問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。


9.激おこぷんぷん丸

 

 S.D.596年。人類がジルベスター星系第7惑星と呼ぶこの惑星に、ミュウたちがナスカと命名して暮らし始めてから、3年の月日が経過した。

 ミュウたちが暮らす母艦――シャングリラの、とある部屋の前に、2人の幼子が佇んでいる。

 

 

「あいつはダメだ」

 

 

 夕焼け色の髪と瞳を持つ幼子は、敵意をむき出しにしてそう言った。

 

 

「あの男は、殺さなきゃいけない」

 

「でもさ、トォニィ。グラン・パがそれを赦すとは思えないよ?」

 

 

 夕焼け色の髪と瞳を持つ幼子――トォニィの言葉に、ベルフトゥーロは訝しみながら眉をひそめる。前を向き直れば、大きな扉が目に入った。

 この奥には、ナスカにやって来た人間の男が捕らわれている。ミュウが人類と“まとも”に接触するというのは珍しいことだと、仲間たちは言っていたか。

 古参のミュウたちは、「青い星(テラ)へ『還る』ための手がかりが手に入る」と息巻いており、尋問をもっと行うという。

 

 ミュウを率いる指導者(ソルジャー)であるグラン・パも、今回迷い込んできた人間の男を重要視している。グラン・パはこの男に対し、ミュウの生存権と安住の地を求めた。しかし、男は完全な“模範的人間”だった。奴は『然るべき手を使ってミュウを殲滅する』と宣言したためだ。

 奴は自然分娩で生まれたミュウの子ども――トォニィを目にして「気持ち悪い」と言ったような、人間の男である。トォニィが何かを危惧する気持ちは分からなくもない。ただ、ベルフトゥーロは、あの男を即刻抹殺する必要性があるとは思わなかった。今は生かしておくべきではないのか、と思っている。

 

 そんなベルフトゥーロの考えを読んだのか、トォニィはむっとした表情でこちらを睨んだ。

 

 

「ベルも、他の奴らと同じ考えなの?」

 

「うーん。正直に言うと、どうしたらいいのか分からないって感じ? グラン・パが『生かしておくべきだ』って言うならそうだと思うよ」

 

 

 ベルフトゥーロにとって、一番優先すべきことは家族及びグラン・パの判断である。

 彼らの判断は、ベルフトゥーロにとって“絶対”だ。トォニィにだって、同じことが言えるだろう。

 

 

「グラン・パがやらないなら、僕がやる」

 

「へ?」

 

「――そのために、僕はここに来たんだ」

 

 

 トォニィははっきりと言い放った。夕焼け色の眼差しは、扉の向こうにいるであろう人類軍の男へと向けられている。

 憎しみに満ち溢れた、どこまでも攻撃的な眼差し。揺らめいたのは、禍々しい輝きを宿す光だ。グラン・パと同じ、青い光。

 すべては、敬愛するグラン・パ――ジョミー・マーキス・シンのために。彼の根底にあるのは、その想いだけである。

 

 グラン・パを一番神聖視しているのはトォニィだった。そんな彼が、グラン・パの意見に対して異を唱えている。人類軍の男を生かしておくべきだという判断を「間違っている」と断じ、グラン・パに相談することも許可を得ることもなく、己の判断で、奴の命を取ろうとしている。

 

 

「ベル、僕たちには力が必要なんだ。グラン・パの理想を叶えるため、グラン・パがソルジャー・ブルーから託された使命を果たすためにも、今のままの僕たちでは力が足りない」

 

 

 トォニィの眼差しは真剣だった。そうして、自分の掌を睨みつける。幼子特有の、小さな掌だ。こんなちっぽけな手では、できることなどタカが知れている。

 彼の気持ちを理解したベルフトゥーロもまた、己の手の平に視線を落とした。大きな使命と理想を背負うグラン・パの手助けをするには、あまりにも無力だ。

 

 

「わかった。他のみんなにも、伝えておく」

 

「頼んだよ、ベル」

 

「任せといて!」

 

 

 互いの顔を見合わせ、頷き合う。ベルフトゥーロとトォニィは、成すべきことのために動き出した。

 

 トォニィが部屋の扉を開けたのと、ベルフトゥーロが仲間たちの遊び場に転移したのはほぼ同時だった。ベルフトゥーロの気配を感じ取ったエルガンが振り返る。

 遊んでいた仲間たち――イニス、アルテラ、タキオン、タージオン、コブ、ツェーレン、ペスタチオも、遊ぶのを止めてこっちに駆け寄ってきた。

 

 

「ねえ、ベル。トォニィ知らない?」

 

 

 アルテラがこてんと首を傾げる。可愛い顔をしているなぁ、と、ベルフトゥーロはついついにやけてしまった。

 エルガンが泣きそうな顔をしていたのが視界の端に映り、ベルフトゥーロは本題を切り出すことにする。

 真剣な顔つきになったベルフトゥーロに、仲間たちは何かを感じ取ったのだろう。神妙な表情で、ベルフトゥーロを見上げた。

 

 

 

 

 

 

 頭に浮かんだのは、遠い昔のこと。

 戦いなんて知らない幼子が、牙を砥ぎ始めたときの出来事だった。

 

 呻き声を上げる者たち――ソレスタルビーイングのクルーを見下ろしながら、ベルフトゥーロは力を振るった。ばちん、と派手な音を立て、拘束具が吹き飛ぶ。

 アロウズに拘束されていたときに着せられた服じゃあ格好がつかない、なんて考えつつ、椅子に座って足を組んだ。顎に手を当て、ベルフトゥーロは笑みを深くした。

 足の下から呻き声が響く。サイオン波に対する訓練を積んでいなければ、とてもじゃないが、この力に対抗することはできない。

 

 

<青い、光……!?>

 

<これって、まさか、イデアと同じ……>

 

 

 どこかから、若い男女の思念が漂う。この場で呻いている面々の声と比べてみるが、ここにいる面々とは違うようだ。

 

 

「ね、誰?」

 

「ッ!?」

 

「あの子を『化け物』って畏怖した奴」

 

 

 ベルフトゥーロは青い制服を着た女性――刹那・F・セイエイの胸倉を、サイオン波を使ってつかみ上げた。

 彼女はベルフトゥーロを睨んでいるが、サイオン波による力のせいで体の自由を封じられているため、それ以上は何もできない。

 圧力に苦しみながらも、刹那は訝しげに眉をひそめる。この様子だと、刹那はイデアを『化け物』と呼んだ人間ではないようだ。

 

 青い光を見ても、刹那はこの光の意味を理解していない。当てが外れたらしい。視線を巡らせれば、驚愕に目を見開いてこちらを見上げる男――眼鏡をかけた男と目が合う。

 確か、名前はイアン・ヴァスディ。ベルフトゥーロはイアンに無断で彼の深層心理に潜り込む。映し出されたのは、4年前の最終決戦。青い光がMDを消し飛ばす光景だ。

 

 

「よぉ若造。テメェ、あの現場にいたんだな」

 

「こ、この年で、若造って言われるとは思わなんだ……」

 

「何言ってんのよ。たかだか40年や50年弱しか生きてないんだから、まだ若造でしょう。――あ、人間は寿命が短いんだっけ。いけないいけない。じゃあ爺さんでも仕方ないのかなー」

 

 

 サイオン波の矛先をイアンに変える。刹那が床に縫い付けられたのと入れ替わりに、今度はイアンの体が宙に浮いた。

 

 

「人間、だと……!? 貴様、一体――っ!?」

 

 

 リジェネと同じ塩基配列を持つイノベイド――ティエリア・アーデが、ベルフトゥーロの物言いに違和感を感じたらしい。

 彼は敵意をむき出しにしながらこちらを睨みつける。悪役の気持ちがなんとなくわかるような気がした。ベルフトゥーロはニヤリと嗤う。

 

 

「それを、貴方が口に出すの?」

 

「!!」

 

 

 ティエリア自身も、おそらく、漠然とだけれど気づいているはずだ。自覚しているはずなのだ。己もまた、人間と呼べるようなものではないのだと。そうして、現時点では“そのことを口に出すべきではない”と分かっている。――嘗てのイデアと、同じように。

 

 押し黙ったティエリアを一見し、ベルフトゥーロは深々とため息をついた。

 このクルーの中の誰かによって、イデアは泣かされて帰ってきたのである。

 親友の忘れ形見を泣かされて、黙っていられるような性格ではないのだ。

 

 

「ヴェーダはどうして、イデアのことを『化け物』呼ばわりするようなバケモノたちを見出したのかしら。こんなのが計画の後継者だなんて知ったら、あの人――私の旦那、失望するだろうなぁ。何てったって、イデアの両親と私たち夫婦は親友同士だったし。あの子は――イデアは、私の親友から託された大切な忘れ形見ですもの。泣かせた奴らを赦しておけるわけないじゃない」

 

「あ、あんた、一体……」

 

「――ベルフトゥーロ・ティアエラ・シュヘンベルグ」

 

 

 ラッセ・アイオンが呻きながら問うてきたことに対し、ベルフトゥーロは厳かな声色で答えた。プトレマイオス中に激震が走る。

 シュヘンベルクという姓は、ソレスタルビーイングの面々にとって聞き覚えがあるものだからだ。創始者――イオリアと同じ姓。

 

 

「私の旦那様の名前は、イオリア・シュヘンベルグ。そして私は、アンタたちが『化け物』と呼んで恐れた力を持つ者たちを束ねる指導者でもある」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 嫌な予感が現実になった。しかも、かなり斜め上に飛んだ形で。

 

 頭の中に映し出される光景に、クーゴは戦々恐々としていた。割って入って止めるべきだと頭では分かっていたのに、身体はすくみ上ってしまったかのように動かない。

 ベルフトゥーロは女帝を思わせるような佇まいで、ソレスタルビーイングのクルーたちに尋問を続けている。サイオン波のこともミュウのことも、彼らは何も知らないのだ。

 おまけに、彼らはベルフトゥーロとイオリアの関係性を知ってしまった。その衝撃も相まって、クルーの中には動揺の波紋が広がっている。

 

 

「グラン・マ、やめて。やめてください! みんなに酷いことしないで!!」

 

 

 イデアが金切り声をあげて訴えるが、映像の中で嗤うベルフトゥーロに、彼女の声は届いていない様子だった。ベルフトゥーロは表情を変えることなく、面々を嬲っていく。

 嘗て、人類軍の戦艦や戦闘機を生身で沈めた“ナスカの子”/ミュウの牙。その名に恥じぬ力による蹂躙が、目の前で行われている。

 

 

「『忘れ形見を泣かせる奴は赦さない』って言ってる傍から、貴女がイデアを泣かせてどうするんですか!?」

 

 

 半泣き寸前のイデアの表情に突き動かされ、クーゴは思わず叫んでいた。渾身の叫びも、ベルフトゥーロを止めるには至らない。

 

 そのとき、部屋の中に茶髪の少女と少年が飛び込んできた。イデアがはっと息を飲み、怯えるように御空色の瞳を彷徨わせる。彼女の口が、声もなく誰かの名前を紡いだ。

 彼と彼女の姿には見覚えがある。イデアの手に触れたときに《視えた》光景で、イデア/こちらを畏怖の眼差しで見つめていた2人組だ。――だから、彼女たちはここへ来たのだろう。

 ベルフトゥーロも2人の存在に気づいた様子だった。何かを探るような鋭い双瞼が男女を射抜く。幾何かの沈黙の後、彼女は何かを察したようにため息をついた。

 

 

<あんたたちが、イデアを泣かせた張本人ってわけ>

 

 

 現在進行形で彼女を泣かせている張本人であるベルフトゥーロは、値踏みするように男女を見返した。

 青年も女性も、本当はこの場から逃げ出してしまいたかったのだろう。手が小刻みに震えている。

 

 己の罪に向き合うかのように、2人は頷いた。自分たちが悪かったのだと、血反吐を吐き出すようにして言葉を紡ぐ。

 

 

<あの子は……イデアは、私たちを助けてくれたんです。私たちを、命がけで守ってくれた>

 

<でも、俺たちは、イデアに酷いことしたんだ。……俺だって、イデアのこと、化け物だなんて言えるような立場じゃなかったのに>

 

 

 青年は己の手をじっと見つめる。女性の瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。

 

 

<イデアが死んだって思ったとき、凄く悲しかった。“どうしてあの子を呼び止められなかったんだろう”って、“どうして『化け物』だって怯えてしまったんだろう”って、ずっと後悔してた。あの子はヒトだったのに。あの子が仲間であることが、私たちにとって大切なことだったのに!』

 

 

 女性は自分の涙を乱暴に拭った。

 目が腫れてしまうのではないかと、心配になる勢いで、だ。

 

 

<……だから、プラウドで、イデアが生きているって分かったとき、嬉しかった。無事でいてくれたんだって、また一緒に戦えるんだって、……『還って』来てくれたんだって、そう思った>

 

<クリス……>

 

 

 隣にいた青年が、女性の名前を呼んだ。女性――クリスは涙を湛えた瞳で、真っ直ぐにベルフトゥーロを見返す。対して、ベルフトゥーロの目はどこまでも冷え切っていた。

 例えるなら、お涙頂戴モノのテレビ番組に対して無反応な人間の表情である。彼女の顔を見ていると、背中を走る悪寒がより一層激しくなったような気がした。

 普段のベルフトゥーロは、お涙頂戴モノのテレビ番組を見ると延々と泣き続けるタイプである。場合によっては、涙の流しようもない番組でも何故か泣き所を見つけて泣いているのだ。

 

 そんな彼女が、仮面のように冷たい表情のまま、微動だにしない。

 

 

<本音は?>

 

 

 クリスの言葉をばっさり切り捨てるかのように、ベルフトゥーロは問いかけた。

 鋭利な響きを宿したそれに、クリスと青年が身をすくませる。

 

 

<アンタたちが動き出した理由は、大体見当がつく。……だからこそ、“『化け物』としての力”が必要不可欠だってことでしょ?>

 

<違う! そんなことは、絶対にない!!>

 

 

 間髪入れず、この場にいた面々が異口同音でそう叫んだ。刹那も、眼鏡をした青年も、屈強な男性も、眼鏡をかけた黒髪の男性も、クリスも、茶髪の青年も、“イデアの力を目的として連れ戻そう”としている訳ではないのだと主張する。

 

 彼女たちが必要としているのは、イデアの『力』ではない。イデア・クピディターズという仲間なのだ。

 サイオン波によって凄まじい圧力を受けながらも、刹那たちは訴える。“大切な仲間だからこそ、イデアに戻ってきてほしい”のだと。

 クーゴはイデアに視線を向けた。彼女の葛藤が伝わってきて、何とも言えない気分になる。イデアの心は、大きく揺れ動いているのだ。

 

 クーゴの脳裏に、懐かしい仲間たちの姿が浮かぶ。

 ソレスタルビーイングの面々とは違うけれど、揺るがぬ絆があった。

 

 

『何を考えているのかは知らないが、そんなに悲観することはないぞ。私はいつだってキミの親友だからな』

 

『そうだよ。キミが何になってしまっても、僕たちは最後まで親友だよ』

 

 

(グラハム、ビリー)

 

 

 そう言って、笑ってくれた親友たちがいた。

 

 

『副隊長、大丈夫ですよ。我々もサポートしますから』

 

『役として不足かもしれませんが、お手伝いさせてください』

 

 

(ハワード、ダリル)

 

 

 そう言って、頷いてくれた仲間たちがいた。

 

 身動きができずにいて、身を守ることに必死だから。

 イデアは、彼らの言葉を信じることができずにいる。

 

 

「良い人たちじゃないか」

 

「!」

 

「どこからどう見ても、良い仲間たちだよ」

 

 

 クーゴの言葉に、イデアは目を瞬かせた。鬼気迫るような状況で、そんなことを言われるなんて思わなかったのだろう。現状を指さし、畳みかけるようにして、クーゴは言葉を続けた。

 

 

「……このまま、この光景を眺めていたら、取り返しがつかないことになると思う。…………ベルフトゥーロ女史は、本気だ」

 

「……」

 

「もし、彼女がキミの仲間たちに、危害を加えるなんてことになったら――……ッ!!?」

 

 

 次の瞬間、一際大きな呻き声が響いた。頭の中に映し出された光景に、変化が起きたのだ。

 めきめきと嫌な音が鳴る。ベルフトゥーロが、クリスの首をサイオン波で締めあげていた。

 クーゴの嫌な予感は最悪な形で的中したらしい。あのまま首を締められ続ければ――末路は明らかだ。

 

 クーゴはイデアの名前を呼んだ。彼女の顔は顔面蒼白を通り越している。口元が戦慄いた。ベルフトゥーロは止まらない。

 クリスが呻く。意識を保てなくなってきたのだろう。瞼が力なく降りていく。このままだと、本当にマズイ!!

 

 

「イデア、急げ!」

 

「……ぁ……」

 

「このままでいいのか!? 彼女はキミの仲間なんだろう!? キミは、すべてを賭して守った仲間を見殺しにするって言うのか!? ――そんなの、良い訳ないじゃないか!」

 

 

 クーゴの言葉に、イデアがはっとしたように息を飲む。

 

 

「だ……」

 

 

 イデアの口が動いた。恐れも悲しみも、全部振り切るように前を向く。御空の瞳に迷いはない。

 

 

「――ダメェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

 

 

 彼女の咆哮が高らかに響き渡った。コックピットから、イデアの姿が掻き消える。クーゴの頭の中に浮かんでいた光景に、イデアが現れた。サイオン波を駆使して転移したのだろう。その勢いのまま、青い光を纏ったイデアがベルフトゥーロへと突っ込んだ。

 青い光が爆ぜる。クリスが床に崩れ落ち、隣にいた青年がそれを支えた。地面に縫い付けられていた刹那たちが体を起こす。だが、光と圧力のぶつかり合いに、手出しすることはできなかったようだ。吹き荒れていた風が晴れる。

 サイオン波のぶつかり合いだ。シールドを纏って体当たりするイデアと、ベルフトゥーロの思念波が派手に火花を散らしている。力関係はベルフトゥーロの方が上だが、イデアも全力を注いでいた。じりじりと、ベルフトゥーロを押し戻していく。

 

 ばちん、と、何かが弾けた。ベルフトゥーロが飛び退り、イデアが仲間たちの前に立ちふさがる。突然現れた彼女の存在に、仲間たちは酷く驚いた様子だった。

 

 床に膝をついたベルフトゥーロは、目を丸くしてイデアを見上げる。

 光のない御空色の瞳は、真っ直ぐに敬愛する指導者を見つめていた。

 

 

<みんなに、手を出さないで>

 

 

 固い声だ。温和で朗らかなイデアからは想像できないくらい、ぴりぴりしている。

 

 

<いくらグラン・マであっても、私の希望(なかま)に害をなそうって言うのなら……>

 

 

 御空色の瞳には、強い決意が宿っていた。

 

 

<私が全力で、叩き潰します……!!>

 

 

 <大切な仲間だから>――イデアは絞り出すようにして紡いだ。彼女の掌に青い光が舞う。それは、温かさと冷たさという、相反するものを宿している。

 艦内だというのに、どこからともなく風が吹き始めた。刹那たちを守るように、あるいはベルフトゥーロに牙を向こうとしているかのように。

 

 ベルフトゥーロとイデアの間に火花が飛び散る。荒ぶる青(タイプ・ブルー)同士の頂上決戦だ。想像するだけで、この場一体が焦土になる予感しかしない。

 片や、全盛期は百艦以上の戦艦や戦闘機を撃墜した“ナスカの子”にしてミュウの牙。片や、一度に20機以上のMDを蹴散らしたソレスタルビーイングの守護神。

 どんなに穏便に済むように想像しても、やっぱり、この場が焦土になる未来しか見えなかった。どうやら、クーゴは想像力が足りないらしい。助けてくれ加藤機関。

 

 虚憶(きょおく)で敵対し、手を組み戦った加藤久嵩の姿が脳裏に浮かぶ。彼は無言のまま視線を逸らし首を振る。彼の部下である石神邦生も、乾いた笑みを浮かべた後に額を抑えた。だめじゃねえか。

 

 

(このまま彼女たちが戦い始めたら、収拾がつかなくなる……!!)

 

 

 2人の睨み合いと沈黙が、どれ程続いたのだろう。一瞬のことのように思えたし、長い時間のようにも思える。

 

 変化は唐突だった。ベルフトゥーロが小さく噴き出し、口元を抑える。

 何かを堪えているかのような、くぐもった声。――笑い声だ。

 

 

<え?>

<は?>

<ん?>

 

 

 イデアや刹那たちも、それに気づいたらしい。誰も彼もが怪訝そうに眉をひそめた。

 

 

<ふふ、ふ、ふふふっ。――はは、あっはははははははははは!!>

 

 

 ベルフトゥーロは盛大に大爆笑し始めた。気のせいでなければ、彼女の双瞼には薄らと涙の幕が張っている。なんだ、この状況。クーゴも唖然とするしかなかった。

 ひとしきり笑った後、ベルフトゥーロはイデアを見た。ミュウたちからグラン・マ(おばあちゃん)の愛称で敬愛されるに相応しい程、慈愛に満ちた眼差しが向けられる。

 獲物を駆る気満々だった獣が、いきなり戦闘態勢を解いたのだ。突如流れた穏やかな空気に、困惑するのは当然のことである。反応に困るのも、当たり前であった。

 

 周囲の反応をよそに、ベルフトゥーロは言葉を続ける。

 

 

<そこまで言って啖呵を切ったんだから、今更、尚更、『私は『還れ』ません』なんて言えないわよね?>

 

<――!!?>

 

 

 イデアがはっとして振り返る。後ろには、驚いたような顔をしながらも、イデアが自分たちを守ろうとしてくれたことに喜ぶ面々の姿があった。

 刹那たちの表情は、イデアがソレスタルビーイングへ戻ってくるものだと疑わない。むしろ、そう望んでいることは疑いようがなかった。

 

 <『還って』来て>と、クリスが言った。それを皮切りに、ソレスタルビーイングのクルーたちが、イデアへ「『還って』来て欲しい」と訴える。コロニー・プラウドでの遭遇/再会時から、ずっと『聞こえて』いた言葉たちだ。

 イデアは困惑した表情でその言葉を聞いていた。彼らの言葉に嘘がないことを本能的に感じ取ったのだろう。しかし、心についた傷は深い。その傷の深さは、相手のことが大切だったから/大好きだったからこそのものだった。

 大好きだったから、『化け物』と言われて哀しかった。大好きだったから、畏怖の眼差しを向けられたことが辛かった。大好きだったから、もう傍にいられないのだと思った。――1番の理由と、イデアはもう一度、向き合っている。

 

 

<――いいん、ですか?>

 

 

 か細い声が、部屋に響く。

 

 

<私は、ここにいても……貴方たちと一緒にいても、いいんですか……!?>

 

<勿論!>

 

 

 イデアの双瞼から涙が零れ落ちた。彼女の言葉を待っていたと言わんばかりに、クリスが飛び出す。クリスはその勢いのまま、イデアに思いっきり抱き付いた。

 それを皮切りに、次から次へとソレスタルビーイングのクルーたちが駆け出す。部屋の中にいた者たちがイデアを取り囲んだ。間髪入れず扉が開き、残りのクルーも突進する。

 

 誰も彼もが、イデアの名前を呼んでいた。彼女が『還って』来たことを喜んでいた。それ以上に、イデアもまた、ソレスタルビーイングに『還って』来れたことを喜んでいた。

 

 その光景を、クーゴとベルフトゥーロは眺めていた。正直、ああやって、仲間の元へ『還る』ことができたイデアが羨ましい。

 いつかクーゴも、あの光景と同じように、虚憶(きょおく)で見た青空の元へ――仲間たちと一緒に『還れる』だろうか。

 

 

「ベルさん」

 

<何>

 

「貴女、最初からこうするつもりだったんですか」

 

<……ふふ。あの子、昔から難儀なところがあったからね>

 

 

 クーゴの問いに、ベルフトゥーロはゆるりと目を細めた。そうやってイデアを眺めるその姿は、孫を見守るおばあちゃんそのものだ。やはり、グラン・マ(おばあちゃん)の愛称は伊達じゃない。

 

 案の定、彼女は楽しそうに笑いながらネタばらしをした。<私の言った通りだったでしょう>と得意満面の表情を浮かべる彼女に対し、刹那が何とも言えなそうな顔をしてベルフトゥーロを見返す。

 <本当に殺されると思った>、<目が本気だった>、<生きててよかった>というのは、ソレスタルビーイングのクルーたち全員に共通する意見であった。この光景を見ていたクーゴにだって、同じことが言えるだろう。

 とにかく、これでイデアは『還りたい』と願った場所へ『還れた』のだ。それはとても喜ばしいことである。クーゴは思わず表情を緩めた。泣き笑いの表情を浮かべるイデアの横顔を見つめていると、胸の奥が温かくなるような心地になった。

 

 

「イデア」

 

<はい?>

 

「よかったな」

 

<――はい。クーゴさんのおかげです>

 

 

 イデアに声をかければ、彼女は花が咲くような笑みを綻ばせた。クーゴも頷き、笑い返す。

 

 

<あれ? 社長じゃないですか! おまけにマリ――イデアまで!>

 

 

 話がひと段落したと思ったとき、部屋を覗きに来た女性が大きく目を見開いた。薄い藤色の髪の女性だ。彼女は悪の組織の制服を身に纏っている。

 しかも、この女性はベルフトゥーロと親しそうだし、イデアの本名――マリアネラ――も知っていた。ということは、技術者の中でも古参か、イオリア計画の中核に近い人物なのだろう。

 

 

<アニュー! ソレスタルビーイングに同行してたのね>

 

<はい! ……あ、リボンズさんたちが心配してたんで、ちゃんと連絡してくださいよ? 対物ライフル持ち出して暴れようとして、みんなに止められていたらしいですから>

 

<了解。話し合いが終わり次第、確実に連絡入れるわ>

 

 

 2人の会話を聞いていた(イデア以外の)クルーたちが目を剥いた。……これは、第2ラウンド開始の兆候である。クーゴは思わず遠い目をした。

 

 

(いつになったら、はやぶさと俺は休むことができるんだろうか)

 

 

 そもそも、プトレマイオスはどこへ向かおうとしているのだろう。行先不明の母艦の後を見失わないようにするのには、意外と気を使うものだ。

 クーゴとはやぶさは、暫くプトレマイオスに随伴し続ける羽目になった。着艦許可が出たのは、かなり時間が経過した後だったことを記載しておく。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……つまり、アンタはミュウと呼ばれる“外宇宙からの来訪者”を率いる指導者で、悪の組織の社長で、スターダスト・トラベラーを率いる総帥で、イオリア・シュヘンベルグの妻その人で、500年以上の時間を生き続けてきたと?」

 

「うん」

 

 

 ベルフトゥーロの説明を総合した眼鏡の男性――イアン・ヴァスディが天を仰いだ。それにしても、ベルフトゥーロの返事が軽すぎやしないだろうか。本当に、彼女が社長で大丈夫なのかと心配になってきそうだ。クーゴは乾いた笑みを浮かべて話を聞いていた。

 どうしてか、UXの虚憶(きょおく)で『本当は経営が苦手だったので社長辞める』と森次怜二へ社長業を押し付け、1番隊の隊長に収まった石神の笑顔が脳裏に浮かぶ。『あの笑顔を殴りたいと思うことがある』と森次が小さく零していたことを思い出した。

 彼が合法的に石神を殴る機会があったかどうかは不明だ。……気のせいか、どこかでは森次が誰かに『石神を殴ってよし』とゴーサインを出していたような光景が頭をよぎる。しかし、それはすぐに意識の彼方へと消えてしまった。閑話休題。

 

 現在、クーゴとイデアは、プトレマイオスの艦内にあるブリーフィングルームにいる。はやぶさの着艦許可が出て、真っ先にここへ通された。

 

 クーゴがはやぶさと水中で待ち惚けている間に、あらかたの説明は終わっていたらしい。クーゴがこの部屋にたどり着いたときにはもう、既に冒頭の台詞とやり取りが交わされていた。クルーの大半が頭痛そうにしている。

 彼らの気持ちは分からなくもない。クーゴだって、最初にミュウのことやイオリア計画の秘密を聞かされたときは唖然としたものだ。……多分、こういうのは、誰もが通る道なのだと思う。スケールの大きさ的に、だ。

 

 

「では、何故、ソレスタルビーイングは生み出されたんだ?」

 

「“来るべき対話”のため」

 

「“来るべき対話”? それは一体?」

 

「教えない」

 

 

 紫の制服を身に纏った眼鏡の青年――ティエリア・アーデの問いに、ベルフトゥーロは口を尖らせてそっぽを向いた。

 ティエリアの眉間に皺が寄る。こめかみに青筋が刻まれたあたり、彼の沸点は低めらしい。

 

 

「は?」

 

「連帯責任。イデアを泣かせた罰」

 

 

 「それくらいで済ませるんだから、安いものでしょう」と、ベルフトゥーロは胸を張った。実際そうだから文句は言えない。彼女程の能力を有していれば、この場にいる人間全員を血祭りに挙げるくらい訳ないのだ。

 サイオン波で首を締められた女性――クリスティナ・シエラや、ベルフトゥーロのサイオン波で地面に押さえつけられていた男性――ラッセ・アイオンがベルフトゥーロから視線を逸らした。気持ちはよく分かった。

 それでもティエリアは諦めない。「ヒントくらいよこせ(意訳)」と訴えながらベルフトゥーロと交渉していた。どこか必死な形相だったティエリアに何か思うところがあったのか、ベルフトゥーロはもったいぶるような口ぶりでこう言った。

 

 

「ヒントは……そうねー。“その理想形および縮図が、人間である貴方たちとミュウであるイデアの関係性”かしら」

 

 

 人間とミュウの関係性に、すべてのヒントが隠されている――。

 それが、“人類の革新”のために必要なことだと、ベルフトゥーロは言うのだ。

 

 同胞の特権で詳しい話を聞いたクーゴであるが、“人類の革新”が“何のために必要なのか”までは教えられていなかった。“来るべき対話”なんて、今初めて聞いたばかりである。イデアも、詳しいことは知らされていないという。

 

 

「……ねぇ、ティエリア。グラン・マが話してくれないからって、私たちを見つめても無理だからね? 私もクーゴさんも、詳しいことは分からないから」

 

「そうか……」

 

 

 ついに、ティエリアが諦めてくれた。深々とため息をついて、眼鏡のブリッジに手を当てる。見ていて居たたまれない気持ちになってくるのは何故だろう。

 不満そうな横顔をじっと眺めていたベルフトゥーロは、何か思いついたらしい。「その代わりに」と切り出す。

 

 

「そっちにウチの技術者や関係者を、サポート役として出向させるから」

 

 

 ベルフトゥーロはそう言って、端末を指示した。そこに浮かんでいる人数は8人だが、名前が表示されているのは5人だけである。残る3つはアンノウンと表示されていた。

 

 以前からプトレマイオスおよびソレスタルビーイングに同行していた技術者――沙慈・クロスロードとルイス・クロスロード夫妻、アニュー・リターナーの3名。今回から合流することになったMSパイロットに、イデア・クピディターズの名前があった。

 そこまでならばまだいい。問題は、次だ。クーゴは何度も端末画面に表示された名前を確認した。何度確認しても、目の前の光景は覆らない。眉間に皺を寄せてベルフトゥーロを見れば、彼女は「何が不満なんだ」と言いたげに――けれど満面の笑みを浮かべて首を傾げた。

 

 MSパイロット――クーゴ・ハガネ、搭乗機体はやぶさ。

 それが、クーゴにとっての大問題である。

 自分はただの居候なのに、いつの間に関係者になっていたのか。

 

 

「ベルさん」

 

「何?」

 

「あざとく小首傾げても無駄です。……何故俺が、悪の組織、及び、スターダスト・トラベラーの関係者扱いにされているんですか」

 

「違うの?」

 

 

 至極当然のことを語るようなベルフトゥーロの笑顔を、クーゴは訂正した。

 

 

「俺は居候です。友達を助けたら、元の古巣へ帰ります」

 

「居候先が変わるだけじゃない。問題ない問題ない」

 

「いや、ですが……」

 

 

 クーゴがなおも反論しようとしたとき、思念波が《聴こえた》。

 勿論、これもベルフトゥーロのものだった。

 

 

<それに、その友人を一本釣りできるでっかい餌は、目の前にいるでしょ>

 

「刹那を餌扱いせんでください!!」

 

 

 あまりの発言に、クーゴは思わず怒鳴っていた。

 そうして、大声でそれを口に出していたことに気づく。

 

 周囲から見れば、クーゴのそれは、“突然訳の分からないことを叫んだ変人”のように見えるだろう。それで済めばまだマシだった。

 

 

「……餌?」

 

 

 刹那が首を傾げた。しかし、彼女はすぐに“刹那=餌”という連想を発展させ、グラハム・エーカーへたどり着いたようだ。

 「餌……」と確認するように呟くその声色からは、疑問符は無くなっていた。刹那が顔を上げて、クーゴを見つめる。

 何かを問いかけるような強い眼差しに気圧され、クーゴは反射的に視線を逸らした。逸らしてしまった。

 

 刹那は何か確信したように、小さく息を飲んだ。

 その表情を視界の端に捉えたクーゴは、余計に気まずくなった。

 

 あの様子だと、刹那はグラハムの現状について何も知らない。彼がアロウズにいることも、仮面と陣羽織を身に纏い“ミスター・ブシドー”という名前で呼ばれていることも、人形同然の状態になっていることもだ。そして――クーゴの反応から、大体を察したのだ。“奴が大変なことになっている”と。

 

 

(――なんだろう。ひと波乱巻き起こりそうな気がする)

 

 

 何とも言えない予感が、クーゴの頭の中に引っかかっていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ところで、この艦はどこへ向かうんですか?」

 

「アザディスタンだ」

 

 

 クーゴの問いに答えたのは刹那だった。4年前の面影を残しながらも、顔つきは女性としての成長を遂げている。

 あれから4年が経過したということは、彼女は20歳(ハタチ)になったということだ。日本で言えば、成人していた。

 もう、酒や煙草に手を出せる年齢になったのだ。変化も色濃く表れる年頃である。月日の流れは早いものだった。閑話休題。

 

 アザディスタンと言えば、つい先日、アロウズによって解体されたばかりであった。以降、反政府派と連邦の諍いが絶えないという。アロウズの兵士や地球連邦軍政府の目が激しく光っていてもおかしくない。

 そんな危険地帯に、ソレスタルビーイングの面々は何をしに行くのだろう。今回の作戦――仲間の救出任務があるわけでもないし、危険へ飛び込むメリットが想像できなかった。クーゴは首をひねった。

 

 

「先程、アロウズの収容施設で保護した……」

 

「マリナ・イスマイール様の故郷よ。そして、反政府組織カタロンの力が強い地区でもあるわ」

 

 

 説明を続けようとする刹那を遮り、ベルフトゥーロが補足を入れる。

 

 マリナ・イスマイールは、アザディスタンの王女『だった』人物だ。地球連邦および治安維持部隊の介入を受けて国の解体が決まった際、彼女は王女としての資格を失っている。

 指導者を奪われてしまった旧アザディスタン関連国は、内戦の影響もあってバラバラになってしまった。しかしどの関連国も、連邦政府による統一支配に甘んじる気はないらしい。

 反政府武装組織の力が強く、特に、過激派のカタロンが急激に勢力を広めているという。同組織の支援によって、関連国たちは各地で連邦政府相手にゲリラ戦を行っているそうだ。

 

 

「この艦には私以外に、アロウズの収容施設から保護された非戦闘員であるマリナ様が同行してるの。でも、この艦に同行していると、嫌が応にも戦いに巻き込まれてしまうでしょう? ……それは、マリナ様にとってよろしくない事態なのよ。幸い、比較的落ち着いた地区もあるし、そこにはマリナ様が信頼できる人物が暮らしているわ。彼女は、その人物を頼るつもりでいるみたい」

 

「だから、“故郷であるアザディスタンに送り届ける”と。了解です」

 

 

 クーゴの返事を聞いたベルフトゥーロは満足げに笑った後、サイオン波を駆使して浮き上がった。車椅子がないため、サイオン波が彼女の移動手段となっている。この程度のサイオン波なら、特に体調を崩すようなものではないそうだ。

 彼女の背中が廊下の向こうへ消えた。間髪入れず、女性と話す声が聞こえてくる。この声の主がマリナ・イスマイールなのだろう。クーゴがそう思い至ったときには、既に2人の声は小さくなっており、やがて完全に聞こえなくなった。

 

 ブリーフィングルームを見回す。話し合いが終わって解散したためか、残っている人間の姿もまばらであった。

 

 

(さて、これからどうしようか)

 

「すみません! ちょっと質問があるのですが」

 

 

 手持無沙汰になった、と思ったときだった。不意に、声をかけられる。

 振り返れば、髪を2つに結び、黄色い制服を身に纏った少女――ミレイナ・ヴァスディがこちらを見上げていた。

 

 ミレイナの瞳は好奇心に満ち溢れている。きらきら輝く双瞼には、クーゴとイデアの姿が映し出されていた。

 

 

「ズバリ、お2人は恋人同士ですか!?」

 

 

 熱っぽい眼差しが向けられた。しかも、何やらとんでもない質問を投げかけられたような気がする。クーゴの頭は、一拍遅れて、ミレイナの質問の意味を理解した。

 恋人同士? 誰と誰が? 確認するようにミレイナの眼差しを辿れば、そこにいるのはやはりクーゴとイデアだった。つまり、ミレイナは、クーゴとイデアの関係について訊ねたのだ。

 「何を言っているんだ」と、クーゴは反射的に言葉を紡いでいた。当たり前のことを、当たり前に告げただけである。だから、胸が痛むとか、何かが込み上げてくるなんてあり得ない。

 

 

「俺なんかが恋人だなんて、イデアに失礼じゃないか」

 

 

 クーゴは苦笑しつつ、ミレイナに眼差しを合わせた。

 親戚の子を諭すように、言葉を続ける。

 

 

「彼女のような素晴らしい人には、もっと相応しい相手がいるはずなんだ。冗談や勘違いでも、そういうことは言っちゃいけないよ?」

 

 

 ミレイナは目を瞬かせる。そんな返事が返ってくるとは、まったく予想していなかったのだろう。え、と、困惑したような声を漏らし、クーゴとイデアを交互に見比べた。

 

 背後から視線が突き刺さってきたような気がして振り返れば、眉間に皺を寄せたイデアがクーゴを睨んでいた。一拍遅れて、彼女の思念が流れてきた。

 怒っている。理由は不明だが、イデアは強い憤りを感じているらしい。今までの会話に、そんな要素があっただろうか。クーゴには一切身に覚えがなかった。

 こめかみから汗が伝い落ちる。もの凄く、居心地が悪い。イデアの視線は容赦なく、クーゴを責め立てるかのように向けられた。変な空気に耐え切れなくなる。

 

 どうして、彼女は怒っているのか。

 どうしても、クーゴにはわからなかった。

 

 

「……イデア」

 

「なんでしょう」

 

「どうしてキミが怒るんだ?」

 

 

 単刀直入に問いかければ、ますますイデアの表情が曇る。怒りと悲しみがごちゃ混ぜになった感情が向けられた。

 「どうして」とイデアの口が小さく動く。彼女は何かを言ったようだが、その先は聞き取ることができなかった。

 光のない御空色の瞳は磨かれた鏡のようにクーゴの姿を映し出す。瞳の中の青年は、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 イデアの手が、クーゴの服の袖を握り締めた。控えめに、けれども強い力を以てだ。

 アンバランスなその様子に、クーゴは一瞬面食らった。間髪入れず、御空色の瞳にじわりと涙が浮かぶ。

 

 

「クーゴさんの、ばか」

 

「え」

 

「どうして貴方は、そんな風に、過小評価通り越してネガティブなんですか」

 

 

 そんなことを、言われた。今度こそ、もう、どうすればいいのか分からない。内心狼狽しながら、クーゴはイデアを宥めることにした。それ以外に、いい方法が見つからないためでもある。

 

 

「キミが怒るようなことも、涙を流すようなことも、何もないじゃないか」

 

 

 至極当然のことを、当然のように、当たり前のことを当たり前に告げただけだ。イデアが怒ったり、泣いたりするような要素なんてどこにもない。

 なのにどうして、彼女は怒るのだろう。どうして彼女は泣くのだろう。悲しいことなんて何もないのに、だ。

 

 幾何かの沈黙の後、イデアはクーゴの腕に顔を押し付けるようにして寄せてきた。かすれたような小さな声が、耳を打つ。

 

 

「貴方が、貴方自身のことを蔑ろにするからです。……貴方がそんな風に言われるの、私は嫌なんです。――例えその相手が、貴方自身であったとしても」

 

 

 そんなことを言われても、クーゴにはどうしようもない。

 

 

「……すまない」

 

「上っ面だけの謝罪じゃないですか、それ」

 

「わかってる。でも、ごめん」

 

 

 多分、自分を過小評価し続ける癖は一生治らないだろう。異様な贔屓と歪んだ憎悪の中で生きてきたクーゴには、それくらいが妥当な評価だと思っているためだ。

 「本来ならば、きっと、クーゴなんかよりも高い評価を得るべきだった人物がいたはずだ」――その考えは、ちょっとやそっとでは変わってくれそうにない。

 世の中には、クーゴのことを認めてくれる相手がいる。「キミは自分のことを過小評価しすぎだ」と苦笑していた親友たちの姿が脳裏をよぎった。

 

 自分自身を「ダメなもの」だと扱うことは、自分を信じ、認めてくれる人々を傷つけることになる。クーゴのような存在を見出してくれた人々に、何も悪いところなんてないのだ。

 彼らが信じたクーゴ・ハガネを、クーゴ自身が信じられなくてどうする。その想いに応えることが――もう少し、自分を誇ることが、彼らに報いる最良の方法ではないか。

 

 

(そう考えると、俺のために泣いたり、怒ったりしてくれる人がいるっていうのは、凄いことなんじゃないかな。……とても、大切なことなんだろうな)

 

<――そうだよ。大事なことなんだ>

 

 

 聞き覚えのある(聞き覚えの無い)聞き覚えの無い(聞き覚えのある)、誰かの《聲》。

 

 何かに安心したような――けれど、どこか寂しそうな調子の《聲》だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

<――そして、そういう人のことを、大切にするような人になってね。……そういうキミの在り方を、誇らしく思ってる>

 

 

 ……“誰か”に褒められた気がする。それが嬉しいし、誇らしい。

 それと同じくらい、クーゴのことを信じてくれるイデアと出会えたことが――()()()()()()()ことに、胸が熱くなる。

 

 なんだか照れくさくなって、クーゴは苦笑した。傍にいたイデアは何かを察知したように目を瞬かせ、改めてクーゴを見つめる。

 

 つられるようにして、イデアも微笑む。クーゴの気のせいでなければ、彼女の頬は薔薇色に上気しているようにも見えた。綺麗な笑みだな、と、漠然とそんなことを思う。

 何となくぎくしゃくしていた空気は元に戻ったようだ。先程までもの息苦しさや、変な空気はどこにもない。そもそも、どうしてこんな話になったのだろう? 忘れてしまった。

 そのタイミングを待っていたかのように、この場に場違いな音が響き渡った。その出どころは、クーゴとイデアの腹からだ。最後に食事を取ってから結構な時間が経っている。

 

 

「……あー」

 

 

 非常に居たたまれない。というか、恥ずかしい。クーゴは思わずイデアから視線を逸らした。

 とりあえず、こちらをじっと見ていた刹那とミレイナに、キッチンの使用許可を取る。2つ返事が返ってきた。

 

 「泣かせてしまった詫びをしたい」と、クーゴはイデアに声をかけた。キッチンの使用許可から、イデアは料理を連想したのだろう。ぱっと表情を輝かせた。そんな彼女を見ていると、なんだか心が温かくなるような気がする。

 

 さて、何を作ろうか。イデアにキッチンへの案内を頼みながら、クーゴは料理へ思いを馳せる。

 満面の笑みを浮かべたイデアが、幸せそうに料理を頬張る姿が鮮明に思い浮かんだ。

 

 

 

 余談だが。

 

 

「……セイエイさん、あれは……」

 

「どこからどう見てもバカップルだろう? まだ付き合ってすらいないんだぞ、あの2人」

 

「乙女の勘が狂いっぱなしですぅ」

 

 

 何とも言い難そうにした乙女2人がそんなことを漏らしていたことなど、クーゴとイデアは知らない。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 ミス・カイルス。

 クーゴたちが所属する部隊で行われた、美女コンテストである。

 

 石神からバカンスへ行こうと誘われたときから、なんとなく嫌な予感がしていた。戦艦で目的地へ向かうことになった話を聞いたときには、厄介ごとが起きそうな気配を感じていた。悪の組織関係者が“石神の協力者”として嬉々と同行してきたのを見たときから、愉快犯的な作為を感じていた。

 石神がバカンスを計画した理由を説明するときに一物抱えたような悪人面なんかするものだから、黒い笑みを浮かべて『真の目的とはミスコンである』と宣言されたとき、『悪人面で言う台詞じゃない』と突っ込みを入れたクーゴに非はないはずだ。

 その話を聞いた加藤と森次がスンとした真顔で石神を詰めにかかったが、最終的には石神に言いくるめられてしまったらしい。やれやれと肩をすくめて手を上げるジャスチャーをしていた。グラハムにぶん回されたときのクーゴも、きっとあんな感じなのだろう。

 

 

「森次くん、その恰好暑くない? 大丈夫? スポーツドリンク飲む?」

 

「ああ、ありがとうございます」

 

 

 スーツで完全武装している森次玲司の様子を見るに見かねて、クーゴはスポーツドリンクを差し入れた。森次は一礼してペットボトルを受け取り、水分補給を行う。

 

 他の面々は水着や薄着になっている中では、黒いスーツで完全武装している森次は非常によく目立つ。同じくらい目立っていたのはゼロだった。ゼロの方には宙継が差し入れをしていた。

 前者はスーツ、後者は仮面とマント。衣服や小道具の殆どが黒基調の長袖長ズボンだ。黒は熱を吸収しやすい素材なので、大分しんどいだろう。特に後者は、絵面的な問題も関わって来るから猶更だ。

 

 

「仮面とマントを死守した状態で水着や薄着……どんな格好でも、どう考えてもイメ損にしかなりませんよね……」

 

「……宙継。この前、“キミにとって大切な書類”にジュースを零してダメにした件、やはり許していないんだな……?」

 

「え? だって、熱中症になって倒れちゃったら大変じゃないですか。今回はもう間に合わないけど、酷暑対策した服作ってもらえないか相談しに行ってきます」

 

 

 宙継が踵を返して走り去っていく姿を見送ったゼロは、何とも言い難い雰囲気を漂わせている。クーゴは苦笑した。

 

 

「自慢の■■だよ。俺には勿体ないくらいの」

 

「それは、お前が■■としての役目を果たしているからだろう」

 

「……だといいなァ」

 

 

 クーゴがぐだぐだ考えているうちに、ミスコンはどんどん進んでいく。教師コスプレが速着替えで水着に変化したり、無人機が襲撃してきたので撃退したり、アイドルが水着で出てきて三角関係大炎上したり、無人機が襲撃してきたので撃退したり、アイドルファンが露骨な贔屓に走ったり、無人機が襲撃してきたので撃退したり。

 途中で挟まる出来事――無人機の襲撃が、普段の日常と大差ないように思うのは何故だろう? 地球の敵と戦いを繰り広げてきたためなのか。自問自答をしている間にも時間は流れ、ミスコン進行と無人機撃退を繰り返し、やって来た乱入者(くろまく)も追い払い、休暇なのに休暇じゃないバカンスは過ぎていく。

 

 夏の日差しが眩しい。いや、原因はおそらく、ミスコンで盛り上がる熱気とか、ミスコンで披露されるアレなアレとかだろう。

 それに見惚れてパートナーからぶん殴られる男性陣とか、落ち込んで裏方でぐちぐちやってる女性陣とか、悲喜こもごもだ。

 

 

「ロックオン、最ッ低……!!」

「待ってくれフェルト! これは誤解だァァァァァァァ!」

 

「ライルが、ライルが浮気したァァァァァァァァァァ!」

「待ってくれアニュー! これは誤解だァァァァァァァ! お前の家族にも説明させてくれェェェェェェ! 俺死ぬ、確実に殺されるゥゥゥゥゥ!」

「待てコラ、ライル・ディランディィィィィィィ!」

「可愛い妹分を泣かせやがってぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「貴様の罪を数えろォォォォ!」

「天誅だ!」

「粛清する!」

「DNAを残さないレベルで頑張ってみようか。これは、リボーンズキャノンを使わざるを得ない案件だな」

 

「眩しいわね、アレルヤ」

「そうだね。でも、僕にとって一番眩しいのはマリーだよ」

「アレルヤ……」

「マリー……」

 

「アーデさんの馬鹿ー! 女装で可愛いなんて悔しいですぅー!」

「ちょっと待ってくれ! 山下は!? 彼はいいのか!?」

「私よりも可愛いアーデさんなんて、アーデさんなんて……っ! 大好きですぅぅぅぅうわぁぁぁぁぁん!」

「待ってくれミレイナ、僕もキミが大好きだァァァァァァァァァ!!」

 

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!!!」

「貴方、みっともないわよ。人の恋路を邪魔する奴はって言うじゃない」

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアー……ッ」

 

 

 喧騒が聞こえる。

 

 審査員に抜擢されたことで壇上に上がり、美女を見てデレデレしていたストラトス兄弟。そんな彼らの姿は、お互いの恋人から顰蹙を買ったらしい。特に弟は悲惨で、彼の背後には妹分を想う家族が獲物を構えて迫っていた。スイカ、スイカ割り用のバット、氷で作られたジョッキ、サメの形をした浮き輪、釣竿、ロケット花火等、凶器は様々である。

 端の方では、「ミスコンなんてどうでもいい。キミさえいてくれるなら。むしろキミこそがミス・カイルスだ」を地でいく恋人たちがいた。見るからに、幸せそうで何よりである。クーゴも彼らのように自分の世界へ入り浸れればよかったのだが、性格上、うまく逃げることができないでいた。本当にしょうがない。

 後ろでは、山下の巻き添え+αを喰らって女装したティエリアを見たミレイナが、大泣きしながら走り去っていったところだった。彼女の悲しみもわかる。だって、件の恋人はそこらへんの女性よりも女性らしいのだから。そんなティエリアも、ミレイナの後を全力で追いかけていった。

 人語の大部分をかなぐり捨てたミレイナの父・イアンが鈍器を片手にティエリアを強襲しようとしていたが、彼の妻によって無力化されていた。そのままずるずる引きずられ、娘たちが去って行った方向とは正反対に消えていく。

 

 ミスコン進行と無人機襲撃を繰り返し、休暇なのに休暇じゃないバカンスは過ぎていく。

 C.Cによって半ば強引に引きずり出されたバニーガールが悲鳴を上げて逃げ去っていった後のことだった。

 

 

「何やら、向うが騒がしいな」

 

 

 悲鳴が聞こえる。引きずり出されたバニーガールと同じ色の悲鳴だ。

 

 

「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 羞恥心によって憤死してしまいそうな、女性の声。何事かと壇上を見た。

 

 

「また飛び入り参戦らしいな」

 

「いや、無理矢理引きずり出されたの間違いだろ」

 

 

 隣にいたグラハムは能天気に言った。クーゴは思わずツッコミを入れる。誰がどう聞いても、飛び入り参戦しようとした風には聞こえない。

 真夏の太陽が目に刺さる。次の瞬間、かき氷片手に観戦していたグラハムが目を剥いた。クーゴも息をのんで、その光景を凝視する。

 

 白。

 

 太陽の光なんか気にならないほど鮮烈な、白だった。

 

 水着である。まごうことなき水着である。胸元が強調され、きわどいレベルでざっくりと切込みが入った水着である。フリルもふんだんに使われていた。

 一言で表すとするなら、花嫁という単語が相応しい。頭につけられたヘアバンドの飾りが、花嫁に被せるようなヴェールのようにも見える。

 隣にいたグラハムがかき氷を落とした。砂浜にブルーハワイの青が派手に飛び散る。しかし、奴はもう、かき氷なんて気にしていなかった。

 

 視線はただ、まっすぐに。

 純白の水着を身に纏う、刹那・F・セイエイに向けられている。

 

 彼女を引きずり出したイデアは、真夏の太陽よろしくな笑みを浮かべていた。

 空と海の境目を思わせるような、青いグラデーションのビキニ。

 目が焼けただれそうなくらいの眩しさを感じる。クーゴは思わず目を逸らす。

 

 その先に、グラハムの横顔があった。

 

 

「――天使だ。天使が降臨した」

 

 

 グラハムの声は、至極真面目な響きを宿していた。言っていることは(経験則上)アレだが。

 

 ギャラリーが大盛り上がりする中で、グラハムは迷うことなく壇上へと向かった。顔を真っ赤にしてぷるぷる震える刹那だが、グラハムが近づいてきたことに気づいて顔を上げる。

 至極真面目な顔が、今にも泣き出してしまいそうな顔と向き合う。ギャラリーがどよめいたその瞬間、奴は姫に求婚する貴族よろしく刹那の手を取り跪く。どこまでも澄み渡った翠緑の瞳が、赤銅色の瞳を射抜いた。

 

 

「刹那」

 

「な、なんだ?」

 

「結婚しよう。今すぐ、ここで」

 

 

 絶対零度。熱気に燃えていたギャラリーが、ほんの一瞬だけれど、確かに、文字通り『凍り付いた』。

 

 

 

***

 

 

 

(すっかり日が暮れている……)

 

 

 ミス・カイルス――及び、カイルスの夏休みは散々だった。

 

 夏休みでバカンスをしに来たはずなのに、無人機やらあの世から『こんにちわ! 死ね!!』してきた連中やらとの戦いによって、短い夏休みは終わってしまったらしい。

 復活してきた敵の中には見知った輩――クーゴにとっては、“あの人”や“あの人”の私兵として動いていた連中――もいた。今回の敵たちの様子からして、悪い意味での盆休みになったように思う。

 奴らを打ち倒し、死者が蔓延る黄泉の国から脱出したカイルスは、ミスコン会場に戻ってこれたらしい。唯一の違いは、真っ暗闇になった会場と、空に瞬く星々くらいだ。

 

 クーゴはちらりと相棒に視線を向けてみた。黄泉の国で因縁ある相手――グラハムにとって因縁深い“あの人”や、刹那やストラトス兄弟と因縁があるサーシェス――らとの激突を経たためか、疲労感以上に――自分の中で燻っていた何かにけじめを付けれたような――満足げな表情を浮かべていた。

 勿論、“悪い意味でのお盆休み”という災難に見舞われた面々の中で、グラハムみたいなタイプは非常に少ない。短い休みは――とても言い方が悪いけれど――再生怪人によって滅茶苦茶にされてしまったのだ。故に、落胆の色を浮かべる者たちの方が圧倒的に多かった。

 

 

「結局また、散々な休みだったな……」

 

「俺たちの夏は、これで終わっちまうのかぁ……」

 

 

 落胆している面々を代表するかのように、剣児とボスが悲嘆の声を上げる。

 彼らの言葉に悲哀が滲み出ているように感じたのは、きっと気のせいではない。

 

 次の瞬間、何処からか炸裂音が響いた。次の瞬間、空に色鮮やかな花火が打ちあがる。

 

 いきなり上がった花火に動揺する者、花火の美しさに感嘆する者、何故今になってこんな催しが行われているのか疑問を零す者――反応は様々である。

 そんな面々に対して答えたのはつばさだった。どうやら彼女たちは『カイルスは無事に帰って来る』と信じ、花火大会の準備をしていたらしい。

 

 

「せっかくの祭りも奴らのおかげで中断させられたからねぇ。せめて最後の締めくらい、派手に仕上げようじゃないか」

 

 

 つばさたちのご厚意に甘えて、カイルスの面々は花火大会を楽しむことにする。色とりどりの花火が夜空を彩る中で、どれ程の時間が経過したのか。――何かを思い出したように、剣児が口を開く。

 

 

「そういえば、ミス・カイルスって結局どうなったんだ?」

 

「別にいいじゃない、もう。花火がこんなに綺麗なんだから」

 

「楽しもうぜ、今は。俺たちが守ったこの景色をよ」

 

 

 つばきとリョーコの言葉を皮切りに、人々の意識は再び花火へと戻る。この場にいる人間の大半がそうしたであろう。

 唯一例外がいるとするなら、それは――何かを思い出したように花火から目を離したグラハム・エーカー。

 

 彼は迷うことなくずんずんと刹那の元に歩み寄り、彼女の前で立ち止まる。花火に視線を向けていた刹那もまた、グラハムの接近に気づいて視線を彼へ向けた。

 

 

「どうした」

 

「中断になってしまったミス・カイルスについてなのだが」

 

「……それが、どうしたんだ」

 

「いや、なに。私はキミの返事を聞いていないと思ってな」

 

 

 ――多分、今、2人の会話を聞いていた面々の脳裏には、同じ光景が浮かんでいることだろう。

 

 数時間前まで行われていたミス・カイルス。イデアに引っ張られるような形で無理やりエントリーさせられた刹那と、彼女の水着姿を目の当たりにしたグラハムの奇行(プロポーズ)。無人機の襲来や司会進行、果てには“悪い意味でのお盆休み”でなあなあになっていたことが、再び蒸し返されたのである。

 顔を真っ赤にしてあたふたする刹那や、そんな刹那を見てニッコニコに笑っているイデアとは対照的に、ソレスタルビーイングに所属している面々の表情が真顔になった。グラハムは彼らからの眼差しに怯むことなく、刹那の家族に向き直り、直球ストレートで言葉をぶつける。

 

 

「ご家族の皆さん、刹那を私にくださぁぁぁぁぁぁぁいッ!」

「誰がやるかコンチクショウ! お父さんは赦しませんよォォォォ!」

「兄さんが! 兄さんが壊れたー!」

「いくらなんでも酷すぎる……!」

「ここから先は死守する! テコでも動かん!」

「スメラギさん、指示を!」

「ええ。各自に通達! 手段は問わないから、グラハム・エーカーを全力で迎撃して!」

「よっしゃああ! イアン、アレ持ってこい!」

「任せろ! こんなこともあろうかとォォォォ!」

 

 

 空を彩る花火なんてなんのその。波打ち際で、ぎゃあぎゃあ叫び声が聞こえる。

 さっきまでいいムードだったのに、完全に台無しであった。

 

 

「イアンさんとラッセさんが構えてるやつ、バズーカじゃないですか?」

 

「そうだな」

 

「どこから持ってきたんだろう、アレ……」

 

「わからん」

 

 

 銀河の問いかけに、クーゴは曖昧な笑みを浮かべて見せた。

 

 

「あの人たち、生身の人間に対してバズーカ向けてますケド大丈夫なんですか?」

 

「多分」

 

「多分、って……」

 

 

 浩一の問いかけに、クーゴは曖昧な笑みを浮かべて見せた。

 

 

「……止めないのですか?」

 

「止められると思うか?」

 

「劣等種にしては、賢明な判断ですね」

 

 

 “連邦初の革新者”が、言葉とは裏腹に、労わるような眼差しを向けてきた。

 クーゴは曖昧な笑みを浮かべて見せる。ぶっきらぼうに肩を叩かれた。

 

 

「結局、最後までしまりませんでしたね」

 

「そうだな」

 

 

 取っ組み合うグラハムとソレスタルビーイングクルーたちを眺めながら、イデアがのほほんと微笑んだ。

 クーゴは大きく息を吐く。打ち上げ花火はもうすぐ終わりそうだというのに、彼らの戦いはまだ終わりそうもない。

 寄せては返す波の音に紛れて、水しぶきが跳ねる音がひっきりなしに響く。誰かが転んだのか、派手に水が爆ぜた。

 

 でも、とイデアは言葉を続ける。

 

 

「私たちらしくて、いいですよね」

 

「……そうだな」

 

 

 クーゴはイデアの言葉に同意し、喧騒へと視線を向ける。

 平和な日常が、そこにあった。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 今、現状には場違いなくらい和やかな景色が広がっていたような気がする。

 幾何かの間の後で、それが虚憶(きょおく)の光景だったと、クーゴはようやく合点がいった。

 

 いつかは続くと信じていた、和気藹々とした日常の光景が頭をよぎった。今となってはもう、手が届きそうにない光景のようで悲しくなる。グラハムが刹那を口説き倒していた様子は昨日のことのようにも思えたし、遠い昔のようにも思えた。

 

 クーゴは思考を切り替えるように首を振り、切った材料をフライパンに入れた。熱されたオリーブオイルが爆ぜるような音が響く。野菜が焦げないよう気を使いつつ、ゆっくり、しんなりするように炒めた。タイミングを見て、クーゴはトマトソースを加えた。

 さっと炒め、栽培されていたハーブの棚からバジルを取り出し、加える。塩コショウで味を調え、バジルと粉チーズを皿に盛りつけた。これで、ラタトゥイユの完成だ。次のおかずを作るため、冷蔵庫を物色する。ここの台所事情は意外と良く、様々な野菜や肉、魚や果実が取り揃えられていた。

 アボガド、トマト、モッツァレラチーズを手にして振り返れば、椅子に座っている人数が増えていた。最初はイデア、刹那、ミレイナしかいなかったのが、いつの間にやらティエリア、アレルヤ、ラッセ、ベルフトゥーロ、マリナらが加わり、楽しそうに談笑している。その光景が尊いもののように思えた。

 

 

(ちょっと多めに作ったかな、と思ったけど、そうでもなかったなぁ)

 

 

 トマトソースの鮮やかな赤を身に纏った野菜が、おいしそうな香りと湯気を漂わせている。大皿に一山盛られたそれを満足げに眺めた後、クーゴは次の品へ取り掛かった。

 

 充分熟れたアボガドの皮は、黒曜石を思わせるように黒々としていた。包丁を入れて真っ二つにし、種をくり抜き、皮を剥く。柔らかい果肉を崩さないようにするのは、少々骨が折れた。トマトは瑞々しく、艶やかな赤が視界をよぎった。

 どれも同じような幅になるよう気をつけながら、モッツァレラチーズ、トマト、アボガドを手早く切る。手早く大皿に盛りつけてれば、目に栄えるような色合いになった。次は調味料を混ぜ合わせ、盛り付け終わった皿にソースをかける。これで、カプレーゼの完成だ。

 

 

「スメラギさんも、折角だから食べましょうよ!」

 

「え、ちょっと……!?」

 

 

 響いた声に振り返れば、イデアが茶髪の女性――スメラギ・李・ノリエガを引っ張り込んでいるところだった。彼女の姿を、クーゴはどこかで目にしたことがある。

 確か、ビリーが「高嶺の花」と言って、見せてくれた卒業写真に、女性とよく似た人物が写っていたように思う。ビリーは彼女をクジョウと呼んでいた。

 ……もしかして、スメラギがビリーの言う高嶺の花である、ということだろうか。年も彼と同年代のように見えるが、……まさか、そんなことはないだろう。

 

 スメラギがイデアに引っ張り込まれる光景を見つけたのか、足音が2つ近づいてくる。

 

 

「わあ、おいしそうな匂い!」

 

「待ってよルイス! そんなに引っ張らなくても……本当だ」

 

 

 顔を出したのは、悪の組織の技術者夫婦――沙慈・クロスロードとルイス・クロスロード夫妻だ。2人はキラキラ目を輝かせ、皿に盛りつけられた料理を眺めている。

 

 

「私、パパを呼んで来るです!」

 

 

 ミレイナが弾丸のように部屋を飛び出した。やはり多めに作っておいて正解だった、と、クーゴはひっそりそう思った。

 4人しかいなかった部屋は、いつの間にかちょっとした居酒屋の団体客みたいな賑わいになっている。

 

 クーゴは冷蔵庫を確認した。材料が入ったスペースの一角に、クーゴが一番最初に作ったミルクプリンが陣取っている。充分冷えており、問題はなさそうだ。

 トッピング用のシナモンやココア、砕いたナッツの準備も万端だ。出来上がった料理を配膳すれば、この場に感嘆の声が響き渡った。……やっぱり、照れくさい。

 そのタイミングで、両親を引き連れたミレイナが部屋に戻ってきた。誰も彼もが目を輝かせ、椅子に座る。おいしそう、という声が止まない。

 

 

「どうぞ」

 

 

 クーゴの合図を待っていたと言わんばかりに、みんな料理へ手を伸ばした。一口食べた途端、ぱっと表情を輝かせる。口々に賞賛の言葉が向けられた。美味しいという言葉は、最高の褒め言葉である。

 

 照れくささを誤魔化すように、クーゴは椅子に座った。

 自分も腹ごしらえをしなくては。作った料理へ箸を伸ばし――

 

 

「――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああん!!」

 

 

 女性の泣き声が響いた。間髪入れず、何者かが扉を蹴破る。何事かと振り返れば、大泣きしたアニューがベルフトゥーロへ抱き付いた。

 アニューは確か、ロックオン(ライル)と一緒にいたはずだ。何があったのだとベルフトゥーロやクルーたちが尋ねるが、彼女はわんわん泣くだけである。

 そんなアニューを、ベルフトゥーロは慣れた様子であやしていた。やはり、グラン・マ(おばあちゃん)の愛称と500年生きた年の功は伊達じゃない。

 

 幾何かの間をおいて、アニューの泣き声が小さくなっていく。暫ししゃっくりの音が響いたが、どうやら落ち着いて話ができるようになったらしい。派手に泣き腫らしたためか、彼女の眼元は赤くなっていた。

 

 

「落ち着いた?」

 

 

 ベルフトゥーロの問いかけに、アニューは小さく頷いた。

 何があったの、と、ベルフトゥーロは再び問いかける。

 

 途端に、アニューの瞳に涙が滲んだ。「ライルが」とアニューは何度も口にする。ベルフトゥーロはアニューの言葉を待っていた。

 ライルの名前を繰り返していたアニューの口から、次はフェルトという名前が出てきた。今度は「ライルが、フェルトちゃんに」と繰り返す。

 自分の言葉が引き金となったのか、アニューはまたぐずり始めた。今度はイデアも一緒になって、アニューに寄り添う。

 

 幾何かの間をおいて、アニューの泣き声が小さくなっていく。再びしゃっくりの音が響いたが、どうやら落ち着いて話ができるようになったらしい。アニューは涙に濡れた顔をそのままに、ヒステリック気味な声で叫んだ。

 

 

「ライルが……ライルがフェルトちゃんと浮気したの!」

 

 

 その言葉を言い残し、アニューは再び大泣きし始めた。先程部屋に飛び込んできたときと同じ勢いで、彼女はわんわん泣き叫ぶ。

 

 和気藹々とした食卓が、一気に切迫した空気に包まれた。アニューの声と言葉を聞きつけたクリスティナとリヒテンダールが部屋に雪崩れ込み、スメラギとイアンが絶句する。ラッセとティエリアがこめかみをひくつかせ、アレルヤが愕然とした表情のまま噴き出した。

 ベルフトゥーロとイデアは完全に無表情である。マリナが狼狽し、刹那は「もうどうしたらいいのか分からない」と言いたげな顔をしていた。ミレイナはゴシップにも興味があるようで、「修羅場ですぅ!」と好奇心に満ちた目で現状を眺めている。とんだカオスだ。

 

 

「アニュー! 待ってくれ! 誤解なんだ!!」

 

 

 浮気した男が使う常用句(テンプレート)な台詞を引っ提げて、ロックオン(ライル)が部屋へと飛び込んだ来た。周囲からの視線なんて気にせず、ロックオン(ライル)はアニューに訴える。

 だが、アニューはキッとした眼差しでロックオン(ライル)を睨みつけた。涙にぬれた恋人の姿に、ロックオン(ライル)は思わず怯んでしまう。そこへ、アニューは間髪入れず言葉をぶつけた。

 

 

「何が誤解よ! さっき、フェルトちゃんにキスしてたくせに!!」

 

 

 この場の空気が凍り付いた。爆弾を投下されたのだ、当然である。

 

 

「しかも口によ!?」

 

 

 即座に核弾頭が落ちてきた。イアンとラッセが無言のまま立ち上がり、アレルヤが戦きながら軽蔑の眼差しを向け、ティエリアは気持ち悪いものを見るような眼差しを向けた。ミレイナが口元を覆う。

 椅子に座っていたベルフトゥーロも立ち上がった。気のせいでなければ、彼女の手から青い光が瞬いているようにも見える。……そういえば、ロックオン(ライル)は、彼女の尋問を目の当たりにはしていなかった。

 周囲の反応と恋人の涙に、ロックオン(ライル)は孤立無援だと悟ったらしい。それでも何とか足掻こうとしているようで、助けを求めるように後ろを振り向いた。彼の視線の先には、ピンク色の髪を束ねた少女が佇んでいる。

 

 おそらく、彼女が件のフェルトちゃんなのだろう。

 ロックオン(ライル)の無実を証明できる、唯一の証人。

 

 

「なあ、頼むよ! お前もアニューに説明してやってくれ!!」

 

 

 涙目で懇願する色男を、少女は無表情で見つめていた。ガラス玉のように無機質な瞳がロックオン(ライル)の表情を映し出す。

 

 例えるならそれは、生ゴミを嫌悪する主婦の目だった。同時に、復讐鬼とも言えそうな、鋭く冷たい光を宿しているようにも見える。

 フェルトちゃんには、ロックオン(ライル)の無実を証明する気なんてさらさらない。彼女は淡々とした口調で言葉を紡ぐ。

 

 

「こいつ、最低」

 

 

 救世主が悪魔に変貌した瞬間を目の当たりにし、ロックオン(ライル)は派手に狼狽した。

 フェルトちゃんの告発は止まらない。むしろ、立石に水の如くすらすら話し始める。

 

 

「私が“前のロックオン”を好きだったことを知られた上に、面白半分でキスされた」

 

「ちょ、待っ」

 

「……ファーストキス、だったのに……!」

 

 

 薄らと涙を浮かべて、乙女は悲しみを吐露する。文字通りのトドメだった。

 

 この場にいる誰もが、フェルトちゃんの味方だった。かくいうクーゴも――状況にはあまりついて行けてないが――彼女の味方側に立っている。

 恋人がやらかしたことを聞いたアニューは、悲しみから怒りへとシフトチェンジしたようだ。ベルフトゥーロから離れ、怒りの形相でロックオン(ライル)を睨む。

 もしここにロックオン(ニール)がいたら、卒倒した後に、ライフル片手に狙撃体制へと移行したであろう。そうしたら、もっとこの場が混沌地帯になる。

 

 クーゴの思考回路が脱線していたとき。

 間髪入れず、アニューが動いた。

 

 

「ライルの」

 

「え」

 

「――ライルの、ばかァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 美しい右ストレートは、ロックオン(ライル)の頬にめり込んだ。ロックオン(ライル)の体は錐揉み回転し、そのまま沈み込むようにして壁と床に叩き付けられる。スローモーションのような光景だったが、実際にはコンマ十数秒の出来事だった。

 アニューは泣きながら部屋を飛び出し、廊下の向こうへと消えていく。文字通り、弾丸みたいな速さだった。アニューの姿が廊下に消えた後、ロックオン(ライル)がよろよろと立ち上がる。その足取りは、生まれたての小鹿みたいだ。

 「待ってくれぇ! 俺の話を聞いてくれぇぇ!」――なんとも情けない声を残して、ロックオン(ライル)は駆け出した。生まれたての小鹿は一瞬でトムソンガゼル並みの跳躍力でアニューを追いかける。彼の背中も、廊下の向こうへ消えて行った。

 

 スメラギとクリスティナがフェルトちゃんを宥める。変な沈黙が暫く広がっていたが、最終的にはそれを払しょくするかのように、全員が椅子に座った。

 姉貴分たちに促され、フェルトちゃんは料理を食べ始めた。暗く沈んだ横顔が、ほんの少し明るくなる。蚊の鳴くような声だったが、確かに「おいしい」と聞こえた。

 

 それを皮切りに、団欒の時間が戻って来る。先程の空気はどこへやら、和やかな雰囲気がこの場を満たした。

 

 

(さて、今度こそ)

 

 

 中断していた腹ごしらえを再開しようと、料理へ箸を伸ばし――

 

 

<――ざまあ>

 

 

 ぽつりと響いた思念に、クーゴは手を止めた。

 思念の出どころを探りながら、そこへ眼差しを向ける。

 

 ――フェルトちゃんが、優雅にカプレーゼを食べていた。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。




【参考及び参照】
『COOKPAD』より、『栄養素満点濃厚アボカドカプレーゼ(ぺトロさま)』、『簡単10分!なのにおしゃれ!ラタトゥイユ(はるるるな☆さま)』、『トルコのデザート セモリナのミルクプリン(yukitrさま)』




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