問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
アレルヤは覚悟した。あの恐ろしい悪魔から、自分は決して逃れることはできないのだと、骨の髄まで思い知った。
目の前では、満面の笑みを浮かべたイデアがいる。ソレスタルビーイングの中で、「恋愛ごとを見ると介入せずにはいられない」と豪語する危険人物だ。
彼女と似たようなタイプの人間として、最近ソレスタルビーイングに合流したミレイナが挙げられる。案の定、2人は最強のタッグを組んで、恋愛ごとを根掘り葉掘りしていた。
以前、アレルヤは、イデアに根掘り葉掘りされたことが原因で失言をしてしまったことがある。
自分が幼馴染のマリー・パーファシーに想いを寄せているということを、イデアの気迫に押されてうっかり話してしまったのだ。
しっかり言葉にしたわけではなかったが、「マリーは優しい子」というコメントだけで、イデアがすべてを察するのはおかしくなかった。
「その子が、噂の『
肉食獣が笑っている。さしずめ、アレルヤは獲物だろう。
イデアの隣には、出がらし状態の刹那が天を仰いでいた。
つい数分前まで、刹那はイデアから“恋人と一線を越えた”件について根掘り葉掘りされていたのである。あの様子だと、こってり絞られてしまったらしい。
あれは、数秒後の自分が数十分後に辿る末路だ。アレルヤは直感する。ハレルヤがいたら、イデアと顔を合わせた瞬間に逃走していたであろう。
ハレルヤは以前、『第3者視点からの話を聞かせてほしい』ということで、イデアに根掘り葉掘りされたことがあった。とんだとばっちりである。
以来、そういう話になると、さっさと眠りにつくようになった。アレルヤの救援コールに対し、完全無視を決め込まれたことは1度や2度ではない。
むしろ、その場に居合わせた他者を巻き込むような行動をとるようになった。主な例としては、先代ロックオンとティエリアである。
たまにイアンや刹那、リヒテンダールやスメラギも道連れにしていた。後者を巻き添えにした後が一番恐ろしいことになったが、割愛する。
(………………俺は退散するぜ。じゃあな!)
(ちょ、ハレルヤ!? いたの!? ってか、待って! 僕1人を、ラスボスの真ん前に置いていかないで!!)
不意に、頭の中に響いた声は、もう会えないと思っていた片割れ――アレルヤのものだった。だが、彼の気配は一瞬で拡散し、掴めなくなる。幻聴の彼にさえも見捨てられたため、アレルヤは正直泣き出してしまいたかった。
周囲の人間たちは「ご愁傷様」と言いたげな眼差しを向けてきた。この場には、アレルヤの味方など存在していないようだ。
ちらりと視線を向ければ、マリーはミレイナたちと楽しそうに話し込んでいる。ガールズトークができるという環境が嬉しいらしい。
イデアはアレルヤへの尋問を止めて、ガールズトークの輪に入ることにしたようだ。ニコニコ笑いながら雑談に加わる。
「練り香水っていい匂いね」
「種類も豊富だし、外見もかわいいですしね」
「ねー」
「ねー」
「ねー」
ガールズトークを行う面々の周囲に、お花が沢山飛んでいる。
見ているだけで、この後に待ち受ける運命なんて忘れてしまえた。
アレルヤはデレデレした笑みを浮かべ、噛みしめるように呟く。
「そんなマリーがかわいい」
「そんなアニューがかわいい」
声が被った。振り返れば、デレデレと笑う2代目ロックオンがアニューを見つめている。
2人は無言のまま顔を見合わせた後、拳を撃ち合わせハイタッチしたのちに親指を立てた。同士がいるって素晴らしい。
「……お前ら」
ラッセがげんなりとした口調で何かを言っていたような気がするが、今の/イデアに尋問された直後のアレルヤには、関係のないことであった。
◇◇◇
宴会が始まったときから、アレルヤは精根尽き果てたようにぐったりとしていた。ついでに、刹那も心なしか疲れ切っているように思う。そんな2人に対し、ティエリアとリヒテンダールが「ご愁傷様」と言いたげな眼差しを向けていた。
ラッセ、イアン、スメラギはどこか遠い目をしていたし、
『あっ、ハガネ少佐ですね! 貴方のお話は、私の中にいるピーリスから伺ってます!』
初めてマリー・パーファシーを見て思ったのは、“人革連のソーマ・ピーリス少尉と瓜二つ”であった。だが、ピーリスとマリーを比較すると、纏う雰囲気は全くの真逆である。その答えはマリー本人から明かされることになった。
元々、マリーはハレルヤと同じ研究機関の施設――人革連の『超兵』計画の被検体の1人だった。“記憶はないが五体満足で二重人格”のアレルヤ=ハレルヤに対し、施設に在籍していた頃のマリーは“五感が機能せず寝たきり状態だが、何かしらの条件を満たした相手となら交信ができる”状態だったらしい。
施設内で出会った2人の交流が始まったのは、マリーがアレルヤとハレルヤに名づけを行ったことがきっかけだという。以後も2人は交流を重ねて心を通わせていったのだが、上層部の意向で2人は引き離されることとなる。後にアレルヤたちは機関から脱走を企てて宇宙を漂流する羽目になり、アレルヤ=ハレルヤだけが生き残ったとか。
対して、マリーは『超兵』計画の面目を保つための生贄として使われることとなった。五感の復活や必要最低限の戦闘能力――それでも常人よりは適性値は高かったが――を得るための調整を施されたマリーは、その過程としてソーマ・ピーリスの人格を植え付けられ、以後はソーマ・ピーリスとして生きてきた。
クーゴとピーリスは嘗て、三代国家が手を組んでガンダムを鹵獲しようと企てた際の作戦で顔を会わせている。
“交流会で出会ったコーラサワーにせがまれ、お子様ランチを振舞うことになった”とき、ピーリスもその現場に居合わせていた。
『つまり、“この体の主人格はキミで、ピーリス少尉は後天的に組み込まれた人格”ということか……。じゃあ、ピーリス少尉はもういないのか?』
『いいえ。表層に出てこなくなっただけで、ソーマ・ピーリスは私の中に存在しています。私と対話することも出来ますし、私を通して今起きていることを見てもいますよ』
アレルヤがマリーとの再会に喜び、そんなアレルヤの様子を微笑ましく見守っていたソレスタルビーイングの仲間たち。だが、クーゴは少し複雑な気持ちでマリーを見ていた。
喜ばしいことであるのは事実だが、だからといって、ピーリスが消えていい存在であるとは思えない。何せ、クーゴは多少なりともピーリスと交流を持っていた身。
お子様ランチを振舞った際の悲喜こもごもを見る限り、彼女は“生真面目で不器用だが、真が強くて優しい女性”だったから。クーゴの気持ちを察したのか、マリーは自分の胸に手を当てて微笑む。
『私の中のピーリスが言ってます。“私のことを気にかけてくれてありがとう”、それと“少佐のお子様ランチ、とても美味しかった”って! 機会があったら、私も食べてみたいです!』
『……今回はもう別の料理作っちゃったから、次でいいかな?』
『是非!』
“今回の料理はマリーの希望に添えなかった”ことに若干の気まずさを感じながらマリーに問いかければ、彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた。
本来マリーが所謂“お子様”と呼ばれて慈しまれる時期は、人革連の人体実験によって使い潰されてしまっている。
そういう経緯もあってか、お子様ランチに興味津々らしい。彼女の期待に応えられるようなメニューを考えなければ。閑話休題。
「アレルヤ、大丈夫か?」
「……うん。マリーが楽しそうなら、僕は、もうそれでいいよ……」
ティエリアの問いかけに、アレルヤは煤けた笑みを浮かべて頷いた。彼は、クーゴが作ったローストチキンをぽそぽそと食べ進めている。食べるペースがいつもより遅い。
味が合わなかったのだろうか? クーゴがそれを問いかける前に、アレルヤは力なく微笑んで「美味しいよ」と言った。囁くような声色は、疲労を色濃くにじませている。
どうやら、宴会が始まる前に何かあったらしい。そのせいで、アレルヤは疲れ切ってしまったようだ。彼の視線の先には、眩しい笑顔を浮かべるマリーの姿があった。
ガールズトークに興じながらも、イデアは食事の手を緩めなかった。ティエリアも、アレルヤのことを心配しながらも食事の手を緩めない。
イデアのフォークがローストチキンに伸びた。ほぼ同じタイミングで、ティエリアのフォークもローストチキンに伸びる。2人とも別方向を向きながらフォークを伸ばしたため、気づいていない。
次の瞬間、鈍い音が響いた。ガッ、という音と共に、皿の上に残されたチキン――しかも、最後の1切れだ――に2つのフォークが突き刺さる。双方から引っ張られたチキンは微動だにしなかった。
「…………」
「…………」
イデアとティエリアが、静かに火花を散らしている。無言のまま、2人は互いの出方を待っている様子だった。睨み合いが続く。
「また始まった……」
「4年前は、ああいうことなんてなかったのにね」
2人の戦いを観戦しているリヒテンダールとクリスティナが苦笑した。気になって、クーゴは思わず問いかける。
「じゃあ訊くが、4年前の食卓事情はどうだったんだ?」
「クルーの中でも、イデアが一番こだわりが強くて食い意地張ってたッス。逆に、ティエリアは今みたいに食い意地張ってなかったかも」
「リヒティ、行儀悪い」
金目鯛の煮物に舌鼓を打ちながら、リヒテンダールがフォークでイデアたちを指示した。間髪入れず、キヌアや野菜を使ったキッシュを食べていたクリスティナに頭をはたかれる。リヒテンダールは苦笑しながらクリスティナに頭を下げた。夫婦漫才である。
イデアは以前から食べることが大好きだったようだ。エトワールとして交流を重ねていた頃からいい食べっぷりを見せてくれると思っていたが、成程納得である。不意に、「いっぱい食べるキミが好き」というフレーズが頭をよぎったのは何故だろう。クーゴにはよくわからなかった。
次の瞬間、イデアとティエリアの短い声が重なって響いた。見れば、最後の1切れだったチキンが真っ二つになっている。視線を上げれば、ナイフを片手に持った刹那がいた。唖然とするイデアとティエリアを一見した刹那は、厳かに言い放つ。
「戦争の火種となるものを絶つ……それが、ソレスタルビーイングだ」
刹那はどこまでも大真面目だった。ポカンと自分を見つめるイデアとティエリアを真っ直ぐ見返しながら、自身もカプレーゼを食べ進める。
イデアとティエリアは顔を見合わせる。幾何の沈黙の後、イデアが思いっきり噴き出した。一歩遅れて、ティエリアも小さく噴き出し口元を緩める。
「半分こね」「ああ、だな」なんて会話をしながら、2人はチキンを皿に取った。丸く収まったようで何よりである。クーゴはふっと息を吐いた。
「早いな。もう、メインディッシュがなくなっちまった」
あーあ、と言いながら、ラッセがローストチキンが乗っていた皿を名残惜しそうに見つめた。どうやら、彼もチキンを狙っていたらしい。
同じように、ローストチキンが乗っていた皿を見つめていたのは他にもいる。マリーやアニューも、もう少し食べたかったと目で訴えていた。
半分こまでして丸く収まったはずのイデアとティエリアも、内心はもっと食べたかったのだろう。寂しそうに視線を逸らした。
クーゴはふっと笑みを浮かべ、立ち上がった。
「いやはや、こんなこともあろうかと」
そう言って、厨房から大皿を運び込む。皿の上に盛り付けられていたのは、先程姿を消したばかりのローストチキンであった。
「2羽目」とクーゴが言えば、物足りなさそうにしていた面々が表情を輝かせる。他にもおかわりはまだあると言えば、この場が喝采に包まれた。
「じゃあ、いっぱい食べても大丈夫ね! 沙慈、あーん!」
「あーん……うん、おいしい! じゃあルイスも、あーん!」
クロスロード夫妻が、いい笑顔でキッシュの食べさせ合いっこをしている。こっちもこっちでバカップルであった。ハートが目に眩しい。
視界の端で、スメラギが水を一気飲みしていた。彼女はお冷の消費量が一際激しい。気のせいでなければ、「リア充め!」という叫びが聞こえた気がする。
仲睦まじい夫婦の様子に触発されたのか、マリーがカプレーゼを大量に皿に取り始めた。躊躇うようにそわそわした後、アレルヤの元へ近づく。
「どうしたの、マリー?」
「……アレルヤ、あーん」
マリーの「あーん」は、ルイスや沙慈よりも棒読みであった。おそらく、彼女はそういったことをやり慣れていないのだろう。元は超兵として実験や戦闘に勤しんでいたため、平穏とは程遠い場所にいたと聞く。
いきなりの展開に、アレルヤは真顔で噴出した。そのまま、彼は顔を真っ赤にして狼狽える。アレルヤの様子を見たイデアとミレイナがニヨニヨと笑い、彼の様子を見守っていた。狼狽するアレルヤの様子に、マリーは悲しそうに目を伏せる。
「やっぱり、嫌だった?」
「そんなことない! 嬉しいよ!!」
泣き出してしまいそうなマリーを引き留め、アレルヤは勢いよく頷いた。彼の様子に、マリーは安堵したように頬を緩ませる。
2人はぎこちなく――けれど、とても嬉しそうに、食べさせ合いっこを始める。次の瞬間、ラッセとスメラギがテーブルの上に突っ伏した。
ミレイナとイデアが嬉々迫る悲鳴を上げ、刹那やティエリア、クリスティナとリヒテンダールが生暖かくアレルヤたちを見守った。
何を思ったのか、イアンが端末を片手に席を外す。彼の頭の中に浮かんだのは麗しい貴婦人であった。どうやらこの人物がイアンの妻らしい。外見がかなり若いが、ミュウの若作り云々を知っている身からしては油断できない。
世の中には“外見年齢20代/実年齢200歳のお姉さまが、14にも満たない少年に対して「私にキミの子どもを孕ませてくれ」なんてプロポーズをかます”展開があるのだ。年齢指定モノのゲームでもびっくりである。事実は小説より奇なり。
不意に、頭の中に
『大丈夫よ、問題ないわ。世の中には“外見年齢20代/実年齢200歳のお姉さまが、14にも満たない少年に対して「私にキミの子どもを孕ませてくれ」なんてプロポーズする展開がある”んだから』
『諸君、それは私だ』
非難轟々の面々に対し、女性はいい笑顔で弁明した。その言葉を肯定するかのように、ベルフトゥーロが踏ん反り返る。
この場一帯が凍り付く中、ミュウの面々は天を仰いだ。“かなり初めの頃から、その話を延々と聞かされていた”ためである。
(……うん、これはひどいなあ)
クーゴは乾いた笑みを浮かべながら、ローストチキンを食べ進めた。
*
宴は滞りなく進み、デザートのフラワーハーブゼリーがお目見えした。様々なハーブや色とりどりのエディブルフラワーをふんだんに使った、目に栄えるデザートである。
花を使ったデザートを初めて見たのか、女性陣が目をキラキラ輝かせた。煌びやかなものに疎そうな男性陣も、その美しさには惹かれるものがあったらしい。感嘆の息を吐いた。
ちなみにこのゼリー、2層のケーキとなっている。上部――花が彩りよく詰め込まれた方――が白ワインとキルシュを使ったゼリーで、下部がレアチーズケーキだ。
未成年であるミレイナに配慮し、上部のゼリーを作る際に使った白ワインは、水と一緒に煮込んでアルコールを飛ばしてある。
「ここ、凄いですよね。特に酒類の品揃えが豊富で。白ワインはお酒専用の冷蔵庫から拝借しました」
ゼリーを切り分け配膳しながら、クーゴは自ら話題を振ってみた。
白ワインを取り出した冷蔵庫には、ありとあらゆる種類の酒が入っている。
終いには、日本酒の大吟醸――時価1万数千円程のものだ――まで入っていた。
「もしかして、キッチンドランカーの方がいらっしゃったり?」
途端に、スメラギがびくりと肩をすくませて視線を逸らす。それを見たイアンが、そういえばと手を叩いた。
「スメラギさん、アルコール飲むのやめたのか? 冷蔵庫の酒類、全然減っていなかったし……」
「あー。確かに、おやっさんの言う通りだな。飲まないのか?」
イアンの問いかけに、ラッセが補足を入れた。成程、あの冷蔵庫はスメラギ用のものだったらしい。
彼女は居心地悪そうに視線を彷徨わせた後、深々と息を吐いた。その横顔には陰りが見える。
スメラギは何かを思い返すように瞳を閉じた。そうして、静かに目を開ける。――陰りは、無くなっていた。
「もう、やめたの」
スメラギは、満面の笑みを浮かべて頷いた。何かを振り切ったような、晴れやかな表情である。ラッセとイアンは驚いたように目を瞬かせたが、納得いったように微笑んだ。
他の面々も何か思うところがあるようで、この場に沈黙が落ちる。この質問は、何かまずかっただろうか。クーゴが居心地悪そうにしたことを察したのか、スメラギが笑った。
「私はもう飲まないから、他のみんなで消費して頂戴。勿論、料理に使ってくれても構わないわ」
そう言って、スメラギは部屋を出て戻ってきた。彼女の両手には、大吟醸の一升瓶やワインの瓶が握られている。
スメラギはその中から赤ワインを引っ張り出すと、それをワイングラスに注いでアレルヤとマリーに手渡した。
「本日の主役」と彼女は楽しそうに笑う。素面にしては、どこかほろ酔い気分の人間に見えるのは気のせいだろうか。
…………いや、違う。あれは、酔っているのではない。半ばヤケになっているのだ。
スメラギは鼻歌混じりにアルコールをグラスへ注ぎ、クルーの面々へ配って回る。クーゴには、日本酒の大吟醸が入ったグラスが手渡された。
「この大吟醸はロックで飲むと美味しい」という話を、親戚から聞いたことがある。スメラギはそのことを知っていたようで、手渡されたグラスはロックであった。
『いいかいクーゴ。間違っても、キミはアルコールを飲んじゃいけないよ』
いつかの記憶がフラッシュバックする。こめかみに青筋を立てたビリーが、必死な顔で訴えていた。彼の隣にいたグラハムも、沈痛な面持ちで頷いている。
どうして2人がそんな顔をしているのだろう。どちらかというと、圧倒的な意味で被害者になっているのはクーゴの方である。特にグラハムには、何度も振り回された。
自分があの2人を振り回した経験は少ないとクーゴは思っている。最も、そんなことを言ったら、グラハムとビリーも「振り回したつもりはない」と豪語するだろうが。
クーゴはしばしグラスを見つめた。氷とグラスがぶつかり合い、軽やかな音を響かせる。
少しくらいなら、飲んだって大丈夫だろう。
記憶の中の親友たちが顔面蒼白になった姿を思考の外へ追いやり、クーゴはグラスを煽った。
◇◇◇
何が起きた。誰もが同じことを考える。
何が起きた。誰もが同じ表情を浮かべて、互いの顔を見合わせる。
何が起きた。誰もが騒然としながら、男を見上げていた。
宴が終わった後の食堂は、始まる前と同じようにピカピカだった。後は、それぞれの自由時間を過ごすだけだった。なのに、どうしてこうなったのだろう。
鈍器と同じレベルの分厚さの本を片手に、クーゴ・ハガネは仁王立ちしていた。本にはおどろおどろしい文字で『CALL Of CTHULHU』と書かれている。小脇には『CTHLUHU2020』と書かれた別の本を抱えていた。そんなものどこから出したのか。
この場にいる面々を見つめるクーゴの瞳は、日本刀を思わせるような鋭さを宿している。容赦なく垂れ流しになる殺気によって、誰1人ともこの場から逃げ出すことができないでいた。足は縫い付けられたように動かない。
どかん、と、派手な音が響いた。
クーゴが、鈍器のような分厚さの本を、食堂の机に置いたからだ。
置いたというよりは、叩きつけたといっても過言ではない。
厳かな空気を漂わせ、クーゴは静かに告げる。
「――クトゥルフやるぞ。刹那・F・セイエイ、イデア・クピディターズ、ロックオン・ストラトス、ティエリア・アーデ、アレルヤ・ハプティズム。お前ら全員、日本の学生な」
*
「『はは、はははは。はははははははは!』」
日本刀の刃を思わせるような眼差しはそのままに、クーゴは高らかに笑った。圧巻且つ、迫真の演技である。
怖い。怖すぎる。クーゴの気迫に流されるまま、テーブルトークアールピージー(通称TRPG)をする羽目になった面々全員の見解だった。
現在、彼が演じているのは、今回のシナリオにおけるラスボス――オカルト研究部の部長、ナオミ・カシマである。その高笑いは、自分たちの眼前に邪心が降臨したかのようだ。
今回のプレイヤーであるガンダムマイスター一同も、恐怖を煽るようなクーゴの様子に戦慄していた。例外はイデアで、彼女は熱っぽい眼差しでクーゴの演技を見つめている。
恋する乙女とは中々に便利な存在らしい。羨望を覚えないわけではないが、それとこれとは何か違う気がした。そもそも、イデアの方向性は大丈夫だろうか。
「『今回は失敗してしまったし、これくらいでいいだろう。もう、ここには何の用もない。私は失礼させてもらうよ』――ナオミ・カシマは高笑いし、屋上の手すりへ向かって走り出し始めた。このまま放置すると、彼女は屋上から飛び降りるだろう」
「……屋上の高さは?」
「落ちたら確実にタダじゃすまないな。打ち所が悪ければ即死もあり得る」
クーゴの演技に飲まれていた刹那が、絞り出すようにクーゴへ問うた。クーゴは悪い笑みを浮かべながら、彼女の問いに答える。
キーパーの答えを聞いた面々は思案した後、各々答えを出した。
「なら、駆け寄って引き留める」
「僕も刹那と同意見だ」
「俺もだ」
「僕は気絶してるから無理だろうね」
「私はハレヤ・アレイに応急手当使うためにその場を離れるわ」
イデアだけ、他の4人と毛色が違う行動を取った。
因みに、ハレヤ・アレイはアレルヤのプレイヤーキャラクターである。
先程の戦闘で、彼はショックロールに失敗して気絶していた。
ハレヤの耐久は1。賽子の女神によって、辛うじて生かされている状態であった。
「本音は?」
クーゴは悪い笑みを浮かべたまま、イデアに問うた。
イデアは悪戯っぽく笑う。
「『嫌な予感がするから、ナオミ・カシマから視線を逸らしたい』ですね」
「あっ! だったら俺も……」
「遅いぞ、タイムアップだ。このままイソラ・イラベ、ミライ・アサデ、ロクオ・スドウの3名は、ナオミ・カシマとのDEX対抗ロールに入る。アカリ・コウセイは応急処置の技能ロールだ」
イソラ・イラベが刹那、ミライ・アサデがティエリア、ロクオ・スドウが
DEX対抗ロールの成功率は、全員20~30程度だ。その数字を見た
因みに、アカリの応急処置は65だ。この数値より低い値を出せば成功となる。クーゴは悪い笑みを浮かべつつ、ダイスロールを行った。賽の目が数字をはじき出す。
イソラ・イラベが97、ミライ・アサデが09、ロクオ・スドウが69、アカリ・コウセイが52。結果は、刹那が
「またか……!!」
「ご愁傷さま、刹那」
頭を抱えた刹那の肩を、アレルヤが優しく叩いた。彼女のキャラクターは、先程からずっと出目が悪かった。
アレルヤのキャラクターであるハレヤも、幸か不幸か、賽の目の気まぐれによって気絶状態にある。
クーゴが応急処置の回復値を決めるために賽子を振った。1D3の結果は1。ハレヤの耐久は2になった。
「賽の目の悪意が見えるようだよ」
「まあまあ、皮一枚つながったってことで」
アレルヤは天を仰いだ。イデアがのほほんと付け加える。
「嘘だろ!? 俺がこの3人の中で一番成功率高かったのに!」
「こんなこともあるのか……」
ロックオンが悔しそうに声を上げ、3人の中で一番成功率が低かったティエリアが驚きの声を上げた。
その結果を聞いたクーゴは、楽しそうに口元を緩ませた。……悪人面は相変わらずであったが。
「じゃあ、次はナオミ・カシマとミライ・アサデのSTR対抗ロール……と行きたいが、2人の数値だと自動失敗だな」
「ミライ・アサデはもやしだもんなぁ。STR最低値だっけ」
「茶化すな」
苦笑した
すべてのダイスロールが終了したのを確認し、クーゴは適宜処理を行った。
「では、結果を。まずは刹那からだ。ナオミ・カシマを捕まえようとしたイソラ・イラベは足がもつれて転倒してしまう。刹那は耐久値から-1だ」
「了解した」
「次はロックオン。ロクオ・スドウは、ナオミ・カシマの俊足に追いつけなかった」
「あー……」
「最後にティエリアだ。ミライ・アサデは、爆発的かつ驚異的な俊足により、ナオミ・カシマの腕を掴むのに成功する。しかし、力のなさが災いし、ナオミに弾き飛ばされてしまった。その際の衝撃で、彼女が小脇に抱えていた黒い表紙の本を偶然手にしてしまう」
「その本、明らかに魔道書じゃないか!」
それぞれの悲喜交々が終わり、クーゴの語りが始まった。
「だが、ミライ・アサデがナオミ・カシマの腕をつかんだコンマ数秒が功を奏したのか、ナオミ・カシマは地面に叩き付けられることはなかった。その直前で、巨大な鳥の背中に着地したためだ。門の入り口をふさいでいた不気味な鳥である」
「シャンタク鳥ですね」
「そうだな」
イデアの問いに、クーゴは頷いた。そうして話を続ける。
「ナオミ・カシマを乗せた鳥は、そのまま夜空の向こうへと飛んでいく。彼女と鳥の姿はあっという間に見えなくなった。……暫くして、校門にパトカーがやって来る。悪夢のような夜は終わったのだ。――おめでとう。キミたちは、化け物たちが徘徊する学校から脱出し、誰1人欠けることなく生き残った。シナリオクリアだ」
ぴりぴりとした空気が拡散する。クーゴは先程までのような悪人面ではなく、素面のときによく見せる爽やかな笑みを浮かべていた。殺気から解放された面々は、椅子に座ったまま崩れ落ちる。特に、イデアを除いたガンダムマイスターたちの疲労が人一倍大きい。
当然だ。この酔っ払いキーパー、何よりもまずロールプレイ――特に、台詞を言ったときの様子や口調、および態度――を重視する。ロールプレイのやり方によっては、ボーナスに+30~-30の変動が起きるのだ。しかも、物語の山場になるとボーナスが連続且つ頻繁に発生するのである。
故に、プレイヤーは必然的に、キャラクターになりきることを要求される。それも、演技的な意味でだ。おまけにこのキーパー、本職とタメ張れるレベルの演技力を持っていた。しかも、どんな状況でも即時、即席対応する。難攻不落且つ隙のない演技に、飲み込まれてしまうことも多々あった。
そんな極限状態で、5人の分身たちはどうにか生き残ったのである。賽の目の大暴走やキーパーのロールプレイ要求にも負けずにだ。
彼らの健闘を讃えるクーゴからは、先程のような鋭い殺気を感じない。文字通りのチャンスだ。
プレイヤーとしてゲームに参加していなかった面々が立ち上がり、そそくさと食堂から逃げ出そうとする。――しかし、彼らは扉まであと一息というところで足を止めた。否、止めざるを得なかったのだ。
先程と同じ、鋭い殺気によって、体ごとこの場に縫い付けられる。辛うじて呼吸することは赦されているようだが、それ以外の行動は取れなかった。
「どこへ行くんだ」――絶対零度の声がした。背中に寒気が走ったのは、きっと気のせいではない。低い声が、厳かに言葉を告げる。
「次。イアン・ヴァスティ、ラッセ・アイオン、スメラギ・李・ノリエガ、アニュー・リターナー、マリー・パーファシー」
それは、次なる生贄の名前。
第2ラウンドで舞台に引きずり出される面々の、死亡宣告だった。
「――お前ら全員、日本の小学生、女子児童な」
◇◇◇
ソーマ・ピーリス中尉が名誉の戦死を遂げた――その情報は、アンドレイ・スミルノフの耳にも入っていた。
彼女の遺品整理を申し出たアンドレイは、殺風景な部屋に足を踏み入れる。必要最低限のもの以外、この部屋には何もない。
これなら、遺品整理もすぐ終わるだろう。アンドレイがそう思ったときだった。机の上に、可愛く包装された袋が2つ置いてある。
メッセージカードの宛名には、父・セルゲイと、アンドレイの名前があった。自分の名前が書いてある袋を手に取り、開く。
中身は、ロシアの伝統菓子であるアレーシュキであった。もう既に冷めてしまっているが、とてもおいしそうな香りを漂わせている。
アンドレイは、何かに引き寄せられるようにしてアレーシュキを手に取った。そのまま菓子にかぶりつく。
「……美味しい」
しかも、なんだかとても懐かしい。
アンドレイがそう思ったとき、過去の記憶がフラッシュバックする。
『アンドレイ』
『この焼き菓子はね、お父さんが作ってくれたの』
『私とお父さんが恋人同士になったきっかけは、このアレーシュキなのよ』
幸せそうに笑った母が、アレーシュキを片手にしてくれた話を思い出す。父と母の馴れ初めだ。
幼い頃はいつもその話を聞きたがっては、父を赤面させていたか。照れる両親を見るのは、とても珍しい光景だった。
しかし、どうして、ピーリスはこの味を知っているのだ。この味を再現できたのか。
アンドレイが疑問に思ったとき、メッセージカードが目についた。そこには、「大佐から作り方を教わった(要約)」と書いてある。ああ、だから味を再現できたのか。
いつぞや、迷うことなくゴミ箱にぶちこんだアレーシュキの袋が脳裏をよぎる。しかし、アンドレイはそれを振り払うようにして首を振った。
(これは、ピーリス中尉が作ったものだ。スミルノフ大佐が作ったものじゃない)
そう言い聞かせながら、アンドレイはアレーシュキを食べ進める。
しかしながらその味は、遠い日に父が作ってくれたアレーシュキそのものだった。
◇◇◇
カタロンの護衛を問題なく終えたカテドラルは現在、連邦政府に差し押さえられていない拠点で補給を行っていた。カテドラル以外にも、悪の組織/スターダスト・トラベラーの遊撃隊として飛び回っていた他の部隊も補給に訪れている。
補給が終わるまでの間、カテドラルのクルーたちは短い自由時間を過ごしていた。……と言っても、自分たちを取り巻く状況は“あまりよろしくない”ため、おおっぴらに遊びまわる様な真似をするような人々は誰もいなかったのだけれど。
うだるような日差しが差し込んでくる。どこまでも真っ白な砂浜と、真っ青な海が広がっていた。
「いやあ、良い景色ですねぇ。絶好のバカンス日和ですよ」
「……ああ、そうかい」
感嘆の声を上げたノブレスに返答したのは、虚ろな目でPC画面を見つめていたリボンズであった。
彼に何があったのか、ノブレスは知らない。状況報告がてら連絡を取ったときにはもう、こうなっていた。
「どうしたんですか? FXで有り金全部溶かしたような顔して」
「有り金は何とか無事だよ。相当時間がかかるけど、巻き返しは図れるさ」
「じゃあ、何があったんです?」
「とあるアクセスコードを追っかけてたら、その報復で、一番でっかいダミー企業に大打撃喰らった。他企業も連鎖で虫の息」
リボンズは頭を抱えた。目の下の隈や窶れ具合からして、彼は相当憔悴しているように見える。第3者から悪質な介入を受けているヴェーダの異常を調べまわったり、ヴェーダのブラックボックス内部で進行している“6人の仲間”計画の推移を見守ったり等、最近のリボンズは多忙を極めきっていた。
「まあでも、情報が掴めなかったわけじゃないよ。あのアクセスコードは複数の場所で使われているみたいで、そのうち1つは
「ああ、やっぱり。あの人、裏だらけですからねー」
「つくづく思うけど、女って怖いよねー」
リボンズの言葉を聞いたノブレスは何となく納得した。2人は揃ってため息をつく。
出資者が
今現在、ソレスタルビーイングが欲しているのは情報だ。自身の情報収集およびバックアップを担当するスーパーコンピュータを持たない彼らは、アロウズを動かす存在と接触したいと考えている。……ぶっちゃけ、ヴェーダを有していたとしても、ヴェーダを改竄すると思しき力を持つ連中が相手なのだ。
活動を始めた当時は、ヴェーダがハッキングされているという事実を想定しようとさえしなかった/ヴェーダを熱く信奉していた面々である。
特にティエリアは、自分の親のような存在が、他者によって悪意のために使われているだなんて信じられなかっただろう。4年前の彼なら卒倒していたに違いない。
「そう考えると、あの子も成長したってことか……」
「親戚の子が成長した様子を喜ぶおじさんみたいですよ」
感慨深そうに目を細めるリボンズの顔が《視えた》ような気がして、ノブレスは苦笑した。
年齢差から考えると、ノブレスだってもれなくその対象に入っているのだろう。気持ちは分からなくないが。
「ほーう。お前さんも、誰かの成長を感慨深く思える日が来たってことか」
「自称『未熟なヒト』で『まだまだ子ども』という肩書や意識も、そろそろ返上しても良さそうね」
物資の補給を手伝ってくれていたリチャードとノーヴルが声をかけてきた。この2人はリボンズより年上であり、ベルフトゥーロと共にこの地球へ降り立った一団である。世代的に考えれば、リチャードとノーヴルは第1世代のミュウだ。第1世代は他にも、エルガンやクラール等が挙げられる。
また、この地球上に降り立って以後に生まれたミュウの子どもたち、または地球で暮らしていた人間がミュウとしての目覚めを迎えて引き入れられた者たちが、第2世代以後のミュウたちである。例としては、イデア、テオドア、クーゴ、ロックオン兄、トリニティ兄妹、悠凪、征士郎、ひまり等が挙げられた。
リボンズが2世代目の古参で、ノブレスは推定4~5世代目である。最近ミュウに目覚めたばかりのクーゴや
「そりゃあ、僕だって第2世代の古参なんだ。300年近く生きてるんだよ」
「俺はそろそろ500歳行くぞ」
「私も同じくらいね」
「うん、知ってた」
どこかムッとしたように言い放ったリボンズに対し、リチャードとノーヴルが名乗りを上げる。
それを聞いたリボンズは、居心地悪そうに目を逸らしていた。年上に反論してもしょうがないと思ったのだろう。
リボンズは取り繕うように咳ばらいした後、至極真剣な眼差しになった。
「今、僕たちが欲しているものは、敵の情報だ。それを手にするためには、アロウズの懐に飛び込まなくてはならない」
「確かに」
「……近々、アロウズの関係者や出資者を中心に集まるパーティがあるっていう話は聞いてるだろう?」
「ああ、
ノブレスの確認に、リボンズは頷く。
「そこに潜入するための下準備をしていたんだけど……」
「一番大きなダミー企業が大打撃を喰らって、色々と辛い状況下にあるってやつか」
リボンズの言葉を引き継いだリチャードは深々とため息をつき、リボンズも沈痛な表情で頷いた。現在作り上げたダミー企業の中でも一番大きいものは、アロウズに多額の出資をしている。
ダミーとばれないように気を付けるためには、途方もない財力をつぎ込まねばならない。企業の実績なんて、簡単に作り出すことはできないためだ。
多少ならでっちあげられそうだが、アロウズにはヴェーダ以上のスーパーコンピュータがある。それを騙すためには、並大抵および付け焼刃でどうにかなるようなものじゃない。
「どうにかパーティにお声がかかるレベルになったと思ったのに……。今回は、見送るしかなさそうかな。別な手を考えなきゃ」
リボンズは遠い目をした。損失を埋めている間に、件のパーティには間に合わないと踏んだのだろう。「そっちも頑張れ」と言い残し、彼との通信はぷつりと途切れた。
「……だそうですよ?」
<OK! お金増やすの得意そうな人に声かけてみる!>
<確か、クロスロード夫人は学生時代、株とFXで小遣い荒稼ぎしてたんだったな>
<夫は逆に、FXや株で壊滅被害出したんだったか>
<草薙博士に連絡ついた? あの親子、運試しには強かったよね>
<それを言ったらひまりも相当だったわよ>
<アリスとハルノにも頼んでみよう>
リボンズとの通信が完全に途切れたのを確認し、ノブレスは別の面々に思念波を送った。
ヒリングが元気に返事を返したのを皮切りに、彼の弟妹たちが行動を開始する。
リチャードやノーヴルは微笑ましそうにそれを眺めていた。が、すぐに2人も物資の運び込みを再開した。
リボンズがこれ知ったら頭を抱えそうだ。彼はプライドが高く、何事もそつなくこなすのが当然だと思っている。そのために、彼はいつもひっそりと努力をしていた。
しかも、その努力を他人に知られることを異様に嫌うのだ。「お兄ちゃんは常に頼れる人間でなければいけない」という脅迫概念でもあるのだろうか。
(さて、僕も頑張らなきゃいけませんね)
ノブレスはひっそりと頷き、視線を向けた。
美しい海岸から陸地を臨むと、ぱっと見て、人工的な建物は一切ない。切り立った山々と、鬱蒼と生い茂る密林が視界を覆い尽くしている。まともに上陸できそうな浜辺は戦艦が並んでいる海岸ぐらいだ。島の周囲は断崖絶壁で囲まれており、容易に侵入できないようになっていた。
勿論、立地条件その他諸々の要素を加味しても、人の出入りは皆無に等しい。しかし、それを逆手に取った悪の組織/スターダスト・トラベラーは、この島の奥地に拠点を造り上げた。旗本艦たるザナドゥ以外にも、悪の組織/スターダスト・トラベラーには拠点が多数存在している。
それは対を成す組織――イオリア主導によって作られたソレスタルビーイングにも言えることだ。特に“今、ノブレスたちが身を寄せている拠点の近く”にも、ソレスタルビーイングの秘密ラボが存在している。……と言っても、諸事情によって件のラボは封印されており、誰も近づかない『曰く付き』の地となってしまったが。
ノブレスはカテドラルから降りて、地平線の向こう側に目線を向ける。遠くの方に見える島こそが、ソレスタルビーイングの秘密ラボ(曰く付きの地)だ。
詳細な情報は把握していないが、島の環境はこちらの拠点と似たようなモノだという。唯一の違いは“手入れがきちんと行われているか否か”程度。
「コマンダー・アム。貴方、ソレスタルビーイングの秘密ラボに興味があるの?」
「『興味がある』と言うより、『何となく引っかかるものがある』程度でしょうか。キャプテン・ディランディ」
地平線の向こう側を見つめていたノブレスに声をかけてきたのは、一足先に補給を終えたばかりのホワイトベース艦長――エイミー・ディランディだ。もう少ししたら、彼女たちは出発するらしい。
「私、一度あの秘密ラボに足を踏み入れたことがあるの。入り込もうとしたら迎撃されたわ。入り口には特殊なロックがかかっていて、“一定条件を満たさないと入れない”作りになっているみたいよ」
「いつの間に……」
「昔から小回りは利くタイプだから」
エイミーは悪戯っぽく笑った。彼女の語る『小回りが利く』というのは“思念波を飛ばして活動するのを得意としている”ことが理由なのだろう。
彼女がミュウとして『目覚めた』のは、故郷で発生したテロに巻き込まれたことが起因している。
ただ、『目覚めた』際にちょっとしたトラブルが発生したらしく、肉体の方は長らく意識不明状態だったようだ。
「そういえば、お兄さんはどんな感じですか? イデアさんがソレスタルビーイングに受け入れられたんですし、お兄さんもあっちに届けても良いのでは?」
「“
「どんな?」
「“両目を目隠しした上で、パイロットスーツの下で胴体を亀甲縛りする”っていう方法なんだけど」
「控えめに言って地獄絵図じゃないですか。弟さんと恋人泣きますよ」
「そういう経緯もあって、兄さん自身が『こんな状態で合流なんてできない』って頭抱えてるのよ。『せめて亀甲縛り無しで以前通り活動できるようにならないと』って」
――どこの世の中も、長兄は苦労しているらしい。
◇◇◇
「リボンズが、寝ているな」
「寝ているな、リボンズが」
ブリングとデヴァインが部屋の中を偵察しながらそう言った。彼らの言葉通り、リボンズは机の上に突っ伏して眠っている。ここ最近、リボンズはずっと徹夜続きだった。
“アロウズに出資している中堅企業経営者”と振る舞うために必要な隠れ蓑を失いかけているのだ。情報収集――黒幕との接触のために必要な肩書を失うわけにはいかない。
自分たちの長兄は、世界を裏で操ろうとしている存在を追いかけている。ダントツで怪しいのが
おまけに、件の2人が有している力は、自分たちが母と慕うベルフトゥーロにとって因縁深い存在の系譜を受け継いでいる。
リボンズが気合を入れる理由も、自分たち5人――ブリング、デヴァイン、リヴァイヴ、ヒリング、リジェネは重々理解していた。
「それじゃあ、作戦を決行する!」
「手はず通り頼むわよ、アンタたち!」
「了解した!」
「了解した!」
「任せといてよ!」
リヴァイヴとヒリングの音頭に、ブリング、デヴァイン、リジェネが敬礼のポーズを取った。そうして、5人はそれぞれの戦場へと駆け出していく。
一番最初に部屋へ戻ってきたのはリジェネだった。彼の手には、大きなブランケットが握られている。色は、リボンズの髪よりも少し黄色がかったライム色だ。ダイア柄の薄緑がぼんやりと浮かび上がっている。
高品質のラムウール100%の大きなブランケットは、リボンズの肩はおろか、体全体をすっぽり覆うような形となった。ブランケットの感触が心地よいのか、リボンズはもそりと小さく身じろぎし、ブランケットにすり寄るような動作を見せた。
リジェネが部屋から出て暫くした後、ブリングとデヴァインが部屋に足を踏み入れる。ブリングはシンプルなデザインのアロマディフューサーが、デヴァインはアロマオイルの小瓶がセットになった箱を抱えていた。
音を立てないように細心の注意を払いながら、ブリングはアロマディフューサーを使う準備を進めていく。
その隣で、デヴァインはアロマオイルの説明書と睨めっこを続けていた。リボンズを起こさないよう、2人は思念波で会話する。
<ラベンダー2滴、クラリセージ2滴はどうだろうか。甘さもあるが、少々さっぱりめの香りとなっている>
<フランキンセンス2滴、ミルラ2滴、ベンゾイン2滴も良さそうだ。“宗教的・スピリチュアルな組み合わせと言われており、嗅いだ者を甘く穏やかな気持ちにさせる”という>
<睡眠への効能を追求するとするなら、ラベンダー2滴、サンダルウッド2滴という組み合わせもある。サンダルウッドの効能は“睡眠薬レベル”らしいからな>
<しかし、サンダルウッドには催淫効果があると聞いたが>
ブリングとデヴァインが言葉を止めた。ややあって、デヴァインが思念波を紡ぐ。
<そういえば、マリ――イデアが張り切ってたな。『最強の催淫効果を持つ練り香水を作って、クーゴさんと熱く激しい“ピー(年齢指定のため略)”するんです!』って、サンダルウッドやイランイラン、クラリセージ等のオイルを集めていた>
<……………………………………………………そうまでしないと希望が見えないのか>
<……………………………………………………そうまでしても、希望は無さそうな気がする。むしろ、何か地雷を踏みぬきそうだ>
<『姉の使ってた香水と同じ臭いがする』って言われて凹む未来が見えるぞ>
2人は淡々と作業を続ける。程なくして、心地よい香りが部屋いっぱいに漂い始めた。
アロマディーフューサーのタイマーを設定し、灯りを調節する。
作業が終わったタイミングで、リボンズが身じろぎした。眉間のしわが和らぐ。
兄がほんの少しだけ緊張を解いた様子を確認したブリングとデヴァインは顔を見合わせ微笑み合うと、そそくさと部屋から退出した。
それから更に時間が経過した後、次に部屋に入ってきたのはヒリングである。彼女が持っていたお膳には、狐色に焼き上がったクッキーや甘い香りを漂わせるスコーンが乗っていた。前者は蜂蜜レモン、後者はチョコレートを使っている。
疲労回復には甘いものがいいと聞いた。ヒリングは戦闘用イノベイドではあるが、名前の語源――“
(暫く眠っててもらうわけだから、起きた直後に食べれるようなお菓子にしてみたんだけど……)
クッキーとマフィンは、冷めても充分美味しく食べれるように工夫を凝らしてある。勿論、飲み物も完備だ。
新鮮なレモンとフレッシュミントを使ったデトックスウォーターは、疲労回復や体調を整える働きがあるという。
今のリボンズには必要なものだろう。目が覚めたときが楽しみだと思いつつ、抜き足差し足で彼女は部屋を出た。
その直後、同じような調子でリヴァイヴが部屋に足を踏み入れる。彼の手には、CDを再生するプレーヤーが抱えられていた。部屋全体に音楽を流すようなタイプのもので、両手で抱えて持ち運ぶ程度の大きさである。
リボンズの寝ているすぐ横を忍び足で歩きながら、コンセントにプラグを刺す。CDプレーヤーが動いたことを確認し、リヴァイヴは持ってきていたCDをセットした。やや控えめな音量で流れてたのは、ゆったりとしたクラシックであった。
曲調は、どれも静かで穏やかなもので構成されていた。クラシックだったり、オルゴールの曲調だったり、流行歌をクラシックやオルゴール風にアレンジしたものだったり、様々である。
リヴァイヴはそっと、眠っている長兄の顔を覗き込んでみた。眉間の皺は完全に消え去っており、規則正しい寝息がすうすう響いてくる。
<ミッションコンプリート。さあ、次の仕事だ>
<了解!>
リヴァイヴの音頭に従い、各自が動き出す。音頭を出した張本人もまた、音を立てぬよう気を付けながら部屋を出て、次の戦場へ向けて走り出した。
◆
温かい。
温度的な問題とは少し違う。いつかどこかで、リボンズはその感情/光に触れたことがあった。
人の心の光。原初の男が体現したものだ。その優しい奇跡を、どこかの『自分』は《識っている》。
「……ん……?」
どこか遠くから、オルゴールの曲が響いてくる。どこかもの悲しい曲調だが、オルゴール音源のため、透き通って綺麗な音色であった。
やや遅れて、どこかから心地よい香りが漂ってきた。まどろみの中に沈んでしまいたいと思えるような気分になり――
「そうだ! 寝てる暇なんてなかったんだ!!」
まどろみと甘えの気持ちを吹き飛ばし、リボンズは慌てて飛び起きた。
途端に、何かが自分の肩からずるりと落ちる。その瞬間、思いのほかひんやりとした空気に身を震わせる羽目になった。
床に落ちたのは大判のブランケットだ。拾い上げてメーカー云々を確認すると、材料にこだわって作られたブランド品であった。
成程。通りで、手触りおよび肌触りがいいし、優れた防寒性および保温性を有している訳だ。くるまって眠っていたいと思ってしまう。
(人をダメにする系のヤツか……)
襲い来る誘惑を振り払い、リボンズはどうにかしてブランケットを畳んだ。端末画面を確認しようとして、ふと、端末のすぐ横に置かれた皿とグラスに目を留める。
美味しそうなクッキーとスコーンが置いてある。グラスは透明な液体で満たされており、リボンのようにスライスされたレモンとミントが飾られていた。涼しそうな見た目だ。
皿の下にはメモが置いてある。『お疲れ様。ゆっくり休んでください。 家族一同』と書かれていた。
どうやらリボンズは、弟や妹たちに沢山心配をかけたらしい。こんな風に気遣われてしまう程、第3者から見た自分は切羽詰っていたのであろう。
思い返すと、最近は午前様と早朝出勤なんて当たり前な強行軍だった。世間一般の言うような“まともな睡眠”を取ったのは、いつだったか。
睡眠どころか、休息時間や睡眠時間すら惜しい日々が続いていた。ダミー会社を回すのと情報収集に時間をつぎ込んで、端末画面を睨む日常。
「……近々、みんなを食事に誘おう」
誰に言うでもなく、リボンズはぽつりと呟いた。
弟や妹たちに気遣われっぱなしでは長男の名が廃る。自分はお兄ちゃんなのだ。彼らの頑張りや好意に応えて何ぼではないか。そのためにも、早くダミー企業を立て直し、アロウズの内情を探らなくては。
チョコレートマフィンを口に運ぶ。疲れた体に、甘い味がじわりと染み込んだ。自分たちの中で一番料理が上手なのはヒリングである。逆に、料理を作ろうとして剣の丘を造り上げたのはリヴァイヴであった。原材料は厨房の包丁とまな板すべてである。
悪夢のような光景を思考の端に追いやりつつ、リボンズはグラスの水を煽った。ほのかにミントとレモンの味がする。確か、ヒリングが「健康にいい。疲労回復の効果もある」と言ってデトックスウォーターを作っていたか。
彼女は主に美肌効果のあるものを中心に飲んでいたように思う。最近は、苺とレモンのデトックスウォーターを大量生産し、自分で消費していた。「化粧品や石鹸作りも始めたい」なんて言っていたことを思い出した。
端末画面を立ち上げつつ、リボンズはクッキーを口に運んだ。レモンの酸味と蜂蜜の甘さが絶妙である。家族の応援を貰ったから、リボンズはもう少し頑張れそうだった。早速、ダミー企業関連の動向をチェックし――
「……あれ? 立ち直ってる?」
端末画面に表示される情報を、自分が最後に見た情報と見比べる。大打撃を受けて虫の息だった企業は、いつの間にか打撃を受ける以前の規模に戻っていた。
リボンズが意識を落とした後に、誰かが何かをやったのか。それを確認しようとして――リボンズは、思わず間抜けな声を漏らした。
ヒリング、リヴァイヴ、リジェネ、ブリング、デヴァインらが、大広間で熟睡している光景が《視える》。全員の目元には大きな隈が刻まれていたが、彼らの寝顔は、何かをやり遂げたという充実感に満ち溢れていた。
5人の寝顔を見て、確信する。リボンズが眠っている間に、彼らがダミー企業を回してくれたのだ。
彼らの大奮闘を想像した途端、胸の奥底からじわじわと熱が込み上げてきた。
「なんて尊いんだろう」
人間でよかった。目頭を押さえながら、リボンズは大きく息を吐いた。
この1件がひと段落ついたら、絶対、彼らに何か買ってあげよう。
誰に何を贈るかをシミュレートしながら、リボンズは端末画面を睨みつけた。
◇◇◇
遠い昔に喪ってしまった
丁度、今、エルガンの眼前にいる男女――トォニィとベルフトゥーロが羽織っているマントと同じ。
タキオンとツェーレンから手渡されたマントを、ベルフトゥーロは嬉しそうに撫でている。手渡した張本人たちも、そんな彼女の様子に頬を緩めた。
ミュウにとって、
“偶然たどり着いた地球に移住し、この星に暮らす人類と共に生きる”――ベルフトゥーロは、その選択をしたミュウたちの
これで、ミュウたちは2つに別れ、それぞれの道を進むことになる。再び相見える可能性は限りなくゼロに等しい。さようならは、もうすぐやって来る。
「お前は、ベルについていくんだろう?」
楽しそうに談笑する
「分かっているなら、敢えて指摘する必要などないだろう」
「ああ、そうだな」
じろりとトォニィを睨めば、彼は夕焼け色の瞳を瞬かせながら苦笑した。
わかっていたよ、と、言いたげな顔をしている。思念波を使わずともすぐに察せた。
「昔から思ってたけど、お前、報われないよな」
トォニィは寂しそうに笑いながら、エルガンから視線を逸らす。トォニィの視線を改めて追いかければ、その先には、シャングリラに招待された少年――イオリアの姿があった。
幼馴染同士の団欒を邪魔しないようにと遠慮していたイオリアだが、結局は、ベルフトゥーロと惚気ている。彼が然るべき年齢になれば、きっと2人は結ばれるのだろう。
それこそ、エルガンやベルフトゥーロの両親やトォニィの両親のように“愛し合い、命を紡いでいく”ことは明白だ。未来予知などなくても、鮮明に思い描けた。
悲しくは、ない。寂しくも、ない。
ただ静かに、エルガンはベルフトゥーロを見つめていた。利害の範疇を超えて、意味と無意味の間も超えて、そうしたいと願ったことだ。
報われるか否かなんて、さほど問題ではない。そうし続けることができるからこそ、己は己として存在できる。
「この想いの前には、利害という名の物差しなど意味を成さない。損得なんてどうでもいいから、自分がそうしたいだけだ」
「それが愛ってやつか?」
「いいや」
トォニィの問いに、エルガンは首を振った。
「愛と恋の共通点は、利害関係や損得勘定を度外視して行動するという点だろう。但し、愛の場合は『相手のためを思い行動』し、恋の場合は『自分の中だけで完結させる行動』だ」
「お前のそれは愛じゃないのか」
「愛ではない。これは私の中では完結している。見返りも必要ないし、期待もしていないからな」
『これのどこが愛なのか』――エルガンは視線で問いかけた。
トォニィは夕焼け色の瞳を右往左往させた後、苦笑する。
「だとしたら、これ以上ないくらい分かりやすいぞ。大局的な視点で見ないと分かりにくいだけで、その本質は、詰まる所、愛じゃないか」
「お前の愛は大きすぎるんだなぁ」なんて、トォニィは笑った。ベルフトゥーロに相手にされなくて落ち込むエルガンを見て、笑っていたときと同じ笑みである。
トォニィは嘗て、体の成長に力を入れすぎたために、アルテラの好意に気づかなかった。“ナスカの子どもたち”の中でも、朴念仁という冠を手にしていた男だ。
彼がアルテラの想いに気づいたときにはもう時すでに遅く、数時間前の戦いで、彼女が命を落とした後だった。トォニィは愛と恋を理解する前に、その相手を失ったのだ。
幼い頃から、アルテラはトォニィに恋していた。体を成長させていく中で、彼女の想いも育っていった。愛だ恋だの情緒は、女性の方が早熟であると聞いたことがある。実際、トォニィはアルテラが亡くなるまで、そんな情緒の意味すら知らなかった。
自分の中で育つ思いに気づかなかったくせに。
なんだか悔しいので、エルガンは弱点をつくことにした。
「アルテラを泣かせていた朴念仁に言われるとは思わなかった」
「ぐ」
当時のことを思い出したのだろう。トォニィは苦い表情を浮かべた。
「情緒的な面では、お前には勝っていると自負している」
「生まれて数か月から片思いしてるお前が言うと、とんでもなく重いな」
「まあ、それだけだがな」
エルガンの言葉を最後に、沈黙が降りた。
ベルフトゥーロとイオリアが惚気る声が、やけに遠い。
外の景色は夕焼けに染まっていた。感傷的な気分になるのは、大人になった証なのだろうか。
トォニィは遠い眼差しで夕日を眺めていたが、ややあって、くるりと踵を返した。
何が起きたのかと視線を向ければ、彼の手には紙とペンが握られていた。
エルガンの脳裏には、得体の知れぬクリーチャーが描かれた紙が思い浮かんだ。
だから、つい。
エルガンは、トォニィを呼び止める。
「おい、何するんだ」
「アルテラを懐かしむついでに、彼女の絵を描きたくなっただけだよ」
案の定だ。エルガンは真顔になり、だらしなく笑う
「やめておけ。……お前の酷い絵を見たら、アルテラが泣くぞ」
奴の絵心は、3歳児のままで止まっていることを注記しておく。
◆
遠い夢を見ていたらしい。エルガンは小さく呻いた後、悟られぬように気を付けながら周囲を見回した。
文字通りの四面楚歌。深層心理検査で疲弊したエルガンでは、ここから逃げることなど不可能だった。
……最も、そんな場所に放り込まれることなど、最初からわかりきっていたことである。むしろ、それを計算に入れた上で、エルガンはここにいるのだ。
連中はヴェーダを書き換える力を有している。しかし、彼らの力は、まだヴェーダの中枢に達してはいない。アクセス権限自体には変化はなく、最近作られた改竄探知用のバックアップログにも異変が見当たらないためだ。但し、システムが完成する以前のものは調査中である。
ヴェーダ自身が悪用される可能性は開発当時から予想されてため、重要情報を「ヴェーダに存在しないもの」として処理する機能を兼ね備えていた。アレハンドロのカウンタートラップとして発動したそれは、現在も問題なく運用されている。
故に、
グランドマザーやテラズ・ナンバーの監視を掻い潜ってきた技術は伊達じゃないのだ。西暦3000年相当の技術力の結晶に、敵たちも苦労しているらしい。
(……だが、それでも、奴らは――刃金蒼海は、“知りすぎている”)
まるで、この
完璧とはいかずとも、確実に先手を打っている。……その手はいつも、些細な差異によって突破口を開けられてしまうようだが。
最近では、「ブシドーの威圧に負けた息子たちが何もできずに帰ってきた」「カタロンの残党処理に向かわせたMDが全滅していた」等と憤っていた。
その差異こそが、奴らの野望をくじくために必要な鍵となる。エルガンは直感した。イオリアとベルフトゥーロが夢見た理想――嘗てのジョミーが願い、殉じた思いを形にするためにも、人類の未来のためにも、彼女たちの存在を赦してはいけない。
“すべてを管理できる”という傲慢は、グランドマザーのプログラム回路と非常によく似ていた。世界の監視者によって造り上げられた欠陥品の箱庭。その犠牲者たちの声を、エルガンは忘れたことなど一度もなかった。
(すべてがお前たちの思い通りになると思ったら、大間違いだ)
エルガンは、口の端をそっと緩める。
(――ニンゲンを、舐めるな)
自分たちが信じた後継者たちが、機械ごときに負けるはずがないのだ。
ニンゲンは、そうやって未来を切り開いてきたのだから。
◇◇◇
(昨日の夜の記憶が思い出せない)
クーゴはしきりに首をひねったが、本当に何も出てこない。他の面々に話を聞いてみると、「クトゥルフ」だの「セッション」だのと呟き、そっと視線を逸らされてしまう。
そういえば、クーゴが使わせてもらっている部屋に、いつの間にかクトゥルフ神話TRPGに使うルールブックとサプリメントが置かれていた。私物として持ってきた覚えがないのに、だ。
ユニオン時代から何度かセッションはしたことがある。大抵、主にグラハムの暴挙によって収拾のつかないことに陥りがちであった。次鋒でビリー。彼らはいつも、キーパーのSAN値を削りにかかってくる。
しかし、その話をすると親友たちは不満そうに言うのだ。『キミだって、我々のSAN値を削りにかかってるではないか』と。そんなセッションをした記憶は一切ないのに。閑話休題。
「むー……」
談話室の片隅で、ルイスはPCと睨めっこを続けていた。パタパタとキーボードを叩く音がひっきりなしに響いてくる。
そんな妻の様子を、夫の沙慈は静かに見守っていた。当然、2人の様子に疑問を抱く人間だっている。
クーゴもその1人であるが、自分よりも速く動いた人物がいた。
「お前たち、何をしているんだ?」
「あ、刹那」
話しかけてきた刹那に、ルイスは笑顔で応えた。そのまま、PC画面を指示す。
PCを覗き込んだ刹那の表情が凍り付いた。何度も瞬きを繰り返し、PC画面と睨めっこを繰り返した。
そんな刹那を脇目に、ルイスは再びPCのキーボードを叩いた。刹那の目が更に見開かれる。口元が戦慄いた。
彼女はピクリとも動かない。次に声をかけてきたのは、やっと正気に戻ったスメラギだった。
スメラギもまた、PC画面を見て凍り付く。
眉間に皺が寄った。ぜろがこんなに、と、彼女の口元が動く。
「……投資した額は?」
「これの2000分の1ですけど」
「この調子で、目指せ! 投資額から8桁増の利益!」なんて、ルイスが笑いながらキーボードを叩いた。スメラギが「嘘でしょう!? こうしている間にもまた桁が増えた!」と言ったあたり、ルイスの資産は鰻登り状態であるらしい。
元々彼女は大きな財閥の跡取り娘だったと聞く。財閥の長だった父親の才能――特に、金を増やす才能――を、ルイスは色濃く受け継いでいたらしい。パタパタとキーボードを叩く音がひっきりなしに響き渡る。
というか、どうして今、自分の資産をそんなに増やさねばならぬのか。クーゴが疑問に思ったとき、クーゴの端末が高らかに鳴り響いた。誰からの連絡だろう。それを確認する。差出人は悪の組織総帥――ベルフトゥーロだ。
文面はない。ただ、画像データが1つ。
クーゴがそれを開いたとき、そこには黒いダイヤという異名を持った魚――クロマグロが映し出されていた。丸々肥えた様子と大きさからして、100Kgは優に超えているだろう。人間と比べると、大人2人が肩車する程度か。
しかも、このクロマグロには真空処理が施され、冷蔵されている。鮮度は抜群だ。だが、この写真が何を意味しているのか、クーゴにはよく分からない。どうして今、こんなものが出てきたのか。
<よう、若造。元気かい?>
<……ぼちぼちです>
ベルフトゥーロからの思念波だ。クーゴは苦笑しながら、曖昧に返事を濁した。
<で、このクロマグロが何か?>
クロマグロの写真だけを送られても、クーゴには何をどうすればいいかなんて分かるはずがなかった。……まあ、マグロ解体士の資格は持っているが。
今からベルフトゥーロの元へ来いというのだろうか。クーゴが眉間に皺を寄せると、ベルフトゥーロは微笑んだ。
<近々使うからさ。そのときに、こいつを解体してほしいと思って>
この依頼の真意が、ルイスが投資額を増やそうとした理由と同じであることをクーゴたち知るのは、しばらく後のことだった。
クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。
【参考及び参照】
『COOKPAD』より、『簡単 生地なし!キヌアキッシュ(いのひろキッチンさま)』
『Pixiv』より、『学校の怪談inクトゥルフ 【クトゥルフ神話TRPGシナリオ】(やまひつじさま)』
『ダイスロール|クトゥルフWebダイス』より、『1D100(ダイスツールで実際に振ってみた)』、『1D3(ダイスツールで実際に振ってみた)』
『KLIPPAN(クリッパン)|ずっと使い続けたいモノを集めたセレクトショップ - ZUTTO(ズット)』より、『スロー ステラ ライム』
『アロマ安眠ブレンドの作り方を公開!睡眠障害を解消しスッキリ爽快!』より、『ラベンダー2滴、クラリセージ2滴』、『フランキンセンス2滴、ミルラ2滴、ベンゾイン2滴』、『ラベンダー2滴、サンダルウッド2滴』
『アロマオイルの効能一覧』および『催淫性香水のブレンド|【草食男子も肉食男子もこれでゲット】 ~彼の心をがっちりつかんで離さない、魅惑のアロマ調合術~』より、『サンダルウッド』、『イランイラン』、『クラリセージ』
『COOKPAD』より、『ミントとレモンのデトックスウォーター(Teriちゃんさま)』、『おしゃれなスライスレモンの飾り切り(MIU〜みぅ〜さま)』、『いちごとレモンのデトックスウォーター(Alilineさま)』
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