問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
「そちらのクルーの中に、アニュー・リターナーを泣かせたライル・ディランディはいらっしゃいませんか!?」
「僕らの妹分を恋人にしておきながら、不貞行為を働いたライル・ディランディはいらっしゃいませんか!?」
「悪の組織第1幹部とその配下の者たちが、処刑準備を万端にしてお待ちしております」
「ライル・ディランディ、そこにいるなら今すぐ出て来い。一瞬で済ませる」
「安心していいよ。塵どころか、DNAの一遍すら残さず消してあげるから」
やって来たのは、モンスターペアレントならぬモンスターファミリーであった。
彼らの第一声を聞いたクーゴの脳裏によぎったのは、その一文である。悪の組織第1幹部たちの発言は、この場を混沌へと突き落とすには充分すぎる台詞だった。
ソレスタルビーイングのメンバーは、何とも言い難そうに眉間の眉を深くした。例外として、本名を名指しされた
悪の組織総帥は相変わらず悪い笑みを浮かべていたし、イデアは
スターダスト・トラベラーの紋章をつけたMSのパイロットが自分たちのことを悪の組織と称したわけだから、驚くのも無理はないのかもしれない。
……尤も、カタロン構成員がどよめく理由は、それ以外にもあるようだが。クーゴは眼下にいるカタロン構成員たちに目を剥けた。
<ライル・ディランディって……>
<クラウスが言ってた“ジーン1”の本名じゃなかったっけ?>
<馬鹿な……。“ジーン1”に彼女がいたなんて聞いてないぞ!?>
カタロン構成員の声が《聴こえて》きた。彼らの眼差しは、ケルディム――もとい、ケルディムのパイロットである
大半の面々は、
支部を取り纏めていたクラウスが愕然とした表情でケルディム――否、
四方八方から、<羨ましい>だの<妬ましい>だの思念が飛び交う。『カタロンは1人身が多い』という言葉が脳裏をよぎった。もしかして、こういうことを指していたのか。
「そっちが返事をしないなら、カタロンのみんなに聞いてみよう」
どこかで聞いたことのある声が聞こえた。4年前、夜にばったり出くわし、吐瀉物をまき散らしてきた犯人の声だった。
コックピット内部の様子が《視え》、クーゴは思わず息を飲む。薄緑の髪に紫の瞳――紛れもない、彼である。
クーゴがそれに気づいた瞬間、アニューを妹分として可愛がっていた家族たちが牙を剥いた。
間髪入れず、彼らはカタロンの構成員たちに向かって問いかける。声の音量からして、叫んでいると言っても過言ではない。
「そちらの諜報員の中に、“ジーン1”というコードネームを持つ人物がいたはずだけど、知らないかい?」
彼の声を皮切りに、大合唱が響き渡る。
「アニュー・リターナーを泣かせた“ジーン1”はいらっしゃいませんか!?」
「僕らの妹分を恋人にしておきながら、双子の兄の恋人に対して無体を強いた“ジーン1”はいらっしゃいませんか!?」
「我々の妹分だけでなく、双子の兄の恋人の純情までもを踏みにじった“ジーン1”許すまじ」
「“ジーン1”、そこにいるなら今すぐ出て来い。一瞬で済ませる」
「葬式の準備くらいはしてあげるよ。ところで、彼の宗教って何教なの? 面倒だから高濃度GN粒子でいい?」
「ああ、くそ。……僕の機体、やっぱり秘匿にしないで持ってきちゃえばよかったかなぁ」
彼らのMSは相変わらず武装を展開したままだ。
「完全に殺す気満々じゃないですか! 誤解だって説明したのに、ああもう……!」
周囲が
「は、はは。アニューは愛されてるんだなぁ……」
四方八方敵だらけという事実に、
(今にも死にそうな顔をしてる……)
多分、彼が生きていられるのは、ひとえにアニューのおかげであろう。
クラウスが笑っているのが見えた。会談で見せた穏やかな微笑ではなく、どこまでも冷たい笑みだった。彼の視線が
彼の口が動いた。「彼女持ちのくせに浮気だなんて最低だ」や、「今日から彼と私は他人だ。いいね」等と紡いでいるように見えたのは気のせいではない。
クラウスの言葉に触発されたように、カタロンの構成員たちも怒りを爆発させる。下からは「ふざけるなジーン1」だの「最低だジーン1」だのと大合唱が響いてきた。
ちなみに、ティエリア/セラヴィーとアレルヤ/アリオスは
こんな修羅場に放り込まれても、クーゴにはいい打開策など見つけられない。人間的にまだ未熟と言うのも理由だが、こんな状況に放り込まれた経験自体ないのだ。
静観同然の対応になっても仕方がないことだろう。誰にともなく言い訳し、クーゴは
*
壊滅したカタロン基地は、「誰が基地の情報を流したか」で持ち切りだった。GN粒子が散布されている地域に築いた拠点は、GN粒子の特殊性ゆえ連邦側にも発見できないという利点があったためである。
基地は使い物にならなくなったものの、人命は損なわれなかった。怪我人は山ほどいたけれど、死者は1人も出ていない。……但し、「リア充怖い」とブツブツ呟き続けるPTSD患者は
その功労者にして戦犯であるクロスロード夫妻は、率先して怪我人の手当に駆け回っている。PTSD患者は2人を目にすると、一目散に逃げ出してしまった。逃げ回る相手に対しては、カタロンの医療班が治療を施していた。
(……まあ、あんなの目の当りにしたらああなるよな)
クロスロード夫妻による石破ラブラブ天驚拳無双は、クーゴからしてみてもかなりインパクトのある光景であった。文字通り、頭を抱えたくなるレベルだ。
コロニー・プラウドに収容された後に救出されたカタロン関係者がPTSDになったのは、あの夫婦の石破ラブラブ天驚拳無双が原因のような気がしてきた。閑話休題。
「待ってくれ! 話を聞け、クラウス! あれには深い訳が……」
「ははは。“ジーン1”なんて諜報員も、ライル・ディランディという人物も、私は知らないなぁ」
「え、ちょ――」
「ところで、キミは誰だい? 私はキミと親しくなった覚えはないんだが」
「クラウスゥゥゥゥゥ!!?」
向うでは、カタロン支部のトップが
「マザー! アニュー!」
「2人とも、無事でよかった!」
「心配したんだから!」
別の方向では、悪の組織及びスターダスト・トラベラーの第1幹部――リボンズ・アルマークを中心とした面々が、ベルフトゥーロやアニューの元へ駆け寄って再会を喜んでいるところだった。
第1幹部とその仲間たちの部隊編成は、リボンズ・アルマーク、リヴァイヴ・リヴァイバル、ヒリング・ケア、ブリング・スタビティ、デヴァイン・ノヴァ、リジェネ・レジェッタ、アニュー・リターナーの7名である。
そのうち、リジェネやアニューは戦いよりも情報収集関係に力を入れているそうだ。すべて、悪の組織及びスターダスト・トラベラーの構成員――主にアニエスたち――からの受け譲りだった。
アニューはコロニー・プラウドでソレスタルビーイングに助けられてから、ベルフトゥーロの命でソレスタルビーイングに出向していた。
そのため、今回、カタロン基地に来た機体は5機である。リジェネはブリングのエンプラスに相乗りさせてもらったそうだ。
悪の組織及びスターダスト・トラベラーの面々が盛り上がる中、ティエリアは険しい顔でその光景を――特に、リジェネを見つめていた。2人の横顔を見比べると、非常によく似ている。一卵性双生児と言ってもおかしくなさそうだ。
(そういえば、ブリングとデヴァイン、アニューとリヴァイヴ、リボンズとヒリングもそっくりだよな)
わいわい盛り上がる第1幹部の面々の横顔を見つめる。この場に、顔立ちがほぼ鏡合わせの人間が勢ぞろいするなんて。偶然にしては出来過ぎてはいないだろうか。
しかも、リボンズとヒリングは、イデアとよく似ているように思う。特に、髪の色とか、肌の色とか、顔立ちとか。遺伝子的な関係性を勘ぐってしまいそうだ。
「あっ!」
ベルフトゥーロとアニューの無事を喜んでいたリジェネがティエリアの方を向いた。彼はこれ以上ないくらい表情を輝かせると、迷うことなくティエリアの元へ突撃した。
「キミがティエリアだね!? 僕、ずっとキミと話がしたいと思ってたんだ!」
「は!?」
混乱するティエリアの手を握り締め、リジェネは嬉しそうに笑う。リジェネのテンションに、ティエリアはついていけない様子だった。
困惑に表情を曇らせるティエリアを更に突き落とすが如く、リボンズたちも表情を輝かせて彼の元へと突進して来る。
逃げようとするティエリアだが、リジェネの力が思った以上に強すぎたため、身動きが取れない。彼はあっという間にリボンズたちに取り囲まれた。
「こんなところで同類に会えるなんて」だの「キミの活躍は知ってるよ! 凄いねぇ」だの、リボンズたちは機関銃の如くティエリアに話しかける。流石に、聖徳太子であったとしても対応できない勢いだ。
ティエリアは終始おろおろしっぱなしである。しかし、リボンズたちはそんな彼を置いてけぼりにして話を続けていた。そうして何を思ったのか、突如、ティエリアを取り囲むような形で円陣を組み始めた。
そして、次の瞬間。
「よーし、胴上げだー!」
「よっしゃー!」
「祭りだ祭りだ!」
「めでたいめでたい!」
「わっしょいわっよい!」
「ちょ、まっ、――なんでだぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
本当に、ティエリアの言うとおりである。何をどうすれば、彼を胴上げするという流れになるのか、クーゴには理解できなかった。
そんなティエリアの様子を、イデアは生温かい目で見ている。アレルヤはポカンとした表情のまま、一連の流れを見つめていた。
「ねえ、イデア」
「何? アレルヤ」
「キミの古巣の人たちって、みんなああなの?」
「人によって違うよ」
「そう……」
どこまでも朗らかなイデアの声と、酷く疲れ切ったようなアレルヤの乾いた声を聞きながら、クーゴはぼんやりと天井を見上げた。
3年の月日で作り上げた拠点。しかし、壊れてなくなるのは一瞬だ。盛者必衰、諸行無常という単語を頭に思い浮かべる。
日本人は災害が起きても冷静だと言われているが、その理由は、“どんなものでもいずれなくなる”と人一倍理解しているからなのかもしれない。
江戸時代の木造建築家屋は、火事が起こったときには家を壊すことで火の手を弱めるために“敢えて”簡素なつくりにしていたという。『壊す/壊れることが前提の家なんて信じられない』と言っていたグラハムの横顔が浮かんだ。
クーゴがそんなことを考えていたとき、不意に、背後から足音が聞こえてきた。振り返れば、マリナと共にアザディスタンへ向かっていたはずの刹那が立っている。
少し離れたところでは、マリナがシーリンに抱き付いて泣いていたところだった。マリナはしきりに「アザディスタンが」と繰り返している。一体何があったのか。
(――!?)
不意に、頭の中にノイズまみれの光景が広がった。――眼下の国が、燃えている。
テロにしては、破壊の規模が大きすぎた。誰が一体こんなことをしたのだろう。
そう思ったとき、視界の中央に赤い機体がちらついた。いつか目にした焼野原がフラッシュバックする。
焼野原の向こうで嗤ったのは、いつぞや空で対峙したPMCトラストの傭兵――アリー・アル・サーシェスだ。
「……刹那」
すべてを理解したという代わりに彼女の名を呼べば、刹那は神妙な面持ちで頷いた。
次の瞬間、ティエリアを胴上げしていた面々が動きを止めて、刹那に視線を向ける。
「キミは……!」
「ああっ!」
「おお!」
リボンズたちはこれ以上ないくらい表情を輝かせると、迷うことなく刹那の元へ突撃した。
いきなり解放されたティエリアは、虚ろな目で虚空を見上げている。彼は未だに状況が理解できないでいる様子だった。
多分、ティエリアのSAN値は一定量を一気に持っていかれてしまったのだろう。一時発狂で茫然としているのかもしれない。
リボンズはいの1番に刹那の元へ駆け寄ると、彼女の手を取った。親しげな口調で、刹那に声をかける。
「刹那! 久しぶりだね! 僕のこと、覚えているかい?」
「あんたは……あのときの!」
「ああ、嬉しいなぁ! キミも、僕のことを覚えていてくれたんだね!」
リボンズの問いに、刹那はすぐに合点がいった様子だった。彼女の答えを聞いたリボンズが、花が咲いたように口元を綻ばせた。年に不釣り合いなくらい、子どもっぽい笑い方だ。
それを皮切りに、ヒリング、リヴァイヴ、リジェネ、ブリング、デヴァインも満面の笑みを浮かべて刹那に殺到した。これでもかって位、刹那は6人にもみくちゃにされる。
6人の様子は、近所に住む子ども――または親戚の子どもと久々に会い、その人物が成長した姿を目の当たりにして喜ぶ人と同じであった。それ以外の例えが見つからない。
「見ないうちに綺麗になったねぇ」だの「そういえばキミ、好きな人できたんだって? おめでとう! で、結婚はまだなの?」だの、リボンズたちは機関銃の如く刹那に話しかける。流石に、聖徳太子であったとしても対応できない勢いだ。
刹那は終始おろおろしっぱなしである。しかし、リボンズたちはそんな彼女を置いてけぼりにして話を続けていた。そうして何を思ったのか、突如、刹那を取り囲むような形で円陣を組み始めた。デジャウを感じる光景である。
そして、次の瞬間。
「よーし、胴上げだー!」
「よっしゃー!」
「祭りだ祭りだ!」
「めでたいめでたい!」
「わっしょいわっよい!」
「はあ!? ちょ、まっ、――うおおおおおおおお!!?」
本当に、刹那の言うとおりである。何をどうすれば、彼女を胴上げするという流れになるのか、クーゴには理解できなかった。
そんな刹那の様子を、イデアは生温かい目で見ている。アレルヤはポカンとした表情のまま、一連の流れを見つめていた。
どこかで見た光景である。しかも、つい先程も目にした光景だ。このデジャウの正体を、クーゴはよく知っていた。
ティエリアのときと、ほぼ同じなのだ。刹那が胴上げされるに至るまでの状況が。
突如響いた声につられて、マリナとシーリンが刹那のほうを見た。いきなり胴上げされている人間を目にしたためか、今まで浮かべていた困惑の表情はベクトルが変わる。
クラウスに土下座していた
「……どうするんだろうな、これから」
クーゴの呟きは、夜空に飲まれるようにして消えていった。
◇◇◆
観客たちの大喝采が響き渡る。カイルスに所属するロボットたちが繰り広げるエキシビジョンマッチは、数多の危機を乗り越えた人類たちにとっては最高の娯楽であろう。同時に、カイルスに所属するパイロットたちにとって、同部隊の仲間たち以上に切磋琢磨できる対戦相手はいない。
誰も彼もが“地球に来襲する脅威を打ち倒してきた”実績のあるパイロットたちだ。あるいは、そんなカイルスと一戦交えながらも共に戦うことを選んだ元・敵パイロットもいる。それは、格納庫に集って試合映像を見つめるクーゴたちにも言えることであった。
「異世界のガンダム同士の戦いとは壮観だな。見ているだけでも心躍る」
「文字通りの一進一退、か。指揮官対決の“千日手による引き分け”並みに拮抗してるからな。このまま行くと、こっちもドローになる可能性が高い」
「それはどうかな?」
クーゴの言葉を聞いたグラハムが悪戯っぽく笑った。――いや、彼だけではない。この場に居合わせる全員が、不敵な光を宿したまま悪戯っぽく笑っている。
「それを覆すために我々がいるのだろう? あくまでもこれは“催し物”だからな。観客や対戦相手を盛り上げるための“道化”も必要だ」
「……申し訳ありません。自分、今一度“道化”の意味を辞書で引きたくなってきました」
シャアは茶目っ気たっぷりに言い放つ。彼の言葉の意味を充分吟味しつつ、クーゴはこの場にいる全員を見回した。この場にいる面々は、ガンダムと名のつく機体と『出会った』ことで運命を変えられた存在である。
シャア・アズナブル、ハマーン・カーン、ゼクス・マーキス、グラハム・エーカー、デカルト・ジャーマン――“道化”を自称するには、完全に役不足な顔ぶればかり。こんな道化と戦場で相対峙した場合、生きて帰れそうな気配がない。
前者3人は軍人としてだけでなく、指導者としての才覚を持ち合わせている。後者2名は軍人としての才能に特化気味ではあるが、連邦の中でも生え抜きのエース勢だ。クーゴはともかく、彼らを道化呼ばわりできる人間など一握り程度であろう。
クーゴ・ハガネは軍人としても凡俗である。この面々の中に所属させられるような功績など持っていない。
(俺のような奴が自称“道化”チームに組み込まれるってのはなぁ。……圧倒的に役として不足だし、場違いも甚だしい。今からでも――)
「貴様、『今からでも辞退できないだろうか』などと考えているようだが、そうはいかんぞ」
クーゴの心を目ざとく読み取ったハマーンが睨みつけてきた。煌びやかなジオンの軍服を身に纏っている彼女であるが、額とフェイスラインに沿った飾り兜(正直、兜と表現していいのかどうかは分からないが、サークレットと称するのも難しいため、兜表記で統一する)が異質だ。この格好で道化を名乗るのは、やはり、些か難しいように思う。
どちらかと言えば“悪堕ち魔法少女”と言った方が分かりやすいかもしれない。あるいは、悪の組織2代目社長が零した『邪悪なミンキーモモ』だろう。あの後怒り狂ったハマーンは彼を追い回した挙句、捕まえた彼を一方的に叩きのめしていたか。閑話休題。
「お前もいい加減、あの女――イデアと決着をつけるべきだ」
「何をですか?」
「これだから男は」
クーゴは首を傾げる。ハマーンの眉間にしわが寄った。
怒りのボルテージを上げかけた彼女を制し、クーゴは話を続けた。
「カイルスに所属することになって以後は、イデアとは戦友として共に駆け抜けてきました。俺は彼女のことを“かけがえのない仲間”だと思っています。……今更、ガンダムパイロットとフラッグファイターに戻って決闘をしたいとは思いませんが……」
「……女には、男に言ってほしい言葉があるということだ。だが、それを女が求めることはできない。だからもどかしいんだ」
ハマーンは憂いに満ちた表情でため息をつく。しかし、<それを真正面から機関銃の如くぶつけられるというのも困るがな。相手の心臓が持たんだろう……>という《聲》を零してグラハムを見たあたり、彼女の語る内容には絶妙な匙加減が必要なのであろう。難しい問題だ。
「だが、逆もまた然りだと私は思う」
「!?」
「男にだって女に言ってほしい言葉があり、伝えてほしいことがあるということさ」
丁度そのタイミングに被るような形で、グラハムが声を上げた。
ハマーンは一瞬ぎょっとしたが、想定していた反応とは違うことを察したらしい。彼女は敢えて反論することなく、グラハムの言葉に耳を傾ける。
「私の場合になるが、刹那は何も語ってくれなくてな。言葉は惜しむべきだと思っているらしく、『迂闊に口に出して、それが持つ本来の価値を薄っぺらくしてしまうのが嫌だ』と言うんだ。そういう奥ゆかしく真摯なところも愛おしいのだが、時折、自分が矮小な存在なのだと痛感させられることも多くてね」
「成程な。貴様がアレな理由はよく分かった。だが、ベタベタするなら時と場所を選べ」
「いや、話はまだ途中で――」
「貴様がアレな理由はもう分かったと言っただろう。この話はこれで終わりだ」
何かを飲み下したかのような苦い表情を浮かべ、ハマーンはグラハムから目を逸らした。まだまだ語りたいことも多かったであろうグラハムの言葉を遮ったあたり、彼女はこの手の話題があまり好きではなかったのかもしれない。憂いに満ちた青の瞳がシャアを見ていたのは気のせいだろうか。
シャアとハマーンは訳アリだとは察していた。シャアがどうかは知らないが、ハマーンの方は確実に彼のことを気にしている。グラハムが刹那を構い倒す様子とシャアへのハマーンの態度は完全に別ベクトルだが、多分、根底にあるものは非常に似通っていた。
「ところで、貴方はどうするんですか? 貴方の妹君、ガンダムのパイロットと良い雰囲気なんでしょう?」
「ああ心配だ。リリーナはあんなに強く賢く美しいのだ! 2人きりでいて変な気を起こすはずがないのだ! この際それをはっきりさせなくては……」
“連邦の革新者”の発言によってスイッチが入ったゼクスは、意気揚々と愛機に乗り込む。目のぎらつき方が若干おかしかったのは見間違いではない。“連邦の革新者”が「あっ、やっちまった」と言いたげなしかめっ面を浮かべたあたり、不用意に地雷を踏みぬいたことは明らかである。
「多分、リリーナ嬢の恋愛が成就しようが頓挫しようが、あいつがすることは1つのように思うんだ」
「文字通り面倒くさいですね……」
元・ライトニングバロン、現・火消しのウィンドの背中を見送った後、クーゴと“連邦の革新者”は顔を見合わせ肩をすくめた。今のゼクスに前者のような高貴な雰囲気は微塵もなく、後者の2つ名とは正反対に大炎上しかけている。そんな僚友との距離が遠い。
視界の端でシャアが愛機に乗り込む。ハマーンもいそいそと自機に乗り込んだ。そろそろ戦場もマンネリしてきた頃だと踏んだのであろう。クーゴたちも愛機に乗り込み、混迷する戦場へと躍り出た。
未だ、ガンダム同士のぶつかり合いは続いている。それに“
「周囲の騒ぎもなく、こちらへの通信もない……」
「お前たちの乱入は予定調和ということか」
シーブックの分析から、アムロが結論をはじき出す。シャアは大仰に頷き返した。
「観客を盛り上げるには道化も必要だということだ」
「あんたたち、どっからどう見たって道化で収まるような連中じゃないでしょうが!」
「……ごもっともで」
道化という名目で雁首並べたクーゴたちを見たジュドーが突っ込みを入れる。否定する要素が何もないので、クーゴはひっそり同意した。だが、茶目っ気たっぷりに笑ったハマーンが首を振った。
「いいや、道化だよ。分かっているだろう?」
「その通りですよ」
ハマーンの言葉を引き継いだ“連邦の革新者”が不適に笑う。
本来交わることのない道を進んでいた者たち、表舞台から降りた者たちが、ガンダムパイロットたちと戦うためだけに、
「再び俺たちと戦うというのか?」
問いをぶつけてきたのはヒイロだ。クーゴを除いて、仲間たち全員が「是」と答える。仲間たちの気持ちを代弁するが如く、グラハムが言葉を続けた。
「己の間違いを認め、友となり、幾度の修羅場も共に超えた。……だからこそ、我々は望んでいる! 今この瞬間、ガンダムとの真剣勝負を!」
彼の宣言を皮切りにして、仲間たちがみな一斉にガンダムへと挑みかかる。自分が場違いだと自覚していたクーゴが取り残されるような形になった。
「戦争じゃないからって、みんな好き勝手やって……!」
「あはははっ。それだけ平和になったと考えればいいんじゃないんですか? 発想の転換ってヤツですよ」
「平和だから何をしてもいいってワケじゃないだろ!? まったく、アンタたちは!」
苦言を呈したシンと暢気に笑うノブレスの背後で、アムロとシャアがぶつかり合う。ハマーンはジュドーに挑みかかり、ゼクスはヒイロに突っ込んでいった。後者は妹の名前を呟きながらだったので、なかなか嫌な予感しかしない。
因みに、刹那はグラハムと“連邦の革新者”を同時に相手取っている。2人はチームメイトのはずなのに、刹那の争奪戦をしているように見えるのは何故だろう。クーゴの目には、2人の連携はフレンドリーファイヤと紙一重のように思えてしまう。
戦い始めた戦場の中でぽつねんと残されたのは、クーゴの“勇者”とイデアのガンダムだけだ。自分たちは空中で向かい合ったまま静止している。周りが盛り上がっているのとは対照的である。……沈黙が痛い。
「……あー、その……」
クーゴは何とも言い難い気分になった。パイロットスーツを着ていなければ、今頃頭を搔いていただろう。
通信機越しから対峙したイデアもまた、何かを思案しているかのようだった。普段のようなのほほんとしたマイペースな笑顔はなく、いつになく真剣な面持ちである。
どうしたのだろうとクーゴが首を傾げたのと、イデアが顔を上げたのはほぼ同時だった。
「クーゴさん、乗り気じゃありませんね?」
鋭い読みに、クーゴは閉口して視線を逸らす。途端に、くすくす笑う声が通信から響いた。
「折角のお祭りなんだから、楽しまなきゃ損ですよ。エキシビジョンは催し物なんですから」
「いや、でもな……。グラハムたちと違って俺は役として士気不足だし、今更キミと白黒つけるような必要は皆無だし、俺個人としてはキミと肩を並べて戦う方が性に合ってるし。どうせ催し物をするなら、俺はキミと肩を並べて戦いたかったかな。だから正直な話、今回のコレはちょっと残念なんだ」
「ん゛ん゛ん゛ッ」
クーゴの話を遮るようにして、イデアが咳ばらいした。通信画面越しから見るイデアの顔は真っ赤に染まっている。しかし、彼女はすぐに取り繕った。
胸元を抑えるようなジェスチャーをした後、深呼吸したイデアが言葉を続ける。
「でしたら、ちょっと賭け事でもしましょうか? 負けた方が勝った方の言うことを聞くというルールで。その方が、多少はモチベーション上がりますよね」
「賭け事か。俺はあまり好きじゃないんだが……キミ、随分とやる気に満ちてるな」
「そりゃあもう! 賭けることはもう決まってますからね!」
「なら、聞かせてもらおうか? レディ。キミは俺に何をしてほしいんだ?」
子どものようにはしゃぐイデアの様子に、クーゴはついつい茶化すような物言いをしていた。彼女は怯むことなく、堂々とその問いに答える。
「――私が勝ったら、クーゴさんには、私の■■■■になってもらいます!!」
――世界が、止まった。
◆◆◇
「マリナさま、結局アザディスタンに帰れなかったらしいの。故郷が戦火に飲まれていたみたいで」
関係各所に指示出しをしていたベルフトゥーロは、沈痛そうな面持ちでため息をつく。“『還りたい』と願った場所が火の海だった”マリナの悲嘆を強く感じ取っていたためであろう。“
嘗ての王族とはいえ――不本意であろうとも――、マリナ・イスマイール王女は“ソレスタルビーイングとの癒着”疑惑で地球連邦軍から狙われている身だ。故郷であるアザディスタンに戻ったところで、地球連邦政府によって再度拘束されるか、サーシェスの様な過激派テロリスト連中に拘束されるかの2択である。
カタロンの長たるクラウス・グラードの右腕――シーリン・バフティヤールは、嘗てはマリナの善き友としてアザディスタンの改革に力を尽くしていた才女であった。
国連軍とソレスタルビーイングの戦いが終わり、地球連邦政府が樹立した頃から2人は主義主張が食い違うようになり、やがて決裂してしまったという。
あくまでも平和的な路線で改革を目指すマリナはアザディスタンに残り、武力によって世界を変えることを選んだシーリンはカタロンに加わった。
故郷に残って国のために奔走していたマリナであったが、ソレスタルビーイングとの関係を疑われて連邦政府に拘束された。アザディスタンも再編の憂き目にあい、治安も不安定になってしまっている。その後――つい数時間前までにどのような出来事が起きたかに関しては、伝聞であるものの把握していた。
「それで、カタロンに身を寄せることになったということですね」
「ここにはお友達のシーリンさまもいらっしゃるもの。見知らぬ人間に取り囲まれて戦いに放り込まれるよりは安心でしょう」
クーゴと雑談をしている間に、ベルフトゥーロの指示出しはひと段落ついたのだろう。彼女はサイオン波を使ってデータや書類の整理を終えると、ローラー付きの椅子に乗ったまま移動を始めた。
カタロンも非戦闘員のシェルターを兼ねているフロアはあるし、戦線に出れない人々もいる。その中には少数であるが、車椅子等の補助具ユーザーもいた。だが、カタロンは元々地球連邦政府と戦う道を選んだ人々の集まりだ。そういうものに対する優先順位は低くなりがちであった。
最も、ベルフトゥーロが車椅子を使うのは“身体的にガタが来ているから”。外見年齢が若いので忘れられがちだが、ベルフトゥーロの年齢は約500歳。体のどこかしらにガタが来ていてもおかしくない。実際、享年約300歳だった初代指導者のソルジャー・ブルーの晩年――亡くなるまでの十数年間、殆ど眠りについていた。
14歳で『目覚めた』ジョミーが己の力や運命を受け入れられず暴走し、それを助けようとした際に力の大部分を使ってしまったのが原因だろう。次に彼が目覚めたのは、親友の事故の真相を追い求めて来訪したキースがミュウたちと接触したときである。そして彼は、己の命と引き換えにして、メギドシステムを停止させた。
『Toward the Terra』の描写から想像するに、あの時点のブルーの戦闘能力は全盛期をとうに過ぎ去っている。“ジョミーやナスカチルドレンより下”だった。
特に肉体面では――S.D.体制下の技術によって対ミュウ用の兵装が使われていたとしても――、キースの放った銃弾を浴びせられただけで防戦一方になる程に。
(……“節約できる範囲はしておきたい”と思うことは、間違ってないからな。何が起きてもおかしくない状況だし……)
クーゴがベルフトゥーロの背中から目を離した直後、背後から綺麗な音色が響いた。思わず振り返れば、ベルフトゥーロが竪琴の調律を行っている所だった。一体、どこから持ってきたのだろう。
竪琴を調律する彼女の姿は様になっている。響く音色の調子や手慣れた様子からして、相当な時間を練習してきたことは容易に想像がついた。弦楽器を指で演奏することの大変さは、クーゴも一応把握している。
「本当は、ハープの音色の方が好きなの。でも、竪琴の方が持ち運びしやすいし、練習してた時間はこっちの方が長いからさ」
「ハープを弾けるような環境が整ったのは、
そういえば、『Toward the Terra』の登場人物に竪琴を抱えた吟遊詩人がいた。盲目の占い師にしてミュウの女神・フィシスの付き人をしていた黒人青年・アルフレート。作中内では竪琴を持ち歩いている描写が多く、演奏している場面はあまり見かけなかったように思う。
数少ない演奏シーンの中には“フィシスの元に顔を出した赤き星の子にせがまれて、竪琴を教えることになった”というものもあった。……成程。竪琴の鳴らし方は、道を分けたシャングリラクルーから教え込まれたものらしい。軽やかな音色を響かせていたベルフトゥーロが呟く。
「ここ、あんまり娯楽が無いんだよ。活動理念的な問題で、そういう方面に割ける余裕がないみたい」
「……でしょうね。身寄りのない子どもたちを保護しているとはいえ、カタロンの本業は反政府武力組織。そっちを優先したいと考えることは普通です」
「だから余計に感じちゃうんだよね。シャングリラよりも酷い環境だなー、って」
比較対象にミュウの母艦を挙げるあたり、カタロンにおける子どもたちの育英環境に思うところがあるらしい。
確かに、育英環境に関するアレコレはS.D.体制下の人類が特に力を入れていた部門だ。無作為に選ばれた卵子と精子を受精させ、試験管の中で育てられた赤子は、一般クラス課程を経て婚姻及び養父母の資格を有する夫婦の元に預けられる。しかも、養父母は育英都市と呼ばれる“子育てや教育機関に特化した街に住まう”ことが義務付けられていた。
対して、流浪の民となっていたミュウの母艦・シャングリラはどうか。戦闘用の空母というよりは居住区としての色合いが強かったことや、S.D.体制下の教育の影響を受けていたこともあって、若い世代に対する養育には力を入れていた。母艦内部には図書館等の教育を兼ねた娯楽スペースが点在していたという。
文化や価値観の違いとは言えど、今のカタロンの内情――特に、身寄りのない子どもたちの養育という点では、色々と見逃せないことがあるようだ。
孤児たちを安全な場所に避難させてやりたくとも、彼らにとって安全な場所はカタロン本部しかないのであろう。
それは、戦火に飲まれた故郷からカタロン本部に戻るしかなかったマリナにも言えることであった。
「戦争の最前線にいる人間にとって、娯楽を楽しむだけの気力や余裕がありません。それは、カタロンに身を寄せることで一定の安寧を経た子どもたちにも言えることです。……彼や彼女たちの気力を回復させるための下準備が整っているなら、少しは耳を傾けてもらえると思いますが」
ベルフトゥーロが何のための指示を出していたかを理解していた上で、クーゴは苦言にならぬ苦言を呈した。勿論、ベルフトゥーロも理解した上で、悪戯っぽく笑う。
悪の組織、及びスターダスト・トラベラーは、カタロンに対して“子どもの養育に関する支援”を行うことが決まった。もう少しすれば、関連する支援物資を乗せた船がやって来るらしい。
カタロンとソレスタルビーイングは“合流・共闘することはしないが、互いに対して攻撃行動もしない”という事実的な相互不可侵関係を結んだようだ。
前者の目論見は崩れることとなったが、連邦軍及びアロウズとソレスタルビーイングの双方から粛清対象として狙われ/襲われるよりはマシであろう。
ベルフトゥーロは“ソレスタルビーイングがカタロンと袂を分かつ”ことを予想できていたようで、あれこれ零すようなことはしなかった。閑話休題。
「犠牲者が出なかったとはいえ、子どもたちが命の危機に晒されたのは事実。連邦政府やアロウズが再びこちらへ軍を差し向けるまでには逃げ切れるように
竪琴の調律を終えたベルフトゥーロは、クーゴを見上げて悪戯っぽく笑った。クーゴは苦笑して肩を竦める。
「1つ言っておきますが、俺は楽器の演奏なんてできませんよ」
「ユニオンの“ミスター日本文化入門編”が何を言うの。アニエスたちの前で箏の演奏した案件に対する説明は?」
「基礎基本を軽く嗜んだ程度です。中東の音楽なんて俺には分かりませんし、こういう場で弾けるかどうか」
「楽しく真摯に弾ければ何でもいいのよ」
「まず第一に、楽器がないでしょう」
クーゴがそう言い終わるや否や、誰かに肩を叩かれた。振り返った先にいたのは、真顔の青年2名――悪の組織第1幹部の部下、ブリングとデヴァイン。
ブリングが差し出したのは楽器ケース。大きさや会話的に、ケースの中に入っているのは小型の箏だろう。デヴァインが差し出したのは空色の羽織だ。
いつの間に運び込んでいたんだろうか。持ち運び安い小型の箏でも、1m近くの大きさがある。他にも関連する道具類も全部揃えているようだ。
ここまでお膳立てされてしまうと断りづらい。クーゴがしょっぱい顔になっても、ブリングとデヴァインは真顔のままだ。何とも言えない沈黙が広がる。
クーゴはため息をついた後、ユニオン軍服の上着に手をかけた。上着を畳んでデヴァインに差し出し、彼から差し出された空色の羽織を羽織った。
***
中東の人たちからすれば、羽織や箏は物珍しいのだと思う。子どもたちがわらわら近寄っては、しきりに声をかけてくるからだ。
「おじさん。その服、なんていうの?」
「羽織っていうんだよ。おじさんの故郷の民族衣装の1つで、着物の一種なんだ」
「おじさん。これなあに?」
「箏だよ。おじさんの故郷の弦楽器で、弦を弾いて音を出すんだ。これは初心者用で小さいヤツだけど、よく使われる箏は2mくらいの大きさなんだよ」
「おじさん。この小さい台座みたいなのは何?」
「
子どもたちに箏の説明をしつつ、クーゴは箏の調律に勤しむ。最後に箏を弾いたのは、悪の組織でリハビリしていた頃の話だ。大分ご無沙汰ではあるが、弾き方はまだ覚えていた。
爪を付けて糸を弾けば、子どもたちは興味深そうに耳を傾ける。
観客の中には、竪琴とハープを嗜むベルフトゥーロと学生時代に音楽科を修めた経験者であるマリナがいる。クーゴの前に演奏を披露して拍手喝采をかっさらった前者と、日本の楽器に縁遠かった後者が興味深そうにこちらを見つめていた。
片や、プロとは言えずとも長年竪琴やハープを演奏してきた経験者。片や、音楽科で本格的に学んだ有識者にして経験者。そしてクーゴは基礎基本を齧っただけのアマチュアである。子どもたちだけでなく、彼女たちのお眼鏡に敵う演奏ができるかどうか。正直、ハードルが高すぎて頭を抱えたくなる。
それでも、ここまで来てしまった。デヴァインから差し出された羽織を羽織り、ブリングが差し出した箏を受け取った時点で逃げ場などない。調律を終えたクーゴは大きく息を吐き、観客たちに一礼した。ベルフトゥーロの演奏開始前とは違い、張り詰めたような空気が漂うのは何故だろう。やはり、和楽器や羽織のような日本文化の影響だろうか。
クーゴが弾ける曲のレパートリーが纏まった楽譜を手に取り、その中から選んで息を整える。子どもたちも、ベルフトゥーロも、マリナも、みんなが空気に倣うようにして背中を伸ばした。その姿がいつかの日本文化体験会――グラハムたちの反応とよく似ていて、思わず口元が緩んでしまった。
(――『還りたい』)
箏を弾きながら、懐かしい日常に思いを馳せる。
(――『還る』んだ)
箏を弾きながら、離れてしまった人々に思いを馳せる。
(――御旗の元に、全員で)
箏を弾きながら、『還りたい』と願う場所を思い描く。
真っ青な空が広がる、穏やかな草原。少し離れた場所には色とりどりの花が咲き乱れる花畑や、澄み渡った水が流れる小川があった。夢みたいに綺麗な世界で、クーゴに笑いかける仲間たち。
その中心にいたグラハムが、満面の笑みを浮かべて手を伸ばす。少年だったクーゴの手を取った彼は、クーゴの背中を叩いてイデアの元へと送り出してくれた。
イデアの手を取って振り返れば、刹那と一緒に並ぶグラハムがいる。2人は酷く穏やかな面持ちで何かを談笑した後、クーゴとイデアらに合流する。空を見上げれば、数多の機動兵器が飛び立った。
ZEXIS或いはZ-BULE、アンノウン・エクストライカーズ或いはアルティメット・クロス、カイルス、ブライティクス、H.I.A.W.D、天駆その他色々――。
数多の世界の可能性の中で、共に戦った僚友たち。彼らと共に往く中で目の当たりにした、数多の奇跡。平和を願う人々が示した『人の心の光』が、世界の未来を照らすのだ。
(みんなが俺の背中を押してくれたように、俺も、誰かの背中を押せるような存在になりたい。誰かにとっての希望になりたい)
先の見えない闇の中でも、消えない星はここにある。絶えぬ光はここにある。その輝きを受けたからこそ、クーゴの
明かりの無い闇の中を彷徨う友に「ここにいる」ことを示すため、迷い歩く友に「『還る』場所がある」と示すため、諦めようとする友に「希望がある」と示すため、蒼く煌めく旗が翻る。
どうか届けと願いながら、最後の一音を爪で弾く。水面を揺らす水滴のように――或いは頬を撫でるそよ風のように響いた音は、余韻を残しながら消えていった。
沈黙の中、クーゴはそっと姿勢を正す。周囲も演奏が終わったことを悟ったらしい。一泊程の間をおいて、拍手が響き渡った。
観客たちに一礼し終えて顔を挙げたクーゴは、思わず目を丸くする。観客の子どもたちの中に、明らかに大人が混じっていたためだ。
「アンコール! アンコールお願いします!」
「……イデア」
「みんなも一緒に! さんはい、アンコール!」
人一倍拍手するイデアは、そのまま子どもたちを扇動する。彼女の勢いに乗せられた子どもたちが、彼女に倣って「アンコール」の喝采を向けてきた。クーゴの前に演奏したベルフトゥーロと同じ扱いである。単なるアマチュアが此処までの喝采を受けてよいものか。
内心狼狽するクーゴの心境など、この場にいる観客たちは全く知らない。誰も彼もが<もっと聴きたい>という《聲》を響かせながら、イデアと一緒に「アンコール」を繰り返している。純粋に、クーゴの演奏を<良いもの>と評価し、次の曲を期待してくれているのだ。
その中に、見知った人の気配を《感じとる》。
(――あれ?)
<刹那、部屋の外で聴いてるみたいなんです。……この部屋に入るには、まだ、思うところがあるみたいで>
思わず視線を巡らせたが、該当者はこの部屋の中には見当たらない。
イデアはクーゴが何に思案を巡らせたのかに気づいたらしく、思念波で補足してくれた。
つい先日、この部屋の外からマリナと子どもたちを眺めていた刹那の姿が脳裏をよぎった。
普段のイデアなら、刹那を諭して背中を押すくらいのことはしただろう。でも、彼女は敢えてそれをやらなかった。今回は“刹那の選択を尊重し、見守る”ことにしたようだ。
……いや、もしかしたら、“刹那の手を取って引っ張っていく役目を担うに相応しい相手がいる”と思ったからこその選択だったのかもしれない。――該当者は今、ここにはいないけれど。
(この場にお前がいないことが、こんなにも惜しいと思う日が来るとは思わなかった)
きっとこの場に彼がいたら、刹那の手を取って部屋に連れ込んだだろう。平和な瞬間を享受することに躊躇う彼女に笑いかけて、『キミとこうして過ごす時間は、私にとっての幸せだよ』と全身全霊を懸けて伝えていただろう。真っすぐな愛を向けられた刹那は、複雑そうに――けれど幸せそうに口元を緩めて、彼の行動を受け止めたかもしれない。
4年前のクーゴたちにとって、それは当たり前の光景だった。今となっては、あまりにも遠すぎる日々だ。グラハムは蒼海の傀儡に身を堕とし、ミスター・ブシドーと呼ばれるアロウズのライセンサーとなっている。クーゴは紆余曲折の末、刹那やイデアが身を置くソレスタルビーイングに居候していた。グラハムだけが1人きり、世界の闇の中にいる。
グラハム・エーカーは我が強く身勝手な奴だと思われがちだが、真面目で義理堅く責任感が強い男である。自身が置かれている状況に1番憤っているだろうし、耐えがたく思っていることだろう。
クーゴは内心小さくため息をつく。刹那もグラハムも、本当に世話が焼ける恋人たちだ。2人の過去に思いを馳せ、2人のこれからを憂いながら、アンコールに応えて箏の調律を行う。
幸せだった過去にはもう戻れない。選んだ道を無かったことにはできないし、そこで積み重ねた幸福や悪夢も消えることは無い。壊れてしまったものだって、元通りに戻すことはできないのだ。
だけれど、それでも――もう一度、始めることは出来るはずだ。闇の中で彷徨いながらも、お互いの存在を標にして、ずっと想い合っている。お節介かもしれないが、途切れていいとは思えない。
(――『還ろう』)
箏を弾きながら、懐かしい日常に思いを馳せる。
(――『還る』んだ)
箏を弾きながら、離れてしまった人々に思いを馳せる。
(――御旗の元に、全員で)
箏を弾きながら、『還りたい』と願う場所を思い描く。いつかの日常。或いは、いつか夢見た望む未来。
旅の終着点を思い描きながら――或いは、この想いがグラハム/ブシドーに届けと祈り、願いながら。
◇◇◇
「うわあ、派手にやられてるな……」
眼下に広がるカタロン基地の跡を見つめ、ミハエルが苦い表情を浮かべた。ヨハンも険しい眼差しでその様子を見つめる。
「……っ」
一緒に来ていた宙継が辛そうに俯いた。ネーナは無言のまま彼の視界を両手で塞ぐ。齢10にも満たない少年が見るには、あまりにも惨たらしい光景だ。
“この惨状の中で失われた命がなかった”というのが一番の幸いであり救いであろう。荷物を積んで移動しようとする車を目にして、ネーナはそう考えた。
チーム・トリニティ、及びその支援母艦であるカテドラルは、カタロン中東支部に派遣された。目的は“カタロンに身を寄せる子どもたちへの支援物資の提供”である。
本来ならここでソレスタルビーイングのファーストチームと合流する予定だったのだが、自分たちの指揮官たるノブレスから『待った』をかけられた。その原因である
悪の組織第1幹部の配下・リジェネから受けた依頼――“情報収集型イノベイドの行方不明事件”に関連があると思しき人物との接触――で掴んだ情報の中に、ソレスタルビーイングのエージェント・
彼女は予てからソレスタルビーイングのエージェントとして活躍していたが、今回の事件やアロウズの闇の重要参考人・刃金蒼海と親しい人物だ。ソレスタルビーイングは
「シャティ……シャティ……」
「滅茶苦茶楽しみにしてたもんね。オレンジハロと会うの」
「ウゼー、ウゼー!」
カテドラルのブリッジからプトレマイオスを眺めていたHAROであったが、ネーナの感想を耳にした途端、己の感情を表現するかのように自分の体を弾ませた。相当な熱量が込められているのか、奴の体は鞠のようによく弾む。
機械が照れ隠しを表現しているという状況に思わず吹き出す。それを目の当たりにしたHAROは余計に拗ねてしまったようで、体を弾ませたまま何処かへ去ってしまった。厭味ったらしくひねくれ者の人格が搭載されているHAROではあるが、可愛いところもあるらしい。
ノブレスは自分たちのやり取りを遠巻きから見守っていたが、時折、険しい眼差しで
『チーム・プトレマイオスとの合流は、一旦見送った方がいいのかもしれません』
『
『一応、僕は“公では
『カテドラル、及びカテドラルクルーのみんなに関する情報は把握していないでしょう。彼らを盾にするような形になるのは心苦しいですが……』
ノブレスは嘗て、ネーナたちを生み出して使い潰そうとしたアレハンドロの協力者として潜入していた。その際、
思えば、ノブレスが
“トリニティを強襲し、玩具のように嬲った
(……そりゃあ、あたしたち、腹芸に関しては完全に戦力外だけどさぁ……)
“ノブレスがトリニティ兄妹に対して情報開示がなかなかできない理由”――基本、トリニティ兄妹は自分の感情に対して素直過ぎる――を思い出し、ネーナはむくれた。
良くも悪くも、自分たちは隠し事をするのに向いていない気質である。アレハンドロの策略やクレーエによる人体実験の影響もあってか、特に“物事及び相手に対する嫌悪感”を抑えづらい。
ノブレスにコテンパンに叩きのめされ、彼に引き連れられて様々な体験を積んだことで気質や考え方が改善したことは事実だ。
紆余曲折はあったけれど、ノブレスからも信頼を向けて貰えるようになったのも本当のことだし、自分たちの成長を実感できた瞬間である。
ただ、“ネーナたちのことを信頼しているからこそ、作戦行動的な理由で情報を伏せた方が成功率が上がる”というのは、正直、しんどい。
<そうむくれるな、ネーナ。教官の考え方にも一理ある。……今の状態でさえ
<兄貴でもそうなんだから、俺たちが我慢できるわけないんだよなァ。俺たちが作られた経緯的に“そういう性格の方が便利だったから”なんだろうけど……>
難しい顔をしていたネーナに、ヨハンとミハエルが思念波で《聲》をかけてきた。ネーナに対する気遣いであり、教官たるノブレスに対して“到底聞かせられるような話題ではない”と判断した結果である。
兄たちの気持ちがよく分かるし、ネーナもまた“ノブレス経由で自身の気質を
適材適所という言葉の通り、腹芸関係はノブレスに任せるしかない。というか、腹芸関係に関するノブレスの負担が大きすぎるのだ。この現状をどうにかしたいと望んではいるものの、自分たちの気質的に難しいワケで――とまあ、文字通りの堂々巡りであった。閑話休題。
「……クーゴさん……」
俯いたままの宙継が、か細い声で呟いた。眼下に広がる光景に向き合う覚悟ができたのか、彼はじっと壊滅状態のカタロンの基地を見つめていた。
いや、その表記は語弊がある。宙継が見ていたのは待機中のプトレマイオス――合流するはずだったファーストチームに一足先に派遣されていた、クーゴ・ハガネだろう。
宙継は悪の組織/スターダスト・トラベラー総帥からの指揮によって、チーム・プトレマイオスに派遣されることが決まっていた。だが、ノブレスの采配により、今回の合流は見送られている。
彼が零した吐息の様な声色を聞き取ったのか、ノブレスは沈痛そうに目を伏せる。宙継がクーゴとの合流を楽しみにしていたことを、彼もよく知っていたから。
「すみません、ソラくん。僕の一存に巻き込むような形になってしまって……」
「ノブレスさんの判断は間違ってません。
4年前の母親とその関係者を思い返すようにして、宙継は苦笑する。何かを我慢するような、どこか悲しそうな微笑だった。
ネーナは試験管ベビーだから、両親というものに縁がない。でも、“子どもにそんな顔をさせる親は間違っている”ことだけは理解できた。
ミハエルが宙継の頭を乱暴に撫で、ヨハンが宙継の肩に手を置く。何かを言おうと口を開いたネーナも、結局は、宙継の手を握ってやることしかできなかった。
兄たちと教官、及び教官の関係者に恵まれていたネーナとは違い、宙継の周囲はあまりいい環境とは言い難い。母親である刃金蒼海からは見捨てられ、兄たちからも馬鹿にされ、蒼海の関係者からも邪険に扱われている。挙句の果てには、母親の意向で無理やり特攻させられたのだ。
そんな宙継にとって“戦場で自分の身を案じてくれて、命を救ってくれた”クーゴ・ハガネは、ネーナにとってのノブレスのような存在だったのだろう。そして、クーゴを助けようとしたことがきっかけで、悪の組織/スターダスト・トラベラーに身を寄せることになって、沢山の出会いを得た。
誰かに褒められたり、認められたり、大切にされたり――嘗てのトリニティ兄妹たちと似たような経験を経たことで、宙継は当時よりも明るくなったように思う。その変化を好ましいと思うからこそ、今こうして悲しそうな表情を浮かべる宙継のことを放っておけない。
最も、ネーナたちに何かできることがあるわけではないのだが。今の彼をどうにかできるのは、きっと、プトレマイオスにいるクーゴ・ハガネただ1人なのだろう。
「ノブレスさんたちが待機なのは分かるんですけど、どうして僕らも待機なんですか?」
「私たちも
「“念のため”です。お2人もチーム・プトレマイオスに派遣予定の人員ですから」
ユウイの職業は医師で、カリナの職業は看護師だ。チーム・プトレマイオスにも医師がいたが、4年前に起きた国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦時に戦死している。アニューも医学関係の資格を網羅しているものの、本職の医療従事者の有無は精神的余裕に直結するはずだ。
彼らの外見は20代で新婚ホヤホヤに見えるかもしれないが、2人ともノブレスより半世紀程年上である。何なら子どももいるし、つい先日には『そろそろ初孫が生まれる』と有頂天になっていた。特にユウイは『初孫にも木彫りのナキネズミを贈るんだ』と言っており、隙間時間に作業している姿を何度か見たこともある。
勿論――ノブレスより半世紀程年上という点もあって――医者としての活動期間も長く、西暦2300年代の最新医療からS.D.体制崩壊前後の医療にも精通していた。問題点があるとするなら“非戦闘員である”ことや“頭の中が万年新婚夫婦である”ことくらいか。
最も、“生身の戦闘能力が低い”と言うのはネーナにも言えることだ。武術に関しては多少の心得はあれど、プロ相手だとまともに太刀打ちできないレベルである。
残念な話、
「そういえば、娘の友人から聞いたんですけど、“最近の
「リボンズさんたちが調べまわってるらしいな。『世界中に親戚演者のコネを持つ刃金家と懇意にすることで、更に飛躍していってる』とか」
「4年前から『何を考えているのかよく分からない』女性だったからな。“戦争根絶を目指す組織に所属している身でありながら、その理念を裏切る者たちともつるんでいる”とは……」
ユウイ、ミハエル、ヨハンが顔を見合わせる。
ネーナも兄たちと同じように
例えるなら、それは――嘗ての自分の悍ましい一面を目の当たりにしているかのようなものだった。『気に入らないから壊す』という、無邪気な悪意。
(あたしたちの偽物も、同じような感じがした)
自己嫌悪か、或いは同族嫌悪か。その感覚は、4年前に対峙した偽物たちとの記憶も一緒に連れてきた。奴らの使った“とっておきの呪文”――トランザムによって一方的に嬲られ、敗北した苦い記憶。
以後も偽物と対峙する機会はあったが、結局、ネーナたちはリベンジを果たすことが出来ないままだ。あの後は告死天使や偽物を駆る傭兵――アリー・アル・サーシェスらの強襲を受け、それどころではなくなってしまったが。
(リベンジするべき相手は、偽物だけじゃない。あの告死天使だって――)
思いを馳せながら
脳裏にフラッシュバックしたのは、4年前に自分たちを追いつめた
どうして今、あの輸送船を見てそんなものを思い出したのだろう。ネーナが首をひねったとき、宙継がへたんと崩れ落ちる。ブリッジに戻って来たHAROが声を上げた。
「ドーシタ、ドーシタ!?」
「ちょ、ソラくん!?」
「大丈夫か!? 顔真っ青だぞ!?」
宙継の横顔を覗き込んだミハエルが目を剥いた。宙継は顔面蒼白で身を震わせている。怯え方が尋常ではない。何度呼びかけても、彼は返事をしようとしなかった。
そんな彼の様子を見て、ユウイとカリナが飛んでくる。2人が必死になって声掛けし、宙継を落ち着かせようと試みていた。
ネーナは反射的に、教官であるノブレスの方に向き直る。鬼気迫った顔をしたノブレスが弾かれたように顔を上げ――
「――あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」
「教官!?」
「――ッの……!
ノブレスは突然苦悶の声を上げ、何かに弾き飛ばされたようにして床を転がった。壁に背中を強かに打ち付ける。だが、彼は即座に体を起こすと、躊躇うことなく思念波を展開した。
鮮やかな青い光が爆ぜる。それに呼応するが如く、砂漠の一角が吹き飛ぶ光景が《視えた》。暫し荒い呼吸を繰り返すノブレスだが、彼の視線は
早めに呼吸が整ったあたり、ノブレスが受けたダメージはそこまで大きいものではなかったのだろう。自分たちの問いかけに対して「大丈夫」と返す彼の言葉に嘘は無い。その事実に安堵する。
(一体、何が起きてるって言うの……!?)
ネーナは歯噛みしながら、輸送船を睨みつける。輸送船のハッチが開き、黒髪の東洋人が優雅に砂漠へ降り立った。ゆったりとしたチャイナドレスを身に纏う女性こそ、
砂漠の戦場跡地には不釣り合いの雰囲気が漂う。本人がここにやって来たということに、何か意味があるのだろうか? ネーナの予想に応えるかのように、ヴェーダのデータが流れ込んできた。リボンズほどではないものの、ヴェーダへのアクセス権はまだ健在である。
彼女はこの場にいる人々に会釈し、普通に会話を続けていた。これと言っておかしな点は見つからない。ただの気まぐれ、なのだろうか? だとしても、
次の瞬間、ヴェーダからの情報がノイズまみれになった。頭の中に、壊れたラジオのようなざらついた音がガンガンと響いた。思わずネーナは耳をふさぐ。
がりがり、ざりざり、ぎりぎり――ラジオをチューニングしたときに聞こえるような不快な音が断続的に聞こえてきた。誰かが嗤う姿が《視えた》のは、気のせいではない。
あそこにいるのは、誰だ。痛みと音に耐えながら、ネーナはノイズの向こうにいる人間を探ろうとする。
ほんの一瞬、誰かが映し出された。首元で切りそろえられたショートボブの黒髪に、軽く焦がしたバターよりも薄い肌色。日本の民族衣装である着物――しかも、豪奢なものだ――を身に纏った東洋人女性。
その人物の顔を見据えようとしたとき、ノイズまみれだった光景は、一瞬で元通りになった。ヴェーダは相変わらず、人々に会釈して回る
(――違う)
何とも言えぬ確証を覚え、ネーナは輸送船を睨みつけた。
(今、確実に、何かが“起きた”)
あれは、何だ。
ヨハンとミハエルが生唾を飲む。
「……“あの人”だ」
宙継が、蚊の鳴くような声で、そう言った。
◆
アニューが足を止めたのは、誰かに呼び止められたような気がしたからだ。
振り返ると、そこには、黒い輸送船があった。確かあれは、ソレスタルビーイングのエージェント、
持ち主の
例え方は悪いが、その様は、篝火に魅せられ引き寄せられた蛾のようだ。自ら火の中に飛び込み、焼かれて命を落としていく――そんな光景が頭によぎったのは何故だろう。
「――お久しぶりね」
不意に聞こえた声に顔を上げれば、輸送船の奥から女性が降りて来たところだった。古典風の柄が特徴的な白い着物を身に纏った、黒髪黒目の東洋人女性。
彼女の言葉の意味――久しぶり――の意味を理解できず、アニューは思わず首を傾げる。アニューには
ただ、気のせいか、彼女の顔立ちや雰囲気は“誰か”を彷彿とさせた。方向性は全く別なのに、どうしてその人物に似ていると思ってしまったのだろう。
「……あの、失礼ですが、どこかでお会いしましたっけ?」
見知った人物との既視感と、会った覚えのない人物からかけられた再会の言葉に込められた意味――アニューは後者を選び、女性に問いかける。
彼女は綺麗な笑みを浮かべるのみで、沈黙を保ったままだ。アニューの問いかけに答えるつもりは微塵もないらしい。
黒の双瞼がアニューを映している。気づくと、アニューの視線は女性の瞳に釘付けになっていた。目を逸らそうとしたが、逸らせない。強い力で固定されたような、瞳の奥底の闇へと引きずり込まれてしまいそうな心地になる。
女性は笑みを深くした。アニューの背中に凄まじい悪寒が走る。今すぐ、彼女から離れなければ。今すぐ逃げなければ――本能は必死になって訴えている。アニューもまた、この女性から逃れようとした。
だが、アニューの意志や思考回路などお構いなしに、アニューはこの場から動けなかった。女性はニコニコ笑いながら、どんどん距離を詰めてくる。だめだ。逃げなければ。アニューの体はピクリとも動かない。
(――!!)
ついに、女性はアニューの眼前に立った。黒い瞳が、どこまでも不気味な金色に光る。その瞬間、アニューの頭が割れんばかりに痛み始めた。
痛みに耐えられずに目を閉じようとするが、瞼すら動かない。アニューの視界は、取りつかれたかのように女性だけを映していた。
頭をぐちゃぐちゃにされるような感覚。悲鳴を上げて悶え苦しんでいてもおかしくないのに、身体は一切動かなかった。喉が蓋をされてしまったかのように、声を出すことができない。
<嫌、嫌! 助けて、誰か!!>
アニューは必死に叫ぶが、誰も返事を返してくれなかった。いつもならすぐに飛んできてくれるリボンズたちやベルフトゥーロも反応しない。
彼らは自身のやるべきことを果たすため、真剣に話し合いをしているところだった。アニューの声が聞こえた様子はない。どうして、聞こえないのだろう。
金色の瞳は、アニューのすべてを見透かしているようだ。見透かしたうえで、アニューという存在を侵そうとしている。自分なのに、自分ではなくなっていく。
自分は自分のはずなのに、自分じゃない“何か”を植え付けられる。得体の知れぬ何かが、アニューと言う存在の中で蠢いているのだ。
怖い。怖い。気持ち悪い。
誰か、誰か――!!
頭の奥底で、何かが弾けた。スイッチが切り替わるような音が響く。
それを最後に、アニューの意識は断線した。
*
「アニュー」
声が聞こえた。アニューははっとして振り返る。そこにいたのは、何故かボロ雑巾のような成りをしたライルだった。
確か、彼は、カタロンのリーダーと話していたのではなかったか。アニューが問いかければ、彼はへらりと笑い返した。
「ひと悶着あったけど、まあ、大丈夫だ」――ライルの言葉に嘘はない。秘密はあったが、多分大丈夫だろう。アニューはそんな予感がした。
どうやら、ソレスタルビーイングは、カタロンの面々を逃がすために囮役をすることになったらしい。そろそろプトレマイオスへ戻って来いということだった。
アニューは2つ返事でライルに続こうとしたが、ふと、足を止めた。何の気なしに振り返る。当たり前だが、そこには誰もいなかった。
(……あれ?)
頭の片隅によぎった違和感は、一体なんだったのだろう。
考えても思い出せないということは、大して重要なことではなさそうだ。
アニューはそう結論付けて、ライルの後に続いた。
◇◇◇
プトレマイオスの談話スペースに、クーゴは体を丸めて座り込んでいた。空調は過ごしやすい温度で設定されているはずなのに、どうしても寒気が止まらない。
吐き出した呼気が白くけぶっているように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。ぶるりと体が震える。歯と歯がぶつかり合い、かちかちと音が響いた。
一応、ただ事でもないということを察した面々に進められてメディカルチェックを受けたが、結果は異常なしの健康体だ。みな、揃って首を傾げるレベルである。
なんとなく、クーゴは理由を察していた。
察していたが、その原因となる人物が、ここにいるとは思えない。
でも、クーゴの悪寒はハッキリと告げている。“刃金蒼海が、この近辺にいる”と。
この場から早く離れなくてはならない。今すぐ、蒼海の傍から逃げなくてはならない。
得体の知れない強迫観念に煽られるように、悪寒はますます酷くなった。
「大丈夫ですか?」
響いた声に顔を上げれば、そこにはイデアがいた。彼女の手には、淹れたてのコーヒーと緑茶のカップ。コーヒーが自分の分で、緑茶がクーゴの分だろう。
「ん、ありがとう」
礼を述べてカップを受け取り、緑茶を受け取る。心なしか、淹れたての割には少し温度が低いような気がした。
控えめに啜れば、熱が体の中にじんわりと沁みていく。心の奥底に灯りがともったような、温かな気持ちになった。
悪寒はまだ残っているけれど、体を丸めて身を縮ませる必要性はない。ゆっくり体を伸ばせば、気分が楽になる。
そんな様子を見たイデアは、ふっと表情を緩める。御空色の瞳が、情けない男の顔を映し出していた。
……なんだろう、すごく格好悪い。クーゴは彼女の視線から逃げるように顔を逸らし、緑茶を飲み干した。
(……しかし、毎回こうだと、我ながら先が思いやられるな)
クーゴは深々と息を吐いた。居候の身が、居候先に迷惑をかけるってどうなのだろう。なんだか居たたまれない気持ちになってくる。
ガンダムマイスターたちはカタロンとの戦闘に備えて各自準備に入っているし、アニューやクロスロード夫妻は自分にできることを探して艦内を駆け回っていた。
何もしないで身を丸めているのはクーゴだけである。その事実が、無性に腹立たしさと無力さを募らせていた。クーゴは深々と息を吐いた。
「それじゃ、プトレマイオス、発艦ッス!」
リヒテンダールのアナウンスが響き、船体が揺れた。間髪入れず、フェルトがステルスを解除する連絡を告げる。アロウズがソレスタルビーイングを見つけるまでのタイムラグに関する注意事項も聞こえてきた。足音が響く。
おそらく、ガンダムマイスターが出撃準備に入っているのだろう。クーゴは体調不良で留守番組となっていた。まったくもって不甲斐ない。イデアはそんなクーゴの気持ちを察したように、穏やかに微笑んで見せた。
「大丈夫ですよ。誰も、クーゴさんのことを責めていませんから。充分すぎるほど助けられてますし、役に立ってくれてますもん!」
「……だと、いいけど。俺は居候だから、もっと頑張らなきゃいけないんだけどな」
御世辞でも嬉しい言葉だ。そんなことを考えながら苦笑すると、イデアはムッとしたように頬を膨らませる。
「本当ですよ。みんな、クーゴさんの料理を褒めてました。こんなにおいしい料理を食べたのは初めてだって。ティエリアなんて、私が狙ってたカプレーゼを目の前で奪い取ったんですよ! クーゴさんの作ったカプレーゼ!!」
彼女が例に出したのは、先日の食事のことだった。「ティエリア、絶対許さない」と、イデアは不気味な笑みを浮かべた。
気のせいか、格納庫へ向かうティエリアが足を止めて振り返った姿が《視えた》ような気がする。彼は何かに怯えているかのようだった。
食べ物の恨みは恐ろしいと相場が決まっている。…………後で、ティエリアが大変なことにならなければいいが。
思い返せば、イデアはクーゴが作った料理を人一倍食べていた。次点に食べるのがティエリアである。2人はしょっちゅう、静かにだが、おかずの奪い合いを繰り広げていた。
たまにラッセや刹那が乱入するが、前者だけが周囲から一方的に非難される。見ていて、とても和やかな食卓であった。――ユニオン時代が恋しくなるような、光景だ。
「終わったら、また作るよ」
クーゴがそう告げれば、イデアは満面の笑みを浮かべた。
「約束ですよ! ――じゃあ、行ってきます!」
そう言い残し、彼女はくるりと踵を返した。
「ああ。――いってらっしゃい」
クーゴは手を振り、イデアの背中を見送った。部屋の中から外を見れば、カタロンの基地跡がどんどん遠のいていく。
それに比例するかのように、いつの間にか、悪寒はなくなっていた。
クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。