問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



7.どこもかしこもてんやわんや

 

「だーかーらー! どうしてお前は無駄撃ちばかりするんだ!? もう少し考えて攻撃しろよ!」

 

「兄さんこそ! 俺は大丈夫だって言ってるのに、どうしていつも庇おうとするんだよ!?」

 

 

 隣の部隊に所属する初代と2代目ロックオン兄弟は、今日も喧嘩で忙しい。

 同部隊に所属するトリニティ兄妹やフロスト兄弟とはえらい違いである。

 

 傍から見れば、ロックオン・ストラトスたちはミラーコントをしているように見えるだろう。さもありなん、2人は一卵性双生児(双子)である。彼らは両名とも射撃を得意とするパイロットだが、戦術の方向性は全く違っていた。

 兄の初代ロックオンが一撃必中の精密射撃を得意とするなら、弟の2代目ストラトスは手数で翻弄する早打ちやバラ撃ちを主体にした戦いを得意としている。指揮官のイデアがときたま乗せ換え企画で2人の乗る機体を入れ替えるのだが、お互いの機体の違いに戸惑う姿を見かけた。

 性格の違いも大きい。兄がオレンジハロとピンクの髪の少女が大好きで立派な兄貴分なら、弟は薄紫の髪の女性が大好きで煙草を嗜む色男だ。両名に共通しているのは“ブラザーコンプレックスをいい感じにこじらせている”という点だろう。現在進行形で、だ。

 

 なんてことはない、単純なことだ。

 

 兄は弟が心配だから口出しするし、弟は兄に認めてほしいと思っているから反発する。

 弟は兄が心配だから口出しするし、兄は弟を守れるような存在であろうとするから無理をする。

 

 兄弟のミラーコントを眺めていたクーゴは、互いを思いあうが故にすれ違う双子を見つめていた。

 グラハムと刹那の色恋沙汰から逃げてきた先でこんな光景を見ることになるとは。クーゴにとっては、複雑な光景である。

 そこへ近づいてくる足音。振り返れば、そこにいたのはフロスト兄弟だった。

 

 

「お互いにとってお互いが、大切な存在なのにね。こんなにも簡単なことなのに、どうして彼らは仲が悪いのかな? 兄さん」

 

「それがなかなか難しいところなんだろうよ、オルバ。あの2人は素直になれないだけなのさ」

 

 

 そう言いながら、彼らは生温かい眼差しでロックオン兄弟を見つめていた。フロスト兄弟はロックオン兄弟とは違い、素直に互いへの思いを表現している。

 

 

「……いいな」

 

 

 彼らの後ろ姿を見つめながら、クーゴはぽつりと呟いた。

 

 自分もロックオン兄弟のように、感情をぶつけられたらよかったのに。自分もフロスト兄弟のように、仲良くできたらよかったのに。

 もしかしたら、存在したかもしれない可能性へと思いを馳せる。どこにでもある家族の、どこにでもいるような『きょうだい』の姿を。

 無意味だと知っていながらも尚、想像せずにはいられない。考えれば考えるほど、心に陰りが出てきそうだ。

 

 

「俺もあんな風に、喧嘩したり、仲良くしてみたかったな」

 

 

 自分の傷に触れると知っていても、呟かずにはいられなかった。

 兄弟たちの背中がやけに遠い。元々別の部隊に所属しているというのもあるけれど。

 

 ここにいると、かえって気分が重くなってきそうだ。グラハムと刹那の色恋を見ている方が、よっぽど元気になれそうな気がする。

 

 2人が時折繰り広げるバイオレンスなやり取りを思い出し、ひどく恋しくなる。大人しく自分の部隊に戻った方がよさそうだ。別部隊の人々とシミュレーションや模擬戦をやってみたかったのだが、今はそんな気分になれなかった。

 踵を返して元来た道を戻る。仲間たちの行き来は活発で、どこかで誰かが何らかの問題を引き起こしていた。似たような特性を持つ人々が遊びを通して腹の探り合いをしていたり、先の乗り換え企画の感想を述べ合っていたり、艦長に自分の機体をせびっていたりしている。

 自分たちの部隊がよく使う休憩室へ戻れば、相変わらずの光景が繰り広げられていた。グラハムが刹那にちょっかいをかけ、彼女がその手を振り払う。彼女の顔は真っ赤だ。それを見たグラハムはますます嬉しそうにする。奴は意外と悪趣味なのかもしれない、とクーゴは思った。

 

 グラハム曰く「これが我々の愛」らしい。あながち間違っていないところが怖い。

 周囲の面々も、中心となる2人に対して生温かい視線を向けていた。

 

 

「羨ましいですか?」

 

 

 不意に声を掛けられ、振り返る。我らが指揮官――イデア・クピディターズが、悪戯っぽさそうに笑っていた。

 

 

「難しいな。割を食うのがいつも俺だと考えると」

 

「それを差し引いたら?」

 

「ちょっとだけ」

 

 

 クーゴは苦笑し、付け加える。

 

 

「でも、いいんだ。俺にだって、そういう相手がいることは知ってるから」

 

 

 自分にも心配したいと思う相手がいる。自分のことを心配してくれる相手がいる。思いの丈をぶつけ合える相手がいる。

 そう、心の底から言える相手がいる。だから大丈夫だ、とクーゴは笑った。指揮官はしばらく目を瞬かせた後、嬉しそうに頷く。

 彼女は「あ」と間抜けな声を出し、急な思い付きを口走るように言った。

 

 

「その相手の中に、私はいますか?」

 

「…………そんなの、訊くまでもないだろ」

 

 

 いい言葉が見つかりそうにないので、そうやってごまかした。

 

 もっとも、彼女はすべて察しているのだろうが。ばつが悪くなって目をそらせば、指揮官がくすくす笑う声が聞こえてきた。

 自分たちにはこれくらいがお似合いだろう。クーゴはグラハムたちのほうへ視線を戻す。刹那に足を踏まれたグラハムが、くぐもった悲鳴を上げていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「さあ、始めようじゃねぇか! とんでもねえ戦争をよォ!」

 

 

 サーシェスが駆る“権天使”と初代ロックオンの駆るスラオシャが、宇宙(そら)で激突する。

 

 戦争をばらまくサーシェスは、ここでもまた争いを引き起こそうとしていた。カイルスのメンバーたちもそうだが、奴に両親を殺されたロックオンが、家族の仇であるサーシェスを野放しにするはずもない。

 カイルスの仲間たちが雑魚敵と戦いを繰り広げる中、サーシェス/“権天使”との一騎打ちはロックオン/スラオシャに任された。ぶつかり合いは――あまり認めたくないことであるが――サーシェスの方がやや優勢であった。

 

 

「ははっ、どうしたァ!? 俺を倒して仇を取るんじゃなかったのか? にいちゃんよォ!」

 

「相変わらず腹立たしい下種野郎だ……! 今度こそ地獄に返品してやるぜ!!」

 

 

 スラオシャのスナイパーライフルが唸る。しかし、“権天使”は難なくそれを躱すと、スラオシャとの距離を一気に詰めた。

 射撃特化型であるスラオシャであるが、一応、近接武装が存在した。そのうちの1つがスナイパーライフルの銃身で、用途は鈍器・初見殺しと不意打ち用である。

 “権天使”のビームサーベルと鍔迫り合いを繰り広げるスラオシャであるが、彼の獲物はあくまでも銃。接近戦はあまり好きではなさそうだった。

 

 対して、サーシェスは本職の傭兵だ。体術からナイフ捌きや銃の扱い方、MSの操縦技術までなんでもござれ。ほぼ全ての武器を獲物として扱えるサーシェスにしてみれば、『ロックオンに白兵戦を仕掛ける』というのは文字通りの最適解であった。

 

 鈍器として振るわれたスナイパーライフルとビームサーベルがぶつかり合う。ロックオンの舌打ちとサーシェスの笑い声は、両機体の拮抗状態を表しているように思えた。

 競り負けたのは、ロックオン/スラオシャ。弾き飛ばされたスラオシャに、“権天使”がサーベルを振りかざす!

 

 

「ロックオン!」

 

 

 彼と懇意にしていたオペレーターの悲鳴が響く。近場で雑魚と戦っていたミシェルやムウがロックオンを援護しようとするが、間に合わない。

 万事休すかと思っていた刹那、四方八方からレーザーが降り注いだ! 不意打ちを本能で察知したのか、サーシェス/“権天使”が飛び退った。

 

 ビームの雨あられが大地を抉る。もうもうと広がった煙が晴れて、スラオシャを救い出した機体が降臨した。

 

 

「テメェの戦争は終わりだ、アリー・アル・サーシェス!」

 

 

 白と緑を基調とした機体。その面影は、どことなくスラオシャと似通っている。しかし、細部のデザインや武装にははっきりとした違いがあった。

 本来、ロックオンには嘗ての愛機・デュナメスの後継機が与えられるはずだったのだが、紆余曲折の果てに専用の改造を施された機体に搭乗することになっている。

 

 今、この場に降り立ったのは、何もなければロックオンが搭乗する予定だったデュナメスの正当な後継機だ。そうして、この場に響き渡った声は、彼の声と瓜二つである。以前、ロックオンは『双子の弟がいる』と漏らしていた。――そこから導かれる答えは。

 

 

「お前……まさか、ライルか!?」

 

 

 ロックオンの素っ頓狂な声が響いた。兄から名を呼ばれたライルはニヒルに微笑み返す。

 

 

「フ、久しぶりだな。兄さん」

 

 

 乱入者の存在に気づいた雑魚敵が、ライルを屠らんと迫る。しかし、奴らの剣は、ライルの機体に傷をつけることは叶わなかった。雑魚敵とライルの機体の間に割り込んだ機影によって真っ二つにされたためである。

 夜明けの空を思わせるような淡いペールブルーの機体が、ライルの機体に寄り添うように降り立った。ペールブルーの機体は、悪の組織第1幹部関係者が搭乗する機体とデザインがよく似ている。おそらく、同系統のラインで生み出された機体なのだろう。

 ライルと一緒に乱入した人物の正体はすぐにわかった。イデアが懐かしそうにパイロットに声をかけたためである。彼女はイデアやクーゴが身を置いていた悪の組織/スターダスト・トラベラーの構成員で通信士を担当しているアニューというらしい。

 

 誰に促されたわけでもなく。

 アニューはいい笑顔で自己紹介を始めた。

 

 

「初めまして、ライルのお義兄さん! 私、アニュー・リターナーと言います。ライルとは結婚を前提にしたお付き合いをさせていただいてます」

 

 

 爆弾が落ちた。ロックオンがあんぐりと口を開ける。

 

 

「元々は悪の組織に所属していた事務員兼通信士ですが、現在はソレスタルビーイングへ出向しています。イデアと同じミュウであり、“革新者に寄り添う者”さんや“悪の組織第1幹部”さんと同じ“革新の模倣者”で、起動してから9年と3ヶ月になります」

 

 

 更に核弾頭が落ちた。ロックオンのこめかみがひくついた。

 

 

「あっ、体の年齢は20代前半なので大丈夫ですよ! 夜のアレコレだってちゃんとできますし、実際もう既にやりつくしてますし! ライルったら、本当に激しいんですよ。しかも言葉責めが大好きで……」

 

「アニュー! 今そういう話はいいから!!」

 

 

 アニューが頬を染め、ライルがツッコミを入れる。世界が焦土と化したのを目の当たりにしたかのような表情を浮かべ、ロックオンがパイロット席に背中を打ち付けた。

 彼の口元は戦慄いている。この場が戦場でなければ、激高してライルへと殴りかかっていきそうだ。辛うじて、ロックオンはそれを押さえつけている。

 

 

「ハハハ、同じ面が2つだと!? 面白れぇじゃねえか!」

 

 

 修羅場一歩手前の双子のやり取りを見たサーシェスは新しいおもちゃを見つけたかのようにはしゃいでいた。兄弟と弟の婚約者をまとめて始末することにしたらしい。

 戦闘態勢を整えたサーシェス/“権天使”を目にして、ライルとアニューの機体は臨戦態勢を整える。ロックオン/スラオシャだけが茫然としていた。

 しかし、それも一瞬。すぐにロックオン/スラオシャはスナイパーライフルを構えて戦闘態勢を取った。カメラアイがギラリと輝く。物々しい雰囲気だ。

 

 

「何故お前がここにいるのかとか、いつの間に彼女ができたのかとか、9歳児に手を出したのかこのロリコン野郎とか、お前の性生活や性癖がそんなんだったのかとか……訊きたいことは沢山ある」

 

「あんたは今まで何してたんだとか、いつの間に彼女ができたのかとか、9歳差の女の子に手を出すつもりでいるのかこのロリコン野郎とか、場合によっては警察への通報も辞さないとか……俺も、兄さんに言いたいことが沢山ある」

 

 

 ロックオンとライルがしかめっ面をした。

 しかし、ライルの切り替え早い。

 

 

「だが、詳細は後だ。まずはあの糞野郎を……!」

 

「ああ。そうさせてもらう」

 

 

 ライルの言葉に従い、ロックオンはサーシェスを睨みつける。

 

 

「「ロックオン・ストラトス」」

 

 

 ニール・ディランディとライル・ディランディ。

 双子の声が、綺麗に重なり合う。

 

 

「狙い撃つぜ!」

「乱れ撃つぜぇ!」

 

 

 ディランディ兄弟(2人のロックオン・ストラトス)による、奇跡の競演が始まった。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

「俺、本当はずっと、あおちゃんのことが羨ましかったんだ」

 

 

 弟は申し訳なさそうな顔をして呟く。

 

 

「いつも元気で、何処にでも行けて、何でもできて。俺なんて、家と病院と学校を行き来するので手一杯だ」

 

「くーちゃん……」

 

「あおちゃんは将来の話をしても、『頑張れ』って応援してもらえたり、『厳しい道だぞ』って真剣に心配して貰える。……だけど、俺が将来の話をすると、みんな適当に相槌打つんだよ? 『大人になれない可哀そうな子どもだから』って理由で」

 

 

 「『未来がない人間には、真剣に向き合う意味も価値も無いんだ』って言われているみたいで、悔しかった」――血反吐を吐くような悲痛さを孕んだ声だった。いつも諦めたように笑っていた片割れが、ずっと1人で抱え続け、押し殺してきた本音。

 周りが片割れに対して気を使っていることも、周囲の気遣いから滲んだ蔑むような憐憫も、相手側がふとした拍子に抱いた気遣い疲れによる刺々しさも、弟は肌で感じ取っていたのだろう。もしかしたら――あまり考えたくないが――家族がその場に居合わせていなかったタイミングで、直接的な言葉をぶつけられた可能性もある。

 後でそいつらの名前をリストアップしておかなければ。少女は決意を固めつつ、黙って片割れの話に耳を傾ける。本音を押し殺しがちな弟が、やっと零すことが出来た本音なのだ。言いたい言葉や伝えたい言葉は沢山あるが、そのために彼の話を遮るのは本末転倒になりそうな気がした。

 

 弟はぽつぽつと言葉を紡ぐ。

 

 病弱な体故、頻繁に体調を崩しては治療を行うこと。周囲の人々の手を煩わせなければ、まともに生きていけないこと。

 自由に遊びに行くことも、勉強をすることも叶わないこと。それが辛くてたまらなかったこと。

 

 

「俺があおちゃんみたいに元気だったら、みんな、俺の話を聞いてくれたかな。……真剣に向き合って、応援してくれたり、心配してくれたりしたのかな」

 

「あたしは本気で“くーちゃんは素敵な大人になれる”と思ってるよ。……あたしじゃあダメだった?」

 

「そんなことない。凄く嬉しかった。――だからこそ、申し訳なくて」

 

 

 少年は目元を乱暴に拭った後、ゆっくりと口を開く。

 

 

「俺、知ってるんだ。“周りの大人が俺を気に掛けるのは、世間に対していい顔したいからだ”って。看護師さんや他の人から『■■くんのご家族や親戚の方々は優しい人たちなのね』って言われたり、そういう話を俺から聞いたりすると、嬉しそうにしながら謙遜するの。ああいうの、“自分に酔ってる”って言うんだよね」

 

 

 家の大人たちが“何か一物抱えていること”は薄っすら察していた。大人たちが思っている程に、自分たちは愚かで無知で純粋無垢ではない。

 『血縁関係のない第3者からは“聡明な子ども”と評されている』のは伊達じゃないのだ。その辺は本当に腹立たしい限りである。

 

 

「……でも、周りがそういうのに酔っぱらってるせいで、あおちゃんが割食ってばっかりじゃん。今日だって、俺がこうなったせいで剣道の試合の応援すっぽかされたワケだし」

 

「親の協力なんて期待してないよ。あたし的には、くーちゃんにあたしの活躍見て貰えなかった方がちょっと辛かったかなぁ」

 

「……ごめん」

 

「いいよ。ビデオあるし。後で一緒に見ようね」

 

「うん」

 

 

 どさくさに紛れて約束を取り付け、少女は片割れの話に耳を傾ける。

 

 

「あおちゃんが色々頑張ってるのは知ってる。毎日沢山宿題出されて予習復習までやってるのに俺の勉強まで見てくれてるし、美味しい料理作ってくれて食べさせてくれるし、外で撮って来た写真も見せてくれるし、今日あった話も聞かせてくれるし、俺が見た“おはなし”の話も聞いてくれるし、何かあったときは率先して俺の面倒見てくれる」

 

「当たり前でしょ。あたし、お姉ちゃんなんだから」

 

「……でも、そういうの、すごく大変なことだと思うんだ。『当たり前』で流していいことじゃないはずなんだよ」

 

 

 俯いた片割れは、そう思った理由を話し始める。以前体調を崩して入院したとき、近くの病室から口論が聞こえてきたという。片割れ曰く、『入院患者の身内同士が激しく言い争っていた』とのこと。

 看護師や入院患者たちの噂話から類推するに、件の口論は“重篤なハンデを持つ患者の今後を憂いた患者の両親が、遠方の親戚と婚姻関係を結ばせようと画策した”ことが起因していたらしい。

 本人たちが納得していれば何も問題はなかっただろう。しかし“患者の両親が遠方の親戚一家の意志を無視して計画したこと”や“患者の介護要員にしようとしたこと”が発覚したという。

 

 その際、怒鳴り込んできた関係者が切った啖呵――『私たちの子どもは、あんたの子どもの面倒を見るために生まれたのではない。あの子の人生はあの子のものだ。あんたたちの一方的な理由で、あの子の人生を歪める権利はないんだ(要約)』――を聞いた片割れは、ずっとそれが心に突き刺さっていたという。

 繊細な片割れになんて話を聞かせるのか。こんな話を聞かされたら、気に病むに決まってる。次からは防音完備の個室に入院できないのか親に打診しなければなるまい。腐ってもいい感じに由緒ある家なのだ。本家の男児の入院費に色をつけるくらいの金は有ろう。……まあ、患者の両親に啖呵切った親戚の気持ちは分からなくはないが。

 

 だって、“片割れが『誰かの一方的な理由で人生が使い潰されそうになっている』という状況に陥った”ら、少女も同じことをするからだ。

 

 

「あおちゃんだってさあ、学校終わった後や休みの日は遊びに行ったり、友達や好きな人と一緒に過ごしたりしてもいいんだよ? 好きなことしていいはずなんだよ」

 

「くーちゃん……」

 

「ただでさえ俺のために色々してくれてるし、して貰ってるんだ。……あおちゃんの人生は、あおちゃんのものなのに」

 

 

 「だから凄く申し訳ないんだ」と締めくくった弟は、やっぱり悲しそうな顔をしていた。こういう場合、誰もが“彼を宥めて励ます”ことを選ぶだろう。

 それが最適解であることは少女も何となく理解している。けれど、少年は自分の本音を口にした。彼にとっては一番汚い部分を曝け出したようなものだ。

 

 ――ならば、こちらも曝け出さねば無作法というもの。

 

 

「ねえ、くーちゃん」

 

「何?」

 

「今からちょっとキツいこと言うけど、聞いてくれる?」

 

「……うん。いいよ」

 

 

 物々しい空気を察知したのか、少年は丸まっていた背中を正した。

 黒い双瞼は真っすぐに少女を見つめる。少女も同じように彼の瞳を見つめながら、口を開いた。

 

 

「――あたし、本当はずっと、くーちゃんのこと羨ましかったの」

 

「え」

 

「周りからは“何でもできる、完璧で模範的な女の子のあおちゃん”を求められるし、努力しても『くーちゃんとは違って健康なんだから出来て当然』って片付けられるし、ベッドの上でゴロゴロする時間なんて全然取れないんだもん! しかも全然自由なんてないし!!」

 

 

 今までの鬱憤を晴らすように、自然と語気が荒くなる。弟は一瞬怯むように肩を竦ませたが、決して目を逸らすことは無かった。片割れなりの優しさと誠意というヤツだろう。

 

 

「ちょっとでも成績下がると母さんウザイの。将来の進路や資格試験に関しても、父さんや母さんが指定するヤツを選ばないとネチネチ嫌味言われるし、勉強や料理の邪魔してくるんだもの! そのくせ、調理師と栄養士の免許取ろうと思って計画立ててたら『時間の無駄』って言われるのよ!?」

 

「あおちゃん……」

 

「部活だって、本当は料理研究部に入りたかった。習い事だって、本当は剣道よりも茶道が良かったの。それか弓道! なのに、『刃金の家の本家筋なんだから』って理由で突っぱねられてさァ!!」

 

 

 片割れに対してみんなが優しく接する理由を、少女は誰よりも理解している。『儚く散るだけの少年に対して、現実の残酷さを突き付けるのは酷だろう』という善意の憐憫が起因しているからこその態度だと、ちゃんと知っているのだ。『長生きできないのだから、少しでも、今ここで生きている時間だけは楽しく過ごしてほしい』という周囲の気持ちも。

 だけど。だけれども――彼や彼女らがかける言葉が薄っぺらいものでしかないのを理解していても尚――、片割れにかけられるソレらはみんな、少女がずっと望んでいたものだった。『そうなんだ』と、形だけでも受け入れて欲しかったのだ。“少女が自らの意志で何かを選び取った”と言う事実を。

 

 たとえそれがどれ程拙くとも、幼く無知故の短慮であったとしても、1人の人間が決断したことなのだから。

 

 

「――そっか。そうなんだ」

 

 

 片割れは、少女の言葉を遮ることなく相槌を打った。少女が隠さなければいけなかったドロドロとしたモノを、否定することなく受け止めながら。

 “少女が自分の意志で選びながらも、結局は諦めなければいけなかったモノ”を拾い上げて、後悔と怨嗟によって汚れたそれを綺麗にするかのように。

 “ありとあらゆる手段で叩き折られ、粉々にされてしまったモノ”を拾い上げて、嘗ての姿を修復するかのように。

 

 

「あおちゃんは将来のことをちゃんと考えていたから、沢山頑張って来たんだね。……格好いいなぁ」

 

「くーちゃん……」

 

「俺もあおちゃんみたいに、将来のことを考えて、自分で選んで、頑張れるようになれるかなぁ。なりたいなあ」

 

 

 思いを馳せるように、或いは尊いものを見るように、片割れはこちらを見返してきたものだから。

 少女は彼の手を握りしめて、真正面からそれを肯定した。

 

 

 

 

 

 

「……随分派手にやられたんだな」

 

「ああ、まあな」

 

 

 サナドゥの医務室。包帯まみれのロックオンは、どこかやり遂げたような顔だった。

 

 クーゴとイデアがコロニー・プラウドへ向かっていたのと同時刻に、彼は弟の元へと飛んだらしい。そこで暴漢に襲われていた弟を助けて満身創痍になり、悪の組織が調達した偽の救急車と救急隊員に回収されてきたという。

 やっとリハビリが終わったと思っていたのに、また病室へと逆戻りとは。貧乏くじを引きまくっているようにしか思えない。クーゴの考えを察したのか、ロックオンは苦笑した。「貧乏くじ」と彼の口が動く。

 

 

「あいつだけは……弟だけは、守ってやりたくてさ」

 

 

 祈るように、ロックオンは天を仰ぐ。良くも悪くも、彼は長兄と言う言葉が良く似合う男だった。一番上のお兄ちゃん――それが、彼を奮い立たせ、突き動かす原動力なのだろう。

 クーゴは弟であるが、姉の蒼海はロックオンと行動原理が違いすぎた。ロックオンが弟への愛で動くなら、蒼海はクーゴへの憎しみで動いている。クーゴは大きく息を吐いた。

 ロックオンは良い兄貴分だと思う。模範的過ぎるくらい、優しい男だと思う。優しいがゆえに、彼は、すれ違いを繰り返すのであろう。クーゴには、そんな予感が離れない。

 

 ……尤も、クーゴも人のことを言えないのだが。

 

 『善意が相手を追いつめる』と言うことはよくある話だ。知らぬ間に相手のコンプレックスを悪化させてしまう。クーゴとロックオンは、その点でシンパシーを感じているのだろう。といっても、これはクーゴの個人的な見解でしかない。

 ロックオンは背伸びをし、小さく呻いた。余程派手にボコボコにされたらしい。確か、全治数週間だった気がする。『再生医療を駆使して』だ。自然治療に任せると倍の時間がかかるという。クーゴはふっと苦笑した。

 

 

「俺も基本、守る側だったからなぁ」

 

「お前さん、弟なんだろ? そりゃあまたどうしてだ?」

 

 

 ロックオンが不思議そうに首を傾げた。彼の認識では“弟や妹は無条件で守ってやらねばならぬ者”らしい。

 

 

「ねえさんは、いつも俺と比較されてきた。俺だけが異常に贔屓され、あの人だけが異常に蔑まれてきたんだ。そんなねえさんを、俺は何とかしてやりたかった」

 

 

 その結果がどうだったかを、クーゴはよく知っている。ことごとく裏目に出た。差別と贔屓はますます強くなり、蒼海のコンプレックスは肥大したのだろう。追いつめられた蒼海の横顔を思い出して、どうしてか、哀しくなった。

 真正面から意見をぶつけることができたら、今の自分たちの関係は変わっていたかもしれない。IFを考えたところでどうにもならないことも、クーゴは痛いほど理解していた。だから、口に出すようなことはしない。

 

 姉が虐められるというパターンを聞いたのは初めてらしく、ロックオンは信じられないと言いたげに眉をひそめた。

 しかし、“片方が蔑まれて傷つけられるという場面を目の当たりにしていた”という点には共通項を感じ取ったらしい。

 ロックオンの口がかすかに動く。三文字。それは、弟の名前であった。成程、コンプレックスを刺激されていたのは弟なのか。

 

 

「俺、兄弟喧嘩したことないんだ」

 

「いがみ合ってるのにか? 話を聞く限り、罵り合いをしててもおかしくなさそうだが」

 

「姉の癇癪を一方的に聞くだけで、こっちは何も言わなかった。殴りかかるのも姉だったし、叫ぶのも姉だったし。俺はずっと姉の言い分を聞くだけだった。聞いた後にしたことがあるとするなら、謝り返すことくらいだったし」

 

「それは……確かに、喧嘩って言えないな」

 

 

 「他人同士でもそれはちょっと異常じゃないのか」とロックオンは眉をひそめる。クーゴもそれに頷き返した。

 

 

「ロックオンは……少ないかもだけど、兄弟喧嘩したことあるんだろ。真正面から意見をぶつけあったこと、あるんだろ」

 

「まあな。大半が、俺の方が折れたり、宥めすかしたりしてたけど。……今思えば、それがまずかったのかもしれないな」

 

 

 ロックオンは懐かしむように目を伏せた。テロが起きる直前の頃から、彼の弟は家から逃げる/飛び出すような形で寮付のスクールへ転校したという。

 家から飛び出したロックオンの弟――ライルは、今もコンプレックス――“|良き兄《ロックオン”の幻想と戦い続けているのだろうか。

 逃げる/飛び出すことを選んだのはクーゴも同じであった。家というしがらみと籠から、「空で待つ」といった友人たちの元へ向かうために。

 

 不意に、背後の扉が開いた。振り返れば、ロックオンの妹――エイミーが見舞いに来たところであった。

 彼女の腕には、釣り鐘状の茎に桃色の花をたわわに咲かせた植物――ナスカの花で作ったブーケが抱えられている。

 

 

「ニール兄さんは過保護なのよ。私やライル兄さんだって、いつまでも、ニール兄さんに守られなきゃいけなかった子どもじゃないんだから」

 

 

 エイミーは呆れたように苦笑した。「いい加減、一人前だって認めてよ」と、彼女の目は告げている。ロックオンは肩をすくめ、視線を遠くへ向けた。

 

 

「見ないうちに、逞しくなったんだなぁ……」

 

「当然。もう20代半ばですから」

 

 

 エイミーは得意げに笑いながら、花瓶にナスカの花を活けた。

 

 エイミーは現在、スターダスト・トラベラーに所属する部隊の作戦指揮、及び艦長として頑張っている真っ最中である。ロックオンにはまったく想像できなかった未来図のようだ。

 妹の成長っぷりに、兄はついていけないらしい。「どうしてこうなった」と言わんばかりに天を仰いだり、顔を両手で覆ったりすることがあった。気持ちは分からなくもない。

 「兄さんたちはため込んでばっかりで。そこばっかりは似てるからタチ悪いのよ」と、エイミーはばっさり言いきる。それを聞いたロックオンは目を泳がせた。

 

 彼女のように、己の心をはっきりと言えたなら、ロックオンと彼の弟の関係もいい方向へ転がったかもしれない。“表向き”は死人扱いとなっているロックオンだ。やり方によっては、弟と再会して関係を築き直すチャンスもあろう。

 ロックオンとエイミーが談笑する邪魔にならぬよう、クーゴは立ち去ることにした。その旨を2人に伝えて挨拶した後、クーゴは病室を後にする。兄妹の和やかな会話がやけに響いていたような気がした。

 

 

(――俺も、あおちゃんと、そんな風に話をしてみたかったなぁ)

 

 

 叶わぬ望みを想う。

 あまりにもささやかすぎる、願いだ。

 

 ――()()()?

 

 

『俺、本当はずっと、あおちゃんのことが羨ましかったんだ』

 

『――あたし、本当はずっと、くーちゃんのこと羨ましかったの』

 

 

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(――()()()()()()()()()()())

 

 

 胸の奥で燻る何かが、必死になって訴えている。

 

 

<――お願い、()()()()()()()

 

 

 聞き覚えのある(聞き覚えの無い)聞き覚えの無い(聞き覚えのある)、誰かの《聲》がした。

 小さな手に目を塞がれて、青い光がぱちりと瞬く。悲痛な叫びと真っすぐな祈りに気圧される。それでも、それでも――。

 

 

(……俺は、何を()()()()()()()んだろう)

 

 

 胸の痛みに目を伏せる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()という想いだけが、焼け付くように残っていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 AEU領、北アイルランドの空は曇天。重苦しい鉛色の空が広がっている。晴天時の青空を探すことはできなかった。

 以前起こったテロで犠牲になった者たちが眠る広場に、鎮魂の音が響いた。空同様、重苦しい鐘の音だ。

 

 慰霊塔の前で、茶髪の色男と中東出身と思しき男物の衣装を身に纏った女性が何かを話し込んでいた。

 

 男性の名前はライル・ディランディ。女性の名前はソラン・イブラヒム――いや、今は刹那・F・セイエイか。2人の間には物々しい空気が漂っている。

 ヒリングは双眼鏡を片手に、2人の様子を見守っていた。思念波の感度を上げて、2人の会話を聞き洩らすまいと神経を使う。

 

 

(あの子、見ないうちに綺麗になっちゃって……。あんなに小っちゃかったのにね)

 

 

 リボンズが刹那を見出したとき、ヒリングたちもそこに居合わせていた。その頃の少女と、眼前にいる刹那の姿を重ね合わせる。胸の奥から、じわじわと何かが込み上げてきた。

 親戚の子どもの成長を実感したような気分、とは、こういうことを言うのだろう。刹那を見出した本人だったら、その気持ちの高ぶりはどれ程のものだろうか。その喜びは計り知れない。

 ヒリングの隣にいたリヴァイヴは、あんパンと牛乳を片手にその光景を見守る。シャーロック・ホームズを彷彿とさせるコートと帽子を被ったリヴァイヴの姿は、意外と様になっているように見えた。

 

 “中世の探偵が、現代日本における警察の張り込みアイテムを持っている”という点には突っ込んではいけない。

 ヒリングは素知らぬ顔で、ジャムパンとフルーツ牛乳を口に運んだ。

 

 

「ニール・ディランディはガンダムマイスターだった」

 

 

 相変わらずの仏頂面で、刹那は淡々と話を続ける。彼女の言葉を聞いたライルの表情が困惑顔になった。

 

 

「彼は、ガンダムに乗っていた」

 

「なんだよ、その『乗っていた』って。……まるで、兄さんが死んだみたいな言い草だな」

 

 

 ライルの言葉に、刹那は真顔のまま頷いた。「兄さんが、死んだ?」――ライルは鸚鵡返しする。

 彼は苦笑した。刹那の言葉を信用していないようだ。本当のことを、ヒリングとリヴァイヴは知っている。

 

 ニール・ディランディは生きていた。4年前の戦いの後、悪の組織に身を寄せていた。思念増幅師(タイプ・レッド)として目覚めたニールは、時たまテレポートを暴発させている。

 テレポートが暴発するのは、ライルに物理的な危機が迫っているときばかりだ。ヒリングたちがアニューの件でライルを粛せ――ちょっと“お話”しに行ったことが一番分かりやすい例えであろう。

 今から数日前――もとい、コロニー・プラウドでの反政府デモが発生した日も、ニールはライルの危機を感じ取って、能力を駆使して弟を助け出していた。代わりに、再生医療を駆使して全治数週間の重傷を負い、医務室送りとなっている。

 

 一応、ニールがライルの前に姿を現す度に、自分たちや同胞たちが認識や記憶の改竄を行っている。だから大丈夫なはずなのだ、本当は。

 

 しかし、ライルは鼻で笑った。

 刹那の言葉を妄言だと切り捨てるかのように。

 はっきりと、ライルは言ったのだ。

 

 

「何言ってるんだ。兄さんはこの前、覆面を付けた暴漢に襲われていた俺を助けてくれたんだぞ?」

 

「なんだって!!?」

 

 

 刹那は思わず目を剥いた。ヒリングとリヴァイヴもだ。ライルは頷く。

 

 

「そのときに酷い怪我をしてな。俺が救急車を呼んだんだ。だから、兄さんが死んでるなんてあり得ないんだよ」

 

「そんな、バカなことが……!!」

 

 

 あまりの展開に、刹那は愕然としていた。4年前に死んだと思っていた人間が生きていた訳だから、その驚きは当然のものだ。パニックになってもおかしくはない。

 衝撃的な話を理解しようとしている刹那の脇で、何か引っかかったようにライルが目を瞬かせた。顎に手を当て、必死に何かを思い出そうと唸る。

 

 

「……あれ? そういえば、あの救急車、病院の名前が書いてなかったような……?」

 

 

 それを皮切りに、ライルの記憶は鮮明に当時の出来事を思い浮かべたらしい。ライルの様子に、刹那は目を瞬かせた。

 

 

「……は?」

 

「しかも、俺が電話したら、『近くにいるので拾いに行きます。30秒くらいで到着しますから、安心してください』とか言ってた……――ッ!!!」

 

 

 ライルは完全に思い出したようだ。眼球が飛び出るのではという勢いで目を見開き、状況の不自然さに(おのの)く。サイオン波による認識改竄を、彼は振り払ったのである。

 認識改竄を振り払う原動力になったのは、兄を想う弟の心だ。もっと俗っぽく言い換えれば、完全なブラコン魂だった。人間の繋がりは、ときに凄まじい力を発揮する。

 顔を真っ青にしたライルと、話の内容から恐ろしい予感を覚えた刹那が顔を見合わせた。兄が/仲間が生きていて、何者かによって拉致されてしまった――戦慄するのは当然だ。

 

 

<どうしよう、どうしよう。兄さんが、兄さんが!!>

 

 

 つい先日、ヒリングやリボンズたちが叫んでいた言葉をよく似た内容を心の中で叫び散らしながら、ライルは頭を小刻みに振るわせた。

 刹那も真剣な面持ちで頷き返す。彼女は懐からデータを取り出した。カタロンのアジトも危険だという胸を告げて、彼の手にそれを握らせる。

 

 

「あの様子だと、思った以上にすんなり仲間に加わるんじゃない?」

 

「これで、奴はソレスタルビーイングと合流することになるか。確か、アニューもあっちにいるんだったね」

 

「もしかしたら、それを見越して、プラウドの方は救助に行かなかったのかも」

 

 

 双眼鏡を外し、ヒリングはリヴァイヴに話しかけた。リヴァイヴも、最後の1口になったあんパンと牛乳を流し込み、頷く。そうして、間髪入れず脳量子波とサイオン波を展開した。

 

 

<ブリング! デヴァイン! 救急車の病院名はちゃんと書いておけって言ったじゃん!>

 

<電話対応もだよ! 『近くにいるので拾いに行きます。30秒くらいで到着しますから、安心してください』はアウトだっての!! 待ち構えてたのがバレバレだろ!>

 

<すまん>

<すまん>

 

 

 2人の突っ込みに、違和感の戦犯であるブリングとデヴァインが申し訳なさそうに謝罪した。認識改竄は便利な力だけれど、完全に無敵ではない。

 何らかのきっかけがあれば、記憶や認識改竄が解除されてしまう。強い精神力を持つ人間や、サイオン波を有するミュウなら、打ち破ることができる。

 あるいは、関係する対象に強い思い入れがある場合だろう。ライルが己に施された記憶および認識改竄を打ち破ったのは、ニールを大切に想う心が強かったためだ。

 

 兄弟の絆を、ヒリングは考える。――自分たちも、そんな風に。

 

 ちょっとだけ羨ましさを感じながら、ヒリングは別の方へと回線を繋いだ。

 リボンズと一緒にヴェーダへ居残りしているリジェネにだ。

 

 

<で、僕らが悪の組織関係者であることをカモフラージュするための布石は? どんな感じになってるの?>

 

<ダミー会社設立までもうちょっとかな。アロウズが有するコンピューターからハッキングされてもばれない数値や実績が必要だから、結構難航してるけど……>

 

 

 リジェネは眼鏡のブリッジに手を当てて、深々とため息をついた。

 

 

<徹夜デスマーチが祟ってるのか、ちょっと言動と手段がアレなことに……>

 

<腹が立ったから、とりあえず嫌がらせに株価暴落させよう。アレハンドロからパクった財産もあることだし、仕込みは上々。……あんの糞野郎ども、どんな顔をするのかな? 想像するだけで楽しみだよ。……ふふ、フハハハハハ!>

 

 

 聞こえてきたリボンズの声に、ヒリングとリヴァイヴは頭を抱えた。長兄は相当疲れ切っているらしい。

 こういうときこそ、弟/妹である自分たちが何とかしなければならないのだ。

 2人は顔を見合わせて頷き、広場を後にしたのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 宇宙(そら)を臨む中庭に、見知った相手を見つけた。

 

 イデアは憂いに満ちた眼差しで端末を見つめている。今にも泣き出してしまいそうな横顔だ。

 思わず、クーゴは声をかけるのを躊躇った。中途半端に伸ばした手が、宙を彷徨う。

 

 

「ああ、クーゴさん」

 

 

 クーゴの気配を機敏に感じ取ったようで、イデアはこちらを振り向いた。貼り付けたような笑顔を浮かべる。それが、とても痛々しい。

 

 

「隣、座ってもいいか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 

 許可を得たので、クーゴはイデアの隣に腰かけた。幾何かの間、何とも言い難い沈黙が辺り一面を包む。

 何かいい話題を提供できたら、この空気を打破できるのではなかろうか。考えてみたが、何も浮かばなかった。

 

 

「悪の組織技術者が、アロウズの収容施設に囚われているのは知ってますね?」

 

「ああ」

 

「さっき、データが送られてきたんです。グラン・マが捕まっている施設の場所と、同じ施設につかまっている人々の一覧なのですが」

 

 

 イデアはそこまで言って、言葉を切った。

 

 何かを躊躇っている様子だった。クーゴに言うことではなく、それをイデアが口にしていい言葉なのかと悩んでいるように見える。

 最終的に、彼女は無言のまま端末を差し出した。それを覗き込む。データは、名前だけではなく、顔写真も一緒に表示されるようだった。

 ベルフトゥーロの他には、解体されたアザディスタンの元王女マリナも勾留されているようだ。画面をスクロールして、クーゴはふと手を止めた。

 

 ソレスタルビーイングのガンダムマイスター、という文章に目が留まる。顔写真に映し出された青年の姿には、どこかで見覚えがあった。虚憶(きょおく)で何度も遭遇/共闘した青年だった。名前は、アレルヤ・ハプティズム。

 嘗ての古巣に所属していた仲間のことを大切に想うイデアだ。悪の組織の技術者だけでなく、アレルヤという青年のことも助けたいのだろう。ただ、彼を助けるということは、必然的に古巣と接触しなくてはならないということだ。

 

 

「……私は、彼を、助けたい、です。でも、……みんなと会うことは、できない」

 

 

 絞り出すような声で、イデアは言葉を紡いだ。

 

 

「どの面下げて、会えばいいのか……わからないんです。化け物、って、言われるかもしれないって思うと……」

 

 

 ぽつぽつと零れる声を、クーゴは静かに聞いていた。震える声を、聴き続けた。取りこぼしてしまわぬよう、気を付けながら。

 

 

「私の母は、人間が同胞を嫌悪し殲滅する現場を目の当たりにしていました。人間によって、故郷を滅ぼされた現場を目の当たりにしていたんです。……その話を、その歴史を、私に語って聞かせてくれました」

 

「もしかして、ナスカの子どもたち、か?」

 

 

 クーゴの言葉に、イデアは小さく頷いた。

 

 ナスカの子どもたち――『Toward the Terra』で、ミュウたち安住の地になるはずだった惑星、ナスカで生まれた10人の子どもたちだ。彼らはみな荒ぶる青(タイプ・ブルー)の能力を有しており、対人類戦ではその力をもってして青い星(テラ)への道を切り開いたという。

 10人の子どもたちは、自分の故郷が滅ぼされる現場を目の当たりにした。人類軍によって、家族や幼馴染を殺されるという凄惨な体験をした。人間への憎しみや怒りを抱えながらも、未来のために人類と共に生きることを選択したのだ。尊敬する相手から託されたとはいえ、共生を選ぶのに、どれ程の葛藤を必要としたのだろうか。

 

 

「この惑星(ほし)で生きる人類が、母の言っていた人類とは違うということは分かっています。刹那やソレスタルビーイングの面々も、母の言うような人類とは違うんだって、信じたいです」

 

 

 でも、と、イデアは弱々しく呟いて目を伏せる。膝の上で握り締められた拳が、小刻みに震えていた。“信じていた/信じられると思えた相手から、化け物と言われ恐れられた”――その痛みに、イデアは押しつぶされかけている。

 痛みから身を守ろうとするのは当然のことだ。逃れようとするのも、当たり前のことである。振り返ったら、恐怖が待っていると思っているためだ。逃げて、逃げて、イデアはどうにか平静を保っている状態なのだろう。

 彼女は頑張った。昔もだし、今だって頑張り続けている。ままならない己に嫌悪して、前を向けない己を赦せないでいる。イデアが今欲しているのは、一歩踏み出す力なのだ。その方向性が何であれ、新しい一歩を踏み出す勇気。

 

 あるいは――安心して踏み出せるような、心の拠り所。

 

 悪の組織が、それに値しないわけじゃない。イデアや彼女を取り巻く人々だって、重々理解している。

 途方に暮れたイデアは、身動きが取れないでいた。それを責めることなど、誰もできやしないのだ。

 

 

「逃げてもいいと思うよ」

 

 

 馬鹿正直に向かい合うことだけが、正義ではない。状況を打破するための、絶対的な正解ではない。三十六計逃げるに如かずとも言うではないか。

 絶対的な困難(しょうがい)から距離を取り、冷静に確認してみてこそ、初めて分かることもあるだろう。

 1人で向かい合うことより、複数の人間と一緒に問題を見直すことも解決の糸口になるかもしれない。クーゴは、嘗ての日々を思い浮かべた。

 

 

『何を考えているのかは知らないが、そんなに悲観することはないぞ。私はいつだってキミの親友だからな』

 

『そうだよ。キミが何になってしまっても、僕たちは最後まで親友だよ』

 

 

 そう言って、笑ってくれた親友たちがいた。

 

 

『副隊長、大丈夫ですよ。我々もサポートしますから』

 

『役として不足かもしれませんが、お手伝いさせてください』

 

 

 そう言って、頷いてくれた仲間たちがいた。

 

 身動きができずにいて、身を守ることに必死だから。

 イデアは、後ろから響く声に気づいていない。

 

 

「でも、そうする前に、もう1度だけでいいから、振り返ってみてもいいんじゃないかな? ――キミを呼ぶ、ソレスタルビーイング(かれら)の声に」

 

「…………」

 

「逃げるのは、それからでもいいと思う」

 

 

 イデアは怖々とした表情でクーゴを見上げてきた。滲むのは、言葉にできない恐怖と不安。

 まるで、迷子になった子どもみたいだ。どこにも行く当てがなくて、途方に暮れるしかない。

 クーゴはイデアの手に己の手を重ねる。――嘗て、己の命を救い上げてくれた手だ。

 

 今度は、自分の番。

 

 

「……そういえばさ、ベルフトゥーロ氏が捕らわれてる施設の場所ってどこだっけ」

 

「ええと、ここですけど」

 

 

 藪から棒に問いかけられたイデアは、目をぱちくりさせながら端末を指示した。その場所を確認し、クーゴは自分の端末を起動させた。

 配属されている人間たちのリストを確認する。大義名分になりそうなものは何もない。ならば、でっちあげるまでだ。クーゴはわざとらしく声を上げる。

 

 

「ハワードたちの部隊、今度はここに転属するらしいんだ。あのとき、言葉を交わすことはできなかったけど、今回はチャンスがあるかもしれない」

 

 

 イデアがじっとクーゴを見上げた。彼女の眉が顰められる。クーゴの真意を探ろうとしているかのようだ。

 伊達に250歳以上300歳未満、クーゴの言葉の真偽を見抜くなんて簡単なことだろう。なんだか居心地が悪くなってきた。

 澄み切った水面のような双瞼が、自分の姿を映す。居たたまれなさを感じて、クーゴは思わず目を逸らした。

 

 幾何かの沈黙の後で、イデアが小さく噴き出した。

 

 ふふ、と、彼女は笑いをこぼす。突然笑い出したイデアだが、クーゴは別に何かしたわけではない。

 何事かとイデアを見れば、彼女は目元に薄らと何かを浮かべながら、花が綻ぶように微笑んだ。

 

 

「クーゴさんは、やさしい人ですね」

 

 

 秋桜(コスモス)の柔らかな香りが鼻をくすぐる。イデアの周囲が、きらきら輝いているように見えるのは何故だろう。

 

 

「貴方のそういうところ、好きです」

 

「ありがとう」

 

 

 褒められるというのは、悪い気はしない。ただ、少々照れくささを覚える。クーゴは柄にもなくはにかみながら、髪を掻いた。

 イデアはほわほわした笑みを浮かべている。先程まで影を落としていた表情はもうない。これで一安心だ。

 

 

「そこのご両人。話がまとまったみたいで何より」

 

 

 茶化すような声が聞こえて振り返れば、エイミーが悪い笑みを浮かべていた。ロックオンとの語り合いは終わったらしい。

 

 中庭の外からざわめく思念が聞こえる。エイミーが艦長を務めるホワイトベースのクルーたちだ。確か、ベルフトゥーロがいる施設に勾留されている悪の組織技術者たちの救出任務を行う班だった。

 ベルフトゥーロは、ちょっとした用事を片付け次第の合流となるらしい。彼女が大人しく救出されるような人間ではないとは、4年間の付き合いで、クーゴは嫌と言う程身につまされている。エイミーも察している様子だった。

 近隣まで向かうということなのだから、同行するんだろう? と、エイミーの目は問いかける。イデアとクーゴは間髪入れず頷き返した。作戦開始時間までは、まだ時間がある。作戦に向けた準備をしなくては。

 

 クーゴとイデアは、準備をするために立ち上がる。

 吹き抜けた天窓の向う側に、満天の星空が広がっていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 アロウズ本部の空は快晴だ。薄ら暗い世界の動きなど全く知らぬ民衆のように、穏やかな天気である。ミスター・ブシドーは、太陽の眩しさに目を細めた。

 

 目の前にある談話スペースでは、何名かの軍人が話をしていた。1人は眼鏡をかけた知的な女性――AEUが誇る戦術予報士、カティ・マネキンだ。その向かい側にいるのは、人革連の荒熊/セルゲイ・スミノルフの息子――アンドレイ・スミノルフである。

 先程、人革連の超兵と呼ばれた乙女――ソーマ・ピーリスとすれ違った。ユニオンが誇るエイフマン教授の後継者であるビリー・カタギリも招集されている。各陣営のトップガンや名指揮官、および技術者を集めるとは、ホーマー・カタギリ司令の仕事が早い。流石の手腕と言えよう。

 

 

(……いや、手回しや根回しは、カタギリ司令だけのものではないな)

 

 

 “アロウズの裏の、更に深淵”にどっぷりと浸かっているブシドーは、ホーマーの後ろにいるであろう黒幕の存在に気づいている。……当然か。自分自身が、その黒幕の手駒の1つなのだから。ひっそりと自嘲する。

 アロウズという組織も、ライセンサーという立場も、ブシドー――否、嘗てのグラハム・エーカーを閉じ込めるための檻に過ぎない。自分は“翼を奪われた鳥”と同じようなものだ。もう、飛ぶことすらままならない。

 鳥籠のような窓から見た空は、幼い頃に憧れたときと同じ青が広がっている。遠くの方に、白くたなびく飛行機雲が見えた。変わらない景色と、変わらざるを得なかったブシドーの姿。ああ、なんて皮肉なのだろう。

 

 それでも、ブシドーの眼差しは、空の向うに向けられていた。正確に言えば、どこかの空/宇宙(そら)を翔けているであろう、青いガンダム/刹那・F・セイエイに。

 

 鳥籠に閉じ込められたブシドーにできることは、ただ見上げ続けることだけなのだ。

 ……もしかしたら、見上げ続けることも()()()しまうかもしれない。

 

 

「あー! ここにいたのかよ、オッサン!」

 

 

 背後から喧しい声が響いた。聞くだけで、耳に悪い子どもの声だ。躾のなされていない獣を思わせている。振り返れば、ライセンサーである少年――刃金(はがね) 海月(かづき)が苛立たしげに眉をひそめていた。

 親友と瓜二つの顔立ちであるが、海月の表情は、母親である刃金(はがね) 蒼海(あおみ)を連想させるような、憎たらしい顔をしていた。駒にされた直後は思わず睨み返すこともあったが、最近は対応するのも慣れたものだ。

 

 

「次の作戦、アンタも出るんだ。さっさと準備しろよ」

 

「ああ」

 

 

 ブシドーは返事をした。抑揚のない声だった。

 嘗ての仲間たちが聞いたら、驚くだろう。

 漠然と、ブシドーはそんなことを考えた。

 

 背後から声が聞こえる。ちらりと視線を向ければ、アンドレイと刃金(はがね) 星輝(せいき)が派手に言い争いをしていた。それを諌めたカティと刃金(はがね) 厚陽(あつはる)だが、何を思ったのか、厚陽はカティに対して、ふてぶてしくもどこか悪い笑みを浮かべた。

 

 

「僕たちのことに口出ししないでくださいね。殺してしまうかもしれませんよ? お、ば、さ、ん!」

 

「なっ――!!」

 

「あはははははははははっ!!」

 

 

 カティが厚陽に何かを言い返そうとしたが、それよりも早く厚陽と星輝は駆け出した。軍に場違いな程、明るく騒がしい子どもの声が響き渡る。この状況を()()()()()()()()人間は何人いるだろうか。その中の筆頭になりそうな面々――カティとアンドレイは苦々しい表情で少年2人の背中を睨みつけた。

 海月はその後を追いかけようとして、ブシドーの方に向き直った。「あと、か――()()()()が呼んでるぞ。ちゃんと行けよ」と言ってこちらを睨み返した。「ああ」と、ブシドーは抑揚のない声で答える。海月は舌打ちしたのち、駆け出した。

 

 少年の後ろ姿を無感動に見送る。何かを感じるのは、もうやめた。――でなければ、地獄が延々と繰り返されるためだ。

 重苦しい息が零れた。動くのが億劫で仕方がない。体を引きずるようにして動き出そうとしたら、刃金3兄弟の被害者たちと目が合った。

 こちらを心配するような眼差しに、ブシドーは苦笑で答える。ほとほと困っているんだ、と、言葉にする代わりに、小さく肩をすくめた。

 

 

「ミスター・ブシドー。貴殿は……」

 

「何も言わなくていい。……もう、慣れた」

 

 

 カティの表情が曇ったが、ブシドーは「もう触れるな」と手で合図を送る。カティはアンドレイと顔を見合わせたが、黙ることを選んでくれた。

 小さく会釈し、感謝の意を伝える。鉛のような体をなんとか動かしながら、ブシドーは目的地――指定された場所へと歩き始めた。

 

 『鳥は、帰る場所があるから/向かいたい場所があるから飛んでいける』という話を耳にしたことがある。今のブシドーには、そんな場所はない。見つめていたい場所/もの/人がいるだけだ。けれど、それが――ブシドーを世界に繋ぎとめる、大切な理由だった。

 

 懐から端末と藍色の扇を取り出す。端末についていたつがいのお守りが、澄み渡った鈴の音色を響かせた。離れた恋人同士の心を繋ぐと言われるお守り。

 “運命の赤い糸”という言葉がブシドーの脳裏に浮かんだ。刹那とはそれで結ばれていると、ブシドーは信じている。否、信じていたいだけだった。

 目を閉じる。刹那は、侮蔑の眼差しでこちらを見返していた。赤い糸なんて不確かな繋がりは、とうに絶たれているだろう。ブシドーは目を伏せた。

 

 

(……それでも、私は、キミを見つめていたい)

 

 

 ブシドーは藍色の扇を撫でながら、先日の一件を思い出す。コロニー・プラウドで起こった反政府デモと、4年前に壊滅したとされたソレスタルビーイング、およびガンダムの再出現。

 

 正体不明のMSを調査する独自任務を与えられたブシドーは、そこで青いガンダム/刹那の姿を見た。彼女が生きていたことに、途方もない喜びを覚えた。

 継ぎはぎだらけになってしまった記憶を必死になぞる。そうしているうちに、何か、ブシドーの脳裏に引っかかるものがあった。――ブシドーは、何かを忘れている。

 

 

「……他にも、誰かいたはずだ」

 

 

 確かな確証を持って、ブシドーは独りごちた。コロニー・プラウドでの反政府デモ鎮圧に向かった小隊の中に、見知った名前があったはずだ。第8航空部隊(オーバーフラッグス)の生き残りたち。ブシドーが人質に取られていた、大切な仲間だ。なのに――顔と名前が、出てこない。

 また奪われてしまった。ブシドーはぎり、と歯噛みした。この前は“自分が相棒だと認め、交流を深めていた親友”――クーゴ・ハガネのことを思い出せなくなりかけたばかりだというのに。彼の場合は――真に不本意だが――蒼海の顔を見て思い出せた。流石、双子である。

 

 

『ユニオンよ、俺は『還って』来た!!』

 

 

 はっとして、ブシドーは目を見張る。

 ああそうだ。あの場に現れたのは、ガンダムだけではなかった。

 フラッグの面影を宿すMSと、二度と聞けないと思っていた声。

 

 

『――旗は、見えるか?』

 

 

 蒼穹を思わせるような青い光と、宇宙に翻る旗を見た。国連軍とソレスタルビーイングとの最終決戦で、彼が撃墜されたときに見た光と同じものだった。

 光が途絶えたときの絶望感は今でも覚えている。それ故に、あの光を再び見たとき、どうしようもなく嬉しかったのだ。

 

 奪われていたものの一部を、取り戻した。ブシドーは安堵の息を吐く。大切な親友もまた、『還って』きた。

 

 大丈夫。まだ、ここに残っているものがある。グラハム・エーカーが失いたくないと願ったものだ。

 そうして――ミスター・ブシドーが『還る』ことのできない場所でもある。

 

 

(『還って』きてくれて、ありがとう。……これで私は、安心して進むことができる)

 

 

 ブシドーは、寂しげに微笑んだ。

 

 

(私は、『還れ』そうにないからな)

 

 

 もう、戻れない日々を想う。生きていた、と、実感できた時間を想う。ブシドーは扇と端末を握り締める。鈴の音が優しく響いた。

 ブシドーは前を向く。これから赴く場所は、思い出したくもない地獄が待っている。本当はこのまま逃げ出してしまいたい、けれど。

 

 ――これは、自分の戦いだ。

 

 重い体を引きずりながら、地獄へ向かって歩き出す。地獄の中にいても、空を見上げれば、緑色の光と青い光が見えるだろう。それを見つめることができるなら、きっと。

 本部の廊下を歩き、外に出る。予想通り、金と赤の豪奢な着物を身に纏った蒼海が待っていた。奴は意地の悪い笑みを浮かべ、手招きする。ブシドーは黙ってそれに従った。

 

 

 

*

 

 

 

 地獄の底から空を見る。綺麗な光が《視えた》気がした。

 多くのものがまた零れ落ちてしまったけれど、きっと、大丈夫。

 

 ブシドーはのろのろとベッドから体を起こす。真正面にある鏡に、濁った深緑の瞳が映し出された。体を引きずるようにしてシャワールームへ足を踏み入れる。

 

 手早く身支度を整える。体を洗い、制服を身に纏い、仮面をつけた。藍色の扇と、つがいのお守りがついた端末を懐へしまう。優しい鈴の音色が響いた。この音色に何度救われてきただろう。

 部屋を出て、ライセンサーの集合場所へと向かう。そのとき、ブシドーの端末が着信を告げた。ディスプレイに情報が提示される。アロウズの作戦行動に関する情報だった。

 画面に映し出されたのは、ソレスタルビーイングのメンバーが拘束されているとされる施設だ。厳重な警護態勢が敷かれている。それでも、仲間を救出するために、天使たちは姿を現すだろう。

 

 もしかしたら“彼女”も、そこに――ブシドーは大きく目を見開いた。

 “彼女”の名前が、思い出せない。その意味も、出てこない。また、自分は『奪われた』のだ。

 

 

「ッ――!!」

 

 

 何かに縋りつくように、ブシドーは端末を握り締めた。鈴の音色が響く。

 

 やはり自分は、『還れない』のだ。

 漠然とした確信が、そこにあった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「…………なんだこれは」

 

 

 刹那・F・セイエイは、まったくもって、どうしたらいいのかわからなかった。

 

 

「セイエイさん、知らないんですか? これは石破ラブラブ天驚拳といって、日本では“真の愛で結ばれたカップル、および夫婦のみが放てる”とされる、伝説の……」

 

「それは知っている」

 

 

 刹那の何とも言えないしかめっ面を見たミレイナ・ヴァスディが解説するが、欲した説明はそれじゃない。

 

 

「何故、プトレマイオスに風穴が開くんだ」

 

 

 刹那の問いを聞いて、下手人たち――沙慈・クロスロードとルイス・クロスロード夫妻、イアン・ヴァスディとリンダ・ヴァスディ夫妻、クリスティナ・シエラとリヒテンダール・ツェーリは、居たたまれなさそうに視線を逸らした。

 おそらくその現場を目の当たりにしたであろう2人――ラッセ・アイオンとスメラギ・李・ノリエガの精神状態は最悪だ。ラッセは「もうだめだぁ、おしまいだぁ」と延々と呟き、スメラギは「水でも酔っぱらえそうだわ」と不気味に笑いながら水をがぶ飲みしている。

 

 クロスロード夫妻がやった石破ラブラブ天驚拳無双の恐ろしさを、刹那はコロニー・プラウドの一件で間近に見た。

 殺傷能力を有するオートマトンを、一撃で木端微塵にする程の威力だ。壁の強度によっては、簡単にぶち抜けるレベルだろう。

 しかし、戦艦やコロニーに穴をあける威力は有してなかったはずである。刹那は風穴を見上げ、深々と息を吐いた。

 

 

「いや、その……カップル繋がりだから、いざというときの自衛手段に使えるんじゃないかなって思って」

 

「…………」

 

「…………ごめん」

 

 

 A級戦犯(いいだしっぺ)の沙慈が、視線を泳がせながら謝罪した。ルイスは苦笑いを浮かべて、別の方向を向いている。悪い、とは思っているらしい。

 

 幸い、プトレマイオスに開いた風穴は、短時間で修復できるものだ。下手人の1人であるであるイアン本人がそう判断したし、下手人たち全員が修理に協力するという。

 これ以上説教しても何も始まらないだろう。修理が送れるだけである。精神的打撃を受けてボロボロのラッセとスメラギを宥めすかし、次の作戦の準備に移るように進言した。

 

 面々と別れて、刹那は1人、休息スペースに腰かけた。目を閉じる。4年前まで繰り広げられていた、穏やかな日々が鮮やかに浮かび上がった。偽りだらけの4人が顔を合わせ、積み重ねてきた優しい時間。

 刹那にとってその日々/時間は、かけがえのないものだった。もう戻ってこないけれど、あの瞬間は、確かに未来を信じることができた。刹那は服に隠れたシェルカメオを表に出し、掌に乗せた。飛翔しようとする天使は、かすかな微笑を浮かべている。

 きらきらと青い光が舞う。その光に触れると、グラハムが朗らかに笑う姿が浮かんだ。刹那をすくいあげ、生かしている、優しい光だ。彼のような男がこの世界情勢を目の当りにしたら、きっと黙っていないだろう。刹那が愛した男は――グラハム・エーカーは、そういう奴だった。

 

 

(グラハム・エーカー……)

 

 

 追う者と追われる者でありながらも、確かに、刹那とグラハムは互いを信頼していた。お互いを想いあえていた。

 4年前の戦いの後、グラハム・エーカーという男は忽然と姿を消している。彼は今、どこで何をしているのだろう。

 

 刹那の思考回路を引きもどすかのように、小規模の爆発音が響いた。アロウズからの襲撃か、と、刹那はがばりと体を起こす。

 

 爆発音の元へ駆け込む。そこは、ライル・ディランディとティエリア・アーデがいる部屋だ。次の作戦で、ライルは、デュナメスの後継機であるケルディムのパイロットとして初陣を飾る予定でいる。

 扉を開けた先に広がっていたのは、派手に凹んだ壁と、床に手と膝をついてうな垂れるティエリアと、何とも言い難そうな顔をしているライルとアニュー・リターナーであった。ライルとアニューの拳が淡い光を放っている。

 

 

「ティエリア。これは……」

 

「もうだめだぁ、おしまいだぁ」

 

 

 お前はこんな性格だったかと小一時間ほど問いかけたいと思ったが、刹那は寸でのところで押し留まった。数分前に精神分析をしたラッセも、同じようなことを口走っていたからだ。

 凹んだ壁の下手人は、ライルとアニューだろう。この2人は所謂恋人同士だ。石破ラブラブ天驚拳の説明を思い出す。……ならば、この2人も、石破ラブラブ天驚拳を撃つことができるかもしれない。

 いや、実際に撃ててしまったのだろう。ティエリアは運悪く、その現場に居合わせてしまったのだ。石破ラブラブ天驚拳を目撃し続けたカタロンの構成員が精神的打撃を受けていたから、彼もそれと同じ状態に違いない。

 

 あの技は、1人身に対して凄まじい破壊力と精神攻撃性を有している。刹那も現在1人身であるが、精神的打撃は多くなかった。

 その理由はよくわからない。刹那は深々と息を吐いて、頭を掻いた。宥めすかすことができればよいのだが。

 

 

「何やら凄いことになっちまったな……」

 

「あらら……」

 

 

 ライルとアニューは、完全崩壊してしまったティエリアの様子に引いてしまった様子だった。刹那だって引いているのに。

 

 

「ティエリア、落ち着け」

 

「もうだめだぁ、おしまいだぁ」

 

 

 お前は本当にティエリアなのか、という言葉が喉元に引っかかった。刹那は全力でそれを飲み込む。

 遠くから熱っぽい少女の声が響いてきた。ミレイナの声だ。途端に、ティエリアは叫ぶのを止めて立ち上がる。

 その横顔は平静かつ冷徹な、普段のティエリア・アーデだった。華麗な変身っぷりである。

 

 しかし、刹那の目で見る限り、ティエリアは無自覚な様子だった。ならば、無理に指摘する必要もないだろう。あれは自分で気づくべき変革だ。

 こちらを通りかかったミレイナがティエリアに話しかける。先程の、石破ラブラブ天驚拳の一件だった。そこまで話し、彼女は壁に目をやって素っ頓狂な声を上げる。

 

 

「ロックオンさんとアニューさんも、石破ラブラブ天驚拳の使い手!? ってことは、強い愛で結ばれてるってことですか!? 素敵ですぅ!!」

 

「はは、まあな」

「ふふ」

 

「あぁ、いいですねぇ! 私もいつか、石破ラブラブ天驚拳を撃てるような相手に巡り合いたいですぅ……」

 

 

 頬を薔薇色に染め、ミレイナは遠い未来に思いを馳せた。ティエリアがぴくりと身体を震わせる。心なしか、彼の様子がそわそわしているように見えた。理由は、以前のリヒテンダールの言動と同じであろう。

 

 

(……何故だろう。まだ、増えそうな気がする)

 

 

 刹那は漠然と、そんなことが頭に浮かんでいた。

 何の気なしに、自分の掌に視線を向ける。

 

 ――掌が、淡く光ったような気がした。

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。




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