プラウドには悪の組織の技術者が囚われていた。表向きは“戦争幇助企業に所属している”が故の拘束であるが、プラウドの方に抑留された技術者たちには“カタロンの構成員と懇意にしていた”という疑いも足されているらしい。
「行け」と言うことだろうか。クーゴが問いかけようにも、情報を送ってきた張本人であるベルフトゥーロおよびエルガンは今、囚われの身となっている。彼女/彼の行方は未だ掴めていない。2人のレベルであれば、サイオン能力を駆使して逃走することは可能だろう。
それでも、彼女/彼が脱出したという情報はない。
……もしかして、脱出できない理由があるのだろうか。
(いや、考えていても仕方がないか)
クーゴはかぶりを振った。嘗ての仲間たちの動向は気になる。
反政府テロの鎮圧任務とあるが、彼らがさせられることは文字通りの虐殺だ。良心的な軍人を地で行く面々には、些か厳しいかもしれない。
それでも、ハワードたちはやり遂げようとするのだろう。……やり遂げなければ、ならないのだろう。クーゴは深く息を吐いた。
「…………」
隣にいて端末を見ていたイデアの表情は晴れない。眉間には深々と皺が刻まれている。何か、悩んでいるようだ。
「イデア、どうかしたのか?」
「……クーゴさん。あの、私も貴方に同行してもよろしいですか」
イデアは真剣な眼差しで、クーゴを見上げた。御空色の瞳は逸らされることはない。言葉は確かに疑問形なのだが、クーゴが何と答えようとも、イデアは絶対について来ようとするだろう。
彼女と一緒に行動することに何か問題があるわけでもないのだ。むしろ、単騎出撃を想定していたクーゴにとっては頼れる存在だろう。断る理由どころか、その申し出はとても心強いものだ。
「ああ、頼むよ」
2つ返事で頷けば、彼女は安心したように微笑んだ。その表情はすぐに消えて、満面の笑みで「お任せください」と、大仰に胸を張って見せる。
これでも彼女は250歳以上300歳未満。クーゴよりもはるかに年上なのだ。話していても、そうとは思えない。少々子どもっぽい同年代に思える。
機体の準備も万端だ、と、エイフマン教授を筆頭とした技術者たちから連絡が入った。流石は旧ユニオンが誇る技術顧問だ。頼れる存在である。
イデアの後ろで椅子に座っていたロックオンも、クーゴとイデアに声をかけようとして立ち上がり――ふと、何かに気づいて端末へ視線を落とした。
中途半端に上がった右手の動きが止まる。眉間に深いしわが刻まれる。口元が戦慄いた。
顔が顔面蒼白通り越して、今にも卒倒してしまいそうだ。ロックオンは大丈夫なのだろうか。
「――ッ、ライル!」
弟の名前――ロックオンが零していたのを耳にしたことがある――を叫びながら、ロックオンは即座に能力を使って転移した。
以前は“弟に何かあった/何か起きるかもしれないと察知する”と、暴発的にテレポートを繰り返していた。
そのおかげで、弟の危機を未然に防ぐことができた代わりに自分が身代わりになっていたか。今回も、それに近いのかもしれない。
悪の組織関係者の救急車に浚われるようにして連行されるロックオンの姿が脳裏に《視えた》ような気がした。その光景を頭の端へ片付ける。
(……あれ?)
端末の下の方に、追伸と書かれた文面があった。それを一読し、クーゴは思わず眉をひそめた。
『元
(なんだこれ。……この台詞に、何か意味があるのか?)
文面には『還ってきたとならばこの台詞』とある。しかも、ご丁寧に、その文章が赤く点滅しているのだ。情報の送り主があらぶっているのがよくわかる。
脳裏に誰かの声がした。“ソロモンの悪夢”という単語が頭から離れない。その言葉の該当者もまた、還ってきた人物だった。義に生きた男の名前は、何だったか。
考えたって分からないことは仕方がない。今は、自分にできることをするだけだ。クーゴ・ハガネという男が生きていることを、世界に知らせる必要がある。
世界の裏で暗躍する蒼海も、操り人形にされているグラハム/ミスター・ブシドーも、これで気づくはずだ。まだ何も“終わっていない”のだと。
蒼海の暴挙を赦すことはできない。彼女の支配を赦すことはできない。そのせいで、クーゴが関わってきた人々や無辜の人々が踏みにじられていくのを、黙って見ていられるはずがないのだ。
己の胸に手を当てる。旧ユニオン軍の、青基調の制服が目に入った。今のクーゴが拠り所にする大切な絆の証であり、自分が取り戻したいと――『還りたい』と願う場所。決意を固めて前を向く。
「コロニー・プラウドで行われる掃討作戦の開始時間は……今から1時間後ですね。ESP-Psyonドライヴのワープを使えば、目標地点にすぐ到達できます」
イデアは静かな面持ちで頷いた。
S.D.体制の技術水準では、既にワープドライブが開発され、実用化されていたという。惑星間の移動距離も短縮されていたようで、西暦2300年代からしてみれば羨ましいの一言に尽きる。しかもそれは、人類側も使えた技術であった。
幼い頃に夢見たこと――外宇宙探索という言葉がリフレインする。西暦2300年代では実用化されていない技術ばかりだ。今後実用化されるとしても、膨大な時間がかかることだろう。その片鱗に触れているというのは、胸が熱くなる事実だった。
どこかに置き忘れてきた子どもの姿が《視えた》ような気がして、クーゴは人知れず目を細める。感傷に浸るのは、これで終わりだ。後は前を向いて、還るべき場所へ向かって突き進むのみ。
還りたい場所があるから、鳥は飛んでいける。
はやぶさは、飛んでいけるのだ。
クーゴはイデアと顔を見合わせ、頷いた。能力を駆使し、格納庫へ転移する。そのまま愛機に乗り込めば、技術者たちがざわめく声が聞こえてきた。カタパルトが開き、いつでも出撃できるという合図が見えた。
操縦桿を握り締める。はやぶさのカメラアイが光った。パハリアが飛び出していったのに続いて、はやぶさが飛んだ。
2機の周囲に青い光が舞う。搭載されたドライヴが輝き、黄色かった粒子の色が翡翠色に変わった。
(あそこが、コロニー・プラウド……)
クーゴは目的地を睨みつけた。
クーゴ・ハガネの、“始める場所”。
赤く塗装されたジンクスたちが映った。懐かしい気配を感じ取る。
「みんな……!」
ハワード・メイスン、ダリル・ダッジ、ジョシュア・エドワーズ、アキラ・タケイ。
意図された采配であるとはいえ、仲間たちと再会したのはかれこれ4年ぶりである。
じわり、と、クーゴの心に込み上げてくるものを感じた。その衝動に駆られるようにして、クーゴは機体を変形させる。
『この武装、まだ名前を付けていないのよ』
『貴方のサイオン波、
武装の開発に携わった張本人、ノーヴル・クルーガーがそんなことを言っていた。
フラッグの系譜を受け継ぐ新型機に、クーゴが名前を付けるより前の出来事。
構えた武装は、一見“単なる棒”にしか見えないナニカに、クーゴは命名したのだ。
『――
『“遥か彼方からでも見える旗”という意味です』
フラッグの名前の由来は、英語の旗。クーゴが目指す『還りたい』場所――或いは、クーゴの大切な人たちを連れ『還る』ための目印になるものだ。
“仲間たちとの距離がどれ程離れていようとも、彼らが何処にいようとも、この旗が目に入るように”という願いが込められたモノ。
クーゴの想いに応えるように、青い光が舞い上がる。収束したサイオン波は旗の形を取って、この
「『還ろう、始まりの場所へ』」
大きく息を吸い込んで――歌を口ずさんだ。
クーゴが歌いだしたのを皮切りに、5機のジンクスが攻撃の手を止めた。4機はハワードたちの機体だったが、残りの1機はクーゴの知らない相手のものだ。
もしかしたら、残りの1機に搭乗するパイロットにも、クーゴの歌が《聞こえた》のかもしれない。その人物にも、ミュウやそれとよく似た因子があるのだろうか。
「――旗は、見えるか?」
<<<<――はい!>>>>
クーゴの問いかけに応えるように、元
それを聞いて口元が緩んだのは、致し方ないと言えよう。……この場にブシドーがいないことが悔やまれる。
だけどきっと、見えるだろう。どんなに距離が離れていたって、必ず奴の目に留まるはずだ。
(――グラハム)
この戦場には居合わせていなかった
姉の悪意に飲み込まれ、不本意な形で傀儡になった
闇の底で足掻き続けているであろう彼に、届いて欲しいと願いながら。
<――旗は、見えるか>
彼はいない。少なくとも、この
<――ああ、よく見える>
だけど、微かに《聲》が聞こえたのだ。
焦がれるような切なさを孕んだ、彼の《聲》が。
<今の私には、眩しすぎる程に>
「――危ない!」
イデアの声が響いた。パハリアが飛び出していく。彼女たちが守ろうとしていたのは、満身創痍のガンダムだ。
両手と右脚がちぎれ、顔半分が黒いパーツになっている。その機体には見覚えがあった。グラハムとフラッグが追いかけ続けた天使――ガンダムエクシア。
パイロットは勿論、刹那・F・セイエイだ。彼女もどうにか生き残ってくれていたらしい。ブシドーを止める手立て、もとい希望はここに存在していた。
砲撃が再開される。見知らぬガンダムが、エクシアを助けるために戦場に降り立ったのだ。
「一体、何がどうなってるんだ!?」
男の声が聞こえた。刹那、拳を振り上げるベルフトゥーロの姿が脳内によぎる。
いけ、と、彼女の口が動いた。今だ、と、彼女の口が動く。――それに従うようにして、叫んだ。
「ユニオンよ、俺は『還って』来た!!」
クーゴの高らかな声が、コロニー・プラウドの周囲に響き渡った。
「……ダメだ、ものすごくこっ恥ずかしい……! いくら約束とはいえ、この台詞言うのに何の意味があるんだ……!?」
じわじわと湧き上がってきた羞恥心に押しつぶされそうになりながらも、クーゴは機体を可変させる。
アヘッドやジンクスが唖然とした様子でクーゴ/はやぶさを見つめていた。珍妙な乱入者が珍妙なことを口走ったのだ、誰だって驚くだろう。ハワードたちとは違う他のジンクスやアヘッドが、クーゴのはやぶさへと攻撃を仕掛けてきた。
戦いに来たわけではないが、このまま大人しく殴られてやるつもりはない。『還る』前に死ぬなんて結末は御免である。突っ込んでくるジンクスやアヘッドに対して、クーゴ/はやぶさは真っ直ぐ突っ込むようにして飛んだ。
ビームランスから繰り出されるレーザー攻撃を縫うようにして躱しつつ、こちらもビームライフルを打ち放った。
ジンクスやアヘッドらが回避に専念する。その隙を狙って、クーゴははやぶさの速度を上げた。
「トランザム! ――サイオン、フルバースト!!」
己の持ちうるサイオン能力を爆発させる。青い光が舞い上がり、普通からは想像できない勢いではやぶさが加速した。ESP-Psyonドライヴ搭載の特別性疑似太陽炉は『ガンダムに搭載されていた純正GNドライヴにおける“トランザム”も使用可能である』らしい。エイフマンとテオドアの談だ。
トランザムとは、GNドライヴが作り出す特殊粒子の性質を利用したシステムだ。一定時間――数分間程度、爆発的な高速戦闘を行える。粒子貯蔵量が一定以下になる、あるいはタイムリミットがきてしまうと、GN粒子が充填されるまで再度使用することができないというデメリットがあるらしい。
はやぶさは目にもとまらぬ速さでジンクスたちの元へと突っ込む。相手側から見れば、はやぶさが急接近してきたように見えるだろう。だが、そのまま突撃するのではない。クーゴの脳裏に浮かんだのは、嘗てのグラハム・エーカーが得意としていた空中可変だ。
「――グラハム・スペシャル」
友の名を冠した技を、口に出す。
どこかで見ているであろうグラハム/ブシドーに、届いてほしいと願いながら。
「――アンド」
はやぶさが可変する。フラッグの面影を色濃く残す形態だ。
速度を落とさず、勢いそのままに、ジンクスやアヘッドたちとすれ違う。
すれ違いざま――あるいは出会い頭に、はやぶさは、鞘から愛刀を引き抜いた。
「――“
薙ぎ払うような一太刀を浴びせる。すれ違いざま、あるいは出会い頭に行われた高速攻撃を躱すことなどほぼ不可能だ。侍の時代に生み出された抜刀術には、出会い頭やすれ違いざまに行う暗殺術もあった。それを、はやぶさで再現した。
真正面にいたジンクスの首が吹き飛んだ。振り向きざまにアヘッドの肩に一太刀浴びせる。流れるようにして方向変換し、勢いそのまま別のジンクスたちに斬りかかった。煌めく太刀筋は、ジンクスやアヘッドたちを一網打尽にする。
はやぶさと対峙していたジンクスおよびアヘッドが沈黙したのと同じタイミングで、クーゴはサイオンバーストを解いた。
機体を覆っていた青い光が弾け、翡翠色の粒子が黄色へと変化する。ドライヴの出力は一気に数値を減らしたが、安定していた。
クーゴは小さく息を吐く。今のところ、クーゴやはやぶさに大きな異常は発生していない。何かあったら大変なことになる。
『ESP-Psyonドライヴは、GN粒子だけでなく、パイロットの有するサイオン波の特性を利用します。よって、発動した際の効果や持続時間は使用者によって大きな差異があるんですよ』
ノブレスの話が脳裏を翔けた。
『例えば、“分身を大量に作り出す”、“通常のシールド以上の強度を誇る鉄壁を発生させる”、“トランザムシステムを上回る高速戦闘が可能”など、その種類は多岐にわたります。パイロットの特性次第では、複数の効果を発生させるものもあるんですよ!』
クーゴは己の手を見つめた。サイオンバーストを駆使した際、自分とはやぶさが青い光を放ったことを思い返す。ノブレスとイデアも、複数の能力を組み合わせていると言っていた。
複数の特性を有するのは、各能力でもトップクラスの実力者や
イデアやノブレスも使える能力であり、現時点でのクーゴが把握している己の特性だ。悪の組織関係者曰く『クーゴの能力は未知数』だということらしい。まだまだ使える特性があるかもしれないそうだ。
『但し、能力の継続時間やその他諸々は、本人の精神力および精神状態に強く影響されます。感情が昂りすぎると、“サイオンバーストを暴走させ、最悪の場合は周囲に被害をまき散らして当事者も命を落とす”……なんて場合もありますので、注意してくださいね』
危険を忠告するノブレスは、どことなく沈痛な面持ちでいた。彼にも何か、思うところがあったのかもしれない。
サイオンバーストの危険性に関しては、ノブレスだけではなく他の面々からも聞かされた。特にベルフトゥーロは、真面目な顔をして何度も忠告していたか。
感情によって能力を引き出すのだ。感情をコントロールできないと、己と周囲に破壊をまき散らす。充分に注意しておかねばならない。クーゴは息を吐いた。
「撤退だ!」
あちこちから、指揮官たちの声が響く。それを皮切りに、アロウズのMSたちは蜘蛛の子を散らすようにプラウド周辺から立ち去った。幾何か後に、カタロンの輸送船と思しき艦がプラウドから現れ、
初陣にしてはいい感じだ。クーゴは1人納得する。視界の端に映ったのは、どこかで見たことのあるような母艦だった。以前、軍の情報で、ソレスタルビーイングの母艦であると示された画像の艦とよく似ている。
悪の組織のデータベースにも、同じ母艦があった。名前は確か――プトレマイオス。
見知らぬガンダムが、エクシアとパハリアを見つめている。攻撃を仕掛けてくる様子はない。
あれはソレスタルビーイングが新しく作った機体なのだろうか。以前目にした重装備系の機体――ヴァーチェと似ている。
<イデア・クピディターズ>
青年の《聲》が《聴こえた》。紫の髪をおかっぱに切りそろえ、眼鏡をかけた青年の顔が《視える》。
彼の顔、およびプトレマイオスを目にしたイデアが狼狽えるように表情を曇らせた。
<イデア!>
沢山の《聲》が、イデアの名前を呼んでいる。驚きと、喜びと、祈りにもよく似た切実な想いが渦巻いていた。パハリアは動かない。
イデアは身を縮ませ、俯いた。彼女は何かに怯えている。嘗て仲間に向けられた畏怖の眼差しが、イデアの動きを止めているのだろう。
「自分は『還れない』」と零していたイデアの言葉が脳裏をよぎる。彼女は、『還れない』――否、『還らない』決意を固めていた。
イデアの決意は揺らいでいる。この場に留まり続ければ、彼女はまた違う決意を固めるのではないだろうか。共に歩む道を選択するかもしれない。
『還りたい』と願うクーゴ個人としては、彼女にも『還って』欲しいと思っている。イデアは口では「『還れない』」と言い、『還らない』決意を固めている。けれど、仲間たちの動向に気を配っているあたり、本当は『還りたい』と思っているのだろう。
仲間たちに対し、彼女はミュウであることを黙っていた。その判断が間違っていたとは思わない。迫害されてきた一族の記憶を鑑みれば、自分の正体を隠そうとするのは当然のことだ。仲間たちを失わぬよう、けれどもミュウであることが露呈しないよう、イデアは必死にやってきた。
「……イデア。キミは、『還らない』のか?」
クーゴは通信回路を開き、イデアに呼びかけた。
「彼らは、キミを呼んで……」
「『還れない』」
イデアは、きっぱりと言い切った。
「そんなの、都合のいい幻聴です。……ソレスタルビーイングのみんなが、化け物の存在を赦すはずがない。争いの引き金になりかねない存在を、赦すはずがないんです」
彼女の声は震えている。もしかして、泣いているのだろうか。場所が場所でなければ、涙をぬぐってやることができたかもしれない。クーゴは内心で歯噛みする。
今は『還らない』。イデアの決断に対して、クーゴが何か言えるようなものではないのだ。「わかった」と返して、イデア/パハリアへと視線を向けた。
純白のガンダムは、満身創痍のエクシアや新型ガンダム、および嘗ての古巣に背中を向ける。イデアの名を呼ぶ《聲》が一層強くなった。悲鳴、と言った方がいいかもしれない。
イデア/パハリアを追いかけようとする機体の前に、クーゴ/はやぶさは躍り出た。
ほんの一瞬、驚きの感情を持ってイデアが振り返る。
クーゴの行動が予想外だったのか、彼女は目を丸くしていた。
「クーゴさん……?」
「“最愛の星”が陰るような
「――ありがとう、ございます」
ほんの少し上ずった声で、イデアはクーゴへ感謝の言葉を述べた。
名残惜しそうに嘗ての仲間たちを見つめた後、イデア/ガンダムパハリアは飛び立った。未練を断ち切ろうとするかのように、緑色の粒子が爆ぜた。トランザムシステムとサイオンバーストを併用した全力離脱。
流石に、新型ガンダムでも対応できなかったようだ。それと同じく、進路を遮るはやぶさに対し、どう対応するか迷っているようである。睨み合いを続けながら、クーゴはイデア/パハリアが離脱したことを確認した。
その後、クーゴ/はやぶさはイデア/パハリアとは別方向へと飛び出す。飛行形態に可変し、サイオンバーストとESP-Psyonのワープを駆使して《飛んだ》。
クーゴの想いは、嘗ての仲間たちに届いただろうか。蒼海の操り人形にされてしまったグラハム/ミスター・ブシドーに届いただろうか。考えてもわからないし、賽は投げられた後だ。
(……これから、か)
先の見えない明日へ思いを馳せながら、クーゴは帰投する。
はやぶさの隣にパハリアが並んだ。
その様は、例えるなら――隼が乙女を導いているようだった。
◇◇◇
「……やっぱり、怒ってるんだろうなぁ」
プトレマイオスの廊下で、クリスティナ・シエラは目を伏せた。普段の調子からは想像できない程、声が沈んでいる。
「……やっぱり、辛いッスよね。俺たちは、イデアに酷いことしたんだ……」
リヒテンダール・ツエーリも同じ気持ちだ。
深々と息を吐く。天を仰ぎ、目を手で覆う。
「俺だって、イデアのこと、化け物だなんて言えるような立場じゃなかったのに」
リヒテンダールは覆っていた手を離して、己の腕を天にかざした。服の下に隠れているが、そこには機械化した鉄の肢体が存在している。太陽光紛争のテロに巻き込まれた際、体の大部分を機械化することでリヒテンダールは生き延びた。
生きているのか、死んでいるのか――あるいは“生かされている”のか。人間なのか、機械なのか――そもそも“生き物”と言える存在なのか。リヒテンダールの境界線は曖昧だ。もっと体を弄繰り回せば、化け物並みの力を得ていてもおかしくない。
人間離れした力を持っていたイデアは、己の力がばれた末路を悟っていたのだろう。化け物と畏怖され、罵られることを覚悟して、それでもクリスティナとリヒテンダールを助けるために力を使ったのだ。二度とここに戻れないと――戻らないと覚悟して。
クリスティナに嫌われるのが怖くて黙っていたリヒテンダールなんかより、イデアは辛く怖い思いをしていたのだ。
秘密を抱えて、それでもみんなが大好きで、だから守ろうとしていた。リヒテンダールは目を伏せる。
「会いたいな。もう1回、話がしたい。また一緒に、笑いあいたい」
クリスティナは蹲ったまま、視線を下したまま、声を震わせた。
彼女は、イデアと親友のような間柄だった。クリスティナとイデアが楽しそうに談笑する現場を、リヒテンダールは何度も目にしている。
イデアの戦死にはクリスティナが1番心を痛めていた。フェルトも、姉のような相手を失った悲しみに打ちひしがれていたものだ。
後から合流した刹那もまた、沈痛そうな表情を浮かべていた。刹那にとっても、イデアは大切な相棒だったから当然だろう。それに、刹那に春をもたらした立役者でもある。
4年前はイデアといがみ合っていたティエリアでさえ、イデアが自分たちの元から逃げ出したのを目の当たりにして落ち込んだのだ。クルーたちにとって、イデアはもう、大切な家族だった。
今更かもしれない。でも、仲間たちは確かに気づいたのだ。――……イデア・クピディターズという女性が『何』であろうとも、自分たちにとっては、かけがえのない大切な仲間なのだと。
「俺もッスよ」
リヒテンダールは瞼を閉じる。4年前には日常のように繰り広げられたイデアとの掛け合い。彼女に茶化されて振り回されてきたけれど、その騒がしさと和やかさが、今は酷く恋しい。
還ってきてほしい。プトレマイオスクルーは、みんなそう考えている。みんなそう願っている。……そんなささやかな願いを壊してしまったのは、他ならぬリヒテンダールとクリスティナ自身だったのに。
「伝えたいことが、沢山あるのになぁ。……イデアに」
「……そうッスね。俺たちのこととか、今までのこととか……沢山、沢山」
――そう。
――伝えたいことが、沢山。
◆
「――ああ」
仮面の男は、その戦場に釘付けだった。
正確には、
「キミたちは、ここにいたのだな」
口元には、笑み。
懐から端末を取り出す。つがいのお守りが揺れ、澄んだ鈴の音色が響いた。
映し出された端末の待ち受けには、幸せそうに微笑む運命の
端末を操作すれば、
自分の隣で微笑む東洋人男性に視線を落としたのち、待ち受け画面へ戻る。そうして、前を向いた。
仮面の男も今すぐ
(――ならば、せめて……)
仮面の男は、その
赦される限り、彼らの軌跡を見つめていたかった。