問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



10.おもひがぼろぼろ

 

 紆余曲折に紆余曲折を沢山重ねた結果、ソレスタルビーイングとそれに同行しているディヴァイン・ドゥアーズ関係者たちの進路はアザディスタンとなった。救出したマリナ・イスマイール王女を故郷に送り届けるためである。他にも様々な“私情”を抱え、作戦行動に反映するためのタイミングを待っている者もいた。

 勿論、クーゴ・ハガネもその1人である。目的は“グラハム・エーカーを始めとした友人たちや僚友を連れて、望んだ場所へ『還る』”ためだ。目的を果たすために紆余曲折に紆余曲折を重ねたことで、居候先兼派遣先がソレスタルビーイング及びディヴァイン・ドゥアーズに変更となっている。

 戦力がジリ貧状態だったソレスタルビーイングは、ASやコロニー製ガンダムのパイロットたち等を筆頭とした協力者たちや、つい先日救助に成功したガンダムマイスターや先代のマイスターの弟らを仲間に加えており、更には黒の騎士団とも実質的な同盟関係を築いていた。

 

 マリナをアザディスタンに送り届けるために進路を取ったソレスタルビーイングは、“独立治安維持部隊側がそれを予測して罠を張っている”可能性を考慮していた。

 奴らと対峙した際のプランは勿論一点突破。邪魔者はぶちのめして進む方針だ。紆余曲折の末に同行することになった総帥(しゃちょう)は『グラン・パがしたことと変わらない』って言っていたっけ。

 

 

「クルツ機を除くAS各機、サンドロック改、ヘビーアームズ改は伏兵に備えて待機。それ以外は直ちに出撃して」

 

「スメラギ女史。私にも協力できることはありますか?」

 

「…………総帥(あなた)は名前を呼ばれた面々同様、伏兵に備えて待機してください。我々にとっての最大の伏兵も総帥(あなた)なので」

 

「お任せください、スメラギ女史。出撃の暁には、必ずや、貴女に最高の戦果と勝利を捧げて見せましょう」

 

 

 スメラギとベルフトゥーロのやり取りをBGMにして、クーゴを含んだ面々が空へと飛び出す。こちら側が部隊の展開を終えたのと、アロウズ側がMS部隊を展開したのはほぼ同時だった。

 

 

「アザディスタンとの縁を考えれば、航路を読まれるのも道理か」

 

「完全にアロウズに目を付けられたな」

 

「その分、超合集国への注意を逸らせる」

 

 

 五飛はアロウズとかち合った理由を冷静に分析する。敵対していたときは割と好戦的な一面が目立っていたけれど、考察を語る姿は非常に様になっていた。あと、妻帯者や恋人持ちに対する態度。

 ティエリアは今までの出来事から“ソレスタルビーイング、及び、この世界におけるディヴァイン・ドゥアーズの立ち位置”を語る。悲観的な発言ではあるが、彼の口調に憂いはない。

 彼らの言葉を引き継いだのはアキトだった。アロウズが目の敵にしている相手の中には、ゼロがぶち上げた超合集国も含まれている。現状、地球連邦と超合集団では前者の方が力が上であった。

 

 

「伏兵の可能性ありってことらしいが……」

 

「問題ない。俺たちで対応可能だ」

 

「いざというときの準備は備えてあるからね。私たちも、ソレスタルビーイングの伏兵として頑張るから」

 

「……まあ、“生身で機動兵器に突撃して破壊する”ってのは、確かに最大の伏兵だわな」

 

 

 伏兵を警戒するクルツに対し、刹那は淡々と応える。彼女の言葉を補強するようにイデアも笑った。諸事情で“同胞”由来の“力”を目の当たりにしていたためか、軽く笑ったクルツの口元が戦慄く。

 2代目ロックオンが何かを考え込んでいるようだが、彼の心は固く閉ざされていた。仲間たちと談笑している姿はよく見かけるが、本当の意味で打ち解けれた相手は恋人だけなのかも知れない。

 

 戦う前のお喋りはそこまでだ。襲い掛かって来た独立治安維持部隊のMS――ジンクスの群れを相手取り、大立ち回りを演じる。

 

 

(今回の戦術指揮官は、数で押すのが好きみたいだな……)

 

 

 襲い掛かって来たジンクスを一刀両断しつつ、戦況に目を配る。

 

 母艦にして旗本艦である輸送戦艦の周囲にMSの姿はないが、“伏兵役が出番を待っている”という点では、現状の優先度は低めだ。ジンクスの群れは未だ健在であるものの、数は着実に減ってきている。僚友の機体には目立った損傷は見られない。

 そのとき、クリスティナが戦況の変化を告げた。「新手のMSが接近中」――案の定、独立治安維持部隊は伏兵を用意していたようだ。だが、スメラギの予想とは違う言葉が飛んでくる。伏兵として現れた部隊総数は――1機。

 

 拍子抜けするような情報だった。けれど、この場に増援である機体が姿を現したとき、クーゴは思わず息を飲む。

 その機体を一言で表すなら、戦装束に身を包んだ武士だった。機体の所々に、ユニオンフラッグの面影が滲み出ている。

 アロウズの新型機――否、ユニオンフラッグの後継機が、戦場に降り立つ。クーゴには、機体のパイロットの姿が《視えて》いた。

 

 

(――!!)

 

 

 金髪碧眼の白人男性。どこかで見たことのあるけったいな仮面――目元を覆い隠すタイプ――を被り、どこか虚ろな深緑の瞳を揺らめかせる男。

 仮面の一部からは、顔の左側に広がった大きな傷が伺える。奴の眼差しは、ソレスタルビーイングの2個付き――刹那・F・セイエイの駆るガンダムに向けられていた。

 

 機体越しに、刹那と彼の目が合うのが《視えた》。

 

 

「あ……ッ!」

 

「――グラハム・エーカー?」

 

 

 彼は最初からすべてを見抜いていたから、刹那に釘付けであった。一歩遅れて、刹那は機体のパイロットに気づく。

 彼女の口からこぼれたのは、嘗て日常と戦場で相対峙した愛しい好敵手の名前。

 お互いがお互いを認識したことに気づいた瞬間、彼がぱああと表情を輝かせ――すぐに悲しそうに笑う。あまりにも、儚い笑み。

 

 年上の親友がおかしくなっていたことは知っていた。だって実際、クーゴはその現場に居合わせている。

 年下の親友の行方はつかめなかった。けれど、ビリーの様子からして、嫌な予感を覚えていた。

 

 ――その答え合わせが、ここで行われる。

 

 

「何という僥倖! 生き恥を晒した甲斐があったというもの! ――この機会、逃すつもりはない!」

 

 

 新型機は何の迷いもなく、刹那の機体へ突っ込む。他の何も見えていないかのように、ただ真っすぐ、狂ったように――その修羅は、たった1人を求めていた。

 

 

「待機中の機体を出撃させますか?」

 

「ちょっと待って。1()()()()というのが引っかかるの」

 

 

 援軍の数にしては、新型1機が追加された程度で戦況をひっくり返せるとは思えない。機体性能がそれ程高いのか、或いは他に何かしらの意図があるのか。

 フェルトの問いかけに対して容易に頷かなかったのは、スメラギの戦術眼に引っかかるものがあったためだろう。彼女は違和感を探るようにして思案を巡らせる。

 

 

<何をしている!? スペースシップを堕とせ!>

 

<断固辞退する!>

 

<何だと!?>

 

<私は司令部より独自行動の免許を与えられている。つまりはワンマンアーミー……たった1人の軍隊なのだよ>

 

<ミスター・ブシドー! 命令違反だぞ!>

 

<免許があると言った!!>

 

 

 アロウズ側も何やらトラブルが発生しているらしい。頭を抱える指揮官と、自嘲しながらも我を曲げるつもりのないブシドーのやり取りが《聴こえてくる》。

 

 あちらの指揮官はミスター・ブシドーの背景を把握していないようで、奴の言葉をそのまま鵜呑みにしている様子だった。故に、サウンドオンリーの状態からブシドーの心理状態を察することは出来ないだろう。何せ、指揮官の得意戦術及び基本方針は、グラハム・エーカー/ミスター・ブシドーの気質や本質とは相性が悪すぎるためだ。

 そんな関係性で奴を御せるかと問われれば、答えはNo。そんな関係性だからこそ、奴はこれ幸いと『ワンマンアーミーの独自行動権』を振りかざすのだ。――“本当の意味での自由”など一切持たない己の身を自嘲しながら。……何せ、多くが羨み、時には疎む立ち位置である“独自行動権持ち(ライセンサー)”の実像は“刃金蒼海の玩具”でしかないのだから。

 

 新手の出現に対して、スメラギは大気中の伏兵を動かさないことにしたようだ。奇襲奇策を得意とする彼女でも、アロウズ側の行動原理を読み解くことは出来なかったらしい。

 それはクーゴも同じだった。辛うじて《理解でき(わかっ)た》のは、“ブシドーが指揮官の命令を無視し、勝手に動き回っている”ことだけだ。

 このことは思念波を通じてスメラギたちにも伝えておいたが、この情報は彼女たちにとって有益な情報には成り得なかったようだ。閑話休題。

 

 

「心躍るな、“少女”! この“益荒男”のお披露目をキミ相手にできるとは!」

<運命なんて変えられない。未来なんかどこにもない。不貞と不義理を働いた挙句、“名前を呼んでやることすらできなくなった”私には、キミに会わせる顔もない。……恐らくは、キミの理想とする世界にも、私の居場所はないのだろう>

 

「くっ……! 相変わらずの動きだな……」

 

「さあ、真剣勝負と行こうか! 何人たりとも手出しは無用。――あの機体は、私の獲物だ!」

<いずれ私も、ソレスタルビーイングやディヴァイン・ドゥアーズに討たれるべき歪みの1つになる。恥を上塗りし、キミの理想や愛に泥を塗り続けるだけの肉塊に成り果てる>

 

<……なんだ? あいつは、こんな戦い方をするような男ではなかったはずだ。何かがおかしい>

 

<迷惑ばかりかけてしまってすまない。……少しの間だけ、付き合ってくれ>

 

 

 刹那との戦いに沸き立っているのは本心だ。ただ、その奥深くに、決して表沙汰に出来ない感情が渦巻いているだけで。泣き出す寸前みたいな弱々しい《聲》が《聴こえる》。

 クーゴにはブシドーが自嘲する姿が《視えた》けれど、幸か不幸か、刹那には彼の表情や真意が伝わることはない。辛うじて違和感を覚えるくらいか。

 

 その事実が何だか腹立たしくなって、クーゴは武器を持ち帰る。構えたのはミハタテンサイ。《荒ぶる青(タイプ・ブルー)》としての力を行使しようとし――

 

 

「スメラギさん、新手のMSが接近中!」

 

「やはり伏兵が潜んでいたのね。数は?」

 

「3機です! 視認可能距離に入ります!」

 

 

 プトレマイオス側から響いた声につられて視線を向ければ、新手が姿を現した。国連軍とソレスタルビーイング及びディヴァイン・ドゥアーズによる最終決戦で見かけた機体――センチュリオ。

 外見は当時とほぼ変わっていないが、国連軍のジンクスとアロウズのジンクスを比較した場合の強さの違いを考慮すると、何かしらの強化が行われていることは明らかだ。油断はできない。

 だが、飛んできた援軍を視界に捕らえたブシドーが、驚愕に目を見開いて息を飲む。彼の心情をフィードバックしたかのように“益荒男”が動きを止め、弾かれたように向き直った。

 

 

<まずい!>

 

<なんであの問題児(ライセンサー)どもがここに!? 奴らが来るなんて、ろくでもないことが起きるに決まっているじゃないか!!>

 

 

 切羽詰まったようなブシドーの横顔と、顔面蒼白になったアロウズの指揮官が《視えた》。奴経由で流れ込んできた思念を拾い上げれば、センチュリオとそのパイロットたちが“やらかした”地獄絵図が《視える》。

 

 奴らは機体の武装を展開し、辺り一面を焦土と化していた。愉快そうに嗤う子どもの声が響き渡る。奴らの武装は敵も味方もお構いなしに吹き飛ばしていく。戦艦もMSも、太陽路搭載型も非搭載型も、天使の気まぐれによって踏み躙られていた。

 何名かの軍人が子どもたちに対して苦言を呈したが、彼や彼女たちは次の作戦で吹き飛ばされる側に回されてしまった。関係者の名前欄には殉職や退任の文字が躍っている。生きていればまだマシで、死体の欠片が残れば御の字のような有様である。文字通りの地獄絵図。

 

 

<イデア、若造!>

 

<<――了解!>>

 

 

 眦を吊り上げ、手をかざしていたベルフトゥーロの《聲》が響く。

 クーゴがイデアに視線を向ければ、何かを察したように頷き返してくれた。

 半端に展開したミハタテンサイに力を籠める。間髪入れず、青い旗が翻った。

 

 ミハタテンサイの使用用途は未だ不明。だが、ある程度の使い方は構築できている。今回はその効果が問題なく発現したようだった。

 

 

「な、なんでだよ!?」

 

「僕たちの攻撃が、無力化された!?」

 

「雑魚のくせに腹立つ!」

 

 

 僚友や旗本艦諸共ディヴァイン・ドゥアーズを消し飛ばそうとしたセンチュリオの攻撃は、イデア/パハリアの盾及びシールドとクーゴ/はやぶさのミハタテンサイによって無力化に成功した。その結果が満足いかなかったらしく、センチュリオのパイロットども――蒼海の息子たちが癇癪を起す。

 アロウズ側の指揮官があからさまに安堵し、ずるずるとへたり込む姿が《視えた》。アロウズ側のMSからも、安堵や呆気に取られたような《聲》が《聴こえてくる》。ディヴァイン・ドゥアーズのパイロットたちも安堵の息を吐いたが、奴らの隙を逃すような真似はしない。

 狙撃や遠距離攻撃を得意とする機体が真っ先に動き出し、センチュリオに対して牽制を行った。モノアイの天使たちは機体の性能でごり押ししようとしてきたが、奴らの感情が反映されたらしい。雑な動きを見せたところを、近接戦闘が得意な機体による襲撃によって叩き切られた。

 

 丁度そのタイミングで、所属不明の機体が割り込んでくる。非太陽炉搭載型の機体で構成された中隊規模の部隊だ。反政府団体で活動しているMSであろう。

 センチュリオのパイロットたちは乱入者に対して鬱憤晴らしをしようとしたが、途中で動きを止めてしまった。

 

 

「『母さん』からの命令だ。帰らなくちゃ」

 

 

 海月の言葉を聞いた厚陽と星輝は、この場にいるMSたちに対する興味関心を失ってしまったらしい。呆気に取られるこちらのことなど一切気にも留めず、そのまま何処かへと飛び去って行った。

 

 安全が確保されたことで冷静になったのだろう。現状が“アロウズにとって不利な状況である”と悟った指揮官は即座に部隊を撤退させた。

 旗本艦やMS部隊はみんな、センチュリオが飛び去った方向とは反対方向へと舵を切って逃げ去っていく。

 次々とジンクスたちが撤退していく中、刹那/ダブルオーと対峙していたブシドー/“益荒男”は名残惜しそうに彼女を見つめていた。

 

 

「満を持しての手合わせなれど、我が奥義は未だ完成には至らず。真っ向勝負はまたの機会に譲るとしよう」

 

 

 何か含みがある言葉を残し、ブシドー/“益荒男”も撤退していく。刹那/ダブルオーは半ば茫然としたような様子で彼の背中を見送った。それはクーゴも同じである。ディヴァイン・ドゥアーズは“無益な殺生は好まない”、“来るもの迎撃去る者追わず”の精神なので、これ以上アロウズへ攻撃を加えるつもりは無さそうだった。

 

 ここに駆け付けたMS部隊は、反政府組織の最大勢力・カタロンのものであった。彼らが“第2のソレスタルビーイング”になろうと奮闘している話は予てから耳にしていたものの、アロウズが所有する太陽炉搭載型に対抗するにはジリ貧であった。

 ソレスタルビーイングが旧3大国家陣営に対して優位に立ち回っていたのは、ガンダムという太陽炉搭載型MSあってこそ。その技術が――劣化品とはいえ――流出したとなれば、数の暴力でひっくり返されてしまうのは目に見えているだろう。

 彼らが今欲しているのは戦力だ。ソレスタルビーイングを助けに来たのは“恩を売ることで、協力関係を築くことができるのでは”という下心ありきのモノだろう。一部のパイロットが「タイミングが良すぎる」ことを訝しんでいたが、真相を知っている者たちは沈黙を保っていた。

 

 此度の指揮官たるスメラギは“カタロンと会談を行う”ことを選んだようだ。プトレマイオスの進路はカタロンのアジトと相成った。

 彼女が下した帰投命令に従う機体を横目に見つつ、クーゴは元・相棒が飛び去った空を見上げる。いつかの虚憶(きょおく)同様、澄み渡った蒼穹がそこに在った。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 トリロバイトを退けたダブルオーは、アリオスに掴った。即座にアリオスがトランザムを発動し、2機は海面へ向かって行く。ソレスタルビーイングには“可変機=タクシー”という方程式でもあるのだろうか。クーゴはそんなことを考えた。

 思い返せば、デュナメスがキュリオスの上に乗ってテロリストたちを狙い撃っていた映像を目にしたことがある。確か、あれはタクマラカン砂漠での出来事だった。連鎖的にMD大暴走の記憶が引っ張り出されてしまったのは仕方のないことだろう。

 セラヴィーとケルディムは海中に残ることにしたらしい。他の罠を警戒しているようだ。賢明な判断だろう。指揮官がいると思しき旗本艦を潰す役目は、ダブルオーとアリオスに任されたという訳である。

 

 

 はやぶさとパハリアは、役に立たなくなったEソナーの代わりに、サイオン波を使った人力ソナーでの索敵を行っていた。正直な話、海底よりも海上に大量の反応が見られる。己の身を苛むような寒気を感じるのは何故だろう。

 索敵結果をプトレマイオスクルーへ伝えた後も、クーゴは海面へと視線を向けた。悪寒が段々と強くなってくる。このままでいたら、何かまずいことになるという確信があった。はやぶさのカメラアイには、海上から差し込む光が揺らめく様子が映し出されている。

 

 次の瞬間、海上から、水をぶち破るかのような振動が襲い掛かってきた。水面が激しく紋を刻む。

 

 

「な、なんスか今の!?」

 

「上空からの砲撃か!?」

 

 

 リヒテンダールとラッセが水面へと視線を向けたのが『視えた』。先程の衝撃が余程のものだったのか、プトレマイオスの動きを拘束していた樹脂繊維がぶちぶちと切れる。

 艦体は大きく傾いたものの、操舵が復活したおかげで即座に体制は整えられた。攻撃で使用不可になっていたEソナーが回復するのももうすぐであろう。

 

 

「やりぃ! 怪我の功名ッス!」

 

「調子に乗らない!」

 

「Eソナーおよびセンサー、機能回復です! ――アロウズの新型機、反応多数!?」

 

 

 もう窮地を脱出した気でいるリヒテンダールに、クリスティナが厳しいツッコミを入れた。

 2人のやり取りは夫婦漫才みたいなように思える。状況が状況でなければ、微笑ましい光景だったであろう。

 そんな夫婦漫才を尻目に、ミレイナがEソナーおよびセンサーの復旧を告げた。間髪入れず、彼女は金切り声をあげる。

 

 プトレマイオスのEセンサーが、海上にいた反応を映し出しているのが《視えた》。旗本艦と思しき戦艦の周囲には、Unknownと銘打たれた機体やMDが飛びまわっている。

 映像がピックアップされた。白と紫に翼を持つ、謎の新型機。その佇まいは天使のようだが、緑に輝くモノアイの瞳が異様さを引き立てている。あれは、天使と言う名の悪魔だ。

 

 クルーたちがざわつく。連邦、あるいはアロウズの新型MSを目の当たりにしたのだ。その気持ちはよく分かる。

 

 

「戦艦からMS部隊、来ます!」

 

 

 フェルトの声が響いた。その脇には、戦況を険しい顔つきで見つめるアニューの姿がある。出撃前、ボロ雑巾同然のロックオンが転がるようにしてケルディムに乗り込んだ姿を見かけたのだが、3人はちゃんと和解――あるいは妥協――できたのだろうか。閑話休題。

 画面には、変わった外観をしたアヘッドと対峙するダブルオー、ジンクス部隊と対峙するアリオスが映し出される。クーゴの目を惹いたのはアヘッドだ。兜を被った武者を連想させるような佇まいに、刀を彷彿とさせるような形状のビームサーベル。その太刀筋は、クーゴの型と似ていた。 

 

 あの型を知っている人間はユニオン関係者くらいのものだ。その中でも、クーゴと同じ型を再現できるような人間はいない。

 ――そういうものに惹かれていた物好きなら、クーゴはよく知っていた。まさか、アヘッドに乗ってダブルオーと交戦している奴は。

 

 

<なんという僥倖……! 生き恥を晒した甲斐があったというものだ!!>

 

 

 何とも言えない予想を肯定するかのように、奴の《聲》が響き渡った。

 

 グラハム・エーカー/ミスター・ブシドーの搭乗するアヘッドは、流れるような剣技でダブルオーと鍔迫り合いを繰り広げる。太刀筋はクーゴのものをベースにしているため、自分がダブルオーと戦っているような図を眺めているような気がしてきた。

 胸を潰されるような痛みが走る。これは、ブシドーの想いだ。残された親友とともに、失ってしまった親友の想いを背負って飛ぼうとしていた。親友を人質に取られた。行き場のない籠の鳥は、それでも空へ焦がれていた。赤黒い機体を見上げる研究者が、歪んだ笑みを浮かべた姿が《視える》。

 開発途中の新型機。エイフマンの弟子であるビリーが、ブシドーのために作り上げた機体だ。フラッグの系譜を継ぐ“それ”は、クーゴと交わした約束の結晶でもある。その機体は、初陣の瞬間を待ち構えているかのように見えた。

 

 

「……あいつら! 俺のコンバットパターン、覚えた上に組み込んだのか……!!」

 

 

 クーゴは歯噛みする。自分が社会的に死んでいたことは知っていた。だが、まさか、親友たちがそんなことをやり遂げてしまうとは思わなかったのだ。

 特にグラハム/ブシドーは、クーゴの型を完璧に再現するために、計り知れない努力をしたのだろう。あいつは負けず嫌いで執念深い男だ。

 

 

「この動き……何か変だわ」

 

 

 センサーと睨めっこしていたスメラギが、眉間に皺を寄せて敵の動きを見つめている。次の瞬間、クーゴの眼前に、海上の様子が広がった。戦況の動きが《視える》。

 

 背後の甲板からMS部隊が空へと飛びあがった。先陣を切ったのは、ブシドーの搭乗するアヘッドとは違う型のものだ。その機体は可変型のガンダムに狙いを定める。こちらも派手な鍔迫り合いを演じていた。優勢なのはアヘッドの方である。しかし、アロウズのMS部隊は、なかなか攻めきれないでいた。

 彼らは新型機の周辺にMDが集まりにくくなるようにしながら、ガンダムを迎え撃っている。スメラギはそれを指摘して首をひねった。アロウズにとってその戦術は、普通に戦うより精神的に辛いものである。どうして彼らは、味方の妨害をするかのように布陣を組んでいるのだろう。

 

 

「まさか、あのときの衝撃は――!!」

 

 

 スメラギは、はっとしたように顔を上げた。即座にデータを打ち込み、情報を確認する。幾何の間をおいて、スメラギの横顔がこわばった。

 データの数字がとんでもない数値を叩きだしている。先程の衝撃が敵からの攻撃だったと仮定し、空中及び地上でその攻撃を受けた場合の被害状況を確認したのだろう。

 

 

「この数値……地上および空中の、半径数キロから数十キロ範囲が焦土と化す威力です」

 

「何ィ!? じゃあ、あの新型機のパイロットは、旗本艦や友軍も吹き飛ぶと分かってて、そんな武装を展開したってことか!?」

 

 

 フェルトとラッセ表情を戦慄かせた。水中だったから、威力が大分抑えられていたらしい。

 

 

「アロウズの指揮官は、不完全で不確かながらも、この武装のことを予測していた……。だから、新型機の広範囲攻撃から逃れるために回避行動を取ったのね。……そして、その武装を展開させないよう、MS部隊を配備させている。――この場にいる自軍の命を、守るために」

 

 

 スメラギの声がひどく震えていたのは、何故だろう。クーゴがそれを疑問に思う前に、プトレマイオスのセンサーがけたたましく鳴り響いた。レーダーに機影が映し出される。機体は――ユニオンフラッグやAEUイナクトを中心とした構成だ。

 太陽炉非搭載型の機体を中心にしている部隊は、反政府組織くらいしかない。しかも、アロウズのMS部隊より倍の機体数で隊を組んでいるということは、反政府組織の中でもかなりの力を有している組織だ。そうなれば、答えは1つ。カタロンが、ソレスタルビーイングの援護に入ったのだ。

 この連係は、自分たちの意図したものではない――スメラギの目がそう語っている。アロウズのMS部隊は、突然の乱入者に対応するため動き出した。当たり前のことであるが、新型機への注意が散漫になる。

 

 カタロンの連中と、アロウズ及びガンダムのMSと戦艦を取り囲むようにして、新型機たちが陣取っているのが視界の端に映った。

 しかも、端と端に1組づつ、目を惹くような陣形を組んでいる。それを目にした途端、クーゴの背中に激しい悪寒が走った。

 

 

「いけない!」

 

<イデア、若造!>

 

 

 スメラギが声を荒げた。割り込むようにして、ベルフトゥーロの思念が響き渡る。彼女はマリナの傍についていたため、通信できるようなものは思念波くらいしかない。

 

 

<行って! でなきゃ、大変なことになる!!>

 

 

 ベルフトゥーロの思念に背中を押されるような形で、クーゴ/はやぶさとイデア/パハリアは顔を見合わせ頷いた。

 先程海上へ飛び出したダブルオーとアリオスに倣い、飛行形態のはやぶさにパハリアが捉まる。

 

 

「トランザム! ――サイオン、フルバースト!!」

 

 

 己の持ちうるサイオン能力を爆発させる。青い光が舞い上がり、普通からは想像できない勢いではやぶさが加速した。

 一歩先に海上へ向かったダブルオーとアリオスよりもずっと速く、海面へと近づいていく。

 

 

「――いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 間髪入れず、はやぶさとパハリアが海上へと飛び出した。眼前には、陣形を組んだ新型機が広がる。彼らの羽が、この場を覆いつくさんほどの光を爆ぜさせた。

 パハリアがはやぶさから手を離し、即座にトランザムとサイオンバーストを発動させた。青い光が煌めく。コンマ数秒で、新型機との距離が迫る。

 はやぶさが愛刀2本を抜刀し、パハリアがアームズについたブレードを展開して、舞い散るごと機体を一刀両断した。

 

 

(流石はガーベラストレートとタイガー・ピアスの発展形武装だ)

 

 

 はやぶさに搭載された刀型のブレード――アマツミソラと小太刀型のブレード――ヒテンの切れ味に、クーゴはひっそり感嘆する。

 

 前者は漢字表記で『天つ御空』と書き、元は『天つ空』の別名から派生したものだ。“空”を言い表す言葉であり、皇居や宮中、或いは天皇を指す言葉として使われることもある単語だ。

 後者は漢字表記で『飛天』と書き、“空中を舞う天人や天女”或いは“天界に住まい、仏の世界を守る天人や天女”のことを意味する単語であった。どちらの武装も名付け親はクーゴである。

 

 

「アメリアス、手伝って!」

 

<任せて! 一気に行くよ!>

 

 

 追撃とばかりに、パハリアの自律型兵器が合体して盾の形状へ変化した。パハリアを中心にして防壁が展開し、凄まじい風が巻き上がる。真っ二つに引き裂かれた光は、風によって吹き払われた。コンマ数秒後、遠くに飛ばされた光の残骸が爆ぜる!

 残骸は四方八方に降り注いだが、広範囲且つ遠くへ吹き飛ばされたためか、威力は疎らなものだった。先程海中で感じた衝撃には程遠いであろう。はやぶさもミハタテンサイを展開していたが、もしかしたら必要なかったのかもしれない。

 アロウズの旗本艦やMS部隊、ダブルオーやアリオス、特別な改造が施されたアヘッドたち、カタロンの太陽炉非搭載型MSたちも、パハリアの展開した防壁のおかげで傷一つついていない。爆発の余波で、新型の下位互換機と思しきMDが爆発四散した。

 

 新型も無事では済まなかったようで、羽の一部がえぐれている。

 しかし、新型の羽は、徐々にではあるものの自己修復が始まっていた。

 

 

(ナノマシンによる自己修復……! 虚憶(きょおく)由来の技術でも、実現が『可能そうで難しい』と言われたヤツを搭載してるのか)

 

 

 新型機たちは陣形を解いて、この場から逃げるように飛んでいく。

 状況が状況でなければ追撃した方がいいのだが、アロウズ、カタロンとの三つ巴状態である。

 下手に動くことはできない。彼らはじっとにらみ合いを続ける。

 

 クーゴ/はやぶさは、武者のような佇まいのアヘッドへと視線を向けた。少し離れたところにいるダブルオー/刹那も、武者のようなアヘッド――否、グラハム・エーカー/ミスター・ブシドーへ視線を向けていた。

 

 

「グラハム」

 

<……グラハム・エーカー>

 

 

 クーゴが嘗ての友人の名を呼べば、ほぼ同じタイミングで、ひどく震えた刹那の声が《聴こえた》。

 茫然とグラハム/ブシドーを見つめる刹那の横顔が《視える》。卒倒一歩手前の、愕然とした表情だ。

 

 アヘッドを見つめるダブルオーは、パイロットである刹那の心が反映されているかのようだった。幾何かの間をおいて、アヘッドのカメラアイが静かに輝く。クーゴは思わずアヘッドを見た。

 仮面をつけた男――ブシドーが、今にも泣き出してしまいそうな顔を浮かべた様子が《視えた》。それでも、なんとか微笑もうとしているかのように口元を震わせる。苦しそうに、悲しそうに、寂しそうに、彼は目を伏せた。

 その光景が終わった直後、武者のようなアヘッドは、自分たちに背を向けた。眼下には、アロウズの旗本艦とMS部隊が撤退していく様子が伺える。アロウズは、この場から一端引いて体勢を立て直すことにしたようだ。

 

 カタロンのMS部隊は、彼らに追撃する様子はない。彼らの目的は、ソレスタルビーイングとの合流らしかった。

 

 

「ラッキー……では、なさそうです」

 

 

 イデアはぽつりと呟いた。眉間には皺が寄っている。彼女は“カタロンが自分たちの完全な味方である”とは思っていないようだ。

 過激派の中心となっている武装組織カタロンは、ソレスタルビーイングの理念とはそりが合わなさそうである。

 相手が求めているのは“疑似太陽炉搭載型MSと戦うための力”だ。アロウズの支配を打ち砕く力。――あくまでも、戦力として。

 

 もし、ソレスタルビーイングがカタロンとの共闘を拒んだら、カタロンはどんな反応を示すだろうか。特に、ケルディムのパイロットであるロックオン(ライル)はカタロンの関係者である。ヘタをしたら、ケルディムが寝返るなんてこともあり得そうだ。

 ロックオン(ニール)がその現場を目の当たりにしたら、修羅場は一気に加速するだろう――そう考えて、クーゴははたと止まった。どうしてクーゴは“この場にロックオン(ニール)がいたら”という予想を巡らせているのだろうか。

 

 

『『ロックオン・ストラトス』』

 

『狙い撃つぜ!』

『乱れ撃つぜぇ!』

 

 

 不意に、虚憶(きょおく)が《視えた》。焼野原の男と対峙するロックオン(ニール)の前に降り立ったケルディム。パイロットはロックオン(ライル)だ。顔を合わせた2人が、何やら不穏な会話を続けている。状況が戦場でなければ、即座に兄弟喧嘩コースへまっしぐらだったであろう。彼らが踏みとどまったのは、焼野原の男がいたからだ。双子はぐだぐだと会話しながらも、的確な連携で焼野原の男を追いつめていった。

 

 

(……もしかして、双子が揃うのか?)

 

 

 クーゴがそんなことを考えたとき、プトレマイオスから通信が入った。このまま、カタロンと合流することになったらしい。

 プトレマイオスが海中から浮上する。ガンダムたちも水中から姿を現し、カタロンのMS部隊の誘導に従った。

 

 ダブルオー/刹那は、ただ茫然と、アヘッド/ブシドーの去っていった方角を見つめていた。フェルトやミレイナの呼びかけで、漸く我に返ったようだ。殿につく。

 はやぶさ/クーゴとパハリア/イデアは、最後尾のダブルオー/刹那に視線を向ける。――なんだか、見ていて胸が痛くなってきそうな姿だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 刹那がよく知るグラハム・エーカーは、晴天の空を思わせるような笑顔を浮かべた男だった。どこまでも一途で、真っ直ぐで、生真面目で、妥協を知らなくて、負けず嫌いで……とかく、面倒な男であるともいえる。

 

 だが、今。アロウズの新型アヘッドに搭乗していた男は、矛盾をはらんだ目をしていた。何かを諦めながらも、何かを求めているかのような、悲痛な瞳。

 クーゴの反応からして、“グラハムがアロウズに身を寄せている”ことや“何か大変なことになっている”ことは察していた。「ロクなことでない」と。

 その詳細を、刹那は今、目の当たりにした。グラハムは、自軍が巻き込まれることも厭わず広範囲兵器を起動させようとする者たちと水面下で駆け引きを行っていた。

 

 それだけではない。相手に悟られぬようにと計算しながら、それとなく刹那とダブルオーを庇ったのだ。

 あのとき、彼のアヘッドが体当たりを仕掛けてこなかったら、ダブルオーは広範囲兵器の攻撃によって塵芥になっていたであろう。

 

 

「グラハム・エーカー……」

 

 

 グラハム自身は何も言わなかったけれど、彼の剣は叫んでいた。ただ真っ直ぐ、刹那を求めていた。星に手を伸ばし、届かないと落胆し、それでも手を伸ばすことをやめない子どものように。

 彼は、あんな風に、儚く笑うような男ではなかった。悲痛さを孕んだ笑みを浮かべるような男ではなかった。何かを飲み込んで、泣きそうな――歪んだ笑みを浮かべた彼を見たのは、初めてだった。

 

 

「どうして――」

 

 

 震えた声が漏れた。次の瞬間、頭の中にノイズが走る。

 悲嘆、絶望、闇の底。妖艶に嗤う女の顔が《視えた》。

 

 一度、刹那はそうやって嗤う女を見たことがあった。4年前、京都で、白いワンピースを着ていた刹那を水たまりへ突き飛ばした相手だ。クーゴの実の姉――刃金蒼海。

 

 何故、あの女の顔が見えたのだろう。刹那が首を傾げたとき、不意に、言葉にできぬ息苦しさを感じて胸を抑えた。悲鳴、絶望、闇の底。見上げた空に、緑の光が舞う。白と青を基調にした機体――刹那の乗るガンダムが見えた。

 羽をもがれた鳥は、ずっと空を見つめている。その鳥の姿は、仮面をつけた金髪碧眼の男へと姿を変えた。あの仮面と陣羽織を、刹那はよく知っている。片方はグラハムが購入したのを見かけたし、もう片方は刹那が『似合う』と言ったものだった。

 虚ろな緑が刹那を捕らえた。能面みたいな顔が、ありとあらゆる感情をごちゃまぜにしたように歪む。助けを求めるようでもあるし、刹那を突き放すようなものでもあったし、何かに祈っているかのようにも見える。――それでも、刹那に対して惜しみない愛を向けている所だけは、変わっていない。

 

 

『――……』

 

 

 彼の口が動く。音にはならなかったけれど、その口は確かに言葉を――『少女』という単語を紡いでいた。

 

 久方ぶりにその愛称で呼ばれた。刹那が彼に本名を告げる以前の愛称。刹那が名乗ってからは、ほぼ名前で呼ばれるようになった。名前を教えてもらえたことが余程嬉しかったのだろう。一音一音確かめるように、「刹那」と紡いでいた姿が脳裏によぎる。

 しかし、グラハムは刹那の名前を呼ばなかった。その代わりとでも言わんばかりに、グラハムは嘗ての愛称で刹那を呼び続ける。刹那がその違和感に気づいたのと入れ替わりに、グラハムは口を動かした。何かを紡ぎかけ――けれど、彼は悲しそうに目を伏せる。

 

 それきり、グラハムは口を真一文字に結び、首を振った。懐から何かを引っ張り出し、縋りつくようにしてそれを握り締める。

 深く鮮やかな藍色。すべてが始まる前に、刹那がグラハムに贈った誕生日プレゼントだ。ちりん、と、澄み渡った鈴の音が響く。

 瞬きすると、刹那の前には、見慣れたコックピットの光景が広がっていた。しかし、胸の苦しさはじくじくと残り続けている。

 

 

「刹那、大丈夫?」

 

 

 フェルトの声が、遠くから響く。

 

 

「セイエイさん、どうかしたのですか?」

 

 

 ミレイナの声も、遠くから響く。

 

 ああ、なんだろう。

 刹那は息苦しさをやり過ごそうとする。

 

 フェルトの声が、また、遠くから響いた。

 

 

「刹那、応答して」

 

「――胸が……」

 

「え?」

 

「胸が、痛い――?」

 

 

 その痛みの理由を、刹那はまだ知らない。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 “お前の頭アレハンドロ”――ノブレス・アムにとっての罵倒語録の中では、結構怒りの度合いが高い言葉である。……と言っても、これが通用するのは身内だけだ。

 

 H.I.A.W.Dの活躍によって滅びを免れた世界であるが、小規模の問題は今でも発生している。ノブレスたちの世界――或いはH.I.A.W.Dやソレスタルビーイング、若しくは悪の組織/スターダスト・トラベラー関係者がいる場所でノブレスが『お前の頭アレハンドロ』と叫んだならば、関係者たちは“ノブレスが相手を罵倒した。相手に対して強めの怒りを抱いている”と理解できるだろう。

 だが、ノブレスたちがいた世界とは違う世界――或いはH.I.A.W.Dやソレスタルビーイング、若しくは悪の組織/スターダスト・トラベラー関係者が1人もいない場所でノブレスが『お前の頭アレハンドロ』と叫んだとしても、それが“ノブレスが相手を罵倒した。相手に対して強めの怒りを抱いている”ことの表れだとは気づかない。滑ったギャグみたいな扱いをされるのは当然だ。

 自分たちが知っている世界でトラブルシューティングに当たるなら御の字。場合によっては、全く知らない世界や宇宙にすっ飛ばされた状態でスタートすることもあるからさあ大変。“お前の常識は世界の非常識”系列の問題が起きて、余計に事態が滅茶苦茶になる危険性があった。故に、見ず知らずの世界や宇宙にすっ飛ばされた場合は、情報収集が大事なのである。

 

 トラブル解決の舞台として足を踏み入れたのは、マナと呼ばれるエネルギーを使う高度情報文明が成り立つ世界だ。

 “マナを使えない人間には一切の人権が無い”という点が、S.D.体制下で殺処分されまくったミュウの過去とよく似ている。

 

 

<こういうとき、思念波で幽体離脱ごっこできるの便利ですよね>

 

<俺のコードも頼れるだろ?>

 

<伊達に異端審問官の歴代相棒務めてるだけあります。頼りにしてます>

 

 

 ノブレスとは別側面から情報収集を行っていたフェニックスが親指を立てた。頼れる相棒のサポートもあり、情報収集はいい感じに行えている。

 ……と言っても、自分たちが手に入れられた情報は“マナを使えない人間が、この世界ではどのような扱いを受けるのか”くらいだったのだが。

 

 

(異邦人である僕たちは“マナを使うことが出来ない”。故に、“マナを扱えない人間がどのような扱いを受けるのか”という情報を集めれば、ネーナの行方を掴むことが出来る)

 

 

 我ながら良い考えだと思うのだ。……『胸糞悪すぎて叫びたくなる』点を除けば。

 

 

<この世界、頭S.D.体制かな?>

 

<大分怒ってるな>

 

 

 “お前の頭S.D.体制”――ミュウの罵倒語録の中では死語になりつつある言葉であり、S.D.体制下を経験したミュウにとっては怒髪天クラスの怒りを指すことが多い。勿論、この罵倒が通用するのもミュウだけだ。特にS.D.体制経験者~体制崩壊から数年程度にはよく理解されるし、未経験者からすれば古典的な表現扱いされる。

 

 ノブレスはS.D.体制を全く知らない世代であるが、彼のすぐ近くにはS.D.体制下をよく知るミュウがいた。もっと簡潔に言えば、ナスカチルドレン――ミュウたちが入植しようとした植民地惑星ジルベスター星系第7惑星/ナスカにて、ミュウ同士の婚姻を経て自然分娩で生まれた10人の赤ん坊――である。彼女や彼の影響を受けた結果、ノブレスの罵倒語録に登録された。

 ただ、つい先日――ミュウの体感時間で先日なので、人間の視点で考えると半年~1年くらいの時間経過がある――、ミュウの罵倒語録に新たなモノが追加された。現状、件の事件を知っている者たちであれば口を揃えて“そう”言うであろう内容である。最も、この世界では恋愛は基本的に自由意志・自然分娩で出産するという分は、その単語を使う程の状況ではないとノブレスは考えていた。閑話休題。

 

 この世界ではマナを扱えない人間をノーマと呼び、『“野蛮な人間”として忌み嫌い、該当者を問答無用で強制連行し、ドラゴンと呼ばれる異種族と戦わせる』ことが法律で定められている。

 即座に殺処分されないものの、“有無を言わさず命の保証が出来ない状況へ放り込む”ところが『頭S.D.体制』と言いたくなるような所以だった。

 

 

<ノーマが送り込まれる軍事基地は……アルゼナルか。フェニックス、座標データ抜き取れました?>

 

<ばっちりだ!>

 

<じゃあ、長居は無用ですね。ずらかりましょう>

 

 

 意識を肉体に戻した後、ノブレスは後ろを振り返る。ソワソワした様子で帰還を待っていたヨハンとミハエルが、弾かれたように立ち上がった。

 

 

 

***

 

 

 

 “お前の頭アレハンドロ”――ノブレス・アムにとっての罵倒語録の中では、結構怒りの度合いが高い言葉である。……と言っても、これが通用するのは身内だけだ。

 

 “お前の頭S.D.体制”――ミュウの罵倒語録の中では死語になりつつある言葉であり、S.D.体制下を経験したミュウにとっては怒髪天クラスの怒りを指すことが多い。

 勿論、この罵倒が通用するのもミュウだけだ。特にS.D.体制経験者~体制崩壊から数年程度にはよく理解されるし、未経験者からすれば古典的な表現扱いされる。

 

 ただ、つい先日――ミュウの体感時間で先日なので、人間の視点で考えると半年~1年くらいの時間経過がある――、ミュウの罵倒語録に新たなモノが追加された。

 現状、件の事件を知っている者たちであれば口を揃えて“そう”言うであろう。ミュウの体感時間的には充分『直近』の範囲であるのも、件の言葉が流行った原因だ。

 恐らく、“この事件を知っているミュウたちにとっては、罵倒語録の中でも最上級に位置する”クラスの怒り表現だろう。かくいうノブレスも、それが当てはまった。

 

 

「頭アレハンドロ通り越してS.D.体制ぶっちぎって■■■■■■■『■■』かな?」

 

「は???」

 

 

 目の前にいる金髪の男――エンブリヲにとって、ノブレスの言葉は意味不明な単語の羅列にしか思えなかったらしい。唐突な罵倒に対し、頭おかしい人間を見るような調子で顔をしかめられた。

 ただ、ノブレスの様子から“何やら悪口を言われている”ことは察することができたのだろう。苛立たしい気持ちが能われているのか、眉の端がぴくりと動く。

 

 

「ネーナ。あんたの教官が言ってる“■■■■■■■『■■』”って何?」

 

「あたしたちの世界を裏から支配しようとしていた粗大ゴミ。転じて、“幸せな恋愛してるカップルの片割れや普通の人生送ってるだけの一般人の脳と人生を滅茶苦茶に弄繰り回して破壊した挙句、自分のために使い潰そうとする”粗大ゴミみたいな思考回路してるヤツのこと」

 

「何それ!? あんたの所にもエンブリヲみたいな思考回路持ってるヤツいたワケ!? キモ過ぎるんですけど!」

 

 

 一足先にエンブリヲ/ヒステリカと対峙していたアンジュとネーナの会話が聞こえてきた。

 

 この世界では、機械でもないのに■■■■■■■『■■』と似たり寄ったりなことを考える人間(?)がいるらしい。

 機械の時点でトチ狂っていたのに、人間(?)が同じような思考回路で動き出すとは。本当に洒落にならない話だった。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

「変なことに巻き込んじゃったみたいでゴメンね」

 

「いいえ。ですが、“情報収集型イノベイドが行方不明になる”一件に関して、ある程度の情報は手に入りました」

 

 

 画面の向こう側にいたリジェネが申し訳なさそうに目を伏せる。ノブレスは首を振った。寧ろ、謝らねばいけないのはノブレス側であろう。

 情報源にして証人になり得る人物――クレーエ・リヒカイトを無事に確保できていたのだが、あと一歩のところで彼は命を落としている。

 

 別件で作業していたリボンズが手を止め、こちらに向き直った。

 

 

「クレーエ・リヒカイトには思考プログラムが施されていた形跡があったよ。『“S.D.体制下で、グランドマザー、及び、マザーネットワーク管轄内端末が行っていたもの”と非常に似てる』ってさ」

 

「脳を弄られてたってことか?」

 

「“強制力が強すぎる暗示”であり、“施された思考プログラムの度合いによっては、命令を実行し終えた後は廃人確定”という意味では、そう言えるだろう」

 

 

 リボンズの返答を聞いたミハエルは、眉間の皴を深くして黙り込む。ヨハンとネーナも俯いた。

 

 クレーエはアレハンドロの依頼を受け、トリニティ兄妹たちを生み出した。コーナー家の悲願を叶える駒として、ソレスタルビーイングに憎悪を集めるための生贄として、ガンダムマイスターとしての戦闘能力を与えたのだ。その過程で、トリニティ兄妹たちはクレーエからの“調整”を施されている。

 兄弟妹(きょうだい)以外の人間たちに対する嗜虐性を高め、憎悪を集めやすい言動や振る舞いをするような環境下において育てた結果が“ノブレスとの初対面”だったのだろう。元から生みの親である研究者――クレーエに対して『あまりいい感情を抱いていない』ことは聞いていた。

 彼や彼女たちは、クレーエの顛末に対して何を思っているのだろう。自分たちの脳や体を好き放題弄っていた男が、最期は思考プログラム――脳を弄られた結果――によって強制的に自殺()()()()()とは。……最も、思考プログラムが施された人間が生き残った場合は、ショックで廃人と化してしまうのだけれど。

 

 

「クレーエ・リヒカイトはキミたちにとっての“生みの親”だ。……彼とキミたちの関係性がどうであれ、思うところがあるのはおかしなことじゃない。今は難しいかもしれないが、時間は幾らでもあるんだ。余裕が出来て気が向いたらでいいから、ゆっくり考えて整理してみればいい」

 

 

 画面の向こう側にいたリボンズは、神妙な様子で呟く。詳しい話は知らないが、嘗ての彼も生みの親であるイオリアやレイと色々あったイノベイドだ。

 “生みの親に対して複雑な感情を抱いたことがある”経験者として、トリニティ兄妹のことを気にしているのであろう。

 

 幾許かの沈黙の後、ネーナが口を開く。

 

 

「確かに、あたしたちを生み出した奴とはいい思い出なんて無かったよ。“いつか痛い目に合わせてやる”とか、“痛い目を見ればいい”とも思ってた。――けど、ここまで酷い死に方して欲しかった訳じゃない」

 

「ネーナ……」

 

「そりゃあ『因果応報だ』とか『ざまあみろ』って思うけど、それ以上に、『なんか違う』って思うの。上手く言えないけど……すっごく変な感じ」

 

 

 難しい顔をして考え込むネーナと入れ替わるように、ヨハンが口を開いた。複雑そうな面持ちのまま、ゆっくりと話し始める。

 

 

「ドクター・リヒカイトが“アレハンドロの依頼を受け、私たちを生み出した”のは事実です。そして、我々が“ヘイトコントロールのための駒として滅ぼされる予定”だったことも」

 

「ヨハン……」

 

「ですが、こうも思うのです。――“ドクター・リヒカイトがいなければ、我々は生まれてこなかった”、とも。……その事実には、感謝できると思うのです」

 

 

 清々しい調子でそう言ったヨハンだが、ノブレスと目が合った途端、照れ臭そうにはにかんだ。

 「“教官に出会えた”という結果論ありきになりますが」と語る彼の言葉に弟妹も頷く。

 

 嫌いな奴は嫌いでいいし、ムカつく相手がいたっていい。嫌な相手のことを無理に好きになろうとしなくていいし、好ましいと思う相手のことを無理に嫌いにならなくていいのだ。その言葉を出すまでに長い時間をかける人もいる。

 勿論、トリニティ兄妹たちのように一足飛びで結論付ける人もいるだろうし、彼や彼女たちとは違う答えに辿り着くこともある。もしかしたら、生きているうちに自分の出した答えに疑問を抱くこともあるかもしれないし、改めて考えた結果として“前回とは違う答え”を出すこともあるだろう。

 悩み苦しんだ時間も、それから逃れる――或いは打破しようと足掻いた経験も、積み重ねてきた日々だって、きっと何一つとして無駄にならない。過去を事実として受け止めて、今こうして穏やかに在れることが、間違っているはずがないのだ。

 

 

「もう少し、ゆっくり考えてもいいんですよ? ミュウは人間より時間がありますし。無理してません?」

 

「人間は“短時間で最適解を出す”ことに拘りがちだけど、そのせいで苦しむのは本末転倒だよ」

 

「『無理してない』とは言えないけど……でも、いいんだ。俺たちは、これで」

 

 

 ノブレスとリボンズの問いに対してミハエルは微笑む。教え子の成長ぶりに、ノブレスは胸が熱くなった。

 

 

(“短時間で最適解を出せるようになる”というのも、立派に成長した証なんですよね……)

 

 

 人間の尺度とミュウの尺度では、時間に対して意識の差が大きいことは把握している。人間が生きられる時間は僅か100年弱、S.D.体制下の時点のミュウはその3倍近くの時間差があった。現在では寿命も延びており、最長記録はベルフトゥーロの約500歳だ。

 更に言えば、ミュウとして『目覚めた』同胞でも、『目覚め』を迎えて日が浅い者たちの感性や価値観は人間寄りである。そういう意味では、トリニティ兄妹の価値観はまだ人間寄りと言えよう。それの良し悪しを論じるつもりはないが、彼や彼女たちが考えて出した答えは尊重されて然るべきだ。

 

 

<……良い生徒たちを持ったね>

 

<自慢の教え子ですよ。僕には勿体ないくらいに>

 

<お前、本当に自分の教え子大好きだよな>

 

 

 リボンズの思念波に対し、ノブレスは胸を張って答えた。それを聞いたフェニックスが茶化してくるけど、教え子が褒められるというのは我がことのように嬉しい。

 

 

「でも、それはアンタにだって言えることじゃないのか? リボンズさん」

 

「え?」

 

「俺たちが生まれた際に使われた遺伝子情報、アンタのも使われてただろ」

 

 

 ノブレスが思念波経由で教え子の自慢話を聞かせようとしたタイミングで、ミハエルが口を開く。

 ちょっと躊躇うような調子で視線を彷徨わせるあたり、気まずい部分があるらしい。

 

 

「遺伝子提供元って意味ではさ、アンタと俺たちって親子みたいなモンになる。……けど、なんか、そういう実感持てないんだよなァ」

 

「あ、分かる。今こうして話してても『教官のお友達で、おばあちゃんの息子さん』にしか思えないんだよね。勿論、良い意味で」

 

「遺伝子上の父親と考えれば、クレーエ・リヒカイトのように何かしら思うところがあるべきなのでしょう。ですが、貴方に対しては、そういう感情を抱くまでには至れなくて……」

 

「遺伝子上の親子だからといって、実際の親子と似たような関係を築くとは限らないさ。“遺伝子提供者が自分の遺伝子を使って生まれたデザイナーベイビーと顔を合わせる”なんて、普通だったらほぼ0に等しいワケだし」

 

 

 ミハエル、ネーナ、ヨハンが考え込むのを見ていたリボンズは静かに微笑む。

 

 稼働期間は約300歳。トリニティ兄妹から見れば、彼は充分“立派な大人”に見えるだろう。

 しかし、リボンズは自分を“立派な大人”とは思っていない。尊敬し、敬愛する人の背中を知っているが故に。

 

 

「それに、僕はまだ子どもだ。ヒトとしてもミュウとしても未熟だし、マザーから学ぶべきこと、教わりたいことだって沢山ある。……勿論、キミたちと一緒に大人になれたら嬉しいって思っているけど」

 

「……多分、そういうとこなんだろうなァ。貴方に対して変な意識しなくて済む理由」

 

 

 悪戯っぽく笑うリボンズを見たネーナが小さく噴き出す。口元を綻ばせた妹につられるようにして、兄2人も小さく肩を竦めた。

 奇妙な関係性であるが、そこには変なわだかまりは一切ない。良い意味で“年の離れた友人”のようにしか見えないだろう。

 彼らが和やかな調子で会話をしている姿を見ていると、何だかこちらも口元が緩むのだ。“好きなもの同士が掛け合わせると素晴らしい”とはこういうことだろうか。

 

 

「羨ましいなぁ。ああいうの」

 

「ボクらの場合は、色々とアレだからな……」

 

「あぁ……」

 

「ええと……」

 

「その、何と言えばいいのか……」

 

 

 暫し彼らの雑談を聞いていたヒルマンとゼルが、複雑そうな表情を浮かべて視線を彷徨わせる。彼らの関係性をよく知っていたミハエルがそっと視線を逸らし、ネーナがおろおろ手を彷徨わせ、ヨハンが沈痛な面持ちで俯いた。

 

 ヒルマンとゼルは、“自分たちが思いを寄せている女の子から『自分たちがカップルとして出来上がっている』と誤解されていた”という地獄みたいな状況に置かれていた。互いの思い込みを正した今も、想いを寄せる女の子――エラからは未だに『ヒルマンとゼルがカップルになるのでは』と思われているらしい。

 地獄絵図の要因となっているエラであるが、彼女は“ヒルマンとゼルから思いを寄せられている”という事実をどう受け止めればいいのか分からない様子だった。男として意識するか、友人として接するかの分水嶺に立たされている。

 

 

「しかも、誰も参考にならないというおまけつきだ」

 

「ハーレイはブラウに押し切られたから何か違うし、ブラウみたいな実力行使したいわけじゃないし、ネーナさんは……うん」

 

「あからさまに目ェ逸らすのやめてくれない!?」

 

 

 クルーの恋愛状況を挙げていたゼルとヒルマンは、ネーナの名前を出すと同時に視線を逸らした。眦を吊り上げて2人を睨むネーナだが、握りこぶしを戦慄かせる程度で抑えているようだ。

 ノブレスと初めて出会った当時のネーナであったなら、ゼルとヒルマンに対して暴力に走っていたとしてもおかしくないだろう。勿論、妹を馬鹿にされた兄たちも黙っていないかもしれない。

 特に暴力的な手段に走りそうなのがミハエル、表面上は大人しいが不快感を露わにしていたのがヨハンか。特に後者は、2人を軽くたしなめるだけで行動を制止しようとしなかっただろう。

 

 尚、ミハエルとヨハンはノブレスをちらりと見た後、盛大に大きなため息をついていた。一体何があったのだろう?

 

 

「僕がどうかしましたか?」

 

「い、いえ……」

 

「なんでもないです」

 

「それじゃあ、話を戻そうか」

 

 

 雑談がひと段落したことを確認し、リボンズが音頭を取った。

 トリニティ兄妹も、カテドラルのクルーも、背筋を伸ばしてリボンズと向かい合う。

 

 

「キミたちから提供された情報を分析した結果なんだけど――」

 

 

 その言葉を皮切りに、モニターの一部に関連情報が表示される。それを指し示しつつ、リボンズは話を始めた。

 

 リヒカイト邸を強襲しようとした機体は、つい最近ロールアウトされたアロウズの新型機・センチュリオシリーズの試作版にあたる機体だった。機体に搭乗していたのは、行方不明になっていた情報収集型イノベイドたち。撃墜した機体のパイロットは戦死し、コクピットが無事だった場合はもれなく廃人状態と化していた。

 彼らのデータを解析した結果、クレーエ・リヒカイト同様“脳に思考プログラムが施された形跡があった”という。おまけに、思考プログラムが施されたと思しき前後の記憶(メモリー)が一切残っていない。イノベイドの肉体(うつわ)人格(なかみ)はデザインベイビーより調整が容易であることを考えると、ろくでもない使われ方をされたことは予想が付く。

 S.D.体制下でも『マザーコンピューター、及び、マザーネットワークに属する機械どもが人間に対して思考プログラムを施していた』という事実があった。嘗てのコーナー家とハーヴェイ家の当主が企てた“イノベイドを使い潰すプラン”を思い返すと、何かの拍子で悪魔合体じみたことになってもおかしくはない。

 

 イノベイドたちのデータからでは掴めなかったが、今際のクレーエが遺した情報から“思考プログラムを施されたと思しき前後の状況”を察することが出来た。

 そこに映し出されていたのは、嘗てコーナー一派の人間同士として顔を合わせていた(ワン)留美(リューミン)と使用人紅龍(ホンロン)、刃金蒼海の3人組。

 

 

「思考プログラムが施されたのは“刃金蒼海が意図的に目を合わせた”瞬間だと予想できるね。どんなプロセスなのか非常に気になるところだが……」

 

「何か、気になることでも?」

 

「僕と同世代に起動したイノベイドの中には、イノベイド限定で“他者の肉体を乗っ取り、自由に操る”力を持っていた個体が存在していたことを思い出したんだ。あちらはノールック・ノーモーションでそれが出来たから、そっちと比べると“パンチが弱いな”って思ってしまって」

 

 

 何かを思案するように顎に手を当てるリボンズの様子が気になったらしく、ハーレイが問いかける。リボンズは苦笑した後、該当者のデータを指し示した。

 遺伝子配列パターンは0026――リボンズと同じタイプで、タイプは戦闘用・マイスター型。度重なる()()()()が原因で、彼の人格データは『処分された』という記録が残っている。

 

 

「今回の件には関係ないけど、“類似の能力を使える存在”ってことで、彼に関するデータを送っておくよ。参考になるかどうかは分からないけどね」

 

「ありがとうございます。――そういえば、リヒカイト邸で出会ったあのイノベイドたちに関しては何かわかりましたか?」

 

「ヴェーダを漁ってみたところ、“6人の仲間探し”なる計画が進行中らしい。現在、3人目まで確保したようだ。これに関しては、ハッキングを受けた結果の産物というワケではないらしい」

 

 

 その言葉と共に表示されたのは、リヒカイト邸で出会ったイノベイドたちと“6人の仲間探し”計画に関する簡単な内容である。と言っても、後者に関する情報はほぼゼロに等しいのだけれど。

 

 第3者から何らかの干渉を受けているヴェーダだが、ソレスタルビーイングが再始動したタイミングを見計らったかのように“6人の仲間探し”計画を始動させた。概要は“世界中に散らばるイノベイドの中から条件を満たす者を見つけ出し、合計6人を覚醒させること”。何を目的として行われているのかは一切不明だ。

 『一番アクセス権の高いリボンズでさえ、“6人の仲間”計画の全容を閲覧できない』――何やらキナ臭い空気が漂っている。異端審問官としては放ってはおけない案件だが、リボンズ曰く「推移は僕らが見守ってるから、そっちはソレスタルビーイングのサポートや遊撃役として動いて欲しい」と頼まれた。

 

 現状、ソレスタルビーイングやその関連組織は戦力が足りない。悪の組織、及び、スターダスト・トラベラーも裏から色々手を回してはいるものの、割とカツカツだ。

 地球連邦軍や独立治安維持部隊アロウズは今日も今日とて好き放題やっているし、彼らによって無辜の民が蹂躙されている。種族的な経緯故、ミュウは虐げられる者を放ってはおけない。

 数か月前までなら問題なかったけれど、表の顔である悪の組織が戦争幇助企業として指名手配扱いになってからは大分しんどいのだ。種族的な意味の過去がフラッシュバックしているので。

 

 

「計画の中心で動き回っているイノベイドの基本スペックは情報収集型。その片割れが“何故か戦闘型の力を有している”という懸念点はあるけれど、『ガンダムを持ち出してドンパチする』様子は無さそうだ」

 

「“イノベイドを殺して回るイノベイド”もいるみたいだけど、行動圏がソレスタルビーイングとは無関係だからね。そっちに関わったときは声かけるよ」

 

「分かりました。“6人の仲間探し”に関しては、そちらに一任します」

 

 

 興味関心が惹かれないわけではないが、ノブレスだって組織(秘密結社)に所属する身。優先順位や得意不得意があることは心得ている。

 餅は餅屋と言うように、イノベイドに関する問題はイノベイドが適任だ。更に言えば、こちらにはアクセス権限が一番高いリボンズがいる。

 ヴェーダに介入している第3者がノータッチであるのなら、“6人の仲間探し”をノブレスたちの優先度に組み込む必要は無さそうだ。

 

 

「あと、ソレスタルビーイングについてマザーから連絡があったよ。『イデアがソレスタルビーイングのクルーとして迎え入れられて、正式に復帰した』ってさ」

 

「本当!?」

 

「ってことは……!」

 

「我々も安心して、ファーストチームと共闘することができるという訳ですね」

 

 

 リジェネから齎された朗報を聞き、ネーナが表情を明るくした。ミハエルが身を乗り出し、ヨハンが口元を緩ませる。同胞が人間に受け入れられたのだから、喜ばしく感じるのは当然であった。

 

 何せ、ミュウは長らく迫害の憂き目にあってきた。グランドマザーがミュウの抹殺を宣言したせいで成人検査が厳格化――ミュウが耐えられない程の精神的負荷をかけて死に追いやる――するわ、ミュウをアルタミラに監禁した上で惑星破壊兵器を撃ち込むわ、母艦のシャングリラに遭遇すれば容赦なく部隊を差し向けるわ、辺境の惑星で静かに暮らそうとすれば惑星破壊兵器を持ってきて撃ち込むわ、散々な有様である。

 そういう経緯もあり、ベルフトゥーロ曰く『S.D.体制崩壊後も、暫くはピリピリとした空気が漂っていた』と聞く。その空気を変えたのは、双方の指導者から未来を託された次世代の指導者たち――トォニィ・アスカとセルジュ・スタージョンだった。僚友を殺された恨みや憎悪を飲み下して、彼らは新たなる時代を築くために奔走したのだ。セルジュは寿命で亡くなったものの、彼の意志は後継者たちに受け継がれている。トォニィもまた、その意思を見守りつつ、彼らと共に歩もうと尽力していた。

 

 この惑星に根を下ろした頃から、ミュウたちは人間に紛れ込みつつ彼らの行く末を見守って来た。いつか“対等な命として向き合い、手を取り合って生きる未来”を夢見て。

 イデアがソレスタルビーイングに所属したのもその一環だったこともあり、『国連軍との最終決戦で正体が露見し、クルーから拒絶された』という話を聞いたときのお通夜っぷりは酷かった。

 チーム・トリニティがチーム・プトレマイオスとの合流を避けたのは、ミュウとして『目覚めた』トリニティ兄妹がファーストチームから拒絶されるという二次災害を防ぐためだ。

 

 

「リヒテンダール、ちゃんとあの女を口説き落とせたのか気になってたのよ。後、刹那やイデアからも恋愛絡みの話聞きたかったし……本当によかったぁ!」

 

「シットオツ、シットオツ」

 

「喧しい! 何処で覚えたのよその言葉! ――そうだ! HARO、アンタの舎弟が元気にやってるか見に行こう!」

 

「シャーネーナー、シャーネーナー!」

 

 

 ファーストチームと一番親密な関係を築いていたのは末妹のネーナである。久々に、大手を振って友達と会えるのが嬉しいのだろう。大喜びしながら、近くにいたクルーとハイタッチを決めていった。

 途中で茶化しに入ったのは紫色のHAROだが、彼も弟分たるオレンジハロのことは気にかけていたのだろう。しきりにパタパタと耳を動かした。機械音声のくせに満更でもなさそうである。

 リヒテンダールの恋路が気になっていたのはヨハンやミハエルも同じらしく、ネーナと一緒に“2人の中が何処まで進展したか”の予測を立て始めた。ブラウとエラがそこに加わり、話が盛り上がる。

 

 そんな仲間たちの様子を暫し見守った後、リボンズが「それから」と声を上げた。

 

 

「それと、ソレスタルビーイングがカタロンと会談を行うようだ。『会談の結果によっては、チーム・トリニティやカテドラルにも支援を頼むかもしれないから、その準備をしていて欲しい』って」

 

「了解しました。……ところで、後ろの機体については?」

 

 

 ノブレスは思わず問いかける。リボンズとリジェネの背後では、悪の組織/スターダスト・トラベラーの関係者が慌ただしく準備を進めていた。格納庫に並ぶMSがちらちらと映り込んでいる。

 開発や調整を進めているリボンズ専用の機体――リボーンズガンダムと思しき機体もあれば、つい先日ロールアウトしたばかりの第1幹部専用の機体――ガラッゾやエンプレスらも並んでいた。

 リボーンズガンダムを除けば、どの機体も出撃準備は万全だ。リヴァイヴとヒリングがコックピットに乗り込む姿が映り込んみ、ブリングやデヴァインもそれに続く。

 

 彼や彼女たちの目――燃え上がるような怒りを滾らせている――を見る限り、仇敵の元へ討ち入りに行く武士のように見えなくもない。

 単純に、“ベルフトゥーロを迎えに行く”にしては過剰戦力すぎるのだ。何ゆえ、開発されたばかりのガ・シリーズを引き連れていく必要があるのか。

 

 ノブレスの問いに対し、満面の笑みを浮かべたリボンズが答えた。

 

 

「マザーから頼まれたんだ。『迎えに来て』って」

 

「迎えに行くのなら、MSは必要ないんじゃ――」

 

「アニューを泣かせたクソ野郎を粛清するのに必要だろう?」

 

 

 ハイライトが消え失せたが、紫苑の瞳は燃えていた。怒りの矛先にいるのは、アニューの恋人――ライル・ディランディである。

 “ベルフトゥーロを迎えに行く”ことがメインのはずなのに、別な目的の方にウエイトが傾いている気がした。

 

 

<ライル・ディランディの宗教って何だっけ?>

 

<アイルランド出身だからキリスト教じゃない?>

 

<キリスト教は火葬厳禁だったか>

 

<『土葬が禁じられてる国や地域では火葬でもいい』と聞く>

 

<面倒だから高濃度GN粒子でよくない?>

 

 

 リヴァイヴ、ヒリング、ブリング、デヴァインらが思念波を通じて会話をしていた。

 そこにリジェネが加わり、会話の物騒さを加速させていく。

 会話内容的に“穏便に済ませる”という選択肢はないようだ。

 

 

「じゃ、ちょっと頑張ってくる」

 

「程々にお願いします。カタロンは1人身が多いですから――」

 

 

 ノブレスの言葉が最後まで紡がれる前に、通信が途切れた。もう1度繋ごうとしたが繋がらない。これはもうだめだ。ノブレスは匙を投げた。

 

 こうなってしまっては、リボンズたちがやらかすことに関して、ノブレスは何もできないだろう。

 もしも何かあるとするなら――カタロン本部、及び、ライル・ディランディが消し飛ばされないことを祈ることくらいだ。

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。




【参考及び参照】
『日本語表現インフォ』の『空をあらわす言葉・単語・異称の一覧』より、『天つ空』、『飛天』

【小話】
・イデアの瞳の色⇒御空色
・アマツミソラの漢字表記⇒『天つ御空』
・イデアに対するクーゴの誉め言葉=イデアの機体に対するクーゴの呼び名⇒『天女』
・ヒテンの漢字表記に込められた意味⇒“空中を舞う天人や天女”或いは“天界に住まい、仏の世界を守る天人や天女”




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