問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



一方その頃:「消えない星には、なれそうにないから」

 

 ミスター・ブシドーと名乗っていた頃の自分にも、生き恥を晒してまで生き永らえた理由があった。道化――いや、あれはどちらかと言えば玩具か――にされても尚、生きようと決意した理由があった。

 真っ暗闇の宇宙を引き裂くように飛んだのは、GNドライヴ搭載型のガンダム。その先にいるのは、白と青を基調にした“天使”/自分が焦がれてやまなかった“革新者”。

 

 この心臓が止まるまで、この意識が途切れるまで、その光を――その姿を、目に焼き付けて終われたのなら。

 

 本当の願いは投げ捨てた。手を伸ばすには、積み重ねてきた生き恥が多すぎる。暗く嗤った女の白い手が、自分の体を這いずり回る感覚が振り払えない。

 最早自分は、あの頃には戻れない。“革新者”も、変わり果ててしまった自分の悍ましい姿を目の当りにしたら、侮蔑の眼差しと軽蔑の言葉を向けるのだろう。

 すべてが終わったら、二度とこちらを振り返ることはないのだ。“彼女”は前を向き、未来を生きるために戦い続ける。――そうして、自分は過去になるのだ。

 

 

(――あの日、私は思ったのだ。『ならばせめて、キミの“未来の水先案内人”になれたらいい』と)

 

 

 グラハムが“壊れていく”中で、せめてそれだけはと願っていた。“彼女”の名を呼ぶこともできず、“彼女”の足を引っ張るような真似しかできず、そのくせ未来のない自分。

 好敵手としての矜持はとうに折れ、“彼女”を愛した男という勤めも果たすことのできない、いずれは思考もままならない肉塊に成り果てるだけの命だ。だからこそ足掻き続けた。

 

 足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて。

 

 その果てに、“革新者”の手を取ることができた。蒼く煌めく御旗の元へ『還る』ことができた。失ったものは沢山あって、積み重ねた罪や口に出せない黒歴史も沢山残ったままで、やることだって沢山あった。絶えず動き続ける世界と、新たに迫りくる驚異の数々。忙殺される日々を過ごす中、それでも考えずにはいられない。

 ミスター・ブシドーと名乗り始めた頃から、ずっと同じ光景を見続けている。蒼く煌めく“未来への水先案内人”――それに殉じることだけが、自分に許された唯一のことだと思っていた。それだけは奪われたくないと願って、それを標にして宇宙(そら)を駆けていた。最期にそう在れるなら、そう在れたなら、それはきっと。

 

 

(ずっと、確証があった。悟りを開いたとも言えるだろうし、使命感とも言えるだろう。或いは――脅迫概念とも言える程のモノが)

 

 

 今なら――いや、今だからこそ、自分は胸を張っている。誰を泣かせることになっても、誰の怒りを買うことになろうとも、誰から罵詈雑言をぶつけられようと、何人たりともそれを否定させない。それが我が友であろうとも、共に戦う僚友であろうとも、“革新者”たる“彼女”であってもだ。

 

 

(――そうだ)

 

 

 荒い呼吸を繰り返しながら、前を向く。

 そうして、いつもの調子で笑った。

 

 

(私は、この瞬間(とき)のために生きてきたんだ)

 

 

 “彼女”の道を阻むモノは未だ健在。分厚い壁に阻まれている。自分含んだ他の機体はもう既に満身創痍。動けたにしても、“金属生命体”の包囲網を突破することは難しかろう。

 位置取り的に、“彼女”に助太刀できそうな機体はグラハムのみ。だが、自分の機体も満身創痍で、武装は殆ど使用不可という有様だ。文字通りの万事休す。最早手立ては失われた。

 ……否、まだだ。まだできることがある。自分の役目を――彼女の“未来の水先案内人”になるという役目を果たすために、必要なものは残っている。そうと決まれば――

 

 

『最初にね、“裏切り者”に言われたんですよ。『俺には人類を救うコトは出来ないが、“人類を救うコトが出来る存在”を救うコトは出来る』と』

 

『その存在こそが加藤総司令、貴方なんですよ』

 

『だから俺は、加藤機関を力で潰すワケにはいかなかった。敵となるコトでこちらに目を向けてもらい、貴方を正しい方向に導きたいと思ったんです』

 

 

 脳裏に浮かんだのは、自身が仕えた主を救うために奔走した“裏切り者”――石神邦夫。

 

 滅びの未来の一端に触れた彼は、加藤を裏切り敵に回った。彼が人類を救うために戦っている事実を知っていたし、“加藤こそが人類を救う存在だと確信していた”が故に。恐らくその評価は、阿吽の呼吸と共犯者の分析込みのものであろう。

 けれど、共犯者の演算能力/未来予測は、主である加藤の問題点を突き付ける。1つは“加藤のやり方では人類を救うコトが出来ない”、もう1つは“加藤に作戦を開示すると悉く失敗する”という点だ。石神にとって一番のネックが後者であったのは明白である。

 

 実際、石神の奇策――現存するマキナ全てにファクターを与え、ヒトマキナ側から地球に攻め入って貰うことで、奴らの拠点を割り出す――のおかげで、ヒトマキナを倒すための取っ掛かりができた。

 加藤のやり方――自身が死の権化となるコトで人類の想像力が尽きないようにしつつ、マキナのファクターが揃わないよう調整し、ヒトマキナの侵攻を防ぐ――では、先に進めなかっただろう。

 きっと今までと同じように、“加藤機関によって牛耳られた箱庭の中で、死の恐怖に怯えながら、加藤機関以外の人類だけが、かりそめの平和を享受し続けていた”はずだ。

 

 

(――誰も、疑問を抱かなかった。異を唱えようとしなかった。加藤久嵩自身でさえ、己を生贄にすることを躊躇わなかった。……それが“最良の道”だと信じていたから)

 

 

 グラハム・エーカーは、石神邦夫の全てを「理解できる」等と豪語するつもりはない。

 ただ――彼同様、“自分の大切な人が、自らの意志で、己を蔑ろにしている姿を我慢できる”ような性格ではないというだけ。

 

 

(“自分が世界を救えなくとも、世界を救おうと戦う誰かの力になることは出来る”――そうやって、誰かに想いを託し、道を切り拓いていった姿を《識っている》)

 

 

 いつかグラハムがその選択を選ぶとき、“その理由が“彼女”由来のモノだったらいい”と思っただけだ。

 迷い歩き苦しむ“革新者”の手を取って、“彼女”が望む未来へ案内することが出来たら、それはとても――。

 

 

(――ああ、でも)

 

 

『生きることをやめてしまったら、明日を掴むことなんてできないだろう』

 

『……だから、俺は生きる。お前も、生きろ。――生きてくれ、グラハム・エーカー』

 

 

(……また、キミを泣かせてしまうのだろうな)

 

 

 誓いを果たすことができない己の不甲斐なさに苦笑する。いつか、この離別(わかれ)を乗り越えて未来へ進んでいく“革新者”の背中を思い描いて、寂しさを感じてしまう自分の弱さに苦笑する。いつか見た彼女の涙を思い出して、ちょっとの安堵と優越感に浸ってしまった己の馬鹿さ加減に苦笑する。

 

 

『全部終わったら、鍋パーティしよう。俺と、お前と、“革新者”と、“理想への憧れ”の4人でさ』

 

『…………』

 

『後でリクエスト聞いてやる。だから、何味にするのかちゃんと考えておけよ』

 

 

 出撃前に交わした副官との会話。

 目を丸くする自分の答えを敢えて聞かなかった彼に言えなかったこと。

 

 ――“自分は、彼が作った鍋を食べられない”という結末(みらい)を《識っていた》から、答えることができなかった。

 

 

『来年はどうする?』

 

『――また来年も、私の誕生日を祝ってくれないか?』

 

『それでいいのか?』

 

『ああ。プレゼントはなくてもいい。キミが「おめでとう」と言ってくれるなら、私はそれだけで充分だよ』

 

 

 戦いが始まる前――つかの間の平和な時間に祝ってもらった、己の誕生日。

 自分が、来年の話をしてきた“革新者”に告げた願い事。

 

 ――“来年の誕生日は来ない”という結末(みらい)を《識っていた》が故に漏らした、ささやかな弱音。

 

 

『生命なんて安いものだ。特に俺のはな』

 

『その俺が生きる以上――』

 

 

 そう言った誰かの言葉に胸を打たれた衝撃を、グラハムは《識っていた》。彼は“革新者”とは違う形で、イオリア計画の根幹に関わる“もう1人の革新者”として力を発揮している。常人では廃人化してもおかしくない未来演算システムを使いこなし、“彼女”の突破口を切り拓いてきた。

 “彼女”と“もう1人の革新者”は、破界事変からの付き合いである。“世界から鼻つまみにされていた頃から同じ部隊に所属し、共に戦ってきた”という実績を持つ、気心知れた仲だった。時折、どうしようもなく、『彼が羨ましい』と思う程度には親密だったように思う。

 

 戦いが始まる直前、かの少年に告げた誓いの内容は何だったか――なんて、考える。馬鹿みたいな現実逃避はここまでだ。

 

 

(――還りたかった、な)

 

 

 未練や後悔は山のようにあった。もうやってこない未来を惜しみ、悼む。

 ああでも、悪くはなかった。幸せだった。充分生きた。

 だから――もう、いかなくては。“未来への水先案内人”として。

 

 敢えて機体の動力源を暴走させる。目標は、“金属生命体”の中核――その道を阻む巨大な壁。

 

 一世一代、さいごの大仕事だ。後ろ髪を引かれるような感情を振り払って、尻込みしそうになる己を鼓舞するように。

 “未来への水先案内人”として在れることを誇りながら、自分が生き永らえた意味を噛み締めながら、男は腹と心の底から叫んだ。

 

 

「これは、死ではない! 人類が、生き残るための――!!」

 

 

 

 

 

 

 現を彷徨っていた意識と視界が、急にクリアになった。幾何かの間をおいて、ブシドーは『己が虚憶(きょおく)を見ていた』ことに気が付く。

 意識が断線していた時間はほんの数秒間。相変わらず状況は変わらない。次の作戦行動に備えたインターバル期間だ。

 

 相変わらず自分は籠の鳥、或いは玩具のままだった。嘗て夢見た未来も、好敵手たる“少女”と向かい合う資格も、“彼女”を想う権利も亡くした抜け殻――それが、ミスター・ブシドーである。

 

 己の行く末さえ己の意志で決めることも叶わず、破滅までの道のりを丁寧に舗装されている真っ最中。恐らく、今の自分は“前へ進もうとする“少女”の足手纏い”にしかならないだろう。

 刃金蒼海を筆頭とした一派に与するミスター・ブシドーは、ソレスタルビーイングや“少女”の理想とは対極に位置する存在だ。絶えぬ争いを呼び起こすものでしかない。

 そうして、最期は――ソレスタルビーイングや“少女”にとっての“破壊されるべき歪みの1つ”として認識され、その名目で“彼女”に討たれて終わるのだ。

 

 

(……分かっている。どのような理由があれど、キミに対して不貞と不義理を働いたのは事実だ)

 

 

 “少女”が望む理想の果てには、グラハム・エーカーの居場所はない。

 “少女”が生きる未来の世界に、グラハム・エーカーは必要ない。

 

 侮蔑の眼差しを向ける“少女”の姿が《視えた》気がして――“彼女”とどうしても目を合わせる勇気が無くて、グラハムは思わず視線を逸らして苦笑した。

 

 

(言い訳はしない。弁明もしない。……だが、敢えて言わせてもらうとするなら)

 

 

 脳裏をよぎったのは、鮮烈な青。先程の虚憶(きょおく)で見た、“未来への水先案内人”。立ち往生する“彼女”の手を引いて、“彼女”の望む場所まで連れて行く。

 綺麗だと思った。羨ましいと思った。どこにも行けないのなら、せめて、ああやって終われたら。愛する“少女”のために、何かを成すことが出来たなら。それは、どんなに――。

 

 

(――キミにとっての“消えない星”になりたかった)

 

 

 戦争根絶という理想を体現するために戦い続ける“少女”。“彼女”が往く道のりがどれ程厳しいのか、想像することすら難しい。

 

 夜明けが来るかすら分からないような宵闇の中を進む“少女”にも、時折足を止めて、空を見上げる瞬間があるはずだ。

 時には、理想という名の光源が陰ることもあるだろう。月が陰って見えないこともあるだろう。地上の明かりが見えないからこそ、星の瞬きが見えるのだ。

 

 “彼女”は己の理想を叶えるためにソレスタルビーイングに所属するだろうし、そこから離れると言う選択肢はない。グラハム/ブシドーも――理由は変わったが――今いる場所を捨てるような、無責任な真似は出来ない。

 物理的な距離を埋め合わせることは容易ではないけれど、心の繋がりだって容易に途切れることは無いのだ。傍には有れずとも、思いを馳せれば“そこに在る”という事実を実感できる。明かりにしてはか細く小さいけれど、その瞬きにささやかな希望を灯すような――星の如き在り方。

 今のグラハム/ブシドーにとっての“少女”がそうであるように、“彼女”にとっての自分もそういうもので在りたかった。……最早、そんなことを願う資格も、“彼女”に合わせる顔もないのだけれど。

 

 

(……世迷言は、ここまでにしなくては)

 

 

 叶わない夢を見ている。亡くした未来に縋ろうとする自分の女々しさに苦笑した。

 許されているのは、叶えられる範囲の夢を見ることだけだ。

 

 

 

***

 

 

 

 『ソレスタルビーイングの母艦が海底に潜伏している』という情報がミスター・ブシドーの端末に届いたのは、丁度今しがたのことであった。

 

 画面をスクロールさせると、作戦行動への参加要請が出ている。要請と銘打たれているが、実際は強制だ。……最も、たとえ強制でなかったとしても、この機会を逃したいとは思わないのだが。

 “この作戦に参加すれば、ブシドーの望む場所にたどり着ける”――乙女座の勘が、そう主張していた。予感でもあるし、ブシドーが前を向いていられる希望でもある。ブシドーは黙々と情報を確認していく。

 

 

「陣頭指揮はアーバ・リント少佐、同行者はカティ・マネキン大佐か……」

 

 

 アーバ・リントもカティ・マネキンも、アロウズの指揮官である。但し、前者と後者にはマリアナ海溝並みの差があった。

 カティはAEUが誇る指揮官であり、ソレスタルビーイング壊滅戦でも陣頭指揮を執っていた。彼女の采配は素晴らしいものであるし、良識人として人望も兼ね備えている。

 対して、リントに関しては悪い噂しか聞かない。彼は非戦闘員や民間人を巻き込むだけでなく、非人道的な手段を行使することすら是としているタイプだ。

 

 率直に言う。ブシドーは、リントのようなタイプが気に食わない。本来の自分――嘗てのグラハム・エーカーは、そういう姑息な手段を使う人間に対して、物申さずにはいられない性質だった。例え最後には従わざるを得なくとも、声を上げて訴えただろう。

 しかし、ブシドーにはそれができない。自身もまた、姑息な手段を使う人間の手駒として存在しているためだ。何度も何度も、この手を汚した。アロウズの闇の底に身を窶したブシドーは、もう、元の場所へ『還る』ことは不可能である。あの場所へ『還る』には、あまりにも闇に浸りすぎたのだ。

 

 

(……それでも、私には、まだ、できることがある。……そう、思いたい)

 

 

 ブシドーは祈るようにして端末を握り締めた。

 

 つがいのお守りが揺れて、澄んだ鈴の音色が響く。挫けてしまいそうな己を奮い立たせてくれる、優しい音色だ。

 ブシドーに残された時間も、与えられた選択肢も少ない。おまけに、どれもこれも不本意なものばかりである。

 だからといって、諦めたかと問われれば否だ。自分の“運命の相手”だって戦っている。“彼女”の好敵手(ライバル)を名乗る男が、潰れていいとは思わない。

 

 『還れない』自分の末路を、ブシドーは十二分に『分かっていた』。いつか、“少女”にとってのグラハム/ブシドーは“単なる遠い過去”になるのだろう。生きていくうえで、時折、「ああ、こんな男がいたんだった」と思い返す程度の存在になる。

 グラハム/ブシドーにとっての“少女”は、世界をひっくり返すほど鮮烈な存在だった。己のすべてを賭して追いかけた相手であり、己のすべてを賭して愛した“運命の相手”である。今この瞬間も、グラハム/ブシドーは“少女”に思いを馳せているのだ。

 

 正直、ちょっとばかし、不公平だ。自分ばかりが“少女”を追いかけているように思う。

 

 嘗てブシドーがグラハムだった頃、一方的だと言われようが構わなかった。“彼女”に手を伸ばし続けることがすべてで、手を握り返されたときのことなんて一切考えていなかった。

 だから、同じ想いを抱いてくれたことを知ったときは驚いたものだ。驚きは一瞬で喜びへと変化し、幸福へと至る。あの頃のグラハムは、それを抱え込むので手一杯だった。

 “彼女”に相応しい存在でありたいと願うようになったのも、同じ頃からだったと思う。結局は、自分の無力さと弱さを思い知らされ、今では己の行く先すらままならないでいるが。

 

 

「キミは、私を忘れてしまうのだろう。きっとそうだ」

 

 

 囁くように呟いた言葉には、どこか恨みがましい響きが宿っていた。己の女々しさに反吐が出る。

 運命なんて変えられない。未来なんかどこにもない。分かっているのに、止めることができなかった。

 

 

「……だが、私は存外諦めの悪い男でね。それが取り柄なんだよ、“少女”」

 

 

 針の穴を通す程度の希望を、ブシドーの眼差しは見据えている。

 

 第3者から見れば破滅への道程だろうが、構うものか。せめて――グラハム/ブシドーの存在が過去になっても、“少女”にとって、鮮烈なものとして残ってくれたなら。そうして、最期の瞬間に、“彼女”を見つめることができたなら。

 己すらままならずとも、自分がどう死ぬか/生きるかくらいは決めたい。破滅一直線の、馬鹿馬鹿しいくらいささやかな願いだ。“少女”にとっては『いい迷惑』だとは充分承知している。「それくらいしないと思い出してくれなさそうだ」と言ったら、“彼女”は何と言い返してくれるだろうか。

 

 ブシドーは苦笑しながら、情報を読み進める。そうして、目を留めた。文面を目にしたとき、凄まじい悪寒が駆け抜ける。

 今回の作戦に参加するMSパイロットの名前に、刃金3兄弟――海月、厚陽、星輝の名前があった。最近ロールアウトされたばかりの新型に搭乗するという。

 センチュリオシリーズと銘打たれた異質な機体。天使を思わせる外観だが、不気味に輝くモノアイの瞳が印象的だった。

 

 

『あの機体は素晴らしい破壊力を有しているわ。MDとしても、搭乗機体としても使える。双方の連携も可能よ』

 

 

 脳裏にフラッシュバックしたのは、センチュリオシリーズの機体性能を語る刃金 蒼海の姿だ。彼女はうっとりとした口調で、ウィンドウに映し出された情報を眺めていた。

 ノイズだらけの記憶を――あまり信頼のおけなくなってしまった記憶を必死に手繰り寄せる。ブシドーの記憶が正しければ、あの機体には広範囲兵器が搭載されていたはずだ。

 

 下手をすれば、同じ場所で作戦行動をしている友軍諸共消し飛ばしかねない。あの3人は、気分次第で広範囲兵器を使用することも厭わないはずだ。ブシドーの思考回路は容易にそれをはじき出す。悪寒がより一層酷くなった。

 

 ブシドーは端末を操作する。今回の指揮官たちに、この情報を報告しておかなくてはならない。邪気にまみれた子どもは、何をするか予想がつかないのだ。

 アーバ・リントにカーソルを合わせた途端、寒気が悪化した。ブシドーの本能が、「こいつには言うだけ無駄だ」、「言っても碌なことにならない」と叫んでいる。

 ならば、消去法でカティ・マネキンだろう。彼女は良識ある軍人だ。きっと、この情報も有意義に活用してくれるだろう。犠牲を減らすよう動いてくれるに違いない。

 

 

(伝えるべきことは……)

 

 

 端末に文章を打ち込む。今、ブシドーが覚えていられる限りのことを――いずれ『消され』、『改竄され』てしまうであろうことを、大急ぎで打ち込んでいく。

 

 冒頭に、『この情報は内密にすること』、『送り主であるブシドーに、内容について尋ねるような連絡や接触は取っていけないこと』、『その連絡が届く頃には、ブシドーはこの情報のことを『覚えていない/いられない』可能性が高いこと』を書き記した。

 次の文面を打ち込み――そのタイミングを待っていたかのように、ずきりと頭が痛んだ。その痛みは、情報を打ち込めば打ち込むほど悪化していく。ブシドーは歯を食いしばって痛みをねじ伏せた。まだ、倒れてはいけない。

 

 

(……あと、すこ、し……!)

 

 

 覚えていた分の情報を打ち終えたのと入れ替わりで、ブシドーは崩れ落ちた。痛みに耐えられなくなったのだ。

 倒れまいと壁に手を伸ばした際、端末が手から離れる。拾い上げようとしたが、体が動かない。

 床を滑るように飛んでいくブシドーの端末は、誰かの足にぶつかることでようやく動きを止めた。

 

 誰かは親切な人間のようで、ブシドーの端末を拾い上げた後、ブシドーの存在に気づいて駆け寄ってきた。

 足音は2つ。女性と男性。「大丈夫ですか?」と響いた声も2つあった。ブシドーはのろのろと顔を上げる。

 

 

「ピーリス中尉……に、……スミルノフ少尉、か」

 

 

 荒い呼吸を整えながら、ブシドーは自分を助け起こしてくれた相手を見上げた。ソーマ・ピーリス中尉とアンドレイ・スミルノフ少尉が、心配そうにこちらを見下ろしている。端末を拾ったのはピーリス中尉だったようで、端末を差し出してくれた。

 受け取って情報を送信したいのは山々だが、多分、頭痛が悪化して失神するのがオチだろう。申し訳ないがと前置きし、送信してくれるように頼めば、彼女は2つ返事で頷いた。端末を操作しようとし――ピーリスの眉間に皺が寄る。間髪入れず、アンドレイも眉をひそめた。

 

 

「これは、一体……!?」

 

「なんだ、これは……!?」

 

 

 多分、端末内に書かれた情報が、2人にとって衝撃的なものだったのだろう。どんな内容、だったのだろうか。頭ががんがんと痛みを訴えている。

 

 意識がぼうっとしてきた。何か、大事なことをしていた途中だったはずなのに、思い出せない。ピーリスとアンドレイが何を疑問に思っているのか、分からない。

 自分の端末に視線を向ければ、余計に頭痛が悪化した。頭が割れんばかりの痛みに見舞われ、ブシドーは思わず頭を抑えて呻く。痛い。痛い。痛い。

 

 

「……そうだ、端末……。……連絡、送らなくては……」

 

 

 うわ言のように頭に浮かんだそれは、そのまま口に出ていたらしい。必死の形相に気圧されたのか、2人は黙って頷いてくれた。

 

 幾何の間の後、送信を告げる音が響いた。

 これで一安心である。ブシドーはほっと息を吐いた。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、すまない。ありがとう」

 

 

 鈍い痛みが残っているが、立てなくなる程ではなくなった。ブシドーはよろめきながらも立ち上がる。――行かなくては。

 

 

「大尉」

 

 

 ピーリスに名前を呼ばれ、ブシドーは振り返った。困惑に満ちた表情のピーリスとアンドレイが、こちらを見返している。

 「どうかしたか」と尋ねると、2人は顔を見合わせる。変な沈黙がこの場に広がった。

 

 

「……いえ、なんでもありません。今回の任務、宜しくお願いします」

 

「こちらこそ、宜しく頼む」

 

 

 ピーリスはぺこりと頭を下げた。ブシドーも頭を下げ返す。

 

 作戦開始の時間は、刻々と迫っていた。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

「……シンが、死んじゃう?」

 

「ええ。貴女が戦わないから、代わりに彼が死んじゃうの」

 

 

 声が響いた。ブシドーは思わず足を止める。

 

 部屋に近づいて、扉の隙間からこっそりと部屋の中を覗き見た。部屋の中にいたのは、女性――蒼海と、金髪の少女。少女は、外見からして10代であることは明らかである。

 少なくても、成人しているとは思えない。しかも、言動から見るに、実年齢はまだ幼いのだろう。おそらく、刃金3兄弟と似たようなものだ。嫌な予感を感じながら、ブシドーは2人の会話に耳を傾けた。

 

 

「やだ……! ステラ、死にたくない……!」

 

「じゃあ、シンが死んじゃうわね。貴方の身代わりになって、ここから居なくなっちゃう」

 

「ぁ……」

 

 

 ステラと呼ばれた少女は、愕然とした表情で蒼海を見上げた。幼子が怯えるような眼差しに、ブシドーは胸が痛くなった。同時に、蒼海への怒りを募らせる。

 蒼海はまた、卑劣な手を使って手駒を揃えようとしているのだろう。ブシドーだけでは足りないとほざくのか。ブシドーは強く拳を握り締めた。手が小刻みに震えた。

 2人は延々と問答を繰り返す。その度に、ステラはどんどん追い詰められていく。顔面蒼白になったステラは、恐怖で身を震わせていた。

 

 死という言葉に、彼女は異様な怯えを見せる。まるで、その言葉が引き金になっているかのようだ。

 

 蒼海は不気味な笑みを浮かべながら、何度も何度も引き金を引いた。死という言葉を、ステラに突きつける。

 ステラは今、崖っぷちに突っ立っているような状態だ。落ちるのも時間の問題だろう。

 

 

「何してるんだよ、オッサン」

 

 

 背後から声が響いた。振り返れば、不機嫌そうな表情の海月が腕を組んで佇んでいる。おそらく、次の作戦についての話だろう。ブシドーはすぐに合点がいった。

 

 

「次の任務か」

 

「正解! オッサンもわかるようになったじゃないか」

 

 

 海月がへらへらと笑いながら、立石に水の如く、任務内容を喋り出す。

 この様子だと、彼は諜報に向いていない。ブシドーは漠然とそう思った。

 

 

「親プラント派の衛星を破壊する任務だよ。オッサンは敵の露払いを頼むぜ!」

 

 

 そう言い残し、海月は廊下の向こうへと駆けて行った。少年の背中を見送った後、ブシドーは端末へと目を落とした。そこには、アロウズや地球連邦が集めた、カイルスの情報が提示されている。

 半年前の戦いの後、カイルスは散り散りになった。アークエンジェルを中心に集まった連合艦隊の中に、嘗てのグラハムが焦がれた相手が所属する組織がある。ソレスタルビーイングも、この世界のどこかで息をひそめているに違いない。

 カイルスに属する団体や参加している個人個人が、今回の任務のように、無辜の人々を虐殺するようなことを赦すとは思わない。カイルスに所属するどの団体/誰かが、確実に行動を開始するだろう。

 

 今回の任務には、どの団体が阻止に来るのだろうか。

 

 

(できることなら、ソレスタルビーイングが――……“彼女”が、いい)

 

 

 名前も思い出せなくなったけれど、ブシドーにとっては大切な人だ。自分の“運命の相手”と言っても過言ではない。“彼女”は、歪みを破壊するために戦う少女だった。

 地獄の底から見上げる希望は、何よりも尊く美しい。それがあるから、ブシドーはこうやって生きていられる。――生きていたいと、思うのだ。

 

 ブシドーは端末を握り締めた。つがいのお守りが揺れて、澄んだ鈴の音色が響き渡る。このお守りは“離れた恋人たちが、互いを想いあうもの”だったはずだ。

 

 “彼女”から手渡された銀色のハートは、貰った当時から何も変わらず輝いていた。その煌めきを見ていると「“少女”の想いもブシドーと同じく変わっていないのではないか」――等と馬鹿馬鹿しいことを考えてしまう。今のブシドーは、到底“少女”に釣り合うようなものだとは思えない。

 あの頃とは大きく様変わりしてしまったグラハム/ブシドーだけれど、根底にあるものは変わらないと信じたかった。いずれその理由を忘れてしまうとしても、ブシドーは“少女”を見つめ続けていたい。――例えその末路が、己の破滅だったとしても。

 

 

 

**

 

 

 

 果たして、ブシドーの望みは叶った/予想は的中した。

 

 惑星の破壊を防ぎに来たカイルスは、ソレスタルビーイングが中心となったチームだった。彼らは人々を救出しながら、アロウズの連中と大立ち回りを繰り広げる。

 ブシドーは周囲を見回した。センチュリオシリーズの機体を駆る刃金3兄弟が、同シリーズの下位互換機をMD部隊として率いている。奴らの動きには注意しなくてはならない。

 奴らが“ある一定の布陣”を組むことが、センチュリオシリーズが誇る広範囲兵器の発動条件だ。一度それが発動されれば、敵味方の区別なく、何もかもを消し飛ばすだろう。

 

 

(今のところ、その布陣が並んでいる様子はないようだな……)

 

 

 カイルスのロボットたちは、センチュリオシリーズに対して善戦している様子だった。『旧世代のガンダムでは追いすがれない』と蒼海は言っていたが、パイロットの腕と経験がその差を縮めている。

 特に、“少女”が駆るガンダムエクシアは、海月の搭乗する機体と互角――否、海月の機体を圧倒していた。当然の結果だ。“少女”の健闘を視界の端に捉えつつ、ブシドーはひっそりと笑みを浮かべた。

 

 伊達に“彼女”の好敵手(ライバル)を自称していた訳ではない。手心や贔屓目を加えるまでもない事実であった。

 

 

「旧世代の機体のくせに、なんなんだよお前!」

 

「――世界の歪みは、俺が断ち切るッ!!」

 

 

 癇癪を起こした海月のセンチュリオは、弾薬のことも考えずにランチャー・ジェミナスを展開する。エクシアは降り注ぐ砲撃の雨あられを難なく躱し、センチュリオへと躍りかかった。さながらそれは戦乙女のようだ。

 エクシアの実体剣とセンチュリオのブレード・ルミナリウムがぶつかり合い、派手に火花を散らす。武装性能的にはセンチュリオのブレード・ルミナリウムが上だが、エクシア/“少女”は難なくそれをひっくり返した。

 文字通りの一閃が叩きこまれる。センチュリオはバランスを崩した。場所が場所だけに仕方のないことだが、エクシアの太刀筋と佇まいはいつ見ても惚れ惚れしてしまう。パイロットが“少女”だからというものもあるが。

 

 センチュリオの機体損傷はみるみるうちに修復されていく。あの機体にはナノマシンが搭載されていた。厄介な相手であることは、(立場上)味方であるブシドーから見てもすぐに分かった。あの子どもたちが搭乗するのには危険すぎる兵器だ。

 “少女”/エクシアはそれに驚いた様子だったが、迷うことなく追撃行動に移った。瞬時の判断力は賞賛に値する。――そう、いっそ好意すら抱いてしまいそうだ。この場には場違いだと思うくらい、甘美なときめきが胸を満たす。それこそが、今の己を己足らしめているのだ。

 

 

「――……っ」

 

 

 ああ、どうして。

 

 今、このとき程、運命の相手である“少女”の名前を呼べないことが、惜しいと思ったことはない。

 ブシドーのアヘッド・サキガケが事実上の静観を決め込んでいたときだった。

 

 下位互換機のMDたちが動き始めた。ブシドーの背中に悪寒が走る。それは文字通り、本能からの警告だった。

 海月は、MDたちと連携して広範囲攻撃を放つつもりだ。そんなのに巻き込まれてしまったら、カイルスは――エクシア/“少女”は。

 ブシドーは操縦桿を動かした。爆発的な加速と共に、アヘッド・サキガケはエクシア目がけて突っ込んで行く!

 

 

(頼む、“少女”)

 

 

 どうか。どうか。

 

 

(私を、見つけてくれ)

 

 

 ブシドーの祈りが届いたのか、エクシアがこちらを見た。“少女”の面影を宿した麗しい女性が、酷く驚いた顔でブシドーを《視返して》いる。

 “彼女”は見つけてくれたのだ。だから、もう、充分。情けない面を晒したが、それも、これで終わりだ。意識を切り替えるように、ブシドーは叫ぶ。

 

 

「見つけた……見つけたぞ、ガンダムエクシアァァ!!」

 

 

 勢いそのまま、アヘッド・サキガケはエクシアへ突撃する。驚きながらも、エクシアは即座に実体剣で応戦した。刃同士がぶつかり合い、派手に火花を散らした。

 海月のセンチュリオはぶつかり合いの余波に巻き込まれ、思わず距離を取る。突然の乱入者に、下位互換機が狼狽えるように動きを止めた。これで、広範囲兵器は使えまい。

 カイルスのメンバーも、ブシドー/アヘッド・サキガケの乱入に気づいたようで、エクシアの援護へ向かおうとしている者もいた。一歩遅れて、厚陽と星輝、下位互換機が動き出す。

 

 

「何人たりとも手出しは無用! あの機体は、私の獲物だ!!」

 

 

 ブシドーの一喝に、厚陽と星輝のセンチュリオが動きを止めた。トップの驚きが伝染したのか、下位互換機のMDたちも動きを止める。余波はカイルスの面々にも広がったらしい。

 

 特に驚いているのは、ブシドー/アヘッド・サキガケと対面している少女/エクシアだろう。同時に、彼女は知ってしまたはずだ。ブシドーがグラハム・エーカーであることや、アロウズの従順な駒と化したことを。

 胸の奥底がじくじくと痛んだが、ブシドーはそのすべてを受け入れた。望んだ明日が来ないことも、己の進む道に待ち受ける破滅も、とうに覚悟はできている。もう、ブシドーはどこへも『還れない』。

 

 だから。/アヘッド・サキガケは再びエクシアへ突っ込む。

 どうか。/ビームサーベル実体剣がぶつかり合い、火花を散らした。

 キミは。/鍔迫り合いに押し勝ったのはアヘッド・サキガケ。弾き飛ばされたエクシアが体勢を崩す。

 

 

(生きてくれ。――私が居なくなった後も……その先の明日を)

 

 

 視界の端で、海月のセンチュリオと下位互換機が動き出すのが見えた。それよりもコンマ数秒先に、アヘッド・サキガケの一撃が、エクシアに叩きこまれた。

 

 

「がぁっ……!!」

 

 

 女性の悲鳴が響く。機体は中破。体を強かに打ち付けてしまったのか、パイロットである少女がぐったりしていたのが《視えた》。彼女の頭から血が流れている。

 この結果に、ブシドーは一瞬狼狽した。“彼女”が死んでしまったら本末転倒である。ブシドーが手心など加えずとも“彼女”は死なないだろうと思っていたが、それが仇になったのか。

 別方向でセンチュリオと対峙していたガンダムデュナメスがエクシアを庇うようにして立ちはだかる。パイロットであるお父さんの怒りは計り知れない。

 

 こんなときでさえ、ブシドーは少女の名前を呼んでやることができないのだ。声に出すことはおろか、心の中で叫ぶことすらも。

 

 

「オッサン、意外とすげーな」

 

「旧式とはいえ、ガンダムを戦闘不能に追い込むなんて……母さんが貴方に拘る理由も頷けますね」

 

 

 星輝と厚陽の声が聞こえた。相変わらず、他者を見下す節は変わってない。

 間髪入れず、通信が開いた。海月が不満そうに撤退の指示が出たことを告げる。

 

 

「……ここまでか。今回は敢えて見逃そう。次は、互角の機体での全力勝負を所望する」

 

 

 動揺を他者に悟られるわけにはいかない。ブシドーは勤めて平静と無関心を装いながら、ぴくりとも動かないエクシアに背を向けた。

 

 去り際に、振り返る。カイルスの面々が慌てた様子でエクシアを格納庫へ運んでいるのが見えた。“少女”は大丈夫だろうか。それを知る術は、ない。

 ブシドーは懐から端末を取り出した。つがいのお守りが揺れて、澄んだ鈴の音色を響かせる。青いお守りは、ブシドーが少女に手渡した方の片割れだ。

 元は恋愛成就のお守りで、人の生死にかかわるようなことから持ち主を守るのは分野違いなのかもしれない。だが、願をかけるものはそれしかなかった。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 現を彷徨っていた意識と視界が、急にクリアになった。幾何かの間をおいて、ブシドーは『己が虚憶(きょおく)を見ていた』ことに気が付く。

 意識が断線していた時間はほんの数秒間だが、目の前の光景は様変わりしていた。視界の端々に、センチュリオシリーズの機体が点在している。

 

 天使の外観をした悪魔の群れは、ガンダムたちを今か今かと待ち構えていた。どうやら、ライセンサーの作戦加入は「リントの作戦が失敗する」ことを想定して参加要請が出ていたらしい。しかも、作戦を立てたリントには、その想定の話はされていないようだ。

 

 

『2分間の爆撃の後、トリロバイトで近接戦闘を行います。敵艦が圧潰する瞬間が見れないのが残念ですが……』

 

 

 リントが得意満面で作戦を説明する光景が《視えた》。リントの作戦が失敗することを前提として参戦したブシドーからしてみれば、彼がおめでたい頭の人間にしか見えないのは致し方ないことなのだろう。おそらくは、蒼海も同じように思っているはずだ。

 彼の作戦を聞いていたカティは、ずっと海面およびセンチュリオンたちの動きに気を配っている。彼女は敵指揮官の技量をよく知る人物だ。リントにやり込められるはずがないと踏んでいるらしい。同時に、センチュリオたちの動きを警戒している様子だった。

 カティがセンチュリオを危惧している――その光景を目にしたブシドーの胸に、安堵感が広がった。そこで、はてと首を傾げる。自分はどうして、センチュリオシリーズに気を配るカティを見て安堵したのだろう。その理由が全く分からなかった。

 

 センチュリオたちは陣を組んでこの場を旋回している。それを視界にとらえた途端、ブシドーの背中に悪寒が走った。

 突如、激しい頭痛に見舞われた。悪寒が一層激しくなる。どこかで警笛が鳴る音がした。得体の知れない焦燥が、ブシドーを苛む。

 

 ノイズだらけの世界に、センチュリオと戦うエクシアの姿が映し出される。視界の端に見えた陣形は、今、センチュリオたちが組んでいる陣形と同じものだ。

 

 

(――いけない)

 

 

 あの陣形は、だめだ。

 ブシドーの本能が、叫ぶ。

 

 突然、指揮官が乗った戦艦が方向変換した。付近を飛んでいたセンチュリオの羽が、淡い燐光を宿し始める。獲物が網にかかるのを待ち構えるような図に見えたのは、きっと気のせいではない。

 

 次の瞬間、派手な水しぶきが上がった。逆光に反射して、飛び出してきた機影が映し出される。エクシアの面影を宿した、新型機。ブシドーが焦がれてやまぬ相手が、目の前にいる――!!

 胸の奥から湧き上がった甘美なときめきは、しかし、得体の知れない恐怖と焦燥感に塗り潰された。センチュリオたちの羽の光が強くなる。白と青基調の戦乙女(ガンダム)は、センチュリオたちの動きに気づいていない。

 否。“少女”/ガンダムは目の前にある戦艦を潰すことを優先した。指揮系統を叩けば、この場は混乱に包まれる。その隙に乗じて逃げようという算段なのだろう。だから、全機撃破よりも指揮系統を潰すことに全力を注いだのだ。

 

 一足早く方向変換し離脱を図ろうとした戦艦だが、“少女”/ガンダムにしてみればいい獲物だろう。“彼女”は迷うことなく戦艦に刃を振り下ろそうと迫る。

 その視界の端で、陣形を組んだ海月とMDのセンチュリオの羽が、一際激しく輝いた。醜悪に笑う海月の横顔がちらつく。

 

 

「――みんな、死んじゃえ!」

 

<――それだけは、させない!>

 

 

 ブシドーの想いに応えるかのように、アヘッド・サキガケは新型ガンダム目がけて突っ込んだ。ガンダムとの距離はあっという間に縮まった。驚いたように、ガンダムのカメラアイがこちらに向けられる。

 

 スピードを緩めることなく、アヘッド・サキガケはガンダムに体当たりを仕掛けた。視界の端に、陣形を組んだセンチュリオンの羽がこの場を覆いつくさんほどの光を爆ぜさせたのがちらつく。刹那、凄まじい衝撃が機体に襲い掛かった。

 目を閉じていても、瞼の間から溢れんばかりの光が突き刺さる。大量の光と水しぶきが上がり、容赦なく戦艦のブリッジやMDたち、アヘッド・サキガケやガンダムたちに降り注いだ。アヘッド・サキガケは半ば覆い被さるようにして水を受け止める。

 衝撃を耐えきって、ブシドーは目を開けた。体は少しばかり悲鳴を上げているが、機体は水を被っただけで無事である。少し離れた先にいた“少女”/ガンダムも、回避のために旋回していた戦艦も無事だ。カティはやってくれたらしい。目の前に広がる光景に、ブシドーは酷く安堵した。

 

 そのまま、ブシドー/アヘッド・サキガケは武器を構え、少女/ガンダムと対峙する。勿論、視界の端にちらつくセンチュリオたちの動きにも気を配った。

 海月のセンチュリオたちが陣形を解いたのが伺える。どうやらあの広範囲兵器は、1回だけしか使えないらしい。

 

 

(なら、()()2()()、あれが降り注いでくる可能性があるということか――……?)

 

 

 思考を巡らしかけたブシドーは、はたと気づいた。どうして自分は、「広範囲兵器は()()2()()降り注いでくる」と知っているのだろう。

 知らないことをどうして思い出したのか――違う。ブシドーはそれを知っていた。知っていたが、消されたのだ。そこまで考えて、ブシドーは納得する。

 なら、味方の戦艦が巻き込まれぬように注意を払いながら、ガンダムと戦うまでだ。できれば、自分と彼女の戦いにも横槍を入れられたくはない。

 

 アヘッド・サキガケは、ブレードを構えてガンダムへと斬りかかった。剣がぶつかり合い、派手に火花を散らす。入れ代わり立ち代わり、アヘッド・サキガケ/ブシドーとガンダム/“少女”は剣載を繰り返した。

 流石は好敵手(ライバル)、そして、ブシドー/グラハムにとってのプリマドンナ。こちらのエスコートに任せるだけでなく、こちらを振り回そうと大胆な動きを見せる。この世界に自分たちしかいないのではと錯覚してしまいそうだ。

 

 

<あの剣捌き……誰かに、似ている……? まさか、クーゴ・ハガネか?>

 

 

 “少女”の声が《聴こえた》。確かに、と、ブシドーはひっそり自嘲する。このコンバットパターンは、嘗て、クーゴ・ハガネが提供してくれた剣道の型をベースにしている。クーゴは一刀流と二刀流を使い分けていた。今回の型は一刀流である。

 

 

<いや、違う。だとしたら……でも、そんな……>

 

 

 気のせいか、“少女”の声が震えた。多分、連想してしまったのだろう。クーゴ・ハガネではない人物で、この動きを知っている人間を。あるいは、好んで真似しそうな人間を。

 “少女”の面影を宿した麗しい女性が、酷く驚いた顔でブシドーを《視返して》いる。――“彼女”は、ようやく、ブシドー/グラハムを見つけたのだ。見つけて、くれたのだ。

 

 

<グラハム・エーカー……?>

 

 

 恐る恐ると言った感じで、“少女”は問いかけてきた。嘗てのグラハムならば、きっと、見るに堪えない程酷い笑みを浮かべていたであろう。

 

 それに引っ張られ、ブシドーはくしゃりと表情を歪ませた。痛みや切なさ、どうしようもなく温かな想いが胸を満たす。

 地獄の底から見つめ続けた希望が、今、ブシドーの目の前にあるのだ。ああ、なんて僥倖だろう。

 今このとき程、“運命の相手”である“少女”の名前を呼べないことが、惜しいと思ったことはない。

 

 ――だが、もう、充分だ。

 

 情けない面を晒したが、それも、これで終わり。

 意識を切り替えるように、ブシドーは叫ぶ。

 

 

「なんという僥倖……! 生き恥を晒した甲斐があったというものだ!!」

 

 

 万感の思いを込めて、アヘッド・サキガケは剣を振るう。刃がぶつかり合い、派手に火花を散らした。

 

 背後の甲板から、MS部隊が空へと飛びあがったのが見えた。先陣を切ったのは、アヘッド・スマルトロン――パイロットは、ソーマ・ピーリスだ。

 アヘッド・スマルトロンは可変型のガンダムに狙いを定める。こちらも派手な鍔迫り合いを演じていた。優勢なのはアヘッド・スマルトロンの方である。

 しかし、なかなか攻めきれないのは、センチュリオの動きに注意しているためだった。先程の攻撃は広範囲な上に、この場一体を吹き飛ばすレベルの威力だ。

 

 あの3人は気分野のため、何を引き金にして(面白半分で)力を振るうか分かったものではない。彼らがあれを使えば、この場に居合わせたすべての人間が死に絶えるだろう。残るとしたら、当事者たちと水中にいるソレスタルビーイングの輸送艦くらいか。

 MS隊の面々もそれを察知しているためか、刃金3兄弟の周辺にMDが集まりにくくなるように気を配りながらガンダムを迎え撃っている。普通に戦うより、精神的に辛い戦いであることは確かだ。

 

 

<なんだろう……。部隊の様子が変だ>

 

<まるで、何かの動きを妨害している……?>

 

 

 ガンダムのパイロットたちも、何かに勘付いたらしい。しかし、2人の思考回路はそこで中断された。“少女”の方はアヘッド・サキガケが突っ込んできたのを躱したため、青年の方はアヘッド・スマルトロンの攻撃を受けたためである。

 再び鍔迫り合いが始まりかけたときだった。別方向から、ビームライフルの光が降り注いだのである。それらはアロウズのMS部隊へ向けられたものだった。レーダーに機影が映し出される。機体は――ユニオンフラッグやAEUイナクトを中心とした構成だ。

 太陽炉非搭載型の機体を中心にしている部隊は反政府組織くらいしかない。しかも、アロウズのMS部隊より倍の機体数で隊を組んでいるということは、反政府組織の中でもかなりの力を有している組織だ。そうなれば、答えは1つ。

 

 カタロンがソレスタルビーイングの援護に入ったのだ。しかもこれは、ソレスタルビーイングたち本人も予想外のことらしい。

 

 

「撤退だ。体勢を立て直す」

 

 

 カティの声が響いた。妥当な判断である。大分口惜しいが、仕方がない。そう思ったときだった。

 

 カタロンの連中と、アロウズ及びガンダムのMSと戦艦を取り囲むようにして、センチュリオたちが陣取っているのが視界の端に映った。しかも、端と端に1組づつ、先程海月のセンチュリオが組んだ陣形を組んでいる。

 それを目にした途端、ブシドーの背中に激しい悪寒が走った。カタロンの乱入に意識を割かれた結果、MS部隊はセンチュリオの動きに気を配れなくなった。その隙をつくような形で、厚陽と星輝があの陣形を組み直したのだ。

 

 総員散開の指示を出すにはもう遅い。カティはそれを理解してしまったようで、悔しそうに俯くのが《視えた》。他のMSたちも、その事実に気づいてしまったのだろう。

 遅れて戦場に乱入したカタロンの面々は、事態を飲み込めていない。辛うじて「何かが危ない」ということは気づいた程度。勿論、彼らもまた、手遅れの部類に入った。

 陣形を組んだセンチュリオンの羽がこの場を覆いつくさんほどの光を爆ぜさせた。もう、何もかもが、遅い。ここにいた命は、例外なく刈り取られる――そんな末路が見えた。

 

 白い光が何もかもを飲み込んでいく。

 視界が白一色に染まっていく中で、

 

 

「――いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 空を思わせるような青い光と、聞き覚えのある男女の声が聞こえたような気がした。




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