問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
政略結婚というのは、古来から存在している外交手段だ。主に政治に王族を立てている国家が行う。他国の王族や政治関係者と婚姻を結ぶことで、政治的便宜を図ってもらおうという魂胆だ。これで幸せな結婚となった例は稀であり、大抵が不幸になっている。
中華連邦もまた、王族同士の婚姻によって権益を得ようと画策している国だった。その相手はブリタニア帝国の第1皇子。……但しその御仁、この多元世界では些か存在感が皆無である。ブリタニア帝国で有名どころは、皇帝シャルルとシュナイゼル皇子であろう。
まあ、当人が存在感皆無でも、彼の肩書は“世界の覇権を握る巨大帝国の第1皇子”だ。その繋がりから得られるであろう利益は計り知れない。それに“中華連邦の天子が第1皇子と婚姻”という見出しはセンセーショナルなものだ。クーゴは冷静に、そんなことを考えた。
「地球連邦の中で冷や飯食いの立場である中華連邦が、天子を差し出すことでブリタニア系とくっつくのか」
神様もへったくれもない、純然たる事実。死神の名を冠するガンダムを操るデュオが、珍しく真面目な面持ちでそう言った。
「ブリタニアの第1皇子って、天子よりもかなり年上なのよね……」
「下手すれば、ギリギリ親子手前の年の差だって噂ですぅ」
ルナマリアとミレイナが話をする横で、イアンがそっと目を逸らしているのは何故だろう。
そう言えば、彼は結構な年の差婚らしい。実際に聞いたわけではないが、時折、彼が麗しい女性を思い浮かべることがあった。
佇まいは30代半ばといったところだろうが、ベルフトゥーロみたいな例を知っていると、外見だけで年齢を判別するなんてできなかった。
「しかも、写真からでも分かるレベルで、典型的な“ダメな2代目フェイス”だったわ」
「ぶっちゃけ殴りたくなるような顔してた」
「グラン・マ、物騒です」
葵とベルフトゥーロは、互いの発言に共感したのだろう。拳を撃ち合わせハイタッチしたのちに親指を立て、固く握手を交わしていた。
勿論、ベルフトゥーロはイデアの注意も軽く聞き流している。しかし、忘れてはいけない。日本には「上には上がある/いる」という例えがあることを。
「ブリタニア王家許すまじ!」
「一片の慈悲も要らぬ!」
「落ち着いて2人とも!」
「止めないでくれカレン! 奴らのような人でなしを野放しにするわけにはいかないんだ!」
「こうなったら、私たちの真の愛の力――石破ラブラブ天驚拳を使わざるを得ないわ……!」
「やめて! そんなもの撃たれたら、朱禁城が焦土と化すからぁぁぁ!!」
その言葉通り、ベルフトゥーロ以上に物騒なことを言う人間たち――否、新婚夫婦がいた。クロスロード夫婦である。
夫婦のご学友であった紅月カレン(という生贄)だけでは、この場を落ち着かせることは荷が重い様子だった。
カレンの叫び声を耳にした大半の面々が勢いよく目を逸らす。割って入れば貧乏くじは確実だ。避けるのは当たり前だろう。
そういえば、黒の騎士団の長・ゼロも、2人の様子にタジタジになっていたように見えた。むしろ、どう扱えばいいのか思案しているみたいだった。
一歩間違えれば石破ラブラブ天驚拳が牙を向く。彼の心労を想像したら、どうしてだか天を仰ぎたくなった。閑話休題。
「……文字通り、天子には中華連邦繁栄のための生贄になってもらおうってのか。あんな小さな少女に犠牲を強いるとは、世も末だな」
クーゴは深々と息を吐いた。憂いを抱かずにはいられない。
ZEXISの面々も、クーゴと同じ気持ちになっている者が多かった。婚姻を見直せないか――否、大半の面々が、政略結婚反対派である。
確かに、天子といえど、彼女はうら若き乙女だ。いきなり年齢が大きく離れた相手と結婚しろだなんて、困惑通り越して恐怖しかないであろう。
「一国の判断だ。俺たちにどうにかできるものじゃないだろう」
デュオが肩をすくめる。一部女性陣が彼に非難の嵐を向けたが、彼の言葉も一理あった。
いかにZEXISが軍への監察権を持っていても、他国の婚姻に介入できるものではない。
だからといって、このまま黙っていられる程、ZEXISの面々は割り切れる人間ではなかった。
「――そんなZEXISのみんなにお知らせだよっ!」
場違いなくらいに明るい声が響き、次の瞬間、プトレマイオスの格納庫が開いた。
紫のくせ毛を束ね、眼鏡をかけた青年が足取り軽く部屋に入り込む。彼を目にしたベルフトゥーロが、ぱっと目を輝かせた。
「リジェネ! 久しぶりー!」
「マザー! 元気そうで何より!」
久方ぶりの再会を果たした親子みたいに、ベルフトゥーロは青年――リジェネと手を取った。呆気にとられる周囲を無視し、2人はしばし雑談に耽る。そうして、本題が切り出された。
「今回の結婚披露宴では、今まで表舞台に姿を現さなかったアロウズ上層部が出席するそうだよ」
「ってことは、司令部のホーマー・カタギリって人か?」
シンが何気なく告げた言葉に、クーゴは思わず目を逸らした。ホーマー氏は嘗ての上司であり、予てから親交がある人物だった。彼の別荘にある剣道場で、剣を交えたことが昨日のように思いだせる。
そういえば、クーゴが“社会的に”死んだことにされた後は――当たり前のことだが――一度も顔を合わせていない。“アロウズの総司令官に抜擢された”という話は聞いていたが、実質的な権限は第3者にありそうだった。
そして、その第3者こそが――クーゴの姉、刃金蒼海なのだろう。クーゴの予感を肯定するかのように、悪寒が背中を撫でてきた。
「シンくんの言う通りだけど、ぶっちゃけ組織の中ではお飾りっぽい。総大将はもうちょい別にいるって感じだね」
「じゃあ、何だ。もったいぶらずに教えろ」
「タンマタンマタンマ! 殴るのは止めてよティエリア!」
おふざけ全開のリジェネに痺れを切らしたティエリアが、眉間に皺を刻みながら彼を睨みつけた。今にも右ストレートを叩きこもうと振りかぶるティエリアの様子に観念したのか、リジェネは慌てた様子で説明を始めた。
リジェネの話を総合すると、その結婚披露宴に参加するのはアロウズの上層部だけではないようだ。アロウズの最大出資者と2番手の出資者がパーティに参加するという。しかもこの出資者は、地球連邦とは無関係の人間だという。
だからといって、どこかの国家連合に属している訳でもなく。簡潔に言えば、財閥を形成するほどの大金持ちであること以外は、実質的な区分で言うと“一般人”なのだという。それを聞いたZEXISの面々がどよめいた。
「要するに、連邦を操る黒幕のご登場ってわけか」
(そうして、その人間こそが――あの人ってわけだな)
デュオの言葉を聞き、クーゴは思わず目を伏せた。
クーゴの様子に気づいたイデアが心配そうにこちらを見上げている。何も言わないあたり、彼女は相当気を使ってくれているらしい。ちょっとだけ泣きそうになったが、堪える。蒼海の気配を感じるたびに、悪寒に襲われたことは数知れない。姉の暴走――彼女の手駒にされた親友の悲痛な姿を目の当たりにしたときから、蒼海と対峙する覚悟は決めていた。
もう、寒さに身を縮こませてはいけない。黙って俯いてばかりでは、姉の手駒にされてしまった面々を連れ戻すことなど不可能なのだ。クーゴはイデアを見返し、微笑んだ。<大丈夫>という思いが伝わったようで、イデアも表情を緩める。――うん、やはり彼女には笑顔が似合う。クーゴはひっそりと目を細めた。
そのとき、ZEXISの面々がざわめきはじめた。どうやら、「悪の組織の面々が情報収集のためにパーティに参加するから、何かやるなら合同でやらないか」という提案らしい。
むしろ、悪の組織の面々は“ZEXISがパーティで何かしようとしている”ことを察知しているのだろう。結婚反対派の女性陣が、興味深そうに耳を傾けている。
「だが、下手すりゃあ、俺たちの顔が向うに知れてる場合もあり得る」
「それも想定済みさ。参加って言っても、潜入するって形での参加だし」
険しい顔をしたラッセに、リジェネは満面の笑みを浮かべて親指を立てた。
そうして彼は、端末の情報を提示する。
「ZEXISのみんなが参加するって言うなら、僕らのダミー企業関係者って名目で、警備員やウェイター、もしくは会社の役員に変装してもらうけど」
「ふぅん……」
リジェネの話を聞いたスメラギが、興味深そうに彼の話を聞きながら端末を見つめる。彼女の瞳は真剣だ。戦場で采配を振るう姿を連想させる。
「……アレルヤ。クォーターへ行って、ボビー大尉を呼んで来てもらえるかしら?」
「へっ!?」
「スメラギ・李・ノリエガ!? 何を……」
幾何の沈黙の後で、スメラギが重々しく口を開いた。彼女から漂う異様な気配に、アレルヤとティエリアが身を竦ませる。
2人は本能的に何かを感じ取ったしまったらしい。だが、その予感から逃げられるとは思えなかった。クーゴの予想を肯定するかのように、スメラギは不敵に微笑む。
「やるからには万全を期する……。私の指示に従ってもらうわよ」
*
「グラマラスなティエリアもサイコーだねへぶぅッ」
女性の肘鉄を喰らったリジェネが吹っ飛んだ。彼女は腰程に伸びた紫の髪に、シンプルな赤いドレスを身に纏っている。
この女性こそ、ティエリア・アーデその人だ。普段の様子からは予想できない変貌ぶりに、誰もが呆気にとられている。
ミレイナはキラキラと目を輝かせ、アニューが自分の胸とティエリアの胸を比べて絶望一歩手前の表情を浮かべていた。
功労者のボビーはやり遂げた顔で胸を張っている。彼のメイク術は称賛に価した。
「うわー……凄いや」
「ティエリア、綺麗だ……」
「こんなに化けちまうたぁなー」
「流石は稀代のメイクアップアーティスト、ボビー大尉だ」
「いやいや、下地がいいってのもあったんだろう」
ZEXISの面々も、ティエリアの変身ぶりに拍手喝采であった。
乱暴に吹き飛ばされても尚、リジェネはティエリアに絡みたがる。その度、リジェネはティエリアの一撃によって宙を舞った。
それを何度繰り返したのだろうか。顔面崩壊一歩手前で鼻血を拭きながら、リジェネは何かを思い出したように手を打った。
そうして、クーゴの方にやって来る。まさか自分が絡まれるとは思わなかったクーゴは、思わず目を瞬かせた。
「なんでしょう?」
「キミ、確かマグロ解体できるよね?」
藪から棒に、変な質問をされた。この場に居合わせた面々もクーゴと同じ気持ちだったようで、リジェネの質問に目を瞬かせた。「資格持ちで解体ショーに飛び入り参加したこともある」と返答すれば、周りから色めき立った声が響く。
マグロ解体の様子を説明する者もいれば、マグロ繋がりで寿司談義に花を咲かせる者もいた。中にはマグロから海洋生物の養殖に話を飛ばし、食に関する日本人の変態性について論じる者も現れる。この場はちょっとした混沌地帯と化していた。
彼が何を言いたいのか分からずに首を傾げたとき、リジェネは「ちょっと待ってて」と言い残して部屋を出た。幾何かの間をおいて、彼が道具一式を抱えて戻ってきた。漁師や魚屋がつけるようなビニール製の重々しいエプロンと、桐の鞘に入った刀のようなもの。
「なんだあれ? 刀か?」
「違う。あれは包丁だ。マグロ解体用の」
「こんなデカいのが包丁だって!?」
クロウが首を傾げる。クーゴはそれを否定した。
確かに、知識のない者がぱっと見ただけで判断しようとすると“鞘に収まった刀”と見間違いそうな長さと外見である。マグロ解体用の包丁は“マグロの鮮度を保ちつつ、身を一気に切る”ために刀身が長い。
マグロは切った傍から、鮮度が落ちてしまう。鮮度が落ちれば、当然、味や質も落ちる。それを避けるために、マグロ解体用の包丁は刀を連想させるような長さとなっているのだ。
そんなことを考えていたら、リジェネが端末に画像を映し出した。クーゴを2人並べたような体長の、丸々と肥え太ったクロマグロである。黒いダイヤと称される魚に相応しい巨体に、クーゴは思わず唾を飲んだ。
何だろう、変な予感がする。
嫌な予感ではないけど、これは絶対、良い予感でもない。
「……まさか、俺にこいつを解体しろと仰る?」
「Yes! 結婚披露宴の目玉の1つだから、宜しく頼むよ!!」
満面の笑みを浮かべたリジェネが親指を立てる。反射的に、クーゴは天を仰いでいた。
◆◆◇
『悪の組織から通信が届いた』という報告を聞いたときから、何となく変な不安を感じていた。その内容が「悪の組織の面々が情報収集のためにアロウズ主催のパーティに参加するから、何かやるなら合同でやらないか」という申し出だったときは、変な不安が確信に変わった。
直後、アニューが「クーゴさん宛に荷物が届きましたよ」と部屋に入って来たのを見て、異様なデジャヴを感じた。トドメに、漁師や魚屋がつけるようなビニール製の重々しいエプロンと、桐の鞘に入った刀のようなものを持ってきたのを見たときには、
「なんだあれ? 刀か?」
「違う。あれは包丁だ。マグロ解体用の」
「うぇ、マジ!? こんなデカいのが包丁だって!?」
確かに、知識のない者がぱっと見ただけで判断しようとすると“鞘に収まった刀”と見間違いそうな長さと外見である。マグロ解体用の包丁は“マグロの鮮度を保ちつつ、身を一気に切る”ために刀身が長い。
マグロは切った傍から、鮮度が落ちてしまう。鮮度が落ちれば、当然、味や質も落ちる。それを避けるために、マグロ解体用の包丁は刀を連想させるような長さとなっているのだ。
いきなりそんなものを運び込まれたため、プトレマイオス側の面々が表情を引きつらせていた。彼らからすれば、こんな道具なんて馴染みがなさすぎるだろう。用途が分かったところで、こんな場所に持ち込む物ではない。
「こんなもの、誰が、何のために使うの……?」
「そりゃあ勿論、獲物を解体するために決まってるじゃない」
スメラギの疑問はごもっともである。彼女の問いに答えたヒリングは、「ちょっと待ってて」と言い残して奥の方へ消えた。暫くして、彼女はリヴァイヴと一緒に台車をひいて帰ってきた。
台車の上に乗っていたのは、丸々と肥え太ったクロマグロである。以前、端末に送信されてきた画像データの現物だ。ここまで
「……まさか、俺にこいつを解体しろと仰る?」
「え? だって、グラン・マが『クーゴ・ハガネはマグロ解体の資格を有していて、解体ショーに飛び入り参加したこともあるから、是非とも』って聞いてたから……」
「ダメなの?」と言いたそうに、ヒリングとリヴァイヴがこちらを見返した。2人の眼差しは、いつぞや“勝手にクーゴを悪の組織関係者としてソレスタルビーイングに出向させた”ときのベルフトゥーロの眼差しとよく似ている。
まあ、確かに、潜入の話が出たら立候補するつもりでいた。そういうパーティ会場には、自分の姉である蒼海が参加している可能性が高い。彼女は昔から“煌びやかなものや華やかな社交界を好み、積極的に足を運んでいた”から。
クーゴの様子に気づいたイデアが心配そうにこちらを見上げている。何も言わないあたり、彼女は相当気を使ってくれているらしい。ちょっとだけ泣きそうになったが堪える。蒼海の気配を感じるたびに“悪寒に襲われた”ことは数知れない。
姉の暴走――彼女の手駒にされた親友の悲痛な姿を目の当たりにしたときから、蒼海と対峙する覚悟は決めていた。もう、寒さに身を縮こませてはいけない。
黙って俯いてばかりでは、姉の手駒にされてしまった面々を連れ戻すことなど不可能なのだ。クーゴはイデアを見返し、微笑んだ。
「大丈夫」という思いが伝わったようで、イデアも表情を緩める。
(――うん、やっぱりイデアには笑顔が似合う)
クーゴはひっそりと目を細めた。
そうして、画面の向こうにいる第1幹部の仲間たちへ向き直る。
「了解しました。本職ではありませんが、精一杯務めさせていただきます」
「あ、どうも」
「よ、宜しくお願いします」
クーゴが深々とお辞儀をすれば、それにつられるような形で、ヒリングとリヴァイヴもお辞儀を返した。2人のお辞儀はぎこちなく、おずおずとした感じであったが、日本人なら微笑ましく写る光景だ。
「社交界ってことは、私の出番でもあるわけね」
「ルイスのドレス姿……」
話を聞いていたルイスが真顔で頷いた。隣にいた沙慈は何を思ったのか、顔を真っ赤にして首を振っている。
まさかの技術者――もとい、一般人立候補に、ソレスタルビーイングの面々は動揺を禁じ得ない。
確かに、ルイス・クロスロード夫人は財閥一族・ハレヴィ家唯一の生き残りである。
沙慈と結婚する以前はハレヴィ一族の本家として社交界に顔を出していたそうだ。
今回のようなパーティに潜り込んでも、場馴れしている彼女なら自然体でいられるだろう。
蛇足だが、彼女は少し前に“株やFXや投資で投資金額を8桁増にした”という武勇伝をやり遂げた人間だったりする。しかもそれは、第1幹部の面々が社交界に潜入する隠れ蓑を立て直すためだったらしい。
「この前は本当に助かったよ。ありがとう、クロスロード夫人」
「いえいえ。また何かあったら言ってくださいね! あの程度だったら、すぐ稼いじゃいますから!!」
やはり、ルイスは大物であった。クーゴは煤けた笑みを浮かべてその様子を見守る。
悪の組織に属する人間は“良くも悪くも個性が強い”と聞いていたが、本当にその通りであった。
特にミュウは“外見と中身が一致しない”なんてよくあることであった。頻繁にありすぎて、普通の人間が何度腰を抜かせばいいか分からないレベルである。
中でも、総大将――もとい、
「…………」
ふと、視界の端に、刹那の姿が映った。彼女は何か深く思い悩んでいる様子だった。物思いに耽りながら、刹那は掌でペンダントを弄ぶ。以前、グラハムが彼女の誕生日プレゼントとして贈った天使のシェルカメオだ。
気のせいか、シェルカメオが淡く光ったように見えた。祈りにも似たその感情は、紛れもないグラハム・エーカーのものである。青い光は、グラハムの想い――言うならば、愛――で満ち溢れていた。
幾何かの沈黙の後、刹那が顔を上げた。赤銅色の瞳に強い光が宿る。
「その作戦、俺も参加させてほしい」
「えっ!?」
「俺は知らなくてはならないんだ。この世界を歪ませている元凶を――俺たちが倒すべき敵を」
刹那は強い調子で言いきった。彼女の眼差しには一片の揺らぎも曇りもない。ソレスタルビーイングが倒すべき相手を――世界の歪みの元凶であり、グラハムを傀儡にした張本人に対する怒りを、彼女は露わにしているのだ。
グラハム曰く、『朴念仁で感情の起伏が見えづらいと思われがちではあるが、刹那はただ単に、人一倍不器用なだけである』らしい。そんな話を思い出し、クーゴは納得した。親友は恋人を振り回しているようで、彼女のことをちゃんと見ていたらしい。
「だが、下手すりゃあ、俺たちの顔が向うに知れてる場合もあり得る」
「僕がバックアップに回ろう。――それに、貴様たちには、個人的に訊きたいことがあるからな」
険しい顔をしたラッセに、ティエリアが立候補した。彼はモニターに映し出されたヒリングとリヴァイヴを、剣呑な眼差しで睨みつけている。
ヒリングとリヴァイヴは驚いたように目を瞬かせた。何かを確認しあうように2人は顔を見合わせると、ティエリアに向き直って頷き返す。
途端に、画面の向こうから足音が響いてきた。ティエリアと瓜二つの顔立ちをした青年――リジェネが嬉しそうな顔をして、部屋へ飛び込んできたのだ。
リジェネに対して、ティエリアは苦手意識を持っているらしい。彼は、「ティエリアが行くなら僕も参加するからね!」と息巻くリジェネから視線を逸らした。
やいのやいのと騒ぐ面々や、刹那の参加表明に対し、スメラギは肩をすくめて深々とため息をついた。
しかし、それも一瞬。スメラギはすぐに不敵に微笑む。彼女の瞳は真剣だ。戦場で采配を振るう姿を連想させる。
「いいわ。やるからには万全を期する……私の指示に従ってもらうわよ」
ソレスタルビーイングと悪の組織。
“イオリアの後継者たち”という双璧による、夢の競演が幕を開けようとしていた。
◇◇◇
「うわぁ、ドレスがこんなに……!」
「綺麗ですぅ!」
「女の子の夢が目の前に溢れてる……。ホント、壮観だわ……!」
試着室と銘打たれた空き部屋には、最低限の試着スペースすら圧迫する程のドレスで満たされていた。フェルト、ミレイナ、クリスティナが感嘆の息をこぼす。煌びやかな世界とは縁のない生活を送ってきた刹那にとっても、圧巻の光景であった。
どれもこれも相当な高級品だ。提供者はルイス・クロスロード夫人である。これだけのドレスを持ってきていても、ハレヴィ家の財産にとっては痛くもかゆくもないのだろう。ルイスは財産を増やす才能に溢れているためだ。
「スメラギさん。本当にこの程度の数でよかったんですか? もっと持ってきた方が……」
「無理だわ。……正直ね、それ以上持ってこられても、ドレスを置く部屋がないのよ」
「えー……。勿体ないです」
後ろの方から空恐ろしい会話が聞こえてきた。金持ちの頭はネジが数本緩んでいるのではなかろうか。
金持ちと言えば、最近、ソレスタルビーイングのエージェントである
彼女は今でもソレスタルビーイングに協力してくれている。援助だって滞りなく行われている。それに、数少ない協力者なのだ。自分たちを裏切るなんて、そんなことは――そこまで考えたとき、何とも言えない寒気を感じたのは何故だろう。
思えば、ソレスタルビーイングが悪の組織関係者と行動を共にし始めた頃から、
「刹那はどんなドレスを着るの?」
刹那の思考回路を止めたのは、クリスティナの言葉だった。
彼女の言葉を皮切りに、フェルト、ミレイナ、ルイスが刹那の周りを取り囲む。
「こんなにいっぱいあるんだもの。そう簡単に決まらないか」
「だったら、私たちが選んであげようか?」
「よーし! 可愛くしてあげるからね!」
「これなんてどうでしょう? セイエイさんに似合うと思いますよ?」
彼女たちの勢いに驚いて硬直した刹那を見て、クリスティナたちは何か勘違いしたらしい。クリスティナが苦笑し、フェルトが申し出、ルイスが腕まくりし、早速と言わんばかりの勢いでミレイナがドレスを持ってくる。
ミレイナが持ってきたドレスは、春や花の女神を連想させるような淡い桃色のドレスだった。胸元にあしらわれたフリルやレースが印象的で、花柄の刺繍とスパンコールが目を惹く。全体的に可愛らしいイメージであるが、煌びやかな場でも押し負けない程の高級感があった。
彼女たちの申し出は嬉しいし、ミレイナが選んでくれたドレスも美しいものだ。だが、刹那はもう、何を着ていくか既に決めている。色めき立つ4人を制し、刹那は自前で持ってきたイブニングドレスを指し示した。
ビスチェ形態の上着にスカートを付けたイブニングドレス。蒼穹を思わせるような鮮やかな青が目を引く。スカートは前が短く後ろが長い形状になっており、脇にはトレーンと呼ばれる長い引き裾が付けられていた。そのため“スカートの長さ自体はショートドレスと同じであるが、引き裾の長さが床につくため、ロングドレスに分類される”らしい。
上着として白いボレロ――ラメの煌めき具合のせいか、純白というよりもホワイトシルバーと呼んだ方がいいのかもしれない――を羽織り、髪飾りは鳥をモチーフにした金細工のヘアクリップ、胸元には刹那の誕生日にグラハムが贈ったシェルカメオを身に着けていくつもりでいる。唯一の不安要素はサイズだろう。着るのがご無沙汰だったためだ。
――そう。4年前の、最後の休日。グラハムと過ごしたときに、彼から贈られたドレス一式だった。
「セイエイさん、ドレス持ってたんですか!?」
「ああ」
「意外だわ……。しかも、こんな素敵なやつを持ってたなんて」
ミレイナとクリスティナが感嘆の息を吐いた。しかしそれもつかの間、彼女たちのお喋りは満場一致で「試着」コールへと転化した。
4人の勢いに押されるような形で、刹那は件のドレス一式を身に纏う。唯一の問題点はサイズであるが――
「…………」
「刹那、あれから色々成長したもんね……」
渋い顔をした刹那を見ていたクリスティナが、何とも言い難そうに顎に手を当てて唸った。
4年前――ガンダムマイスターとして華々しく戦場に躍り出た頃の刹那は、長らく少年兵として活動していた影響――曰く、『栄養失調が原因の発育不良』だった――もあってか、大分貧相な体つきをしていた。身長も150cmに届かない程度しかなく、中性的な服装をすれば少年と見間違えられる程度には痩せぎすだったように思う。
現在も“男装すれば性別を偽れる”程度にはスレンダーな体系ではあるが、あの頃と比べて身長も伸びたし、それなりに肉や脂肪もついている。……まあ、“体に爆弾を巻いて自爆特攻をした姉貴分”や“戦場のど真ん中で気がふれてしまった姉貴分と同年代の少女”と比較した場合、彼女たちの方が断然『発育が良かった』けれど。
着れないわけではない。全体的にキツくて余裕が無いのである。『手直ししたとしても着れそうにない』と察してしまう程度には。
昔の刹那であったら、潜入のために着る洋服に対して特に頓着も拘りもしなかったであろう。クリスティナたちに進められるがまま、適当なものを身に纏っていたはずだ。
着れなくなったドレスに対して“惜しい”と考えたり、贈り主であるグラハムのことを思い出して気分が沈むようなことも無かっただろう。
(……違う服を着るしかない、か)
『――ああ、これは美しい。まるで女神のようだ』
脳裏に浮かぶのは、グラハムと過ごした最後の休暇。煌びやかに飾り付けられた刹那を見て、眩しそうに――或いは愛おしそうに目を細めた男の眼差しが浮かんでは消えていく。あのとき、刹那とグラハムは確かに『分かり合っていた』。お互いの幸福を祈り、願っていた。幸せな時間だったのだ。
“アロウズ主催のパーティにミスター・ブシドー/グラハム・エーカーが出席している”という確証は一切ない。あの日と同じドレスとアクセサリーを身に纏ったところで、彼と相対峙するような状況になるとは思えない。だというのに、このドレスに拘るのはひとえに“刹那のエゴ”でしかないのだ。
あれから時が流れ、世界はその在り方を大きく変えた。刹那も、グラハムも、或いは2人を取り巻く環境も、何もかもが変わっている。だとしても――
(あんな顔をしたあんたを、放ってはおけない)
何かを諦めたように笑う仮面の男――ミスター・ブシドーの悲しげな表情が脳裏をよぎる。いつかの戦場で感じた彼の悲嘆と胸の痛みが去来する。刹那は思わず、ドレスの胸元を握りしめた。
ブシドー/グラハムが置かれた状況に関しては、クーゴから簡潔な内容――“何らかの理由から蒼海に弱みを握られ、脅されたことで、奴の傀儡になった”――を聞いた程度である。
彼の気質からして、“アロウズに所属して虐殺に加担させられる”ことも“蒼海に傅き侍る”ことも不本意極まりないはずだ。反旗を翻してもおかしくないのに、彼は黙って現状に甘んじている。
……否、
刹那は知らなければならないのだ。この世界の歪みの原因と、それを生み出す元凶/黒幕のことを。
そうして――歪みを生み出す存在の傀儡に身をやつしてでも戦おうとする、ミスター・ブシドー/グラハム・エーカーの真意を。
(『今度は俺が、あんたの手を掴みに行く番だ』と……そう、思ったのに――)
出鼻を挫かれてしまったような心地になった刹那は、思わず目を伏せた。グラハムから贈られたシェルカメオのペンダントが視界に飛び込んでくる。きらきらと瞬く青い光は、贈り主の想いが絶えず変わらないことを示しているかのようだ。
「刹那! あった、あったよ!」
不意に、ルイスの声が聞こえた。顔を上げれば、息を切らせた彼女がドレスを抱えて突っ込んでくる。何事かと身構えながらルイスが抱えるドレスに目をやり――刹那は思わず息を飲む。
「これは……」
「『運んできたドレスの中に同じものがあったような気がした』から探してみたの。そうしたらビンゴだったみたい! 本当にラッキーだったわ!」
ビスチェ形態の上着にスカートを付けたイブニングドレス。蒼穹を思わせるような鮮やかな青が目を引く。スカートは前が短く後ろが長い形状になっており、脇にはトレーンと呼ばれる長い引き裾が付けられていた。そのため“スカートの長さ自体はショートドレスと同じであるが、引き裾の長さが床につくため、ロングドレスに分類される”ものだ。
今、刹那が身に纏っているドレス――最後の休暇でグラハムから贈られたドレスと同じデザインだ。サイズを確認すれば、刹那が着ているドレスよりワンサイズ大きいものである。おあつらえ向きとばかりに出てきた衣装に目を丸くする刹那を急かすように、ルイスはドレスを手渡した。
試着した結果は問題なし。刹那にぴったりのサイズだ。特に何かを手直しする必要もなさそうである。思わず安堵の息を吐けば、入れ替わるようにして女4人の黄色い声が響き渡った。
……なんだか、ちょっとばかし照れ臭い。刹那がそんなことを考えている間に、4人に引っ立てられるような形で連行される。刹那はそれを甘んじて受け入れることにした。
「後はメイクだ」と沸き立つ4人の声に気づいたらしく、何かを話し合っていたスメラギとティエリアが顔を上げる。刹那の姿を見た2人は一瞬惚けたような表情を浮かべたものの、すぐに元に戻った。
スメラギが不敵な笑みを浮かべ、大量のメイク道具一式を取り出す。どれもこれも、世界の有名ブランド品ばかりだ。そういうものに疎い刹那からしてみれば、異世界の道具を見ているような気分になる。
次の瞬間、今度はティエリアが4人に連行された。彼はドレスを選ぼうとする4人をどうにかこうにか押し留め、自分でドレスを選んでいた。彼はシンプルな赤いドレスを着ることにしたらしい。
胸部を盛れば即刻女性に化けることは可能なのだが、ティエリアは念を入れることにしたようだ。腰までの長さのヴィッグを持ちだした。しかも、眼鏡もつけないで行くという。戦場に出るときの横顔とよく似ている。
「……なんだか、悔しいです」
「えっ?」
「女として、悔しいです」
ティエリアの変貌ぶりを見ていたミレイナが、不満そうに頬を膨らませた。気のせいでなければ、ちょっとだけ涙ぐんでいるようにも見える。突然の発言に、ティエリアは狼狽した様子だった。
「確かに悔しい」
「そうね。フェルトとミレイナの言う通りだわ」
間髪入れず、フェルトとクリスティナが同意した。両者とも目が座っている。
ティエリアのこめかみからドッと汗が噴き出した。相当困惑しているらしい。
そんな彼女たちをルイスは諌めた後、満面の笑みで提案する。
「じゃあ、全員でファッションショーでもします?」
「それだ!」
「それです!」
「ティエリアに負けっぱなしじゃいられないわ!」
彼女の提案を皮切りに、フェルト、ミレイナ、クリスティナが息巻いた。その勢いに、ティエリアは思わずたじろぐ。
しかし、4人はそれだけでは終わらなかった。「折角だから」と言いながら、艦内にいるであろうイデアとマリーに呼び出しをかける。
程なくして、イデアとマリーが部屋の扉をぶち破って現れた。その後ろから、意味も分からず彼女を追いかけてきたであろうアレルヤが部屋に足を踏み入れる。間髪入れず、彼は間抜けな悲鳴を上げた。煌びやかなドレスの山に目を奪われたらしい。
因みに、アニューと沙慈はイアンと共に宇宙へ向かった。ダブルオーの支援機を作るためである。
この場にアニューがいたら、彼女も一緒になってドレス選びに加わっていたであろう。
沙慈の場合は、ルイスが着るであろうドレス姿に喝采していただろうか。閑話休題。
「2人のメイクが終わったら、私も参加したいのだけれど?」
「大歓迎です!」
「そうと決まれば!」
そう言うなり、スメラギは鬼気迫る形相でメイク道具を動かし始めた。あまりの勢いに、刹那はただ硬直するしかない。お人形宜しくな状態になるしかなかった。呆気にとられるティエリアの表情が見えたが、次は彼が刹那と同じ末路を辿る人間でもある。
十数分後。この部屋には、化粧を終えた麗しい淑女2人と、バーゲンで洋服を漁る買い物客――まさしく、中年女性のそれである――宜しくドレスを選び、真剣に吟味する女7人の姿があった。
巻き込まれたアレルヤは惚けて微動だにしないし、彼の数分後に部屋の前を通りかかったリヒテンダールは卒倒一歩手前の状態だ。クーゴは部屋に足を踏み入れる気配すらない。
「……女性というのは、凄いんだな」
「安心しろティエリア。俺も生物学上女性だが、彼女たちにはついていけそうにない」
互いに変な親近感を抱きながら、刹那とティエリアはお人形さんのように椅子に座り、鏡に写る己を見つめていたのであった。
◇◇◇
『更衣室』と書かれた部屋を通りかかる。丁度そのとき、甘ったるい臭いがクーゴの鼻腔に突き刺さってきた。
「クーゴさん!」
部屋の扉を蹴破る勢いで、イデアが飛び出してきた。彼女の格好に、クーゴの視線は完全に固定される。視界の端で女性陣が煌びやかなファッションショーをしているのがちらついていたが、真正面にいるイデアから目を離すことはできなかった。
余計な装飾など一切ないワンショルダーのAラインドレス。シンプルザベストを追及した形状であるのに、煌びやかさで他のドレスに押し負けなかったのは理由がある。淡い緑色の生地は優雅な光沢があり、かなりいい生地を使っていることは明白だ。
胸元やスカートの裾付近に描かれた模様は、女性ものの着物――未婚女性の第一礼装である振袖や、未婚・既婚問わず礼装として着れる色留袖――に使われているようなデザインの花々が描かれていた。親戚が経営する呉服店で見かけた『着物ドレス』というヤツだろう。
イデアが着ているドレスは、和風の柄を活かす方向でデザインされたものらしい。しかも、どのような場でも着て行けるように格式高い柄物の生地で作られている。作り手の拘りが感じられる衣装だ。
イデアはクーゴの前でくるりと一周する。そうして、伏し目がちに微笑み、優雅に一礼した。つられてクーゴも頭を下げた。……なんというか、酷く照れ臭い。
クーゴは口元を手で抑えながら、イデアの顔を覗き込む。化粧の効果もあってか、とても綺麗だ。
「どうです? 似合ってます?」
「ああ。綺麗だ」
素直に賛辞の言葉を贈れば、イデアは嬉しそうにはにかんだ。えへへ、と笑い声を零しながらステップを踏むようにまた回転する。
次の瞬間、甘ったるい臭いがクーゴの鼻腔に突き刺さってきた。直接的な臭いの出どころは、どうやらイデアかららしい。
思いもよらぬ場所からだったため、クーゴは一瞬表情を引きつらせた。
「……イデア」
「何でしょう?」
「香水、つけた?」
その質問を待っていたのか、イデアはぱっと目を輝かせた。彼女は勢いよく「はい!」と返事する。
「自分で練り香水作ったんですよ。この香り、自信作なんです」
「どうですか?」と、彼女は何かを期待するような眼差しを向けてきた。御空色の瞳は“褒めてもらえる”と信じて疑わない。まさか嫌がられるだなんて想定していなかった。
どうしたものだろう。答えを間違ってしまえば、イデアを悲しませることになる。だが、仮に嘘をついたとしても、彼女はミュウの力を駆使して見抜いてしまう。
ここは素直に答えた方がよさそうだ。クーゴは申し訳なく苦笑しながら、「この香りはちょっと苦手だ」と返答した。案の定、イデアはしょんぼりと肩を落とす。
この場全体に甘ったるい臭いが充満している。おそらく、イデアが部屋にいる女性陣に自作の練り香水を配ったらしい。そうして、彼女たち全員がそれを使用したようだ。
この“舐めまわされるように不快な臭い”はどこかで嗅いだ覚えがあった。確か、クーゴがユニオン軍に所属することが決まり、そのお祝いとしてパーティを開いてくれたときのことだ。親族が集まってお祝いしてくれたのだが、そこに参加させられた蒼海が身に纏っていた臭いだった。
香りの成分や配合は違うのかもしれないが、この臭いに込められた意図は非常によく似ている。最も、お祝いパーティのときは、クーゴがこういう臭いをあまり好まないと知っていて、蒼海が嫌がらせのために纏ってきたものだったのだが。
「ああそうだ。これ、姉さんが使ってた香水と似てるんだ」
「確かに、京都で刃金蒼海と会ったときもこんな臭いがしたような気がする」
クーゴの言葉を聞いた刹那が合点がいったように呟いた。途端、イデアが愕然とした表情を浮かべた。まるで、この世の終わりを目にしたような顔であった。
何か拙いことを言ってしまったらしい。イデアがわなわなと震えている。クーゴがはっとしたのと、イデアが更衣室の方へ振り返ったのは同時だった。
「すみません! その練り香水、不備が見つかりましたんで回収させてください!!」
ほぼ怒鳴るというか、泣き叫ぶような声色でイデアは言った。彼女の言葉を聞いた女性たちが目を点にする。
彼女たちが「何があったの?」の「な」の字を呟くが否やの速さで、イデアは練り香水の入った容器を回収していった。
間髪入れず、イデアはその容器をゴミ箱にぶち込む。蒼海と同じ香りと言われたことは、とても嫌なことだったらしい。
イデアはゴミ箱の前で座り込んだ。気のせいでなければ、ぐす、と、鼻を鳴らすような音が聞こえた気がした。
じめじめとしたオーラを纏う背中へ歩み寄った。クーゴはおずおずとイデアへ問いかける。
「……キミは、こういう香りの方が好きだったのか?」
「…………?」
「だとしたら、ずっと前に俺が贈った練り香水じゃ、香り的に物足りないよなぁと思って」
イデアがゆっくりと振り返った。目元がほんの少しだけ、涙で滲んでいる。クーゴの発言を吟味するように目を伏せたイデアであるが、合点がいった途端にカッと目を見開いた。
「そんなことないです。あの香り、大好きです」
ものすごく強い調子で断言された。半ば気圧されるような形で、クーゴは納得させられてしまう。
イデアの眼差しはどこまでも真摯だ。嘘偽りはない。クーゴは納得したという代わりに、首を縦に振って見せた。
クーゴの様子を見ていたイデアは安心したように威圧を解いた。プレッシャーが無くなったのを確認し、クーゴは微笑む。
「それはよかった。あの香り、キミにぴったりだと思って選んだものだから」
イデアが完全に動きを止めた。ややあって、何かが破裂するような派手な音が響いた。彼女の頬が薔薇色に染まる。
何かあったのかとクーゴが訊ねる前に、「ちょっと待っててください!」と言い残してイデアが駆け出した。
彼女の背中はあっという間に廊下の向こうへ消えていく。それから十数分後、再びイデアがこの場に戻ってきた。格好はそのままだが、あの突き刺さるような甘ったるい臭いはない。柔らかな秋桜の香りが漂う。彼女にぴったりの香りだった。
クーゴの思考を読み取ったのだろう。
イデアは、嬉しそうにはにかんでくれた。
◇◇◆
国連軍が編成されつつあった頃の話になるが、休暇を取ったグラハムは“革新者”と共に過ごしていた。
GNフラッグの調整と国連軍の編成が終われば、ソレスタルビーイング――及び、“彼女”たちに与する異邦人集団ディヴァイン・ドゥアーズの殲滅作戦が開始されることだろう。次に自分たちが会うのは戦場になる。戦いの行く末がどうなるかは分からないが、場合によってはこれが最後の逢瀬になりかねない。
グラハムは敢えて何も言わなかった。恐らくは“革新者”も、グラハムと同じ選択をしたのだと思う。これから行われるであろう最終決戦については何も言わなかった。『どう過ごすか考えていなかった』と零した“少女”から向けられた眼差しに込められた祈りは、自分と同じものだった。
『俺は嘗て、少年兵として戦っていたことがあるんだ』
逢瀬の最中、“革新者”はぽつりとそう零した。
グラハムが育った施設跡を、彼女に見せたときのことだった。
いつか聞いた少女の慟哭――その中核となる、過去の断片。
『俺の故郷やその周辺国には複数の宗派があり、時折、宗教由来の小競り合いが頻発していた。それでも、概ね平穏だったんだ』
『当時の俺にとっても、宗教由来の小競り合いは対岸の火事でしかなかった。慎ましやかな生活を営むことに関しては、何の問題もなかった』
『あるとき、俺の故郷にとある傭兵団がやって来た。……その頃からだ。宗教由来の小競り合いが、本格的な宗教紛争へと変わったのは』
“少女”の手が震えていたことを知っているのは、きっとグラハムだけだろう。
“彼女”も、自身の過去に対峙する際のトラウマに気づいている様子はなかったから。
『傭兵団の長は人々に『神のために戦え』と説いて回った。けれど、大人たちは傭兵の言葉に不信感を抱いて離れるか、或いは無視を決め込む者ばかり。俺の両親もその中の1人だった』
『奴が次に目を付けたのは、子どもたちだった。『神のために戦おうとしない大人たちは不信仰者である』と説き、『神を信仰する真の戦士であるならば、不信仰者を打ち倒せ』と訴えた』
『多くの子どもたちが、奴の言葉を信じ、賛同し、戦士になることを選んだ。……俺も、その1人だった』
自分の罪を吐き出すように、“革新者”は重々しく言葉を紡ぐ。
瞬間、グラハムは《視た》。中東の民族衣装を着た幼い“少女”を抱きしめ、慈しんでいた2人の男女――おそらくこの2人が“革新者”の両親なのだろう――を、機関銃を持った
いや、あれは
子どもたちの背後に佇む男の姿を《視て》、グラハムは思わず息を飲んだ。いつかの戦場で遠巻きに見かけた、焼野原を抱く無精ひげの傭兵――アリー・アル・サーシェス。或いは、国連軍の関連情報で見かけたAEUの軍人――ゲイリー・ビアッジ。恐らくは、どちらも本名ではないのだろう。
“革新者”を含んだ子どもたちの多くが、奴の言葉を鵜呑みにして――或いは奴の甘言に乗せられるような形で、少年兵に仕立て上げられた。彼を信じた多くの子どもたちが、奴の望む“戦争”を引き起こすための手駒として使い潰されていった。数多の屍が積み上げられているというのに、奴はその上で愉しそうに笑っている。
奴のやり口は、少年兵を効率的に生み出すためのやり方そのもの。子どもを巧みに洗脳し、扇動し、自らの手で帰る場所を――家族や故郷を破壊させることで退路を断つ。時には見せしめで仲間の少年兵を殺したり、少年兵同士で潰し合いをさせることで、心理的な孤立を誘発させるのだ。そうやって雁字搦めにする。
グラハムがサーシェス/ビアッジとやらのやり口に憤りを感じていたとき、“革新者”がグラハムに向き直った。“彼女”は真っすぐこちらを見つめる。
『俺には、叶えたい理想があるんだ』
『いつになるかは分からない。そんな日が来ると言う目途も立っていない』
『会ってほしい人も、見せたい景色も、もう何1つすら残っていない。けれど――』
“革新者”は震える声で言葉を紡ぐ。その度に、彼女の“在りし日の故郷”と“愛していた人々”の光景が《視える》。
慎ましくも平和な街と、そこで優しく微笑む彼女の両親。そうして――廃墟と死体で彩られた地獄絵図。
生まれ育った故郷にはもう、自分が還りたいと願う光景は何1つとして残っていない。
会いたいと思う人々も、“在りし日の故郷”を知る人々すらも、もうどこにもいないのだ。
それでも、思いを馳せずにはいられない。足を運んでしまうのは、きっと――
『“いつかすべてが終わって、その理想を成就することができたら”……一緒に来てほしい場所があるんだ』
過去を語りたがらない“少女”が、忌まわしい過去を抱える“少女”が、それを話してくれた。“彼女”なりに、グラハムに対して心を開いているという証なのだろう。グラハムが故郷の跡地に“彼女”を連れてきたのと同じ理由なのだ。だから、2つ返事でその言葉に頷いた。
『……昼間、俺が“嘗て少年兵として戦っていたことがある”という話をしたな』
逢瀬の最中、“革新者”がぽつりとそう零した。
“彼女”をベッドに組み敷いたときのことだった。
『俺の故郷では、今の俺と同年代の少女たちを“成人女性”とみなす風習があった。あの地域で信仰されていた宗教の教義が、その由来になっている』
『少年兵に志願した子どもの中には、今の俺と同年代の少女もいてな。彼女たちは時々、俺たちを洗脳した傭兵団の長やその取り巻きに呼び出されることがあった』
『当時の俺は、それが“神への信仰を示すための儀式”としか聞かされていなかったが……』
『――今なら、“あの場で何が行われていたのか”分かった気がする』
<堅物な“武士道”サマが、あんな痩せっぽっちのガリガリな女がお好みとはな! アンタも随分奇特な趣味を持ってンじゃねえか!!>
頭をぶん殴られたような衝撃に、手が止まった。途端に自分が悍ましいものに成り果ててしまったような気がして、反射的に離れようとした。
サーシェスが楽しそうに嗤う《聲》が《聴こえた》ような気がして、到底許せぬ悪鬼外道と同じ振る舞いをしようとした己を許すことができなくて。
それ以上に――“そんな化け物から、一刻も早く、“革新者”を逃がしてやるべきだ”と考えた。ろくに頭が回らない中で、咄嗟に出した答えだった。
なのに、“革新者”は。
グラハムに手を伸ばして、そして――拙く口づけてきたものだから。
『この世界には、神はいない』
『だが――この世界には、あんたがいた』
『だから、何も恐れていないし、悲しんでもいない。……大丈夫だ。俺は、あんたの心を信じている』
そんな風に言って、ふわりと微笑んだものだから。
<こんなにも幸せで、良いのだろうか>
<……せめて、同じくらいは、あんたを幸せにしてやりたい>
<――愛してる>
そんな風にグラハムを想って、拙くも健気に応えてくれたものだから。
全身全霊を懸けて愛し合って。
夜明けが来るその瞬間まで、傍に居たのだ。
それを許してくれた“少女”に報い、応えたいと願ったから。
***
「よう、大将。ソイツがアンタの言ってた“隠し玉”ってヤツか?」
「ええ。貴方の言う“でっかい戦争”を引き起こす、私たちのお仲間よ」
奴と顔を会わせたのは、グラハム・エーカーが刃金蒼海の傀儡――周囲からミスター・ブシドーと呼ばれるよう――になってすぐのことだった。
AEU出身のMSパイロットであるゲイリー・ビアッジ、或いは、流れの傭兵でありテロリストのアリー・アル・サーシェス――どちらも奴の一面を指す記号でしかないのだろう。大きな戦争を起こすことができるなら、それに自分が参加できるなら、奴にとっての名前など些細なものでしかないのだ。
自分たちが直接顔を会わせたのはこれが最初だったが、グラハム/ブシドーは奴のことを一方的に《識っていた》。いつかの夜に《触れた》“最愛の“少女”の過去”に深く関わっていた男。“彼女”を始めとした子どもたちを洗脳し、少年兵として、戦争の道具として使い潰した悪鬼外道だ。
「アンタがミスター・ブシドーか。旦那のお噂は、姐さんから聞いてるぜ。同じ穴の狢ってことで仲良くしようや」
簡単な自己紹介を終えたサーシェスが、へらへら笑いながら手を伸ばしてきた。
奴の言葉が右から左へ流れていく。代わりに沸き上がったのは、燃え滾る様な憤怒。
それに突き動かされるようにして、グラハム/ブシドーは奴を睨む。
「貴様が……」
「あァ?」
「――貴様が、
グラハム/ブシドーからの殺気を真正面から浴びたサーシェスは目を丸くして怯む。しかし、怯んだ理由はグラハム/ブシドーの殺気に気圧されたわけでもなければ、恐れを感じたわけでもない。“初対面、且つ、自分と同じ狢の僚友であるはずの相手から、憎悪じみた感情を向けられる理由に心当たりがなかった”故のもの――疑念や混乱由来の反応である。
奴にとっての“革新者”は“自分の望む戦争を行うために使い潰した駒の1つ”でしかない。“彼女”を始めとした子どもたちも、奴が起こしたテロの犠牲者たちも、等しく路肩の石にしか思っていないのだ。クーゴを死に追いやり、ビリーを玩具にして使い潰そうとし、嘗ての部下たちを悪意の射程圏内に入れて嗤う刃金蒼海と同じ思考回路を持っている。それがとても腹立たしかった。
一方的な一触即発の雰囲気が漂う。それを察知したのか、この場を離れて
「『仲良くしろ』とは言わないし、『喧嘩してはいけない』とも言わないわ。ただ、貴方たちは運命共同体の1つなのだから、僚友同士の潰し合いだけはやめて頂戴」
「俺は雇われの身だからな。アンタの方針に従うぜ? ただ1つ言わせてもらうとするなら、喧嘩を吹っかけるような真似してきたのは
「……成程。それはごめんなさいね、ミスター。私の
真の意味での“同じ穴の狢”同士、通じ合うものがあるらしい。2人はそれぞれの事情から肩を竦めていた。特に蒼海は、言うことを聞かない駄犬を見るような眼差しを向けてくる。
蒼海が言った『
奴の脅しに屈したときから、闇の中に引きずり込まれることは覚悟していた。もう二度と『還れない』ことも、自分の末路だって、充分理解していたはずなのだ。
それでも、時々、こうして泣きたくなるような気持になる理由は――。
(……“革新者”……)
幸せだった時間が脳裏をよぎる。“少女”が口元を緩ませるように微笑んだ姿は、まだ色褪せていない。
国連軍とソレスタルビーイング、及びディヴァイン・ドゥアーズとの最終決戦。愛しい“好敵手”との一騎打ちが終わったあの瞬間まで、グラハム・エーカーと“革新者”は同じ
それが完膚なきまでに破壊された瞬間の絶望を、グラハム/ブシドーは今でも覚えている。悍ましい悪意から自分たちを庇った親友は
グラハム・エーカーの掌の中に残った小さな世界と、大切な人たち。あまりにも細やかな希望さえも、刃金蒼海の悪意は壊そうとする。グラハム・エーカーが奴の傀儡になることを選んだ最後の一押しは、あの日永遠に失われてしまったと思った愛おしい“革新者”が世界を旅する姿だった。
これは“グラハム・エーカーの未練”であり、“ミスター・ブシドーが墓場まで持っていく秘密”の1つだ。いずれ破壊されるであろう世界の歪み諸共、跡形もなく消し去らねばならないもの。
グラハム/ブシドーが沈黙したことを確認した蒼海は、ひとまず満足したらしい。睨み続けるグラハム/ブシドーを許容した彼女はタブレットを取り出し、その画面を自分たちに見せるようなアングルで差し出す。
「早速だけどミスター、貴方にお仕事よ。暫くの間、この子を監視してほしいの」
蒼海が差し出したタブレットに映し出された女性の姿を見て、グラハム/ブシドーは息を飲んだ。ひゅっ、と、鋭い音が耳を打つ。
グラハム/ブシドーの反応を見たサーシェスは怪訝そうにこちらへ視線を向けたが、すぐにタブレットへ目線を戻した。
一泊置いて、サーシェスは合点がいったように目を瞬かせた。――奴の記憶や意識の中には、自分が使い潰した“彼女”のことも残っていたらしい。
「こいつ、ソレスタルナントカのパイロット――“クルジスのガキ”じゃねえか。しばらく見ないうちに、より一層色気づいたもんだな」
「あら、好みのタイプなの?」
「全然だな。色々と
タブレット端末に映し出された“革新者”の映像を見ていた同じ穴の狢どもが愉快そうに嗤っている。到底許されるはずのない悍ましい会話が眼前で繰り広げられている。
悪寒が背中を駆け抜け、直後、頭の中が一瞬で沸騰したような感覚に見舞われた。ぶわり、と、湧き上がって来た
「“彼女”に……“革新者”に何をするつもりだッ!?」
激情に突き動かされるようにして、グラハム/ブシドーは蒼海とサーシェスに喰ってかかった。勢い任せで、実行犯になるであろうサーシェスの胸倉を掴む。
「“彼女”に悪意を持って指一本でも触れてみろ……! ただでは済まさん。私の持ちうるもの全てを賭して、貴様を地獄に叩き堕としてやる……!!」
「それは貴方次第よ? ミスター・ブシドー」
すぐ横から聞こえてきた声に視線を向ければ、呆れた様子で肩を竦める刃金蒼海がいる。
何処までも冷めきった黒の瞳が、激情で燃えるグラハム/ブシドーを映した。
「恋人のことで熱くなるのはいいけど、貴方、自分の立場を理解しているのかしら? “恋人を守りたい”と願うなら、今みたいに出しゃばるのは悪手だと思うけど?」
「恋人ぉ? お前、“クルジスのガキ”の
言外に『“革新者”を害してやる』と脅してきた蒼海の言葉に、グラハム/ブシドーは沈黙するしかなくなった。
それと入れ替わるように、サーシェスが驚愕の声を上げる。だが、それは悪意に満ちた嗤いへと変わった。
下卑たような眼差しと、愉快そうに弧を描いた口元――そのすべてが癪に障る。口を開けば案の定、悍ましい意味を込めた言葉が向けられた。
「堅物なミスター・ブシドーサマが、あんな痩せっぽっちのガリガリな女がお好みとはな! アンタも随分奇特な趣味を持ってンじゃねえか!!」
「……黙れ」
サーシェスは無自覚なのだろう。自分が何をしているかなんて気づいていないのだろう。けれど、奴の悪意は正しく機能していた。
「“アイツ”は戦うことしか能のないガキだ。俺が知ってる限りじゃ、
「黙れ」
奴の言葉が、“彼女”の過去の傷を踏み躙っていく。“彼女”の心の柔い部分を踏み躙っていく。
手をかけた両親、弄ばれた末に死んでいった年上の少女たち、助けられなかった僚友たち――“革新者”の悲嘆を嘲笑うかのように。
「女っ気のないガキをあそこまで色づかせたんだ。アンタの手練手管について、詳しい話を聞かせてくれよ? 今回の仕事と後学のために!」
「黙れ……!」
奴の言葉が、あの日の夢を踏み躙っていく。あの日の“少女”がグラハム・エーカーに手向けた愛を踏み躙っていく。今ではもう届かない明日を踏み躙っていく。
『……昼間、俺が“嘗て少年兵として戦っていたことがある”という話をしたな』
逢瀬の最中、或いは夢が始まる直前。
“革新者”がぽつりとそう零した。
“彼女”をベッドに組み敷いたときのことだった。
『俺の故郷では、今の俺と同年代の少女たちを“成人女性”とみなす風習があった。あの地域で信仰されていた宗教の教義が、その由来になっている』
『少年兵に志願した子どもの中には、今の俺と同年代の少女もいてな。彼女たちは時々、俺たちを洗脳した傭兵団の長やその取り巻きに呼び出されることがあった』
『当時の俺は、それが“神への信仰を示すための儀式”としか聞かされていなかったが……』
『――今なら、“あの場で何が行われていたのか”分かった気がする』
『堅物なミスター・ブシドーサマが、あんな痩せっぽっちのガリガリな女がお好みとはな! アンタも随分奇特な趣味を持ってンじゃねえか!!』
頭をぶん殴られたような衝撃に、手が止まった。途端に自分が悍ましいものに成り果ててしまったような気がして、反射的に離れようとした。
サーシェスが楽しそうに嗤う《聲》が《聴こえた》ような気がして、到底許せぬ悪鬼外道と同じ振る舞いをしようとした己を許すことができなくて。
それ以上に――“そんな化け物から、一刻も早く、“革新者”を逃がしてやるべきだ”と考えた。ろくに頭が回らない中で、咄嗟に出した答えだった。
なのに、“革新者”は。
グラハムに手を伸ばして、そして――拙く口づけてきたものだから。
『この世界には、神はいない』
『だが――この世界には、あんたがいた』
『だから、何も恐れていないし、悲しんでもいない。……大丈夫だ。俺は、あんたの心を信じている』
そんな風に言って、ふわりと微笑んだものだから。
『こんなにも幸せで、良いのだろうか』
『……せめて、同じくらいは、あんたを幸せにしてやりたい』
『――愛してる』
そんな風にグラハムを想って、拙くも健気に応えてくれたものだから。
ただ一心に、一途に、何もかもを捧げてくれた――その決意を、《聲》に出して《聴かせてくれた》から。
全身全霊を懸けて愛し合って。
夜明けが来るその瞬間まで、傍に居たのだ。
それを許してくれた“少女”に報い、応えたいと願ったから。
「アンタも俺と同じ穴の狢だな! 何も知らないガキをだまくらかして手を出したって意味じゃ、俺もアンタも何も変わらないじゃねえか!」
「黙れと言っているッ! ――貴様の様な悍ましい悪鬼外道が、これ以上、“彼女”を語るなァッ!!」
< ! ―― 、 、“ ” !!>
「ぐああああああああああ!? クッソうるせえぇぇぇぇぇ!!」
グラハム/ブシドーが叫ぶと、サーシェスは突然頭と耳を押さえて悲鳴を上げた。グラハム/ブシドーの頭の中は真っ赤なままだが、ほんの僅かに残った冷静な部分が奴の様子に疑問を抱く。
サーシェスは「普通に喋れないのか」と不満げにこちらを睨むが、グラハム/ブシドーには意味が分からない。だって自分は普通に叫んだだけだ。感情を剝き出しにして、それを奴にぶつけたけれど。
無事に済まないことは百も承知。蒼海の傀儡と化して闇の中に堕ちることを選んだときから、己の末路には見当がついている。“悍ましい化け物に成り果てる”と言う意味では、奴らと己は同類だ。
いずれグラハム/ブシドーは、““革新者”を愛する者”と名乗る資格も失うだろう。だとしても、今、愛する者が踏み躙られている現状を我慢できるはずがなかった。我慢していいとは思えなかった。
これが己の死を早めるだけだと理解していても、構うものか。どの道末路は決まっている。遅いか早いかだけの違いしかない――次の瞬間、グラハム/ブシドーの思考回路は停止した。
藪から棒に、耳をつんざくような炸裂音が響く。しかも複数回。音の出どころは蒼海のタブレット端末だ。映し出された光景は、銃を構えた“革新者”の足元に転がる複数人の男たち。丁度、炸裂音が響いた回数と同じ人数が斃れている。
「――良かったわね。倒れ伏したのが恋人じゃなくて」
残忍酷薄に微笑む蒼海の姿に――或いは、冷酷無比に告げられた蒼海の言葉に、グラハム/ブシドーは息を飲んだ。
今、タブレットの向こう側で起きたことはリアルタイムの出来事だったのだろう。“革新者”の足元に転がった男どもは、蒼海が差し向けた刺客だった。蒼海の様子を見る限り、今回“革新者”に差し向けた刺客は『彼女が倒せる程度の強さ』だったらしい。
蒼海はこの結果を理解した上で、刺客たちを“革新者”へ差し向けた。恐らく、奴が子飼いにしている刺客の中には、“革新者”を簡単に組み伏せることができる輩もいるのだろう。そうして――その中の1人が、今、グラハム/ブシドーの眼前にいる男なのだ。
眼前に広がる現実――或いは脅威を、グラハム/ブシドーは理解させられた。“自分の大切なものに関する生殺与奪を握っているのは刃金蒼海である”という事実が、己の短慮とそれによって招かれた危機を突き付ける。煮えたぎるような怒りは一転し、体から血の気が引いた。
映像が消えたタブレットには、酷い顔をしたグラハム/ブシドーの姿が映し出されている。
黙ってしまったグラハム/ブシドーに興味を亡くしたのか、蒼海はサーシェスと何かの話を始めた。
彼女たちがどのような話をしているか――その内容に耳を傾ける余裕は、なかった。
◆◆◇
現を彷徨っていた意識と視界が、急にクリアになった。幾何かの間をおいて、ブシドーは『己が
サーシェスと初めて対峙したときの
サーシェスは蒼海や
「で、俺の出番は?」
「貴方はMSに乗って待機していて頂戴。大人しくしていてくれたら、きっと面白い
「――そうか。楽しみにさせてもらうぜ? 姐さん」
愉快そうに嗤ったサーシェスの姿が視界に飛び込んできた、その瞬間。
ブシドーの背中に、得体の知れぬ悪寒が走った。
◆
「これで、ソレスタルビーイングとはさよならね」
蒼海もまた、自分が着ていく振袖の着物を見上げた。黒地に赤と金の蝶が描かれた、豪奢で艶やかな柄のものだ。蒼海のお気に入りでもある。パーティで着物を着るのは、洋装中心の会場では一際目を惹く。注目が集まるというのは、堪らない快感があった。
「母さん、今度のパーティに俺たちも出たい!」
「いいですよね?」
「なあ、いいよな?」
蒼海の腰から響いてきた声に振り返れば、海月、厚陽、星輝らがじっとこちらを見上げているところだった。勿論、彼らも参加してもらう。その旨を伝えれば、3人はぱあっと表情を輝かせた。
着物を着るのが楽しみだと言いながら、子どもたちはパタパタと走り去っていく。後で有名ブランドの着物一式を調べ、取り寄せておかなくてはなるまい。蒼海はその段取りを思い浮かべながら、振り返る。
ゆったりとした4人掛けのソファに、ミスター・ブシドーは座っていた。彼は黙ったまま微動だにしない。ご機嫌ななめなのだろうが、そんなこと、蒼海にとってはどうでもいいことだった。
「勿論、貴方もパーティに参加してもらうわ」
「…………」
「あの子、来るでしょうねぇ」
次の瞬間、ブシドーががばりと顔を上げた。普段はどろりと濁った深緑の瞳が、明確な感情を乗せてこちらを睨んだ。
「――彼女に、何をするつもりだ」
「貴方こそ」
地の底から轟くような声で、ブシドーが蒼海に問いかける。答える代わりに、蒼海は目を細めた。
瞳がくすんだ金色に輝く。それを目にしたブシドーは、悔しそうに歯噛みした。
「貴方が何を考えているのか、私は察知できるの。本気を出せば、貴方が危惧する結果を、貴方の目の前で招いてあげてもいいのよ?」
ブシドーは黙ったまま、蒼海を睨みつけていた。いつもならすぐに目を伏せるのだが、面白いこともあるものだ。
せっかくなので、少しの間、ブシドーを泳がせてあげよう。自分たちならば、運命を味方につけることなど容易いのだから。
僅かな誤差を修正すれば、自分たちは簡単に勝てる。勝って、この世界のすべてを手にすることができるのだ。
自分たちが作り上げる、自分たちだけのための統一世界。蒼海はそれを思い描きながら、天を仰ぐ。
「さあ、世界を変えに行きましょう」
蒼海と
クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。